君と共に歩む道 06
家に帰って来たキイチ君はやっぱり不機嫌だった。あの後どうなったかはなんとなくでしか聞いてないけど、天使に色々言われたらしいことは伝わった。
「急に居なくなったと思ったらあれだからな」
「ゴメンねキイチ君…天使の匂いがしたからとにかく逃げなきゃって思ってその…」
「気づいたから逃げたのかよ。つか、逃げる前にアイツに対抗するとか出来ることあっただろ」
「無理です無理です!あの羽見ました?あんな立派な羽持つ天使に勝てるわけないじゃないですか」
「…まぁ確かにハルのは玩具だからな」
「オモチャじゃないです!」
確かに私の羽は小さいけれど、これもれっきとした羽だ。胸を張って主張しても、キイチ君は『ハイハイ』と適当な返事。まともに取り合ってくれない。
「でも別に、羽の大きさイコール強さってわけじゃないんですよ。頭でも記憶しますけど、悪魔や天使は羽にも記憶が蓄積されるんです」
「じゃあハルみたいな羽のやつでも勝てるかもしれないのか」
「はい!でもその、やっぱり記憶があるってことは経験値の差があるって意味でもあるので難しいんで、だから…」
「予防線張らなくても、大したことも出来ないハルが勝てるとは思わねぇよ。バカだから羽もオモチャみたいなんだって納得したしな」
「バカじゃないです!」
私の精一杯の主張も綺麗に流して、お風呂に入るとキイチくんは部屋を出てった。悔しいからいないうちにイタズラを仕掛けちゃおうかと思ったけど、朝のことも天使のこともあるからやめておこう。今日はもう休ませてあげないと可哀想だ。
「そういうところが甘いんだよ」
「あ、ヨウくん!」
待ってる間にお茶でも用意してあげようかとキッチンに立とうとしたところ、背後から声がする。振り返ると何もない空間に黒い穴が出来ていて、そこからひょっこり顔を覗かせているお仲間がいた。
私の数少ないお友達けんお世話係り。背につけている羽は私とは比べものにならない程ちゃんとしてるし、魔力も高い。本来は戦闘部のヨウくんが私のお世話担当になる訳ないのだけれど、色んな縁で見てもらっている。
「嫌という程仕掛けてやらなきゃいけねぇって言っただろ」
「うぅ…だってあまりやる怖いし可哀想だし…」
「ほんと悪魔向いてねぇな」
『ま、どうでもいいけど』とひょいと穴から此方にやってきたヨウくんは、早くお茶を用意しろと勝手に床に座って落ちてる新聞を読み始めた。
下手に文句を言うよりは大人しく用意をした方がいいだろうと、私はお茶の準備を続ける。お菓子を目の前に置いてあげると、早速お煎餅に手を出していた。
「ヨウくんはこっち来てて平気なの?」
「いや、あんまり大丈夫ではない。最近天使共がこっちに乗り込んで戦闘してくるんだよな。それで一部手酷くやられてる。ま、俺は負けないけどな」
「ヨウくんは確かにそうだけど…そんな状態でこっちきてちゃダメなんじゃないの?」
「一週間前に受けた魔王様から受けた伝令だしな、そろそろ言わなきゃまずいだろ」
そう言って続けられた伝令は、あの天使がこっちに来ているという内容だった。ニヤニヤ笑って『今更言っても遅かったな』と話すところから、黙っていたのは確信犯であるように思う。いや、絶対にそうだ。私がどういう行動をとるか観察するために。
「いじわる」
「悪魔だからな。ま、ハルよりもあっちの男の方が面白かったよ。天使に突き出してお前を消して貰えば解放されるのにさぁ!」
堪えきれないとばかりに笑うヨウくんにお茶をかけてやろうかという考えが頭に浮かぶ。そんなことしたらいたいめ見るのはわかってるし、キイチくんの担当から外されかねないから出来ないけど、せめてもの反逆にちょっとだけお茶の温度を下げて渡す。
でも、言われたことは確かにそうだ。多分暴言吐かれたから頭に血が上ってそんな発想が湧かなかったのだろうけど、一瞬でも冷静になっていたらどうなっていたか。思いついてもしないと信じたいけど…
考えに耽っていると、独り言にしては大きいトーンで言葉を漏らすヨウくんに引きずり戻される。
「 それにしても、魔界までやってきてプレッシャーかけてるかと思えば戦闘部でも強かったあの女が営業に移ってるとか、何を考えてるんだろうなぁ」
「…そんなこと言ってもわかってるでしょー。さ、そろそろキイチくんお風呂から上がるから、伝令終わったのなら早く…」
「残念!まだあるんだな、これが」
そう言って取り出したのは一つの小瓶。机の上に置かれたそれに、思わず息が止まる。これは危なくないようヨウくんに預けていたのに、何故ここに。
「天使が乗り込んできてる以上魔界も安全じゃない。俺もそれ封印するのに力を割くし、ならお前自身で管理した方が安全だろうって」
「そんな…!だって、こっちには…」
「管理がちゃんとしてれば平気だろ。あぁでも、あの天使はそう簡単には帰ってくれないみたいだなからな。気をつけろよ」
ふざけた契約らしいと教えられた内容は確かに普通じゃなかった。でもそれよりも目の前の瓶をどうしたらいいかで私の頭はいっぱいだ。
狼狽える私を一笑いして、ヨウくんは『帰る』ときた時と同じように空間に穴を開ける。そしてそれに入る前に私の前に来て髪をぐちゃぐちゃにしながらもう一度『気をつけろよ』と言った。その瞳には笑いはない。
「大丈夫。わかってるから」
「そうか」
長く一緒にいるためにも、私は逃げる。キイチくんが望んでいようがいまいが関係ない。そもそも私のエゴは今に始まったことじゃないから、今更文句を言われても遅いという話。離れないという私の意志は、他の人が考えているより強い。
ヨウくんにそれが伝わったかはわからないけれど、『また来る』と言い残して異空間に消える。間も無く穴も閉じて残ったのはお菓子のゴミと一つ余計な湯のみ。私は一つ大きく深呼吸してそれを片付けに動く。
渡された小瓶を、一旦台所の戸の中に閉まって。