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40 魔法仕掛けの魔具店

 デレクの店が入っているという茶色の古ぼけたビルの前に到着した。アーケードがあるので何階建てかは分からないが、わたしが見ても分かるほど外壁にヒビが入っている。

「……」

 わたしは手の届く高さにあるヒビに触れた。

「やっぱりこれ、偽装なんだ」

 ヒビがある筈の場所には、平らで欠けのないコンクリートがあるだけだった。ここのオーナーは魔法を使ってわざとみすぼらしく見せているらしい。

「ヒカル、いきなり壁に触ったりするな。よく考えてから行動しろって何度言ったら分かるんだ?」

 レイはわたしの頬を容赦なく掴む。本気で痛い。わたしがレイの手を振り払おうとしていると、ディーレノールがレイの手を外して救い出してくれた。

「ヒカルの性格がこれくらいで変わるなら苦労しないだろ? 無駄なことはするな」

 わたしは頬をさすりながらディーレノールを睨む。

「ディー様、その言い方は酷いと思います!」

 ディーレノールは鼻で笑った。

「俺は事実を言っただけだぞ?」

 わたしが頬を膨らませると、ディーレノールが指で突っついた。

「ヒカルが何をしても俺たちでできるだけフォローしてやるから、そんなにむくれるな」

 レイがディーレノールの指を叩き落とす。

「兄貴はヒカルに触り過ぎだ。さっさと中に入るぞ」

 レイに腰を抱かれる形で建物の中に入る。ディーレノールも苦笑しながら後に続いた。

 重厚なドアを通り抜けると、殺風景な空間にエレベータが2基並んでいるだけだった。

「デレクさんのお店は、何階なの?」

 わたしが訊くと、レイは肩を竦めた。

「このビルには色々と魔法が掛かってて、店もその日によって場所が違うそうだ。俺たちが行くのは知らせてあるから、そのうち迎えがくるだろ」

 こんな普通の人が生活する街のど真ん中で、ここまで魔法まみれの建物があるのは少し不思議だ。逆に言うと、普通の人がうっかり入ってしまうと危険な店が多いのかも知れない。

 ポーンと音がして、右側のエレベータが開いた。

「レイフィニール様、お待たせ致しまし……あ、ヒカル様!」

 この声はマイアだ。レイに向かって真っ直ぐ歩いてきたのに、急に走り出してわたしに抱き付いた。

「祓いの後、領主館(マナーハウス)と大神殿の両方にヒカル様のことを問い合わせましたが、連絡方法も何も教えてもらえなかったんです! 心配したんですよ!」

 マイアは大声で泣き出してしまった。レイはマイアが抱き付いた時に弾き飛ばされたらしく、少し離れた場所に呆然と立ち尽くしている。マイアに抱き締められて身動きが取れないので、わたしからディーレノールは見えなかった。

