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29 男の娘来訪

 ルーシャに連れられて部屋に入ってきたのは、ウェーブのかかった長い銀髪にピンクのリボンを飾り、ふんわりとした白いワンピースを着た少女だった。

「あ、ヒカルちゃん!」

 わたしに走り寄ろうとした少女を、レイが容赦のない力で突き飛ばす。

「ヒカル、紹介しておく。この変態がフィネセアン・ヴァン、みんなフィンって呼んでる。こう見えても正真正銘の男で、女が好きなんだから気を付けろよ!」

 わたしは驚愕で固まった後、レイの背中に隠れた。何故かわたしの名前を知っているようだし、用心に越したことはない。

「……いったぁー、レイ、何するんだよ!?」

 フィンの声は平均的な女性よりは低いけれど、女装していても全く違和感がない程度には高い。

「その格好を利用して、ヒカルに抱き付こうとしたからだ」

 フィンは腰をさすりながら立ち上がる。

「ハグくらいいいでしょ? ていうか何でヒカルちゃんがここにいるの?」

 フィンがレイに近付いたので、わたしは1歩後退した。

「諸事情があってヒカルは現在神王家の庇護下にある。それに俺はヒカルの恋人だ」

 はっきりと言い切られて少し恥ずかしかったが、悪い気はしなかった。

「ええーー!? 神王家の庇護下はともかく、レイの恋人なんて駄目だよ! ヒカルちゃん、もうちょっと考え直して?」

 可愛い感じにお願いされ、わたしの脳が労働を停止する。背は高めだけれど、少女にしか見えない。

「えっと、あの……どうしてわたしの名前を知ってるんですか?」

 初対面の相手から馴れ馴れしく名前を呼ばれると、どうにも居心地が悪い。

「え!? ヒカルちゃんが今この街で1番話題の人だからだよ! 知らないの!?」

 わたしは驚いて何度もまばたきを繰り返した。

「わたしがどうして話題なんですか?」

 全く理解できずに訊ねると、レイに溜め息を吐かれた。

「ヒカルの祓いは西大陸全域とサイカ大神殿で生中継されたんだ。話題にならない筈ないだろ?」

 わたしは驚きのあまり目眩を感じてよろめいた。直ぐにレイが体を支えてくれる。

「中継では術によって顔が認識できないように細工されてたし、名前も公表されてない。フィン、顔を知ってるってことは、祓いの時ダンブルにいたのか?」

 フィンはこくこくと頷いた。

「僕は大陸本土で増え過ぎた魔物を減らす仕事をしてたんだけど、ダンブルで上級祓いがあるって聞いて飛んできたんだよ。成功すれば仕事はなくなるし、何より」

 フィンは間を置いてわたしに近付いた。

 びくっと体が震えたものの、レイに抱き留められているので何かあっても守ってもらえそうだ。

「本当に高度な上級祓いを成功させられる人なら上級魔導師か神官だろうし、月影の塔攻略に協力してくれるんじゃないかと思ってね。ヒカルちゃんの名前は、顔見知りのアレックスに教えてもらったよ」

