32 謎の犯行(月影の塔第5層)
解毒剤の味が酷いのか神官はしばらくのたうち回った後、荒い呼吸を繰り返しながらも静かになった。
「ほんと、レイってやることが容赦ないよねー、特に男に対しては」
フィンが神官の背中をさすりながら言う。
「当たり前だ。何で男に優しくしてやる必要がある?」
レイは平然と答える。
「殿下、ありがとうございました。お陰で楽になりました」
神官は丸めていた背を伸ばし、レイに向かって頭を下げた。
「上級神官なら分かってると思うけど、俺は普段あまり王子として振る舞っていない。殿下と呼ぶのは控えてくれ」
レイは続けて、神官に何が起こったのか詳しく話すように促した。
2人の神官は3月にダンブル大神殿に配属されたばかりで、フェリーゼに塔での腕試しを命じられたらしい。
一昨日の朝塔の内部に入った2人は第3層の森は難なく切り抜けたものの、第4層の雪原で策を誤り眠っている方の神官が負傷してしまったのだという。怪我が軽い捻挫程度だったので、患部に湿布薬を貼ってこの踊り場で1晩様子を見ることにしたそうだ。
しかし昨日になっても痛みが引かずリタイアについて2人で検討し始めた頃、見るからに粗野な一般魔導師の中年男性3人組がやってきた。
3人は無言で神官たちに暴力を振るって荷物を奪うと、睡眠薬だと言って不味いコーヒーを無理矢理飲ませ先に進んだらしい。
「そんなの意味が分からないし、犯罪だよ!」
この塔をとても大切に思っているフィンが激しく憤った。
「今から地方庁の管理職員に連絡を取るから、お前たち2人は直ぐに塔を出て治療してもらえ。犯人は必ず俺たちが捕まえる」
レイの力強い言葉に、まだ10代半ばに見える神官は泣き出してしまった。
「お見苦しい姿を見せて、申し訳ありませんでした。俺たちは必ず再挑戦します」
レイはフィンに神官の宥め役を任せると、踊り場に設置されていた電話を使って連絡を取った。
約10分後に姿を現したのはアレックスと地方庁の警備職員だった。中には広報担当になった筈のユートも含まれている。
「非常事態だと判断したので、塔の内部に干渉できるディーレノール様に頼んで管理職員以外も中に入れるようにしてもらいました。問題のパーティはまだ11層にいるので、レイ様たちなら直ぐに追い付けると思います。他に何かありますか?」
アレックスがこの場で1番身分の高いレイに訊ねる。
「とにかくこの神官2人を外に出して、至急大神殿で治療を受けさせてくれ。それから犯人の男たちはこのまま追い掛けるけど、念のために軽くて荷物にならない食料を6食分用意してくれ。不要な荷物は全てここに置いて行く」
警備職員が早速2人を担架に乗せて、管理用の出口から外に運び出した。アレックスが電話で食料の手配をする。
「ヒカルの代わりに俺をパーティに加えてもらえないかな? 戦闘なら誰にも負けない自信があるよ」
ユートが進み出てレイに言った。
「駄目だ、戦闘フロアは術者しか入れない」
レイはにべもなく返した後、わたしとフィンに指示を出した。
「俺が渡した赤いポーチと、どうしても必要と思うもの以外は全部ここに置いて行け」
わたしは直ぐ様リュックを開く。
「術者以外が入れないなら、ヒカルを置いて行ってくれないかな? 2人でも余裕で男たちに勝てるだろうし、ヒカルは目が不自由なんだよ?」
言い募るユートにレイは作業の手を止めた。
「だから何だ? ヒカルは欠かせないパーティの一員で、俺がパートナーに決めた女だ。どこにでも連れて行く」
わたしは感動で涙が出そうになった。今まで危険だから難しいからという理由で、置いて行かれたり遠ざけられたりすることはあっても、こんな風にはっきり必要だと言ってもらえたことはなかった。
「危険だと思わないの? 階段では術を使えないって話なのに……」
引き下がる様子のないユートの言葉を別の声が遮った。
「それなら心配いらない。戦闘フロアに術者以外を入れることはできないけど、階段で術を使えるようにはできる」
姿を見せたのは、スーツの男性を連れたディーレノールだった。
「レイ、食料を持ってきてやったぞ」
スーツの男性はわたしたちの前に小さめのリュックを3つ置いた。
「ディーレノール様……」
ユートは呆然と呟いた。
「過保護も大概にしろよ。ヒカルは間違いなく、今ダンブルにいる魔導師の中で1番強いぞ?」
わたしは困惑して視線を泳がせたが、フィンが同意の声を上げた。
「攻撃魔法に関しては、間違いなくヒカルちゃんの方が上だよ。ヴァン家当主の直系の孫である僕よりね」
ユートは息を呑んだ。
「ヒカルは、怖くないの?」
ユートが初めて直接わたしに話し掛けた。
「相手は一般魔導師だよ? 術が使えるなら、全然怖くないよ」
上級魔導師とは魔導四家の血筋の中でも直系に近く力の強いものを指し、一般魔導師とは上級魔導師以外の魔法を使う全術者を指す。つまり力の差は歴然としているのだ。
「でも……俺はヒカルが心配なんだよ」
ユートは力なく言った。
「ユート、心配する必要はないぞ。俺が付いてるんだから、ヒカルにかすり傷1つ付けさせない」
