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The Baseball Novel  作者: N'Cars


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86/136

大黒柱に与えられた試練

山形県N郡S町 国道287号線・348号線




 永田を除くN`Carsのメンバーを乗せたマイクロバスは、両側に田畑が広がる国道の直線(ストレート)を走っていた。この開けた道を真っ直ぐ行くと、途中で白鷹から長井に入る。


 だが、景色が開けているのに対して、マイクロバスの中にいたメンバーの表情は曇っていた。中でも松浪は、一際その表情が暗かった。と言うのも…。


―こりゃ駄目だ。完全に悪い時の荒瀬さんだ…。


自らが知る投打ともにチームの大黒柱とも言うべき強豪チームのエースピッチャーが、代表決定戦で苦戦を強いられているのである…。


『3回の表、村山キーストーンズはまたも得点のチャンスを掴みました。7対5、2点を追う攻撃は2アウトランナー2塁3塁と一打同点のチャンス。この試合、序盤からコントロールに苦しむ今日で3連投の酒田ブルティモアズのエースピッチャー・荒瀬 諒、まだ3回の途中ですが既に80球を費やしました…。その制球難で貰ったチャンスを活かして村山キーストーンズ、ここまで4安打ながらも5点を奪っています。ここも貰ったチャンスを活かせるか、それともコントロールに苦しんでいる荒瀬ですがここを抑えるか、セットポジションから第1球を投げました』


カキ―ン!


『三遊間、抜けた―っ! 1人還って来た、2人目は!?』


バシィ!


『3塁ストップ。レフトの鵜渡河原(うとがわら)から良いボールが還って来ました。しかしながら1点を返して尚も2アウト1・3塁、同点のランナー3塁、そして今度は逆転のランナーが1塁にいます。ここでタイムを掛けて…、キャッチャーの飛島がマウンドに行きます』


―これ修正出来るんだろうか…。飛島さんもこうなった時の荒瀬さんには手ぇ焼いたって言ってたからなぁ…。

 松浪は自分の記憶から今の荒瀬では修正出来ないのでは、という懸念があった。そして案の定…。


バシィ!


『フォアボール!』

―あーもう駄目じゃん…。

『アウトコース外れて今日荒瀬8つ目の四死球。2アウト満塁、同点のランナー3塁、そして逆転のランナーも得点圏の2塁に行きました』

自分が懸念した通りの結果になってしまった。…と、マイクロバスが長井橋の東側、いつものグラウンドに繋がる道の前でUターンして停まった。


―え、もう着いたのかよ…。何かもやもやするなあ…。

「良し皆、速やかに道具と荷物降ろすで」

 関川がN`Carsのメンバー全員に指示している間、マイクロバスの運転手はハザードランプを焚いて、乗降用のドアを開けた。

 松浪、というかN`Carsのメンバー全員は多かれ少なかれ中途半端なタイミングでラジオ聴取が終わってしまったこともあってもやもやした気持ちだったが、ここは公道の上である。全員、速やかに行動を済ませて迷惑が掛からない様にして、次の行動へと移った。




再び山形県H郡N町 羽前球場




―おいおい大丈夫かこれ…。

―やべーじゃんかよ…。そろそろ救援投手(リリーフ)送ったほうが…。

―こんなに酷いとは…。多分自分が一番信じられないんだろうけど、ブルペンに誰もいないとは…。


 羽前球場のバックネット裏のアルプススタンドから、この試合を初回からリアルタイムで観ていた情野、平山、永田の3人も、序盤から苦戦を強いられている荒瀬の姿を目の当たりにしていた。

 いや、試合以外の何かだろうか。この試合に勝てば彼らは4年振り11回目の全国大会だが、その緊張(プレッシャー)だろうか…。

 そこまでヤワでは無いとは思うが、可能性が無いわけでは無い。何れにせよ、この3人をはじめこの試合を何らかの形で観ている人聴いている人全員が、こんなに荒瀬が、酒田ブルティモアズが苦戦するとは、思いもしなかった…。


