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海辺の香りー息子と退学

作者: ヌベール

 潮の香りはその時々で微妙に違ってくる。

 釣りの好きなひとり息子が小学生になった頃から、彼を連れて一体どれだけ潮の香りをかいできただろう。しかも、息子の釣る魚は、彼の成長とともに次第に大きくなっていき、それとともに潮の香りも変化していった気がする。中学生の頃は、四十センチ程のソーダガツオを一日で十数匹も釣り上げたが、その時の潮の香りは何と心地良かったことだろう。

 その息子が、中学校を卒業し、高等専門学校に通うようになって、私は一度も釣りに連れて行かなくなった。友人とは何度か行ったのだが、親とは行かないのだった。

 彼は段々気難しくなり、これがあのあどけない子供だったのだろうかと思うほど、心身共に変化していった。

 三年生の頃、彼は高専をやめると言い出した。次々と出される課題をこなす意味が見いだせず、学校の雰囲気やクラスの人間関係に馴染めないというのがその理由だ。極端に言えば、彼は生きる意味さえ見失っていたのだと思う。彼が相当苦しんでいるのは、鬱々とした彼の様子から充分に推察できた。

 結局彼は、高専をやめ、朝五時半から近所のスーパーでアルバイトするようになった。

 彼も、ここでも勤まらないとなるとあとがないと思ったのだろう。半年間くらいはそれこそ必死に頑張っていた。たぶんストレスのせいか、脚のスネに穴が開いて膿むという奇病にかかったり、臀部にできものができて膿んだりと、初めはさんざんだったが、しかし社員にならないか、と店長に言われた頃から少しずつ心の元気を取り戻し、新しい世界で自信をつけつつあるのが分かった。

 さらに半年くらい経った頃だろうか。彼はある日、初めてひとりで釣りに出かけた。

 夜明け前、車で近くの駅まで送ってやった。別れぎわ「えへへへ」と彼は笑った。私は不思議な感動を覚えた。

 もう大丈夫。息子の心は随分元気になった。もう、彼は自分の力で生きていける。私はそう感じたのだ。海から遥か離れたターミナルで、私は今までにかいだことのないような潮の香りをかいだ気がしていた。


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