招かれざる客
俺の中の両親の記憶は、妹が産まれる前で止まっている。
先天性の難病を抱えて産まれてきた妹を、両親は必死に治そうとした。
高名な医者に診てもらったり、嘘くさい薬を試したり。そのために二人は寝る間も惜しんで働き、それから俺はほとんど親の顔を見ていないのだ。
結局親は無理がたたって、俺が狩人になる前に死んだ。
その代わり、俺はずっと妹を見てきた。
親を奪った妹を憎もうとしたこともあったが、しょせん俺もあの親の子だ。憎むどころか、全てを差し出してもいいと言えるほど、愛している。
そうして、俺も親と同じ道を辿ってしまった。
妹のために危険に満ちた世界に飛び込んで、きっと妹よりも先に死んでしまうだろう。
「こんなものでよければ」
テーブルの前に皿が置かれて、顔を上げるとアンジェラがいた。
皿の上にはサンドイッチがいくつも置かれている。
「ありがとう。恩は返す」
「そんなのはいいよ。それより、あなたのことを教えて?」
アンジェラは自分もサンドイッチを齧りながら言う。
「俺のこと?」
「私、本物の狩人さんを見るのなんて初めて」
彼女は俺がサンドイッチを平らげるのを興味津々に見ている。
「大した話じゃない。俺は......」
そうやって、俺は少しだけ自分の話をした。
狩人になった理由。仲間と倒してきた邪龍。命の危険を感じた瞬間。
そして少し迷ったが、リントヴルムのことも正直に話した。
「嘘、あの邪龍を一人で?」
「俺も未だに信じられない。でも、証拠はあるんだ」
俺はバッグから“あるもの”を取り出す。
さっきバッグを漁った時に、見つけたものだ。
「これは......?」
「リントヴルムの角だ。折れて転がってたのを、無意識にバッグに突っ込んでたらしい」
邪龍の死体やその一部はは狩人の手によって持ち帰られ、研究機関に回されることもある。
だがリントヴルムに関しては、これまでの邪龍研究ではあり得ないサイズと強靭さから、全く違う身体構造をしているという説があった。
つまり、この角はリントヴルム独自のものである可能性が高い。
「俺がリントヴルムを一人で倒した」という突拍子もない話に説得力を持たせる、これ以上ない証拠だった。
「今度は君のことを話してくれないか?君がどんな人で、ここで何をしているのか」
「私?......ここはあなたもよく知ってるはずの、ハルバラ村よ。私はここで、素材屋をしてる」
「素材屋か。それで、森に入ってたんだな」
「本当はダメって言われてるんだけど。ほんの入口なら大丈夫かなって」
素材屋は、自然に入って獣を狩ったり石を採掘したり草花を摘んだり木を切ったりして、服屋薬、武器の素材として売る仕事だ。
狩人とは比べられないが、凶暴な獣の群れに襲われるリスクもある危険な職業である。
もちろん彼らでは邪龍に歯が立たないので、邪龍が確認された時点で素材屋もその場所には立ち入れない。
それでも実際は生活のため危険を承知で立ち入る素材屋は多く、自己責任を前提に黙認されている部分もある。
「......さて、これからどうするかな」
「あら、まだ休んでなきゃ駄目よ。何かするにしても明日からにしなさい」
そうは言うものの、俺には余裕がない。
バッグの中を確認すると、四十八本もの薬瓶が消えていた。 そのことをアンジェラにも分かるように話す。
「俺の寿命は、明日までかもしれない。悠長なことは言ってられない」
「......それでも、今日は休んでて。ボロボロの身体で妹さんに会いに行っても、誰も喜ばないわよ」
俺は口を開こうとして、やめた。アンジェラの言うことも一理あるし、その気になれば強行突破もできる。
その時、乱暴に扉が蹴破られる音がした。
「おいおい、どういうことだ!」
勝手に入るやいなや、ぎゃあぎゃあ喚く男とその一団。
男は見覚えのある......というか、もちろんアルファスだ。
「なんだなんだ、素材屋は休業中だよ」
「うるせぇ!用があるのは、そこのクソ野郎、てめぇだよ!」
胸の傷はまだ塞がってはいないようで、包帯は巻かれたままだ。
それでも見た感じ跡には残らなさそうで、場違いに胸をなで下ろす。
「なんでてめぇが生きてんだ、おい?どんな手を使いやがった」
ベッドに座ったままの俺に、凄んでくるアルファス。
俺は無言のまま、彼に例の角を見せる。
「......俺が、リントヴルムを倒した。一人で」
「はっ?そんな訳ねぇだろうが、ゴミ能力のくせに!」
鼻で笑うアルファスの横から、デュークが訝しげな顔で角を手に取った。
「どうだ、デューク。そいつはどこの獣の角だ、え?」
「......アルファス。断言はできないが、これはリントヴルムの角と考えていいだろう」
神妙に告げるデューク。アルファスは笑いを止め、目を見開いて目を点にした。
「そりゃ、どういうことだ?」
「わからない。だが、バニティは本当にあのリントヴルムを倒したのかもしれない」
言った瞬間、デュークの身体が横に吹っ飛んだ。
彼を蹴った反動で、痛みに呻くアルファス。
「ふざけんじゃねぇ!このザコがあのクソ邪龍を一人で狩るなんて、んなことある訳ねぇんだよ!」
デュークは信じられないという目でアルファスを睨んだ。
だがそれも一瞬のことで、すぐに元の無表情に戻る。
「可能性の話をしただけだ。こいつの話が真実かどうか、確かめればいい。どの道、その役目は必要だ」
「......そうだな。俺はリントヴルムの目ん玉持ってきて、こいつの話が嘘だったって証明してやるよ」
俺の方を一瞥して唾を吐きかけると、アルファスたちはようやく出て行った。
「騒がしい狩人さんね」
「皆がみんなそういう訳じゃない。アルファスは特別だよ」
そういや、リントヴルムの角を渡したままにしてしまった。
手柄や名誉なんてどうでもいいが、妹に自慢話は出来なくなったな。