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力を手にした者ども

 はぁっ、はぁっ。


 自分の荒い息遣いを感じる。薬草を飲むのを忘れたせいで、傷口が焼けるように熱い。


 ——なんで、こんなことになった?


 アルファスは、木々を走り抜けながら考えていた。

 上空には、あの邪龍が悠々と旋回している。


 そう、あの邪龍は、リントヴルムではなかった。

 アルファスは混乱する。ならば、リントヴルムは一体、どこへ行った?


 まさか、本当にバニティが。

 そんな訳はない。そんな訳はない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「......そうか」


 デュークは、一瞬のうちに様々なことを考えた。

 そしてたどり着いた結論は、一つ。


 力を手に入れ、アルファスを越える好機は、今しかない。


「邪龍。俺を乗せろ」


 邪龍はもう一度頷き、三本指の掌をこちらに見せる。

 デュークが長く鋭い爪を伝いそれに乗ると、邪龍はやや乱暴に彼を背中に放り投げ、飛翔した。


「うおおおおおっっ!!?」


 思わずデュークの口から、悲鳴のような声が漏れる。

 だがそれは、やがて勝者の笑い声に変わった。


「よし、いいぞ邪龍!あいつらを、全員殺せぇ!」


 言葉にするや否や、デュークの内から言いようのない高揚が溢れてきた。

 それは彼らが唖然としている間に、邪龍が瞬く間に五人の取り巻きを葬るのを見て、快感へと変わる。


 その一方で、彼は冷静でもあった。

 今後の計画を、凄まじい勢いで練り始める。この力を、王国政府にアピールすれば、どれほどの領土をえ与えられるだろうか。

 反対する輩は、全員薙ぎ倒せばいい。この邪龍がリントヴルムを遥かに超える逸材であることを、デュークは既に見抜いていた。


 ——この力を使えば、いずれ王国そのものも...... いや、世界だって獲れる。


 デュークは振り落とされないように必死に邪龍の背にしがみつきながら、興奮を鎮めるのに精一杯だった。

 その間にも邪龍は、逃げ惑う取り巻きたちを次々と殺していく。邪龍が対象を見失いかけても、デュークなら正確な位置を教えてやれる。


 あっという間に、残りの七人も動かなくなった。

 残るは、アルファスだけ。流石に動き出しが早く、既に視界からは姿を消している。


「だが、俺には見えている!」


 邪龍により高く飛ぶことを指示しながら、デュークはほくそ笑んでいた。アルファスは、森を出るのとは真逆の方向に走っている。

 デュークを失った今、彼はこの森から出ることすらできない。


「これから、どうするか」


 アルファスを殺す前に、少し時間が欲しかった。デュークは邪龍にアルファスの上空を旋回させながら、思案を巡らせる。


 アルファスを殺すのは簡単だ。だが、デュークの力や要求を証言するメッセンジャーが欲しいのも事実だった。全員殺してから後悔するのも癪だ。

 だがアルファスは短期間で凄まじい成果を挙げ、王国内でも期待されている狩人だ。結局のところ、彼の亡骸を持っていけばいいことに気づいた。


 そもそも、デュークがどれほどこの邪龍をコントロールしているかは一目瞭然。それだけでも、王国は抹殺ではなく融和に舵をとるはずだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 走って走って、開けたところに出た。

