打撃戦の痕跡
5回の裏、酒田ブルティモアズは2アウト満塁のチャンスを迎えた。4回に続き複数得点なるかという場面で、打席には7番の本楯を迎える。
先程の回の守備を三者凡退で抑えた後のチャンスだけにムードも良い。逆に村山キーストーンズとしては、2回の途中から背番号10番を付けた2番手ピッチャーが登板しているが、味方打線が抑えられているだけに兎に角無失点に抑え続けて反撃を待ちたい場面。
どちらに飛ぶかわからない、ギリギリの雰囲気で盛り上がっている…、のを聴きながら、古い布巾と古い歯ブラシを洗い終えて片付けた松浪は、手を洗った後、米を研いで、炊飯器にセットしてスイッチを入れた。
カキ―ン!
「!?」
『痛烈―っ!』
バシィ!
『捕った―――っ!! セカンドダイビングキャッチ、ファインプレー!!』
痛烈なピッチャー返しだったが…、センターへは抜けず。村山キーストーンズの二塁手にこのライナーをダイビングで好捕されてしまった。
―ああ…、点ならず…、か…。
松浪は一瞬嘆いたが、すぐに次の行動をすべく冷蔵庫の扉を開けた。
―夕飯どうしよう…。筋子はご飯の友にして…、後は豆腐…、実家から前に送られて来た乾燥わかめが残っているからそれと合わせて味噌汁…、
と考えていたら、冷蔵庫から長時間の扉の開放による警告音が鳴った。
「うわ」
我に返ったように咄嗟に扉を閉めて、それから考え直した。
―今パッと浮かんだおかずが法連草とウインナーの炒め物なんだが…、それだけじゃ絶対足んねぇよなぁ…。やっぱ主菜要るわ…。何すっかなぁ…。
松浪が夕飯の献立を考えるのに明け暮れていた時、テレビでは5回までの試合のハイライトが始まっていた。
『まずは初回、村山キーストーンズの攻撃。酒田ブルティモアズの先発は今日で3連投のエース・荒瀬投手でしたがその荒瀬投手の制球が定まりません。制球難につけ込んでチャンスを作ると2本のタイムリーヒットで3点を先制。村山キーストーンズは初回2安打ながら3点を先行します』
スコアボードの1回の表と合計得点の枠にそれぞれ3、ヒットの枠に2がそれぞれ灯る。
『しかし取られてすぐの1回の裏、酒田ブルティモアズは反撃します』
カキ―ン!
カキ―ン!
カキ―ン!
カキ―ン!
『集中打を浴びせて一挙5点を奪う猛攻で逆転します。打者一巡の攻撃でしたがこの試合はそれで簡単には終わりませんでした』
―ここ凄かったな…。これで荒瀬さんが完璧だったら…。
『その後すぐの2回の表の攻撃。またも制球難につけ込んでチャンスを作った村山キーストーンズは初回と同様2本のタイムリーヒットで5対5の同点。お互い攻守とも中々落ち着かない展開になって来ます』
―この辺からバスの中でも酒田ブルティモアズの守備の度に空気重くなってきたもんなぁ…。皆荒瀬さんが何でこんな状態悪いんだべ、って思ってたもんなぁ…。
『取ったら取り返すという展開が続いた序盤、その裏の酒田ブルティモアズも取り返します。こちらは初回と同様集中打で今度は2点を勝ち越して7対5、そして尚も2アウト1塁2塁とチャンスが続いた場面で村山キーストーンズは早くも2番手ピッチャーにスイッチします』
―そうそう、ここでエースピッチャーから今投げてる左の10番にスイッチしたんだよね…。
彼点は取られてるけど良いボール投げていて救援投手としては良いのかも。
『この2番手のオーバーハンドサウスポー・袖崎が尚も続いたピンチを確りと抑えます。火消しに成功した村山キーストーンズは直後の3回の表、2アウト2塁3塁とチャンスを作って、』
カキ―ン!
『まずこのレフト前タイムリーヒットで1点を返すと、』
バシィ!
ドン!
『尚も制球難が続く荒瀬から2者連続四球を選び押し出しで同点。この回までに打たれたヒット5本は全てタイムリー、その上9個の四死球を与えるなど苦投が続いた荒瀬投手。尚も満塁のピンチが続きましたが、』
キィン!
パッ。
『後続のバッターはセカンドフライに打ち取って同点止まり。その裏、袖崎投手は酒田ブルティモアズの攻撃を無失点に抑えて、両チーム通じてこの試合初めての0が点きます』
先程から松浪は手が止まっていた。夕飯の主菜を考えている時に手が止まったので目も手も離せない様な状況では無かったが、物事への意識がテレビに集中していた。
『一方の荒瀬投手も4回の表の村山キーストーンズの攻撃を無失点に抑えて、試合が小康状態になったかに見えましたがその裏、酒田ブルティモアズの打線は代わってから好投していた袖崎投手を捉えます。中軸から下位に繋がるこの回に一挙3点を挙げて、10対7と勝ち越しに成功します。そして5回の表、荒瀬投手はこの試合初めて村山キーストーンズの攻撃を三者凡退で抑えます。こうなるとムードは徐々に酒田ブルティモアズのほうに傾きつつあります。その裏、再び袖崎投手を捉えて2アウト満塁と攻め立てましたが、』
カキ―ン!
バシィ!
『ここは味方のファインプレーもあって袖崎投手が踏ん張って無失点に抑えます』
『…という5回までのハイライトでした』
―あ。
ハイライトが終わったと同時に、松浪は我に返った。すると再び冷蔵庫のほうを向いて、一番下の冷凍庫の扉を開けた。
―冷凍してあった刺身…、そうだ、おかずがない時に何時でも食べられるように保存しておいたんだっけ。
今日の夕飯の主菜はこの冷凍刺身を解凍調理すると決めた。夕飯のメニューがすべて決まった松浪は、さっそく調理に取り掛かった。




