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百色眼鏡

作者: 戸蒔 悠

やってしまった。今まで気をつけていたのに、ついに、バレてしまった。

「ここって、立ち入り禁止、だよね?」

苦笑いで言う彼を睨みつける事しか出来ずに、ただ立ち尽くした。私たちの心境など、お構いなく心地よい風が屋上を吹き抜ける。

彼の言うとおり、屋上は立ち入り禁止だ。そして、私は毎日屋上で昼休みを過ごしている。

とりあえず、逃げた。彼が誰で何年で、どこのクラスかも知らない。顔だってちゃんと見ていない。きっと彼だって私の事を知らないし顔も覚えていないと、自分の教室まで走った。

そして、教室に到着し自分の席についた時、またもややってしまったと思った。逃げる事に必死になって、周りなど見えていなかった。席に着いて落ち着いた時、教室のどよめきが聞こえた。チラチラと私を見ながら、こそこそとそれぞれのグループで話す。気持ち悪い。笑える。そんな言葉が耳に入る。休み時間はできる限り教室を出ているのに……やってしまった。

幸いすぐにチャイムが鳴り授業が開始された。


放課後、屋上へ出る扉の鍵を閉めるのを忘れていた事を思い出して屋上へ向かった。すると、扉の前に人が一人。これはダメだと引き返そうとすると、

「逃げないでよ」

と声をかけてきた。この声は昼間の……渋々振り返り彼を見ると笑顔の彼が

「鍵持ってるの?」

と一言。ここで、本当の事を言って先生に言われてしまうと私の昼ごはんを食べる場所がなくなってしまう。それはどうしても避けたいものだ。ここは私にとって特別で大切な場所なのだから。しかし、ここで、持っていないと言うのも見えすぎた嘘にしかならないのではないかといった思いが駆け巡る。

「持ってるんでしょ?」

何も言わない私に痺れを切らしてか、返事を催促してきた。確信しているかのように笑顔で聞いてくる。ここは仕方ないと思い、小さく頷いた。すると彼はやっぱりと言ったように頷いた。

「誰にも言わないで」

と言うと、彼はニヤリと笑った。

「良いよ。その代わり、僕もここで、昼ごはん食べるから」




次の日の昼休み、彼は宣言通り屋上へ来た。しかし、何かを話すわけでもなく、ただ横で菓子パンを食べながらカフェ・オレを飲んでいる。

その次の日も次の日も、彼は特に話す事もなく、菓子パン時にはおにぎりを食べながらカフェ・オレを飲んでいる。

彼が屋上で昼ごはんを食べるようになって一週間。ついに私は、聞いてしまった。

「カフェ・オレとおにぎりは変でしょ」

彼はこちらを見てニヤリとすると

「うまいよー」

と言った、そして

「やっと話しかけてくれた」

とも言った。初めてちゃんと話したいわりにはすぐに打ち解けた。彼が言うには屋上で昼ごはんを食べるのが夢だったが、実は人見知りで、話しかけられるのをずっと待ってたらしい。





「近藤さんって、教室で見る限り暗いイメージだったんだけど、違ったね」

「出来るだけ目立たないようにしているだけ」

彼と屋上で昼ごはんを食べながら話すようになって数日たった。彼と話していて一番驚いたのは教室が同じである事だった。クラスの人の顔と名前は把握しているはずだったが、彼の事はわからなかった。名前だけは何と無く知っていたのだけれど、顔は全くわからなかった。そして、私が目立たないようにしているからと言ったからなのか、自分を守るためなのか、彼は教室では私に話しかけないし、屋上以外で話すこともない。雨の日は、屋上に出る扉の前の階段に座って昼ごはんを食べる。




「何これ?」

「万華鏡」

ある昼休み。私は彼に黒い和紙の貼られた筒を渡した。彼は横の穴から中を覗くと、きれいとボソッと言った。

「回すと形が変わってきれいだね」

改めて私に、ニコニコしながら言う彼は高校生とは思えないほど幼く見えた。

「万華鏡だからね。気分によってはきれいにも悲しくも見えるし見方によったら原型のない曖昧なもの。おばあちゃんに貰ったけど、私万華鏡嫌いなの。あげる」

彼は、私の言葉を特に気にしていないように、万華鏡を覗き回し続けた。

万華鏡なんて、嫌い。私は心の中で反復した。

「僕は好きだよ。近藤さんみたいできれいだし」

そんな事を言う彼はとても大人っぽく見えて、かっこよかった。心拍数が上がるのがわかった。そして、確信した。私が求めているのはこれじゃない。




彼が昼ごはんを食べに屋上にくるのが日常になって来たころ。彼は相談があるんだと、深刻そうな表情で言ってきた。いつもは、屋上の周りを囲む壁にもたれて食べるのだが、彼はなぜか靴を脱ぎ捨て、壁の上に座った。壁は、外が見渡せるほどの高さになっているから、一メートルと少しほどの高さだ。この高さが危険だからという事もあり屋上は立ち入り禁止になっている。

「相談って何?」

「好きな子ができた」

彼は恥ずかしそうに、うつむきながらはっきりと言った。

「どんな子?」

「クラスの子だよ、夏木さん」

彼は頭を少しかきながら言った。彼のこんな表情を見るのは初めてで、いつも私と話す彼とは違った。じっと顔を見ていると、彼も視線を上にあげ、目があった。彼は恥ずかしくなったのか、壁の上に立ち上がり外を向いて伸びをした。


ーー言ったじゃない。万華鏡は嫌いなのーー


「え?」

「ううん!夏木さん可愛いよね!頑張ってね!」

と私は彼の背中を強く押した。そして、すこしすると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「それじゃまたね」

と言って、教室に戻った。相変わらず、教室は騒然としていた。

授業開始のチャイムが鳴っても先生は来ない。教室はさらにざわめきを増した。しばらくすると、スピーカーから、放送を告げる音が聞こえ、先生の声がした。

『緊急事態が発生した為、生徒は静かに教室で自習に励む事。繰り返す。生徒は静かに教室で自習に励む事』

そして、放送終了を告げる音。教室内はさらにざわめいた。緊急事態ってなんだろ。木田いないけどなにかやらかしたのか。木田って誰。ざわざわざわざわ。教室内は誰も静かに自習などしない。うるさい。

ガラガラと教室の扉があいた。担任と校長先生が入ってきた。悲しい表情をしていた。教室は静まり返った。

「悲しいお知らせだ」

深刻そうな先生の顔にクラスの人は重大性を感じたのか、誰も一言も話さなかった。

「木田が、自殺した」

先生がそう言うと、クラスの一人が、木田って誰?と席が前の人に聞いていた。その前の人も首をかしげていた。そして、質問をした人の前の席の横の人が、あそこの席の人だよと私の席の前を指差した。すると、質問をした人は、あぁっと思い出したような声を出した。

「たまに、あいつと話してたやつだよね。廊下とかで」

「まじで?きも」

「あいつかわいそうだな。せっかくできた友達なのに」

と私を見ながら嫌らしく笑いながら言った。性格悪いなと思いながらも、私の求めていたものが元に戻ったような気がした。



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