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2 出会い

少しグロテスクな表現があります

 そこは別世界だった。黄金色の光の粒が、一つ一つ意思を持っているかのように別々の動きで乱れ飛ぶ。

 初めての光景に息を呑み、一瞬で魅了された。異空間なのに恐怖も何も感じず、ただ美しいと思った。

 このままここにいて、いつまでも見つめていたい……。自分がなぜここにいて、何をしようとしているのかさえも分からなくなった。心が震えて涙が溢れる。

「この馬鹿!」

 突然の怒号が耳を打ち、強い力で背中を突き飛ばされた。

「……っ!」

 何が起こったのか分からないまま、次に気付いたときには固くて冷たいつるつるとした何かの上に俯せに倒れていた。

「いたたたた……」

 屋内のようだが、薄暗くてわたしには何も見えない。様子を探るために両手を床に突いて上体を持ち上げようとした。

「うゎぎゃーー!!」

 背中の上に何か大きなものが落ちてきて、訳の分からない叫び声を上げてしまう。上半身が否応なく床に押し付けられ、顔面を強打した。上に乗るものから逃れようとじたばたともがく。

「すぐに退くから、じっとしてろ」

 有無を言わせぬ命令口調に固まる。え? 人……?。

 すぐに重みが消え、わたしは自由を取り戻した。

「ったく、お前のせいで面倒なことになった」

 わたしはここでようやく、上に落ちてきたのが人だったのだと納得した。でもなぜこうなったのかが分からない。

「どこか怪我でもしたか?」

 今までよりはほんの少しだけ優しい口調で声は訊ねた。

 正直に言えば全身が痛い。でも敵かもしれない相手に弱味を見せたくなかった。唇が切れて口の中で血の味がした。床に手を突いて体を引き起こす。手から離れてしまった白杖を見付けるため、わたしは床を手探りした。

「おい、何やってる?」

 わたしは言葉を無視して四つん這いで探し続けた。唇が腫れてきて喋るのも億劫なのだ。

「おい!」

 いきなり強い力で腕を引っ張られて立たされた。

「い、痛い」

 容赦のない力に、捕まれた腕が痛む。暗くてよく見えないが、目の前に声の主がいるのは分かった。

「お、お前……酷い顔だな」

 初対面の相手に対してそれはないと思う。確かに顔から出血してはいるけれども……。

「放っといてよ!」

 最初から失礼な口のきき方をされていたので、丁寧な言葉遣いをする必要性を感じない。わたしは捕まれていた腕を渾身の力で振り払い、再び四つん這いになった。

「お前が探してるのはこれか?」

 手の甲を固いもので(つつ)かれる。わたしは反射的にそれを掴み、引ったくった。冷たい床に座り込んで確認すると間違いなくわたしの白杖だった。

「あ、ありがとう」

 一応礼を言っておく。

「全く、それが恩人に対する態度か?」

 若い男性だと思われる声の主は、呆れ混じりに言った。

「それが初対面の人間に対する態度なの?」

 恩人という言葉の意味が分からなかったが、取り敢えず反論しておいた。

「はぁ……」

 わたしの隣でどさりと音がした後、ため息が聞こえた。彼も座ったのだろう。

「俺の名前はレイ。とにかく傷を治してやるから、手を出せ」

 わたしはあまりに予想外のことを言われて硬直した。

 レイと名乗った男性は、わたしの返事を待たずに勝手に手を掴み、ぎゅっと握り締めた。

 瞬間、温かいもので全身が満たされ、包み込まれた。身体中の痛みや腫れが引いていくのを感じる。

「後はこれで血を拭いとけ」

 レイはわたしの手を離すと柔らかい布を握らせた。わたしは礼を言って、顔を拭こうとした。

「あ、やっぱり俺がやってやる」

 わたしが何か言う前にレイは布を取り上げ、わたしの正面に座った。

「ここは暗いし、自分ではやりにくいだろ?」

 言うなり顎を持ち上げられる。

「じっとしてろよ?」

 レイの手付きは思いの外優しかった。顔を色んな方角に向けられて全体を拭われる。

「ま、こんなもんか……水があったら顔を洗えばいいし」

 納得したらしいレイはわたしの側から離れた。

「あ、ありがとう……あなたは神官なの?」

 治癒術を使えるのは高位の神官でも難しい筈だが、他に思い当たらなかったので訊ねてみた。

「いや……はぁ、仕方ないか……」

 レイはぶつぶつと呟くと、わたしの手を引いて立ち上がらせた。

「お前はここではあんまり見えないみたいだし、もっと明るいところに行こう。そこで話してやる」

 目の状態を見透かしたような言葉に固まっていると、レイは慣れた仕草でわたしに彼の肘を持たせ、一歩踏み出した。

 が。

 どどん!!

