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27 贈り物

 髑髏館(どくろかん)の501号室はフェリーゼたちの助力もあって直ぐに復旧し、わたしはその日のうちに戻ることができた。家具は無惨に壊れてしまったが、髑髏館の地下には家具や調度がたくさん詰め込まれた巨大倉庫があるらしく、全て新しいものに取り替えられていた。

 レイは3日ほどで完全に体力と術力を取り戻したものの、わたしのギール学園行きの件であまり機嫌がよくなかった。

「復活したらどこにでも連れて行ってくれるって、言ったよね?」

 わたしがバルコニー伝いに部屋に突撃して毎日訴えても、レイは全く動く気配がなかった。当初はあった男性の部屋に勝手に入る時の抵抗感など今は微塵もない。

「確かに言ったけど、いつ行くとは言ってない」

 レイは何かの書類に目を通しながら、いつもの台詞を口にした。

「じゃあ、いつ連れて行ってくれるの?」

 わたしも同じ台詞で訊く。

「そのうちな」

 あまりしつこくするのも嫌なので、わたしは一言言い置いてから引き下がることにする

「忘れたら、駄目だからね?」

 レイはいつもここで適当に返事をし、その後は構ってくれなくなる、筈なののだけれど……。

「ヒカル、できたぞ」

 レイは読んでいた書類らしきものの束をわたしに差し出した。反射的に受け取ってしまったわたしは、その分厚さに眉を顰める。

「何これ?」

 左端をホチキスで綴じられた紙束は、ずしりと存在を主張した。

「ヒカルのために作った学力テストだ」

 わたしは目を剥いて紙束をレイの机に投げ返す。

「テストなんてやりたくない」

 わたしがバルコニーの方を向くと、レイが嬉しそうに言った。

「俺はそれでも構わないんだぞ? ヒカルがギールに行くのには反対だからな」

 わたしは両手を強く握り締め、葛藤に苦しんだ。学校にはどうしても行きたいが、あんなに分厚いテストを受けるのは苦痛でしかない。

「普通なら高難度の編入試験を受けないと入れないのに、成績優秀な俺が勉強を見るという条件で特別に免除されたんだ。このテストを受けないと、ヒカルは学校に行けないぞ?」

 わたしを学校に行かせたくないと言いながらテストを受けるように誘導する辺り、レイの心根の優しさが窺える。それにあのテストを作るのは骨が折れただろう。

「……あんな細かい字、読める気がしない」

 ちらりとしか見なかったけれど、紙には極小の字がびっしりと記されていた。ルーペを使えば読めるかもしれないが、かなり難しいだろう。

「心配するな。この問題集は俺が読み上げるから、ヒカルは口で答えればいい。少し図を見てもらわないといけない問題もあるけど、別に大きく記したものを用意してある」

 レイに抜かりはないようだ。ここまでしてもらっては断れない。わたしは諦めの溜め息を吐いて、レイに向き直った。

「……よろしくお願いします」

 わたしは念のために自室にルーペを取りに行き、レイの部屋のダイニングテーブルを使っでそのままテストが始まった。

 教科ごとに分かれたテストは最初はどれも簡単だったが、徐々に難易度が上がり最後には問題の意味すら分からなくなった。教科によって多少ばらつきはあるものの、全体の6割ほどしか答えられなかったと思う。

 テストを開始して3日目の夕方、ようやく全問終了したわたしは、疲労困憊してリビングのクッションに沈み込んでいた。このクッションに座ると、優しく包み込まれるようですっかりわたしのお気に入りだ。ひだまりの心地よさに眠気を感じ始めた頃、、首筋に冷たいものが当たった。

「ふゃっ!?」

 霞んでいた意識が急激に鮮明になり、原因となった物体を掴んだ。冷えたビールの小瓶だと分かり、一気に緊張が緩む。

「俺の部屋で無防備に寝るな、襲うぞ?」

 わたしは微笑んで言った。

「灼熱火炎地獄に堕ちたいなら、どうぞ?」

 レイは数秒間黙った後、いきなりわたしの耳を摘まんで引っ張った。

「痛い痛い!」

 わたしはクッションから転がり出て、レイの魔の手から逃れた。

「可愛気のないことを言うからだ。それより、手に持ってるとビールが温くなるぞ」

 わたしはレイから離れた場所にあるクッションに座り直し、ビールを開けて一気に飲み干した。

「美味しいー!」

 冷たいビールが喉を駆け下るときの爽快感は格別だ。

「全く、行動がおっさんのようだな。見た目は可愛いのに残念な限りだ」

 わたしは空になったビール瓶をレイに向かって投げた。瓶は真っ直ぐにレイがいる方、とは別の方向に飛んだ。それでもレイは機敏に反応し、フローリングの床を滑りながらキャッチした。

 ぱちぱちと拍手するわたしに、レイは疲れ切った声で言った。

「俺以外にこんなことはするなよ……」

 もちろんと大きく頷くと、深い溜め息を吐かれてしまった。

「明日から、月影の塔に行くか?」

 直ぐに気持ちを切り替えたらしいレイが唐突に訊ねた。

「行きたい! でも『明日から』ってどういうこと?」

 首を傾げるわたしに、レイがまた溜め息を吐いた。

「ヒカルは何も知らないんだな……。あの塔は99層あるんだぞ? 雑魚ばかりがいる入り口の第3層でも攻略に1時間は掛かるっていうのに、1日で全部終わるわけがないだろう!? 1回外に出たらまた最初からやり直しだぞ?」

