君と共に歩む道 01
神なんてものは信じない。霊的なものも信じない。いちいちあんなものに縋ったり、怯えたりするのは疲れるだけだ。そういったモノというのは自分への言い訳の為に作られた、都合のいい存在でしかない。
そう考えていた俺の目の前に、
「見つけ、…あ、あれっ?!羽が引っ掛かって……」
「ん?どっから声が」
「もう!はーずーれー、あっいきなりはちょっ、」
「……はぁ?何あ、え?」
「わわわ、どいてどいてっ!!」
やってきた一人のバカが、俺の常識を真っ向から覆す。
声がしたのは頭の真上。見上げたら電線に女性が引っ掛かっている。それだけでも驚くことなのに、引っ掛かっているのが服とかではなく、背中に生えた黒色の羽みたいなものだったから意味がわからない。
その子は引っ掛かった部分を外すため、手足をばたつかせようとしていた。が、暴れる前に引っ掛かりが取れたようで、出た声は間抜けなもの。それと同時に再び空中に置かれたその体は俺に向かって一直線に落ちてくる。
慌てて一歩退いて直撃を回避。ベシャンと叩き付けられた女性に、『死んだか?』と思ってしまったことは許して欲しい。でも彼女は半泣きで『いたぁい!』と顔をあげたからその心配は一瞬で飛んだし、顔や体を見る限り大きな怪我もなさそうだ。随分頑丈な体だ。
「これだから人間界はやだなぁ…」
でも、だ。そもそも上から人が落ちてくるなんてことがあり得るはずがない。ここら辺は一軒家や低いアパートしかない住宅地。ベランダや窓から飛び出して電線に引っ掛かれる程の距離に位置する家は周りにないし、何より羽だ。羽なんてものを持っている奴がいるか。理解の追い付かない状況に逃げることも声を掛けることも考え付かなくて、ただその女性を眺めていることしか出来ずにいると、ふと女性が顔を上げた拍子に目がかち合う。
肩くらいまでの、緩くウェーブの掛かった栗の髪。瞳に若干涙を溜めたたれ目気味の彼女は、俺を見るや否や嬉しそうな顔になる。
「キイチ、キイチくんだ!」
「なんで俺の名前…」
「よかったぁ!あ、一応照合しないといけないんだっけ。ちょっと待ってくださいね!」
俺の質問に答えることもなく、彼女は持っていたバックから一枚の書類を取り出す。そしてそこに書かれているらしい文字を読み上げる。
芹沢生一。年齢28。父と母の他に兄弟は弟が一人。仕事はSEで独り暮らし。彼女は大学の頃を最後になし。現在は病気を抱えていないものの3年前に交通事故に遭ったこと有り。小・中・高・大通して平均より上だけど一番にはならないという成績。ナスが苦手でわりと甘いものが好き。
などなど出てくる情報は、間違いなく俺のものに間違いない。間違いないからこそ気持ちが悪い。赤の他人のはずなのに俺のことを知っているこいつは。
「お前、そこまで知ってるって何者だよ。どこでそんな情報を…」
「私ですか?私はハルって言います!なんで知ってるかっていうと…名刺名刺」
ハルと名乗ったそいつは再びバッグの中を探る。こっちは緊張感を持って対峙しているのに、緩い空気で対応されてどうにも調子が狂う。
仕方がなくその様子を見守っていると、見つけたらしい名刺を差し出してくる。が、その紙の上には解読不明の記号の羅列。首を傾げると、白い手が伸びてきて名刺を覆い隠す。そして手が退いた後にはしっかり漢字が並んではいた。並んではいたいるが、理解はできない。マジックのようなことが起きたからではない。
『魔界 不幸営業部 下級悪魔 ハル』
なんて頭の悪い言葉が並んでいたせいだ。
「キイチくんを不幸にするために来ました!一生懸命頑張ります!」
「帰れ」
「もう憑くって決まってるから帰れません!」
「いい大人が頭悪いこと言ってんじゃねーよ!こんな玩具みたいな羽まで付けやがって!」
「オモチャじゃないです!ほんもの…あっ痛い痛いっ!引っ張らないでください!取れて死んじゃったらどうするんですか?!」
「死んだら俺の前から消えるな。よし」
「へっ?!あ、ダメダメ!ほんと死んじゃいますからぁっ!」
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そんなドタバタな出来事から数カ月。ハルは相変わらず俺の周りを飛んでしょうもない悪戯を仕掛けようとしている。ハルのすることなんてテレビのリモコンを隠すとか本当に下らないものばかりだけれど、不幸にすると言い出す存在を隣に置いとくべきではないのは確かだ。
けど。
「いいお天気ですね!のんびりしたくなるような、」
「仕事だけどな」
「…キイチくん。そんな空気の読めないこと言ってたら嫌われちゃうよ?」
日が経つほど、その嫌われるべき存在が居る毎日が面白くなっている。よく笑って、失敗して泣いて、隠し事が苦手。白い肌や雰囲気とはそぐわない黒の羽を持つハル。
今もまた、悪魔なら喜ぶべきことを心配をするハルをしょうがないやつだと心で笑って、少し空中に浮いて同じ高さになった頭を小突いた。