 急に轟音がしたかと思うと、何かが足にぶつかってきた。

「わわっ! 何!?」

 わたしはびっくりして飛び上がる。

「心配するな、危険なものじゃない。キャリーバッグと……バイオリンケースか?」

 自分の荷物だと思い至り、わたしはしゃがみ込んだ。そう言えばフレミアが荷物を後から送ると言っていた。

「ああ、お前の荷物なのか」

 わたしは手探りでキャリーバッグを開け、中からてのひら大のドーム型ライトを取り出した。床に置き灯りを点ける。部屋全体が明るくなった。

「やっと見えた……って何なのここ!?」

 確かに部屋の中だった、ただしかなり悪趣味な。

 黒い石の床に赤い壁、家具と呼べるものは、着鏡(ちゃっきょう)と思われる鏡だけ。わたしの好みではないが、ここまではまだいい。問題は壁に飾られた大きな絵画だ。

 大きすぎるために、わたしにも何の絵か分かってしまった。

「レーゲンヴルム……」

「……だな」

 震えるわたしの声にレイが続けた。

 レーゲンヴルムとはミミズのような姿の魔物だ。たいてい柔らかい土や砂の下にいて、突然うねうねと姿を現し襲いかかってくる。世界中に分布して種類も色も豊富だが、その姿から、女性に嫌われる魔物ランキング上位を常にキープしている。

『うう……気持ち悪い』

 わたしは虫が嫌いだが、うにょうにょと細長いものは特に苦手なのだ。

 強く主張する絵画から何とか視線を逸らして背後を見る。赤い壁を背に推定レイの細身の男性が立っていた。顔立ちまでは分からないけれど、背が高くて髪が赤い。

 と、離れた場所で物音がした。その後複数の足音が近付いてくる。

「悠長に話してる暇はなさそうだな。お前はここでじっとしてろよ」

 レイは小声で言うと、わたしを部屋の隅に押し込んだ。次にライトを蹴り飛ばして消してしまう。

 わたしにはここで何が起こっているのか全く見当もつかないが、彼に焦った様子はない。目立たないように座り込むことにした。

 足音はどんどん近付き、とうとうこの部屋のドアが開かれた。

「よくこの着鏡に辿り着いたな! だが、一人で来るとは愚かな」

 耳障りな甲高い声が言った。どうやらわたしは荷物の影に隠れて見えていないようだ。

「お前らごとき、俺一人で十分なんだよ!」

 レイの鋭い声の後、白い光が一閃した。次にどすんと音がして静かになる。

 わたしは伏せていた顔を上げ、辺りを見回した。暗くてよく見えない。

「こいつらは昏倒させた。でもまだ他にいるかもしれない」

 わたしには状況が全く分からないので、どうしたらいいか戸惑う。

「ここは見ての通り、神殿じゃない。こいつらは不法に個人で着鏡を設置した。俺は隠されたここの鏡への道を繋ぐ仕事を頼まれただけだ」

 緊張を孕んだ声が淡々と告げる。確かに神殿以外で、しかも私的利用のために着鏡を置くことは禁じられている。

「でも、それなら……」

 わたしが言いかけたとき、耳の奥できーんと耳鳴りがした。これは……。

 わたしが耳鳴りに気を取られていると、着鏡が光り出した。これは誰かが到着するときの、着鏡に起こる通常の現象だ。光が弱まったとき人の気配が増え、レイの声が聞こえた。

「状況を報告する。5分前に到着、今までに敵2人と接触、昏倒させた。まだ仲間がいる可能性あり、以上」

 後から来たのは彼の仕事仲間だろうか。

「で、敵じゃないみたいだけど、その子は誰かな?」

 新しい声が冷静に質問する。

「それはまた後で」

 今はまた暗くなってしまったのでちらりとしか見えなかったが、新しく来た人は神官服を着ていたように見えた。

「あれ? 守りの結界をその子の周りに張ろうと思ったけど、できないみたいだね」

 特に焦った風でもなく神官風の人は言った。

 わたしがさっき感じた耳鳴りは、神術や魔法を無効にする特殊な結界が張られたサインで、結界内ではどんな術も全く使えない。

 わたしは這うように移動してバイオリンケースを掴んだ。

「お前、じっとしてろ!」

 レイが鋭く命じたが、完全に無視した。このタイミングで結界が張られたということは、術を使われると不都合なことがあるのだろう。それに他の二人は知らないが、わたしに限っては魔法が使えなければ全く役に立たない。

 わたしはケースを開けバイオリンを取り出す。立ち上がって目を閉じ、意識を集中する。わたしに向けられた声が聞こえたが、完全に意識から追い出した。

 一呼吸ごとに精神が研ぎ澄まされていく。右手に持っていた弓を持ち上げ弦に当てる。

 結界を破ることだけに意識を集中して音を紡ぐ。これは音楽ではなく音による結界破壊だ。メロディもテンポもリズムも一定ではない。聞くものには不快感を与え、運が良ければ敵を戦闘不能にできる。

 どれくらい演奏したのか、高音を長く伸ばしたとき、薄いガラスが割れるようなぱりんという音がした。結界が破れた。

 周囲に静寂が満ちる。全く何の音も聞こえない。ゆっくりと目を開くと明るくて驚いた。

「お前、何者だ?」

 レイにどんよりとした低い声で問われた。レイと一緒にいた神官服の人は、黒髪の柔らかい雰囲気の男性だった。レイよりは年上に感じるが、まだ若いと思う。

「自己紹介とかしてる場合じゃないから」

 わたしは言って、バイオリンを素早くケースに戻した。弓が形を崩して白杖にに戻る。

 次に左手小指に嵌めていた指輪を抜き取ると、杖は重みを増し金属の質感を帯びる。長さは白杖と同じ、光輝く銀製の魔法杖のでき上がりだ。

 わたしはここにいる二人以外の気配を探ろうと、杖を握り締め意識を集中した。



次回の更新は3月5日の予定です

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