39 商店街に行こう
髑髏舘のエントランスには、レイ、ディーレノール、フィン、わたし、ルーシャ、パオンの6名が集まっていた。引っ越しでもするのかと思うほど、大量の荷物が並んでいる。
今日も男性の格好のフィンは、大きなスーツケース3つを前にぼんやりと外を眺めていた。
「フィン、ヴァン家のご当主によろしくな」
ディーレノールが声を掛けると、フィンは視線を戻して言った。
「はい、神王家の皆様にもよろしくお伝えください」
フィンにはいつもの明るさがない。
「レイ、フィンはどうしたの?」
わたしは隣に立つレイに小声で訊いた。
「服装か? あいつは家に帰るんだ。家ではずっと男の格好らしいから、別におかしくないぞ?」
小声で返ってきた言葉にわたしは首を振る。
「違う、何か元気がなさそうだから……」
声を抑えていたのに、フィンが直ぐ側で言った。
「ヒカルちゃん、心配してくれたんだね。ちょっと考え事をしてただけだから、大丈夫だよ」
その声はいつもの調子を取り戻してはいたが、わたしには何だか弱々しく聞こえた。
「何があったのか分からないけど、、いつでも話くらいは聞くからね?」
わたしが言うと、フィンはにっこりと笑ってわたしを軽く抱き締めた。
「じゃあ、僕の家に一緒にきてって言ったら、きてくれる?」
耳許で囁かれた言葉に体が震える。何か返事をしようと必死に頭を回転させていると、フィンが急に離れていった。
「ヒカルに触るなっていつも言ってるだろ!」
レイがフィンの腕を掴んで引き離したようだ。
「フィネセアン様、お車が到着致しました」
ルーシャが告げると、パオンがフィンのスーツケースを2つ運び出す。
「ヒカルちゃん、次に会うのは学校だと思うから、勉強頑張ってね」
フィンは先程の言葉などなかったように明るく言った。
「う、うん……それじゃあ、また」
わたしの方がしどろもどろになって返事をする。フィンはレイとディーレノールにも挨拶してから、最後のスーツケースを持って髑髏舘を後にした。
フィンの乗った車が見えなくなった頃、レイがポツリと言った。
「ヒカルに言い忘れてたけど、レティンソンに向かう前に、デレクの店に寄るぞ」
デレクって誰だっただろう……わたしが記憶を引っくり返していると、レイが溜め息を吐いた。
「そのバングルを作った細工師だ」
わたしはポンと手を打つ。
「ああ、マイアのお師匠の……でも何で?」
レイはわたしの左手を持ち上げた。
「ヒカルの魔力を封印する魔具を作ってもらうためだ。書類を運び出す作業で塔に行った時にミリヤに会ったんだけど、デレクは西大陸でも五本の指に入る腕の持ち主だって言ってた」
わたしの手の指全てに魔力を封印するための指輪が嵌まっている。指輪はわたしが術を使う時に用いる銀杖から作られていて、外す指輪の数で放出する魔力量を調節できるようになっている。でも封印具の数が多いとどうしても目立ってしまうので、以前から減らした方がいいと言われていたのだ。
「俺もヒカルの指輪の数は気になってたんだ。会ったことはないけど、デレクは若手では1番と言われる細工師だ。きっといい仕事をしてくれるだろう」
ディーレノールも言う。2人の話を聞いていてわたしはデレクの店が商店街にあるのを思い出した。
「わたし、商店街のお店を色々見てみたい!」
今度は2人同時に大きく息を吐いた。
「まあ、俺たち2人に加えて見えないところに兄貴の護衛官もいることだし、ちょっとくらいならいいか」
「前に行きたいって言ってたからな。次はいつになるか分からないし、大目に見てやろう」
レイとディーレノールが続けて言った。
「皆様、お車の準備ができました。お荷物は別の車に乗せて、私とルーシャで先にレティンソンに向かいます」
今回わたしたちと一緒にレティンソンに向かうことになっている2人は、大量の荷物を前に頷き合った。パオンがディーレノールに車の鍵を渡す。
「皆様、お気を付けて」
エントランスから外に出ると、停まっていたのは白い小型車だった。どこかで見たような気がする……。
「今日も俺の愛車で俺が運転してやるから、ありがたく思えよ」
ディーレノールが胸を張る。
「ヒカル、悪いけど1人で後ろに乗ってくれ。兄貴はエール島の地理に詳しくないから、俺がナビゲートする」
レイが後部座席のドアを開けて言った。
「うん、わたしは平気だから気にしないで」
わたしはバイオリンケースを肩から外して奥の席に押し込んでから、ゆったりとしたシートに沈み込んだ。レイはドアを閉めて助手席に乗り込む。
「じゃあ、行くぞ」
車はゆっくりと走り出し、すっかり馴染んでしまった髑髏舘が遠ざかっていく。
「いつ帰ってこれるのかな」
何気ないわたしの呟きを拾ったレイが言った。
「ヒカル次第としか言えないけど、最低1ヶ月は掛かると思うぞ」
わたしは頭痛を感じてこめかみを押さえて俯いた。
