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26 新たな目標

「こんにちは、ヒカルちゃん」

 フェリーゼの後ろから現れたのは、にこやかな表情のフィルだった。

「こ、こんにちは」

 わたしが挨拶を返すと、フィルはわたしの背後から小さなものを拾い上げた。

「フェリーゼ様、気絶してるみたいですが……」

 フィルが手のひらに載せていたのは、レイが術によって縮んだ姿だと思う。前にも同じ経験をしたし、赤い髪が見えている。

「急激に術をかけたので、床に墜落する感じだったのかも知れませんわね」

 平然と話すフェリーゼが気になり、わたしはおずおずと訊ねた。

「フェリーゼ様、それはレイなのですか? 大丈夫でしょうか?」

 フェリーゼはわたしに向き直ると、にっこり微笑んだ。

「ヒカル、こんにちは。質問なのですが、ヒカルは小さい子は

好きですの?」

 わたしの質問に答えていないばかりか、無関係に思えることを訊かれて困惑してしまう。

「ええっと……、小さい子供という意味なら、可愛いと思いますけど……?」

 フェリーゼはフィルから小さい人を受け取ると、わたしが見えるように手のひらを上げた。

「これはレイフィニールを幼児化してから、小人化したものですわ。神王家の人間はそう簡単に死んだりしませんから、大丈夫ですわよ」

 二重に術をかけられたという小さなレイは、フェリーゼの手のひらの上で仰向けに横たわっていた、頬がふっくらとして幼児体型になっているからとても愛らしい。

「ヒカル、しばらく預けておきますわ」

 フェリーゼはわたしの手を取って無造作にレイを載せると、使用人たちに用があるからと出て行ってしまった。体温があるので生きている人形のようで何だか不気味だ。わたしはとりあえず枕の上に寝かせて、厚手のハンドタオルを毛布代わりに掛けた。

「ヒカルちゃんが持ってると、本当に人形みたいだね」

 部屋に残ったフィルが言った。

「小さくて可愛いけど温かいから、生きてるのを感じて何だか変な気分です」

 フィルはわたしの隣にきてレイの頬を突っついた。

「レイ、ヒカルちゃんが心配してるから早く起きた方がいいよ」

 レイはうるさそうに小さな手で払い除けると、ごろんと体の向きを変えた。

「あ」

 枕からベッドの上に転がり落ちて俯せになったレイは、手足をばたばたと動かした。フィルがひょいとつまみ上げてちょこんと座らせる。

「レイ、何があったか覚えてる?」

 レイは不思議そうにわたしたちを見てから周りを見回し、最後に自分の体を見下ろした。

「……まさかフェリーゼ様が!?」

 子供の高い声で話すレイは可愛らしいが、小人サイズなのでしっくりこない。

「自分の行動を振り返って、よく反省するようにね」

 フィルが指で肩を突くと、レイは簡単に引っくり返ってしまった。

「フィル、何するんだ!? 弱者をいじめるとは、神官としてあるまじき行動だぞ!?」

 レイは起き上がると腕を振り回して抗議する。

「じゃあ、嫌がってる女の子をいじめるのは、神王家の王子としてもっとあるまじき行動だよね?」

 レイはうっと言葉に詰まり、項垂れた。

「王族は触れた相手の体を自由に操れるよね? それってレイがその気になれば、ヒカルちゃんに対して本人の意思とは関係なく酷いことができるってことなんだよ? その恐怖が分かる? さすがにレイがそんな下衆野郎だとは、思ってないけどね」

