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28 ヴァン家の食料庫

 フジミヤ家は本来魔導師の家系ではない。代々ホムラ家に仕えてきたので魔法を間近で見てきただろうけれど、仕組みや使用法などはほとんど知らない筈だ。まして術者以外に縁のない魔具ともなれば、完全に知識がないだろう。ただし祖父母が魔具を買うとすれば信頼するホムラ家からとしか考えられないので、危険なものではないと思う。

 わたしは茶色い布を手に取った。ざらざらとしていて手触りが悪く、糸のほつれも目立ってかなりくたびれている。全体に触れてみて、ようやくただの布切れではないことが分かった。四角い布を2枚重ねて3辺を縫い合わせただけの何も入っていない袋だ。

「ルーシャ、魔具に詳しくて信用できる人間がダンブルにいるか?」

 レイが問いかけると、ルーシャは考える間を置いて答えた。

「王宮になら何人も心当たりがございますが、ダンブルでとなると私には分かりません。他の使用人たちに訊いて参ります」

 ルーシャは一礼して出て行った。

 わたしは袋に意識を戻して呟く。

「袋ってことは、たぶん何かを入れるか取り出すかだよね……」

 ぼろぼろの袋を睨みながら考える。効果が分からないので、下手にものを入れることはできない。なくなるだけならいいが、妙なものに変質されると厄介だ。となれば、やるしかない!

 わたしは思い切って袋の口を開き、中に右手を突っ込んだ。

「ヒカル!?」

 レイが慌てた声を上げたが、時既に遅し。

「あ、何かあった!」

 固いものが手に触れたので取り出してみる。

「……ちょっ! ヒカル、止め……」

 レイに最後まで言わせず、わたしは取り出したものをことりとテーブルに置いた。

「……」

 レイの溜め息が聞こえる。

「……缶詰に見えるな」

 わたしにもそう見えるので、間違っていないと思う。

「じゃなくて! ヒカル、危ない真似はするな!」

 レイに叱られたが、わたしの目は缶詰に釘付けになっていた。

「レイ、これ焼き鳥の缶詰だよ!」

 それほど大きくない缶詰には焼き鳥と印刷されている。早速開けるために手を伸ばそうとすると、レイに素早く奪われてしまった。

「だーかーらー、もっと危機感を持て! 中身が本物とは限らないんだぞ!」

 わたしは唇を尖らせて言った。

「あのカードは間違いなくお祖父様(じいさま)が書いたものだよ。本人しか押せない印が押されてたもん。だから危険な筈ないよ」

 レイは赤い髪を掻き回す。

「そうじゃなくて! もっと慎重になれって言ってるんだ!」

 レイが怒鳴る中、静かな声が割って入った。

「失礼致します。使用人たちにその魔具の形状を説明して訊いて回ったところ、料理人のリオンが心当たりがあると言うので連れて参りました」

 ルーシャと一緒に入ってきたのは、グレーの髪を短く刈り込んだ髑髏館(どくろかん)の専属料理人だった。

「失礼致します……あ!」

 リオンがいきなり大声を上げたので、驚いてわたしの体がびくりと揺れた。するとレイは座ったまま片手で柔らかくわたしを抱き締める。

「大声を出すな。ヒカルが怯えてる」

 さっきまで怒鳴っていた人物が言っても説得力がない。全員同じ思いだったのか、少しの間を開けてリオンが謝った。

「……ヒカル様、申し訳ありません。1つしか実在しないと思っていた伝説の魔具に似たものを目にして、驚いてしまったのです」

 わたしは伝説の魔具という言葉に驚愕してもう一度ぼろ袋を見た。

「本物なら絶対手離してはいけませんよ!」

 興奮して話すリオンだったが、こちらの反応が薄いからか説明を始めた。

「その茶色くて薄汚い布袋は、【ヴァン家の食料庫】というアイテムに形状が似ています」

 リオンによると5代ほど前のヴァン家の当主はとても優秀で、たくさんの魔具を作り出したらしい。その中でも特に【ヴァン家の食料庫】は3つしか作られず、今でも所在が分かっているのはヴァン家に残っている1つだけだという。食料庫というだけあって食料を出し入れできるそうだ。

「さっき、中から缶詰が出てきたよ」

 わたしが缶詰を指差して言うと、リオンが直ぐに食い付いた。

「本当ですか!? それは凄いです!」

 食料を出し入れできるだけでそんなに興奮しなくても……と思ったのだが、いきなりレイがわたしを離して立ち上がり、リオンの両肩を掴んだ。

「食料庫って言ったか!? まさか無尽蔵に食料を保管できるのか!?」

 レイは手加減なくリオンを揺さぶり、リオンの頭ががくがくと揺れた。わたしがレイの腕を押さえて蛮行を止めさせると、リオンが息を切らしながら言った。

「無尽蔵かどうかは、分かりませんが、かなり大量に、入るのは間違い、ありません」

 わたしも目を見張った。これが本物なら非常にタイミングがいい。

 わたしはもう一度袋に手を突っ込んだ。次に出てきたのは鯖の味噌煮の缶詰だった。

「……缶詰ばっかりだね」

 わたしが呟くと、リオンが嬉しそうな声を出した。

「残りの2つの袋は、ヴァン家から誰かに贈られたそうです。袋が使えるのは贈られた本人と直系の子孫だけなのです!」

 わたしが使えるということは、やはりホムラ家が持っていたもののようだ。

「ヒカル、とりあえず出せるだけ出してみろ」

 危険はないと判断したのか、興に乗ってきたらしいレイが楽し気に言う。わたしはテーブルの上が食料品で埋まるまで、飽きることなく出し続けた。

 ほとんど缶詰だったが、真空パックのご飯や菓子類もあった。出していて気付いたのは、1度に1個ずつしか取り出せないことと、ほしいものを頭に思い浮かべると、中にあれば取り出せることだ。

