41 領主の息子
応接間のドアが軽くノックされ、マイアが顔を見せる。
「遅くなって申し訳ありません。ヒカル様のお着替えを探すのに、時間が掛かってしまいました」
マイアは手に持った服をわたしに差し出した。
「私の涙でジャケットを汚してしまってごめんなさい。ジャケットはあまり持っていなくてカーディガンなんですが、差し上げますからよかったら着てください」
わたしはジャケットを脱いで汚れを確認する。涙の跡なんて乾けば大したことないだろうと思っていたが、マイアの化粧も流れ落ちたらしくはっきりと汚れが目立っていた。
「くれると言うんだからもらっとけ。上着なしだと寒いぞ」
レイはわたしの手からジャケットを取り上げると、マイアが持っていたカーディガンをわたしに着せる。
「なかなか似合ってるぞ。それじゃあマイア、商品を見せてもらおうか」
カーディガンはとても着心地がよかったので、素直に受け取ることにした。
「マイア、ありがとう」
わたしが微笑むと、マイアも笑顔になった。
「いえ、私が汚してしまったので……。では皆様、こちらは注文品を受け付ける特別な店になりますので、一般店舗の方にご案内致します」
マイアはわたしたちが入ってきたドアからエレベータホールに出た。わたしはさっきの急降下を思い出して体を震わせる。
「ヒカル様、エレベータには乗らないので大丈夫ですよ」
マイアが安心させるように言って歩き出す。エレベータの前を通り過ぎて階段に辿り着いた。
「この下が店舗となっております。足元にご注意ください」
わたしはレイに誘導されて慎重に階段を下りる。最後の一段を下りた時、眩しさで一瞬目が眩んだ。
「……また魔法か」
ディーレノールがぽつりと呟く。まばたきを何度も繰り返していると、ようやく目が慣れてきた。広い店に客はいないが、雑多なものが無造作に置かれている。
「いらっしゃいませ! あ、ヒカル! と……」
店の奥から駆け寄ってきたのは銀髪の少年だった。
「ヒカル様、リアンと親しいのですか?」
少年はエール地方領主クレアの三男で、ヴァン家の遠縁に当たるリアンだった。
「リアンさんとはそんなに話したことがないから、親しいとは言えないかな」
わたしの言葉を聞くと、マイアが吠えた。
「リアン! 接客はわたしがするから引っ込んでなさい!」
リアンは不満を口にする。
「でもヒカルと久し振りに話してみたいし……」
マイアは問答無用でリアンを投げ飛ばした。落下の衝撃で棚の上に置かれていた商品が床に散らばる。
「……騒々しい奴らだな」
レイが言うと、マイアは慌てて振り返った。
「お騒がせして申し訳ありません。未熟なアルバイトは奥に下がらせますのでご容赦ください」
深々と頭を下げる。目をリアンに戻すと散らばっていた筈の商品が床の上から消えていた。
リアンはゆっくりと立ち上がり、何も言わずに奥に消えて行った。わたしたちは同時に溜め息を吐く。
「なぜ領主の息子がアルバイトを?」
ディーレノールの問いにマイアは苦笑した。
「将来のために、魔法に関わる場所で働きたいそうです。普段は明るく接客してくれるので助かってるんですが……」
マイアの言葉を聞いて、レイが急に奥に向かって声を掛けた。
「リアン、おとなしくしてるならいてもいいぞ」
リアンはおずおずと戻ってくる。
「ただしヒカルはお前より年上だし、魔導師としても比べ物にならない。ヒカルが指輪をしてない今なら分かるだろ? ここで働いてるなら、店員としてきちんとした態度を取れ」
リアンはこちらに向かって勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! ヒカル……さんはユートの親戚だって聞いてたから、姉さんのように感じててつい馴れ馴れしくしてしまいました!」
一度顔を上げたものの、直ぐに項垂れてしまう。
「それにホムラ家直系の特徴を持ってなかったから、強さも俺と同じくらいかと思ってました」
本来のホムラ家直系の外見的な特徴は赤毛に赤目だ。黒髪黒目のわたしとは違う。
「見て判断するのは大事だけど、見たものだけに囚われるな。今日は隅でおとなしく立ってろ」
レイが言うと、リアンは静かに窓際に寄った。次はわたしが口を開く。
「リアンさん、前みたいにいきなり術を使ったりしたら、二度と口を利きませんからね?」
リアンががくりと肩を落とすのが分かった。
「何をされたか分からないけど、ヒカルは容赦ないな」
レイが呟く。
「レイがリアンをフォローしたのに、見事に叩き落としたからな」
ディーレノールも言い添える。何だかわたしが悪者のように扱われている。
「急に何の説明もなしに、地上から領主館まで術で移動したんですよ!? 酷いのはリアンさんです!」
わたしが断言すると、レイとディーレノールは溜め息を吐いた。しかしマイアは違った。
「リアン、ヒカル様にそんなことを!?」
マイアがリアンに詰め寄ろうとしたのでさすがに止めた。
「リアンさんはその罰をちゃんと受けてたから、マイア落ち着いて」
