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30 幻の茶会(月影の塔第3層)

 翌日荷物を抱えたわたしたちは、月影の塔第3層の受付エリアにいた。アレックスからダンジョン内部への進入許可が下りるのを待っている。

「ヒカル様とここでお会いできるとは、思いませんでした」

 アレックスの部下だというまだ年若い男性職員が、嬉しそうに言った。

「祓いを間近で見て、本当に感動しました。ヒカル様のお陰で、この島に違法に持ち込まれた魔物も全滅したと聞いています」

 セインと名乗った職員は、他の2人が見えていないかのようにわたしにだけ話し掛ける。

「問題が解決したなら、よかったです」

 今のわたしの心を占めているのは、これから向かう塔の内部だ。祓いはもう過去のできごとなので、当たり障りのない返事をしておく。

「職員たちの間で、ヒカル様のファンクラブを作ろうって話があるんです」

 さすがにこの言葉は放置できず、わたしはセインに言った。

「わたしは芸能人でも何でもないので、ファンクラブというのはちょっと……困るんですけど……そっとしておいてほしいと言うか……」

 セインが慌てて言う。

「いえいえ、ヒカル様にご迷惑をかけるつもりは一切ありません! 俺たちはただ静かに、ヒカル様を応援しようと思っているだけです」

 何を応援するのかは不明だが、わたしは心の中で溜め息を吐いた。

「ファンクラブなんて馬鹿馬鹿しい! ヒカルの一面だけを見て、ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるな、不愉快だ!」

 今まで黙っていたレイが口を開いた。相当怒っているようだ。

「俺たちはただ純粋に……」

 セインの言葉の途中でアレックスが駆け込んできた。

「ヒカル、久し振りだな! レイ様、セインが何か失礼をしましたか?」

 心配そうに訊ねるアレックスに、レイが硬い声で答えた。

「こいつは業務に関係ないことを、ぺらぺらと喋り過ぎる。それともし地方庁内でヒカルのファンクラブなんてできたら、許さないからな?」

 アレックスはセインに他の仕事を言い付けて追い払った。

「セインには後で注意しておきます。ファンクラブに関しては決して作らせませんから、ご安心ください」

 アレックスの言葉に、ひとまず怒りを収めたらしいレイが言った。

「アレックス、と言うかヴェルデ家の人間は信用してる。よろしく頼む」

 アレックスが安堵の溜め息を吐いた。何だろう……レイの態度がとても尊大に見える。

「レイってすごく偉そうだよね」

 ずっと黙って様子を見ていたフィンが口を挟んだ。今日は輝く銀髪を後ろで1つにまとめ、カーキ色の上下に茶色いブーツを履いている。

「フィン、ヒカルに会えてよかったな。それよりその格好で中に入るつもりか?」

 アレックスの疑問は尤もだった。フィンは一見サファリルックのような服装だが、ミニスカートにも半袖のシャツにもふんだんにフリルがあしらわれ、ひらひらとしていて実践向きには見えない。