自信満々に言うレイに、やっとユートは諦めたようだ。
「レイ、よろしく頼むよ」
ユートはアレックスに促されて他の職員たちと一緒に出て行った。
「時間を無駄にできないから手短に言うけど、神官たちが抜けた今20層以下にいるのは犯人たちとお前たちだけだ。俺はここから出たら直ぐに階段で術が使えるようにするから、追い付いたら奴らを捕まえてこの神具を直ちに作動させてくれ。全員2層に転送されるように術が組み込まれてる」
ディーレノールはレイに丸い石のようなものを渡した。
「分かった。今回の俺たちの挑戦はキャンセルされるんだな?」
1度挑戦すると次は1年以上経たないと再挑戦できないというルールがあるので、レイが確認したのだと思う。
「もちろんだ。さっきの神官たちも含めてキャンセルだ」
ディーレノールが言うと、レイは1つ頷いてスーツの男性が持ってきてくれたリュックを持ち上げた。リュックにはそれぞれ2食分の乾パンが用意されていたので、わたしたちは赤いポーチを追加して既に準備を終えていた。
「俺たちが出て行って、管理用のドアが完全に閉まってから出発してくれ。一般魔導師と言っても侮るなよ」
全員が力強く頷いたのを見て、ディーレノールはスーツの男性と共に出て行った。
「それにしても、兄貴はまだダンブルにいたんだな。いつまでいる気だ?」
レイが呟きながら階段へと向かう。フィンがわたしに手を差し伸べた。
「今回は僕と行こう。レイより優しくエスコートしてあげるよ」
わたしは少し躊躇った後、フィンの手に自分の手を重ねた。少女の格好をしていても手が大きく骨張っていて、やはり男性なのだと実感する。
「僕は違和感なく女の子の格好をするために、色々と勉強したんだよ。だから今度ヒカルちゃんに似合う色とか形とか教えてあげるね」
どうしてフィンが急にこんなことを言い出したのかと不思議に思っていると、にこりと笑って説明してくれた。
「今日の格好、悪くないけどシンプル過ぎるからね。女の子は戦うときでも可愛くしててほしいんだよね」
今日のわたしは黒い長袖の何の飾りもないロングTシャツの下に細身の黒いパンツと膝までの黒いブーツを履いている。確かに魔具の赤いコート以外は黒一色で味気がないかもしれない。
「ええっと……機会があったら、そのうちよろしくね」
好意を無駄にしたくなかったので、無難に返事しておいた。
第5層でわたしはパニックを起こした。
「いやぁぁぁーーー!!」
目を瞑って腕を滅茶苦茶に振り回し、体にぶつかってくる大量のものを避けようとする。
「うわぁぁぁーーー!!」
羽音を響かせながら空間を埋め尽くすものに恐怖しか感じず、脳が正常に働かない。叫んで大きく開いた口からも侵入されて、わたしは更に泣き喚く。
「ヒカル、落ち着け!!」
声が聞こえたけれど、脳が意味を理解してくれない。
「うぇぇぇーーー!!」
自分がどこにいるのかも分からず、とにかく何もいない場所に行きたくて走ろうとした、その時……。
ぐっと腕を引かれて、何かの中に閉じ込められた。わたしは解放されたくて手足をばたつかせる。
「ヒカル!!」
鋭い声で呼ばれて少しだけ意識の靄が晴れると、口の中に何かが押し入ってきた。頭をしっかりと押さえられているので逃げることもできない。
「んっ……っふ」
靄が完全に晴れると、わたしは唐突に今の状況を理解した。レイがわたしに深く口付け、舌を入れているのだ。
再びパニックを起こしそうになった時、レイが舌を抜いて顔を離した。
「口の中に入った虫は、全部舌で掻き出した。もういないから、とにかく落ち着け」
レイがきつく抱き締め、背中を優しく撫でて言う。ここは羽音もしないし、体に何もぶつからない。呼吸を整えながら周囲を確認すると、わたしとレイは頭からすっぽりと白い布に包まれていた。
「……これって、レイのマント?」
わたしが呟くと、レイは深い息を吐いた。
「よかった……戻ったみたいだな。そう、俺のマントだ。もう心配いらない」
わたしはレイの背中に腕を回し、ぎゅっと力を入れた。恐怖を思い出して体が震える。
「この層にいるのはただの大量の羽虫だ。幻魔ではあるけど、それぞれは物凄く弱い」
わたしはレイを見上げた。
「ヒカルはこのままマントの中にいろ。直ぐに終わらせる」
レイは自分だけ頭を外に出した。
「フィン、できるだけ短い時間で殺れ」
フィンが何と答えたのかは聞こえなかったが、約1分後に空気が変わりマントが取り払われた。そこは第4層の幻魔を倒した後の塔の内部に似た場所だった。違っていたのは、目の前に階段へと続くドアがあったことだ。
「ヒカル、大丈夫か?」
レイが心配そうに訊く。わたしは1つ頷いた。
「取り乱してごめんね。虫は小さくてよく見えないのに、不気味な音をさせて飛んでくるから苦手なの」
フィンが笑顔を見せた。
「誰にだって、苦手なものはあるよ。ヒカルちゃんが大丈夫なら先を急ごう」
わたしたちは次の層へと向かった。
活動報告の最新記事をアップしたのでよろしければお読みください




