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「——つーわけで、証拠はない!」

「そんな、得意げに言われても」


 妹——セリアは、声を立てて笑った。

 それは嘘だと思っているというより、少し悲壮感を漂わせるような笑いだった。


 あれから一週間。俺は故郷に帰り、セリアとの時間を過ごしていた。

 寿命が減ったといっても、体感は以前と変わりない。それでもその忘れられない経験からか、少し顔がやつれたように感じる。


 セリアは俺の言うことを疑わなかった。

 けれど、彼女は強い。俺が狩人になった日から、いつかは起きることだと覚悟していたようで、慌てたり泣き喚いたりすることはなかった。


「良いんだ。帰ってこれれば、それで」


 俺の言葉に嘘はない。狩人になったことも、リントヴルムに挑んだことも、後悔はしていない。

 アルファスたちのしたことを許す気はないが、それも巡り合わせだと思えばそれまでだ。


 そんな怒りに、有限の時間を一秒だって使いたくない。


「ねぇ、お兄ちゃん。他にはどんな邪龍を倒したの?」

「うん?......そうだな、じゃあ《ワイバーン》の話でもするか」


 まぁ、それも俺は後ろで矢をばら撒いてただけなんだけどな。


 邪龍の大きさや戦いの様子を多少大げさに話すと、セリアは驚いてくれる。盛っていることくらい、わかっているはずなのに。

 そういう優しい妹だ。どんな罪を背負って生まれてきたのかは知らないが、そろそろ解放してやってもいいと思うくらいに。


「——それで、俺は頭が真っ白になった。でもその時、仲間が破れかぶれで投げた石が、たまたまワイバーンの眼に当たったんだ」

「わぁ、すごい!」

「ファインプレーだった。あれがなければ、俺は今頃この世にはいないよ」


 言ってから、慌てて無理やり笑ってみせた。こんな時に、わざわざ俺が死にかけた話なんてしなくても良い。

 俺は妹を安心させるために戻ってきたんだ。そして、俺がいなくなった後も、セリアが出来る限り生きていけるようにしなければならない。


 だが、肝心のその方法はちっとも思い浮かばないのだった。


「......そういえば、知ってるか?隣の隣の爺さん、今年で百五歳だとよ。寿命ってわかんねぇなぁ」


 無理しなくていいよ、というように、セリアは薄く笑った。


 その時、ドアが勢いよく叩かれる。


「はいはい、どなた?」


 俺が開けると、そこに居たのはアンジェラだった。


「アンジェラ?どうしてここに」

「大変なの!......森にまた邪龍が出た。それに、アルファスたちが予定を過ぎても帰って来ない!」


 一瞬、とてつもない悪寒が背筋を走った。

 リントヴルムは俺が倒した。......本当に?自信なんてこれっぽっちもなかったはずだ。


 常識的に考えれば、俺が倒せるわけもない大物だ。

 もしあれが妄想や幻覚だったなら、アルファスたちが帰ってこないのは俺の責任だ。


 だが、俺の不安に気づいたのか、アンジェラは首を振る。


「あなたの考えているようなことじゃない。新しく現れた邪龍はちゃんと角が二本あるわ」

「そうか......」


 ほっと胸を撫で下ろす。俺の責任じゃないなら、後はどうなったって良い。俺には、赤の他人のために使える時間なんてない。


 ......そう言えたなら楽だったろう。もちろん、そういう訳にはいかない。


「じゃあ何でまた邪龍が現れたんだ?今まで、そんな頻度で同じ場所に邪龍が現れたことなんてなかっただろう」

「......それも、ただの邪龍じゃない。リントヴルム級、下手したらそれ以上に大きい。なにせ、森の外からでも飛んでいる姿が見られるくらいだもの」

「何だって?」

「それに、見た目も相当似てるわ。......研究機関は明言してないけど、みんな言ってる。あれはリントヴルムの、子供じゃないかって」

「子供?」


 邪龍は子供なんて産まない。そんなの、誰でも知ってる常識だ。

 空から産み出される邪龍は、一つの場所に多くても一頭しか現れない。それに、そもそもオスメスの概念すら確認されていない。


 だがリントヴルムは、これまでの邪龍研究を無に帰すような身体構造をしていた。

「子供」という表現が正しいかはわからないが、もはや何が起きてもおかしくないと言えるだろう。


「ねえ。アルファスっていうのは、どんな奴なの?」


 アンジェラは問う。

 俺は少し考えて、それから答えた。


「......アルファスは、一言で言うならただの馬鹿だよ」


 彼は、とある酒場で俺が妹の話をすると、すぐにリントヴルム討伐の話をしてきた。

 見るからに傲慢で自分勝手な感じがした。最初から捨て駒のつもりだったことも、見え見えだった。


 それでも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 裏切られて寿命のほとんどを失った今だってそうだ。


「あいつの魔術は、“破壊獣はかいじゅう”。敵の至近距離まで近づいて放つ、いわば渾身の一撃だ」


 俺の魔術とは正反対の、パワー偏重型。

 俺の目くらましも、彼の一撃をサポートするための手段の一つだ。


 確かに恵まれた魔術といえる。

 だがこの魔術は、アルファスでなければ成立しない。何万人のサポートがあったって、普通の人間なら邪龍の目の前まで近づくなんてできない。


 強大な脅威を前にすれば、人間が潜在的に持つ本能がそれを拒否するからだ。

 少しでも邪龍の足が動けば、たちまち全身の骨をぐちゃぐちゃにされて死ぬ。そのイメージが頭から離れないからだ。


「彼はそれを平然とやってのけた。リントヴルムという桁違いの邪龍に対しても、何度も、何度も接近して、“破壊獣”を撃ち続けた。撃った分だけ自分の寿命が減ることなんて、知らないみたいだった」


 底無しの馬鹿は、命懸けの場面においては逆に強い。

 彼が努力をしたとは思えないが、決して才能だけで生き延びてきたわけではない。そういう、不思議な魅力のある男だ。


「デュークとの相性も良かった。あいつは冷徹で野心家だが、そういうところをアルファスは気に入って、ずっと横に置いてる。自分で決断することにこだわるアルファスを、正しい方向に誘導するのも上手かった」


 俺を生贄にするあの裏切りも、デュークからすれば戦略的に正しかったのかもしれない。

 ぱっと見ではただの腰巾着に見えるが、実際はむしろデュークがアルファスをコントロールしていると言っても過言ではない。


 とはいえ、デュークはその立場で満足するつもりはないだろうが。


「......そう」

「俺は確かにあいつらに裏切られた。でも、だからって見捨てていい奴らじゃない。それをしたら、俺はあいつらと同じだ」


 俺は、セリアを振り返った。

 全ては、彼女のためだ。もちろん俺だって、残った人生はセリアと過ごしたい。でもそれをしたら、優しい妹は後で必ず後悔する。


 それに、新たな邪龍を俺が倒せば、報奨金は全て俺のものだ。

 あの時はぼんやりしていてあっさり手柄をアルファスに譲ってしまったが、リントヴルム討伐と合わせれば、セリアがこの先困らないだけの金を遺してやれる。


「悪い。行かなきゃ、ならない」

「......うん。頑張って」


 次にあの魔術を使ったら、どうなるか分からない。そもそももう一度使えるかすら曖昧なんだ。


 だから、妹の顔を見るのはこれが最後かもしれない。


 そう覚悟して、俺は二度と触れないと決めていた弓を、再び担いだ。


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