「可愛いでしょ? これスカートに見えるけど、実はキュロットパンツで動きやすいんだよ」

 フィンが証明するようにスカートの裾を持ち上げたので、アレックスは慌てて止めた。

「もう分かった! 見せなくていいから、好きにしてくれ」

 アレックスはフィンから逃げるように離れると、わたしの側にやって来た。

「俺には内部の幻魔のことは分からないが、無理はするなよ」

 わたしの頭をくしゃくしゃに撫でてから、アレックスはレイに向き直った。

「このメンバーなら昨日出発したパーティに直ぐに追い付くでしょうが、ちょっと厄介な連中なんで気を付けてください。では入り口にご案内します」

 レイはわたしの手を握ってアレックスの後を歩き始めた。フィンはわたしの反対の手を掴む。

「レイだけヒカルちゃんを独り占めとか、ずるいんだからね?」

 両方の手を捕まれていると実に歩きにくい。

「フィン、離れろ」

 短いレイの命令にフィンは従う気など毛頭ないようだ。

「中に入ったら離れるから、それまでいいでしょ?」

 レイは溜め息を吐いただけで返事を省略した。

「こちらが入り口です。直ぐに小部屋がありますから、装備の最終確認をしてください。では、行ってらっしゃいませ」

 アレックスが開いたドアを通り抜けると、そこは石造りの殺風景な何もない部屋だった。背後でドアが静かに閉まる。

「2人とも封印具を全部外して、力を解放しろ」

 わたしは封印指輪(シールリング)を1つずつ外していく。持っていた白杖が魔力に反応して直ぐに銀杖に変化した。

「ヒカルちゃんの杖、すごく綺麗だね」

 フィンが杖の表面に指を滑らせながら言った。

「たくさん文字が刻んであるけど、僕には読めないな。これ神語かな?」

 わたしはフィンが見やすいように杖を少し持ち上げた。

「神語じゃなくて、大昔にどこかで使われてた古い文字らしいよ。今は読める人がほとんどいないんだって」

 この杖をヒナタから受け取った時に聞いた話を、そのままフィンに伝える。わたしが外した指輪は全て杖に吸い込まれた。

「ヒカルちゃんが何でそんなにいっぱい指輪を嵌めてるのかが、やっと分かったよ。これは……すごい力だね」

 魔導師や神官は相手の力の種類と大きさを感じ取るることができる。封印具を外したらしいフィンからも、とても大きな力を感じた。

「レイは力を封印してないみたいだけど、わたしがレイの力を感じたことがないのはどうして?」

 普段着の上に白いマントを着けたレイは、靴紐を結びながら答えた。

「神王家の人間の力は特殊で、道具を使わなくても無意識に力を封じてるからだ。分かりやすく言うと、術を使う時以外は常に封印された状態にある」

 わたしは息を呑んだ。封印具なしで力を封じられるのは、とても便利に感じる。

「ヒカルちゃん、レイの力はずるいけど、僕たちに同じことはできないから仕方ないよ。ヒカルちゃんはもっと少ない封印具で術を封じた方がいい。今のままだと指輪の数で上級魔導師だってばれちゃうからね」

 1つの封印具にどれだけの力を封じられるかは、細工師の技量に左右される。フジミヤ家が手配できた細工師に頼んだところ、力を全部封じるには指輪が10個必要だったのだ。神具や魔具を作る細工師は希少な上、紹介がないと会ってももらえないことが多いと聞く。西大陸にきて日が浅いわたしには難しい。

「ヒカルちゃん、そんなに難しい顔しないで。腕のいい細工師なら僕が紹介してあげるから」

 わたしはほっと息を吐いた。

「ありがとう、塔の攻略が終わったらお願いするね」

 フィンはにっこりと笑った。

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く準備を済ませろ」

 冷ややかなレイの言葉に押されるように、わたしは赤いロングコートを羽織った。

「準備できたよ」

「僕も!」

 わたしたちはレイを先頭に、とうとうダンジョンの内部へと足を踏み入れた。


 集合住宅によくあるような金属のドアの先にあったのは、薄暗い森だった。壁も天井も普通の床も見当たらず、足元にあったのは下生えが繁り木の根が張り出した歩きにくそうな土の地面だった。

「まだ最下層だし、面倒な幻魔はいない筈。ヒカルちゃん、この森ごと全部焼き払える?」

 わたしは目を閉じて意識を集中した。今いる場所を意識の目で探索する。ひたすら森が続くこの場所には狼、熊、鹿、猪といった動物系の幻魔がたくさんいるようだ。広さを確認してから、わたしは2人に言った。

