表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/43

10 ユートピア

 アレックスは宣言通りすべての料理の説明をし、わたしが興味を示したものをプレートに載せてくれた。今テーブルの上には美味しそうな料理やパン、飲み物が並んでいる。

「いただきます」

 わたしはナイフとフォークを手に取り、食事を始めた。バターの風味の効いた、ふわふわのスクランブルエッグに笑みがこぼれる。

「ここの料理、結構うまいだろ?」

 アレックスは自分で作ったわけでもないだろうに自慢気だ。

「はい、領主館(マナーハウス)のお食事も美味しいですけど、またここにもきたいです。そう言えば、セレモニーって何ですか?」

 アレックスは今日はセレモニーがあるので、ここで食事すると言ったのだ。

「すぐに分かるって。ほら、あそこが少し広くなってるのが分かるか?」

 アレックスはこのテーブルから少し離れた、何もない空間を指差した。食堂のほぼ中央付近だと思う。

「はい、あそこであるんですか?」

 アレックスは楽しそうに言った。

「ああ、期待してろよ」

 朝食を食べ終え食後の紅茶を楽しんでいると、食堂の入り口付近から悲鳴が聞こえた。何を言っているのかは分からないが、叫び声もする。わたしが腰を浮かしかけると、落ち着いた様子でアレックスが言った。

「落ち着け、危険なことが起こったわけじゃない」

 座り直して様子を見ていると、人の塊が近づいてきた。例の開いた空間に到着すると、その場に二人だけ残して他の人たちは散開する。

「皆さん、朝食時にお騒がせして申し訳ありません」

 穏やかな男性の声がマイクを通して食堂中に響いた。

「本日は広報担当の私、バディ・リーデンから皆さんにお知らせしたいことがあり、特別にこの場を用意していただきました」

 食堂中がざわざわとして落ち着かない。

「後程正式に記者会見も行われますが、先に皆さんにご挨拶したいとおっしゃるのできていただきました」

 バディの言葉でユート絡みのことではないかと予想する。バディと一緒にいる長身の姿は確かにユートっぽい。

「クレア様のご子息で、しばらく大陸本土で遊学されていたユート様がお帰りになりました。今後はここに留まり、エール地方のためにご尽力いただけるそうです。ではユート様、ご挨拶をお願いします」

 食堂中から拍手が巻き起こり、女性たちの黄色い声が飛ぶ。騒ぎが一段落した頃、ユートが話し始めた。

「皆さん、おはようございます。本日からエール地方庁オフィスで、広報の仕事をさせていただくことになりました。未熟者ではありますが、ご指導のほどよろしくお願い致します」

 ユートの言葉は優雅で淀みなく流れていった。女性だけでなく男性からも感嘆のため息が漏れる。一拍遅れて、割れるような拍手が沸き起こった。

 わたしにはユートの仕草までは見えなかったが、きっと堂に入っているのだろうと思った。

「それでは皆さん、間もなく始業時間ですので、お仕事をよろしくお願いします」

 最後にバディが締め括ると、散開していた人たちが二人を取り囲み、一塊となって食堂から出て行った。

 すぐに食堂中が大騒ぎになった。みんな今見たことを声高に近くの人と話している。始業10分前だというのに動く気配がない。

「ユートって、そんなに人気があるんですか?」

 わたしは騒音に負けない大声でアレックスに訊ねた。

「ヒカルは東大陸にいたから、知らないんだな。飯も食ったことだし、いいもの見せてやる」

 アレックスは立ち上がると、後片付けをスタッフに押し付けてヒカルの手を掴んだ。ぎゅっと握って引っ張られる。

「あの、アレックスさん……、手を握らなくても肘を持たせてもらえれば……」

 手と手が触れ合うのは正直気恥ずかしい。危険のない屋内にいるので杖を持っていない今は、周りの目も気になる。

「俺と手を繋ぐのが、嫌なのか?」

 アレックスが低い声で訊く。

「ええっと、嫌ってことはないですが、その……」

 できれば離してほしかったが、はっきりと拒絶するのも気が引けて語尾を濁す。

「あ! もしかしてあなた、東大陸からきたっていう、ユート様の親戚の方!?」

 背後から大きな声がしたかと思うと、誰かがわたしとアレックスの間に割り込んだ。当然手が離れる。

「ヒカル様初めまして、私はリリー。アレックスの部下です」

 リリーと名乗った栗色の髪の女性は、背が低く少しふっくらとしていた。年はアレックスよりだいぶ上に見える。

「初めまして、よろしくお願いします」

 わたしは頭を下げた。周りにいた職員たちがざわめき出す。

「アレックス、今から行く場所に私もご一緒していいかしら?」

 リリーの言葉は質問の形を取っていたが、実質上は決定事項の確認のようだった。わたしに肘を持たせたリリーはさっさと歩き出す。

「リリー、ちょっと待て。どこに行くのか、分かってるのか?」

 後ろから慌ててアレックスが追いかけてくる。

「何年あなたの補佐をやってると思うの? もちろん見当は付くわ」

 リリーは職員寮の奥まった場所にあるエレベーターを使って、領主一族居住エリアにきた。普段からここに出入りしているらしく、警備スタッフと挨拶を交わして内部に入る。

 アレックスが先頭に立ち、わたしたちは大理石張りの廊下を靴音を立てながら歩く。やがて他の部屋と変わらないドアの前に立った。

「やっぱり、ここだったのね」

 リリーが呟く。アレックスはため息を吐きながらドアを開いた。

「ここがユート部屋だ」

 部屋に足を踏み入れると、たくさんのユートが待っていた。笑っているユート、目を潤ませるユート、真っ直ぐに真剣な眼差しを向けるユート……。

「ここにはユートが芸能活動をしていたときのポスター、写真集、雑誌、歌やら映画のディスクなんかがすべて揃ってるんだ。一応資料として置いてるんだが、ユートのファンからはユートピアとか呼ばれてるらしい」