 ここはどこか、と辺りを見回して、絶望する。


 仲間たちの惨たらしい死体が、鮮血とともにそこにはあった。

 アルファスは森の中をぐるっと回って、元の場所に戻ってきてしまったのだ。


 目の前に、邪龍がゆっくりと下りてくる。

 その背には、勝ち誇った笑みを浮かべたデュークがいた。


「......何でだ?何で、俺を裏切った」

「最初から、お前を仲間だなんて思ったことはなかったさ。お前は俺をいたく気に入っていたらしいが、な」


 デュークは饒舌だった。

 視野が狭くなっている。そう、アルファスは感じた。

 彼自身、感情の赴くままに行動することが多い。だが今のデュークは、身に余る力を得て人間であるための何かを失っているような気がした。


「俺はいつも、どうしたらお前を越せるか、そのことばかり考えていた。だから貶されても、罵られても、平然としていられた」

「そんなこと、俺だって知ってるよ。それにしたって、今のてめぇはおかしい」

「俺がおかしい、だって?狂ってるのはどっちだ。この状況でも、お前は俺に説教をしようとしている。実に非論理的だ」


 デュークはそこで、少し寂しげな表情をした。


「......それでも、お前とは長い時間を共に過ごしてきた。冥土の土産に、俺が思っていることを話してやろうか」

「何?」

「この邪龍は、俺の持つこの角に従っている。もしこの角がただの紛い物だったならば、こんなことは起きないだろう。......つまりこの角は、本物のリントヴルムの角だ。間違いあるまい」


 デュークの言葉に、初めてアルファスは考えた。

 バニティが、本当にあのリントヴルムを倒したとしたなら。


 あのゴミ魔術じゃ、百年かかったって無理だろう。

 ならば、絶望的状況の最中で新たな能力に開眼したとしか考えられない。


 そんな話は聞いたこともないが、この世界ではしばしばそういうことが起きる。

 リントヴルムという異次元の邪龍もそうだし、今アルファスが目にしている光景だってそうだ。


「俺が思うに、お前は相棒を間違えた。......俺には理解できないが、バニティは俺と違って、お前を純粋に認めていた。力がないのが欠点だったが、本当にリントヴルムを倒したのなら話は変わる。もしかしたら、奴はお前を俺とは違った方向に導いていたかもしれない」

「......何が言いたい」

「お前が今から死ぬのは、バニティを信じなかったからじゃないのか。野心を剥き出しにした俺じゃなく、もう少し奴の言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかったかもな」


 ふざけんじゃねぇ。

 あんな無能をどうしようと、俺の生き死には変わらない。俺は、死ぬべくして死ぬんだ。


 そう信じようとすればするほど、アルファスの頭には真逆の考えが浮かんでいた。

 バニティは、本当に無能だったのか?


 ——あそこにちゃんと、安全地帯を作ってありますよね。


 あの時、バニティが指差した場所には、確かに綺麗な円が描かれていた。

 アルファスにはわからない。あそこまで魔術の精度を高めるのに、どれだけの鍛錬を要するのか。


 だが、素材屋に押しかけた時、アルファスは彼の鞄の中を見た。

 そこには、数十本の空の薬瓶があった。あれだけ飲めば、どの道あいつの命は長くないだろう。

 そこまでして、彼は生きることを望んだ。


 一方で、俺はどうだ。

 生きることを諦めちゃいないか。悔いはないと自分を納得させて、仲間の仇にむざむざ殺されようとしてはいないか。


「......負けねぇ。負けられねぇ」


 アルファスは秘薬を三本、一度に飲み干した。すぐさま逆流してくるそれを、もう一度飲み込む。

 デュークが眉をひそめ、邪龍に上昇するように指示する。アルファスはそれを視界に捉えながら、虚空に向かって拳を振り上げた。


「——“破壊獣”!!」


 空気が、揺れた。

 木々は倒れ、大地は鳴動し、びりびりと痺れるような感覚が身体中を駆け巡る。邪龍は突然のことに驚き、吼える。

 土煙に紛れて、アルファスは駆け出した。


 走りながら、胃の中のものを吐き出す。

 バニティもこんな苦しみを味わったのかもしれない。そう思っても、罪悪感はない。

 ただ、力が入る。あの野郎には、負けねぇ。




「苦しそうだな、アルファス」


 その時、木の上から声がした。見上げれば、そこには人を苛つかせる、あの顔。

 幻かとも思ったが、よく見ればその息は荒い。必死に走ってきたのだろう。


「......キャラ変わったな、お前」

「あいにく、余命がないもんでね。メンツも体裁も気にしてる暇はない。お前もそうだろ?」


 みるみるうちに、身体に血が巡るのを感じた。

 失いかけた自信が、全身にみなぎってくる。こいつの前で、情けねぇ姿は見せられない。


「ふん、違いねぇ」


 アルファスは額を滴る汗を拭い、ニヤリと笑った。


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