プチハプニング
「おめだつはそのまま外野席さ行ってけろ。鍵返してから行くがら」
ということで、徳山監督は球場事務所へロッカールームの鍵を返却に、他のメンバーは先に外野席へ向かった、が…。
「そもそも外野席ったって、どこに座んのよ?」
「あっ…」
この問題があった。ミーティングの時点では「外野席に行く」としか言っておらず、誰も外野席のどこか、というところまでは把握していなかった。
永田がこれに頭を悩ませかけた時、菅沢が、
「オレベンチからこっちに戻ってくる時に見たんだけど、ライトスタンドが広く空いてたんよね。そこにしない?」
と提案して来た。
「そうだね」
「今日どうせ人多いんやから、なるべく人少ないとこに陣取ってたらええで」
関川が後を押したことで、N`Carsのメンバーはライトスタンドで観ることに決めた。
「よーし…、ライトスタンド行くぞ!!」
「おー!!」
「って、何でやねん、こんなんやったこと無いで。皆本能で言うてもうてるけど」
「良いから良いから」
「えっ?」
片山のツッコミに対してこう返した永田。なぜか。
1人、球場事務所に行った徳山監督は、その受付の前にいた。
「今日はありがとうございました」
と、受付担当の方に挨拶をして、ロッカールームの鍵を返却した。
「こちらこそありがとうございました。あれ、本日はお1人で?」
「他のメンバーは皆次の試合観さ行かせたので」
「あ、そうでしたか」
というやり取りを交わしていると、
「よーし…、ライトスタンド行くぞ!!」
「おー!!」
という、皆がやったことの無い大きな音頭の声が、廊下の壁や天井を介した反響音という形で徳山監督に聴こえた。
「…そういう永田も道間違えてない?」
「えっ?」
「外野席行くんやったら一旦外に出て回り込まなアカンで」
「…あ―っ…」
萩原と関川の指摘に、永田は青ざめた。そして、
「皆戻って整列して!」
猛ダッシュで、球場事務所の前に戻って整列した。
―どうせ出入り口を通るんだったら挨拶もここでしたほうが良い。本当は試合を観終わってから戻って挨拶するつもりだったけど。
「な、何だ? おめだつ」
あまりにバタバタとしたやり取りだったので、徳山監督と受付担当の方は何があったのかすぐにはわからなかった。
「道間違えましたすみませーん」
―あ、道理で。矢鱈反響音がすると思ったよ。1塁側のロッカールームさ向かう通路がら。
永田は責任を持って陳謝したが、徳山監督には既にお見通しだった。何なら、あのやったこと無い大きな音頭の声が聴こえた時点でわかっていた。
「気を付け、礼! ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
プチハプニングはあったものの、永田を先頭にN`Carsのメンバーは脱帽の上、球場事務所にいた球場役員に挨拶して一礼する。
「こちらこそ、ありがとうございました。全国大会頑張って来てください」
プチハプニングに苦笑気味であったが、受付担当の方を先頭に球場役員の方々もN`Carsの全国大会での活躍を願って激励する。
「人騒がせしてすみませんでした。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
その後各自で球場役員に挨拶、一礼した後、順次荷物と道具を持って出入り口を出てから、羽前球場の外を大きく回り込んで外野スタンドへと向かった。その移動途中、
『新庄ゴールデンスターズ、ノック時間あと1分です』
このアナウンスが聴こえた。
「どうする? 急ぐ?」
「そうするまでも無いやろ」
「移動中にノック終わると思うけど、どうせその後グラウンド整備だから」
永田が相談したが、片山と小宮山がそれぞれこう返した。
『新庄ゴールデンスターズ、シートノックの時間終了です』
小宮山の言った通り移動中にシートノックが終わって、サイレンが鳴った。グラウンドでは、この後の第3試合に向けてのグラウンド整備が始まっていた。