「あー……俺もヒカルのテストを見せてもらったけど、1ヶ月では無理だろうな」
ディーレノールの言葉に頭痛が酷くなる。
「兄貴、元々少ないヒカルのやる気を削ぐようなことを言うな」
レイがフォローにならないことを言う。わたしは顔を上げた。
「わたし頑張るもん。絶対学校に行くもん」
意地になって言うと、レイにくっと笑われた。
「ヒカル、期待してるぞ。ヒカルのやる気を維持するためにデレクの店の既製品の中で好きなものを買ってやる」
デレクの店では注文品を受け付けるだけでなく、既製品も多数販売しているということだった。注文品よりは安価だろうが、魔具である以上高価には違いない。
「ほんと? ありがとう!」
ここからだと抱き付けないので、言葉に気持ちを乗せて言う。レイに贈り物をされるのは、素直に嬉しい。
「ヒカル、俺も何か買ってやるぞ!」
ディーレノールが拗ねたような口調で言ったので、わたしは心の中で溜め息を吐いてから言った。
「じゃあ、商店街で何か美味しそうなものがあったら、ご馳走してください」
ディーレノールにはこれまで散々世話になっているので、これ以上は申し訳ないと思ってしまう。
「分かった。何でも食べさせてやる」
わたしの言葉に満足したらしいディーレノールは、弾んだ声で言った。
「兄貴、あのアーケードの手前の駐車場に停めよう」
商店街は車両進入禁止なので、どこか近くの駐車場に停める必要があるらしい。
「分かった」
ディーレノールは直ぐに駐車場に乗り入れ、出口に1番近い場所に停める。
「ヒカル、ゆっくりでいいから頭に気を付けろよ」
後部座席のドアを開けて、レイが手を差し出した。
「ありがとう」
わたしはその手に捕まって車から降りると、バイオリンケースを引っ張り出して背負った。
「それはかなり邪魔だと思うけど、いるのか?」
レイが訊く。
「いつ何があるか分からないから、できるだけ持ち歩くようにしてるの」
わたしが言うと、レイに特大の溜め息を吐かれてしまった。
「俺が持ってやる」
バイオリンケースはわたしの背中からレイの背中に移動した。わたしは礼を言ってから折り畳んでいた白杖を伸ばして右手で持つ。
「行くぞ」
レイがわたしと一緒に歩き出すと、ディーレノールはぴったりと後ろに付いた。
「この辺は平日なのに賑やかだな」
ディーレノールが言うように、年配の女性を中心とした人たちが通りを行き交っている。以前治安が悪化していると聞いたが、不穏な空気は感じられない。
「商店街以外も、この辺は店が多いからな。それにこの地区は警備を強化してるから、女性でも安心して買い物できるんだ」
レイは物知りだとつくづく思う。
「それならわたしも1人で歩きた……」
「駄目だ!」
わたしが言い終える前に、2人掛かりで却下された。
「戯言は置いといて、ここからアーケードだぞ」
レイが急に立ち止まって言った。見上げた商店街の入り口上部には、わたしにも見える大きな文字で「東商店街」と書かれた看板があった。入り口から中を見ると、大勢の客でごった返している。
「まずはデレクの店に行く。ヒカル、手を離すなよ」
わたしが覚悟を決めて頷くと、レイは人波に飛び込んだ。
「ヒカル、怪我はないか?」
人だかりを進むこと約10分、各種食品の店と食堂が入り乱れるエリアを抜けて、ようやく人がまばらになった。わたしとレイは仕立屋のショーウィンドウの前で一息吐いている。
「わたしは大丈夫だよ。ディー様は無事かな?」
途中ではぐれてしまったのか、ディーレノールの姿が見えない。
「先には行ってないと思うから、ここにいたらくると思う」
レイは人混みをじっと見据えた。
「レイ、ちょっとくらい俺も気に掛けろ……」
直ぐに追い付いたディーレノールは、疲れきった声で言った。
「ディー様、大丈夫ですか?」
わたしが座り込んでしまったディーレノールの頭を撫でると、直ぐにレイに腕を捕まれて離されてしまった。
「途中でしつこい客引きに捕まったから面倒になって買ったら、うちもうちもって群がってきて収拾がつかなくなった」
ディーレノールの力ない言葉に、わたしは少し呆れてしまった。強行突破しようと思えばできただろうに……。
「俺たちは間抜けな兄貴に付き合っていられるほど暇じゃないんだ。もう行くから、好きなだけへたり込んでるといい」
レイが本当に先に行く気なら、ここでディーレノールを待ったりしなかっただろう。
「ディー様、早くこないと置いて行きますよ?」
わたしの言葉に、ディーレノールはのろのろと立ち上がった。手には大量の買い物袋を持っている。
「ディーレノール様、お荷物をお預かり致します」
どこからともなく現れた護衛官が、ディーレノールから荷物を受け取り直ぐに消えた。
「お前ら、いるならもっと早く出てこい!」
ディーレノールの絶叫は空気を振動させただけだった。




