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The Baseball Novel  作者: N'Cars
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草野球カップ・休養日 ~Off Shot~

 山形の出羽三山の1つ、羽黒山もこのインターチェンジから向かうことができる。朝日山脈を越えるまでは、暗闇の中でも聳え立つ山々の迫力を車越しに犇々と感じていた。それが段々平野部に近づくにつれて薄れていく代わりに、暗闇の中を走っているという、ある意味今まで以上に迫力を犇々と感じる空間の中を走っているのだ。

 庄内あさひインターチェンジを過ぎれば、今度は山形県の庄内地方にお住まいの方々にとってお馴染みの鳥海山と、これまたお馴染みの赤川に架かる熊手赤川橋を渡る。尚鳥海山は秋田県にも面しており、周辺地域に住む両県民にとって偉大な山なのだ。夜なのでヘッドライトが照らす情報以外わからないが、庄内地方出身の松浪はこの限られた情報、そして運転中という条件の下でも直感で鳥海山がある方角を言い当てることができる。

 この先櫛引パーキングエリアを過ぎた辺りまで下り坂は続く。下り坂をどんどん下りるにつれて、松浪も巻もどこか解放されたような気持ちになった。平野部に向かうにつれてそれまでどこか感じていたプレッシャーも取れて、更に道路環境も比較的ストレートが増えて、カーブも徐々にだが緩くなってきており、段々走り易くなってきていた。

―さっき休んだからなぁ…。でも巻さんどうすんだろ?

 その櫛引パーキングエリアが見えたところで、松浪は少し気がかりになった。自分は巻と最初に会った月山湖パーキングエリアで休憩したので寄るつもりはなかったが、巻がどうするのかである。寄らないという前提ではあったが、それだとこの先停まれるところはない。しかし巻も月山湖パーキングエリアで休憩した筈だから寄る可能性は低い…。

 悩んだ末、松浪は本線と櫛引パーキングエリアが分岐するギリギリのタイミングで、アクセルペダルをリリースせずにそのまま通過することを決めた。

 櫛引パーキングエリアからの合流車線が近づいた時、松浪はいつもの安全確認のルーティンでバックミラーを見た。

―あれ…?

 合流車はいなかったが、それよりもあることに着目していた。

―ん…? 待てよ…? あのライトがそのままついてきているってことは…、鶴岡までですね。

 バックミラーを通して見える独特の光り方のヘッドライトがそのまま松浪の後ろをついてきていた。巻の車はリトラクタブルライトなので、その独特の光り方から暗闇でもわかる。その上櫛引パーキングエリアの前後に追い越し車線が設けられているが、誰も右車線から追い抜かなかった。これらのことから、松浪は巻がそのまま後ろをついてきていると確信した。

―でも巻さん寄らなかったけどあの看板大丈夫だったかな…。

 松浪が言っているのは、櫛引パーキングエリア入口の少し前にあった案内看板。その上半分には、「ハイウェイオアシス」と書かれている。しかし実際にハイウェイオアシスがあるのは上り線のほうで、下り線は先程休憩した月山湖パーキングエリアと同じように、駐車場以外ではトイレと自動販売機があるのみで、決して大きくはないパーキングエリアである。「休憩する」という意味では確かにある意味オアシスである。

 また、この櫛引パーキングエリアは山形自動車道及び日本海東北自動車道の酒田・秋田方面の最終かつ庄内地方の有料区間で唯一のパーキングエリアだが、月山湖パーキングエリアから休憩なしで行くと65kmはノンストップで走行することになる。しかし松浪にしてみたら山形自動車道に入る直前のガソリンスタンドから50km程走って月山湖パーキングエリアで休憩したので、距離的には寧ろベストポジションで休憩できたのかもしれない。

 暫く走ると、120kmのキロポストが見えた。この辺りにまでなると、景色もだいぶ開けて、下り坂も落ち着く。

―もうそんな走ったのか…。

 思えばかなり走っていた。何しろ長井にあるN`Carsのグラウンドから山形自動車道の山形蔵王インターチェンジまで約35km、そこからここまで約80km走っている。時間に換算すると休憩込みで2時間は移動に費やしていることになる。

―10時…過ぎかな? まあ仕方ないけど。

 開けた庄内平野に土盛りで造られた山形自動車道を酒田方面に走らせながら、松浪は実家までの到着時間を予測していた。既に酒田まではもうあと20km程。

 すると近くに鶴岡インターチェンジまで2kmと、本線料金所の案内看板が見えた。そのすぐ先に、ゆずり車線という、進行速度の遅い車が速い車に道を譲る為の車線がもう1本増える。追い越し車線が増えたように思えるが、その先の車線減少の警戒標識にあるように左側の車線を走っている車を右側の車線に進路変更するよう促すあたり、追い越し車線が右側に増えたというより登坂車線が左側に増えたように思える。

 再び対面通行に戻ってすぐ、鶴岡インターチェンジの出口と本線料金所の案内看板が見えた。

―あ、そっか…。ここまでか…。

 松浪と巻が同じ方向に進めるのはここまでだった。というのは、この先に日本海東北自動車道に分岐する鶴岡ジャンクションがあるが、その鶴岡ジャンクションが山形自動車道の下り線からだと酒田・秋田方面だけにしか行けない、所謂2つに分岐できるうち、特定の方向にのみ行けるハーフジャンクションであり、新潟方面には山形自動車道から直接行けないのだ。その為巻はここで一般道路に降りて、国道7号線を経由してから日本海東北自動車道の鶴岡西インターチェンジで再び新潟方面に向かわなければならないからである。

―巻さん道中気を付けて。

 左ウインカーを出しながら鶴岡インターチェンジのランプウェイに向かっていく巻の車をバックミラー越しに見ながら、松浪は車を減速させつつ左手を挙げた。夜なのでヘッドライトを照らしていても巻が見えたかどうかはわからないが、松浪は帰りの道中で会った大きな先輩にできる限りのことをした。

 そのまま巻は鶴岡インターチェンジの料金所に、松浪は鶴岡トールバリアにそれぞれ減速させながら真っ直ぐ向かった。鶴岡インターチェンジで降りる場合は庄内あさひインターチェンジからここまでの料金を、そのまま通過する場合は鶴岡トールバリアで庄内あさひインターチェンジから、その先のこれまた料金所が設置されていない、現在は日本海東北自動車道の庄内空港インターチェンジまでの料金をそれぞれ支払う。

 時速20km/h以下に下げて、シフトレバーも1速に入れて、ETCレーンに進入した。ところが…。

―ん?

いつもと様子が違う。

―あれ? ちょっと待って? 何で?

ETCレーンの出口に設置されているバーが開かない。咄嗟に左足でクラッチペダルを目いっぱい踏み込んでクラッチを切って、右足もブレーキペダルに乗せ換えて目いっぱい踏み込んだ。車はバーとフロントバンパーの間隔が10㎝あるかないかの位置で停まった。

―え…、ちょっと待って? どうした?

 ETCカードを確りと車載器に入れた車が来ている筈なのに、通過できない。紅白の斜線の開かないバーを目の前にして、松浪は若干動揺していた。レーンの右端に設置された路側表示器には、無情にも『4輪STOP停車 2輪ETC退避』という2行の文章が表示されていた。

―何でだよ…。

 先程から両足はそれぞれクラッチペダルとブレーキペダルを目いっぱい踏んだままだったが、収拾がつくまで長引きそうだと判断して、不満顔でハンドブレーキを引くと、左手をそのままハザードボタンにもっていって、押した。一応は料金所の中なのだが本線料金所である以上車は本線車道の上にあるので、誤って後続車が入ってこないようにハザードランプを点灯させた。

 右手で窓を開けると、運転席のすぐ横にあったインターホンに顔を向けた。

「すみません」

『どうされました?』

「ETC開かないんですけど…」

 酒田まであと約17km。鶴岡トールバリアに設置された照明が各ブースのレーンとその前後を照らす中、1台の車がブレーキランプとハザードランプを点けて停車させていた。

―はー…。何でこんな目に遭うんだよ…。後続の皆さん来ちゃったら申し訳ない…。

 ETCレーンの電光掲示板は丸囲みの×印で『閉鎖中』に変わり、その下の青赤2色ランプの赤ランプも点灯した。結果として松浪は、思わぬ形で足止めを食らい、帰宅時間がさらに遅れる羽目になった。




翌日 日本海沖合




 山形の酒田港から沖合に数十kmの漁場に、松浪と前日海で釣りをすると約束した萩原と都筑の3人は1台の小型船舶の上にいた。N`Carsのメンバーで唯一小型船舶操縦士免許と特定操縦免許を持っている松浪の船でこの釣りスポットまで来たのだが、釣りを満喫している2人に対して、船の操縦士だけは凹んでいた。

 あの後料金所の職員の計らいにより、ETCレーンを抜けた後でどうにか現金で支払うことはできたが、未だに停まった原因がわからなかった。酒田では無事に通過できたが、それだけにあそこでバーが開かなかった原因がわからなかった。その上、帰宅時間も大幅に遅れてしまい、帰ると事前に言っていた両親に迷惑をかけてしまった。

―ふー…。余計に出費嵩んだよ…。

 萩原と都筑が釣りを楽しんでいる声を右から左にスルーさせながら、1人考えごとをしていた。

「響も釣んないの?」

「んにゃ、後で」

―ってさっき勝手に釣ってて良いよって言ったべ。

都筑の呼びかけに、松浪は空返事をした。

「どうしたっていうんだ? さっきから…」

「さあ…?」

アンタらが気にすることじゃねぇから黙って釣ってろよ―萩原と都筑の会話に、松浪は内心で強気で返した。

参った。この後車屋に行くのだが、元々予定していた出費に更に出費が嵩むと、明日の朝の行程に金銭的な意味で支障が出る。支障というか、無駄というか。折角北前球場で試合をするというのだから、球場の近くまで来てから練習して、それから試合に乗り込むという考えもあった筈。そうすれば1番無駄が少なくて済むのに。これ監督に言おうかな…。




山形県N市 永田家




「ふー…」

永田は1人横になって昨日一昨日の試合を反省していた。

―せめて何かできないかな…。

 2試合とも投打の内容が酷かった永田は、やれること、できることを探した。明日は片山が先発なのでおそらく永田は野手で先発する筈だが、あまりに酷い内容で、監督が果たして先発に起用してくださるだろうか。

―バッセン行くか…。

 取り敢えず、永田は自宅から最も近いバッティングセンターを探して練習することを決めた。




今日は休養日なので、N`Carsを含む勝ち残った16チームは各選手それぞれの形でこの日を過ごす。そして明日明後日の3回戦と代表決定戦に備えるわけだが、敗れたチームにとっては次の大会に向けて今回の大会で出た課題を修正して、さらにレベルアップする為の重要な再スタートの時期でもあるのだ。勿論それはどのチームも変わらない。

ただ、彼らの多くは社会人か学生であり、実際には仕事や学業に励みながら活動するというパターンが多い。そのような中でも、決して彼らが野球をやる上で決めた目標を忘れるわけではない。それどころか、寧ろ目標に向かって意欲を燃やして前に進んでいるのだ。それは勝っても負けても変わらない。そう、彼らも。




山形県O市 某郵便局




「配達に行って参ります」

「気を付けてな」

「はい」

 郵便局の制服を着た青年が上司に挨拶すると、ヘルメットを被って黄色のナンバープレートの郵便バイクに乗って、配達業務に出た。何をするにも堂々とした立ち振る舞い、野球のユニフォームから郵便局の制服に変えても変わらない一際目立つオーラ、そう、彼こそN`Carsが今大会初戦で対戦した中山越ナローズのエースで4番でキャプテン、山刀伐だ。

 山刀伐が勤務する郵便局には白色のナンバープレートが付いた排気量50ccまでの郵便バイク、今山刀伐が乗って出た黄色のナンバープレートが付いた排気量90ccまでの郵便バイクと、ピンク色のナンバープレートが付いた排気量125ccまでの郵便バイクの3種類あるが、山刀伐は原付二種免許を取得しているので全種類乗れる。

 山刀伐は自分の手足のように郵便バイクを走らせて、配達先に着いてからは郵便物をその建物の郵便受けに入れるか、そこにお住いの方が近くにいれば直接渡す。慣れた手付きで仕事を熟すが、それでも今大会1回戦で敗れた悔しさを忘れたわけではない。それでも今は仕事に割り切って集中した。

―次の配達先は…、延沢さんとこか…。




山形県O市 某ガソリンスタンド




 交通量もそれ程多くない対面2車線の一般道路沿いに、決して規模が大きいとは言えないガソリンスタンドがある。スタンドに設置された屋根、則ちキャノビーも小さく、給油機も1機しかない。そのスタンドに、中山越ナローズの9番ライト、延沢は働いていた。

「いつもの」

「はーい。軽油満タン、入りまーす」

 延沢に給油の注文をした後、乗ってきた会社のトラックから降りて休憩所に向かったのは、山刀伐とバッテリーを組む8番キャッチャー、有路。有路はこのガソリンスタンドに寄ると、いつも給油をしてもらっている間はこのように休憩所に寄っては中に設置されている自動販売機か、セルフで設置されている飲み物を1杯飲む。

 今このガソリンスタンドの方向に向かっている山刀伐とは違い、有路は仕事中でも今大会1回戦で敗れた悔しさのほうがどうしても滲み出てしまっていた。

 給油機に設置されているノズルをトラックの給油口に挿し込んで、軽油を給油し始めたところで、延沢は窓ガラス拭き用の雑巾を持ちながら有路がいる方向を見やった。

―やっぱ悔しいんだべな…。

延沢も心の中でとはいえあまり多くは語らずに、トラックの窓ガラスを雑巾で拭き始めた。

 有路も特に何も語ることなく飲み物を少しずつ飲んでいたが、頭の中で蘇るのは負けた記憶ばかり。職場に戻っても、思うように集中できずにいた。

 1/3程飲み物を飲んだところで、トラックの給油が終わり、延沢が釣り銭トレーを持って有路のもとにやって来た。

「有ちゃん」

「ん?」

「給油終わったよ」

「ああ…、そっか…。お金か…」

「えぇ…と…、今日はこのくらい入ったから…」

 延沢は小型の電卓を取り出すと、給油した軽油の量を1リッター当たりの値段で掛けた金額を計算して、有路が見える向きに合わせて釣り銭トレーの横に並べた。

「ほい、じゃこれで」

 有路は現金を釣り銭トレーに載せると、座っていた席から立ち上がって2/3程残っていた飲み物をすべて飲み干した。そのまま休憩所を出たところで、延沢からお釣りを受け取ると財布に閉まった。

「ところで…」

「ん?」

「植木業うまくいってるの?」

「え…、あぁ…、いってる」

「なら良かった。でなかったらここで雇っても良かったけど」

「いや良いよ。需要あっから十分良い。てかお前のほうこそ大丈夫かよ」

「お得意様いるから」

―お得意様ねぇ…。

 僅かに苦笑した有路だが、全体としてはまだ雰囲気は暗いままだった。先程の延沢の質問にも、どこか微妙な答え方であった。

「有ちゃんにも仕事上の後輩がいるだろうから色々教えなきゃなんねぇこともあるけどさ、オレはそうじゃないから…」

「そんなに疲れるのが羨ましいの?」

「いや…、違うんだけどさ」

―ガソスタも楽じゃないのよ…。てか疲れてるって言ったけどそれにしちゃ悲壮感ありありの雰囲気だったな…。

 有路に関しては仕事上の後輩がいて、いろいろ教えなければならないことがある、ということ自体は事実だが、表情は延沢の推測通り疲れているのとはちょっと違った。延沢の職場は人数の規模で言えば有路のところよりも小さく、業務内容自体は決して楽ではないが有路のように指導するという役割がそれほどないことが先程の台詞に繋がった。

 2人が話をしていると、1台の郵便バイクがガソリンスタンドに入ってきた。

「郵便でーす…、あれ?」

「あ、山刀伐」

「2人ともお疲れ様です」

「あ、郵便物中に置いといて」

「はーい」

 山刀伐はこのガソリンスタンド宛の郵便物を持って、先程有路が休んでいた休憩所に入った。

「なんだったら仕事終わったら温泉行く?」

「赤倉のとこ?」

 赤倉、攻守で何でもできる中山越ナローズの2番セカンドは温泉旅館で働いている。その温泉旅館に行かないかと延沢は提案してきた。

「あー良いけど…、時間帯的に今掃除でしょ?」

「掃除って?」

「浴場の」

「ああ」

「それに終わったらだからな…」

「終わったら1本寄越して」

「わかった…ん?」

 有路と延沢が連絡のやり取りをしていたところへ、ヘッドライトのパッシングの光が後方から2人を照らした。有路がそれに気づいて後方を振り返ると山刀伐が郵便バイクのヘッドライトを操作してパッシングしていたのだ。

「何してんすか、2人とも」

「えっ」

「給油終わったんでしょ?」

「えっ…、ああ」

「早くしないと後ろつっかえますよ」

「いや、後ろ来てないじゃん」

「来てなくても。早くしないと他のお客さんに迷惑ですよ?」

 山刀伐に催促されて、2人は立ち話を止めた。山刀伐は2人の真正面に来るように郵便バイクを進めた。

「じゃ、オレ次のところがあるんで」

「ああ、気を付けてな」

「そっちも」

 山刀伐はゆっくりと郵便バイクを進めて、安全確認をしてから再び一般道路に戻った。

「ほい」

「ああ」

 催促された直後に延沢から渡された内装用の布巾でダッシュボードやハンドル等を拭いた有路は、その布巾を延沢に返すと同時にトラックのエンジンを掛けた。

「じゃ、温泉で」

「ああ。気を付けて。ありがとうございました」

 有路が乗ったトラックが一般道路に向かうのに続いて、延沢も向かう。有路は当然ながら自分で安全確認をするが、延沢はそのサポートに廻る為に向かう。時には道路に出てサポートすることもある。延沢は車が来ていないことを確認して有路が乗ったトラックが安全に一般道路に出られるように自らが先に道路に出て誘導する、いわばオフィシャルの役割を務めた。

「ありがとうございました」

 先程に引き続き、延沢は脱帽の上一礼して一般道路に戻ったお客様に向かって挨拶した。その後着帽して素早くガソリンスタンドに戻った。その様子をバックミラーで時折見ながら、有路はトラックを走らせた。




再び山形県N市




―やっと着いた。ここか…。

 永田は自宅から最も近いバッティングセンターを見つけると、手持ちの所持金を確認しながらセンター内に入っていった。

 現在ある所持金の合計金額からできる回数を計算しつつ、どこのケージでバッティング練習をするかケージ脇の通路を歩きながら考えていた。

―とりあえず左打席があることが絶対条件。そんで球速は…。

 球速は幅広く設定されており、利用者のレベルに合わせてケージを選んで行うことができる。しかしそのあまりの選択肢の豊富さに、どこで練習するか迷っていた。

―さて…、一通り歩いて見て回ったけど、どこでやりましょうか…。うちの片山にレベル合わせるんなら140km/h台だけど…。それより遅いのすらできてないからな…。…屈辱だけどここからにするか…。

 悩んだ末、永田は今空いているケージの中で最も遅い球速のケージを選んで入った。

 コインを機械に入れて、同時にバットを持って左打席に入った。

 ピッチングマシンが動き出したと同時に、永田はバットを寝かせた。


ドシュッ。


―来た!


ボコッ。


―はうっ…。


 最も遅い球が来た筈なのに、バントもできない。ケージの天井部分に張ってある防球ネットに当たって丁度同じケージの右打席の位置に落ちて転がった白球を見て、自分の実力に虚しさを感じた。

 しかし、考える余裕もなく次の球が来た。


ボコッ。


―あれ?


ドシュッ。


ボコッ。


ありゃ!?


 2球目はバットの下に当たり先程と似たようなコースへ、3球目は真横に飛び隣のケージにまで転がった。

―ちくしょう次だ次、来い!




再び日本海沖合




―来い!

―来い!

こちらは先程の永田とは違う意味で言っている萩原と都筑。海釣りの釣果は序盤はそこそこあったようだが、途中から2人とも当たりが止まっていた。釣り竿から海面に垂れている釣り糸の先から見える浮きを見ながら2人が日本海と睨めっこするかのように何かと力が入ったような表情で見る一方、相変わらず操縦士だけは気分が凹んでいた。

「それ釣れなかったら片付けて」

 テンションが低いまま、松浪は2人に指示した。

「ああ」

「てか結局響、釣ってなくね?」

「そうだっけ…」

 都筑の質問にも無気力な返事をするだけ。テンションが低いまま操縦室に戻ろうとしたが…。

―あっ。

 何かが視野に映った。目を向けると、そこには未だ使われていない釣り竿が立て掛けられていた。

 松浪はその方向を向いたまま、立ち止まった。今朝家からこの日本海まで持って来て、1度も海に釣り糸を垂らすことすらなく帰って良いのか…? 予備の釣り竿として割り切ったわけでもないから、使わないとこの竿にも申し訳ないよな…。

「ああ駄目だ」

「空振りだ」

「じゃ、片付けますか」

「片付けよう」

 萩原と都筑が釣り竿のリールを回して釣り糸を海面から引き揚げて片付けようとしたところへ、1人釣り竿を手にした人物が…。

「え!?」

「今頃!?」

「釣るわ」

「え、だってさっき釣れなかったら片付けろって…」

 都筑の質問を釣り竿に餌を付けながら聞いていた松浪は、釣り糸を日本海の海面に垂らしてからこう答えた。

「お前らは片付けてて。オレこの1本で締めるから」

 萩原と都筑はとりあえず松浪の言う通り片付けを続けた。しかし、2人の釣果が先程から止まっていただけに、彼が釣れるのか気になった。

―大丈夫か…? 1本だけって言ってたけど…。

―さっきからオレら釣れてねぇから釣果0でってこともあるぞ…。

 片付けを進めながら釣果を心配する2人をよそに、松浪は1人真剣に日本海と向き合っていた。

―もう片付けちゃったぞ…?

