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アンサー

 

 リントヴルム及び、仮称《リントヴルム “Jr.”》討伐から、数日。


 人間と邪龍の間の主従関係という、ともすれば長年にわたる邪龍との戦いを終わらせる可能性もある話に、邪龍研究者たちは色めきだった。


 俺とアルファスは疲労した体を休める暇もなく彼らに質問責めにされ、今日になってようやくそれぞれの家に帰ることができた。

 別れの言葉、なんてものはない。俺たちはあくまでビジネスパートナーで、友人ではない。


 それでも、彼はリントヴルム討伐は俺一人の戦果で、また《Jr.》討伐も俺の協力なしではなし得なかったということを、王国の調査団に対して何時間にもわたって力説してくれた。

 それによって彼の評判は確実に落ちるわけだが、そんなことは彼にとってはどうでもいいのだろう。


 彼の思惑がどうであれ、結果として俺とセリアには多額の報奨金が贈られた。

 それによって、必然的に俺たちはこれからのことを考えることになる。


「残りの余生は、セリアとのんびり暮らすよ」


 俺は壊れた弓を修理しながら言った。

 もう使うことはないのだが、長年の相棒を傷だらけのまま捨てる気にはなれず、アンジェラに材料を持ってきてもらったのだ。


「それがいいわ。妹さんと、もっとたくさん話をしてあげて」

「そんな、私は大丈夫。お兄ちゃんの人生なんだから、お兄ちゃんのしたいことをして」


 セリアは首を振る。

 とは言っても、戦いと鍛錬しかしてこなかった俺にやりたいことなんてない。セリアと静かに暮らすことが、今の俺の何よりの望みだ。


 だが、不安もある。

 今回の件で、俺の魔術のことは王国中に知れ渡るだろう。そうなれば、厄介事がそこら中から押し寄せるのではないか。

 どうしようもない状況に陥った人たちにとって、「奇跡」とも言える俺は最後の希望になり得る。


 いくら俺がもう魔術を使う気がないと言ったところで、彼らは聞かないかもしれない。

 人命がかかっていると言われた時、果たして俺は断り切れるのか?


 そんな俺の心を見透かしたように、セリアは優しく言った。


「皆を助けてきたお兄ちゃんは凄いよ。今回のことだけじゃない。今までも、きっとお兄ちゃんのおかげで助かった人は何人もいるはず」

「セリア......ありがとう」

「これからも、自分の気持ちに、正直に生きて。私は、そんなお兄ちゃんが大好きだから」


 目を細めて笑いながら、その眼差しは真っ直ぐだった。

 俺は苦笑する。妹にこんなに気を遣われちゃ、本末転倒だ。


「......あの、お願いがあるんだけど」


 ひとしきり笑いあったところで、アンジェラが片手を遠慮がちに挙げた。


「何?」

「いや、それがね。リントヴルムと《Jr.》が散々暴れまわってくれたおかげで、他の獣やら草花やらが、ほぼほぼ壊滅しちゃったんだよね」


 自然の、特に神隠れの森の再生力は凄まじい。

 数年もすればすっかり元通りになるらしいが、それまで採集や狩猟は全面禁止。そういうお触れが出たらしい。


「だから今のお店は畳んで、しばらくは別の場所に移転しなきゃいけないんだけれど......ここじゃ、駄目?」


 アンジェラは上目遣いで、悪戯っぽく微笑んだ。




「はいはーい!アンジェラの素材屋、開店セール中だよっ!」


 静かだった故郷に、威勢のいい声が響き渡る。

 こんなところで商売が出来るのかと心配したが、編み物や日用品にも彼女の素材は必要だ。安くて質がいいという評判はすぐに広まり、あっという間に村中から人々が押しかけてきた。


 売り上げもずいぶん好調らしく、アンジェラはお金を数えながら、森が戻ってもこのままここにいようかな、なんて言っている。


「ふふ、賑やかでいいね」


 セリアも嬉しそうで何よりだ。

 俺が死んだ後も、アンジェラがセリアの話し相手になってくれれば言うことはない。


「......さ、俺は獣の皮でも取りに行くかな」

「うん、行ってらっしゃい」


 俺はアンジェラにも一声かけてから、ようらくまともに使えるようになった弓と袋を背負って、近くの山に向かう。


 最初のうちは一日中セリアと話していたが、しばらくすると話のネタもなくなってきた。

 今ではアンジェラの仕事を手伝い、山に入るのが日課になっている。身体を動かさないのもむずむずするし、働いた後の飯はうまい。危険もないし、いいことづくめだ。


 登山道を外れ、でこぼこした道を歩いていく。

 いつも通りの日常。でも、何だか少し、山の様子が違う。


「......痛てっ」


 足元がおぼつかない中、何かに躓いた。

 下を見ると、そこに横たわっていたのは野生の猪......の、骸。


「ラッキー......じゃ、ないよな」


 慎重に辺りを見回すと、「其れ」は居た。

 獣とは桁違いに大きな体躯、そして見惚れるほど美しく光る翼。邪龍だ。


 俺は気配をさっと消し、ゆっくりと後ずさる。

 ぱきぱき、と足元で枝が折れ身体が震えるが、どうやら気づいてはいない様子だ。聴覚がもっと発達した邪龍なら、死んでいた。


 いいぞ。

 俺には、まだ運がある。


 ある程度下がったところで、俺は振り返って全力疾走した。せっかく直した弓も、秘薬も入った袋も捨てる。

 こんなところで、死んでたまるか。



 俺は生きる。一日でも長く生きて、この日常を味わうんだ。


 そのためなら、何だってしてやる!






 fin.




最後までご覧いただきありがとうございます。

本作は実験作でもあります。批判・指摘も含め、感想・評価等いただけるととても助かります。

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