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31 白の世界(月影の塔第4層)

「うわぁぁぁーーー!!」

 フィンの絶叫が踊り場に響く。

「この役立たずがっ!」

 レイは吐き捨てるように言うと、ロープでぐるぐる巻きになったフィンを軽く蹴飛ばした。フィンはごろごろと転がって、階段の手前で止まる。

「落ちる落ちる! ヒカルちゃん、助けて!」

「……」

 わたしは無言でただ見守った。【ヴァン家の食料庫】が塔の中では使えないという事実はあまりに衝撃的で、長期間の塔攻略を覚悟していたわたしは今のところフィンを庇ってやる気分ではない。

「踊り場では術が使えないし、骨折でもされたら面倒だから落としたりはしない。しばらくそのまま転がってろ」

 フィンの発言の直後、驚愕と硬直が解けたレイは荷物から長いロープを取り出し、フィンを見事な手さばきで縛り上げた。

「うぇーん、痛いよー!」

 きつめに縛られている様子のフィンは、もぞもぞと体を動かしながら泣き言を言う。

「涙が出てないぞ? 本当に泣かせてやろうか?」

 レイは容赦ない言葉を叩き付けた。

「鬼! 悪魔!」

 言葉で対抗するしかないフィンが喚く。

「何とでも言え。俺は休憩する」

 フィンをそのままにしてレイはビニールシートに戻ってきた。

「でも結局は、楽して攻略はできないってことだよね」

 わたしの持っている杖やコートも魔具の一種だ。どうして使えるのかと不思議に思ったのだが、装備としての魔具は問題ないとのことだった。元々標準的な術者は戦闘職に比べて身体能力が低いので、使用できなければ術者専用のダンジョンは成り立たないということだ。