―大丈夫かよ本当に…?


ピクッ。


―ん?

釣り竿から海面に垂れている釣り糸の先から見える浮きが、一瞬僅かに動いた。


ポチャッ。


 浮きが一瞬沈んだ。どうやら海面下で魚か何かが餌に食いついたようだ。

―かかった!

 松浪は素早くリールを回して釣り上げようとするが、かなり引きが強くまともに上がらない。

「大物だコイツ! 釣り上げるから早くでかい網持ってこい!」

「え!? 片付けちゃったよ!?」

「良いから! そこに立て掛かってんのあるから、それ持って来い!」

 先程釣り竿が立て掛かってあった場所と丁度反対側にあった大網を見つけた萩原は、すぐにそれを持って松浪のもとに駆け寄った。

「構えてろ! 釣り上げたらすぐそれに入れるぞ!」

 萩原は松浪の指示で獲物をすぐに入れ易い位置に大網を構えた。

―凄いヤツだな…。竿耐えられるかこれ…?

 釣り竿が目いっぱい撓る。それに合わせて釣り糸がピンと張る。力の加減次第では釣り竿か釣り糸、或いはその両方にダメージが来かねない。

 かなりの重さだが1本だけと決めた手前釣り上げることにした。

「どおりゃあ」


 松浪が目いっぱい釣り竿を引き上げる。海中から、相当な大物が釣り糸の先をくわえたまま釣り上がった。

「よし釣れた! 網出せ!」

 萩原が構えていた大網を松浪が釣り上げたばかりの大物の下に差し出して、捕獲した。




再び山形県N市




ボコッ。


―あー、でも段々良いラインに来てる。

バッティングセンターにて、バント練習中のN`Carsキャプテン。相変わらず公式のルールではファールボールになっている打球が多いのだが、徐々にではあるがフェアゾーン寄りに打球の方向が変わってきた。


ドシュッ。


コッ。


―お…? これ良いラインじゃね?

バットに当たった白球は、左打席の正面からやや左、つまり3塁方向のフェアゾーンに転がった。

永田は今のバント成功で自信が付いたか、すかさず意気揚々とバットを横に構えてバントの体勢をとった。

―よし来い!




―…あれ…?

 ところが…、暫く経ってもピッチングマシンからボールが出て来ない。

―どした…?

「あのーすみません…」

「はい?」

「次良いですか?」

「えっ…あっそっか、球出尽くしたか」

 次に待っていたほかの利用者に催促されるまで、規定の数のボールが全て出尽くしたことに気が付かなかった。永田はケージから出る際に次の利用者にお詫びを言って一礼して交代した。

―いやー申し訳ないことしたな…。さて次は…。

 またケージ脇の通路を歩いて考えようとしたが、今度は労せずに決まった。

―ここにするか。

 今度は先程のケージの隣にあったケージを選んだ。こちらは先程より球速が速いケージである。

 先程と同様、コインを機械に入れて、同時にバットを持って左打席に入った。

 ピッチングマシンが動き出したと同時に、永田はバットを寝かせた。


ドシュッ。


―来た!


ガッ。


 白球はバットの上を掠めた後、そのままケージの後方に張ってある防球ネット、つまり実際の試合で言えばバックネットの方向に上がって、当たった。

―やっぱ勝手が違いますね…。




再び日本海沖合




 松浪、萩原、都筑を乗せた小型船舶は先程まで釣りをしていた沖合の漁場から酒田港に向かっていた。その船内では、先程大物を釣り上げたことで些かではあるが上機嫌になった操縦士の松浪と、数の上では十分に上回っているのにどこか負けた気分の萩原と都筑、先程までとは立場が逆転していた。

「もうちょっとで着くよー」

「うん」

「ああ」

―テンション低っ。

 先程まで釣りを満喫していた時とは全く違う気分になっていた2人だったが、松浪は上機嫌ではあるものの釣りに対する2人の考えとは違う考えを持っていた。松浪も負けず嫌いな性格ではあるが、自然を相手にした時はそれよりも重要なものがあると思っていたのだ。




山形県S市 酒田港




 小型船舶は酒田港の岸壁に停まると、松浪が停泊作業を行って小型船舶と岸壁が確りと繋がれた状態になったところで、松浪、萩原、都筑は各自釣具と今日の釣果である魚類を持って、足場と足元に気を付けながらゆっくりと丁寧に下船した。各自釣り上げる度に確認はしていたが、それでも念には念を入れるということで、改めて丁寧に確認していた。

「どう…やら…、大丈夫そうですね」

「良かった」

「ただ方法が異なるので…、種類別に分けますか」

「そうだね、そうしよう」

 松浪の最終チェックを経て、全て大丈夫ということがわかった。その後、釣り上げた魚類を種類毎に分けていると、

「お疲れ様です」

「ん? 誰?」

「漁業組合の会長さん」

「え? マジか!? お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 松浪は漁師をしている父親を経由して知ったらしいが、都筑と萩原は松浪に教えられるまで知らなかったので少し焦り気味の挨拶となってしまった。

「あれ、響くんでねえが?」

「はい。いつも父がお世話になっております」

「あーやっぱりそうか。そっちの…えーと黒髪と茶髪のは?」

「初めまして、萩原です」

「初めまして、都筑です」

 萩原と都筑は改めて漁業組合の会長に自己紹介をすると、一礼と握手を交わした。

「黒髪のほうが萩原くんで…茶髪のほうが都筑くんだな」

「はい、そうです」

「おめだつ釣り仲間なのが?」

「釣り仲間でもありチームメイトです」

「チームメイト?」

「はい。オレら野球やってるんで」

「ああ、それで来たなが」

「はい」

「これで良いですね」

 一通りの仕分けが終わり、それぞれの入れ物の蓋を閉めたところで、漁業組合の会長があることに気付く。

「あれ、そのでかいヤツどうした?」

「あ、はい。オレが釣り上げました」

「いや、そうじゃなくてよ」

「ああ、もう作業ならとっくにやっちゃいました」

「ああなんだ、もう終わったなが。終わっでねがったらやろうと思ったのに。さすが松浪さんとこの息子だ」

 漁業組合の会長は松浪の手際の良さをこう絶賛した。今の発言からすると彼は手伝いたくて来たのだろうか。

「あの人は魚か船を見るといつも来るんだよ」

「ああそれで」

 更に都筑が松浪の話を詳しく聞くと、会長は自らも漁師をしているので仲間や観光客などが釣り上げた魚を見ては自分のことのようにその仲間や観光客などと喜ぶという。だがそれだけではなかった。

「オレこう言ったけど、ただ喜んでるんじゃなくて、海の神様に感謝してるのよ」

「えっ」

「会長さんもあとオレの父さんもだけど、今ここにある魚たちだって、日本海、というか、海の神様が恵んでくださったものなんだよ。だから海と関わる以上は何よりも海の神様に感謝しなさい、っていう教えがあるわけよ。その教えがあるから会長さんは今みたいに喜んでくださって、父さんは常日頃から今の教えをオレに言い聞かせてきた」

 今の話を聞いた都筑と萩原は、気持ちが引き締まる思いになった。種類毎に仕分けした魚類が入った複数の入れ物を見ながら、松浪は続けた。

「だからオレらも、これほどの魚たちを与えてくださった海の神様に感謝しよう」

 松浪、萩原、都筑は魚類を恵んでくださった海の神様に感謝すべく、日本海に向かって一斉に頭を下げて感謝の祈りを捧げた。




再び山形県N市




先程より1つ前のケージより球速が速いケージでバント練習を行っているN`Carsキャプテンだが、中々前に飛ばない。飛んでも後方か、横に飛ぶという状態であった。

―待てよ? オレバットだけでやりに行ってないか?

 普通のヒッティングでもそうだが、バッティングはバットだけでなく体全体で振る、打つというのが基本で、それはバントでも当てはまる。バントの場合は振らずにボールをバットに当てて緩く転がすが、その場合でも体全体、特に下半身を柔軟に動かしてバントをする。つまりバッティングは全般的に体を巧く使って行うことになる。しかし今の永田は先程自戒した通りバットだけでやりに行ってしまっていた。

―あとバットのヘッドも下がってたな…。いかんいかん。

 バットのヘッドがボールよりも下がった軌道でスイングすると、バットに当たってもボールの下の部分に当たることになり、バット全体でスイングした時の力がうまくボールに伝わらず、更にはボールより下の硬い物に当たった場合はその反発力で上に上がるので、結果力のない打球が上がることになる。それはバントでも同じで、ヘッドが下がった状態でバントをすれば、前には飛ばない。

 それらのことを踏まえて、永田は下半身を柔らかくして、バットのヘッドを上げた状態でバントの構えをとった。


カッ。


―あれぇ!?


 ところが打球はまたも真後ろへ。バットのヘッドを下げたわけではない。下半身だって十分に柔らかくしている。ではどうすれば前に飛ぶのか。

―ボールを見る位置がおかしいのかな…? 位置っていうかボールのどの部分を見るべきかっていうのが…。

 そこで今度は、構えは同じでボールの上半分を見るつもりでバントの構えをとった。


コッ。


―おっ。


漸くボールが前に転がった。ピッチャー前のバントといったあたりか―永田は転がる白球を見ながらそう思った。

―あ、ここまでか。

 ピッチングマシンから既定の球数が全て出たので、永田はバットとヘルメットを元の場所に戻した。

―どうも不本意なんだよなあ…。もう1回やろうか…。

 バント練習を終えた後のブースとバッターボックス、その先の芝生を連想させるような地面とその奥にあるピッチングマシンを見て、永田はもう1回やろうとしたが、

―何か…、それどころじゃないっすね…。

ブースの外では、次に利用するであろう利用者が待機していた。永田は利用したブースに向かって一礼した後、次の利用者にも一礼して潔く交代した。

 だがやはり今のバントの結果と内容には納得していなかった。

―その点アイツらならちゃんとやるよなぁ…。きっちりと仕事できるアイツらなら。

永田の脳裏に映っていたのは、昨日の試合で対戦した県内の強豪・東根チェリーズのナインだった。自らは派手に打ち込まれたが、それでも与えられた仕事をきっちりこなす姿は印象に残っていたようだ。




山形県H市 語学学習塾前




 東根チェリーズのナインも今日からそれぞれ仕事を熟しながら次の大会の目標に向けて走り始めていた。

「アッ、高砂」

「ジャボレーさん」

語学学習塾の入り口の前で、東根チェリーズの3番センター、ジャボレーと2番セカンド、高砂が偶然会った。

「これからフランス語の?」

「ハイ」

「こっちは今から手紙をね…」

「出スノ?」

「はい…、おふくろに」

「アアオフクロサンニネ…。アレ? オフクロサンドコダッケ? あめりかカドッカジャナカッタッケ?」

「アメリカです」

「アアヤッパリ…。ン?」

「どうしました?」

「チラット見エタケドサ…、アナタ、旧名で送ルノ?」

「え!?」

「ろっくぽーと・ぴかろーッテ書イテナイ? 宛名ノトコサ…、筆記体デ」

「ああ…、でもこれで良いんですよ。おふくろがわかれば良いので」

「ソッカ…、読ム人ハオフクロサンダモンネ」

 なぜ高砂に新旧名があるのかというと、アメリカから帰化した日本人だからである。彼はアメリカで生まれた時はロックポート・ピカローという名前だったが、来日して帰化する際に現在の高砂という名前にしたという。

「ソレデ…、文面何語で書イタノ?」

「そりゃ英語ですよ。オレは来日6年目だから日本語でも良いんですけど、おふくろは日本に行ったこともなくて日本語も話せないんでね…」

「イクツダッケ今?」

「オレですか? 今24です」

「ウワー良イナア24カ…。ダッテ僕26ダケドマダ来日2年目ダカラネ…。日本語ガソレダケ十分ニ使イ熟セルダケノ自信ガマダ僕ニハナイカラ…」

「え…、でもだいぶ上手くなってますよ」

 高砂はこう言っているが、フランスから来日して2年目のジャボレーにとっては流暢に日本語を使い熟せる高砂が只々羨ましかった。というのも…。

「デモ時々マダ間違エル。ふらんす語教エテイル時モ塾ノ生徒タチニ偶ーニ言ワレル。ソノ度ニ高砂、君ガ羨マシクナルコトガアッテ…」

「あー…、でも本当に細かいところは慣れないとですからね…。オレも最初はそれで苦戦しました」

「ヤッパ皆スルンダネ…」

語学学習塾でフランス語の非常勤講師として働いているジャボレーだが、自らがフランス語を塾の生徒たちに教えている一方で、その生徒たちは彼に日本語を教えているという、1教室で2つの授業が同時に展開されているような空間にあった。

「でもある意味win-winだと思いますよ」

「エ…、ドウイウコト?」

「だってお互いにフランス語と日本語を教えて教わって、っていう関係ですからね。ジャボレーさんはフランス語を教えていると同時に日本語を教わって、で生徒たちは日本語を教えながらフランス語を教わるっていう…」

「アアー…、ソッカ、ソウダネ確カニ。オ互イニ利益ガアルワケダ」

「そうです。…ああ、すみません止めちゃって」

「イヤイヤ」

「だってもうそろそろ…」

「アッ、ソウダネ。ジャ」

「こちらこそ、どうも」

 一通り立ち話を終えた2人は、それぞれのやるべきことに戻った。ジャボレーは語学学習塾の入り口の扉を開けてフランス語の教室に向かった。高砂は現在もアメリカに住んでいる母に当てた手紙を国際郵便を使って送るべく、塾の近くにあったポストに投函した。




山形県H市 佐藤農園




 山形県の名産品でもあるさくらんぼを栽培しているこの広大な農園の敷地内に、さくらんぼの直売所兼住宅がある。その縁側の近くで、東根チェリーズの主力2人が自主練習に励んでいた。

「はい、ラスト2」


キィン!


「ラスト」


キィン!


「はい、これでお互いネットへのトスバ終わりな」

 その主力2人というのは、1番レフトでキャプテンの佐藤 錦と、エースで9番ピッチャーの佐藤 大将だ。今錦のネットへのトスバッティングが終わったので、大将が打撃練習用のネットに入った大量のボールを再びボールケースに戻し始めた。錦もまた、先程まで使っていたバットをバットケースに閉まって、両手にはめていたバッティンググローブを片方ずつ外した。

 このように佐藤兄弟は実家のさくらんぼ農園を手伝う傍ら、その合間を縫って2人で自主練習に励んでいる。家業が繁忙期になる頃は、農作業のほかに直売所も経営しているのでその手伝いを優先している為、自主練習ができる時間がごく僅かという日も少なくない。その為2人は自主練習をする時は短時間かつ効率的に行うように心掛けている。

「全部いつも通りのところで良い?」

「うん。物置のな」

 既にバットケースを物置に閉まった錦が大将に指示する。指示を受けた大将は、打撃練習用のネットとボールケースを物置のいつも置いている場所に閉まった。

 物置の鍵を掛けて戻ると、錦が何かと意図がありそうな顔で右手に何やら鍵らしきものを持ったまま、大将を見ていた。

「じゃー大将くん…、もう1つの練習、やりましょっか」

「うわーこれがあったか…」

 錦が持っていたのは車のキーホルダーだった。錦はそのキーホルダーの1番大きな輪の部分を持って、振り子のように少ーしだけ左右に振りながら、徐々に表面だけの笑みの表情を見せてこう言った。大将は野球の自主練習は全て終わったものと思い込んでいたらしく、こちらは少し嫌そうなテンションと表情でこう言った。

「じゃーはい、免許証と若葉マーク持って来て」

「あの、それは良いんだけど、あからさまに意図ある顔で言うのやめてくれる? スパルタか何かやってきそうで怖い」

 大将は物置の鍵を家で厳重管理しているキーボックスに閉まうと、自分の免許証と若葉マークを持って戻って来た。

 もう1つの練習というのは大将の車の運転の練習だった。というのは、大将は草野球カップの山形県大会が始まる少し前に普通自動車第一種免許を取得しており、まだ取得したばかりというのもあってマイカーを持っておらず、実走できる機会が絶対的に少なかった為である。そこで、既に免許を持っており、且つマイカーも持っている兄・錦の車を借りて練習することになった。

「保険はもう書き換えてあるから。じゃ、教習所で習った通りに…」

「堅いな」

「安全第一の環境を走るんだから。ちょっとの雑がとんでもないことになるんだぞ」

「はい、そうですね」

 厳しい口調で言葉を発した時の兄には頭が上がらない弟は、潔く兄に従った。兄弟2人ともマニュアルミッションの車を運転できる免許を持っているので、兄は現在も乗っているファーストカーを中古ながらもマニュアルミッションが搭載された車を選び、弟は今回その兄の車を借りて練習する。マニュアル車には必ずついているクラッチペダルを左足で、その隣にあるブレーキペダルを目いっぱい右足で踏んだ大将は、既にエンジンスターターの鍵穴に挿してある車のエンジンキーを右に捻り、エンジンをスタートさせた。

「でさ…」

「何?」

「何で軽トラじゃないの? 運転するだけなら父さんに軽トラ借りるだけでも良くね?」

「そりゃいつでも父さんが畑とかに出れるようにする為でしょ。あの畑があって家は成り立ってるのにその仕事道具を持ち出せるかよ」

「…今の兄貴の言い方を聞くと許可貰いに行っても駄目そうだね」

「だべ? マサ、練習始めるぞ」

「うん」

 家には父親名義で所有している軽トラックがあるが、こちらは家業である農作業でも頻繁に使うことが多く、しかも天候などの自然条件に左右され易い第一次産業に必要な車なので、所有している父でさえもいつ出番があるかわからないという。更に錦は、小学校の時にこんな話を聞いていた。




11年前




 当時小学校4年生の錦は、さくらんぼ畑で父を手伝った帰りに、軽トラックの中で父に質問した。

「父さん、オレ免許取ったらこの軽トラ運転して良いかな?」

「できるけど駄目だ」

「? どういうこと?」

「免許持ったら、法律上ではできるけど、これは仕事のだがら。良ぐあるマイカーとかと違ってよ、自由にどこさでも行げるもんでねえ。仕事で使うべきものが手元さねがっだら困るんだよ。おめだつも勉強道具ねがっだら、勉強するのに困るべ?」

「う、うん」

「だがら、自分がどうしても使いてぇ物は自分で手に入れたほうが良いのよ。だがら、車運転してぇんだば自分で教習所代と車代貯めて免許取って車買うのが一番良い方法だ」

 この話を覚えていた錦は、自分のことは自分でやろうとより一層気持ちを強めた。




現在




 それから錦は、自力でお金を貯めて教習所に通い、免許を取得して中古でマイカーを購入して、免許取得後の運転の練習や家業の手伝い等でこの車を運転してきた、というわけだ。

 その車で今度は弟の運転を指導する。時折身勝手な行動に出がちな彼にとってはこのほうが最善だと考えたのだ。その弟の大将は兄の錦に返事をすると、左足でクラッチペダルを目いっぱい踏み込んでクラッチが切れてから、シフトレバーをニュートラルから1速に入れて、ハンドブレーキのボタンを押しながら下に降ろして、クラッチペダルから左足をゆっくり離しつつ右足でゆっくりアクセルペダルを踏み込む、所謂半クラッチの状態でゆっくりと車を発進させた。




再び山形県S市 松浪の実家




 先程まで日本海沖合で小型船舶に乗って海釣りを楽しんでいた松浪、萩原、都筑の3人は釣れた魚類が入った複数の入れ物を分担して各々が持って来た釣具とともに各自の車に乗せて、松浪の実家に帰っていた。

「ただいまー」

「お邪魔します」

「こんにちは、お邪魔します」

「お帰り。2人ともいらっしゃい」

「お帰り。遠いところお疲れさんだったな」

 玄関では、松浪の両親が3人を温かく迎え入れてくださった。3人は家に入ってきた順に自分の靴を脱いで、踵が家の中を、爪先が家の外をそれぞれ向くように両足の靴をぴったりと揃えて並び替えると、靴を脱ぐ前に置いた荷物をこれまた順番に持って、中へ向かった。

「釣具はオレの部屋に置いてて良いから。じゃ、父さん母さん、さっき言ってた通り台所使うよ?」

「あ、はーい。くれぐれも綺麗に使ってねー」

「うーん」

「あれだっだら手伝うが?」

「いや良いから。オレだって何度もやってることだから大丈夫」

―ホント魚のことになるとやりたがるんだよな…。うちの父さん。

 3人は台所にそれぞれ魚類が入った複数の入れ物を置くと、一斉に洗面台に向かった。外から帰ってきたからというのと、これから調理作業に入る為である。手洗いとうがいをかなりこまめに念入りに行った3人は再び台所に戻った。

「響、お前の部屋どこだっけ?」

「2階」

「あああそこか…。ありがとう」

「響の釣具も一緒に持ってくよ?」

「ああうん」

 松浪はエプロンをして三角巾を被り、魚の調理を始めた。萩原と都筑は自分たちと松浪の3人分の釣具を松浪の部屋に置きに行った。

 2人が釣具を置きに行っている間、松浪は慣れた手付きで釣れた魚を丁寧に捌く。釣り上げた後、港で活〆の作業を3人で行ったので、魚の味は取れたてそのもの。海の神様が恵んでくださったことに感謝しながら、作業を進めた。

 2階では、萩原と都筑が松浪の部屋に自分たち3人分の釣具を置いていた。

「響いっつも釣具こう置いてるから…、こうで良いよな?」

「うん、だね。オレらもこう置くか」

 松浪が普段自分の釣具を置く位置と向きを覚えていた2人は、追従するようにできるだけスペースを取らないように気を付けながら向きを揃えてそれぞれ隣に並べた。

 この部屋は松浪が幼少期から使っていた部屋で、高校まで使っていた勉強机と椅子も当時から現在まで同じ位置、同じ向きで置かれている。当時使っていた勉強道具は粗方片付けたようだが、現在でも当時使っていた辞書と、卒業アルバムはプラスチック製の本棚ラックに綺麗に並べられている。

「っしょっ…、あー疲れた」

「何寝そべってんだよ」

 都筑が畳敷きの床に豪快に寝そべり、目いっぱい両手両足を伸ばして背伸びのような動きを見せて、体を解して疲れをとろうとした。その左側で、萩原はこちらは体育座りで都筑にツッコミを入れた。

「せめて座れよ」

「疲れた。これ一番疲れ取れる」

―布団も敷いてねぇのにか。

 部屋の中には2人しかいないとはいえ、仮にも人の家である。布団でもベッドでもない場所で良く堂々と横になれるよな…、と、萩原が考えていたのをよそに、都筑はその体勢から更に体を90度右に、則ち萩原に自分の背が向くような体勢に変えた。

「だってさー…、オレら昨日まで2日連続で試合してさー…、今日オレら朝早くに家出てー…、軽く1時間位運転してー…、んでさっきまで日本海で釣りして今ここよ? 疲れないわけねぇべ…」

「まぁ…そりゃ…な」

―あー眠くなってきた…。寝ようかな…。

 都筑の説明に同意はした萩原だが、同時に都筑が寝かかっているのにも気づいた。

「おい健」

―…ん…?