 重苦しい雰囲気の中、平山が会話を切り出した。

「荒瀬が特にコントロールで苦心しているっていうのもあるけど、今日の相手の村山キーストーンズさんは選球眼が良い。情野と永田は既知かもしれないけど、彼らは前2試合を打ち勝って来たチーム。ただボールを打ってヒットを重ねて来ただけじゃなくて、確りとストライクとボールを見極めてストライクだけを振っている。荒瀬はボールにスピードがあって重みもあるから多少のボール球でも打者(バッター)は思わず振ってしまうけど、彼らはそういう球でも確りと落ち着いて見分けられているんだ。ほら、今もボールカウント2-2だけど、ボール球は落ち着いて見ているだろ?」

「そう…だね…」

「ちゃんと見てる…釣られもしない…」


 情野と永田がそれぞれ平山の会話に相槌を打つ中、セットポジションから荒瀬がボールカウント2-2からの第5球目を投げる。

バシィ!


「決まったか!?」


「ボールスリー!」


「「「ボールゥ!!?」」」


―今のアウトコース一杯のストレートがボールって…、結構際どかったけど取って貰えなかったか…。

―今日の篠村球審の判定が辛いような印象にも思えるけど、今のはどっちとも取れるボールだった。つまり両方ともコールされてもおかしくない。それがボールになったのは…、おそらく今日の試合、序盤からコントロールが良くなかったからこれは外れているという先入観で判定(ジャッジ)されてしまったのだろう。

―今ので決めたかったな…。フルカンになってしまったから押し出しは出来ない…、やれば同点になっちゃう、かと言って真ん中へ投げればそれこそ逆転…。自分ならどこへ放ってもヤバいことになりそうだな。


 情野、平山、永田がそれぞれ今の判定に三者三様の心理を見せる。このうち永田が内心で語ったように状況は1点差、2アウト満塁でボールカウントは3ボール2ストライクのフルカウントなので、ここからボールを投げてしまえば押し出しで同点、真ん中へ放ればランナーは投球と同時に全員一斉にスタートを切るからシングルヒットでも逆転される危険性がある。


「しかしこの球さえも見送ったということは…、おそらく篠村さんはこのコースは取らないという判定(ジャッジ)の傾向を掴んでいるんじゃないかな。何なら試合前に…」

「でも際どいのはカットしないと…それこそ…」

「永田の言う通り、それが最善。でもそれなら彼らだって最悪カットしている。それを見送ったということは…、則ち彼らは余程の目利きが良いということ。それだけ自分たちの選球眼に自信を持っている証拠だ」

「こんだけ際どいのを自信持って見送られて、その上でボールって言われたら嫌だな…」

「…確かに」

―まあ情野は本職だからわかるか。


 平山の鋭い分析とそれを基に彼らが…、特に村山キーストーンズが試合で()()()()()()の恐ろしさに、情野が、続いて永田が恐れ戦いた。平山は相槌まで含めて至って平常に言っており、情野のコメントに対しても確かにと返しただけだったが、それがかえって後の2人を恐れ戦かせる結果となった。


―三振がベストだが。

―打たせて行けば…。

 三振を取るスタンスの情野と、打たせて取るスタンスの永田が、それぞれの立場からこれがベストだと思う投球(ピッチング)を考える中、荒瀬が6球目のモーションに入る。


 ランナー3人はモーションと同時にスタート、2アウト、フルカウントからの6球目が投げられる―。

ドン!


