2話 デートと虚ろな戦い
「明日、どこか出掛けに行きませんか?」
「明日?」
鸚鵡返しの質問に、クロはこくりと頷き無言の首肯が返って来る。
今日どこか行こう。ではなく、明日。今日は皆ハッピーなフライデーなので、明日はお休みサタデー。特に用事はなかったはず。
「それって、ふたりで?」
「勿論」
今日ではない日に会う約束を取り付けて、男女がふたりきりで会う。
ふむ。
これはもしかしなくても、デートなのでは?
毎回毎回、不意を突くように現れては消え、自由気ままなクロに振り回されてばかりの僕は、いい加減、心の余裕が出来つつあった。
なのでまあ、今回の唐突なお誘いを「ああ、腕にシルバー巻かなきゃなあ」とか考えていたのだけれど──
「ん゛っ?」
……え、デート?
一拍遅れて頭が漸く事実を認識する。
急速冷凍で冷え切って、一気に脳内氷点下。思考はとうに置き去りで、身体も石化したかのように固まった。
「無言はつまりオッケーって事ですよね? じゃあ、明日の正午。いつもの場所で待ってます♪」
大技を食らい、衝撃の硬直で動けない僕を、彼女は肯定と解釈してその場を立ち去る。僕は未だにヒットストップ中だ。
一人置き去りにされた僕が回復するのに、追加で三十秒程かかった。
……デートとか、そんな経験これっぽっちもないんですけど。
未知の強敵と相対するまで、あと二十時間。
翌日。
時刻は長針がてっぺんを指すまで、まだ半周程余裕があった。
……うん。僕は三十分前行動を心掛けているからね。決して緊張やら余計な考え事やら何やらで早く来てしまったわけではないし昨日はしっかり夜遅くまで今日の事を考えてから3時間も睡眠を取ったしもっと腕にシルバー巻こうかどうか悩んだ末に結局巻くのやめたしうん今の僕は何処からどう見ても自然体だそうに違いないうん。
「…………はぁ」
要するに、僕は既に満身創痍だった。
「そう言えば、いつもの場所ってどこだ……?」
ふと浮かんだ疑問。
僕がクロと知り合ってまだ一週間程度。そのうちほぼ毎日の割合で会っているのだけれど、待ち合わせなんか一度たりともした覚えはない。何故か毎回向こうが見計らったかのように現れる。
つまり、「いつもの」と言われてもどこだかイマイチ分からないのだ。
選択肢その1、駅
「大体いっつも改札降りた辺りで現れるもんなぁ……」
出現位置はいつも異なるものの、だいたい改札付近でエンカウントする。つまりそこでは? という推理
選択肢その2、サ店
「2日に1回は行くしなぁ」
いつ行っても閑散としているので、待ち合わせに使うならうってつけ……だと思う。
というかあそこ、あんなに客来なくて経営大丈夫なのか?