「…何…?」

―ガチで寝かかってたなコイツ。

「響昼飯作ってくれてんだから…、早く行くぞ」

「ああ…、うん」

 2人はそれぞれ立ち上がり、階段を下りて松浪が調理をしている台所へ向かった。

「よー」

「おう」

「何か手伝うことある?」

「え…、じゃ、テーブル拭いといて」

「OK」

 調理作業も愈々大詰め。既に出来上がっている料理もあり、どこかワクワク感を誘うような雰囲気になっていた。松浪はまだ台所で手が離せなかった為、その間にできることは手伝おうと2人は下りてきた。しかし…。

「ふしゅ~…」

「あれ…? 健眠いの?」

「ああ…、ちょっと寝かかってた」

「大丈夫かよ…。今瞬にテーブル拭きに行かせたから、戻って来たらそこにある取り皿用の小皿と箸立てに箸全部入ってっから…、それ持ってって配ってて」

「わかった」

「無理のない範囲でな…、あっ」

 松浪が都筑に次にするべき指示をした時に、萩原がテーブルを拭き終えて戻って来た。

「ありがとう。健お盆使って良いから持ってって」

「あいよー」

 都筑はお盆に小皿と箸が全部入っているという箸立てを乗せて、萩原が拭いて来たテーブルに向かった。

「じゃ瞬」

「はい」

「出来たのからどんどん持ってって…そこに並べてあるヤツ全部」

「ああ、これ?」

「もう何枚かお盆あったでしょ? それ使って良いよ」

 萩原は空いているお盆に既に出来てある料理をどんどん乗せてはテーブルに持って行くを繰り返した。

「父さんと母さんは?」

「え…、来てない」

「じゃー部屋かな…?」

 小皿と箸を全て並べ終えた都筑の答えを聞いた松浪は、一通り台所を片付けると両親の部屋へ向かった。

 それと入れ違うように、今度は都筑が台所へ向かい、近くの食器棚を見た。

―響ん家箸置きあった筈だけど…、あっ、あった。

 都筑は箸置きを人数分見つけると、割れないように全て一番小さいお盆の上に乗せてテーブルまで運んで配った。

 松浪は両親の部屋の前まで来ると、障子戸に目を遣った。

「入るよー」

一声掛けてから、両手で障子戸を丁寧に開ける。

「父さん母さん、ご飯…、えっ?」

障子戸を開けた先には、脚が低いテーブル越しに向かい合って何やら真剣に考える両親の姿があった。どうもこのピリついた雰囲気と光景が目に映って動揺したか、松浪は障子戸を開けた姿勢のまま思わず見入った。

―何やってんだよ…?

ゆっくりと、少しずつ首と目線の角度を変えながら両親の間にあるテーブルの様子を窺う。

「こごしがねぇよな…」

「そう来られたらこっちもこうだな…」

―なんだ、いつものか…。

 松浪は両親が真剣にテーブル越しに向き合っていた理由がわかると、ゆっくりとその場から立ち上がって戻ろうとしたが、

「あれ、何してんだ響?」

「はい?」

そのタイミングでまず父親が、続いて母親も気付いた。

「ご飯できたの?」

「うん。それで呼びに来た。ごめんね真剣なところ」

「いや、そろそろ行くか」

 自分の息子が部屋の入り口にいた理由を聞いた2人は、それぞれゆっくり立ち上がって息子に続く形で食卓へと向かった。

「ご両親は?」

「え…ついさっきまで囲碁やってた」

「囲碁?」

「うん。あとテーブルの真ん中空けといて」

 都筑と萩原の質問に答えながら、松浪はそう言って再び台所に戻った。戻り際、食卓に向かっていた両親とすれ違い、2人にそれぞれいつも座っている場所で待つように言った。

「あれ、もう座っでだなが?」

「ええ…。一通り準備とか手伝ってたんで」

「そっかぁ。折角来てくれたのに何から何まで手伝ってくれて…」

「あーいえいえ。やれることをやったまでだから…」

 4人がテーブル越しに雑談を交わしながら待機していると、松浪が大皿料理を両手に持って戻って来た。

「今日の昼のメイン。オレら3人で釣り上げた魚の刺身な」

 ゆっくりと松浪がテーブルの真ん中に大皿に盛られた刺身の盛り合わせを置くと、一斉に4人はその華やかさにおお~っと声を上げ、それらの魚を捌いて盛り付けた本人はエプロンと三角巾を外して、それぞれ丁寧に畳むと、座って両膝の上に置いた。椅子に座った後テーブルとの間が拳1個分くらいになるまで調整したので、結果的に綺麗に畳まれたエプロンと三角巾はテーブルの下に隠れる格好となった。

「よし…、じゃあ頂きます」

「頂きまーす」

 松浪に続いて、4人も一斉に両手を合わせて挨拶をしてから、昼食を始めた。

 ついさっきまで片や船の上で釣果次第で気分が上げ下げしていた者、自分たちの部屋で真剣勝負していた者と直前まで気分は5人それぞれまちまちだったが、食卓を囲めば皆朗らかになる―というのを絵に描いたような今日の昼食となった。

 メインである刺身の盛り合わせは勿論、他の料理もどれも美味しい物ばかりだった。しかし松浪は、

―ここで偉ぶらない、鼻を高くしないはもう昔っからだからなー…。抑々海の神様が恵んでくださったのであってオレらはその恵みを有り難く受けている立場だからなー…。

という信念がある以上、一から自分が手に取ったような言い回しはあってはならないと常に考えていたので、自分が作った食事を振る舞われた者に美味しいと感想を言われても、ありがとうと礼を言うだけに止めた。

 食事を進めながら、萩原が話を持ち掛けた。

「ところで、午後どうすんの?」

「車屋…、あ、用品店か。カー用品店行くわ」

「何か買うの?」

「買うんじゃなくて…、修理」

「修理? 何か壊したの?」

 椅子を調整して座り直しながら、都筑がこの会話に参加する。

―いや、壊したんじゃなくて壊れたの。そういう疑いがあんのよ。

「ETC」

「ETC? カードか何か?」

「車載器」

「えっ、車載器?」

「昨日の帰り鶴岡でトラブった」

「出れなくなったのか?」

「バー開かなかった…しかも本線料金所で」

「えっ、それまずくね?」

「取り敢えずインターホン使って出してもらって…、お金もちゃんと払ったよ」

「それなら良かった」

 萩原と都筑は自分たちもまた車もETCも持っていることもあり今の松浪の話を聞いて一瞬動揺したが、すぐに解決に至るまでの話も聞けたので安堵した。今日この2人も山形自動車道をETCで利用したが、2台とも山形蔵王、西川、湯殿山、鶴岡、そして酒田の合計5か所のインターチェンジやトールバリアに設けられているETCレーンは全て無事に通過できた。

「だからお昼ご飯食べ終わって、洗い物終わったら出かける。お前ら午後どうすんの?」

「留守中にキャッチボールでもしてようかな…」

「こっちも自主練やんないと」

「え、道具持って来たの?」

「だって昨日響が寝る前にLINE送ってきたじゃん。野球道具も持って来とけ、って」

「そう。だからオレらそのつもりで持って来たんだよ」

 萩原はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、証拠と言わんばかりにLINEでのやり取りを見せた。そこには、


『釣りに来るんなら野球道具も持って来といて。明後日の試合北前だから、釣りしたついでにオレん家に泊まってそのまま翌日チームに合流すれば効率的じゃね?』


と、確かに松浪から2人に送られた文面が残っている。夜遅い時間に送信したので見ていないかもしれないと思っていた松浪だが、2人は確りと見ていた。

―良かった。ちゃんと道具持って来てくれてた、って…。

 だが松浪は、今の文面を見て1つ思い出したことがあった。

―待って…。明日午前8時にいつものグラウンドに集合だよな…? まだ監督に言ってなかったな…。

 そう、松浪は萩原と都筑を含めた3人が自分の家から直接北前球場、或いはそうでなくても北前球場にできるだけ近い集合場所に直接向かうのはアリかとまだ徳山監督に聞いていなかったのだ。しかし食事中だった為今は待って、洗い物まで済ませてから尋ねることにした。

「ご馳走様でしたー」

 全員の昼食が終わり、すぐさま一斉に空いた食器類を片付け始めた。シンクの中に、これから洗われる食器類がどんどん置かれていく。

「テーブル拭いとく?」

「あ、お願いしまーす」

「余ったのは…」

「そこにラップあるから。あと蓋できるヤツはそのまま蓋して」

 都筑はテーブル拭きを洗って両手で良く水気を絞り、食卓が空くのを待った。萩原は松浪が人指し指を指した位置にあったラップを持って行き、余った料理がまだある皿や器に上からラップで覆い、食卓に持ってくる時に蓋がされてあった料理はそのまま蓋をして次々と冷蔵庫が設置されている位置に食卓上で最も近い場所に寄せて、順に冷蔵庫に持って行った。

「空いた所から拭いてくよー」

「あいよー」

 都筑は食卓の空いている場所からどんどん拭き始めた。萩原が料理が余ってラップや蓋などで覆われた皿や器を冷蔵庫に持って行く度に、食卓のスペースがどんどん空く。

「それ全部冷蔵庫に入る?」

「入りそうだよ。大皿も無事に」

―良かった。

「これ夜も出すの?」

「うん。あとそこにあら汁追加する」

―えっ?

「あら汁? あっ、やっぱ出たんだあらの部分…」

「まあ捌く時にね…。一応それも今保管してる」

 魚を捌く時に余った部分をあらと言い、そのあらで出汁を取ったり具材として食される汁物をあら汁という。あらは色々な料理にできるので松浪もあらを使ったありとあらゆる料理を作ってきたが、松浪家の場合はその時に釣れた魚の種類によってメイン料理とあらを使った料理を決めているらしく、先祖代々、父も息子もそのようにしてきたという。今回は刺身の盛り合わせと夕飯にあら汁を出すという形になったが、他にもありとあらゆるバリエーションとその組み合わせがあるそうだ。

 余った料理を冷蔵庫に閉まう時にそのあらが丁寧に保管されているのを確認した萩原は、まだ冷蔵庫に閉まっていない余った料理をどんどん冷蔵庫に入れて、全て収納されたのを確認してから、扉を閉めた。

「で、コイツらで出汁取って」

「そう」

「そのまま具材に使いつつ」

「うん」

「野菜とかと一緒に煮て?」

「そう。で、あと味噌を鍋ん中で溶いて、十分に火が通ったら完成」

 松浪が萩原の話に相槌を打ちつつ、答える。萩原もあら汁の作り方は松浪の実家に誘われた時に何度も見ている為、テンポ良く話が進んだ。

―1個1個の台詞を想像しただけで美味しそうだな…。

 松浪は萩原と話している時も洗い物をしている両手を止めずに作業を進めていたが、この会話に気を取られた都筑は自然と食卓をテーブル拭きで拭いていた右手が止まっていた。

―ん? あっ、いけね。

 すぐに右手が止まっているのに気づき、作業を再開した。既に食卓の上は全て空いており、待たずに拭ける状態であったが、気を取られたことでタイムロスが生じてしまった。

 食卓の上を残りの部分を含めて隅から隅まで拭いた都筑は、テーブル拭きを持って台所に戻った。

「ごめん今終わった」

「ああーはい。じゃ洗って。瞬」

「ん?」

「今から洗い籠の中に食器入れてくから、それどんどん拭いて重ねて食器棚に入れてって。健も頼むわ」

「OK」

 都筑はテーブル拭きを洗って水気を良く絞り、食事の前にあった場所に戻して干すと、松浪と萩原の2人に加わって食器拭きと片付けを始めた。

 まず、松浪が食器に付いた汚れを取るために使った洗剤を水で洗い流して洗い籠の中に入れて、次に萩原が洗い籠の中に入った食器を次々と食器拭きで拭いて水気を取って種類ごとに重ねていき、最後に都筑が重ねられた食器を食器棚の元あった場所に閉まう。それぞれの食器の元あった位置と重ねられていた順番を確認しつつ、3人の作業はスムーズに進んでいく。この一連の作業、1人で行うよりも早く進み、終わった時には最終的に費やした洗い物の時間が短く済んでいた。

「2人ともありがとう。ゆっくり休んでて良いよ」

「いや自主練が…」

「休んでからで良くね?」

「そうだな」

 都筑と萩原は一通りの作業が終わり、休憩に入った。松浪もシンクとガス台の周り、そしていつもまな板や調理器具、食器等を調理や洗い物の際に置くスペースをそれぞれ布巾で拭いて、作業を終えた。

―さてと、出る準備しますか。

 この後カー用品店に行って昨日トラブルを起こしたETCの車載器の修理をしてもらう予定の松浪は、2階の自分の部屋に行って今度は出かける準備を始めた。

「あれ、もう出かけんの?」

「いや、準備だけ」

 部屋では萩原と都筑が寛いでいた。食事前と同様、萩原は体育座りで、都筑は横になったまま目いっぱい両手両足を伸ばして体を解した体勢でいた。

 松浪が抽斗から自分の財布を取り出すと、萩原が質問した。

「ねー、どっかキャッチボールできそうなとこなかったっけ?」

「ある」

「え、どこ?」

「そこ」

 松浪が指差したのはなんと自分の家の駐車場。

「いや、そこは無理だから」

「お前が出かけてスペース空いたとしても狭すぎる」

 萩原と都筑の言う通りだった。現在駐車場には松浪、萩原、都筑の3人それぞれの車と、あと松浪の両親が漁に出る時や買い物に行く時等に使う夫婦共同の車1台の合計4台が停まっている。松浪が車で出かけてスペースが1台分空いたとしてもキャッチボールをやるには狭すぎる。更に道路に面しているので、4台全て駐車場から出してスペースを確保したとしても、ボールが道路のほうへ逸れてしまえばそれこそ危険である。

「それに、キャッチボールの他にももっと実戦に近い形の練習したいからさ…、できるだけグラウンド並みに広いとこない?」

―2人でやるのにグラウンド級の広さ…? まあでも実戦練習ならばそのくらいの広さあったほうが環境的にも近いよな。

 グラウンドはいつもN`Carsが練習で使っている長井の最上川の河川敷にあるグラウンドで、長井橋に近い場所にある。そのグラウンド並みの広さということで、松浪は一瞬疑問に思ったが、すぐに彼らの意図を汲んで、場所を教えることにした。

「歩いて行ける距離に一応ある」

「あ、マジ?」

「でもオレも出かけるからついでに送ってこうか」

「いや、良い。歩いて行けるんなら歩いて行かないと」

「足腰は使える時に使わないと」

「永田なんてグラウンドには家から歩いてきてるぞ」

「そういやそうだな。昨日も歩いて帰ってくとこ見た」

「アイツ徒歩なんだ最近…」

「うん」

 この3人の中で都筑だけは永田が練習の行き帰りは徒歩で来て、帰っていることを知らなかったようだ。

「それで? 場所は?」

「ああそっか」

 松浪は萩原と都筑を連れて玄関先まで出てから、彼ら2人が自主練習をやりたがっている場所の方角を指差した。

「こっからちょっと見えてると思うけど、グラウンドっぽいとこあるでしょ?」

「うん」

「そこまではまあ…、歩いて10分…、15分ないか」

「あれね? あの実戦練習できそうなグラウンド」

「そう。で、あそこから1kmぐらいこっち行くと…、明日試合する北前球場があるので」

「北前にも近いんだ」

「へー。良いとこだな」

 松浪は指を指した位置から、更に北前球場のある方角に指をスライドさせて北前球場のある位置と方角も同時に教えた。

「OK。じゃ、オレらも準備して…、野球道具車ん中だよね?」

「うん。ボールはオレから出そうか」

「いや、オレも持ってくわ。どっちか片方は予備球ってことで」

「OK」

 グラウンドの位置と方角がわかったところで、萩原と都筑も自主練習に行く準備を始めた。

「カー用品店行ってきまーす」

 既に用足しまで終えて準備が完了した松浪は、自分たちの部屋で再び囲碁に熱中になっている両親に声を掛けてから、靴を履いて玄関を出て、車に乗った。自分の財布とスマートフォンはそれぞれズボンのポケットに入れてある。

 左足で目いっぱいクラッチペダルを、右足で目いっぱいブレーキペダルをそれぞれ踏み込んで、エンジンを掛けた松浪は、両足をゆっくりとペダルからリリースした直後、なぜか運転席側の窓を開けた。

―アイツらもそろそろだな…。

 玄関の辺りから、締めた扉越しに物音が聞こえた。そして松浪の予想通り、玄関から萩原と都筑が出てきた。

「あれ、待ってたの?」

「ん、ウォームアップのついでにちょっとね…」

「ターボ車だからでしょ」

「ま、それはわかるけど」

 最近のターボ車では今の松浪のようにエンジンを掛けてからウォームアップ、切る前にクールダウンという、いわばアイドリングでターボを暖めてから発進して、直前までの走行で熱くなったターボを冷ましてからエンジンを切るという方法でなくても良いというターボ車も出て来ている。しかし松浪の場合は乗っている車がホットモデルということも影響してか、エンジンが高回転域まで回ってもターボ内の過給機、則ちタービンが確り動くように、ウォームアップとクールダウンのルーティンを行っている。

 メーカーも車種も違うが同じターボ車乗りで松浪のウォームアップ発言にすぐ同意した都筑と、こちらはメーカーと車種以外にエンジンもターボや、更にはスーパーチャージャーといった過給機が付いていない自然吸気エンジン乗りの萩原は会話に乗りつつ2人とも車のトランクを開けた。

―ん?

