取材
その少女は、感情の読めない微笑を持って現れた。
「本日はよろしくお願いします」
俺は立ち上がって右手を差し出した。
「はい」
少女は笑みを深めて、手を握り返す。
不思議と人のいないカフェの中、録音機のスイッチが入った。
憧れの出版社に入社したものの、配属先は眉唾物のオカルト雑誌。
落胆は拭いきれない。だが、仕事は仕事。
割り切って心霊写真や都市伝説を漁っていたら、いつのまにか一年が過ぎていた。
今日は怪談の収集家だという少女の取材だ。
少女の名前は千崎美和。
高校か大学生くらいの子だ。角度によっては、成熟した女性にも、無邪気な女の子にも見える。
白い肌に、白いワンピース、鍔の広い帽子、長い黒髪。儚げで美しい人だったが、異様に黒々とした瞳が印象的だった。
見た目からしてオカルト女というか、そういうニオイがする。
せいぜい、読者受けしそうな話が聞けると良いんだが。
「これは友達から直接聞いた話なんですが__」
お決まりの前口上を挟んで、少女は語り始める。
「近所に、お化け屋敷として有名な洋館があるんです。もうずっと誰も住んでなくて、荒れ放題で。そこに友達は一人で肝試しに行ったんです」
よくある話だ。
若い子は肝試し好きだよな。俺は幽霊よりホームレスか不良に遭遇することのが怖い。あと、老朽化した建物の倒壊とか。
「真夜中の洋館を写真を撮りながら歩いていたら、突然背後からバタバタバタッて音がしたんですって。びっくりして振り向いたら、首の無いヒトみたいなのが、手足を滅茶苦茶に振り回しながら追いかけてきたらしいです」
少女は淡々と話す。
内容は結構怖いのに、まるでただの雑談みたいに。この子、怪談を他人に聞かせるのは向いてないな。要点だけを、かいつまんで説明してる。
「友達は必死に逃げたんですけど、階段から駆け降りる時に転んじゃって、それで首の骨折って死んじゃったんですよ」
「え?」
あまりに普通に言うものだから、うっかり聞き返してしまった。
少女はクスクスと笑う。
「ドジですよね。心霊スポットに行って、化け物に遇って、なのに不注意による事故で死んだんです。悪霊に殺されるならともかく」
クスクス。笑い声がやけに耳につく。
人が死んだ話をドジだと笑うとは、不謹慎じゃないか。
まあ、良い。どうせこれは作り話なんだから。
少しの悪意を混ぜて、彼女に確認する。
「なるほど、そのご友人は亡くなってしまったのですね」
「はい」
「でも__」
黒い瞳をじっと見詰める。
その瞳が動揺で揺れるのを期待した。
「先ほど千崎さんは、友達から“直接”聞いたと仰っていましたよね」
「はい」
彼女は平然と頷いた。
「え? いや、だから、ご友人は死んだんでしょう?」
少女の瞳は黒々としたまま動じない。
「はい。幽霊になった彼から直接聞きました」
胃を氷の手で鷲掴みされた。
彼女の言葉はとても自然で、まるで猫を見て「かわいい」と言うような気楽さで、幽霊という単語を使った。
彼女の目には、生きている人間と一緒に、死んだ人間も映っている。
__ヤバい。
はっきりと確信した。こいつは俺とは全く別の世界で生きている。死んだ人間のいる世界で。関わったらろくな目に合わない。
一刻も早くこの女から離れなければならない。
取材を終わりにしようと、口を開く。
だが、彼女の方が早かった。
「彼、今もあなたの後ろにいますよ」
布団で仰向けになりながら書いたので「私の背後に立てるものなら立ってみやがれヒャッハー」ってしてました。