選択肢その3。どこか
……多分これが一番可能性が高いと思います。
要するに、いつもの場所だと思えばどこでもいいのだ。
なので、とりあえずそこら辺のベンチに座って十二時まで待つことにした。
……3。
……2。
……1。
……ぜ「こんにちは、トーマさん」
やはり彼女は、時間通りに現れた。
……それも、音も無く背後から。
「うん。昨日、振、り…………」
後ろから突然出てくるのは想像の範疇なので驚かなかった。
なので平然と振り向けばそこには──
「どうしました? 鳩が豆鉄砲を食らったみたな顔して。あ、そうだ。この服どうです? 私のお気に入りの一つなのですが」
──全身真っ黒の、ゴシックロリィタな服を着たクロがいた。
流石に、絶句した。
髪型はいつもよりもふんわりと。空気を掴んでいるようだった。
服には同色で目立たないながら、ふんだんに黒のリボンがちりばめられていた。
他には……えっと……ダメだ、こういうタイプの服を「ゴスロリ」としか表現できないタイプの人間だから、何に注目するべきかイマイチ良く分からない。
ああでも、これだけは良くわかる。
服と肌との境界である、襟の部分。その境が彼女独特の黒白を鮮やかに彩り、僕にはそれが妙に艶めかしく感じた。
そこから伸びる白い首すじが良く映えて、とても綺麗だった。
要は、まあ。
「その……似合ってる、と、思います」
根性を振り絞って出した褒め言葉。言うまでもなくこれは本心からの言葉だった。
「ふふふ。ありがとうございます」
今日の彼女の笑顔は、いつもより数倍殺戮的だった。
微笑みで殺される日も、そう遠くない気がした。
「でさ、何するか具体案とかあるの?」
ちなみに僕は無い。
いやちょっと待て、ここは弁明させて欲しい。何も僕がデートプランを全て女に丸投げするクズ野郎のゴミカス愚か者という訳ではない事を主張させて貰いたい。
勿論、昨日僕は家に帰るなり色々と素人ながら考えたのだ。帰りに本屋に寄って『女の子が喜ぶドキラブ♡素敵に過激なデート確実成功スキルブック☆』という本も買った程には。
……まあ、そのお陰で僕は学生の貴重の2000円を無駄にしたのだけれど。オススメ体位とか書いてあるページを開いた時なんか思わず体が勝手に本を引きちぎっていた。
で、そんなクソ本を一通り引き裂いた後。冷静に考えて辿り着いたのだ。
「そもそも僕クロの事何も知らなくない?」
結果。
「言い出しっぺに全部任せるか!」
という誰しもが行き着くべき結論に帰結した。よって僕はクズ山クズ男ではない。Q.E.D証明完了。
とまあそんなこんなで彼女に訊いた訳だ。僕は悪くねぇ! 僕は悪くねぇ!
「はい、ありますよ。行きましょうか」
あるみたいだ。良かった。
そして案の定というか。以前喫茶店に連れられたように、彼女は横に立ち僕の手を取って歩き出した。
前と違って、横並びにふたりで歩いた。
「ここです」
「……え、ここ?」
「はい」
やって来たのは、2駅先にあるゲームセンターだった。
周囲の好奇の目に耐えて、何処かお洒落なカフェにでも行くのかと思いきやまさかの目的地。これには僕もビックリ。
まあでも多分、プリクラとか撮るのだろう。うん、そうに違いない。クロだって女の子だしね。
「これです」
「……え、これ?」
「はい」
選ばれたのは、格闘ゲームでした。
「…………え、本気?」
「マジですよー」
そう言って向かいの筐体に座り、準備万端と言わんばかりに小銭を用意するクロ。
どうやら、大真面目らしい。
ちなみにこのゲーム、直感でやるには少し厳しく、それなりのコンボゲーだ。
何故わかるかと言うと、僕はこのゲームをやった事がある。
というか家庭版を持ってる。
更にそこそこ中級者程度にはやり込んでる。
これはもう結果を見るまでもない。うん、勝ったな。
そして僕は相手が初心者だろうと女子供だろうと一切容赦はしない。
遠慮無く勝たせてもらう──そしてこれがパフェを勝手に奢らされたのとデスソース満載パフェ食わされたのとこの前背後から急に声掛けられたせいでビックリして転んで地味に恥かいた恨みだーーーーーッ!!!
僕はクロの対戦者側の筐体へ座り、ワンコイン入れてゲームスタート。彼女と対戦する形に。
選ぶのは、鞭を使う中二病系女子高生のキャラ。強さで言えば上から数えた方が圧倒的に早い。
対するクロは、己の身一つで戦う武人系の上半身裸の男キャラ。声が渋くてカッコイイが、悲しいかな強さ的には下から数えた方が早い。
敢えて言わせてもらおう。
楽勝である、と。
三十分後。
そこにはボロ負けになったボロ雑巾の僕がいた。
ちなみに作者は鞭使いの子は使えません。独特過ぎて無理。
あと今回からちょっと書き方変えてみました。閲覧する時は改行しまくった方が見やすいって学習しました(既に投稿した2話も修正済み)