「ボールフォア!」

「「あ―――っ」」


 無情だった…。最後のボールも決まらず、押し出し四球(フォアボール)となってしまった…。情野と永田は嘆き、永田はその後右手で頭を抱えてしまった。

 オートマチックスタートでスタートを切っていた3塁ランナーは押し出しでそのままホームイン、7対7と2回に続き3回も再び同点に追い付く。


―こりゃなるべくしてなった結果だな…。次1点でも入ったらそれ以上引っ張れないぞ、嫌でも交代だ…。さすがに酒田ベンチの本間監督もそのくらい考えてるでしょ。

 3回にして既に9個もの四死球を与えてしまった荒瀬に対して平山も中々辛辣な気持ちになった。しかも尚満塁、まだ3回の表が終わってない。そして今度は勝ち越しのランナーが3塁にいる。


「もうこうなれば…、形関係無く次1点入った時点で交代でしょ」

 平山が辛辣な気持ちのまま、2人に話しかけた。

「やっぱそう思う?」

―だよなあこの試合…。初回からずっと複数得点、0が入ってないもん。どっちも早めに抑えるイニング作らないと自分たちの野球が確実なものに出来ない。

 永田も同じような気持ちでいた。しかし情野はそこから1歩踏み込んでいた。

「でも代わるなら代わるで、その救援投手(リリーフ)が確り抑えなきゃ駄目でしょ」

「それはそうだ。だから…、今打席に入ったこのバッターで起きたこと次第で決めると思う」


 平山が見つめる先には、同点のホームを踏んだ3塁ランナーと擦れ違った選手(プレーヤー)が、バッターボックスに入っていた。このバッターの打席で何かあって1点入れば、そこで交代…、この台詞はそういう意味だった。


「続投か…」

「でも形関係無くってことは、バッテリーミスでも、味方のミスでも1点入り得るわけだから、否応無しにそこで交代ってことだよね?」

 尚もマウンドに立ち続ける荒瀬を引き続き観る情野と永田。永田は情野に相槌を打ちつつ、平山に質問した。

「まあそういうことになるね。球数も100近いから、疲労を考えても、試合展開を考えても、ここが1番キリの良いタイミングになると思う」

 平山の回答を聞いた情野と永田。

―ボール球で勝負し辛いからなぁ…あんだけボールが暴れてたら…。ストライクきっちり入る様ならそれも出来るけど、今日の様子で抑えられんのか…?

四球(フォアボール)の後は初球が狙い目と言うからな…。満塁じゃストライク投げるしかないけど、かと言って甘く入ったら狙われて、そこで交代だもんな…。


 両者、ともに苦しい心情だった。いや、一番苦しい心情であろう荒瀬・飛島バッテリーが何を選択してどこに投げるのか…、それを只黙って見守るしかなかった。


 3人が見守る中、荒瀬はセットポジションから第1球を投げる。


キィン!


「初球から行った…が、詰まらせたか…」

「多分縦に沈む球。四球(フォアボール)の後なので初球(ファーストストライク)狙いなのを、敢えて沈めて狙いを外して姿勢を崩させてボールの下を振らせたか…」

「伸びないか…これだけ詰まってたら…。でも捕って貰えなかったらそこで交代だが…」


 情野、平山、永田の3人が語るように、荒瀬・飛島バッテリーは初球を上げさせて、打球としては打ち取った。セカンドの上田が土と芝生の境目で両手を大きく挙げて構えているが、捕って貰えるか。ランナーは3人とも打者が打ったらどんな打球でも走るので、捕れなければそこで失点、即交代だが…。


パッ。

「キャーッチ!」


「捕ってくれたか…」

「漸く3アウトか…」

「しかし随分時間のかかる試合になっちまったな…3回の表でこんなに消耗するとは…」


 上田が両手で確りと掴んで、3アウトチェンジ。酒田ブルティモアズの選手たちは一斉に駆け足で、上田もマウンドにボールを返してから3塁側ベンチに引き揚げる。永田は打球を捕って貰えたことに、情野は漸く3アウトになったことにそれぞれ安堵した。しかし平山の言うように、代表決定戦第4試合、村山キーストーンズ 対 酒田ブルティモアズの試合は、3回の表終了時点で7対7、只点を取り合っただけで無く、この時点で既に試合時間は1時間以上、荒瀬は球数90球以上をそれぞれ費やしてしまった。


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