マイアは動きを止めてわたしの方を向いた。
「分かりました。とりあえずリアンはいないものと思って対応します」
レイが苦笑する。
「いい加減に商品を見せてくれないか? ヒカルが身に着けられるものがいいんだけど」
マイアがアクセサリー類の並ぶ棚に案内してくれた。
「どれでもご自由にお手に取ってご覧ください。試着もご自由にどうぞ」
魔具は小さいものでも貴重なのに、全て棚の上の誰でも触れる場所に置かれていた。わたしは今まで買い物をした経験が少ないので、わくわくしながら目の前のネックレスに手を伸ばす。透明な緑色の石が連なった美しいネックレスは、光にかざすとキラキラと輝いて光を周囲に撒き散らした。
「俺はヒカルがいつでも身に着けられるものを贈りたいんだ。でもその色だと服が合わせにくいだろ?」
レイがダメ出しをしたが、わたしはまだこれが欲しいとは言っていない。緑のネックレスを棚に戻し、次に手に取ったのは立体的なハート型の乳白色の石に銀の文字が刻まれたペンダントトップだった。丸みのある形が可愛らしい。
「それは虹石だな。かなり珍しいぞ」
ディーレノールが感心したように言う。リューテ島の家には魔石図鑑があったので、有名なものは知っているけれど、わたしの記憶の中にこの石はなかった。
「虹ってことは色が変わったりするんですか?」
わたしの問いに答えたのはマイアだった。
「はい、身に着けると温度変化によって色が変わります。色と温度に関連性はあまりないみたいで、ランダムに変化します」
わたしは鏡の前に行き、胸元に虹石を当てた。意図を察したマイアがペンダントトップに革紐を通し、わたしの首に掛けてくれた。ゆっくりと色が薄いピンクに変わる。
「祓いの時にこれがあれば、ヒカルが寒い思いをすることもなかったのにな」
ディーレノールの呟きに、わたしは疑問を投げる。
「え? どういうことですか?」
ディーレノールがわたしの胸元の虹石を摘まみ上げた。
「虹石は周りの温度変化から所有者を守る石なんだ。ここは適温だから問題ないけど、例えば夏のような薄着で極寒の地に行っても、その石さえ身に着けていれば、平気で過ごせる」
温度変化を無効にできるとは、とても強力な石のようだ。
「これがあれば、冷房も暖房もいらないってことですね……」
亜熱帯のリューテ島で育ったわたしだけれど、快適な室内にいることが多かったので温度変化に実は弱いのだ。
「わたし、これが欲しい!」
レイに言うと、困惑したような声が返ってきた。
「まだちょっとしか見てないぞ? 時間もあるし、もっと色々見たらどうだ?」
わたしは首を振った。
「こういうのは直感と巡り合わせが大事なんだよ。だからこれがいい」
レイは仕方なさそうに言う。
「分かった。それならこのピアスは好きか?」
レイがわたしの手の上に銀のピアスを載せる。わたしは空いている方の手でルーペを取り出してじっくりと見た。
ペンダントとセットになるような、立体的なハート型をしていて石は付いていない。
「これは魔物が近付いたら知らせてくれるんだ。直ぐには必要ないだろうけど、視力の弱いヒカルは持ってた方がいいと思う。俺も1日中側にいてやれるわけじゃないからな」
わたしは嬉しくてレイに抱き付いた。
「これも買ってくれるの? ありがとう、大切にするね!」
レイがわたしの背中に腕を回すと、マイアの咳払いが聞こえた。
「では、2点お買い上げでよろしいですか? お包みしましょうか?」
レイはわたしをそっと引き離すと、耳たぶに触れた。甘い刺激が突き抜けて体が跳ねる。
「両方買おう。請求は髑髏館に頼む。包装はいらないけど、ヒカルが今着けてるピアスを外すから、適当に箱か袋にでも入れといてくれ」
レイは素早くピアスを付け替えると、マイアに古いピアスを渡した。
「では、小箱にお入れしますね」
マイアが一度奥に引っ込むと、レイはわたしを鏡の前に連れて行った。
「ペンダントもピアスも、よく似合ってるぞ」
あまり誉められることに慣れていないので、恥ずかしくて頬が赤らむ。
「あ、ありがとう」
しばらく待っていると、マイアが小さな包みを持ってきた。
「お待たせしました。お買い物が以上でしたら、先程のお部屋にご案内致します」
マイアはわたしに包みを渡すと、入ってきた階段の方に歩き出した。わたしたちもリアンに軽く挨拶してから後に続く。
応接間で茶を飲みながら待っていると、デレクが入ってきた。
「指輪が完成致しました。どうぞお確かめください」
黒いトレーに載せて差し出されたのは、2つの輝く銀の指輪だった。1つは飾りのない幅の細い指輪で、もう1つは花模様が透かし彫りされた幅の広い指輪だった。
「細い方に約3割の魔力を、幅広の方に約7割の魔力を封印できます」
わたしが両方の指輪を嵌めると、魔力が違和感なく封印されて銀杖が白杖に変化した。
「ありがとうございます。とても気に入りました」
わたしが礼を言うと、デレクは立ち上がって頭を下げた。
「気に入っていただけて私も嬉しいです。こちらこそありがとうございました」