 松浪の車からハンドブレーキを下した音が聞こえた萩原に、都筑が尋ねる。

「ノーマルアスピレーションに要るっけ?」

「何が?」

「アイドリング…」

「基本要らない」

「じゃ行ってくるぞー」

「あーい」

 萩原と都筑の会話中に、松浪はウォームアップが完了したので窓越しに2人に声を掛けてからゆっくりとカー用品店に向けて出発した。

 松浪が駐車場から道路に出てから、萩原と都筑は再び会話を始めた。

「お前の高回転まで回るでしょ? だからそれを考えるとさ、エンジンオイルとかちゃんと循環するのかな、って…」

「あーそーね。回るねえ確かに。エンジンオイルだって今日出る時に見てきたから大丈夫ですよ?」

「いやあの…、ちょっと違う。エンジンが高回転まで回った時にオイルちゃんと回って、そのあとすぐ停めて、暫くして冷めた時に変に回りが悪くならないか、って」

「回るわちゃんと。てか元々NAって単体で高回転にできるエンジンだからオイルの製造会社だって初めからそのつもりで製造されてるのよ。だからあのー…、余計な心配しなくて良い。熱くなるぐらい走ったら冷ますのはNAもタービン乗っけてても一緒だから」

 つまり萩原の主張としては、自然吸気エンジンの場合はそれ程顕著ではないにせよ、高回転まで回して走り続ければその時はやはり冷ます為のアイドリングは要るのだ、とこういうことである。

 2人は野球道具を取り出すと、トランクを閉めた。2台とも一見2ドアクーペのように見えるが、実際にはどちらも3ドアのファストバックで、トランクを開けると一緒にすぐ上のガラスハッチの部分も連動して開く。その為、結果的に開口面積は大きくなる。

 そのまま2人は、トランクの鍵を閉めてから松浪が教えてくれた場所に野球道具を持って歩いて向かった。




山形県S市 某カー用品店




 市内を南北に通過する、東北地方の日本海側や新潟県、それも海寄りの地域にお住いの方々にはお馴染みの国道7号線のバイパス沿いのカー用品店の駐車場に、松浪は車を停めた。バイパス沿いで道幅の広さやアクセスの良さから、他にも周囲に多くの建物があり、それらを含めても利用者が多いのだが、松浪が車を停めた時は比較的空いていた。

―果たして今回のトラブルでどれくらいお金取られてしまうんだろうか…。

 自分の財布や通帳事情に苦笑しつつも、右足はブレーキペダルを踏んだまま、左足はクラッチペダルを踏んだままで、ハンドブレーキのレバーを上に引き上げて掛け、シフトレバーを1速からニュートラルに入れた。そのまま両足をゆっくりペダルからリリースして、エンジンとターボのクールダウンを行いながら、改めて今日持って来た物を確認した。

―財布、通帳、スマホ…。お金はさっきATMで多めに下ろしてきたけど大丈夫か。

 通帳も含めて、家から持って来た物は全て揃っていた。財布にはATMで自分の預金口座から下ろしたお金を含めてこの後支払うことになるかもしれないお金がお札、小銭共に全額確りと入っていた。

 エンジンとターボのクールダウンが終わり、松浪はエンジンキーを捻ってエンジンを切り、左足でクラッチペダルを踏んでシフトレバーをニュートラルからバックギアに入れて、左足をゆっくりクラッチペダルからリリースした。その後シートベルトを外して、財布、通帳、スマートフォンを全て確認する前に閉まっていた場所に閉まってから、運転席側のドアを開けて車を降りた。

 ドアを閉めて鍵を掛けて、もう1度ドアノブを引っ張って鍵が確りかかっていることを確認すると、鍵も閉まってカー用品店の入口へ向かった。

「いらっしゃいませー」

 店員を見つけるや、松浪は早速本題に入った。

「すみません、ETCのことでちょっと…」

「はい。どうされましたか?」

「実は…」

 松浪は昨日起きたトラブルの経緯を、できるだけ事細かにわかりやすく説明した。

「鶴岡本線料金所以外でのそういったトラブルは、他の料金所ではなかったと?」

「はい、そこだけです。後のところは全部大丈夫でした」

「わかりました。ではお客様のお車をお預かりいたしますので、こちらのほうで…」

「はい」

 案の定カー用品店の敷地内にあるピットで見て貰うことになった。店員に案内されて手続きを済ませると、鍵を店員に預けて自らは休憩所で待機することにした。

 休憩所に向かっていると…。

―ん?

どうも松浪にとっては見覚えのある人が休憩所にある椅子に座っていた。

―まさか…?

「失礼します」

「ん?」

「お久しぶりです、荒瀬さん」

「あれ…? 響!?」

「やっぱ荒瀬さんだ。どうもご無沙汰してました」

「久しぶりだな。そこ空いてっから掛けて」

「ありがとうございます。失礼します」

 松浪は久しぶりに会った荒瀬に誘われるようなノリで、荒瀬が座っていた位置と丁度真円形で1本の柱で立っている白いテーブル越しに反対側にある椅子に座った。

 荒瀬 諒は松浪の1年年上の先輩で、生まれも育ちも酒田で過ごしてきたという正真正銘の酒田っ子。長く野球を続けており、現在は全国大会にも出場したことのある酒田ブルティモアズのエースピッチャーで4番バッター。昨日の2回戦から酒田は登場したが、そこでも荒瀬は4番・ピッチャーで先発。投げては被安打2、1失点で完投、打っても今大会第4号となるホームランを放つなど、投打ともに強豪チームの主軸となる活躍ぶりを見せている。

 その荒瀬とは高校以来の再会となる松浪。荒瀬は高校を卒業して以降、松浪に関する情報が中々入ってこなかった為、この機会に今何をしているのか尋ねた。すると松浪は、こう答えた。

「今は高卒で長井で仕事してます」

「えっ」

 松浪の実家が漁師をしているということは荒瀬も知っており、今の発言を聞くまでは漁師を継いだものと思っていた。ところがこの発言を聞いて、少し驚いていた。

「まあでも、今日は自分の稼いだ金で買った船で友達っていうか、チームメイト連れて海釣りに行ったんですけどね…。でもこれとてノウハウこそ父から教えて貰ってはいるんですけど、あくまでその教わったノウハウ通りに今の自分ができるか、っていう確認みたいな感じなんですよ、正直。っていうのは、進路を決める時に、親から、漁師のテクニックは家さ居ればいつでも教えられる、でも、いつどんな時でも、オレがどんな職業に就くにしても、漁師の手伝いとかやっててわかったこととか、大事にすべきことはこの先も大事にしていなさい、っていうふうに言われたんです」

「あーねぇ…」

 勿論その中には、常日頃から松浪の父親が言い聞かせてきた教えも含まれていた。

「海と関わりてぇんだば、まず何よりも海の神様さ感謝して仕事に励みなさい、と。他の仕事さ就くにしても、必ずその場所さ神様はおられるのだがら、その神様さ感謝して仕事に励みなさい、と言ってくれたんですよ…」

「親父さんがねぇ…。おふくろさんは何か言わなかったの?」

「響の進路は響で決めろ、って。母さんたちが決めるものでもない、既に他の人が拓いた道の通りに行ったって、自分で進路を決めたとは言えないがら、あたしらにできるのはあくまでアドバイス。どうするがは、自分自身で良-ぐ考えて決めなさい、って言ってくれて…。それで悩んだ末に、今の職業に就いたんですよ」

「ああ…。それで今何やってんの?」

「長井の…、織物の会社に…」

「織物? ああ、そう言えば長井から織物が出てるんだったな…」

 長井で有名な織物というと、長井紬が有名である。長井紬は歴史のある織物で、全国クラスで有名な織物なのだ。

「それで、今荒瀬さんは何されてんですか?」

「今も酒田で仕事してるよ」

―いやそうじゃなくて…。具体的に何やってるのか聞きたいのよこっちは。

「お待たせいたしました。荒瀬さん」

「はい」

 松浪ではなく、荒瀬を担当した別の店員が荒瀬の元を尋ねた。荒瀬も車を店員経由でピットに預けていたらしく、どうやらそれ絡みの話のようだった。

 この店員、昨日松浪が帰りの道中で会った巻 裕真程ではないが腕っ節が確りしており、体格も中々良い。

「ではもう暫くお待ちください」

「はい」

 少し作業が難航気味なのだろうか。

「体格良いですね、今の人」

「えっ」

「でももっとごつい人、オレ知ってます」

「えっ、誰?」

「巻 裕真って人なんですけど…、あの人めちゃめちゃ体格良くて、上背はあるほうじゃないけど腕っ節も体格も結構がっしりしてて…」

―ん?

「ちょっと待って。巻 裕真っつった?」

「え?」

 松浪が話している途中で荒瀬が何かに気付き、一旦会話を遮った。

「巻 裕真って…、確か相当有名な人だった筈」

「え? 巻さんのこと何か知ってるんですか!?」

 すると、荒瀬はスマートフォンを取り出して、何やら文字を打って調べ始めた。

―巻 裕真…、あ、やっぱり、間違いない。

「巻 裕真って、学生時代にラグビーの全日本選抜のメンバーに選ばれた人だぞ…」

「えっ」

 そんな凄い人だとは知らなんだ、松浪は目を丸くして驚いた。

 荒瀬が見ていたのは、過去のラグビーの全日本学生選抜メンバー一覧表だった。PDF方式だったのだが、確りとページは開かれており、その一覧表の中にはっきりと巻 裕真と書かれている。

―どおりで凄くでかいわけだ。

「ただね…」

「えっ?」

 荒瀬の口調が重くなった。表情といい、どこか暗い雰囲気があった。

 荒瀬は更にスマートフォンの他のページを見ながら続けた。それらのページによれば、巻はその後プロのリーグに所属するチームから声が掛かり、そのチームに入団して活躍していたが、入団してからまだ数えられるぐらいの年しか経っていない頃に大怪我を負ってしまい、これが元で現役引退を余儀なくされてしまったという。昨日松浪が彼と会った時は、既に普通の日常生活ができるまでに回復はしていたが、それでもこの大怪我の影響で現役の頃と同じような激しいプレーは相当困難な状況だったようだ。

「それで…今は? 新潟で仕事してるようですけど…」

「その職場にラグビーの同好会みたいなのがあるらしくて…、そこで今…、コーチやってるっぽい」

「コーチ?」

「同好会ったってまだ発足したばかりで地力が付いてないメンバーも多いらしいから、基礎中心に教えてるっぽいよ」

「へぇー」

―巻さんがコーチねぇ…。

「で、8個離れた従弟がいて、こっちは野球やってる」

「8個…? あれ、今巻さん幾つだ…? ちょっとスマホ良いすか」

 松浪は荒瀬からスマートフォンを借りると、先程荒瀬が見ていた過去のラグビーの全日本学生選抜メンバー一覧表をもう一度開いた。

―えっ…?

そのメンバー表には、全員の名前の他に、生年月日も書かれている。

「え…、今28!?」

―待てよ…? 今28ってことは…、学生時代にこの選抜メンバーに選ばれて…、その後プロリーグ行ってるから…、大卒で行ったとして22か…、いや23になる年か…たぶん。んで、その後何年かして怪我で辞めて今同好会のコーチ…、つまり5,6年の間にこんなに変わってったのか…。

「従弟は新潟の野球の強豪チームにいるらしくて、来年成人式だって」

「従弟は今年度20歳なんですね」

 荒瀬の会話に乗りつつも、松浪は巻の激変した環境のことでいっぱいいっぱいだった。自分も同じ20代を生きる者として、5,6年経っただけでこんなにも変わってしまうのかと思うと、自分の将来のビジョンも不安に思えてきた。

 一息ついてから、再び会話を始めた。

「ところで…」

「ん?」

「何で荒瀬さんがラグビーの情報を?」

「スポーツ紙毎日ずっと読んでっから」

「え、ずっと?」

「うん。昔っからずーっと読んでっから、野球以外の情報も勝手に入ってきちゃうの」

 何でも、幼い頃からスポーツ紙は毎日家でとっているらしく、毎日読んでいるうちに、いつの間にか他のスポーツの情報も入ってきてしまっていたらしい。

ただ、荒瀬本人はスポーツの実技に関しては長らく野球1本であり、ラグビーのプレー経験はない。

「荒瀬さん、今度こそお待たせしました」

 今度こそ作業が終わったようで、荒瀬は今日ピットで整備して貰った分の費用の支払いをしているようだ。

 支払いが終わり、荒瀬を担当していた店員が戻ると、荒瀬は帰り支度を始めた。

「じゃ、お互い明日も試合あんべ?」

「はい」

「お互い頑張ろうや」

「はい。ありがとうございました」

 松浪は久々に会って自分の待ち時間にも付き合ってくださった先輩に挨拶をして、丁寧にお辞儀をした。荒瀬は後輩の挨拶とお辞儀を確りと受け取ると、店を出て、整備されたての自分の車に乗って帰っていった。

―そうだ、あれ聞いとかないと…。

 松浪は自分のスマートフォンを取り出して、何やら文字を打ち始めた。




再び山形県N市




 他の両者が終わるのを待って、永田は再びバッティングセンターでのバント練習に明け暮れた。


ドシュッ。


コチッ。


―あ。

 今のは真後ろ、つまり実際の公式の試合ではファールボールになっているが、ただこのバッティングセンターでバント練習を始めた当初と比べると、ファールボールになっている回数は少しずつだが減ってきている。


ドシュッ。


コン。


―あーでも今のはピー前か…。

 バントということもあって、打球の勢いは決して強くはないが、バットの芯に当たってしまえばいくらバントといえど打球が強く転がってしまいかねない。永田が今バントした球は打球のコースがピー前、則ち実際の公式の試合ではピッチャーの正面に転がるコースのバントだったが、これがピッチャーに限らず他の野手の元にも強く転がってしまえば先の塁に送るべきランナーを目的地に達する前にフォースアウトにしてしまいかねない。東根チェリーズ戦の初回に廻って来た第1打席でも、永田はこのパターンでダブルプレーを取られた。


ドシュッ。


カッ。


―ああっち…、上げちまった。

 打球のコースを意識するあまり、根本的な部分である「転がす」ことを失念した為か、打球が真上に上がってしまった。

―まず転がすこと。コースはバットの角度を変えて、膝を柔らかくして後方に体重が乗っかるように構える…。

 永田は一からバントをする時の基本的な構えを1つ1つ思い出して確認しながら、再び構え直した。バットの角度を変えるといっても、決してバットのヘッドを下げて構えるわけではなく、バットを横に構えた後、自分が転がしたい方向に横にしたバット全体を向けるというイメージだ。ピッチャー前ならピッチャーの正面にバット全体が向く感じで構える。同様に、サード前ならばサードの正面に、ファースト前ならばファーストの正面に構えるといった具合だ。


ドシュッ。


コッ。


―今のは気持ちサード前か…? でもこういう感じなんだろうな。

 今のがラストボールだった為、ここで一旦終了。他の利用者が控えていることもあり、永田は終わるなり速やかにバットとヘルメットをそれぞれ元の場所に片付けて、利用したブースに一礼した後、次の利用者にも一礼して速やかに交代した。

―さてと。

 他の利用者が打ち続けている中、永田は休憩も兼ねて空き容器入れを挟んで自動販売機の隣にあるベンチに腰掛けた。そしてズボンのポケットからガラパゴス携帯電話を取り出して2つに折り畳まれている携帯電話を開くや…、

―ん?

誰かLINEでメッセージを送ってきたようだ。

―誰だべ?

 永田はすぐにLINEのページに飛んで、メッセージを確認した。

―え、何だこれ?

 LINEの画面上では、こんなやり取りが交わされていた。


『お忙しいところ皆に質問なんだけど、監督ってLINEやってたっけ?』

『え、知らない』

『知らない』

『知らない』

『てかそもそもその話自体聞いたことない』

『多分皆知らないと思うよ。これはウチの選手だけのグループLINEでしょ?』

『あそっか…。じゃLINEじゃなくても良いから、誰か監督に連絡つけるって人いる?』

『さあ…』

『大体皆連絡先知らないんじゃね?』

『あの人今スポーツ用品店やってるよ』

『え、マジ?』

『監督さ、来た当初教員を定年退職したばかりっつってたじゃん。でもあの後簿記の検定か何かに合格して、それで今自宅も兼ねたスポーツ用品店で働いてる』

『最近始めたばかり?』

『いや結構昔からある店。ずっとこの家で暮らしてきて、定年退職を機に正式に引き継ぐことにしたらしい』

『教員お勤めになられていた間店どうしてたんだ?』

『嫁さんいて、主に嫁さん中心に店回していたらしい』


 このLINEのやり取りに、永田も参加した。


『皆お疲れ様ー』

『おーお疲れ様ー』


 反応があったところで、永田は一連のやり取りを見た上で質問することにした。


『監督が働いてらっしゃるっていうスポーツ用品店、どこ?』


 このグループLINEにはN`Carsの選手18名全員が参加している。そのうち、今のやり取りに参加しているのは、まず最初に質問を持ち掛けた松浪と、参加した順に高峰、三池、戸川、都筑、萩原、小宮山の6名を合わせて7名、そこに永田が加わって8名という状況である。今の永田の質問に、真っ先に徳山監督が自宅兼店舗のスポーツ用品店で働いているとの情報を持ち掛けた戸川がスピーディーに反応する。


『ここなんだけど…』


 文面の下に、何やらリンクらしきアドレスが貼ってあった。更にその下の画像を見る限りでは、どうやらそのスポーツ用品店の地図のリンクらしい。永田はそのリンクに合わせるべくガラパゴス携帯電話の十字キーを操作して、リンクとぴったり合ったところで十字キーの真ん中のボタンをクリックして、リンク先にジャンプした。

―ここなんだ…。バッセンから近いのか?


『リンク確認したよー』


永田は続け様に、自分の現在の居場所も教える。


『オレ今バッセンいるんだけどさ』

『え、どこの?』


―えーと…。

 店舗名まで意識せずにただただバッティングセンターを探して見つけて入ったので、どこのバッティングセンターかは把握していなかった。永田は一旦バッティングセンターの外に出て後ろを振り返り、店舗名を確認するとすぐに中に戻って、先程まで座っていたベンチの前で立ち止まってから速やかにLINEで送信した。


『あれ、そこ近くね?』

『そっからだと歩いてでも行けるぞ…』

『えっ、マジ?』


 今永田がいるバッティングセンターが徳山監督が働いているスポーツ用品店と距離が近いというのだ。すぐさま永田は戸川から送られてきた地図のリンクをもう1度開いて、今度はバッティングセンターのある場所を確認した。

―あれ…? ホントだ近いな…?


『じゃ、永田にお願いして良いかな? 明日のことでさ…』

『ん?』


 松浪は永田が今徳山監督に最も近い場所にいることがわかると、すぐに本題である明日の集合場所や内容についてをLINEで送信した。


『あれ、明日って確か8時にいつものグラウンドに集合だったんじゃ…』

『明日北前じゃん?』

『はい』

『距離を考えて8時集合で、いつものグラウンドで練習してから移動って話だったけど、そっちよりも先に近くまで移動してから練習して球場入りしたほうが良い』

『えっ…、ああ、そっちが堅実ってか』

『まあそうね。それに家の近くに同じくらいの大きさのグラウンドがあって、瞬と健が今自主練に行ってる』

『そこって実戦練習できるぐらいの大きさ? なら尚更そっちだけど』

『できるできる。いつものグラウンドでも実戦練習バンバンやってんじゃん』

『ああそっか…。したらできるな。わかった、すぐ行ってくる』

『よろしく頼む』


 ある意味お遣いに行くような感覚で、永田は一旦バッティングセンターを出て、戸川から送られてきた地図の画像を頼りに歩いて徳山監督が働いているスポーツ用品店に向かった。




山形県N市 徳山スポーツ店




―監督の車だ。ナンバーも一致してる。どうやらここで間違いないな…。

 永田は草野球カップの山形県大会の組み合わせ抽選会場に向かう際に徳山監督の車に乗って向かったので、車種とナンバーは確りと覚えていた。それに一致する車がスポーツ用品店の駐車場に停まってあるのを見て、この店であると確信した。

 店舗側の入口は2枚のガラス戸が左右にスライドして開くタイプの自動ドアが設置されており、永田もそこから店内に入った。

「いらっしゃいま…、あ、あれ?」

「どうも、お疲れ様です」

「永田でねえが。何した?」

「ちょっと頼まれごとがありましてですね…」

と言うと、永田は徳山監督が立っていたレジカウンター…、ではなく、その横に設置されているドリンクコーナーに向かい、そこで冷蔵されていたスポーツドリンクがベースの飲料ゼリーを手に取って、レジカウンターに持って来た。

「頼まれごとってこれが?」

「や、そっちはついでなんすけどね…」

 徳山監督はレジカウンターに置かれた飲料ゼリーを手に取り、レジの脇に掛けられているバーコードリーダーで飲料ゼリーのバーコードを読み取った。

「はい、108円頂戴いたします」

 永田は財布から小銭を1枚ずつ取り出しながら、続けた。

「ちょっとLINEでねえ…、明日の件についてある提案があったんですよ」

「明日? 何の提案や?」

「ちょっと…、小銭全部出してからで良いですか?」

「108円あれば良いんだぞ」

「ええ、わかってますそれは…。えっと、1、2…」

「何か時間かかりそうだな。先聞ぐが?」

「あ…、いや、大丈夫です。間に合いました」

「あ、良かった。はい、これで…」

―えっ?

