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「おお、アーシュラ」
部屋に現れたのはアーシュラだった。
「ケホッ……誰でも調子の悪いときくらいあるわよ。そんな急かしちゃ悪いわ。ケホッ……」
咳き込みながら、それでも明るく言う。
「おいおい、おぬしの方が心配じゃぞ。もうババアなんじゃから、無理はするでない」
「うふふ。いつまでも若々しいアッパルプイが羨ましいわ」
「なーにが若々しいじゃ。同い年じゃろうが。わしも充分ババアじゃ。しかもこのちんちくりんな体のままじゃから、行かず後家じゃぞ」
ばんばんと自分の真っ平な胸を叩くアッパルプイ。
「アッパルプイには、この村は狭すぎるのかもねえ……ケホッ」
「なんじゃ、出て行けとでも言うんか?」
「そうじゃないわ。そうじゃないけど……あなたは誰より長く生きられるのだもの。広く世界を見て回ってもいいと思うわ。うん、そうするべきよ」
血色の悪い顔で、しかし、太陽のようにまばゆい笑顔でアーシェラは言った。
「あ……」
その瞬間、オレは間抜けな声を漏らしていた。
カチリと、歯車が噛みあう感覚。
自分の中の、黒く濁ってつっかえていたものが、胸から消え失せていく、そんな実感。
「はは。そのうちの」
一方、アッパルプイは笑っていた。それはそうだろう。まさかこの後、アーシェラが急死するだなんて夢にも思っていない。
アッパルプイは、アーシュラの一言を深くは受け止めていなかったが、その言葉でオレの腹は決まった。
そうなのだ。アーシュラは人間の村でただ一人暮らすアッパルプイを心配していた。エルフと人間では寿命が違いすぎる。
結果、アッパルプイは幼女の姿で中身は、ばあちゃんになった。その実、エルフの精神の成熟は著しく遅い。
アッパルプイは口調こそばあちゃんだが、それは孫が祖母の口調をマネしているのに近い。行かず後家なのではない。彼女はまだ初恋すらする年ではないだけなのだ。
それを知っているからこそ、アーシェラはアッパルプイを広い世界に送り出そうとしている。
その心は、「人間として」自然なことだ。友を心配する心だ。
アーシェラの死亡イベントを作ったのがオレだとしても、彼女がアッパルプイを想う気持ちは本物のはずだ。
そして、この時点でアーシェラは自分の寿命が尽きそうな予感はしているはずなのだ。だからこそ、遺されるアッパルプイが心配なのだ。
……なら、その気持ちを、汲む。
「アーシェラさん」
「ケホッ……はい?」
「アッパルプイは、オレが責任をもって守ります」
この物語を作った人間として、全ての責任をもって、誓う。
もちろん、そんなことは口に出せないけど。
この世の中で、オレだけはそれを誓わないといけないと思った。
「な、なんじゃおぬしは急に。おおげさじゃのう……ただのモンスター退治じゃぞ」
「あら、いいじゃない。……そうね。じゃあ、アッパルプイをお願いするわ。この子、いい年してとってもドジなんだから……それに、あなた、お強いんでしょう?」
「世界を救えるくらいには」
「うふふ……ケホッケホッ……じゃあ安心ね」
オレは卑怯な人間なのかもしれないが、その笑顔で、少しだけ救われた。
「なんじゃ……涙ぐんでおらんか? そんなに眠かったのか?」
それから、このポンコツヒロインが、何より愛おしかった。