草野球カップ2回戦・東根チェリーズ戦
東根チェリーズのメンバー名は、全てさくらんぼの品種名に由来しています。
明日の試合、相手は県内の強豪・東根チェリーズ。その強豪を相手に、まさかの明日の先発ピッチャーが永田である。いかに監督にあのようにアドバイスされても、内心はプレッシャーとの格闘である。ただでさえ今日ガチガチだった彼が、明日大仕事の役で大丈夫だろうか。
さて、既に結果がわかっている村山ホールディングス 対 中山センターマウンテンズ及びN`Cars 対 中山越ナローズの2試合を除いた1回戦6試合のうち、鶴岡クレーンズ 対 田川フィールドリバースの試合は、あの後6回コールドの11対1で鶴岡が圧勝した。また、N`carsの2回戦の対戦相手である東根チェリーズは、1回戦で高畠ナースリーズと対戦。9対2と、こちらも危なげないスコアで2回戦へ駒を進めた。
こうしてみると、地力が確りしているチームのほうが勝っている印象がある。N`Carsはというと、中山越戦では打高守低なチームの印象があったが、2回戦、強豪相手にどんな試合を見せるか。一方で、次戦の格上チームの視点ではNCはどう映っただろうか。
翌日
「ふぅー…」
先発登板を告げられてからずっとそのことばかり考えていた永田。一晩経っても変わらず、それどころか緊張が増すばかりだった。
―行くか…。
心身共に重かった。それでも、身支度を終えた永田は戸締り等の確認を再度行い、グラウンドへと向かった。
NCグラウンド
グラウンドの駐車場には、車が数台停まっていた。どうやら何人か来ているようだ。
愛車の横、空になっている駐車スペースのコンクリート造りの車止めのうち、愛車に近い右側のほうに萩原が腰掛け、スマートフォンを見ていた。
―あれ、誰かいる…。
国道287号線・348号線の長井橋の欄干から、永田がその様子に気づいた。萩原もまた、永田が歩いて橋を渡っているのに気づいた。
グラウンドへと繋がる土手の道に曲がろうとした時、丁度同じタイミングで沢中が右折しようとしていた。
―行く?
―いや、行きなよ。
永田はグーサインを横に向け、親指をグラウンドの方向に指した。
―サンキュ。
沢中は左手を軽く挙げると、素早く右折した。
―あれ年式が昭和だから、維持とか大変なんだろうな…。
永田の精神面に少し余裕が出てきたか。
永田がグラウンドの近くまで来ると、萩原と沢中がスマホを見ていた。
「おっす」
「おう」
「さっきはサンキュ」
萩原と永田の挨拶のやり取りに続き、沢中も永田に先の件の礼を言う。
「こちらこそ。てか何やってんの?」
永田が萩原に質問すると、
「これ」
「え…、は?」
萩原はスマホの画面を見せた。
<山形大会>記者同士が乱闘騒ぎ、複数メディアに永久追放等の処分
「何これ? どゆこと?」
永田はいまいちわからなかった。
「どうやら昨日の試合の後らしい」
永田より少し先に到着した沢中がこう答えると、このニュースを見ていた萩原が詳細を説明する。
「終わった後バスにダッシュで乗ったじゃん」
「うん」
「追っかけてた記者共がその後揉めたらしい」
「マジで?」
「なんかコケたことが発端って書いてある」
―何だそれ。一大人としてどうなのよ。
萩原の説明に相槌を打ちつつ、内心で呆れ気味に文句を言っていた。萩原は続けた。
「それで今日から取材制限かかるらしい」
「そっか…、ん?」
永田たちが話をしていると、徳山監督の車が土手の道を走っているのが見えた。そのすぐ後ろには、片山と関川をはじめ、数人が車で続々とこちらに向かっていた。
「じゃ、そろそろ準備だな」
倉庫の鍵は監督に預けてある。3人は立ち上がると、鍵が開くまで各自の準備をした。
「こんにちは、お願いします」
「お願いします」
監督が車から出たタイミングで挨拶。
「はい、お願いします。永田、ほれ」
監督は永田に倉庫の鍵を手渡す。永田は鍵を受け取ると、すぐに倉庫に向かい、鍵を開けた。
「じゃ皆、どんどん道具持ってって」