 徳山監督は釣り銭トレーに置かれた小銭の数に、きょとんとした。

「ちょっと待で? これ…、えーと…」

 その数に驚いた徳山監督だったが、1種類ずつ、1枚ずつ丁寧に数えた結果、合計で108円丁度あった。

「しがしおめ…、100円玉無しで良ぐ払えだな」

「細かいのが増えすぎちゃって…」

 因みに払った合計108円に使用した硬貨の内訳は、50円玉1枚、10円玉4枚、5円玉1枚、1円玉13枚の合計4種類19枚である。これでぴったり108円ではあるが、この多さには驚かない筈がない。なぜなら監督が言うように100円玉と、端数の8円は5円玉や1円玉を使って払ったほうが大分スムーズに支払える筈だからである。しかし法的にはこの支払いでも問題はない。決められた金額の通りに永田がきっちり支払っていることも勿論だが、効果の枚数が支払いに使った全ての種類で1種類あたり20枚を下回っているからである。1種類の硬貨を1度の支払いで使える最大の枚数は20枚まで、逆に言えば1種類につき20枚以下ならば1度に支払いで使っても100%有効として認められるのだ。

「まず良いや…。ピッタシあっがら。108円丁度お預かりいたします」

 徳山監督は4種類19枚で支払われた合計108円の硬貨が載った釣り銭トレーを回収してレジの脇に置くと、発行されたレシートを永田に手渡してから、効果を種類毎に分けてレジの中に閉まった。

「で、その提案というのがですね…」

 永田はガラパゴス携帯電話のディスプレイを最大限まで明るくしてから、先程まで行われていたLINEのやり取りの画面を徳山監督に見せた。

「あー…、こういうことが…」

 一連のやり取りの画面を見た徳山監督が、何かを考え始めたように段々ゆっくりとした口調になった。

「ウチのグラウンドで、って思ってたが、そういうとこがあんのが…」

「らしいですね…。で多分、『北前の近くまで移動してから』っていうのと、瞬と健…、これ萩原と都筑ですね…、この2人が『自主練に行ってる』っていうのを松浪が発信してるんですよ。ってことは今3人はおそらく酒田のほうにいて…、で萩原と都筑がその場所に向かって自主練に行ってるというからグラウンドがあるって話も本当かと…」

「あれ? 松浪って酒田のほうがら来てんなが?」

「えっ…、ただ車のナンバーが庄内ナンバーだったので…、可能性はあるかと。庄内って言っても自治体は多くあるんですが、ただ釣りに行くっていう話、昨日してたみたいで…」

「ああ、したら可能性はあるな」

 これまでの話を基に、徳山監督は考えた。

「でもグラウンドったってよ、そのグラウンドってどうなってんだ? 誰でも自由に使える状態が?」

「さあ…、ちょっと聞いてみます」

 永田は今の徳山監督の質問を、彼からの質問であることを明記した上でそっくりそのまま松浪に質問した。

「今質問送ったので…、返事が返ってくるまで時間を使うことになるかもしれませんが…」

「わがった。来るまで待っでるがら」

「ありがとうございます」

 永田は徳山監督に感謝の言葉を述べて、一礼した。




再び山形県S市 某カー用品店




―永田が言ってくれるっていうことだったけど…、大丈夫だったのかな…?

 松浪は自分の頼みたいことがキャプテンを介して伝えてくれるということに一旦は安堵したが、直後にその結果を気にしてか、少し心配になった。

―ん?

 松浪のスマートフォンに、何やら着信が来た。LINEで誰か返信したようだ。すぐに着信メールに貼られてあったリンクからLINEの画面を開き、内容を確認した。

―えっ?

 そこには、永田から徳山監督に尋ねられたという質問の内容が書かれていた。

『監督からの質問。そのグラウンドって誰でも自由に使えるの? おそらく許可制だったりとかの話だと思うけど…』

―あーこれか。

 松浪は投稿された質問の内容を見て、すぐに返信を送った。

『使える…、っていうか使ってる状態。もう何十年も前から空き地になってるらしくて、その空き地を割と最近なんだけど市がグラウンドとして整備してくださって、現在は誰でも使えるようになってる。個人でなら問題ないんだけど、団体で使うとなれば許可要るっぽい』

 素早く打ち終えて返信して速やかにスマートフォンの画面をLINEから最初の状態に戻した松浪は、間髪入れずに画面をスリープモードに入れてからズボンのポケットに閉まった。




再び山形県N市 徳山スポーツ店




 永田のガラパゴス携帯電話が鳴った。何だろうかと折り畳まれていた画面を開くと…、

―あれ…?

メールが1通来ていた。何だろうか。

―えっ!?

LINEからだった。すぐにリンク先に飛ぶと、松浪から返信が届いていた。

「監督、来ました」

「来たが? 早いな」

 何しろ電話と違い文字を打って相手に送ってから返ってくるまでの時間が長く掛かると思っていた2人。思った以上のスピーディーな返信には2人とも予想外だった。

「あ、そういうこと…?」

 永田は松浪から届いた返信を目で読む。その内容から、彼の言っていたグラウンドはそういう場所なのかと納得した。

「一応こういうことらしいです」

永田は松浪から届いた返信の画面を徳山監督に見せた。

「許可制だったがやっぱり…。これ、誰行ぐのや? 松浪が?」

「うーん…、その団体の責任者とか?」

「オレが。でも許可ったら役場が?」

「役所ですかね」

「ああそうか市だから…、電話ですぐ許可下ろして貰うことできんのが? それが気になる」

 今の徳山監督の発言を聞いた永田は、徳山監督からの質問であることを明記した上で、再びLINE上で松浪に質問を返した。




再び山形県S市 某カー用品店




「松浪さん」

「はい」

 松浪を担当していた店員が来た。どうやら一通りの作業が終わったらしい。

「松浪さんのETCですが…」

と、店員が松浪の車のETC車載器のトラブルの原因と結果を説明し始めた時、松浪のスマートフォンが鳴った。

―え、いやちょっと今返信できない…。

 おそらく何かのメールと読んでいたが、店員と話している以上、そちらに耳を傾けなければならないと思っていた彼は、心の中で相手に待って貰うように頼んだ。

「一時的なフリーズが起きただけのようですね」

「フリーズ?」

「はい。点検前の松浪さんの発言からしますと、一時的に車載器とトールバリアの間で情報を交信する際に、車載器側が一時的なフリーズを起こしていたようで、正確に情報が受け取れず、それでトールバリアを通過できなかったものと思われます。今回点検したところでは、特に車載器も使用されているETCカードもどちらも問題が見当たりませんでしたので、これまで通りお使い頂いて問題はないかと思います」

「えっ、じゃあつまり?」

「修理したりですとか、長期に渡ってこちらでお預かりする、といったことではございませんのでご安心ください」

―あ、良かった。大したことではないのね。

「ただもしそれでも何度か引っ掛かるようでしたら、その際はまたご相談ください」

「あ、はい。態々ありがとうございました」

 松浪は店員との一通りの会話が終わると、立ち上がって感謝の言葉を述べて、一礼した。

 その後、車は元の場所に戻されて、鍵も自分の手元に戻って来た。

 そして費用だが、結果的には掛からなかった。今回の整備で万が一多額の費用が掛かっても良いように元から財布にあったお金に加えて、自分の預金口座から多めにお金を下ろしてきたが、結局1円も使わずに済んだ。

―じゃーこのお金は…、全部口座に戻しますか。

 エンジンを掛けてアイドリングで車とエンジンのウォームアップをしている間、松浪は今財布に入っているお金を確認してから閉じて、ズボンのポケットに閉まうと、先程自分のスマートフォンに届いた通知を確認した。

―LINE…?

通知はLINEからだった。先程の回答を受けて、永田がまた質問を送ってきたのだろうか。

―あーやっぱり。

案の定永田からだった。それも先程同様、徳山監督の質問であることを明記した上で永田から伝えるパターンだった。

―これって確か…。

 松浪はLINEの質問文面を見るとすぐにスマートフォンのブラウザを切り替えて、何やら調べ出した。

―あ、やっぱりね。

調べ終わると再びLINEに戻って、返答した。




再び山形県N市 徳山スポーツ店




 松浪からLINEで返信が返ってくるまで待ち続ける永田と徳山監督。先程は質問を送ってからすぐ返答が来たが、今回は少し時間がかかっているようだ。

―遅いな。さっきのが早過ぎたのか?

「電話で直接会話してるわけでねぇがらな」

 それはそうだ。焦っているだけだろうか…、と、思ったところへ永田のガラパゴス携帯電話が鳴った。

「来たが?」

―来たか?

すぐにガラパゴス携帯電話の画面を開く。着信メールが1件来ていた。

「LINEです…」

「したら松浪が?」

「さあ…、どう…、で、しょう…?」

永田はメールに貼られてあったリンクからLINEの画面を開いた。

「あー、監督」

「ん?」

 永田は松浪から届いた返信の内容を簡潔に纏めて、徳山監督に伝えた。

「えーと、こういうことらしいです。許可申請は電話でもできるとのこと、で、利用する団体の長の方、つまり監督ですね、が必ずやってください、と。で、申請の際は団体名と人数、利用目的、利用時間をお伝えください…、とのことでした」

「あーしたらいけるんだな。だけんど許可下りねがっだらそれこそいつものグラウンドでやってがらだし第一こんなスピーディーな申請で役所も困らねぇのが? 見つけでくれたのは有り難いけど」

「松浪情報によれば早ければ割とすぐに決まるようです。しかも今回みたいなスピーディーなのでも大丈夫らしいです」

「まー…、とにかくやってみるか…」

 徳山監督はレジカウンターの脇に置いてある固定電話から、グラウンドの利用許可を申し出た。




再び山形県S市




 松浪が教えてくれたグラウンドに、萩原と都筑がそれぞれ自分の野球道具を持って着いた。だが…。

「あれ? 誰もいなくね?」

「すっからかんじゃん」

グラウンドに誰もいない。誰か1人ぐらいはいるだろうと思っていた2人、あまりの閑散ぶりにグラウンドに入って良いのか謎に思った。

―良いの…?

―さあ…?

―だって誰もいねぇんだぞ?

―これ逆にわからないよね…ん?

 グラウンドの場所自体は今2人がいる場所で合っている。だが、利用しても良いのかという点で悩んでいた。すると、都筑が何かを見つけた。

「団体でご利用される皆様へ…、ん?」

 都筑が見つけたのは団体利用を目的とした利用者への利用申請の案内とグラウンドを利用する際の注意書きだった。

「これ個人って書いてなくね?」

「てことはオレら…、使って良いってことだよな?」

「うん…、だってこの看板の注意書きにさ」

 萩原は注意書きの中に書かれてあった文章に注目した。

『このグラウンドは1つの場所を利用したい皆様が使う公共の施設です。1人の勝手な行動で全体の秩序を乱したり、集団で無許可で場所を独占して他の利用者が利用できないようにするなどの行為は大変迷惑です。個人の利用であっても、許可を取った団体様の利用であっても、これらの諸行為に対しては厳正に対応いたします』

「って書いてあるから、あと他の文章にもどこにも『個人の利用であっても、利用許可の申請をお願いします』…っていう内容のは書いてないじゃん」

「うん」

「それに『団体様専用のグラウンド』っても書いてなくて、既に許可を取った団体が利用している時間だったらその旨を通知した上でたとえグラウンド内がすっからかんな状況でも止めてると思う」

「あー…。じゃ使いましょう」

「失礼します」

「失礼します」

 看板に書かれてあった内容を解釈した上で利用すると決めた2人は、挨拶をして一礼してからグラウンドに入っていった。いつものグラウンドではなく、2人にとっては全くの初利用であるこのグラウンド。そうした事情もあり、2人はいつも以上に丁寧にグラウンドに挨拶と一礼をしていた。

「じゃあまずアップ」

「いやその前にトンボの確認」

「え、何で」

「使ったらグラウンド整備するじゃん。やっぱり場所は把握しとかないと」

 2人はウォームアップを始める前に、グラウンド整備用のトンボとブラシが保管されている場所を確認した。

「あーここね…」

グラウンドの入口から奥に進んだところに、プレハブ小屋の物置が複数ある。その中の1番大きなサイズの物置に、トンボとブラシがどちらも多数保管されていた。

「結構あるな…」

 トンボとブラシはそれぞれ一纏めに、綺麗に並べて置かれていた。場所は入口からだいぶ遠いのだが、それでも整備できる道具があるだけ有り難かった。

「おい瞬、ベースもあるぞ」

「じゃ健、それ全部持って来て」

「いや、そうじゃなくて」

「何」

 元の場所に戻ろうとした萩原だが、都筑が見つけたというベースを確認する為戻って来た。

「ちゃんとグラウンドにはめ込んで使えるタイプだ…、じゃあホームベースもあんのかな?」

「あるかもね…。砂とかに覆い被さって見えてない可能性もあるから、良く探そう」

 萩原と都筑は、次はホームベースと3つのベースがそれぞれはめ込める位置を探し始めた。

「あれ…? ない…?」

「まさかの?」

グラウンドを一通り見た限りでは、ホームベースも、3つのベースがそれぞれはめ込める位置も見つからない。しかし、それだと1つ矛盾がある。物置にあった3つのベースはいずれもグラウンドにはめ込んで使うタイプなのに、これでははめ込められない。つまり使えないのだ。

―参ったな…、


カチャッ。


―ん?

 都筑の左足の下辺りから、何やら金属の蓋のような音がした。

―何だこれ?

 2,3回同じ場所を踏んでみるが、どうもこの辺りに何か金属の蓋のようなものがあるらしい。都筑は一旦その場にしゃがみ込み、砂を両手で掃けた。

―あれ? これって…。

砂の下からは、金属製の小さめの蓋が見えた。形状は正方形で、ベースのグラウンドにはめ込む部分も、断面が正方形だった。

「瞬」

「ん?」

「ちょっとベース持って来て」

「ベース?」

「うん。どれでも良いから」

 これだけの広範囲な場所でこれだけの小さなサイズの物を見つけたので、無闇に動けばまた探すことになって、二度手間になるかもしれない。そこで、都筑は敢えてその場を動かずに、萩原に物置にあった3つのベースのうちの1つを持って来させた。

「あったの?」

「今から確かめる」

 都筑は萩原がベースを持ってくる間、蓋を開けて待機していた。その蓋が開いた場所に、萩原は持って来たベースをはめ込む。

「ピッタリだ…」

「てことは…、ここら辺でできそうだな?」

「だね。で、隣のベースは…」

「ダイヤモンドは1辺が27.431mだから少なくともここから半径30m以内にはある筈」

 そこで2人は、今度は今はめ込んだベースから半径30m以内を慎重に歩いて、同じようなところがあるか探した。

「あ、これじゃね?」

今度は萩原が見つける。先程の都筑と同じようにその場にしゃがみ込み、両手で砂を掃けて、金属製の小さな正方形の蓋を確認する。

「あったー」

「おー、そこか」

同じように探していた都筑が萩原の元に駆け寄って、場所を確認。これで2つ目のベースをはめ込む位置を確認できた。

 残りは2つ。3つ目のベースをはめ込む位置と、ホームベースである。

「30m以内の…、どっちかなんだよね…?」

「ここ2つがこう繋がってるってことは…、やっぱりこの左右どちらかなわけだよな?」

今都筑と萩原が見つけた2つのベースをはめ込む位置は27.431mの距離を置いて隣り合っている。そうなると、残り2つはそれぞれ既に見つけたベースをはめ込む位置から左右どちらかに90°曲がっていることになる。

「今いる位置からどっちかだな…。左右二手に分かれよう」

 2人は今いる位置から左右二手に分かれて、先程2つ目のベースをはめ込む位置を見つけた時と同様、半径30m以内を慎重に歩いて、同じようなところがあるか探した。

―これだ!

「あった!」

見つけたのは、右側を選んで探していた萩原だった。左側を選び探していた都筑も、萩原の声を聞いてそこに駆け寄った。

「ここか…てことは」

「ホームベースはあそこだね」

 萩原はホームベースがあると確信した場所を指差した。指差した先の場所は、これまでに見つけた3つのベースをはめ込む位置からそれぞれ延長線上を真ん中のはめ込む位置からはそのまま真っ直ぐに、両端のはめ込む位置からは真ん中の延長線上に合流できるように角度を合わせて伸ばして、3本の延長線上がぴったりと重なった位置である。

「砂掃ってくる」

 そう言うと都筑は今萩原が指差した位置に走っていった。

―確か瞬の差した位置はこの辺…、あっ。

「ホムベ発見!」

両手で砂を掃うと、その下からは五角形のホームベースが見えた。ホームベースは長方形と二等辺三角形を組み合わせたような形状の白いベースだが、角も5つ、辺も合計で5本あるのでれっきとした五角形である。

「これでダイヤモンドは見つかったと」

「いや…」

「まだ何かあんの?」

「ピッチャーズプレート…」

「ああ…、てかそれがあるんならマウンドもないと。多分あのちょっと緩い盛り土んとこ」

「いや緩くないか? 高さがあんま出てない…」

 これまでに見つけた4つ全てのベースをはめ込む位置を囲むとダイヤモンドができるが、わかりやすいようにホームベースのフェアグラウンド側に向いている辺からセンター方向に延長線上を伸ばす。その延長線上がグラウンドを縦に真ん中に通るようにして、その上でホームベースを起点に1塁から順に左回りで結んでいくと、先程の延長線上を真ん中にしてみた時にダイヤモンドのような形に見えることからそう呼ばれている。

 しかし、これで完成ではない。野球をする上で大変重要な、ピッチャーズマウンドとその頂上にあるピッチャーズプレートの場所をまだ把握していない。

「ホムベのフェアグラウンド側、センター方向に18.44m先のちょっと盛り上がったところだからやっぱこの辺だよね…?」

 いつものグラウンドよりもマウンドのホームベース方向への傾斜が緩く、2人も少し違和感を覚えたが、取り敢えずそのマウンドの頂上の砂を都筑が両手で掃う。

「…あ、これだ。ピッチャーズプレートあるから、多分ここがマウンドで間違いないと思う」

ホームベース側から見て横向きに長方形の白いプレートが見えた。これがピッチャーズプレートだ。

「それにしてもさ」

「何?」

「やたら砂被ってたよね」

「それは仕方ない」

 グラウンドの大まかな構図がはっきりしたところで、2人は談笑しながらウォームアップを始めた。グラウンドの砂が被っていたのは、このグラウンドの場所自体が日本海から来る潮風をダイレクトに受け易いからである。この庄内地方はその大半が日本海と隣り合った庄内平野で占められており、海から近いところは勿論、ある程度距離があっても潮風がダイレクトに吹く。その為このグラウンドも砂が頻繁に飛ばされて、萩原や都筑のように両手で砂を掃ってからグラウンドを整備するといったこともしょっちゅうである。

 とはいえ、この潮風がなければできないことだってある。この強い潮風を利用した発電方法、そう、風力発電だ。日本海沿いに庄内砂丘があるが、その近くに幾つもの風力発電機が建っている。近くを走る道路にはおそらく潮風で飛ばされたであろう砂が頻繁に道路に被さっているが、同時に風力発電機もその潮風を受けて風車が回っている。自然エネルギーの恩恵を受けているからこそ成り立つ生活であり、成せる業である。

 一通りのウォームアップが終わり、2人はキャッチボールの準備を始めた。

「最初どんな感じでやる?」

「やんわりと」

「やんわりと? どんな感じよ?」

「え…、だから、体重移動を意識したような感じの…」

 2人はグローブとその下に守備用の手袋をそれぞれはめると、10m強程の距離を取って向かい合った。

 そして先程の説明をすべく、萩原は都筑に構えるよう指示を出した後、実際に投げてみる。

―?


パン。


 ふわっと、柔らかく山なりの軌道を描いたボールが、構えていた都筑のグローブに収まる。

「あ…、そういうこと?」

 都筑は今の萩原のスローイングのフォームとそこから放たれて自分のグローブに収まったボールの軌道を見て、萩原が何を言いたいのかがわかった。

 萩原は、コントロールと下半身の体重移動を意識したフォームから始めるというのだ。下半身の体重を、投げる相手に向かって足を踏み出すと同時に後ろ寄りから前寄りに移動させる。この時、歩幅はそれほど大きくなくて良いので、下半身の体重を確りと自分の体の前、則ち投げる相手に近いほうの足に移動することがポイントだ。コントロールは、キャッチボールをやる上で良く聞くのが投げる相手の胸から上の部分を目指して投げるというフレーズ。目線を投げる相手から離さないのは勿論のこと、ボールをリリースする位置は自分の顔のすぐ前、スローイング時のフォームにもよるが厳密には斜め手前から放ることになる。そして先程の下半身の体重移動の際にも、コントロールをつける上で重要な部分がある。それは踏み出した足の爪先の向きである。爪先が投げる相手に対して正対していれば、確りとストライクボールが入る。このキャッチボールの基礎をおさえたフォームとボールを見せることで、萩原はまずこの基礎の部分から始めると言いたかったのだ。

「ほれ」

―随分初歩的だな。距離が近いから仕方ないとはいえこれできないと後が大変なんだよな…。

 都筑も同じようなフォームで同じようなボールを萩原に投げ返す。萩原は再度都筑に投げ返す前に、

「でー」

「ん?」

「ちょっとずつ距離取ってって…、やがてはいつも中継練の時にやってるようなボールで」

「中継練…? ああ、ノックの時のとか?」

「うん。ああいう感じで」

「つまり、ゆくゆくは山なりから段々ライナーにしてくってこと?」

「そう」

と言って、徐々にお互いの距離を取る毎に、投げるボールも段々山なりの弱めのボールから低いライナー性の強いボールにしていくことをお互いに確認し合った。

 2往復目は、元の距離から1歩分距離をつけて投げる。つまり最初の10m強+αということになるが、ここでも…。


パン。


軌道はまだ山なりだが、下半身の体重移動を重視したフォームからお互いに1往復。そして山なりと言っても軌道の高さは先程より若干低めにお互い放っている。このように2人は、1往復キャッチボールをする毎に1歩分距離をつけて、軌道を少しずつ下げて、段々ボールの威力を強くして投げる。いつものグラウンドでやっている通りのキャッチボールスタイルを、2人はここでも貫く。そして20m過ぎには…。


パン!


