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33 謎の存在(月影の塔第?層)

「ヒカル、だいたいそのコートは何のためにある?」

 第5層から階段室に入った途端、レイが腕を組んでわたしに訊いた。何だか少し睨まれているような気がする。

「ふぇ? 防具だから物理攻撃とか魔法攻撃を防いでくれ……あ!」

 大事なことに思い至り、羞恥で頬が熱くなる。

「そうだ。あの虫はただ飛んでただけなんだけど、フードを被ってれば頭に群がってこなかった筈だ」

 わたしは耳まで熱くなっているのを感じた。このコートは杖と一緒にヒナタからもらったもので、防具としては最高級品だと教えられていたのだ。第5層の虫たちは体にもぶつかってきたが、顔の周りほど気にはならなかったし袖口から侵入されることもなかった。冷静に考えればちゃんとコートが役目を果たしていたということになる。

「うう……ごめんなさい」

 わたしはレイとフィンに向かって深く頭を下げた。恥ずかしくて頭を上げられない。

「気付いたなら、もういい」

 レイはわたしの肩を優しく押して起き上がらせた。

「あんな風にパニックになったら、心配するんだぞ?」

 レイは言いながらフードを被せた。

「ヒカルは実践経験が少ないんだから、最初からこうして被ってろ」

 わたしは頷くしかなかった。

「赤頭巾ちゃんだ。可愛い!」

 レイの横から顔を出したフィンが大声で言う。レイを押しやって正面にくるとフードの位置を微調整した。

「この赤、ヒカルちゃんに似合うね。すごく可愛くて食べちゃいたいくらいだよ」

 どんと鈍い音がしてフィンの姿が忽然と消えた。少し頭を動かすと足を下ろすレイが見え、フィンは階段の手前まで飛ばされている。

「ヒカル、狼には気を付けろよ」

 わたしは笑って言った。

「フィンは狼じゃなくて、ふわふわの犬だと思う」

 レイは溜め息を吐いた。

「犬の振りをしてる銀狼だ。くれぐれも気を付けろよ、いいな?」

 レイがしつこいので、納得できないながらも頷いておいた。

「あれ? ここ何か変だなー」

 フィンが階段を見上げて言う。レイに蹴られても、全くダメージを受けていないようだ。

「変って何が?」

 フィンの隣に並んでレイが訊く。

「ほら見て。踊り場までは今までと同じ赤いカーペットなんだけど、その上の階段から青いんだよ」

 わたしも階段の下まで行って上を見たが、よく分からない。慎重に階段を上ってみる。

「こらヒカル、先に行くな」

 レイが慌てて追い掛けてくるとわたしの手を握った。フィンが言っていたように、確かに踊り場から次の層に向かう階段には青いカーペットが敷き詰められている。

「フィン、今までこういうことはなかったのか?」

 レイが階段を上るフィンに訊ねた。

「青い階段なんて初めて見たよ。ディーレノール様が干渉した影響かな?」

 レイは首を振る。

「兄貴にそんな影響力はない筈だし、途中から変わってるのが変だ」

 わたしは青い段に片足を載せてみたが、何も起こらない。

「ここで話し合っても答えが見付かるわけでもないし、急いでるんだから先に行こうよ」

 わたしの言葉にフィンが拍手する。

「ヒカルちゃん、男前だよねー。この塔自体は試練塔で危険なものじゃないから、行っちゃっていいと思うよ」

 レイは息を吐いてから階段を上り始めた。

「ヒカル、何があっても俺が守ってやるから、さっきみたいになるんじゃないぞ」

 レイが繋いだ手をぎゅっと握る。

「確約はできないけど、できるだけ頑張る」

 嘘を吐きたくなかったので正直に言うと、レイに頭を小突かれてしまった。

「痛い!」

 レイは鼻を鳴らす。

「ふん、可愛いげがないからだ」

 わたしは自分の頭を撫でながら、横目でレイを睨んだ。

「うーん、やっぱり変だなー」

 ドアを目の前にしてフィンが言う。

「何層かの表示がないな」

 ドアのわたしからは見えない位置に、これまではどの層かを示す数字が書かれていたらしい。

「悩んでても仕方ないから、行くよ」

 わたしはドアに手を掛けた。


 強烈な風が吹き荒れていた。フードに守られているので呼吸はできるけれど、風の音以外何も聞こえない。防具であるコートを身に着けているので飛ばされることはないものの、歩きにくさが緩和されるわけでもない。

「レイ、わたしの声が聞こえる!?」

 大声で叫んでみたが、レイが返事をしたのかどうかも分からなかった。視力の弱いわたしにとって、言葉が使えないのはとても不安なことだ。もう一度叫ぼうとした時、レイにぐっと抱き寄せられた。

「フィンが何とかしてくれるから、もう少し待て!」

 わたしの耳に口を寄せてレイが叫ぶ。わたしは大きく頷いてレイにしがみついた。

「ふう、やっと押し返したよ」

 数分後、わたしたちの周りに見えない防御壁を張り巡らせたフィンが言った。風の音もここでは遮られているようだ。

「状況は?」

 レイが短く問う。

「この風は自然のものじゃなくて、術によるものか上級の幻魔が起こしたものだと思うよ。そうじゃなければ僕がこんなに手こずる筈がないからね」

 わたしもここが今までの層とは全く違うことには気付いていた。空気が緊張してぴりぴりと張詰めているし、森や雪原などの特殊な背景がなく塔の内部がそのまま姿を見せている。探索を試みたが、意識が風に触れた直後に弾かれてしまった。