「この食料はヒカルに馴染みのものか?」

 レイは物珍しそうに手に取って眺めながら訊ねた。

「わたしは缶詰は食べたことないけど、焼き鳥も鯖の味噌煮もリューテ島の料理だよ」

 わたしは食べてみたくてうずうずしていたが、レイに怒られそうなので言い出せずにいた。

「となると、ヒカルのじいさんにこの袋を売った人物がこれを入れたんだろうな。……リオン、これが本物かどうか確実に確かめる方法はないのか?」

 レイはリオンに質問を向けた。

「邪気も感じないし、紛い物をここまで精巧に作るのは難しいと思います。自分は本物だと思いますが、確かめたかったらヴァン家の誰かに訊くしかありません」

 ちなみに王宮で使用人として働くには、長く厳しい上級神官の修行を終了しなければならない。修行の後に採用試験を受け、合格すれば術を封じられないまま還俗して使用人として働く。不合格の場合はそのまま上級神官になるか、術を封じられて還俗するかになる。つまり元王宮の使用人である髑髏館の使用人たちは、王子の使用人として王宮を離れた今でも全員が上級神官としての技量を持っているのだ。

「持って行く食料について連絡を取ろうとしてるのはヴァン家の人間だから、ちょうどいいな」

 レイの呟きに反応したのはルーシャだった。

「そのことですがギール学園に問い合わせたところ、フィネセアン・ヴァン様は現在休学中とのことでございます。ヴァン家にも問い合わせましたが、皆様居場所をご存知ないようで……。ただご病気やお怪我をされたわけではないようです。現在神官のネットワークを使って大捜索中でございます」

 レイは頷いた。

「ありがとうルーシャ。フィンから連絡があったら、直ぐに知らせてくれ」

 ルーシャは畏まりましたと返事をして、部屋を出て行った。

「ところでリオン、どうしてこの魔具にそんなに詳しいんだ? 元々こういうものに詳しい方じゃないだろう?」

 リオンは熱く語った。

「はい、魔具全般なら執事のパオンの方が詳しいと思います。自分は修行時代に料理と食品関係の魔具について徹底的に調べたことがあるので、たまたま知っていただけです」

 レイは持っていたスナック菓子の袋を手離し、腕を組んで考えているようだった。わたしからすればここにあるものを開けて確認すればいいだけだと思うのだけれど、レイはもっと難しく考えてしまうらしい。

 わたしは開けるのが缶詰よりも楽なポテトチップスの袋を手に取った。大きな文字でコンソメ味と書かれている。

 レイがこちらを見ていないことを確認してから袋の口に手を掛けたが……。

「……ヒカル」

 低い声で呼ばれたので諦めの溜め息を吐き、ポテトチップスをテーブルに戻した。

「そうだ! レイが取り出せるかどうか、試してみればいいんじゃない? 使えなかったら本物の可能性が高くなるんだし」

 わたしが袋を差し出すと、レイは腕を解いて仕方なさそうに受け取った。

「ヒカルは全く……」

 ぶつぶつと言いながら手を突っ込みしばらく探っていたが、やがて手を引き抜いた。何も持っていない。

「確かに俺には取り出せないようだな」

 レイが使っているのは光術で魔術とは違うけれど、方向性が違うだけで本来同種のものなので、誰でも使用可能な魔具であればレイにも使える筈なのだ。

 わたしは次にリオンにも差し出した。

「とんでもありません! レイ様に使えなかったものが自分に使えるわけがありませんから」

 リオンは言いつつもじっと袋を見つめている。

「やってみたいんでしょう?」

 わたしが差し出した手を更にリオンに近付けると、誘惑に負けたリオンが袋を手に取った。恐る恐る手を袋に突っ込む。

「缶詰、出てこい!」

 呪文のように叫んで引き抜かれた手には、やはり何も載っていなかった。

「……分かってたことですが、がっかりしますね」

 リオンが肩を落とした。

「レイ、もういいでしょ? どれか食べた……じゃなくて、開けたい!」

 レイはわたしに近付いてきたかと思うと、後ろから抱き締めた。理由が全く分からない。

「ヒカルは行動を制限しないと、また何かやらかしそうだからな」

 これは抱擁ではなく拘束らしい。

「ここの食料については、確認が取れない限り食べさせるつもりはない」

 わたしが首を捻ってレイを見上げて目で訴えても、レイの表情は変わらなかった。

「ええっと……それでは自分は夕食の仕上げをして参りますので、失礼致します」

 リオンが何故か慌てて出て行った後、わたしは食料のないリビングに連れて行かれた。布袋は白い箱に戻し、レイが保管している。

「レイ様、フィネセアン様と連絡が取れました。実は1階のエントランスにこられています」

 わたしとレイは驚いて同時にクッションから立ち上がった。

「きたのにはびっくりしたけど、これで手間が省けたな」

 レイはルーシャに連れてくるように指示を出してから、わたしに向かって言った。

「フィンは強烈な奴だけど、信頼できるからな?」

 わたしは意味が分からず、ただ首を傾げるばかりだった。



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