始めた当初より、お互いのグローブから甲高く乾いた音が響くようになった。お互い徐々に山なりから低く強く投げていることで、ボールを捕る時の音も大きく伝わるようになっていた。

 だが、2人とも決してノーバウンドで投げようというわけではない。あくまで低く強く相手に投げることを意識しているので、バウンドするのはその結果だと思っていた。

 そしてモーションも先程より大きくなった。具体的には、距離が遠くなる毎に投げる際の歩幅が段々と広くなっているのだ。しかし歩幅が広くなったところで、基本的なキャッチボールのフォームが変わるわけではない。歩幅が広くなることで、下半身の体重移動がより力強くなる。低く強く投げたり腕の振りを力強くするといった上半身の動きもさることながら、この下半身の体重移動が力強くできるからこそ低く強いボールが投げられるのだ。

 2人の距離は既に30mを過ぎていた。塁間の距離である27.431mを越えて公式の試合では外野のエリアが迫っている辺りで、一旦キャッチボールが止まる。

「どうする? どこまでやる?」

「えー? センターの定位置ら辺じゃね?」

「じゃあ、そこまで行くか」

「OK」

どこまで行った辺りでキャッチボールの区切りとするか、2人でお互い確認し合った。考える基準はいつものグラウンドでやっている通りの内容だが、それでも確かな伝達と意思疎通の為確りと行った。

 2人のキャッチボールは距離が段々遠くなっても真剣そのもの、且つお互いの間を飛び交うボールは速く強く鋭かった。萩原が遠く離れている都筑に向かって力強く低いライナーでギリギリノーバウンド、若しくはワンバウンドで投げれば、都筑もまた同じようなボールを萩原に投げ返す。萩原が自らのポジションであるセンターの定位置に着くまでこのキャッチボールは繰り返された。

 萩原がセンターの定位置に着き、都筑が投げ返してきたボールを捕ったところで、萩原がグローブに今捕ったばかりのボールを収めたまま、右手を挙げる。

「着いたよー」

「着いたー? あーじゃあそのまま待っててー」

「えー? 待ってろー?」

「うーん。オレ場所移動すっからー」

―場所移動…? どこにだ…?

 そう言うと都筑は場所を移動し始めた。いったいどこに向かおうというのか。

「しゅーん、ここだ! こっちにボールよこせ!」

 都筑は目的の場所に着くと、自分のグローブを地面に叩きつけてボールを要求した。しかし…。

「え、ベースなくて大丈夫?」

「…あそっか」

 都筑が着いたのはサードベースをはめ込む位置だった。自らのポジションで守るべき塁ではあるが、ベースをはめ込まれていない状態では練習にならない。そこで、萩原に指摘されたこともあり、都筑は取り敢えずサードベースを取りに行った。

―オレも何かやろ…。

 都筑がサードベースを取りに行っている間、萩原もサードベースをはめ込む位置に向かって走った。そして先程の場所探しで見つけた金属製の蓋を開けて、いつでもサードベースをはめられるようにしておいた。

「お待たせ」

「ほい、開けといたよ」

 都筑がサードベースを持って走ってきた。戻った位置には、既に萩原が蓋を開けてスタンバイしていた。

 都筑がサードベースをはめ込んだところで、萩原があることに気付いた。

「てか…、これさ、てかこの後さ、センターからバックサードの練習よね?」

「え、うんそうだけど」

「最初からボール持ってバックサードってやるより、オレが打球処理してからのほうが良い気がする」

「あー…、ノッカー要るってこと?」

「うん」

「なら響呼ぶか?」

「アイツ下手したらまだ運転中かもしれねぇから…」

「あそっか…。 カー用品店行ったんだっけ」

「じゃあ他の誰かか…」

「今から? 今からこっち来いったって絶対1時間はかかる。止めとけ」

「練習中断してノッカー待つ為だけに1時間はさすがに待てんわ…」

 N`Carsのメンバーは、選手・監督・マネージャーの合計20名のうち、松浪以外の19名が内陸側にある村山・置賜・最上の各地方のいずれかに住んでいる。いずれにせよ、それらの地方から萩原と都筑が現在自主練習をしている酒田のグラウンドまで、彼らが言うように1時間はかかるので、移動してくる彼らを思えば自分たちも長時間かけて移動して来ただけにそのキツさは良くわかっている。それにそのくらいの時間があれば、まだまだ自主練習に使うこともできる筈である。

「うーん…、ん、そっか」

「あ、あれ? 瞬どこ行くの!?」

 長考の末何か閃いたらしい萩原は、一目散にどこかへと駆けて行った。

―アイツどこ行く気だ…?

 グラウンドから出て手当たり次第にノッカーでも探しに行ったのだろうか。いや、それは無謀過ぎる。それに萩原は松浪以外で庄内地方に知り合いがいるという話をしたことがないから多分誰かを呼びに行ったわけではないと思うが…。

―あれ? 物置?

 萩原はプレハブ小屋の物置の前にいた。そして中に入って何かを取り出したようだが…。

―ノックバット…? でもあの物置にノックバットあったっけ? …違うベースだ。何で?

 萩原はベースを持って元いた場所に走って戻って来た。

「しゅーん、そのベースどうすんのー?」

「ここにはめるー」

―えっ…? そこセカンドベースのとこじゃん。何でバックサードの練習なのにセカンドベースが要るんだ…?

 萩原がセカンドベースをはめ込んでいる間、都筑は萩原の行動に疑問を持った。

「できた」

「いやそれどうすんのよ」

「バックサードの練習に使う」

「どうやってよ」

「ボール貸して」

「えっ…、ああ…」

 都筑は言われるがままに萩原にボールを投げて渡した。

「健はそのままサードベース上で構えてて。いつものバックサードを待つ感じで」

 萩原は都筑からボールを受け取ると、そのまま彼のポジションであるセンターの定位置まで走って向かった。この間、都筑は萩原の言う通りにサードベース上でセンターの方向を向いてセンターからサード方向に返ってくるボールを待つイメージで構えた。

―このまま瞬からダイレクトに来るとか…? いや、でもそしたら何でセカンドベースはめたのかわかんねぇな…。

 萩原はセンターの定位置に着くと、何とボールをセカンドベースの方向に向かってグラウンドに転がした。

―え…? 何やってんのアイツ!?

転がったボールはセカンドベースの側部に当たると、再びセンター方向に戻って来た。すると萩原はその跳ね返ったボールに向かってダッシュすると、グラウンドを転々としているボールをランニングキャッチした。

「健行くぞ!」

「えっ? えっ!? ああ…」

萩原はランニングキャッチの後、その余勢を活かして足元を都筑の方向に向けながら、先程のキャッチボールで投げたような低く強いライナー性のボールをサードベース上で構える都筑に投げ返した。


バシィ!


「タッチ!」

ノーバウンドで低く来た返球を都筑は捕って、これまた練習でやっているタッチプレーと同じように、タッチと叫びながらボールを収めたグローブを鋭くベースのすぐ前に降ろす。都筑は今の萩原の行動を見て、もしかして、と思いつつ質問した。

「しゅーん」

「何ー?」

「セカンドベースってその為に使うのー?」

「うーん」

 萩原はこのセカンドベースに自分で転がしたボールを当てて、再び自分のいる方向に跳ね返って来たボールをいつものグラウンドでの練習や実際の試合でのセンター方向に打ち返された打球に見立ててバックサードの練習をするというのだ。

 セカンドベースをそう使うのかよ…、でもノッカー無しで実戦形式の練習をするならこれもアリか…?

「けーん、早くボール返して」

「ああそっか」

などと考えていたら、萩原にボールを返すよう催促されたので、都筑は萩原にボールを投げ返した。

「次行くよー」

 萩原は都筑から投げられたボールを捕ると、先程と同じようにそのボールをセカンドベースに向かって転がした。

 ボールがセカンドベースに当たり、センター方向に転がる。打球に見立てたそのボールに向かって萩原はダッシュしてランニングキャッチ。そのままサードベースの方向に体を向けて投げたが…、

「やべ、ちょっと左逸れた!」

萩原から見て都筑及びサードベースの左側、都筑から見て自分の右側に返球が大きくやや高く逸れた。都筑はサードベースから離れてまずこの送球に飛び付きキャッチ、そのままサードベースに体を反転させてベースタッチ。

―ふぅ…。

「わりぃ!」

「あー良い良い気にしない。それより次行こ」

 都筑は起き上がると、先程と同じようにボールを萩原に投げ返した。守備側のプレイヤーがベースやランナーへのタッチプレーを行う際は、どうしてもそれらを意識しがちだが、まずはボールを確実に捕って、それからベースまたはランナーにタッチするほうが良い。今のプレーで都筑がベースから離れてでもボールを捕ることを優先したのはその為である。

―今度はちゃんと低めにストライク。

 萩原が転がしたボールが、セカンドベースに当たってセンター方向に跳ね返ってくる。再びセンターの定位置からダッシュしてランニングキャッチすると、先程の悪送球を反省してきっちりと低めに強いストライクボールをサードベース上で構える都筑に向かって送球した。


ガッ!


「おっ…と」

 低いライナー性の送球がイレギュラーバウンドで都筑が構えたグローブの位置より高くはなったが、それでも都筑が捕れる範囲でのバウンドの高さだったのでそのまま捕って、ベースタッチ。

「こんな感じで続けてくよー」

「うーん、わかったー」




再び山形県N市 徳山スポーツ店




「…はい、はい。わかりました。では明日、よろしくお願いします」

 グラウンドの利用許可の申し出の電話が終わり、徳山監督は受話器を元の場所に置いて電話を切った。

「どうでした?」

「明日の午前10時がら12時までってことで話ついた。遅くとも12時半さなったらもうグランドを出てください、って」

「ああ、良かった。で、10時から12時までですね?」

「ああ。で、12時半さなったらもう出るってことで皆さ言っとけ」

「はい」

 永田は今徳山監督に言われたことを、LINEの画面が表示されているガラパゴス携帯電話の画面の下半分にある文字や記号などの多数のキーを左手で叩いて画面に打ち込み、チームのグループLINEに送信した。先程の選手たちのみの、主に各々のプライベートを中心にしたグループLINEと違い、今度はマネージャーの井手も加わった、チームの活動に直接関わることのやり取りを中心にしたグループLINEである。

「ついでにその現地のグラウンドに移動してからってことも…」

「うん。それも伝えとけ」

「はい」

 永田は今の質問の回答もグループLINEに文字を打って、送信した。途中、何件か返信が来たが永田は文字を打って送信まで完了してから確認することにした。同時に文字を打ちながら、今の連絡事項をより簡潔な表現にして再送信しようとも思った。

―これでわかり易いかな…?

 永田は2つの連絡事項をグループLINEに送信した後、更にそれらを簡潔に纏めた内容の文章も送信した。


『明日の連絡事項 簡潔版』

『before:8時にいつものグラウンド集合→練習→北前球場に移動→試合』

『after:8時にいつものグラウンド集合→北前球場近くのグラウンドに移動→練習(10 a.m.-12 p.m. 12:30グラウンド発)→北前球場に移動→試合』


 簡潔版をグループLINEに送信した後で、永田は数件来ていた返信を確認した。

―あ、やっぱりね。でも簡潔版送ったから大丈夫かな?

 その後で、永田は松浪に頼まれていたことを徳山監督に質問した。

「それでなんですけど、萩原と都筑と松浪はどうします? 直接その松浪が言っていた明日使うグラウンドに直接現地集合で良いですか?」

「そのほうが良いな。折角近くまで来ているのに、また戻ったんだば二度手間だがらな。荷物は他の皆で持ってぐがら、おめだつ3人は10時前にはそのグラウンドさいろ、っつとけ」

「はい」

 永田は萩原と都筑と松浪の3人に、今の連絡事項を送信した。

―しかし釣りとか羨ましいな。釣果どうだったんだべ? 海神様に感謝しながらお恵みを有り難く頂いているのかな…。




再び山形県S市




「わっ…、と」

「ああっ、わりぃ」

松浪が教えてくれたグラウンドにいる都筑と萩原は、先程から引き続きバックサードの練習をしていた。センターの定位置近くにいる萩原とサードベース付近にいる都筑の間で何十往復も1個のボールが飛び交っていたが、センターの萩原がサードベース上にいる都筑に投げた送球が低過ぎて難しいバウンドになり、都筑がグローブを下から掬い上げるようにして捕ろうとするも捕れず、そのままボールは3塁側ベンチの中に入ってしまった。

―あらら…、ベンチ入っちゃったよ…。

―もっと体張って止めればよかったな…。

 都筑が逸れたボールを捕りに3塁側ベンチの中に入った。センターの定位置付近にいた萩原も、どこか申し訳ない気持ちを覚えて3塁側ベンチの方向に走っていった。

―…あれ…? 健のヤツ何やってんだ?

サードベースの近くまで来て足を止めた萩原は、その正面にある3塁側ベンチの中に背を向けて前屈みになっている都筑を見ていた。ボールを探しにこの中へ入った彼だが、ここで動きが止まっているということはおそらくこの付近にボールがある筈。ただ一向に都筑はボールを拾おうともしない。何をやっているのだろうか。

―あの辺に何かあんのか?

この近くにボールがもう1個以上あるのだろうか。だとすればどちらが、或いはどれが自分たちの使っていたボールか迷っていてもおかしくない。しかしこのグラウンドには自分たち2人だけしかいない。だとすると他の誰かが前にこのグラウンドを使っていて、知らない間にそこにあるボールを忘れたまま帰ってしまったのだろうか。

「え!? マジ!?」

前屈みの姿勢のままの都筑から声が聞こえた。益々気になった萩原、だったが…。

―えっ?

前屈みの姿勢だった都筑の上背が若干起き上がり、同時に左手で何かを自分のズボンの左ポケットに閉まうのが見えた。

―スマートフォン?

「お待たせぇ」

3塁側ベンチから出てきた都筑がボールを右手に、グローブを左手にはめない状態で持って来た。

「ほれ」

サードベース近くまで走って待機していた萩原にボールをゆっくりと投げ返すと、萩原はそれを捕るなり都筑に質問した。

「さっきベンチの中で何やってたの? 天然記念物でもいた?」

「いやいねぇよ」

 やはり一瞬見えたスマートフォンらしきものが気になって仕方なかった萩原。更にこう続けた。

「いやあそこのベンチの隅っこでずっと前屈みになってたからさ…、何か撮ってんのかなと思って」

「だから撮ってねぇよ」

「じゃあ何してたのよ」

「さっき練習中にスマホの通知来てさ…、何だべなーって思って開いたらLINEだった」

「LINE? それで?」

「明日の連絡事項。明日今オレらが練習しているこのグラウンドに来てから練習だって」

「えっ、じゃあオレらは?」

「直接ここに来い、って」

「ああ良かった」

「響は知ってるのかな?」

「てか抑々これって響が最初に質問持ち掛けたんだから知ってるだろ」

「いやそうじゃなくて、その答えよ。質問は本人が送ったとしても答えるのは他の誰かだからまだ知らないかもしれないの。況してや運転中ならさ…」

「そっか。見るのは車を停めてからだからな」

「じゃ、練習再開しますか」

「ああ」

 そう言うと都筑はサードベースの周りの土を丁寧に足と手で簡単に均しながら、萩原がセンターの定位置に着くのを待った。左手にはめたグローブに先程都筑が投げたボールを確りと収めた萩原がセンターの定位置に着いて、再びバックサードの練習が始まった。




再び山形県S市 松浪家駐車場




 先程までカー用品店に出かけていた松浪が、実家の駐車場に戻って来た。結局支払わずに済んだお金はATMで自分の預金口座に戻しておいた。

―アイツらまだ練習してるかな…?

萩原と都筑の様子を気にしつつ、松浪は右足でブレーキペダルを踏み、速度が下がる毎に左足でクラッチペダルを踏んでシフトレバーを段々と低速ギアに入れて、車を道路の左端、則ち路肩にできるだけギリギリまで寄せながら、駐車場を少し過ぎたところで停まった。

―よし。

 松浪は赤線で描かれた二重三角形のマークが記されたボタン、則ちハザードランプを押した。後続車がいれば譲れるように左に寄せたのだが、バックミラーでも目視でも後続車は1台もいなかった。

 右足はブレーキペダルを、左足はクラッチペダルを踏んだまま、シフトレバーをリバース、則ちバックギアに入れる。その後で左後方が見易いようにシートベルトを外してから右足をアクセルペダルに踏み変えて、左腕をナビシート、則ち助手席の後方に回して左後方が確り見えたところで、半クラッチで車をゆっくりと後退させた。

 両サイドにあるオレンジ色のハザードランプが点滅して、白1灯のバックランプが点灯した車が、ゆっくりと下がっていく。先程道路の左側にギリギリまで寄せたので、そのままではまともに入れない為、少しだけステアリングホイールを右に回して先程まで走っていた走行ラインと同じ位置に揃えてから、曲がるべきタイミングに合わせて今度はステアリングホイールを目いっぱい左に回して自分が駐車していた駐車スペースに車を入れ始めた。

 車は道路の進行方向左側の駐車場にハザードランプとバックランプをそれぞれ点滅、点灯させながら直角に曲がって入っていく。自分の実家の駐車場とはいえ、後方の安全に留意しながら下がる。これでうまく入れなければブレーキペダルとクラッチペダルを目いっぱい踏んで一旦バックを中断して、シフトレバーをバックギアからニュートラルギアに戻してステアリングホイールを切り返してから再びシフトレバーを1速に入れて、半クラッチで少し前に出て、それから再びブレーキペダルとクラッチペダルを踏んで停まり、シフトレバーを1速からニュートラルギア経由で再びバックギアに入れて再度半クラッチで後退することになる。文章で書くと長くなってしまうが、駐車はスピード自体は低速域での作業なのに反して、これ程の細かく複雑な作業を熟すことで初めて完了できる為、どうしても長くなる。

―…おっ、よし。

 自分の実家の駐車場なのである程度入れ慣れているとはいえ懸念された入れ直しの作業だったが、今回はどうやらステアリングホイールを切り返すこともなく1回で駐車できたようだ。

 ブレーキペダルとクラッチペダルを同時に踏む。ハザードランプが点滅、ブレーキランプとバックランプがそれぞれ点灯した車がピタリと停まる。

 シフトレバーをバックギアからニュートラルギアに入れて、ハンドブレーキを掛ける。同時にペダルワークに忙しかった両足をフリーにする。ターボ車なのでアイドリングをかけながら過給機をクールダウンさせる間に、スマートフォンの画面を開いた。

―あ、良かった。通ったんだ、グラウンドの利用申請もオレの要望も。いやいやありがとうございますだわ。

 1つ精神的に楽になったところで、松浪は両腕を目いっぱい真上に挙げて、背伸びをした。…と同時に、あることに気付いた。

―ん? あっ、やべ、点けっぱだった。

駐車をする関係で点滅させていたハザードランプが、そのまま点けっぱなしになっていた。松浪はすぐに赤線で描かれた二重三角のボタンを押して、ハザードランプを消灯した。

 それから松浪はスマートフォンのLINEの画面に簡単に返信を送ってから再びスマートフォンの画面をスリープモードにしてズボンのポケットに閉まった。過給機のクールダウンが終わったところで、エンジンキーを回してエンジンを切って、その後左足でクラッチペダルを踏んでシフトレバーを再びバックギアに入れた。この駐車場は平坦なのでバックギアに入れたが、平坦な場所か下り坂で駐車する時はエンジンを切って車を停めた後バックギアに、上り坂では1速にそれぞれ入れる。これは駐車した後重力に引っ張られる等の理由で自然に車が動き出すのを防ぐ為である。