 わたしは完全に固まった。月影の塔は挑戦者の技量を計る試練塔としか知らなかったのだ。

「ええっと……、何日も掛かるとして、食事や寝る場所はどうなるの?」

 頭痛を堪えるように額を押さえるレイに訊くと、腕を捕まれてダイニングに連行された。わたしを椅子に座らせると、レイはテーブルの向かいに回った。

 立ったままのレイは、腰に手を当て月影の塔についてのレクチャーを開始した。

 月影の塔の第3層以上に入場できるのは塔の管理を任されている地方庁の職員数名と、全ての魔導師、光導師、上級神官だけだ。いくら戦闘能力が高くても他のものは決して入場を許されない。パーティは1組3名までで、構成は自由だ。

 挑戦者は予め食料、寝袋、着替えなどの荷物を用意して塔に赴き、受付を済ませてから入場する。

「ということは、荷物を全部持った状態で戦わないといけないんだね?」

 わたしの質問にレイは重々しく頷いた。

「ああ、かなりの量になると思うけど、俺ができるだけ持つから安心しろ」

 第3層の入り口を入ると小部屋になっていて、最終的な装備の点検と準備ができるようになっている。

 その層の幻魔を全て倒すと隠されていた階段が出現し、上層へ向かうことができる。階段の踊り場はかなり広いスペースになっていて、トイレ、シャワーと洗面台が完備されている。

「何でそんなに設備が整ってるの? 都合がよすぎない?」

 レイは苦笑した。

「昔は水が出る泉と、排泄用の穴があっただけだったらしい。でも女性の挑戦者を中心に強い要望が出て、技術系の神官たちが苦労の末に取り付けたんだ。でも神官たちが登れた階層までしかないから、全部にはない」

 階段のある場所は層によって異なるので、探すのに難儀することもあるそうだ。

 幻魔を倒し階段を上る、これを力の限界まで延々と行う。最後は幻魔に負けて塔の2階に転送されるか、限界を感じて階段でリタイアしてやはり2階に転送されるか、あるいは……。

「成功者はいないと言われてるけど、第99層をクリアして月影の塔の屋上に出るかだな。今はピラミッドの最下層と繋がってるらしいけど」

 わたしは興奮が抑えられなかった。いよいよ本物のダンジョンに入れるのかと思うと、今夜は眠れそうにない。

「レイ、説明してくれてありがとう。早速準備しないとね!」

 わたしが拳を握り締めて言うと、レイに呆れた声で返された。

「俺も挑戦したことがないから、食料がどの程度いるのか見当も付かない。知り合いに訊いてみるからしばらく待て」

 わたしは頷いたものの、自分の部屋に戻って食料以外の準備を始めた。

 クレアからの贈り物の中に大型のリュックサックがあったので、衣類と身の回り品を詰める。何か役に立つものはないかと実家から持ってきたキャリーバッグを漁っていると、見覚えのない小さな箱が1番底の部分に入っていた。綺麗に包装され、リボンまでかけられている。どうして今まで気付かなかったのだろう……。自分で開けてしまおうかとも思ったが、念のためにレイにも立ち会ってもらうことにした。

 レイの部屋のリビングに行くとルーシャがいて、レイと荷物のことを話し合っていた。

「あ、ヒカル、どうした?」

 直ぐにわたしに気付いたレイはルーシャとの話を切り上げ、わたしに近付いた。

「わたしが家から持ってきた荷物の中に見慣れないものがあったから、用心のために確認する時に立ち会ってもらおうと思って……」

 わたしが箱を見せて言うと、レイに取り上げられてしまった。

「見たところプレゼントみたいだけど俺が開ける。いいか?」

 わたしが同意すると、レイはダイニングに向かった。わたしとルーシャも続く。

 椅子に座ったレイは、テーブルに置いた箱をためつすがめつし始めた。

「少なくとも今の状態では魔気も神気も邪気も感じないな。開けるぞ」

 レイはするりとリボンを解き、包装紙に手をかけた。糊付けされた紙を丁寧に剥がしながら慎重に開く。出てきたのは何の変哲もない白い箱だった。

「僅かに魔力を感じる。ヒカルはどうだ?」

 わたしは指輪を1つ外す。

「確かに中から魔力が漏れてる。でも危険な感じはしない」

 レイは頷いてから一気に箱の蓋を開けた。

「…………」

 中に入っていたものを見て、わたしは戸惑った。ただの茶色い布切れにしか見えなかったからだ。レイは布に見えるものをゆっくりと取り出し、そっとテーブルに広げた。

「箱の底にカードが入ってるぞ」

 布を手に取ろうとしていたわたしは、箱に意識を戻して覗き込んだ。花模様の入ったカードには手書きの文字が書かれている。この距離では読めないので、手に取って顔に近付けた。


〜〜〜

 ヒカルへ


 この魔具を知人から買い受けました。とても便利なものだと聞いたので、きっと役に立つと思います。

 今まで何もしてやれなかったヒカルへ、せめてもの贈り物です。


フジミヤ・ソータ&サナ

〜〜〜


 祖父母からの贈り物だと分かって、心が温かくなった。しかし……。

「何の魔具かも使い方も、一切書かれてないな」

 カードの裏まで確認したレイが呆れた声で言った。

「たぶん、2人とも知らないんだと思う……」

 わたしの言葉を聞いて、ダイニングに沈黙が下りた。



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