「わたしの側にきて、体か服に触れていて」

 レイはわたしの左手を握り、フィンはコートのフードを掴んだようだ。

「わたしがいいって言うまで、絶対に手を離さないでね」

 わたしは2人の返事を待たず、右手に持った銀杖を高く掲げ、杖の先から炎を噴出させた。あっという間に周囲が火の海と化す。

「うわー、派手だねー」

 背後からフィンの呑気な声が聞こえたが、早く終わらせたかったので相手にせずにただ炎を広げていく。

 森全体に炎が広がったところで、弱い幻魔の反応が消えた。わたしは炎にほんの少しだけ力を注ぎ、温度を上げていく。

「おおー、今度は色が変わったー」

 相変わらず呑気なフィンは、まるでアトラクションでも鑑賞しているような気楽さだ。

 炎の色がオレンジ色から黄色になった頃、大きな破裂音が響いて一瞬で炎が消えた。今までの喧騒が嘘だったかのように、周囲が静まり真っ暗になる。

「ヒカルちゃん、お疲れ様ー」

 強力なライトを持ったフィンがわたしの前に移動してきた。

「幻魔が全滅するとその層に掛けられてた術も全部解けて、本来の塔の姿に戻るんだよ」

 わたしもリュックからライトを出して、辺りを照らしてみる。白っぽい石でできた床と天井、そして広いフロアを支えるたくさんの円柱が見えたが、壁は離れているのか見えなかった。

「では階段を探そう。ヒカルちゃんはレイと一緒に行ってね」

 フィンは言うなり駆け出して行った。

「まだこの層に入ってから、3分しか経ってない。慌てる必要はないのにせっかちな奴だな」

 レイはそう言いながらも、握ったままのわたしの手を引いてフィンとは違う方向に歩き始めた。こつこつと靴音だけが高く響く。

 暗い中石でできた円柱が並ぶ間を歩いていると、古い時代に迷い込んだような不思議な心地がした。何かの儀式で神殿を歩いているような……。

「階段があったよー」

 わたしが物思いに沈みそうになっていると、風に乗ってフィンの声が届いた。

「初の階段だな、行こう」

 レイと共に声の聞こえた方に向かって歩く。5分ほど歩くと大きな両開きの木のドアがあり、フィンが跳び跳ねながら待っていた。

「2人とも遅いよー。さっさと行くよ!」

 フィンは待ち切れないのか、先にドアの向こうへと消えた。わたしたちも直ぐにフィンが開けたドアから中に入る。

「……」

 ビルの非常階段に小部屋がくっ付いたような場所をイメージしていたわたしは、あまりの豪華さに度肝を抜かれた。深紅のカーペットが敷かれた小さなホールは、そのまま緩やかにカーブを描く階段へと続き、明るく照らされた踊り場に繋がっているようだ。どこかの邸宅から抜き取られたように上品で洗練された空間だ。

「思ってたのと全然違う! とっても綺麗!」

 わたしは嬉しくなって階段を駆け上がった。片目しか見えず遠近感がないために段差が分かりづらいわたしだけれど、上りの階段は割と見えているるのだ。わたしと一緒に階段を上ってきたレイが言った。

「ヒカル、月影の塔初挑戦おめでとう! 今朝【ヴァン家の食料庫】に入れた箱を出してくれ」

 踊り場にビニールシートを広げたフィンも言う。

「お茶の葉も出してね。記念のお茶会をしよう」

 わたしはビニールシートの上にブーツを脱いで上がると、レイからぼろ袋を受け取って手を中に突っ込んだ。

 レイから渡されて食料庫に収納した髑髏(どくろ)マーク入りの箱を思い描く。……しかし、手は袋内部のざらついた布地に触れるだけで何も掴めない。茶葉の缶も他の食料も取り出せなかった。

 わたしが困惑していると、急にフィンが大きな声を上げた。

「ああーーっ! 僕としたことがうっかりしてた! 塔の内部は魔具や神具の使用が禁止だから、そもそも使えない仕組みになってるんだった!」

 わたしとレイは数舜固まった後、同時に叫んだ。

「ええーーーっ!?」



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