 駐車に必要な作業が全て終わった後、松浪は出かける時に家から持って来た物を全て持って、ドアを開けて車から降りた。

 鍵を掛けて、もう1度ドアノブを引っ張り確りと施錠されていることを確認すると、そのまま玄関の扉を開けた。

「ただいま」

―あれ…? 帰ってないか…。

 松浪は扉を開けるとこう言って自分の靴を脱ぐ関係で目線が下に行った時に、萩原と都筑の靴がないことに気付いた。どうやらまだ練習しているようだ。

「お帰り。どうだった?」

「どうだったっては? 車?」

「うん」

「何のトラブルも無し。一時的なフリーズが起きただけで、これまで通り使って問題無いってさ」

 息子の帰りを出迎えた母に今回の件を報告すると、そのまま洗面台へと向かった。

「父さんは?」

「囲碁の続きしてる」

「1人で?」

「いや、私と。囲碁を中断して出てきたから…」

「ああ、ごめんね」

「いや、良いけど」

 洗面台に着くなり松浪は水道の蛇口から水を出して、両手をかざした。

「父さんたら勝負の途中で食事が入っちゃったから、中途半端にはさせらんねぇって言ってまた始めちゃって」

「え、それって…、気持ちはわかるけどオレに落ち度なくね?」

「うん…、確かにないけど」

蛇口を元に戻して水道の水を止めて、石鹸を手に取って泡立てていると、

「アンタも似たようなもんだよ」

「え?」

母にこう言われた息子は、思わず泡立てていた両手を止めて、母のほうを見た。

「父さんもアンタも中途半端が嫌いで1回決めたら遣り尽くすじゃない? 父さんは昔っからああだし、アンタも今日料理を作ってくれたのといいやるって決めたら必ず最後まで徹底してやるもん。親子揃って物事には一本気なところは似てるんだねぇ」

―うぅ…。職業が漁師だっていう亭主とその息子を長い間見てきたおかみさんには2人の性格はお見通しってか。

完全に図星になってしまった息子。

「何で一緒になっちゃうんだよ…」

「そりゃ親子だから。後この手のでちょっと素直じゃないところも」

こうなると言い返す言葉もなかった。確かに父も母の言う通りの性格で、この一本気な性格をプラスに捉えている母にとっては息子のこの反応もまた本心は前向きであると捉えていた。表面的には後ろ向きだが、本心はその逆というのがわかっているので、強く言い返されても動じないどころか、寧ろ温かく受け止めるのが松浪の母の性格である。

 手を洗い終わり、確りとタオルで拭いて水気を取った松浪は、そのまま台所へと向かった。

―あら、良し。野菜類も…、ここにあるのは全て使って良いって言ってたな。あとは味噌…、まあこの量あれば大丈夫か。

 今日の夕食で作るあら汁の材料を、冷蔵庫を開けたり段ボール箱の中を見たりパッケージの蓋を開けて中身を見たりして確認していた。全ての材料が揃っていることを確認すると、松浪は昼食の時に戸棚の上に置いたお茶菓子の入った入れ物を持って食卓に座った。

―ちょっと休んだらオレも自主練に行こ。まだ夕飯まではだいぶ時間あるしなぁ。

 松浪は先程持って来た入れ物から小袋に入った堅焼き煎餅を取り出した。醤油を塗って焼かれた平坦で真円形の生地に海苔が貼られた、至ってシンプルな堅焼き煎餅だが、この単純さこそがこの煎餅の魅力なのかもしれない。

 帰りがけに自動販売機で買ったペットボトルのお茶と共に頂く。これが結構美味しい。

―マドレーヌこの間で切らしたんだっけ…? …あ、やっぱり。昨日母さん言ってたもんな。

 一段落したところで、松浪は入れ物を元の位置に戻して自主練習に行く準備を始めた。

「父さん母さん、また行ってくる」

「今度はどこへ?」

「自主練。あと煎餅1枚頂きました」

「煎餅?」

「あの…、入れ物に入ってるヤツ」

「あーはいはい」

―てかいつまで囲碁やってんの…? 何戦目だよ…。

 挨拶の為に一旦開けて、再び閉めた後の障子戸から聴こえる両親の真剣な声に、呆れつつも微笑ましく思う息子は、今度は自らの野球道具を持って玄関へと向かった。

―その後は特に何もなし、と。

靴を履いた後もう1度自分のスマートフォンの画面を開いてLINEに動きがないか確認したが、特に何も来ていなかったので、画面を閉じてポケットに閉まった。

「行ってきまーす」

「はーい、気を付けてー」

玄関の扉を開けると同時にもう1度両親に挨拶をしてから、松浪は自らが教えて萩原と都筑が練習しているグラウンドへと向かった。

―アイツら何やってんだべ? 2人じゃ練習内容限られるよな…。

 グラウンドまで歩いて向かいながら、あの2人がどのような練習をしているか考えていた。ただ松浪が心で呟いたように、2人ではどうしてもできる練習が限られてくる。そのような中で、2人はどのような練習をしているのか。少人数でもお互いの為、チームの為になる練習をしているならばそれはそれで良いと思った。

 松浪がグラウンドに着くと、萩原と都筑は引き続きバックサードの練習をしていた。しかし、松浪はあることが気になった。

―瞬のヤツ何やってんだ? セカンドベースにボールをぶつけて…?

 萩原はセカンドベースに当たって跳ね返って来たボールを打球に見立てて練習をしていたが、今来たばかりの松浪にはすぐにわからなかった。

「おーい、瞬、健」

「あれ、響?」

「もう終わったの?」

「終わったー。オレも練習するわ」

「大丈夫なの?」

「何が?」

「夕飯の支度…」

「うん、だからちょっとだけって言おうとしたの」

「ああ」

「ところで、何やってたの?」

「何って? 練習だけど?」

「さっきボールをベースに当ててたじゃん」

「バックサードの練習。ベースに当たって跳ね返って来たボールを打球に見立てて練習してたの」

「ああ、だからさっきからボールをベースに当ててたの」

「そう」

―つまり守備練はやってたのか…。まあさっきまで2人しかいなかったからな。

「バッティング練習は?」

「オレらしかいないからやってない…」

「トスバすらも? そのくらいならできると思ったんだが…」

「ああ…、トスバ…、か」

「バッティングの基礎だぞこれ。オレらバッティングのチームなんだから、尚更徹底しないと」

「そうだった…」

「でも、どうやって?」

「一応オレバット持って来てるから、守備のノック兼バッティング練習ってことで」

「つまり?」

「1人が打って後の2人が守る。打つ人はノックの要領で片手でボールを上げたら打つ。守る人はその打球を処理して、ノッカーに返す。但し返球は緩くで。素手だから」

「あっ、グローブはめる余裕ないのか」

「そ」

「OK。守る位置は?」

「いつも守ってるポジションの定位置で良いや」

「わかった。響、ボール要る?」

「ああ、一応」

 松浪は都筑から投げられたボールを素手で捕ると、萩原と都筑がそれぞれの守備位置に就くのを待った。

「質もーん」

「何ー?」

「これ何球交代とかってあるー?」

「ああー…」

―1球交代じゃ目まぐるしくて2人にもキツイよな。

「わかったー。ノッカーが5球打ってー、最後の5球目を捕った野手から返球をノッカーが捕った時点で交たーい」

「順番はー?」

「1巡目はやりたいヤツの挙手制でー。2巡目以降はその順番で行こー」

「OK。じゃ、お願いしまーす」

「お願いしまーす」

「お願いしまーす。まずセンター」

「えっ、サードからじゃね?」

「いや、瞬は慣らさないといけないことがあるから…」

―慣らさないといけないこと…? 何だべ?


キィン!


 都筑が疑問に思う中、松浪はノックの要領でセンター方向にフライを放つ。

―捕れる範囲だな。

「OK!」

 しかし、ジェスチャーした直後に様子が変わる。

―え、ちょっと待って…!?

「あ…、あらら…、っ」


ポーン!


ジェスチャーした位置より大きく左に逸れたこの打球に対応できず、萩原は結局自分の左側を打球に抜かれてしまう。

「おいおい、これ平凡のフライ…、だよね?」

「そうだけど?」

「じゃあ今何で瞬捕れなかったの?」

「風で大きく流されただけだよ。この辺海近いべ?」

「ああ、うん」

「明日やる北前球場もこのくらいの風はしょっちゅう吹いてっから、まず瞬には酒田の風に慣れて貰おうと思ってね…」

 今3人がいるグラウンドも、明日試合をする北前球場も、同じ海の近くにある。そうすると当然ながら潮風の影響を受けやすく、特にフライは風でその落下点が大きく左右される。この+αの要素を今のうちに体で覚えて貰おうと、松浪は敢えて最初にセンターフライを打ったのだ。

「健もやる?」

「えっ」

「サードフライ。内野だってフライの処理あんだから、お前も慣れとこ」

「ああ、じゃあお願いするわ1本」

「おし来た」


キィン!


 今度はサードの上空に高いフライを打ち上げる。都筑は暫く上を見上げて落下点を予測していたが、

「OK!」

見定めてすぐに捕球体勢に入る…、と、

「えっ?」

こちらも大きく風に流される。

「ちょいちょいちょいちょい…、ああっ」

 最後はバック転で捕りに行こうとしたが、最終的な場所がファール地域だったとはいえこちらも捕れなかった。

「すげー難しい」

「わかったでしょ?」

「うん」

「おーい、しゅーん、ボール早くー」

「ああ」

 自分の左後方に逸れたボールを捕りに行っていた萩原から、漸くボールが返ってくる。前以て緩い返球で返すように指示があったこともあり、遠方ではあったが緩く山なりのようなボールが松浪の元に投げられた。内野に来る頃にはワンバウンドで、松浪の手元に来る頃にはゴロで転がって来たボールを、松浪は素手で捕る。

「行くぞしゅーん」

「おー」


キィン!


 3球目、打球は再びセンターへ。初球の打球処理を反省して風の方向と風力からこの位置と読んだ場所に構える。

―この辺…、あ、あれ!?

 実際にはもう少し左の位置であり、またも捕れなかったが、1球目よりは大分近いポイントにまで来ていた。

「そうそうそんな感じ! 2人ともこの調子で続けてくよー!」

そう言うと、松浪は残りの4、5球目も同じようにフライを打ち上げた。全ての球でフライを打ち上げた松浪だったが、萩原と都筑は結局1球も捕れなかった。

「次どうするー? 瞬行くー?」

「いや、オレ打ちたい」

「健で行く? よしわかった」

 松浪は萩原を指名しようとしたが、都筑が自ら挙手して名乗り出た為、次のノッカーは都筑に決まった。良く考えたら、1巡目は挙手制だった。

「酒田の風は難しい」

「最初からフライで良いから」

「OK。準備出来次第行くよー?」

「了解。瞬も良いー? 次のノッカー健」

「OK」

「よし…、後は健待ちだな」

 松浪と都筑が役割を交代する為にすれ違った際で、両者がこの会話を交わした。松浪は今回の草野球カップでは背番号15を付けているがショートの控えなので、ノックも彼の正規のポジションであるショートで受ける。

「できたよー」

「よし、お願いします」

「お願いします」

「じゃあまずは自信あり気な響から」


キィン!


そう言うと、都筑は早速松浪が守るショート方向にフライを放つ。

「OK!」

 打球の落下点を予測した松浪は、ショートの定位置…、ではなく、なぜかセンターのかなり浅めのところに回り込んでいた。

「えっ、そこオレのテリトリーじゃね?」

 これを見た萩原が近くまでダッシュするが、

「いやオレだ。多分今吹いてる風の風向と風力を考えたら…、」


パン。


「えっ…?」

「センターまで行く程の風ではない。でも定位置のショートフライで捕るには風がセンター方向に強かった。だからオレはその分を計算して、瞬でも捕れそうなテリトリーに敢えて入ったわけ」

「風向と風力を予測した上で捕るのはわかったけどさ、何で最後お前が捕った? オレに任せても良くないか?」

「やっぱ中途半端より最後まで捕るとこ見たいじゃん? それでこそ『風が吹いている時は、ああ、こうやって捕れば良いんだな』っていうのがわかるでしょ?」

―それで態々捕ったのねー。単にショートへのノックだからとかじゃなく。

 風に乗った打球を涼しい顔で捕った松浪は、先程近くまで走ってきた萩原にこうレクチャーすると、ノッカーの都筑に山なりのボールを投げ返した。

 「次、瞬行くよー!」

「はい!」


キィン!


 今度はセンター方向にフライが上がる。まずは本来の、則ち無風状態の時に予測されるフライの落下点を読み、そこから風向と風力を計算して最終的な落下点を読んで、その位置に回り込む。

―あ。

―多分ここ…、おっ?

萩原はこの一連の行程を確りと行使してフライに追いついたかに見えたが、追いついた時に再び風向が変わり、センターから右へ吹いていた風が、今度はそこから更に後方に伸びるような風となった。

―おいおい、マ…、


パシッ。


―ふぅ…。

 最後は無事にランニングキャッチできたが、途中で風が変わったことでドッと冷や汗が出るようなキャッチングとなった。

「危なかった…。いきなり風変わったからびっくりした」

「でもナイスキャッチ。ちゃんと風向と風力を踏まえて捕ってた」

「でもいきなり変わるのは反則」

「それが自然だから。風だから。人の力でどうにもできないことに反則なんて言っちゃ駄目よ」

「そうだね」

 萩原はそう言うと、これまでのノックと同様に、今度はノッカーの都筑に山なりのボールを投げ返した。

 都筑はそのボールを素手で拾い、ノックの体勢に入る。

「響良いー?」

「良いよー」

「よおしっ」


キィン!


 またも風に乗って飛ばされるショートフライだったが、松浪は涼しい顔でこれを捕る。それを見ていた萩原は疑問に思い始めた。

―アイツは何で冷静に捕れて、オレは何でこんなヨタついてんだ?

「瞬行くよー」

「うーん」

 松浪から投げ返された緩いボールを素手で捕った都筑が、次に萩原を指名してノックを打つ。


キィン!


 打球はまたも平凡なセンターフライ。打球の強さは先程の2球目と変わらない。

―これで風向きが…、あっ、戻った。

 都筑がノックを打つまでは萩原の体の正面に受けていた風が、フライの打球を確認するために一瞬見上げたところ自分の背中で受ける風に風向が変わった。

―あ、あらら…、戻される戻される…、

元々構えていた位置から萩原は前にダッシュして…、


パン。


またもギリギリでランニングキャッチ。

―ボールは何とか掴めても風はまだ掴めてない…。ポジション違うのに風慣れしてるアイツが羨ましいわ。

 萩原が言う風慣れしてるアイツは、都筑が打ったラストのノックも難なく捌く。

―これもショートの定位置から3塁方向に、下手したらファールテリトリーに入るようなフライなのに、普通に捌いてる。幾らこっちに住んでた歴が長いからってこれは…。

 生まれも育ちも山形の内陸地方である萩原に対して、松浪は生まれも育ちも日本海沿岸に面した庄内地方、それも海に面した酒田の出身である。その分潮風には松浪のほうが慣れているわけだが、萩原にしてみればそのようなハンデ無しにこのノックの結果の差が数を重ねる毎に悔しくなってきた。

「瞬、しゅーん」

「あ?」

「次お前だよノック」

「あそっか」

 暫く考えごとに気を取られていた萩原は反応が遅れたが、気付くとすぐにノックの準備にセンターの定位置から走って向かった。萩原、都筑、松浪の3人の中で未だノックを打っていないのは萩原だけであった。同時に、ノックを打つ順番は松浪、都筑、萩原の順に決まった。

 萩原がノックの準備をしている間、ノックからサードの守備位置に戻った都筑は、自分の左隣のポジションにいる松浪と会話をしていた。

「いつものグラウンドのノックでやってる通り、どっちかが行けるっていうのが来たらお互い声掛けていきましょ」

「OK、それで行こ。でも三遊間だけ…?」

「いや、結果的にお互いの守備範囲に入っちゃっても良いから、そうしよう、っていう話」

「ああ、そういうこと」

 会話の内容は主に2人の連係プレーについてだった。丁度同じタイミングで、萩原もノックの準備ができたようだ。

「お願いします」

「お願いします」

「お願いします。行くぞ」

「えっ、ちょっと待って待って待って待って」

「何」

「どっちから行くとかないの?」

「どうせポジション近ぇから良いべ。どっちかが捕るんだから」

―雑。まあさっきその打ち合わせはやったけど。

―考え方がざっくりしてんなぁ。

「行くぞ」


カキ―ン!


「えっ!?」

「えっ?」


ポーン!


 ノック開始早々、あまりにも信じられない打球に、都筑と松浪は只々定位置に立って唖然と見送るしかなかった。

「ちょ、瞬、お前何センターオーバー打ってんだよ」

「サードショートのノックだべこれ」

 2人が指摘した通り、打球はサードやショートには到底処理できない、センターオーバーの位置にまで飛んだ。こんな打球を捕れというほうが理不尽である。

「早く捕りに行けよ」

「いやお前だよ」

「なんでオレらに捕らせようとすんのよ。あんな理不尽なノック打っといて」

「はいはいわかりました」

 結局、この打球は守備側の都筑と松浪に催促される形で打った萩原が捕りに行くことになった。

「おめぇなら120mのダッシュなんざ楽勝だべ」

―響め…。

―いやそんな睨みかまさなくても良いと思うが。

「響もあんま煽んないほうが良いよ」

「何で」

「確かに瞬はちょっと理不尽なノック打っちゃったけど、だからってそういうのはよしたほうが良くないか? アイツにしてみりゃ、罰ゲームを熟すのが得意みたいな言い方に聞こえたかもしれねぇぞ。そういうの言われたら嫌でしょ?」

「まぁ…、そりゃ…」

「瞬が睨んだのは多分それだと思うから…、止めとけな」

「ああ…」

 センターの定位置より遥か後方に飛んだ打球を捕りに行った萩原が、ボールを素手で持って戻って来た。

「瞬さっきは悪かった」

「いや、良い」

「あと瞬」

「何」

「お前のさっきのスイング、今思い返したら怒り籠ってたぞ。念の為聞くけど、何に怒ってた?」

「いや…」

―聞くべき質問じゃなかったみたいね。

「まあ兎も角、あんな感情的な理由でノックやんないでくれな。兎に角冷静に頼むぞ」

「ああ…、わかった」

 松浪が萩原に謝った後、都筑の忠告を受けた萩原は、改めて1球目のノックを振り返った。

―いかんいかん、オレは何をやってんだ。響の巧さと悔しさにばっかり感情が行っちまってた…。今はサードとショートのノックなのに…。落ち着け落ち着け…。冷静になれ…。

 2、3度、萩原は呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせた。それから再度、ノックの体勢に入る。

「あのセンターオーバーのは無しで。これから打つのが1球目な」

「OK」

「良いよー」


キィン!


先程と違い、今度は三遊間の上空にフライが上がる。

「OK!」

「おっ、響行くか」

「捕れる捕れる」


パン。


 ショートの定位置からサードの方向に少し流されたフライだったが、松浪は宣言通りキャッチ。

 捕ったボールをノッカーの萩原に緩やかに返すと、速やかに定位置に戻りつつ自らのグローブを都筑のほうに向けた。

「次お前が捕るならレクチャーするよ」

「ああ、すまない。よろしく」

「行くぞっ」


キィン!


 2球目、今度は先程よりもやや3塁寄りの方向の上空にフライが上がる。

「OK!」

「風あるぞ」

「ああ」

 都筑が現在立っている位置はサードの定位置で、フライの角度はほぼその定位置で捕れる範囲だったが、松浪が言った通り少しずつ打球がサードの定位置から徐々に三遊間方向に流されていく。

「おっおっおっ…」

「風強くなってきてる! もっとセカンドベースの方向に走って!」

 松浪に指示された通りセカンドベースの方向に走った都筑だったが、結局風に大きく流された打球に追いつくことはできなかった。

「こんだけ流れんの…?」

「え、まあ、そうだけど…、てかそこまで行く?」

「え、そんなに強かった…? なら結果論だけどオレが捕れば良かったか」

 気付けば、都筑は松浪よりもセカンドベースに近い位置に立っていた。確かにそこまで行ったのなら、ショートの松浪の守備範囲でもあるので、彼に任せたほうがずっと合理的であった。しかし、風に飛ばされて守備範囲外のエリアに飛んでしまったとはいえ、都筑にしてみれば捕れなかったという結果のほうが重くのしかかった。

「悔しい…」

「ん?」

「もっ回オレ行って良い?」

「ああ」

 拾ったボールをノッカーの萩原に緩く返すと、都筑は悔しさを内に秘めたまま、自分の定位置に就いた。

「行くぞっ」


キィン!


 3球目、またも三遊間の上空にフライが上がる。

「オレだっ!」

「任せた!」

 先程申告した通り都筑が自分が捕ると声とジェスチャーでアピールして、松浪はそのフォローに回る。

「風あるぞ…行くか?」

「行く! そこ空けろ!」

 ショートの松浪に態々場所を空けて貰ってまで、このフライを何としても捕ろうとする。

―風は同じ位吹いている…。多分この辺までだ!