 レイは膝と手をベッドの上に突いてそのまま頭を下げた。

「ヒカル、本当にごめん。もうあんなことはしないし、服装も文句言わない」

 わたしはレイを手のひらに座らせて、目の高さまで持ち上げた。

「今言ったこと信じていいの?」

 レイは何度も頷く。

「もちろんだ。男に二言はない」

 子供らしからぬ言葉を子供の姿で言われて、わたしは吹き出した。

「分かった。もし破ったらフェリーゼ様にまた小さくしてもらうからね」

 レイはまたしゅんと項垂れた。わたしは指で赤い頭を撫でる。

「ヒカルちゃんが優しい子でよかったね」

 フィルは柔らかい口調で言いながら、レイの襟首を摘まんで持ち上げた。

「何するんだ!? 下ろせ!」

 じたばたするレイに冷たい声が告げる。

「次やったら、ヒカルちゃんの周囲から排除するからね?」

 レイは抵抗を止め、静かにフィルを見た。

「……分かった、ヒカルの同意がなければ何もしない」

「何を言っていますの!? ちゃんと結婚するまで、不埒な真似は一切許しませんわ。そこを了承しない限り、元の姿には戻しませんわよ?」

 いつから聞いていたのか、フェリーゼは部屋に入ってくるとレイに向かって言葉を飛ばした。ぶら下がったままのレイは首だけフェリーゼの方に向ける。

「結婚するまでって……、今の時代にそんな……」

 レイがぶつぶつと言っているが、フェリーゼは平然としている。

「その格好のままでいいなら、好きにしていいんですのよ?」

 レイは本物の人形のようにだらりとしていたが、はっきりとした声で言った。

「分かりました。でも抱き締めたりキスしたりはいいでしょう?」

 フェリーゼは両手でレイを掬い上げるとベッドの上に置いた。

「ヒカルが嫌がったら、駄目ですわよ?」

 レイは頷いて力強く返事をする。

「もちろんです」

 フェリーゼがレイの額に指を当てると、レイが白い光に包まれた。わたしは眩しさに目を閉じる。

「ヒカル、もう目を開けて大丈夫ですわ」

 ゆっくり目を開けると、目の前に元に戻ったレイがいて深々と頭を下げていた。

「ヒカル、さっきは本当に悪かった」

 わたしはレイに言う。

「もういいよ」

 レイは頭を上げると大きく息を吐き出した。

「ヒカル、レイフィニールが次に不埒な真似をしようとしたら、術でも何でも使って阻止していいんですのよ。私が許可しますわ」

 フェリーゼの言葉に頷きかけ、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「フェリーゼ様がレイの祓いの師匠だと知ってはいますが、こんなにも影響力があるとは思いませんでした」

 レイが苦笑を漏らす。

「俺が素直に言うことを聞くのは、フェリーゼ様が師匠だからじゃないんだ。事情は言えないけどな」

 わたしは首を傾げつつも追及できなかった。王子ともなれば、色々な秘密を抱えているのだろう。

「そうだヒカル、昨日クロが暴走した理由を話すからきてくれ」

 レイはわたしの手を引いてリビングに向かった。フェリーゼとフィルも後に続く。球形クッションに全員が収まると、レイが話し始めた。

「召喚術で呼ばれると、肉体だけが引き寄せられるんだ。だから服も所持品も全部元の場所に置いたままになる」

 わたしは驚いて目を見張った。

「それはつまり、クロも置き去りになったってこと?」

 レイは頷く。

「そうだ。召喚直後は意識を失って眠ってたから、クロに呼び掛けることもできなかった。クロは主人を見失って現地で混乱しただろうけど、俺のわずかな痕跡を辿って戻ってきた。でも置き去りにされたことで鬱憤が溜まり、シロと再会した興奮も重なって暴走したんだ」