 マイアの涙がわたしの肩を濡らす。

「ごめんね、わたしもマイアのことが気になってたんだけど、こちらから連絡できなかったんだよ」

 立ち直ったレイが渡してきたハンカチをマイアに握らせる。マイアは涙を拭いながらも、しゃくり上げていた。

「テリー……ナ……の、街……で、急……に、いな……くなった、時も、しんぱ……い、したん、です……か、らね……」

 泣きながら話すマイアを見兼ねたのか、ディーレノールの優しい声が背後から聞こえた。

「落ち着けマイア。とにかく俺たちをデレクのところに連れて行ってもらえないか?」

 マイアはピクリと肩を震わすと、わたしから少し離れてディーレノールを見た。鋭く息を呑んだマイアは、ハンカチで乱暴に涙を拭ってから深呼吸を繰り返す。

「ディーレノール様までご一緒だったとは……」

 マイアは呟いてから一歩下がって姿勢を正した。

「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。デレク師匠のところにご案内致します」

 レイとディーレノールは安堵の息を吐いた。レイがわたしの手を握る。

「それでは、こちらにどうぞ」

 マイアが歩き出して右側のエレベータに案内する。エレベータ内部には、なぜか椅子が並んでいた。

「……?」

 椅子の置かれたエレベータは見たことがある。でもこんなに並んでいるのは初めてだ。

「少々揺れますので、皆様ご着席ください」

 わたしたちが椅子に座ると、マイアはカードのようなものを取り出してドアにかざした。直後にガクンと揺れたかと思うと、一瞬の浮遊感の後エレベータが急激に落下する。

「……っ!!」

 突然のことに驚き、声も出ない。落下している筈なのに、体が浮き上がらないのが奇妙だった。

 なす術もなく目を瞑って体を強張らせていると、再びガクンと揺れて、エレベータが停止した。

「ヒカル?」

 レイが不思議そうにわたしに声を掛ける。わたしはレイにしがみ付いた。

「ちょ……! どうしたんだ?」

 レイが慌てながらも、わたしの背中を撫でて落ち着かせようとしてくれる。

「ヒカル様の反応が正常なんです。お2人は何も感じていないご様子でしたが、普通はエレベータが落下したように感じるんです」

 マイアは説明を終えると、ドアを開けて外に出た。ディーレノールに促されて、レイもわたしをくっ付けたままドアを抜ける。

「ヒカル、ほらもう大丈夫だぞ」

 レイがわたしの頭を撫でながら優しく言う。頭では分かっていても、感じた恐怖はそう簡単には去ってくれない。

「随分乱暴な客の迎え方だな」

 ディーレノールが声を低めて言った。

「申し訳ありません。初めてのお客様には説明なしにエレベータに乗ってもらうのがここのルールなんです」

 マイアが深く頭を下げて言った。わたしはようやく少し落ち着いてレイから体を離す。

「これ以上は何もないんだろうな?」

 レイは不機嫌を隠しもせずに言った。

「はい、こちらが師匠の店になります」

 マイアが示したのは、金属製の青いドアだった。わたしに見えないだけかも知れないけれど、看板や表札の類いは見当たらない。

「師匠が待っています。こちらへどうぞ」

 マイアがドアを開けると、涼やかなベルの音が響いた。金属を加工するのに火を使うのかと思っていたが、熱気が溢れ出したりはしなかった。

「お待ちしておりました。私が細工師のデレクでございます」

 わたしたちの前に現れたのは、真っ白な髪の浮世離れした感じの青年だった。独特な雰囲気のせいで年がよく分からない。

「まずはお話を伺いましょう」

 通されたのは大きな窓のある応接間だった。窓の外には視界いっぱいに花畑が広がっている。

「……」

 この景色もきっと魔法なのだろう。美し過ぎて現実感が全くない。

「ヒカルの魔力を封印するための魔具を作ってほしいんだ」

 レイがストレートに切り出した。

「確かにその数だと目立ちますね」

 デレクがわたしの手元を見て言う。

「作るのは時間が掛かってしまいますが、今あるその指輪を纏めるだけなら数時間もあればできますよ」

 わたしは驚いてデレクを見た。魔具がどのように作られるものなのかは知らないが、他人が作ったものに手を加えることができるのだろうか。

「ヒカル様、ここは結界が張ってありますので、魔力が外に漏れることはありません。指輪を外して見せていただけますか?」

 わたしは許可を求める意味でレイの顔を見た。レイが頷いたので、1つずつゆっくりと外していく。白杖が銀杖に戻ったが、指輪が吸い込まれないように意識した。

 10個の指輪をデレクに渡す。デレクは恭しく受け取ると、ためつすがめつして見始めた。

「ものは悪くないですが、細工師が未熟だったからか1つに封印できる魔力量が少ないのです。一般魔導師……いや、上級でも四家の血筋から遠ければこれで十分でしょうが……」

 フジミヤ家が依頼できる細工師はこれが限界だったのだろう。今まできちんと封印してくれていたので、不満に思ったことは一度もない。

「纏めるってどうやるんだ?」

 レイが横から質問した。

「女性が指輪を複数着けていても、誰も不思議に思いません、ですから今10個ある指輪を2個か3個に纏めるんです。1個にすることもできますが、多少調節できる方がいいでしょう?」

 わたしは頷く。

「少ない方がいいので、2個でお願いします」

 デレクは何か考え込んでから言った。

「畏まりました。封印具だと分かりにくいように、全く違うデザインにしましょう。何かご希望はありますか? それとも私に任せていただけなすか?」

 わたしは即答する。

「デザインはお任せします。よろしくお願いします」

 デレクは淡く笑んだ。

「承知致しました。正式にご依頼していただけるということなら、今すぐ作業に取り掛かれますが、どうされますか?」

 わたしはまた驚いてデレクの顔を見てしまった。

「今日は依頼を出すだけだと思ってたんですが……」

 わたしの言葉にデレクは笑みを大きくする。

「ヒカル様がどんなに強い魔導師なのか私には分かりますし、お人柄についてもマイアから色々と聞いています。何よりあの祓いのおかげで、大陸中の人間がヒカル様に感謝しています。優先するのは当然のことです」

 デレクは他の仕事を遅らせても、わたしの指輪を仕上げてくれると言っているのだ。実際今日を逃せば次はいつここにこられるか分からない。

「レイ、出発が遅れてしまうけど、今お願いしていい?」

 レイが頷くのを見て、デレクが立ち上がった。

「では、工房に籠って作業致しますので、自由にお寛ぎになっていてください」

 立ち去ろうとするデレクを、レイが呼び止めた。

「ここで販売してる既製品を見せてもらいたいんだけど、いいか?」

 デレクが振り返る。

「もちろんでございます。マイアに案内させます」

 デレクが一礼してから部屋を出ると、ディーレノールが息を吐いた。

「あいつは上級神官を目指してたらしいけど、どこかの魔導師の血筋だな」

 レイも頷く。

「フィンは知らないって言ってたから、おそらくヴァーテル家だな。バングルの浄化石も水属性だし、見た目も水っぽいし」

 水っぽい見た目ってわたしには意味が分からないが、ディーレノールは吹き出した。

「ああ、白髪と薄青い目で氷っぽいからな」

 わたしには目の色は分からなかったが、ディーレノールの言葉で納得した。

 わたしたちはそれからとりとめのない話を続けたが、マイアが案内のために現れたのは20分も経ってからだった。



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