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35 髑髏館別館

 膝下丈のピンクのワンピースにフリルがふんだんにあしらわれた白いエプロンとキャップ、足元は何故か白いスニーカーとピンクのソックス……。一目見てメイド服と分かるけれど、正統派からはかけ離れている。

「ピンクで可愛い! よく見せて」

 だいたいの形は分かるものの、わたしの視力では布地の質感や細かい模様などが見えていない。わたしの言葉にルーシャの妹のミーシャが進み出た。

「控え室に予備の服がございますので、ご案内致します。男性は立入禁止ですので、お2人は店内でお待ちください」

 着ている人に近付いて眺め回すのは避けたいので、実物をじっくり見せてもらえるのはありがたい。使用人たちを全面的に信用しているレイは、あっさりと許可を出してくれた。

「通路が狭くなっておりますので、お気を付けください」

 エレベータホールに面したカフェの入り口ではなく、裏手に回って扉を開けると段ボール箱が積まれた通路が出現した。あまり見ることのない生活感のある光景にわくわくする。

 通路を少し進んだ先にあったメイドたちの控え室は、想像していたよりも広くゆったりとしていた。部屋はロッカーのある更衣エリアと、テーブルと椅子のある休憩エリアにパーテイションで仕切られている。

「こちらが髑髏(どくろ)カフェの制服になります」

 ロッカーの1つから一式を取り出したミーシャは、わたしの側までくるとスニーカー以外をテーブルの上に置いた。

「ご自由に触ってご覧ください」

 わたしは遠慮なくワンピースを持ち上げた。白い襟の付いたシンプルなデザインだが、生地は上質で縫製もしっかりしているようだ。顔を近付けてよく見ると、襟にはピンクの糸で髑髏マークが刺繍されていた。わたしには可愛いとは思えないけれどユニークだ。

 次は白いエプロンに取り掛かる。一見フリルがいっぱいでとても可愛い。でも2つあるポケットにはやはりピンクの髑髏マークの刺繍があった。どうやらこのカフェのシンボルのようだ。キャップはエプロンと同じ生地でできた普通のメイドキャップだった。

 白いスニーカーのサイドにもピンクの髑髏マーク、ピンクのソックスには白い髑髏マークのワンポイントがあった。スニーカーとソックスはカジュアルな服装と合わせれば可愛いかも知れない。

「お気に召しましたか?」

 わたしがスニーカーとソックスを離さずにじっと眺めていると、ミーシャが静かに訊ねた。

「うん、今まで髑髏マークって興味なかったけど、ピンクだとハードになり過ぎないで気軽に履けそう」

 ミーシャはにっこりと微笑んだ。

「予備はたくさんございますので、スニーカー1足ととソックスを何足か差し上げますよ。ですが、1つヒカル様にお願いがございます」

 スニーカーはクレアからのプレゼントにもなかったし、もらえると聞いて気持ちが浮き立った。でもお願いとは何だろう。わたしが首を傾げると、ミーシャは軽く息を吐いてからわたしの両腕をガシッと掴んだ。