永田がボールケースを手にした時、あることに気づいた。永田の後ろが、駐車場まで1列に並んでいる。そこで、いちいち行き来するよりも効率的な案を出した。
「よし、リレー制で行くぞ」
「リレー制?」
「バケツリレーの要領で道具を手渡すんだよ」
菅沢の質問にこう答えた永田は道具を後ろにどんどん渡した。倉庫にある道具は次々と外に運び出されていく。
「最後の人、道具は近いとこに並べて良いから」
そして最後尾のすぐ近くに道具が次々と並べられる。最後の道具を手にした時、永田は倉庫の扉を閉めて、施錠した。
「じゃ、それぞれ荷物と道具持って、バスの前まで行って」
メンバーは各自荷物と持てる道具を持って、バスの前まで行き、並んだ。
バスと運転手は昨日と同じだった。そのためか、ルーティンとしてはやりやすかった。
「ありがとうございました」
永田は監督に鍵を返すと、自らも荷物と道具を持ってバスの前まで向かった。
「皆並んだな…。気をつけ、礼! お願いします!!」
「お願いします!!」
昨日と同じように、永田を先頭にナインが一斉に脱帽の上、運転手に挨拶する。
「はい、よろしくお願いします。では荷物は昨日と同じく…」
「はい、お願いします。ありがとうございます」
運転手は昨日と同じ場所に荷物を積むよう案内すると、徳山監督が率先して受け入れ、ナインもこれに続いた。
ナインは持ってきた道具をトランクに積むと、自分の荷物を持ってバスに乗り込んだ。
「お願いします」
「お願いします」
ナインが昨日と同じように挨拶してからバスに乗車する中、沢中は永田を誘おうとしていた。
「永田、横に乗る?」
「いや…、オレ点呼あるし」
「そっか。お願いします」
「お願いします」
結局永田はチームとしてのルーティンを最優先したために断ったが、沢中も自らの推測ながら似たようなことを思っていたので、特に何も気に掛けていなかった。
―全員乗ったな。オレらも乗るか。
「お願いします」
「お願いします」
永田はバスに乗り込むと、全員が乗っているか再度点呼を取り確認した。
「…、17、オレら足して20、全員います」
全員乗車しているとの報告を受けた徳山監督は、
「わがった。では、よろしくお願いします」
運転手にこう言った。運転手は昨日と同じようにこう言った。
「はい、では安全運転で参りますのでよろしくお願いします」
バスはゆっくりと北郡球場に向けて出発した。
大会3日目の今日は4球場で2回戦合計16試合が行われる。このうち、羽前球場の第1試合では組み合わせ抽選会で1番籤を引き当てた板谷パスィーズが、置賜球場の第1試合では強豪の新庄ゴールデンスターズが、北前球場の第1試合では同じく強豪の山形スタイリーズが登場した。また、北郡球場の第2試合ではこれも強豪の酒田ブルティモアズが登場。この4チームは全て初戦突破している。
「ねー、どっち聴きたい?」
「どっちってか、4球場で試合するんだから4チャンネルの中のどれかだべ」
「え、ま、そうだけど…」
ナインに聞き出した永田が小宮山に正論を言われて若干たじろいでいたところ、この発言が。
「試合経過の確認も兼ねて、三川 対 河北見てる」
バスは出発してからラジオがついていなかった。試合経過の確認を取っているという三池の発言を受けて、永田は全員に提案した。
「皆三川と河北の試合聴きたいー?」
「あぁ」
「経過知りたいしな…」
小宮山と高峰が率先して賛同する。その後永田はナイン全員の賛同を得て、三川インタグレーツ 対 河北ノースリバースの試合を聴くことにした。
「すみません、ラジオ聴きたいんですけど」
「わかりました。でも今走行中ですので…」
バスは国道348号線・286号線のバイパスを走っていた。そのため運転手の言う通りすぐにはラジオをつけられなかったが、国道13号線・112号線の山形バイパスが立体交差で通る鉄砲町交差点の手前で赤信号が灯ったので、それに合わせてバスも停車した。ここで初めてラジオがついた。
『試合は2回表を終わって5対4、河北ノースリバースが再びリードを奪い返しました。これから2回裏、1点を追う三川インタグレーツの攻撃です』
―え、打ち合い?