 わたしはレイの腕から抜け出した。

「フィンさんも月影の塔を攻略したいとお考えですか!?」

 わたしがフィンに近付くと、レイが慌てて口を挟んだ。

「ヒカル、そいつは変態だから近寄るな」

 わたしは振り返ってレイを睨む。

「最初は引いたけど、よく考えたら友達に向かって変態変態って酷くない? 女装は珍しい趣味だと思うけど、変態的な発言は何もしてないし」

 わたしの言葉を聞いて、フィンはぱちぱちと拍手をした。

「ヒカルちゃんありがとう、是非僕の友達になって! 名前はフィンって呼び捨てにしてね。敬語もいらないよ」

 わたしは更に1歩近付いてフィンに右手を差し出した。

「うん、よろしくね……フィン」

 フィンはわたしの手を無視して体を抱き締めた。ハグと呼べるような軽いものではない。

「よろしくね、ヒカルちゃん」

 耳許で囁かれた言葉が妙に艶っぽく聞こえた。

「フィン!!」

 何かが本当に切れそうなほど鋭い声が飛んで、フィンが直ぐに体を離す。

「大丈夫だって。挨拶しただけなんだから」

 レイはフィンの腹部に拳を叩き込んだ。

「反省の色が見えないから罰を下す。ヒカルは握手を求めたのに、お前は抱き締めた。完全にマナー違反だ」

 フィンは膝を突いて前のめりになり苦しんでいたが、ほんの数秒で立ち上がった。

「ヒカルちゃんごめんね、嫌だった?」

 わたしは少し考えてから言った。

「嫌ではなかったけど、もうしないでね?」

 レイが怒るし、という言葉を飲み込んでフィンを見るとにっこりと微笑まれた。

「もちろんだよ」

 レイはわたしを引き寄せて言った。

「こんなことしてたらいつまでも話が進まない。ダイニングに行くぞ」


 ルーシャが配ってくれた飲み物で一息入れると、レイはまず月影の塔を攻略するのに必要な食料についてフィンに訊ねた。

「真剣に攻略しようと思うなら、食料はできるだけ多く持てるだけ持って行った方がいいよ」

 フィンの言葉を聞いて、レイが溜め息を吐く。

「何回も挑戦してるのに、そんなありきたりなことしか言えないのか?」

 フィンはこれまでに3回月影の塔に挑戦したのだとさっき知らされた。レイの言葉を聞いても怒ったりせず、フィンは穏やかな口調のまま答える。

「何回も挑戦してるからこそ、言えるんだよ。初心者は食料を蔑ろにしがちだけど、僕に言わせれば他の荷物をなくしてでも食料を多く持って行った方がいい」

 レイは腕を組んでしばらく考える素振りを見せた後、ポケットから白い箱を取り出した。

「ちょっと見てもらいたいものがある」

 レイは静かに箱を開け、茶色のぼろ袋をテーブルに広げた。フィンが息を呑んだのが分かる。

「何でここに食料庫があるの!?」

 レイは袋をフィンの方に押しやりながら言った。

「手に取っていいから、本物かどうか確認してくれ」

 フィンは口の中でぶつぶつと呪文らしきものを呟きながら袋に触れた。

「これはホムラ家に贈られた本物の食料庫だよ! 今でもちゃんと使われてるのは知ってたけど、こんなところで目にするとは思わなかったよ!」

 フィンはレイに袋を返した。

「3回目の塔の攻略の前にじいちゃんに食料庫を貸してくれって頼んだことがあるんだけど、家宝だからそんなことのために貸すわけにはいかないって断られたんだよね」

 フィンは残念そうに言う。レイはわたしに袋を渡した。

「どうやら本物らしいから、好きに使え」

 わたしはルーシャに頼んで皿とフォークを持ってきてもらった。袋の中から焼き鳥缶と鯖の味噌煮缶をいくつか取り出して並べる。

「ちょっと待って! ヒカルちゃんが使えるってことは、ホムラ家の人ってこと? しかも直系の?」

 レイは声を低めて言葉を発した。

「ヒカルとこの袋に関することは決して口外しないでほしい。その代わり月影の塔に挑むパーティに加えてやる」

 フィンは勢いよく立ち上がると、レイに抱き付いた。

「レイ、ありがとう! 大好きだよ!」

 レイはフィンを引き剥がそうとするが、フィンはしがみついたまま離れない。2人の様子をしばらく(ぬる)い眼差しで見ていたものの、段々どうでもよくなってわたしは缶詰に意識を戻した。焼き鳥缶を手に取り開けようとすると、いつの間にか側にきていたルーシャが言った。