「私たちはヒカル様にこの制服一式を着ていただきたいのです!」

 一気に言い切ったミーシャは、何故か荒い呼吸を繰り返している。

「ええ!? どうして?」

 わたしは訳が分からずに質問する。

「ヒカル様のような美少女に、是非一度着ていただきたいのです! きょうは他のお客様もいらっしゃいませんし、きっとレイ様もお喜びになると思います」

 美少女と言われて戸惑った。わたしより綺麗な少女はたくさんいると思う。でも着たことのない服を着てみたいという純粋な好奇心もある。

「着てお店に行くだけなら、構わないよ」

 わたしがあっさり了承したのが予想外だったのか、ミーシャは飛び上がって喜んだ。

「うぉぉぉーーー! ありがとうございます!」

 若い女性らしからぬ雄叫びにやや引きつつも、わたしはミーシャに笑顔を向けた。

「着替えるから、腕を離してもらえるかな?」

 ミーシャは慌てて腕を離した。

「も、申し訳ございません! 気合いが入ってつい腕を掴んでしまいました!」

 ミーシャは何度も頭を下げて謝る。わたしはミーシャの言動が面白くて必死に笑いを堪えた。ルーシャが真面目で冷静なのに対して、妹のミーシャは自由で直情的だ。

「気にしてないから、大丈夫だよ。じゃあ、着替えてくるね」

 制服を着た後、ミーシャにピンクのリボンで髪をまとめてもらい、最後にキャップを被った。

「ヒカル様、とてもお似合いです!」

 あまり誉められると居た堪れない気分になるので、わたしはドアに向かって歩き出した。

「お腹も減ったし、早く行こう」

 直ぐに追い付いてきたミーシャに誘導されて、わたしはいよいよ髑髏カフェのホールに足を踏み入れた。


 わたしがスタッフ用のドアから入った途端、それまでざわついていた店内が水を打ったように静かになった。ざっと見たところ、店内にはレイとフィンしか客がいなかった。

「ヒカル、それ……」

 立ち上がって走り寄ってきたレイが、わたしの前で足を止める。

「わたしには、似合わないよね?」

 恥ずかしさのあまり俯き気味に言うと、レイに激しく否定された。

「いや、すごく可愛い! ヒカルはおとなしくしてれば完璧な美少女だな!」

 わたしはレイの肩を拳で殴っておいた。本当は頭を(はた)きたかったが、わたしの身長では届きにくいのだ。

「レイ、うるさい! ……でもわたし、片目開いてないし、美少女なんかじゃないよ」

 レイはわたしの頭の上にぽんと手を載せた。

「片目がどうとか関係ないだろ? 見た目が可愛いって言ってるんだから、素直に受け取れ」

 わたしは顔を上げてレイを見る。淡く笑んだ顔は眩し過ぎて、わたしは鼓動の早まった胸を押さえた。

「お腹すいたなー、美味しいケーキとかあるかな?」

 ごまかすように言いながら、フィンのいるテーブルに向かう。

「ヒカルちゃん、とっても可愛いよ!」

 わたしはフィンにもまともに返事ができないまま席に着いた。

 美味しい紅茶を飲み、ケーキを3つ食べた。本当は5種類全部制覇したかったのに、レイに止められてしまった。

 この店の菓子や軽食類は全てリオンが本館で作っているらしい。雷雨でほとんど客がこないのに、きっちり種類も数も揃えているのには驚いた。

「この雨でお店開けても、お客さんこないんじゃないの?」

 フィンの当然の疑問に答えたのは、ラナというメイドだった。

「確かにこの雨では外出できませんが、髑髏館と地下で繋がっている大神殿から時々お客様がいらっしゃるのです」

 わたしは目を瞬かせた。ダンブルの土地勘がないのでイメージが難しいが、ここの地下道は想像以上に広大らしい。

「ここの地下道を使えるのは上級神官以上ですが、それでもいらっしゃるからには準備をしておきたいのです」

 ラナは一礼すると、わたしたちが使ったカップや皿をトレイに載せてから下がった。

「そろそろパオンの店に行こう。きっと待ちくたびれてるぞ」

 わたしはミーシャの手を借りて控え室で着替えを済ませると、エレベータホールで待っていた2人と合流した。ミーシャは手にスニーカーとソックスの入った紙袋を持っている。

「ヒカル様、こちらのお荷物はお部屋に運んでおきますね」

 エレベータを待つ間、ミーシャが言った。

「今日はありがとう。楽しかったよ」

 わたしが言うと、3人のメイドたちは揃って頭を下げた。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 1階のパオンの店には先客がいて、楽しそうな話し声が聞こえてきた。明るかった髑髏カフェとは違って店内は薄暗く、紙とインクの匂いが空気中に漂っていた。

「ほんと、ここは落ち着くわ」

 聞こえてきたのは女性の声だった。本棚の端から声のした方を見ると、茶色の長い髪と白い神官服が見えた。閲覧用のテーブルの前で、パオンと話しているらしい。

「外は酷い天気だし、ゆっくり寛いでください」

 穏やかな声で言うと、髑髏館の執事はわたしたちの方に近付いた。

「皆様、お待ちしておりました。店内はご自由にご覧ください。何かございましたら、いつでもお申し付けください」

 パオンは奥の閲覧スペースに戻った。

「ヒカルはどんな本が好きなんだ?」

 それほど広くはない店だが、天井まで届く本棚が並び、隙間なく本が詰まっているようだ。本棚を見回しながらレイが訊いた。

「家ではあんまり娯楽性の高い本は読ませてもらえなかったから、ホラー小説とか、恋愛小説を読んでみたい!」

 わたしの言葉を聞いて、フィンがくすりと笑う。

「ちょっと意外だな。僕は向こうの棚を探してくるね」

 フィンはここから見えない棚の方に消えた。

「ここで待ってろよ」

 レイもわたしから離れて本格的に探し始めた。わたしは近い本棚の低い場所を探してみる。

 バイオリン入門という本を見付けて、パラパラと中身を読んでみた。入門書なのに楽譜しか載っていない。

「ヒカルはバイオリン弾けるだろ?」

 不思議そうな声が聞こえたので顔を上げると、レイが直ぐ側に立っていた。手には本を2冊持っている。

 レイがいる前でバイオリンを使った結界(バリア)破壊(ブレイク)をしたことがあるので、わたしが演奏できると思っているようだ。

「自慢じゃないけど、音の出し方を知ってるだけで全く弾けないし、楽譜も読めないよ」

 レイは相当驚いたようで、口を開けて数秒間固まっていた。わたしは入門書を元の場所に戻す。

「は!? だからあんなに酷い音だったのか!?」

 失礼極まりない言葉を聞いて、わたしは拳をレイの鳩尾に叩き込んだ。

「酷い音だから結界が破れるの! 失礼な言い方はしないでよ!」

 レイはわざとらしくわたしが殴った場所をさすった。

「お2人とも、ここは図書館ではございませんが、他のお客様もいらっしゃいますのでもう少しお静かにお願い致します」

 いつの間にか近寄っていたパオンが注意した。

「あ、ごめんなさい!」

 わたしは本棚の端から閲覧スペースに踏み出して、女性神官に頭を下げた。

「いいのよ、私は全く気にしないわ」

 顔を上げてこちらを見た女性は、次の瞬間にはわたしの前で跪いていた。

「……!?」

 意味が分からずに困惑していると、女性が口を開いた。

「ヒカル様、私は以前サイカ大神殿にいたミリヤでございます。レティンソンの神殿にいたのですが、1年前にダンブル大神殿に異動となりました」

 ミリヤは5年ほど前までフレミアの秘書だった人で、わたしにとっては姉のような存在だった。

「ミリヤ様!」

 わたしはミリヤに思いきり抱き付いた。



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