パン。


―捕った…。

―良かった…。捕れた…。

「ナイスキャッチ」

「風に慣れるって大変だな」

 先程は落下点を読んだ後、風が吹いたのに合わせて追ったので結果的に追い付けず捕れなかったが、今度は一旦落下点を読んだ後、更に風向と風力を計算して予めその位置に回り込んだので結果キャッチできた。

都筑がどうにか捕った打球をノッカーの萩原に緩く返すと、また風向きが変わった。

「風向だけか…風力は同じだな」

「どっちにとっても逆シングルになりそう」

「行くぞっ」


キィン!


 4球目、打球はまたも三遊間の上空に上がる。

「オレだ!」

 ここから再びお互いに声を掛け合うように戻した。逆シングルではあったが自分の捕球範囲内と確信した松浪が先に声を掛ける。

―…あれ!?

 ところがボールが落ち始めた途端、風が強くなった。

―いや、オレっつったけどこれ健だな。

「健行け!」

「え、オレ!?」

「お前の捕球範囲だっ!」

「よし、わかった!」

 松浪の指示で都筑は風に吹かれる打球にダッシュ、そのまま飛び付く。途中からキャッチから味方のフォローに切り替えた松浪もほぼ同時に飛び付く。


パシッ。


 2人ともダイビングした時に砂煙が激しく上がったが、打球は。


―あっ。

―あ、捕ってた。

 捕ったのは都筑だった。気付けば2人とも3塁側のファールテリトリーでダイビングキャッチを試みていた。

「ナイスキャッチ健…」

「いや、オレも咄嗟だったから…」

 捕ったというより、入ったというほうが都筑にとっては相応しかったのかもしれない。途中から風が強くなった上味方のフォローから途中でキャッチに切り替えたこともあり、難易度は本人にとっては今まで以上に上がっていた。どうにか捕れたのでまだ良かったが、正直このようなヒヤヒヤするような場面があるとなれば…。

「まだまだ積まなきゃなりませんね」

という感想が出ても特別おかしくなかった。

―よーし、もっと練習するぞ…。1巡目のノックは次で最後だけど、風をものにするまで、絶対にやってやるぞ…。

「ラスト、行くぞっ」


ガスッ!


「ありゃ!?」

「オレだ!」


パン。


 萩原はノックのラストボールを打ち損じてしまった。打ち損じて浅く詰まった小フライを、松浪が良いダッシュで前進してキャッチ。結果、ラストボールを捕ったのは気合いを入れた都筑ではなく、隣のポジションでノックを受けていた松浪だった。

「今の…は…」

「アリ」

「アリ?」

「一応捕球できる範囲で捕ったから」

「センターオーバーのは駄目か」

「駄目だよ」

「ありゃ捕れねぇよ」

「次のノッカー誰? 1巡目はもう全員やったから、次2巡目だけど」

「誰から始めたっけ」

「えーと、響、健、オレの順で来たから…」

「響か」

「よし、わかった」

 松浪にバットを渡した萩原は、今度は自分のグローブを持ってセンターの守備位置に走る。この間、松浪はノックの準備を進める。

―2巡目終わったら引き揚げよう…。夕飯の支度しないと…。

 萩原がセンターの守備位置に就いて、グローブを左手にはめたのを少し先に準備を済ませた松浪が確りと見て、2巡目のノックが始まる。

「お願いします」

「お願いします」

「はい、お願いします。次のノックランダムで行くよ」

「え、ランダム?」

「そのほうが試合に近いんじゃないか、って」

「ああ」

―瞬を真似たわけじゃなくか。

「わかった。瞬も良いー? 次ランダムだってー」

「えー? ノックがー?」

「うーん」

 より試合形式の練習ができるように、敢えて打つ方向と守備側のプレイヤーを決めないランダム方式でノックを行うことにした。

「行くぞっ」


キィン!


 2巡目のノックはランダムに打つという方式だが、やり方が変わったところで風がある時の打球の追い方に変化があるわけではない。

「はい、そう! 風を読んで打球を良く見て!」


パン。


「ナイスキャッチ! 2人とも、どんどん行くからな!」

「おう!」

「いつでも来い!」

 日本海沿岸から強く吹く潮風を受けながら、ランダム方式のノックは続く。ノッカーと守備側のプレイヤーのローテーションは守りつつも、打つ度に空中に上がっては潮風に何度も方向を変えられる打球を、萩原と都筑は松浪に教えられた通りに、松浪はこの2人にレクチャーしつつ自らも確りと捌く。

―2人とも段々酒田の風に慣れてきたな…。打ってても守っててもそんな感じがある。

―この強さなら多分ここ…、はいっと。

―この辺…、だけど風が強いから…、はい。

 萩原も都筑も、最初こそこの風に手こずっていたが、松浪にレクチャーされつつノックの度に強く吹くそれぞれの風の風向と風力を計算して、やがては体で風の風向と風力を覚えるようになり、それを踏まえた上での打球処理も難なく熟せるようになった。

「よしOK。3巡目だけど」

「あ、ちょっと」

「ん?」

「オレ夕飯の支度があるから…」

「あそっか」

「オレらもそろそろ引き上げる?」

「そうすっか」

「グラウンド整備して、道具を片付けて、帰りましょ」

 3人のローテーションで回したノック、ノッカー1人につき5球で1巡につき計15球、今回は2巡したので計30球のノックを終えた3人は、それぞれホームベース以外のグラウンドに差し込んであるベースをグラウンドから引き抜き、元の場所には金属製の蓋を閉める。そのベースを持ってプレハブ物置に行き、今度はグラウンド整備用のトンボを持ってグラウンドに戻る。キャッチボールからノックにかけては自前の野球用のスパイクシューズに履き替えていた萩原と都筑だったが、グラウンド整備の前に2人ともウォーミングアップまで履いていたアップシューズに再び履き替えている。

 トンボを持った3人が縦1列に並び、トンボを前後に動かしながら少しずつ横に進む。途中で所謂「山」という、グラウンドを均していると時々できる土が微妙に盛り上がる箇所ができないように、丁寧に均す。

「マウンドのところはブラシ入れる?」

「トンボで均せるだけ均してからにしよ」

 3人は後でマウンドの土も均せるように、その場所の周りを空けてグラウンドを均した。

「外野もやるか…」

「外野もノックしたからな」

「あっ、じゃあその間にオレがマウンド周りやってるか」

 このグラウンドは元々公共のグラウンドとして整備されたこともあり、内外野は全面土のグラウンドで、マウンドはいつも使っている長井のグラウンドに比べて低い。

 グラウンドによって土か芝を使っているか、マウンドの高さはどのくらいかといった違いはあるものの、どのグラウンドでも有難く使わせて貰っているというのは共通である。その感謝の思いを込めながら、3人はそれぞれ丁寧に均した。

 萩原と都筑は外野も均し始めた。芝のグラウンドだとトンボでは整備し辛いが、ここは土のグラウンドなので整備し易い。ノックで利用したセンター付近を中心に2人は整備を進めた。

 一方松浪はマウンド周りの整備を買って出た。先に少し打ち合わせした通り、トンボで均せるだけ均してからトンボをプレハブ物置に置きに行って、今度はブラシを持って同じ個所に戻ってくる。その後、マウンドの頂上にあるピッチャーズプレートを中心に円を描くようにブラシを動かして、マウンド周りを丁寧に均した。

 ブラシで均した後、松浪は再びトンボを持って来てグラウンドを均し始める。マウンド周りを整備するにあたって、入り易いように空けておいた部分だ。その箇所も丁寧に均した後、やり残しだとか十分に整備できていないところがないか確認する。

―内野は一通り…、整備終わりましたね。外野は…?

「おーい、外野は終わったー?」

「まだー、今やっとセンター付近通過したとこー」

「え、そこだけで良くね?」

「いや、ウォーミングアップの時とか使ったじゃん…、センター以外のところ」

「あ、使ったの?」

「使っ…、あっそうか。響は後から来たからな」

「良いや手伝う」

「えっ、ああ…」

「あれ、レフト側からやったほうが良い?」

「や、こっからでも…」

「2人で縦に並んで整備していたのを、2人合わせて同じくらいにした時の幅で3分割すれば1人あたりの負担減るからそれで行こう」

「幅ってどんくらい?」

 この松浪の質問に、萩原は先程までと同じくらいの幅で実践して答えを出した。

「幅って、横幅じゃなくて縦幅? しかもそんな長い距離を2人ともこの幅でやってたってこと?」

 松浪は横幅を広くとるものかと思っていたが、それは違った。横幅は、今自分が持っているトンボの横幅の長さで良い。肝心なのは縦幅、つまり1回あたりのグラウンドの土を均す距離で、これを萩原と都筑は何れも長めにとっていた。

「…そんな長い距離やってたの…?」

「うん」

「レフトのライン際からセンターまで…?」

「うん」

「いやもう…、お疲れ様ですだわ」

 これ程の長い縦幅を維持しながら整備し続けてきたという事実に、松浪は只々頭を下げるのみだった。にしても、元々の面積も距離も広い外野とはいえ、これは広過ぎる…。

 松浪は尚更これに加わろうという気持ちになった。こうして3人は、外野のうち残りのセンターからライトのライン際までのテリトリーを、縦幅の合計距離はこれまでと同じで3人で3分割、つまり1人あたりの縦幅の距離を短くして作業を進めた。

 3人がライトのライン際までトンボで均し終えると、今度はトンボをプレハブ物置に置いてブラシを持ち、先程松浪が内野のテリトリーを整備した時と同様に、自分の後ろにブラシが来るように柄の部分を後方に向けてから整備を進めた。

外野のテリトリーも綺麗に均し終えて、グラウンドの全ての部分の整備が終わった。3人は使い終えたばかりのブラシをプレハブ物置に片付けると、そのままクールダウンに入った。

「帰ったら夕飯の支度しないと」

「あら汁だっけ?」

「うん」

「何か手伝えることあったらやるぞ」

「うん」

「そういえば昼ん時寝てたのいたよな」

「いやだって、朝早くに起きて、そのまま車でこっちまで突っ走って、そのまま釣りじゃん? 休む間なんてなかったぞ」

「そりゃ瞬と健は昨日自宅に帰っているからそうだけど…、抑々健は寝てたの? オレ調理中だったから知らないのよ」

「寝てたね」

「いや寝かかってたの。うとうとしかかったところで瞬に起こされたから…」

「寝てたんじゃん結局」

「いやだから寝てないって。うとうとしかかってボーっとしてた記憶はあんの。寝てたらその記憶もねぇよ」

 一見些細で、誠につまらないようなことにも思えるが、良い人間関係を維持する上ではこういうことも言い合えて、朗らかなムードを保つことも大事なのだろうか。

「まあまあまあまあ、その手の会話も過ぎるとあれだから…、次行っちゃいましょ」

 いつものグラウンドでやっているように、軽く走った後、体操と柔軟運動に入った。このそれぞれの内容もいつものクールダウンと同じルーティンである。

「今日って結局守備練だけ?」

「結局はね。肩肘多めに丁寧にやっとくか…」

「いやでも守備練ってことは、打球追うのに走るわけだから、下半身も使うよね…? 詰まるところ全身のストレッチやったほうが良くない?」

「でもオレら、響が来た時に言った、セカンドベースにボールを当ててバックサードの練習するってヤツ…」

「はいはい」

「あれの前に、遠投練も兼ねて、キャッチボールしてたんですよ」

「ああ~…、基本は全部やるってことで良くね?」

「その上で肩肘ちょっと多めにやるか」

 ルーティンを進めながら、このような細かなことも相談し合う。その上でルーティンを最後まで終わらせた3人は、それぞれ自分の道具を片付けた。

「忘れ物ないなー?」

「うん」

「皆持った」

「んじゃ~…」

 何か言おうとしているようなのだが、うまく音頭が取れない。

「気を付け、礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 3人がお互いに顔色を窺ったこともありすぐにできなかったが、結局萩原が音頭を取る形でいつものルーティンで3人はグラウンドに挨拶をして、一礼した。

「これ普段なら永田がやってるよね」

「永田とか…浩介な。慣れてなかったからこうなっちゃったけど、これも練習のうちと思えば…」

「そうだね。じゃ家まで走るぞ」

「え、ちょっと待って!?」

「こっから!?」

「さっきクールダウンしたばっかだよ!?」

「早く飯作んねぇといけねぇの。それにこっから家までのランニングも練習のうちだべ!?」

 こうして自主練習を終えた3人は、挨拶の後、松浪の家までランニングするということでグラウンドを後にした。




その夜 山形県N市 某アパート駐車場




 夜、日は暮れて、辺りは建物の照明や街灯の灯りがある以外は真っ暗という中、1人、駐車場の空いているところを使ってピッチング練習に励む者がいた。

 右のオーバーハンドから、最速140km/hを超えるストレートを、そのしなやか且つ綺麗なフォームで、この練習の為に設置したであろう照明が照らす防球ネットに向かって投げ込む。そのストレートは防球ネットに当たる度に、夜なのに随分と威勢の良い音を立てる。ピッチング練習をしながら、彼は誰かを待っているようだった。

―早よ来ぉへんかな…?

 結構投げているらしく、時折汗を拭う仕草も見られた。先に心の中で呟いた関西弁でわかった人も多いであろう、そう、N`Carsのエースピッチャー、片山 開次だ。

―ん…?

 片山にとっては聞き慣れているとはいえ、独特のエンジン音が段々近づいてきた。その車は駐車場に近づくに連れてゆっくりと減速して、右のウインカーを出して曲がり、駐車場に完全に入ったところで右後方を見ている片山を照らした。

 ウインカーを元に戻しても尚自分を照らし続けるリトラクタブルライトの車に向かって片山は歩み寄ろうとしたが、それよりも一瞬早く運転席側の窓を開けてドライバーが顔を出して、片山を見た。

「何してんねんそこで」

「ピッチング練。見たらわかるやろ」

「こんなところでか」

「ネット側に照明照らしてやってたんやで。早よ来ぉへんかな、って」

「あー…。悪いけど邪魔やから除けてくれへん? 車入れたいねん」

「ああ、悪い」

―やっぱ浩介やった…。あのエンジン音とヘッドライトじゃそりゃそうか。

 今駐車場に入ってきたのは片山とバッテリーを組むキャッチャー、関川 浩介だ。片山は速やかにその場から除けると、関川の車を奥に入れ易くして、彼の駐車作業が終わるのを待った。

 駐車作業が終わった関川は、左足でクラッチペダルを踏んだまま、サイドブレーキのレバーを引いて、シフトレバーをリバースギア、則ちバックギアからニュートラルギアに戻して、リトラクタブルライトを消灯させて畳んだ。その後、ターボチャージャーのクールダウンが終わるのを待ってから、エンジンを切った。ドアを開けるや、関川は片山に質問した。

「開次ー、照明って、あれ?」

「うん」

 関川は防球ネットを照らし続けている照明を指差した。

「あれ懐中電灯やん」

「うん」

「これでずっと照らしてたん? …てか何でこんな高い位置にあんねん」

「机借りたんよ」

「机?」

「うん、勉強机な。前にこのアパートの大家さんが古い勉強机引き取ってて、使われてへんみたいやったから今日練習に使いたい言うて頼んだら貸してくれはってん」

「へぇー」

「結構古いけどね」

「あはは…、学校で使われてたヤツのようやな」

 関川はその勉強机に近付いて、特徴をよく確かめた。そのデザインとサイズ、構造からして、嘗て近くの小学校で使われていた物だろうか。

「懐中電灯も?」

「いや懐中電灯は自前」

―机は借りて懐中電灯は自分のか。

「ここじゃ狭いで」

「ピッチング練には十分な広さやろ」

「いやそうやなくて、ここ駐車場やで? 横に車あるやん。それにこの脇水路やん。ボールそこに入ってもうたらどないすんねん」

「探せばええ」

「こんな暗い中でか? 危険やぞ。幾ら見慣れとる水路かて夜の水辺の作業はやったらアカン。危険過ぎるで」

「コントロール練にもなるやん。車に当てたり水路に入れたりせえへんかったらええんやから」

「ここでやり続けて何かやらかしてよそ様に多大な迷惑かけるのと、場所変えて迷惑かけずにやって安全に無事に済ますのと、どっちがええねん」

 防球ネットに収まっているボールを拾い、再びピッチング練習をしようとした片山に、関川が強烈な口調で選択を迫る。

「明日試合やぞ…。下手したらお前が一番痛い目に遭うかもしれへんのやで」

 選択を迫って以降こちらを向いたままピタリと動きを止めている片山に、関川は更に強い目付きと口調で片山を諭す。

 ほぼ暗い中ではあるが、目付きだけ見れば2人とも今にも一触即発が起きそうな程鋭く強烈な目付きをしていた、が…。

 少し経った後、片山は持っていたボールをグローブに叩き付けるようにして収めて、防球ネットの方向に戻る。

「で? どこでやんねん?」

「それは後で教える。準備してくるから」

 関川はそう言うと、駆け足気味にアパートの自分の部屋に帰った。

 片山は待っている間、練習をする場所の検討を付けようとしたが、中々付かない。

―どこでやんねん…? ここよりええ場所あるんかな…?

 どこで練習をするのか全く見当が付かないまま、時間が過ぎていく。勉強机の上に置いてある懐中電灯を持ち上げたところで、関川がキャッチャー用の道具を一式持って戻って来た。

「お待たせ。行くで」

「ああ。でも荷物大丈夫なん?」

「大丈夫。また往復すればええ」

「また?」

 またとはどういうことか。いちいち道具を取りに行けとでも言うのだろうか。…と思ったが、

「あ、大丈夫やったね」

関川がキャッチャー用の道具が一式入ったバッグを背負って、勉強机を持ったところで1回で済むと確信した。これを見た片山が、あることに気付く。

「ネットどないすんねん」

「それは開次が…」

「1人で持てるサイズやなかったであれ…。始める時オレしか居らんかったからどうにか持って来たけど、下アスファルトやん?」

「うん」

「1人で持ったら最悪引き摺って駐車場傷めてまうで」

「ああ」

「机も引き摺らへんように運びなさい言われたやろ? 同じく金属製の脚で支えとるわけやから、やっぱネットは2人がかりで運ぼ」

「わかった」

「結局往復やな」

「あはは」

 実は当初、関川はまず練習場所にキャッチャー用の道具を置き、それから今ここに残っている道具全てを運び出すつもりで往復と答えたのだ。ところが道具の入ったバックが実は背負えたことと、両手が空いたことで勉強机を持てる状態になったことで、1度は往復を撤回した。しかし防球ネットをどのように運ぶかという問題が起きて、今度は片山の提案という形で再び往復することとなったのだ。

 片山は関川に懐中電灯を渡して勉強机を受け取り、その勉強机の上にボールを収めたグローブを置いて、渡した懐中電灯で目の前の道を照らす関川に続いて練習場所に向かった。

 2人がやって来たのは道路を1本挟んで斜め向かいにある、アスファルトでできた広い空間。嘗てここは市民駐車場だったところであり、よく見るとアスファルトに駐車用の白線が引かれていた跡が残っている。

「浩介」

「ん?」

「さっきはごめんな、熱うなって」

「いやいや」

「仕事帰りやったのに」

「ええからもう。それよりこの辺でええやろ。早よネット取りに行くで」

「うん」

 2人は旧駐車場の水路から離れてかつ安全なところに懐中電灯以外の道具を置き、駆け足で防球ネットを持って戻って来た。

 そして先程まで片山が1人でピッチング練習をしていた時と同様、防球ネットを置いた傍に勉強机と、その上に懐中電灯をネット側に向けて照らして置く。関川がキャッチャー用の道具を一式身に着けたところで、片山が手招きで関川を呼んで、ボールを右手に持ったことで捕球面が空いたグローブを口に当てる。何の相談だろうか。関川もこれに合わせてキャッチャーズマスクを外してキャッチャーズヘルメットの上に置き、キャッチャーズミットを口に当てる。

「実は明日のことでな…」

「え!?」




 今日に設けられた草野球カップ 山形県大会の休養日も、段々その夜が更けていく。明日から大会第4日目、3回戦を迎える。大会出場チーム48チームのうち、3回戦に勝ち残ったチームは16チーム。ここからは、その16チームで県代表4枠を争うことになる。ではその16チームのラインナップを見ていこう。



板谷パスィーズ

新庄ゴールデンスターズ

山形スタイリーズ

上山グローアップズ

村山キーストーンズ

大朝日ビッグエスパーズ

最上オールラインズ

酒田ブルティモアズ

置賜ゴッドセンズ

白鷹ホワイトホークス

米沢ローリングス

三川インタグレーツ

鶴岡クレーンズ

寒河江フルーティーズ

最上ノーストップズ

N`Cars


※表記は大会第4日目、3回戦の試合順。2チーム毎に、1塁側ベンチ、3塁側ベンチの順。



 明日は羽前球場と北前球場で各4試合の合計8試合を行う。16チームそれぞれ目標は違うが、試合をやりたいという気持ちに変わりはない。その中には、初めての全国大会を狙うチーム、今年も全国大会に行くと意気込むチーム、久々に全国大会への切符を掴もうとするチームと様々いる。果たしてどこが勝ち上がるのか。


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