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その日、オレは確かに会社にいたはずだ。
会社は北九州、具体的には小倉駅付近にある貸しオフィスの三階にあり、街並みはきらびやかな装飾に彩られているのが見える。
一方のオレはと言えば、アラサーの独身だというのにクリスマスの予定もなく、髪もボサボサで無精ひげを生やし、休日の誰もいないオフィスで一人パソコンのキーボードをカタカタ叩いていた。
いや、訂正。
もう一人この部屋には、プログラマーがいるが、大いびきをかいて爆睡している。
会社の規定では残業は禁止なのだが、このおっさんはわれ関せずと、半分住んでるくらいの勢いで泊まり込んでいる猛者だ。会社としてはこのご時世、ブラックな噂が出るだけでも困るので、本気で嫌がっているのだが、業界歴二〇年ともなると聞く耳もたずのようだ。
この業界こういう人は多い。休日に仕事してる時点でオレも他人の事を言えないが、これはたまたま完成版提出――マスターアップ直前で忙しいためであって、普段はちゃんと帰ってるから……うん。
……おっと、言い忘れていた。
オレがいるのはゲーム会社だ。
と言っても、うちは運天堂やソニークのような大手メーカーじゃなくて、社員数50人にも満たない小規模な開発会社。名前はガムシャラゲームス、通称GG。
ゲーム会社には2種類あって、先に例を挙げた運天堂なんかの大手はパブリッシャーと呼ばれている。
反対に、うちみたいな開発会社はディベロッパーと言う。パブリッシャーは出版社で、ディベロッパーは漫画家のような関係だと考えるとわかりやすい。
お金を出して販売してくれるところと、お金をもらって作るところというわけだ。
といっても、絶対的にその役割だけということもなくて、パブリッシャーが自前でゲームを開発することもあるし、昨今のダウンロード販売のような小規模なゲームだと、ディベロッパーが自分で販売することもある。
店頭に置かれているようないわゆるパッケージ版を作って全国で販売するには、やはり大きな会社でないと難しいが、ダウンロード販売であればその点は問題ないからだ。
ちょうど、今オレが作っているのも、そんな小規模ダウンロード販売タイトルだった。
会社としてもオリジナルタイトルを打ち出していきたいと考えていたタイミングなので、まずは少人数でやらせようということになり、そのチームリーダーとして選ばれたのが、ヒラのゲームデザイナーであるオレだった。
なんで自分が? とも思ったが、社内に他に2ラインの開発が走っていて、主要メンバーはそっちに取られていて考えるまでもないほど消去法だった。
会社としては、コケたら会社が傾く定番ソフトと、人を下手に動かせないソーシャルゲームのラインはそのままにして、それらから抜いて大丈夫なメンバーを集めたわけだ。
そういった意味では、期待されてるんだか、されてないんだかわからないメンツが集合し、プロジェクトは始まった。
コアメンバーは、オレを含めてたった三人。
プログラマーは前述の一人だけで、彼が管理する形でいくらかは外部にも投げている。
他に、ゲーム内のキャラクターのデザインやドット打ちを担当しているアーティスト――会社によってはデザイナーとも言う――が一人。
オレの仕事のゲームデザイナーとは、会社によってはプランナーという名前で、いわゆる企画屋だ。ゲームをデザインする、という意味合いで、もとは海外での呼び名を輸入したもの。
だからデザイナーという名前がついているが、絵は全然描けない。業界以外の人にゲームデザイナーだと言うと百パーセント、絵を描いてる人だと思われる。ゲームデザイナーあるある。
それから、企画屋と言っても、企画だけ考えて現場に丸投げするわけじゃない。
ゲームデザイナーはある意味、なんでも屋でもある。
ゲームの設計図となる仕様書を書き、進行管理のようにスケジュールを管理したり、外注先やクライアントとの折衝をしたりと、最初から最後まで忙しい。
チームの要であると同時に、雑用係でもあるわけだ。
そして、もちろん、ゲームデザイナーとアーティストとプログラマーの三人だけでゲームが作れるわけじゃない。
背景や音楽などは、外部に発注している。社内にもそのスタッフはいるんだが、別チームに配属されていて、とてもこちらにその人員を回せないからだ。
見方を変えれば、どこまで外に仕事を振って一本作れるかを、会社としても計っているところがあるようだ。
ただ、個人的な意見を言わせてもらえば、今回は失敗だったと思う。
やろうとしていることに対して、コアメンバーが少なすぎた。特に、チームリーダーのオレが仕様書も書かないといけないし、内外のスケジュール管理までしないといけないので完全にパンク状態だった。
時代遅れのサービス残業と休日出勤の力技でなんとかマスターアップまで持ってきたが……それでもいくつかバグが残っている。うちは体育会系で社長もそのケがあるが、どんなに精神論を語ったところで、人手不足は解消できない。
ゲームが先に進めなくなる最悪のバグを「進行不能」と言うのだが、流石にそれだけは全部潰した。ちなみに、バグのチェックは外部のデバッグ専門の会社さんにお願いしている。
とにかく、重篤ではないバグは残っているわけだから、マスターアップした後も、パッチ対応をしないといけない。パッチ対応とはオンラインでバグを修正したデータを配信することだ。
世間的にはパッチを当てるのは簡単だと思われている節があるが、実際にはマスターがもう一回来るようなものなので、滅茶苦茶大変だ。家庭用ゲームはゲームがちゃんと遊べるものになっているかのメーカー審査や、暴力表現や性的表現が基準内に収まっているかのレーティング審査が大変であったりなど、理由はいろいろある。
このあたり、審査が比較的スムーズなスマートフォンゲームの経験しかない同業者にもなかなか伝わらなかったりする……。
いずれにせよ、マスター時点でやれることはだいたい終わった。
今直せる最後のバグをつぶし、データをサーバーにアップする。もちろん、実機確認は済ませている。これを怠るとエンバグ――バグを直したせいでバグが出る、なんてことがザラにあるのだ。
「ふぅ~……とりあえず、これでROM焼くか……」
ROMとは基本的にはディスクを指す。
ただ、現代のゲーム開発においてはかならずしも物理的ディスクを指さない。ROMイメージといって、あくまでデータ上のディスクとして作り上げておき、必要に応じてROMにするのだ。イベントでの体験会用やクライアント提出用など、むしろ最近では特別な機会でもなければ実際にディスクに焼かないかもしれないな。
ともあれ、ROMのビルド(構築)が終われば、やっと休める……。
ここまで長かったな……。