―2表でもうこれかよ…。どんだけ打ち合ってんだ?
「長くなりそうだな」
「こりゃ何点入るかわかんねぇぞ」
ラジオが付いた時にすぐに聴こえたこの実況で、永田、小宮山、高峰、そして徳山監督が内心で思うか実際に呟いてこの試合の意見を述べる。
そういえば、今日は何かとバッティングが目立つんだった…、ナインの一部が今日のこれまでの試合を振り返っていた。
確かに、今日登場した山形と酒田は共にエースの横山と荒瀬がそれぞれ大会第3号、第4号の一発を放ち、大勝している。この2チームだけでなく、他の勝ったチームは勿論負けたチームも良くバットが振れていた。かといって大味な試合というわけでもなく、守るべきところは確りと守れているチームが多い。比較的大人しめだった昨日までとはまた違う戦いを見せている。
山形と酒田は大勝したが、これは地力の差が出ただけだろう。他のチームも一方的にさせまいと相手に食い下がっている。その結果、コールドゲームは今大会未だ1試合に留まっている。
この三川 対 河北もまた、そういう試合だった。
『3回表を終わって6対4、河北この回も得点を挙げました。河北はこれで初回から毎回の6得点です』
『ただ、お互いに良いスイングができていますね』
『そうですね。それに点はかなり入っていますが守りがそれほど悪い印象でもありませんよね』
この試合を担当する実況アナウンサーと解説者がこのように語り合う。
―こら時間かかりそうやな。どっかで締めな。
関川が内心でこう思っていたところ、
「でもこれ、決して他人事でねぇぞ。うちだってそうなるかもしれねぇがらな」
監督の言葉で、ナインは少し締まった表情になった。監督の言うとおり、試合展開がどうなるかわからない以上はその可能性もあり得る。
三川 対 河北の試合を聴いているうちに、バスは北郡球場の近くまで来ていた。
「皆、そろそろ降りる準備して」
永田はそう指示を出したが、指示を出した途端忘れていた緊張が戻ってきた。
―やべ、もう試合かよ。本気で大丈夫かな…。
だがそれを解す間もなく、バスは北郡球場の駐車場にゆっくりと停車した。
「よし、降りたら道具出して、並んでで」
しかしすぐに深呼吸。指示を1つ出す毎に、余計緊張してくる。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ナインが次々にバスを降りて、道具を出す。永田はナインが降り出した途中からバスの後方を見て、全員が降りたかどうか確認する。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
永田以外のナイン17人が全員バスから降車したのを確認して、
「よし、オレらも降りるべ」
徳山監督の先導で、永田と井手もバスから降車した。
「はい。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
監督とマネージャー含め全員が降りたところで、横1列に再度整列。
「よし。気をつけ、礼! ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
「こちらこそ、ありがとうございました。試合頑張ってください」
永田を先頭にナインが一斉にバスの運転手に挨拶すると、運転手から激励された。
「よし、じゃ三塁側?」
ナインを先導しかかった永田が、それでもそのまま行かせて良いのか疑問に思い途中から徳山監督に質問するように口調をゆっくりと、目線も彼のほうに向ける。
「うん、三塁側なんだけんど、その前に」
「あ、そっか。球場役員さんに挨拶ですね」
徳山監督の台詞からやるべきことを思い出した永田は、再度ナインに指示を出した。
ナインは荷物と道具を持って、球場入り口にダッシュで向かった。しかしなぜダッシュ?
「ダッシュの必要あるん?」
「ある。行動は迅速に、でしょ」
片山の質問に永田はこう答えたが、
―そりゃそうやけどな…、態々急ぐ必要あるんか? 第3試合まだやっとるで?