 アレックスは苦笑しながら言った。窓のないこの部屋で、壁全部を多い尽くすように貼られたポスターが異様で目眩がしそうだ。ぐらりと体が揺れる。

「ヒカル様、大丈夫ですか? こんなにたくさんのユート様に見つめられて、失神しそうになるのはよく分かりますが、しっかりしてくださいね」

 リリーが優しく言ってくれたが、完全に誤解されている。本物のユートは格好いいとは思うが、ポスターで失神なんてしない。

「あの、ユートのすごさは分かりましたから、ここを出ませんか?」

 わたしの言葉に二人とも同意してくれた。部屋を出たところでリリーが言う。

「それでは、私は仕事に戻ります。アレックス、可愛いお嬢さんだからといって、無理に手を繋いだり、手を繋いだりしてはだめよ」

 やはりリリーは手を繋がれて困っていたわたしのために、割り込んでくれたらしい。

「……分かったから、さっさと行け」

 アレックスはしっしと手を振ってリリーを追い払った。

「アレックスさんは、お仕事大丈夫なんですか?」

 わたしは気になっていたことを訊ねる。アレックスは事も無げに答えた。

「俺の仕事は特殊で、普段はそんなに忙しくないんだ。特に問題が起こらなければ、部下たちに任せておいて大丈夫だ」

 わたしたちは再び大理石の廊下を歩く。時々すれ違うメイドやフットマンは、会う度に丁寧に挨拶をしてくれた。

「午後1時から、2階の地方庁オフィスでユートの記者会見がある。でもヒカルは、土曜日までピラミッドの外には出ないって話だから、直接は見れないな」

 わたしはユートの記者会見にはあまり興味がない。それよりも気になることがある。

「この建物の下の方は、どうなってるんですか?」

 アレックスは淡々と答えた。

「あちこち連れ回して悪いが、今から職員寮のエントランスに行って説明する。そこにこのビルの大きな模型があるからな」

 わたしの気分が一気に急上昇した。わたしは元から、歴史的建造物や珍しい建築物が大好きなのだ。このビルはわたしの想像を超える高層建築で、少し恐怖心を抱いていたが興味は大きい。

「楽しみです! さあ、行きましょう!」

 わたしが一歩前に出て腕を引っ張ると、アレックスは笑い出した。

「何でユートの記者会見より食い付きがいいんだ?」

 わたしは平然と言う。

「だって、断然ユートより面白そうじゃないですか!」

 アレックスは何がそんなに面白いのか、立ち止まると体を折って大笑した。

 笑いの発作が収まるのをしばらく待っていたが、いつまで続くか分からないので大声を出す。

「アレックスさん! 早く行きましょう!」

 アレックスは何とか息を整えようとしているようだった。

「ちょっ……と……、待っ……てくれ……」

 アレックスが深呼吸を数回繰り返した頃、いつの間にか近付いていたフットマンが言った。

「アレックス様、お水をどうぞ」

 アレックスはグラスを受け取ると、一気に飲み干す。フットマンは空のグラスを回収すると、すぐに立ち去った。

「はあ、はあ……、急に悪かった。若い女でユートよりこのビルに興味を持つ奴がいるとは、思わなかったからな」

 アレックスは体を起こして背筋を伸ばす。

「お望み通り、自慢のこのビルを紹介してやるよ」

 アレックスはわたしを誘導して歩き出した。


 わたしはぽかんと口を開けていた。目の前には、約3メートルの高さの黄色い上向き矢印形ビルの模型が鎮座している。まさかこんなに大きいとは、思っていなかった。アレックスが説明を始める。

「ピラミッド形の居住スペースは8年前に完成して、風術使いの本家であるヴァン家に協力を頼んで、元からあった塔の上に載せてもらったんだ」

 わたしは目を見張る。

「あ、ちゃんと魔法で連結されてるから、ピラミッドが落ちたりはしないぞ」

 アレックスが慌てて言った。

「で、ピラミッドが居住区なのは分かっただろうが、本来のこの建物の主要部分は下だ」

 アレックスは少し体を屈めると、模型の一番下辺りを手のひらでばしばしと叩いた。

「ビルの1階がダンブル市役所で、住民サービスを提供している。ここは地方庁の下部組織ではあるが、体系が別だから職員寮もビルの外にある」

 アレックスは次にその少し上を叩く。

「2階がエール地方庁オフィスで、周辺の島々を含めたエール領全体の行政事務をしている」

 アレックスが立ち上がり、一拍置いてから続けた。

「そして第3層からピラミッドすぐ下の第99層が、魔導師と神官の修行のために作られたと言われるダンジョンだ。1階と2階には元々何もなかったんで、オフィスとして改装した。ピラミッドを除く長方形の部分は、昔から月影の塔と呼ばれていた」

 わたしの背中がぞわりと粟立つ。

 月影の塔、それは世界中に名を知られた魔法の塔だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