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Emerald Blue   作者: 主糸 木風
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序章

宝島は好きですか?カリブの海賊は好きですか?白鯨は?ブラックセイルズは?キャプテンハーロックは?でしたらご安心を。きっと楽しんでいただけるはずでございます。

 どこまでも続く青い空。それに負けじと、太陽の光を受け深く青く煌めく海。帆を勢いよく揺らす潮風。それが眼前の世界の全てだった。

 その壮大さと美しさに心惹かれない人間などいないだろうと、そう思うには十分過ぎる光景だ。きっと、この海と風は、自らが現在乗り込み指揮しているこの船を何処へでも連れて行ってくれるに違いない。そう期待に胸を膨らませることもできるだろう。

 後ろから迫ってくる不審船さえいなければ。

「船長!4時の方向に船影1!髑髏の旗です!」

乗組員の一人が、ミズンマストの見張り台から大声を張り上げたのを境に、順調だった船旅は一変した。すぐに甲板の警鐘がやかましいほどに鳴らされ、船の上も中も慌ただしい足音と叫び声で満たされた。この船〝サンタナ号〟のアントン・フェデック船長は、そのネズミのような短い足で、よたよたと船長室から船尾へ駆けていった。

「どこの船だ?」息を切らしながらフェデックは待機していた一等航海士に問いかけた。

「ご自分で確かめられた方がよろしいかと、船長」一等航海士は、望遠鏡を持つ手を震わせながら答えた。

 その手から望遠鏡をもぎ取り、追跡してくる船をつぶさに観察する。中型のガレオン船で、船体が藍色一色、帆は藍色に白の縁取りがなされている。船首に目を向けると、左手に槍、右手に砂時計を持つ天使の船首像が見えた。

さらに視点を変えると、旗が2枚掲げられていた。フォアマストのてっぺんには、砕かれた鎖を足に付けた双頭の鷲が中央に据えられた青い布地の旗、メインマストには、2頭の白いクジラの頭に支えられた髑髏が描かれた黒い旗がはためいていた。

フェデックは全身の血の気が引くのを感じた。一等航海士を臆病者と罵倒する気にもならなかった。

「〝コンキスタドール〟エイハブ…海賊ネルソン・エイハブの旗だ」

 ネルソン・エイハブ率いる藍色の海賊船、ウォルビス号の噂は、船乗りならば誰もが耳にする。数年前から突如として現れ、多くの船が往来するミズガルド海一帯に出没することも、フェデックは知っていた。だが問題はそんなことではない。

「積み荷を死守せねばならん。逃がされたら大損害だぞ!」

海賊共の狙いは分かっている。ネルソン・エイハブが海賊として名を轟かせることとなった事件も、彼の掲げる鷲の旗の意味も、この手の商売をしている以上嫌でも耳に入る。

 ことにフェデックのような、人を攫い、船で運び、売買することを生業にしている商人にとって、双頭の鷲は恐怖の対象だった。

逃げ切ることもできそうにない。こちらは大量の積み荷に加え、護衛船の費用を浮かせるために大砲まで搭載している。速度は相手の半分ほどといったところか。

だが黙ってやられるつもりは毛頭ない。

「徹底抗戦だ!砲撃準備ィ!」

「砲撃準備!敵船のマストを狙え!」

フェデックが唾を飛ばして命令し、一等航海士はそれを復唱する。舷側の砲扉が次々と開かれ、黒く鈍く光る砲口が顔を出す。ウォルビス号はというと、既に右舷後方700フィートまで迫っていた。

「角度良し!船長、いつでも行けます!」

「早く撃て!」

轟音が響き渡り、鋼鉄の砲丸が発射される。しかしいずれも、敵船を仕留めるどころか、着弾することも叶わず、空しく海へと落ちていった。水柱が数本、ウォルビス号の手前に現れただけだった。

「届いていないじゃないか、何をやっているんだ!」一等航海士が苛立たし気に叫ぶ。

「次弾装填を急げ!敵も撃ってくるぞ!」とフェデックが言い終わらない内に、ウォルビス号のずらりと並んだ大砲が一斉に吠えた。その瞬間、隣にいた一等航海士は上半身をただの肉塊に変え、主人を失った2本の足は数歩歩いたあと、前に倒れこんだ。サンタナ号のミズンマストとメインマストが小枝の如くへし折れ、船の舷側には大穴が一瞬にして形成される。大砲と共に乗組員達は宙を舞い、血と何かをまき散らしながら甲板に叩きつけられた。

かつて一等航海士だったものを全身に浴び、びしょ濡れとなったフェデックは、しばらく茫然と立ち尽くしていた。しかし次の砲撃が襲い掛かる頃には正気に戻り、這うようにして自らの船室へと転がり込み、部屋の隅でひたすら震え、神に祈っていた。

ああ、神よ。どうか我らを悪魔より救いたまえ。


一方、サンタナ号の甲板は既に海賊達によって制圧されつつあった。ウォルビス号はぴったりとサンタナ号に接舷し、かけられた足場板から次々と彼らが乗り込んでくる。サンタナ号の乗組員達に抵抗する意思は、最早残っていなかった。甲板の中央に集められ、海賊達の下卑た笑い声を聞きながら、許しを請うしか道はないと、絶望に暮れていた。

その時、足場板を大仰な足取りで歩いてくる男がいた。不釣り合いなほど大きな二角帽には大きく鮮やかな羽根が耳のように飾られ、紺色の外套は腰部分を太いベルトで締め、その腰にはナックルガードにクジラのレリーフが施されたブロードソードを差している。サンタナ号の甲板に着地するや否や、その男はニヤリと笑い、こう言った。

「さて、君たちの船長はどこにいるんだ?」


 時は聖暦1128年。

神聖連盟加盟国全域指名手配№MD—00333。

彼の名はネルソン・エイハブ。


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