 わたしは少し考えてから口を開いた。

「クロは結局レイが大好きなんだね。ちょっとひねくれてるみたいだけど、可愛いな」

 レイは苦笑を漏らしながらも、優しい声で呼び掛けた。

「クロ、出てこい。ヒカルに謝るんだろ?」

  レイの背後から白い物体が飛んできて、わたしの目の前に降り立った。

「ミャー」

 わたしの顔を見上げて一声鳴くと、膝に飛び乗って丸くなる。

「クロ、レイが急にいなくなってびっくりしたんだね。もう大丈夫だからね」

 わたしはゆっくりと背中を撫でながら言った。クロは少しの間おとなしくしていたが、体を起こすとわたしの手を舐めた。

「クロ、ヒカルにごめんなさいは?」

 レイが言うとクロはちょこんと小さな頭を下げた。

「もう怒ってないよ」

 可愛い仕草に心臓を鷲掴みにされて言うと、クロはレイの腕の中に飛び込んだ。本当は甘えん坊なのかもしれない。

「神獣事件は片付いたようですわね? それではレイフィニール、体調はどうですの?」

 フェリーゼは淡々と質問する。レイは微妙に間を空けてから答えた。

「まさかあんな術を容赦なくかけておいて、俺の体調を心配してきたとは言わないでしょうね?」

 フェリーゼは声を上げて笑った。

「もちろん心配はしていましたわ。でもヒカルの方がより心配でしたの」

 レイは深い溜め息を吐いた。

「でしょうね。……あなたは昔から、とにかく女性の味方でしたから」

 ふふっと笑みを溢してフェリーゼは言い放った。

「今日私たちがここにきたのは、レイフィニールがヒカルに対して不埒な真似をしないように釘を刺すのと、ヒカルに学校に行くことを勧めるためですわ」

 わたしは思いがけない言葉に興奮して立ち上がった。

「学校! 行きたいです!」

 深く考えずに言った言葉にレイが慌てて口を挟む。

「ヒカル、ちょっと待て! ちゃんと考えてから返事しろ!」

 わたしはむっとレイの方を見た。

「前からずっと学校に行きたかったの! レイは駄目だって言うの?」

 誰もが当たり前に通う学校……。でもわたしにはその当たり前さえ許されなかった。勉強や運動は専門の家庭教師がきて教えてくれたが、楽しいと思ったことはなかった。

 同じ年代の生徒たちと肩を並べて勉強し、時に友情を育む学校生活……何度も夢に見ていた。どんな学校でも行ってみたい。

「駄目だとは言ってない! でも話をちゃんと聞いてから……」

 レイの言葉はフェリーゼによって遮られた。

「この私がヒカルを変な学校に行かせるわけがありませんわ。ヒカルに考えているのは、大陸本土にあるギール学園ですわ」

 レイは頭を抱えてしまった。

「やっぱりか……」

 力ないレイの呟きを無視してフィルが言葉を引き継ぐ。

「ギール学園はね、西大陸にいる風術使いのヴァン家、水術使いのヴァーテル家、神王家、それぞれの子供たちとその縁者が多く通う学校なんだよ。レイは最終学年の前に休学しちゃったから、ヒカルちゃんと一緒に最後の1年過ごせばどうかなって話なんだ」

 わたしは嬉しくて頬が緩むのを抑えられなかった。どうしてレイは渋い顔をしているのだろう。

「ヴァン家もヴァーテル家も男系の一族で、子供たちも男が多い。現状神王家も、どちらかというと俺たちから下の世代は男が多い」

 レイが絞り出すように言う。

「つまりレイは、ヒカルちゃんを男の多い学校に行かせたくないだけだよね? ヒカルちゃんに寄ってくる男共を牽制しつつ、ヒカルちゃんの気持ちが離れないように努力するなんてレイには無理だろうからね」

 フィルの言葉は容赦なくレイを追い詰める。

「なっ! それくらい簡単だ!」

 言ってしまってからレイはびくっと体を強張らせ、最後にはクッションから滑り落ちてしまった。

「くっ……、つい乗せられた」

 フェリーゼはぱんぱんと手を叩いて注目を集める。

「決まりですわね? 手続きや制服のことは任せてもらって構いませんわ。新学期は9月からなのでまだ半年ほどありますが、レイフィニールはヒカルの学力を判定して不足があれば勉強を教えてあげなさい」

 レイは更に床に沈み込み、わたしは飛び上がって喜んだ。



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