「ヒカル、安心しろ。こういう事態を想定していた訳じゃないけど、インスタントのスープヌードルを9食分荷物の中に入れてきた」

 レイはリュックの中からカップ麺を取り出した。手に取ってみるととんこつラーメンと書いてある。

「これ、どうしたの?」

 リューテ島の会社が販売しているカップ麺に首を傾げる。

「強制召喚の時に置き去りになった荷物が昨日の夜遅くに届いたんだけど、こいつらが一緒に入ってたんだ。ヒカルが喜ぶかもしれないから、食べさせてやってくれって」

 わたしは持っていたカップ麺を落とした。

「ふぇっ!? どういうこと?」

 レイはカップ麺を拾い上げてリュックに戻す。

「俺が召喚された時、サイカ大神殿で世話になってたんだ。俺とヒカルが知り合いだと知って、送ってきたみたいだ」

 わたしは胸が熱くなるのを感じた。サイカ大神殿ではフレミアを始め神官全員がよくしてくれた。わたしはいつももらってばかりで、何も返せていない。

「ヒカルに食料庫に入れてもらおうかとも思ったけど、軽いしリュックに余裕があったからそのまま持ってきたんだ」

 ここはレイの思い付きに感謝したい。

「レイ、ありがとう! でも食料も少ないし、時間を無駄にしたくないから先を急ごう」

 レイは同意してフィンのロープを解きに行った。わたしはビニールシートを折り畳んでフィンのリュックに詰める。

「うわーーん! ロープの痕がくっきり残ってるよー!」

 フィンが情けない声を出した。

「出血はしてないから安心しろ」

 レイは非情な言葉を返す。

「レイ、ひどいよー! せめて術で治してよー!」

 フィンの訴えにレイは鼻を鳴らした。

「ふん、ちょっと赤くなってるくらいで騒ぐな」

 フィンはレイに言うのを諦めたのか、とぼとぼと歩いてわたしに近付いた。

「ねえ、ヒカルちゃんこれ見て。僕、可哀想だよね?」

 フィンが両腕をわたしに向かって伸ばす。顔を近付けなくても、フィンの白い腕に赤い筋がいくつもあるのが見えた。

「痛そうだけど、頑張ってね。はい、これリュック」

 わたしはフィンのリュックを差し出した。

「……」

 フィンは無言でリュックを受け取ると、重い足取りで階段を上り始めた。

「俺たちも行こう」

 わたしの手を取ってレイも後に続いた。


 第4層は雪原だった。真っ青な空を模した天井から太陽のような光が降り注ぎ、雪の白が目を刺すほど眩しい。

「わー! 雪だ!」

 わたしはレイの手を離すと、腕を広げて雪の上に身を投げた。幾重にも術が施されたコートのお陰で、寒さは全く感じない。

「おい、何がいるのか分からないんだから、軽はずみな行動はするな」

 レイの言いたいことは理解できるが、本物の雪を見たのは初めてなのだ。戯れたいと思うのは仕方ないと思う。

「ヒカルちゃんが生まれ育ったリューテ島は亜熱帯に属してるから、はしゃぐのも無理ないと思うよ? それにまだ4層だから、向こうから攻撃を仕掛けてくることはないよ」

 わたしは雪の上を転がった。さらさらの雪が柔らかいクッションのようになって気持ちいい。

「子供じゃないんだから、いい加減にやめろ」

 とうとうレイに腕を引っ張られて、起こされてしまった。

「ヒカルちゃん、そんなに雪遊びがしたいなら、冬にうちの別荘においでよ。スキーも教えてあげるし」

 今は4月で冬までは遠い。でも少し落ち着いて考えれば、ここはダンジョンの中なので遊んでいる場合ではないと分かる。

「フィン、ありがとう。実は転がりながら探索してたんだけど、ここには雪と空しかなくて幻魔の反応はなかったよ。いるとすれば雪の中だと思う」

 わたしの探索能力では雪や砂や土や水の下は探知できない。

「幻魔が近付いてくると分かると思うけど、雪の下から攻撃されるとちょっと厄介だねー」

 緊張感の欠片もない口調でフィンが言う。

「ヒカルの炎で雪を溶かしてみるか?」

 レイが物騒なことを言い出した。わたしはこの美しい雪原を壊したくない。

「雪がどれだけ積もってるか分からないのに、それはやめようよ。ヒカルちゃんに溶かしてもらったら熱湯になりそうだし、雪より面倒だよ」

 フィンの意見にわたしも賛成だ。ただし力の調節ができるので熱湯になることはない。

「何体いるのか分からない敵を、いちいち倒していくのは避けたいな。……仕方ない、俺が殺る」

 レイはマントの中から分厚い本を出すと、高く掲げて言葉を放った。

「光よ、雪を貫け!」

 レイから凄まじい力が溢れ出た瞬間、フィンがわたしの両目を手で塞いだ。

「目を瞑ってて!」

 目を閉じていても白い光が目蓋越しに何度も見え、レイの力が雪の中で炸裂するのを感じる。

「もういいぞ、いつまでくっついてるんだ?」

 フィンが手を離すと、レイがわたしの腰に手を回してぐっと引き寄せた。

「目は大丈夫か?」

 レイは優しく至近距離からわたしの顔を覗き込む。頬が火照って鼓動が早くなった。

「だ、大丈夫だよ……」

 詰まりながら言うと、レイがわたしの頬に手を添えた。

「本当に大丈夫か?」

 何度も頷くと、ようやく納得したのかレイがわたしを解放してくれた。

 幻魔を全滅させたのでフロアに掛けられていた術が解け、石の床と壁、天井が姿を現していた。真っ暗だった第3層と違って不思議な柔らかい光で明るく照らされている。

「レイ! 僕を治癒してくれたんだね、傷がすっかり治ってるよ!」

 フィンが腕をさすりながら嬉しそうに言った。

「ぎゃーぎゃーうるさいから、幻魔を倒すついでに非接触の治癒術を施してやっただけだ」

 レイは素っ気ない言葉を返す。

「ありがとう! 2人はここで待ってて。僕が階段を探してくるから」

 フィンは直ぐに駆け出して行った。

「俺たちだから短時間でここまでこれたけど、一般魔導師だと苦労するだろうな」

 ダンジョンの構成は固定されておらず、週に1度自動的に変更されるらしい。今日は第3層が森だったが、来週にはどうなっているのか分からない。

「アレックスさんが一昨日から内部が変わったって言ってたから、昨日出発したパーティが一般魔導師なら、そろそろ追い付くかもね」

 下層の幻魔はそれほど強くないし、自発的に襲ってくることもないので、術者なら誰でもクリアできるそうだ。ただし範囲魔法が使えない一般魔導師だと、1層クリアするのに早くて数時間、遅ければ丸1日掛かる。

「すんなりと俺たちを先に行かせてくれるといいな……」

 戦闘フロアには1度に1パーティしか入れないので、先着のパーティが次の階段に入るまでロックされたドアの前で待つことになるが、階段で鉢合わせした場合は高位の術者がいるパーティに先を譲るのがマナーらしい。

「階段発見!」

 フィンの声が聞こえたので行ってみると、白い両開きのドアがあった。

「もしかして、雪のフロアだから白なのかな?」

 わたしが思ったままを言うと、フィンに否定された。

「違う、先客が1組いるときに白くなるんだよ」

 わたしはレイと顔を見合わせた。予想が的中してしまったようだ。

「とにかく、中に入るぞ」

 レイが先頭になって全員がドアをくぐった。


 先客は白い神官服を着た2人組だった。踊り場のカーペットの上に力なく横たわっている。

「おい、大丈夫か!?」

 レイが神官の側に駆け寄り、膝を突いて口元に手を当てた。

「息はしてる。寝てるだけみたいだ」

 レイはもう1人にも同じことをして眠っているのを確認すると、神官の頬を軽く叩いた。

「もう寝てる時間じゃないぞ、起きろ!」

 レイの怒鳴り声に、ぴくりとも動かなかった神官が身動ぎする。

「アレックスが言ってた「厄介な奴ら」ってこの人たちじゃないよね? もっと前に出発したパーティかな?」

 フィンが首を傾げながら言う。

「いたたたた……」

 レイが叩き起こした神官が頭を押さえながら上体を起こした。

「ここは月影の塔の4層と5層の間にある階段の踊り場だ。俺たちが着いた時、お前たち2人が床に倒れるようにして寝てた。分かるか?」

 レイが静かな口調で状況を説明する。神官は数分間頭を抱えて呻いていたが、のろのろと口を開いた。

「後からきた柄の悪い中年男の3人パーティにここで襲われた挙げ句、怪しい睡眠薬入りのコーヒーを飲まされたんです。お陰で頭痛が酷い」

 レイは自分の荷物を開けて、何かを探し始めた。

「フィン、水を持ってきてくれ」

 フィンがマグカップに水を満たして神官に渡すと、レイは小さな紙包みを差し出した。

「俺の名前はレイフィニール・メイライト。これは万能解毒剤だ。話を詳しく聞きたいから飲め」

 神官は大きく体を揺らすと驚きの声を上げた。

「レイフィニール殿下が何故こんなところに……っ!」

 動揺する神官がなかなか薬を飲まないので、レイは半ば強制的に薬と水を口に流し込んだのだった。



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