代表全4チーム決定!
再び山形県N市 松浪のアパート
『序盤から荒れた試合でした。初回の表に3点、その裏5点、2回表裏はお互い2点ずつ、3回の表にも2点…、と、0が入るどころかお互い2点以上の複数点を取り合う試合でした。しかし中盤以降は村山キーストーンズの2番手・袖崎と立ち直りの兆しを見せた酒田ブルティモアズのエース・荒瀬の両投手の好投で試合が落ち着いた…、かに見えましたが、4回の裏に酒田ブルティモアズはその袖崎投手を捉えて10対7と勝ち越し。点を取られながらも踏ん張ってきた袖崎投手でしたが6回の裏には2アウトから酒田ブルティモアズの1番・鵜渡河原の大会第13号となるソロホームランと投球では自らの制球難と相手の選球眼・集中打に苦しめられてきたエースで4番の荒瀬自らのタイムリーで12対7とその差を5点に広げました。村山キーストーンズがキッチリ7安打で7点、酒田ブルティモアズは18安打で12点。どこまで追い上げるか…、これから7回の表、5点を追って村山キーストーンズの攻撃です』
竜田揚げを2度揚げている松浪には、今のテレビの音声が両耳の間を通るだけだった。作業に集中していたので、意識的には聴いていなかった。
再び山形県H郡N町 羽前球場
「正直、ここで終わって欲しい気持ちもあるけど、あの櫤山の癖のあるフォームをもっ回見たい気持ちもある」
「そうだよな…、何かちょっと複雑」
「でもどうなるかはこの回次第だよ。5点取らなきゃ、櫤山はマウンドに上がれないから」
複雑な思いを抱えていた永田と情野に、平山がこう言ったことで、
「ぐあああそっかあ…、でも荒瀬さんがこれ以上失点する姿見たくないからなぁ…」
「だからどうなるかはこの回次第だよ、って言ったの。今はまずこの回の攻防を見届けましょ」
「だな…。それが1番の最善策だもんな…、あっ」
現実を突きつけられて更に迷う永田と、説得する平山。これに納得する情野。その情野がペットボトルのお茶を飲もうとしたが、知らない間に全て飲み干していた様だった。
「プレイ!」
7回の表、5点差を追って村山キーストーンズの攻撃が始まる。
―5点差か…。満塁ホームランでも追い付かないもんな…。兎に角ランナーを貯めて繋ぐしか…、
ドン!
「!?」
3人が同じようなことを考えていた時、目の覚めるようなミットの音が響いた。
何が起こったのか、3人は同時にスコアボードの速度表示を見遣る。
「ストライーク!」
「…145km/h…!?」
「フォーム戻したのか…!?」
「本人の最速で且つストライク。この試合、スピードが出れば出る程制球が全然利かなかった彼が、このスピードでストライクを取れた…。しかしもっ回見てみよう」
速度表示の数字に呆気に取られる永田と情野、尚も冷静に分析を進める平山。しかし最後の発言に永田が、
「何で?」
と訊くと、
「もうちょっとじっくり見たくて」
平山はこう返した。
ドン!
「ストライクツー!」
「…やっぱり。荒瀬はあの修正中の3イニングで、コントロールについて何かヒントを見つけたんだ」
「ヒント?」
情野が訊くと、平山は続けた。
「うん。あのステップとテイクバックを小さくして球威を抑えていたあの3イニングで、恐らく何かを見つけた。ステップ、テイクバック、球威…、小さく、或いは抑えていた物を今こうして開放しているということは、この何れかでコントロールの改善に繋がる物を彼なりに見つけたということだ」
ドン!
「ストライクスリー! バッターアウト!」
「うん…、ステップも良い、リリース位置もばっちりだ。コントロールを良くした今の彼にこの球威なら、相手にしてみれば脅威だから簡単には打てんだろう」
「最上オールラインズ戦の時と同じピッチングに戻ったわけか」
「えっ?」
永田、及びN`Carsのメンバーはその時練習をしていて、その後にAMラジオで7回の表の攻防を聴いたのみで知らなかったので平山と情野の会話について行けなかったが、最上オールラインズ戦の時の荒瀬は、この試合の7回の表と同じピッチングをしていた。それも初回から、この試合の中盤に見せたような小細工無しで―。
ドン!
「ストライーク!」
―成る程な…、それなら納得いく。後から聞いた話その試合でも無四死球試合だったらしいけど、このピッチングが背景にあったわけか。
左足の爪先を構えられたキャッチャーミットに向けて、最も良いとされるリリース位置から球威全開で重みのあるボールを投げる荒瀬を見て、永田は平山と情野の会話の意味も納得した。
「てか何気櫤山打席入っているのね」
「もう追い込まれてんじゃん」
「これ…5点差だけど打席入ってるってことは追い付いた場合、もう1回投げるってことかね? そうで無ければ代打でも良いけど」
バシィ!