「缶詰なら私がお開け致します」

 ルーシャは手際よく缶詰を開けると、中身を大皿に盛った。食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。ルーシャが小皿に焼き鳥を取り分けてくれたので、わたしはわくわくしながら口に入れた。

「わー! フジミヤ家の料理人の焼き鳥とはだいぶ違うけど、これはこれで美味しい!」

 わたしが直ぐに完食したので、ルーシャは鯖の味噌煮も取ってくれた。

「ヒカル様、ご夕食前にあまり召し上がらない方がよろしいのではありませんか?」

 わたしは鯖をフォークで突き刺しながら言った。

「これくらい大丈夫。夕食には差し支えないから、心配しないで」

 ルーシャは一礼して壁際に下がった。

「2人とも、いつまで騒いでるの? これ全部わたしが食べるよ?」

 レイとフィンはぴたりと動きを止めるとフォークを手に取った。

「そう言えば、この袋にはいくらでも食料を詰め込めるのか?」

 レイが小皿に焼き鳥を取りながら訊いた。

「【ヴァン家の食料庫】は実在する倉庫とこの袋を術によって繋いでるだけだから、限界はあるんだよ。ただしとんでもなく大きいから、個人で使うなら気にしなくていいと思うよ……この魚、骨まで柔らかいよ!」

 フィンは鯖をフォークで細かくしながら答えた。

「食料以外のものは入れられないんだな?」

 大皿に残った焼き鳥を全部自分の小皿に盛ったレイが訊く。

「あ、僕まだそっち食べてないのに! 食料以外のものは入らないし、食料でもなまものとかお皿に載った料理とかは駄目だよ。ちゃんと封がされてる常温保存可能品じゃないとね」

 レイはフィンの抗議を無視して焼き鳥を食べ尽くすと、ルーシャが用意した水を飲んだ。わたしは袋から焼き鳥缶を1つ出してフィンに渡す。

「ヒカルちゃんが優しくて泣きそうだよ」

 缶詰を大切そうに握り締めてフィンが言った。

「缶詰はまだまだ沢山あるみたいだから、欲しいならいくらでもあげるよ?」

 わたしが袋に手を伸ばそうとすると、レイが素早く取り上げた。

「フィンを甘やかすな。それとやっぱりこれは俺が管理する」

 レイは袋を折り畳み、箱に戻してしまった。

「夕食後に塔の攻略に向けての作戦会議を開く。じゃあ、夕食まで解散」

 レイの仕切りで試食会は終了となり、わたしは自室に戻った。先程の荷造りの続きをする。1番荷物になりそうだった食料がぼろ袋1つで賄えそうなので、随分と気持ちが楽になった。後は荷物を必要最低限にして軽くした方がいいだろう。

 荷造りを終えた頃、ルーシャが夕食の準備ができたと呼びにきたので、着替えてレイの部屋に向かった。


「何言ってるの!? そんなの無理に決まってるよ! これだから素人は……!」

 夕食が終わり作戦会議が始まると、5分も経たない内にフィンが頭を抱えた。

「明日からの塔攻略は、そんなに無茶か?」

 レイが首を傾げながら訊く。

「無茶に決まってるよ! 長年組んでるパーティならともかく、全員が初めて組むんだよ!? 色んなケースを想定して予め作戦を立てておかないと……」

 必死に言い募るフィンの言葉を最後まで聞かず、レイはわたしに質問した。

「ヒカルはぼろぼろになるまで力試しがしたいのか?」

 わたしは一瞬考えてから答える。

「ぼろぼろにはなりたくない」

 フィンが絶望的な声で叫ぶ中、レイが宣言した。

「塔の攻略は明日の朝から行う。異論は一切認めない。フィンは今夜ここに泊まれ」

 フィンはがくりと項垂れた。

「せっかく上層を目指せる理想的なパーティなのに……」

 フィンの言葉に反応した者は誰もいなかった。



活動報告とツイッターでお知らせしたとはいえ2回連続で更新をお休みして申し訳ありませんでした

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