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4 急な別れ

 わたしは強烈な光に驚き、猫を放り出した。

「なっ!?」

 床に転がり、首元の鈴がちゃりんと鳴る。それが合図だったかのように光は消えた。レイが猫を拾い上げる。

「これは神具だな」

 レイの言葉に耳を疑う。わたしの知る神具は、武器や防具の形をしているものが多い。だいたいどこでこんなものがくっついたのか……。思考を巡らせて一つの可能性に気付いた。

「もしかしてフレミア様?」

 フレミアはわたしを本当に家族のように思ってくれている。それにわたしの荷物に何かできるとすれば、あの人しかいない。

「これは狼煙(ビーコン)みたいなもんで、居場所を知らせるんだ。お前が触ったから発動したんだと思う」

 くれるなら余計な機能なしの、普通のぬいぐるみでよかった。わたしがちゃんと到着するかを、確認するためだろうか。

「でも、もう力を感じないから、これ以上は何も起こらない筈だ」

 レイはぬいぐるみをわたしに返す。

「それで神官じゃないなら、あなた何者?」

 わたしの問いに、返ってきたのはため息だった。

「それはこっちの台詞だ! 高位の魔導師だってのは、その封印指輪(シールリング)じゃらじゃら着けてるので分かったけど、結界(バリア)破壊者(ブレイカー)とかレア過ぎだろ! まあ、話すって言ったんだから話してやる」

 レイは床に座り込んだ。わたしは冷たい石の床に座るのが嫌で、長方形のバイオリンケースを寝かせてその上に座った。このケースは特別仕様で、頑丈にできているので利用範囲が広い。

「一言で言えば、俺は光導師だ」

 光導師とは血筋として光の力を受け継ぐ家系の中で、神官や神王国の要職に就かない人たちを指す。光術は神術と同義だが、光導師の力は並みの神官の非ではない。

 光術家系の最高位は神王家の王族なのだが、そうでなくても……。

 わたしははっとなり、慌てて立ち上がってから膝を付いた。深く頭を下げる。

「知らなかったとは言え、失礼致しま……」

 話している途中で両肩を押されて強制的に体を起こされる。

「ああ、もう! こういうのが嫌だから、言いたくなかったんだ。態度も言葉遣いも、今まで通りでいい」

 レイが乱暴に言い捨てた。

「で、でも……」

 わたしが言い募ろうとすると、両肩に乗っていたレイの手に強い力が込められた。

「でもじゃない!」

 光術の家系は神王家かその縁者で、上級魔導師とはいえ、わたしなどとは格が違う。

 子供の頃から神殿に入り浸っていたわたしは、神王家への尊敬の念が強いので、簡単に納得できることではない。

 わたしが返事をしないためか、レイがわたしの肩を前後に揺さぶり始めた。

「うわ、ちょっ……」

 肩は痛いし、頭もがくがくと揺れる。

「ヒカルちゃん!」

 急に名前を呼ばれたかと思うと同時に、レイの蛮行も止まった。

「痛っ! 人の頭を本の角で殴るな!」

 レイが頭を押さえて(うずくま)る。

「さっきから言ってるのに聞かないからだよ」

 フィルが平然と言う。

 わたしは唖然とした。フィルは当然レイの素性を知っているだろう。神王家に連なる人に暴力を振るうなど、わたしから見れば考えられない。

「ヒカルちゃん、大丈夫?」

 優しく訊かれたが、わたしはまだ硬直状態だった。頭が状況についていけない。

「ええっと、レイ……様はどうして……」

「だから様付けするなっ!」

 わたしの言葉はレイに遮られた。

「ああ、ヒカルちゃんに教えたんだね?」

 フィルは納得したように言うと、わたしの前にしゃがみ込んだ。

「レイは気に入った相手にしか、光導師だってことを教えないんだよ。だからいきなり態度を変えられたりするのが寂しいんだ。可哀想な子だと思って、今まで通りに接してあげてくれないかな?」

 可哀想な子って……。言い方がおかしくてわたしは失笑してしまった。

「勝手に哀れむな!」

 レイが素早く立ち上がると、フィルを壁まで蹴り飛ばした。感心している場合ではないが、すごいキック力だ。

「女を蹴ったりはしないけど、次に様付けしたり敬語を使ったりしたら、ただじゃ済まないと思えよ」

 子供かと、思わず突っ込みたくなったが我慢して口を開いた。

「分かったよ、レイ」

 場の空気が緩んだ。

「レイ、忘れないうちに自慢の足で着鏡(ちゃっきょう)を壊してくれるかな?」

 強烈な蹴りを受けたとは思えない呑気な声で、フィルは言った。

「フィル様、大丈夫なんですか?」

 わたしが慌てて駆け寄ろうとすると、レイがわたしの腕を掴んで阻止した。

「フィルはドMだから大丈夫だ」

 神官に対してその言い様、レイが強過ぎる。わたしはとても複雑な気分になった。

 レイはそんなわたしに構わず、鏡の前に進むと躊躇いなく右足を振り上げ鏡を蹴った。

 何の音もしない。ただ光の粒が溢れ出て、一瞬広がり消えてしまう。壁には鏡の痕跡すら見付けられなかった。

「そうだ、ここがどこか調べてきたんだった」

 フィルが床に何かを広げた。

「測定した緯度と経度から考えて、ここは西大陸の南岸地域の森だと思う。森を抜けて海沿いに西に5キロほど行ったところに町がある筈だよ」

 レティンソンからは遠く離れているが西大陸で良かった。思わず頬が緩む。

「ヒカルは嬉しそうだけど、俺はがっかりだ。東大陸に行きたかったのに……」

 初めて名前を呼んでくれたことが嬉しかったのに、レイはとても落胆しているようだった。

「まだ諦めるのは早いよ。東大陸の東寄りの地方はもうすぐ日付が変わっちゃうけど、西側なら余裕がある。ここから100キロ離れたテリーナに大神殿があるから、そこから転位できると思うよ」