「ストライクスリー! バッターアウト!」
平山、情野、永田の3人が打席の櫤山に注目したが、その櫤山はあっさり三振に倒れた。と、ここで永田の疑問に平山が答える。
「控えの投手がどの程度いるか。もう既に先発エースの戸沢も2番手の袖崎も使っちゃったから、後は櫤山と…、いればそれ以外の投手陣。先攻チームがビハインドで最終回を迎えた場合、まず追い付いて負けを回避して、その上でリードを奪って、裏の守備を守らなきゃいけない。となると、その裏の守備で投げる投手が最低1人は必要になる。ここで代打を出すと、そこでその裏の投手も交代ということになるから、そう言った先のことも踏まえて選手起用しないといけない。もう既に今投げているピッチャーで最後なのに、その人に代打を出して、チームが逆転した後、本当の投手がいないという緊急事態に陥ったチームも過去にはいるからね…」
「確かそれ、所謂野手ピッチャーを継ぎ込んでどうにかしようとしたんだよね…」
「うん…でも結局再逆転負け」
平山の回答に情野も入って、永田は、ああ、そんなこともあるんだ、と納得した。
―てことは…、ここで櫤山を打席に行かせたのは…、村山キーストーンズなりに試合を捨てたわけじゃないってことか。
『1番 ショート 楯岡』
「そういや今気付いたんだけど…、この回の酒田バッテリー、6球全部ストレートを配球してる」
「えっ」
平山の一言に、情野も永田も食い入る様に荒瀬・飛島のバッテリーを見つめた。
モーションに入る荒瀬。その目付きを見て、平山はもしかして…、と思い始めた。
そもそもこの試合は、楯岡への四球から始まった。大荒れ試合の引き金ともなった、自らの制球難を切っ掛けとした乱調が招いた四球…。荒瀬はそれを何とかしようと…、選ばれた相手にもう1度大荒れ試合の引き金を引かせまいと、この回は、自分のベストピッチングで抑えようとしているのではないか、だから全球ストレートの配球なんじゃないか、と。
ドン!
「ストライーク!」
「やっばいな…」
「これまさか全球ストレートで締める気じゃ…」
荒瀬のストレートに呆気に取られる情野と永田。
「オレさっき、相手にしてみれば脅威だから簡単には打てんだろう、って言ったけど、それが今の楯岡のスイングに顕れている。明らかにストライクボールなのにわかっていても打てない。序盤、中盤の荒瀬と今の荒瀬は違う。この回の荒瀬のボールを見せ続けられた彼らにとっては、頭の中はパニック状態だろう」
平山の解説に、呆気に取られたままではいたが2人は納得した。
ドン!
「ストライクツー!」
「これマジだよ…」
「うわ…」
2人は、本気の荒瀬のボールはこれなのか、と。そして打席の楯岡も、何なら村山キーストーンズの選手たちも、同じことを考えているだろう、と。揃って思った。
バシィ!
「ストライクスリー! バッターアウト!」
空振り三振、試合終了―。荒れに荒れた試合が、漸く終わった。
フォロースルーの余勢でバックスクリーンのほうを向いた荒瀬だったが、歓喜に沸く様な表情では無かった。他のメンバーが歓喜の輪を作ろうとマウンドに集まる一方、荒瀬だけは、1人沈んだ気持ちになっていた。それは、バックネット裏から観ていた3人にも察知されていた。
―納得行かないもんな…、あの投球じゃあ…。
―だろうな…。出来の悪いものを見せてしまったのに結果が良くても喜べないもんな…。
―ストイックだなー相変わらず。まあ今日の投球ではそれも仕方無いけど。
情野、永田に続き、平山も彼のこれで満足しないひたむきな姿勢を読みつつ、彼の気持ちも同時に受け取っていた。と、
1人、マウンドから外れてホームプレートのほうへ向かう荒瀬。それを見て歓喜を止める酒田ブルティモアズの他の選手たち。荒瀬は振り向きざま、
「早くするよ。相手にも失礼だしもう夜だ。並ぼう」
と言った。
「…だな。あの内容じゃ諒が喜べないのもわかるな」
「ああ」
「早く並ぼう。オレらも荒瀬に続くぞ」
荒瀬の意図と理由を察知した飛島、上田、鵜渡河原に続き、他のメンバーも続々とホームプレートに向かって走って、整列した。
「12対7で、酒田ブルティモアズの勝ち。ゲーム!」
「ありがとうございました!!」
カクテル光線が照らす球場に、試合終了を告げるオートマチックサイレンが鳴る。




