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The Baseball Novel  作者: N'Cars


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90/136

層の厚い打線と個性派リリーフ

「さて…、漸く6回の裏か」

「今度はこっちだな…」

「村山キーストーンズは兎に角ここを無失点に抑えないと勝機無いよね…、そうなると彼がどこまで頑張るかだな…」


 情野、平山、永田の3人が次に注目したのは、今マウンドに立った村山キーストーンズの2番手ピッチャー・袖崎である。2回途中から救援(リリーフ)した彼は、5回まで投げて3点こそ取られているが、自宅でテレビ観戦していた松浪が内心で言う様に良いボールを投げていて、序盤に大荒れとなったこの試合、最初にスコアボードに0を点けている。


 左のオーバーハンドから投球練習を続ける袖崎。10対7、6回の表までで村山キーストーンズにとっては3点ビハインドのこの回の守備は重要になってくる。となれば、確実にある後の攻撃が7回の表だけなので永田の言う通りここを0に抑えて次の回の攻撃をやり易くしなければならない。5回の裏の2アウト満塁のピンチを無失点で切り抜けた様に、袖崎ほか守備陣が粘って無失点に抑えるか、一方の酒田ブルティモアズは勝ち越した後突き放し損ねた5回の裏の攻撃をカバー出来るか、この2点に6回の裏のポイントは絞られた。


 その袖崎が、先頭、2人目と、テンポ良く打ち取って2アウトとする。


「やっと大人しくなって来たか…」

「そうだね…、ただ完全に大人しくなったかはわからないよ。こっから再び上位だから。無事鎮めたまま7回に繋げれば良いけど」

 情野と平山の言う通り、この試合の雰囲気も大人しくなる傾向にあった。そんな中、


―良いピッチャーだなあ…。もしウチがどっかで対戦してたら…、下手したら手こずってたかもなあ…。


1人、自分たちのチームと袖崎との対戦を空想する永田。その空想している時も、どこか落ち着いた雰囲気の中でやっていた。




再び山形県N市 松浪のアパート




『1番 レフト 鵜渡河原』

 

テレビから聴こえる音声を聴きながら、松浪は夕飯の支度を着実に進めていた。

―法連草とウインナーの炒め物、豆腐と乾燥わかめの味噌汁は並行作業で進めて完成したから、後はこれだけだ。


 松浪の目線には、揚げ物用鍋に入った油でピチピチと揚げられている物が。先程まで冷凍されていた刺身を解凍した後で、調味料を全体に行き渡らせた上で片栗粉を塗して揚げていた。この時点でわかった人もいるかもしれないが、松浪は冷凍刺身を使って竜田揚げにしていたのだ。


『簡単に2アウトを取ったマウンド上の袖崎投手。しかし酒田ブルティモアズは再び上位、これから5巡目に入ります』

―5巡目って…。凄いな。

 少しずつ揚げては揚げ終わった物を菜箸で揚げ油から引き揚げて、油切りバットの上に少しずつ置いて行く松浪。揚げ物からバットの上部の金網を伝って、揚げ物に若干残った油が下のバットに滴る。

 半分位までこのペースで竜田揚げを揚げ終えた時、


キィ―ン!!


矢鱈と甲高い金属音が響く。


「えっ!?」

 松浪は菜箸を持ったまま思わず振り返る。


『捉えた当たり―、レフトへ大きい――っ!! レフト碁点(ごてん)、バックバック!!』


トン…!


碁点が貼り付いたレフトフェンスの先の芝生で、白球が弾む。


『入った―――っ!! 1番鵜渡河原、大会第13号のホームラ―ン!!』

 鵜渡河原がゆっくり2塁から3塁へ、そして3塁を廻る。

『左バッターが左方向へ鮮やかな1発でした!! チームとしては大会第4号を打った荒瀬以来2本目のホームランで酒田ブルティモアズ、11対7とリードを広げました!!』


―やっぱり。鵜渡河原って(りく)さんだ。間違い無い。昔から見ていてずっと思うんだけど、今は荒瀬さんが4番打ってるけど、何で4番打っても良い筈の陸さんが1番打ってんだろ…?


 鵜渡河原がホームインする瞬間までテレビに注目していたが、途端に聴こえて来た揚げ油の音に我に返った。

―あ、いけね。揚げてたんだ、油物で目が離せないというのに。いかんいかん、集中しよう、集中…。

 作りかけの竜田揚げは半分程残っている。何なら揚げている途中の物もある。しかも菜箸は先端が揚げ油に浸かっていた。


 松浪はすぐに作業を再開して、気持ちを入れ直した。これを読んでくださっている読者の皆さんも、揚げ物を調理する時は特に気を付けよう。


『2番 ファースト 平田』


カキ―ン!