 床に広げられているのは地図のようだった。四つん這いになって覗き込んでみたが、わたしには大陸や島の形が分かるだけで地名などは読み取れなかった。

 地図を見ていたレイが立ち上がった。

「ヒカルちゃんは僕が責任持って、最終目的地まで送って行くから大丈夫。レイは急いだ方がいいよ」

 100キロは近い距離ではない。近くの町にどんな交通手段があるかが鍵だ。

「分かった。あとは頼む」

 レイはフィルに向かって言うと、わたしの側に来て手を取った。

「短い間だったけど、ヒカルのことは忘れない。さっき傷を癒したときに、内蔵の不調とか、ホルモンバランスの乱れとか、古い傷痕とかも治しといたから感謝しろよ。元気でな」

 レイは言うだけ言って、最後にわたしの手をぎゅっと握り締めるとすぐに走り去った。

 急展開過ぎて戸惑っているだけのわたしは、言葉すら返すことができなかった。

「急でごめんねー、レイは東大陸にいる人を探してるんだよ。今回転位できなかったら、次は半年以上待たないといけないから必死なんだ」

 フィルが状況を説明してくれたが、わたしの心はレイがいなくなったことで沈んでいた。自分で思っていたよりも、心を許していたのかもしれない。わたしは気分を変えるために口を開いた。

「フィル様は一緒に行かなくて良かったんですか?」

 フィルは苦笑を漏らした。

「元々レイとは古い知り合いで、今回は特別に仕事を頼んだだけなんだ。僕は元々エール島のダンブル大神殿の神官だから、諸々が片付いたら戻るよ」

 さっきフィルが送ると言ってくれたが、近くの町からは自力で何とかしようと考えていた。でもレティンソンとダンブルは同じ島にあるので、好意に甘えようと思う。

「わたしはレティンソンに行きたいんです」


 フィルに自分がどこから来てどこに行きたいのか、またその理由をすべて話した。話を聞き終えるとフィルは言った。

「ヒカルちゃんが東大陸から来たなら、レイに情報あげられたかもしれないね。いまさら遅いけど」

「わたし、レイに癒してもらったのに、何も返せてません」

 わたしがしょんぼりと言うと、フィルか明るい口調で言った。

「次会ったときに、何かしてやったらいいんじゃない? どうせ探し人は見付からなくて、次の転位で戻ってくると思うから」

 わたしは呆然として、言葉を失った。大陸を越えて見付けたいというなら、よほどレイにとって大切な人なのだろう。それを一言で切り捨てるとは、レイが気の毒になる。

「とにかく今はレイの話は置いといて、これからのことを話すね」

 フィルは持ち込んでいた荷物の中から毛布を取り出し床に広げた。

「この上に座って。お茶と軽食もあるよ」

 わたしはブーツを脱いで、遠慮なく毛布に上がった。フィルは手際よく茶とサンドイッチを用意して、わたしの前に置いた。

 空腹だったので、普通のサンドイッチでも極上の味がした。

「ここの後始末と調査のために、町に着いたら電話で応援を呼ぶ。応援が到着したら、事情を説明してから引き継ぎをして、あとは一緒にエール島に行こうね」

 わたしは特に急いではいない。笑顔でフィルに頷いた。

「はい、よろしくお願いします!」


 森を抜けるまでの道のりは大変だった。地面には木の根が張り出していて何度も躓き、身体中打ち身や切り傷、擦り傷だらけになる。おまけに見知らぬ虫たちに刺され、体力的にも精神的にも限界を越えた。

 満身創痍で海沿いの道に辿り着いたときには、疲労で一歩も動けなくなっていた。

「ごめんねー、キャリーバッグを諦めてくれたら、ヒカルちゃんをおぶってあげたんだけど……」

 フィルはわたしの荷物を持ってくれた上、手を引いて誘導してくれた。謝らないといけないのは、こちらの方だ。

 でも息が切れて言葉が出ないわたしは、ただ首を横に振った。フィルはわたしの汗を拭い、水を飲ませてくれた。

「ヒカルちゃんはもう歩けないし、車が通りかかるのを待とう」

 潮を含んだ風が気持ちいい。息が整ってくると、わたしは周囲を見回す余裕ができた。

 晴れた空のもと、真っ青な海が静かに広がる。大陸南岸だからか温度も高い。波の打ち寄せる音が眠気を誘う。

「……?」

 微睡(まどろ)みに落ちそうになっていると、聞き慣れない音がして意識が引き戻された。

 普通の車より大きく騒がしい音が西側から近付いてくる。

 ぶぉぉぉぉー! ききーー!

 真っ白な車のようなものが、わたしたちの前で急停車した。

 運転席から人が降り立ち、なぜか真っ直ぐわたしの方に突進してくる。隣にいたフィルが立ち上がって止めようとする前に、その人はわたしに飛び付いた。

「ヒカル様! やっと会えました」

次回の更新は3月12日の予定です

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