「ということは、上層階か……何でこうなる?」

 レイは呟いて頭を掻き乱した。

「ここの空気の緊張具合から見て、ただの上層じゃないと思うよ」

 わたしがフィンの言葉に息を呑んだのと、レイが叫んだのが同時だった。

「何かくるぞ!」

 重い震動が体に響いた。直ぐに防御壁が壊れて強風が吹き付ける。レイは片手でわたしをしっかりと抱き締め、もう片方の手でマントの中から分厚い本を出す。

「光よ、我らを守れ!」

 白い光に包まれたけれど、何も起こらないまま消えた。

「無駄じゃ。ワシには光術も風術も炎術も通じん」

 重い声が頭の中で響く。

「誰だ!?」

 レイが鋭く訊いた。風が吹き荒れていても言葉は普通に聞こえるようだ。

「最近の神王家の王子は、礼儀がなっとらんようじゃの。月影の塔の最上層を守るワシを知らんのか?」

 わたしは体を震わせた。ここが第99層だというのだろうか。

「悪いが知らない。言葉を話す幻魔がいることも知らなかった」

 レイが冷静に言う。途轍もない気迫を発する相手に、物怖じする様子は全くない。

「この(たわ)けが! ワシを幻魔などと一緒にするでない!」

 轟音と共に石の床が大きく揺れた。

「幻魔じゃなければ、何だと言うんだ!?」

 レイが怒りを込めて叫ぶ。

「ふむ、神王家のものがここにきたのは随分と久しぶりじゃ。知らずとも仕方ないかも知れん」

 声は言うと再び床を揺らした。レイに抱き締められていなければ、確実に転倒していただろう。

「じゃが、簡単に教えるわけにもいかん。不埒な侵入者のせいで長い眠りから覚めてしまったが、いつの間にか神気が消えてしまったようじゃ。代わりに変なものが頭上に取り付けられていて鬱陶しいわ」

 変なものというのはピラミッド型の領主館(マナーハウス)に違いない。

「そなたらに命じる。ワシについて学んだ後、力を付けて3人欠くことなく再びワシに会いにくるのじゃ。ワシがそなたらの力を認めれば、この世界を救う鍵を教えてやろう」

 まるで世界が滅びに向かっているような物言いに背筋が寒くなる。気迫に呑まれて誰も言葉を返せない。

「ここにきた褒美をやる。神気を復活させ、以前の塔の姿を取り戻そう。そなたらが追っていた不埒な3人組は、直接神王宮の地下牢へ飛ばしてやった。もう案ずる必要はない。不要になった変なものも安全に地上に下ろしてやろう。では、今は去るがいい」

 言葉が終わると、壁の一部が大きく開いた。見えるのは何もない青い空だけだ。状況を理解する前に、今までとは桁違いの暴風に晒され体が浮く。魔具のコートが全く役に立たない。

「暫しの別れじゃ、宿命の子らよ」

 意思を持っているかのような風が体をさらう。わたしは他の2人と一緒に塔の外に投げ出された。……と思った次の瞬間、固い地面の上に立っていた。

「…………」

 全員言葉が出ない。とりあえず無事のようだが、重い疲労感が全身を包んでいた。今いる場所を確認するために頭を巡らすと、わたしが祓いを行った塔のエントランス前の広場にいるのが分かった。偶然近くにいたと思われる人たちが、突然現れたわたしたちを見て驚愕の声を上げている。

「あの人たちは誰だ!?」

「雰囲気が常人とは明らかに違うわよ!?」

 わたしははっとなった。力を全解放したまま地上に降り立ってしまったのだ。慌てて銀杖から指輪を取り出そうとしたが、レイに止められてしまった。

「もう手遅れだ、諦めろ」

 何があったのか、塔の中からも次々に人が飛び出してくる。

「ヒカル、無事だったか!?」

 真っ先に駆け寄ってきたのはディーレノールだった。

「何が何だか分かりませんけど、体はたぶん無事です」

 ディーレノールはわたしたちの前にくると、大きく息を吐いた。

「何が起こったかはこちらが訊きたいけど、父上から至急月影の塔と領主館の中にいる全員の避難命令が出た。一切の例外は認められないから、お前たちはいったん髑髏館(どくろかん)に戻っていてくれ」

 レイが了承すると、ディーレノールは慌ただしく塔に戻って行った。

「何か、手伝った方がいいのかな?」

 わたしが誰にともなく言うと、レイが首を振った。

「俺たち自身も状況を理解できてない。それにさっきの爺臭い喋り方をする奴と遭遇したことで、全員が消耗してる。ここはおとなしく戻って休もう」

 わたしは頷いた。ただあそこにいただけなのに、ふらふらで今にも倒れそうだったのだ。

「フィン、術を使えるか?」

 レイの問いに直ぐ近くにいたフィンが答えた。

「大丈夫だよ。2人とも、僕の手を掴んで」

 わたしたちは輪を作るようにして、3人で手を取り合った。ふわりと体が浮き上がる。周囲からどよめきが起こったが、今は気に掛けている余裕がない。

「目を瞑ってて」

 フィンの言葉に従うと、数秒後には足が固いものに触れた。

「とうちゃーく!」

 フィンが間延びした声で言ったので目を開くと、そこは見慣れた髑髏館の中庭の噴水の前だった。一気に気が緩み、視界が暗くなる。

「ヒカル!」

「ヒカルちゃん!」

 2人の声が聞こえたのを最後に、わたしは意識を手離した。



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