『1・2塁間抜けたっ!』


『3番 キャッチャー 飛島』


バシィ!


『アウトコース僅かに外れてボール、これでフルカウントになりました。1塁ランナーの平田は次の投球と同時にスタートを切ります』


『第6球…、1塁ランナースタート!!』


キィン!


『強い打球、三遊間抜けたっ! 1塁ランナー平田は一気に3塁へ! 2アウトランナー1塁3塁のチャンス!!』


『4番 ピッチャー 荒瀬』


キィン!


『初球打って、センター前―っ! 3塁ランナーホームイン、12対7!! 5点リードに変わって尚も2アウト1・2塁!!』


 この間、松浪は集中していた。只管、自分のやるべき作業に集中していた。それらが一旦終わって火を止めた時、ふぅっと一息ついた。そして、聴こえて来た音声の方向にゆっくりと向いた。


『尚も2アウト1塁2塁の場面…で…? 村山キーストーンズピッチャーを代えます! 2番手袖崎もマウンドを降ります!』

―ピッチャー代えちゃうんだ…。彼良いボール投げてただけに、惜しいな…。

 球場内からも惜しまれつつ代わる袖崎と次のピッチャーが、1塁側のフェアライン際で擦れ違う。松浪は竜田揚げが全て2度揚げしていないのに気付き、再び作業に集中し始めた。




再び山形県H郡N町 羽前球場




『村山キーストーンズのピッチャー、袖崎に代わりまして、櫤山(たもやま)。9番 ピッチャー 櫤山。以上に代わります』


 マウンド上には背番号16番のピッチャーが立っていた。彼も左の様だが…?


「えっ、何だあのフォーム!?」

「何これ!?」


パシィ。


 セットポジションから投球練習する櫤山のフォームを見て、驚愕するお客さんがちらほらいた。情野と永田もその例には漏れなかった。


「どっち? サイド? アンダー?」

「…さあ…?」


 永田と情野が、櫤山の投げるフォームに困惑している中、平山は冷静に彼の投球を分析していた。


「…サイドだな」


 平山はサイドハンドだと断言したが、しかし、


「えっ?」

「アンダーに見えなくも無いけど」


永田と情野がすぐに疑問を投げかけた。


「良く見てみ」

 そこで、平山は次の投球練習の時にフォームを見る様2人に言った。


 始動、テイクバックに入る。

「このテイクバックの時に、左腕を大きく真上に上げる…」


体を沈みこませながら左腕を振り下ろすと同時に、右足を前方へ強く踏み込んで体重移動する。

「左腕は上から被せる様に振り下ろすのではなく、アンダーの様に下から潜り込ませる様に振り下ろす」


左腕が体と平行線に並んだ時に振る向きを横に変えてリリース。そしてフィニッシュ。

「ボールをリリースした位置も横で、何ならフィニッシュの時も左腕を横に振った余韻が見える」


「「本当だ…」」

「テイクバックの位置とフォームの前半でアンダーと錯覚しただけだと思う。確かにそのまま振る向きを変えずに斜め下からリリースすればアンダーだけど、途中で体の横でボールをリリースする様に振る向きを変えて、横に腕を振ってリリースしているからサイドハンドだよ」

―へぇ~…。


 一旦は納得した清野と永田だが、平山にアンダーハンドと錯覚した理由まで補足されて、再度納得させられた。


パシィ。


「でも球威無いね」

「それは仕方無い。元々球威が出にくいフォームなのだろう。まあサイドもアンダーも、オーバー程球威が出るフォームじゃないけどな」


 情野と平山が話した時に、櫤山が投球練習を終えて、ネクストバッターの上田が打席に入る。


『バッターは 5番 セカンド 上田』

「6回裏、2アウト1・2塁。プレイ!」

―でもランナーいてあんな大きなモーションで大丈夫か…? 況して左ピッチャーだぞ…?


 永田が状況に対する大きなモーションに懸念を抱える中、櫤山がセットポジションから先程説明した独特のサイドハンドで第1球を投げる。


キィン!


 初球から行ったがセカンド正面のゴロ。セカンドが落ち着いて捌いてファーストへ、3アウト。

 尚も続いたピンチだったが、1球で片付けた櫤山。永田の心配は杞憂に終わった。


「中々癖のあるフォームだったな」

「1球で終わったのが勿体無いね」

「あとは7回表か…今日の様子じゃ5点差はセーフティーリードとは言えないだけに、どうなるか楽しみだな」


 永田と情野が、櫤山の見せ場が極僅かだったことを惜しむ。長く荒れた試合も、平山の言う通り後は7回の表の攻防を残すのみだ。


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