片山の言うとおり、第3試合、それこそ先程までバスで聴いていた三川 対 河北は5回裏を終えて、NCナインが入り口のすぐ手前に来た時に丁度グラウンド整備が始まったところだった。
「よし、並んで」
「言われんでも並ぶわ。球場役員さんに挨拶やろ、一斉に挨拶する時はだいたいこうなんは散々子供の時から聞かされとるわ」
―さすが片山、ルーティンわかってらっしゃる。
こういうのには慣れているのか、今の永田の指示に片山はすぐにこう返した。永田もこの勘の良さに感心していた。
「気をつけ、礼! お願いします!!」
「お願いします!!」
ここでも永田を先頭にナインが一斉に脱帽の上、球場役員に挨拶する。その後で永田と徳山監督はナインに次の指示を出した。
「じゃ、三塁側のロッカールームに」
「うん、荷物と道具持って。今度は焦んねぐで良いぞ」
「はい…」
やはり見られていたか。永田は苦笑しつつ返事をした後、一息ついた。
ナインは今度は廊下を歩いて三塁側のロッカールームに向かった。鍵が開いていることを確認すると、扉を開けて各自挨拶してから中に入った。しかし、その中に永田と監督がいない。
「監督」
「ん、何だ?」
「今更ながらで癪かもしれませんけど、本当に今日このオーダーで行くんですか?」
N`Cars 2回戦スターティングメンバー
1番センター 萩原 瞬(8) 右投両打
2番ショート 小宮山 涼(6) 右投右打
3番ピッチャー 永田 晋也(9) 右投左打
4番ファースト 三池 和義(3) 左投右打
5番キャッチャー 関川 浩介(2) 右投右打
6番ライト 片山 開次(1) 右投両打
7番セカンド 梶原 栄次(4) 右投右打
8番レフト 桜場 俊和(7) 左投左打
9番サード 都筑 健(5) 右投左打
控え
(10)高峰 京太(ピッチャー/左投左打)
(11)黒谷 秀一(ピッチャー&サード/右投右打)
(12)沢中 真(セカンド/右投左打)
(13)相澤 祐希(キャッチャー/右投右打)
(14)戸川 広木(ファースト/左投左打)
(15)松浪 響(ショート/右投右打)
(16)中津 守(センター/左投両打)
(17)峰村 英気(レフト/左投右打)
(18)菅沢 充(ライト/右投左打)
※()内の数字は背番号、控えメンバーの()内の/より左側は守備のポジション。
「あぁ。だっておめだづもそのつもりでいたんだべ?」
「え、ま、一応…」
徳山監督の質問に、永田はぎこちないもののどちらかというと肯定的な反応を見せた。
「だば、いきなり動かしてもしょうがねぇ。完璧なことしろとは言わねぇ、やれるごどやってこい」
確かにそうだが…、試合がとんでもなく破壊されたらどうするんだ? 若しくはその覚悟なのか? 手渡されたオーダー表を見て、色々考える永田。
「そろそろ役員本部室さ。気負うな、オレも一緒に行ぐし、皆も待ってるがら」
監督に背中をポンと叩かれ、永田は荷物と道具を持って重い体をどうにか進めた。ロッカールームの前まで来て、
「行ってきまーす」
―表情硬いな。大丈夫なんかな?
―前の試合より酷いんちゃうか? こら心配になってきたで。
片山と関川にまで心配される程、背番号9は緊張していた。
永田が挨拶した時、場内アナウンスが流れた。
『この後第4試合で対戦いたします、東根チェリーズとN`Carsの監督とキャプテンは、メンバー表を持って役員本部室までお越しください』
足取りが重かった。先の硬い表情といい、永田には相当な重圧がかかっていたのかもしれない。メンバーもこの表情に心配そうだった。
しかしそもそも永田の先発登板は片山を休ませることと、彼だけに頼ってはいけない、という監督の考えがあったからで、決してそこには監督の言うとおり結果を求めていたわけではない。だが彼は役員本部室のドアの前まで来ても、結果ばかりを心配していた。
ドアノブに手を伸ばす。手先と両足は震えていた。緊張した表情のまま、どうにか後ろを向いた。
だが、監督の表情は穏やかだった。
何も言わなかったが、頑張ってこい―、この無言の激励に、永田は軽く頷いた。
―あ、いけね。
真っ直ぐドアノブに伸ばしかかっていた右手をすぐ上の扉の部分に向け、ノックした。
―自分の結果どうこうよりも、まずは勝てば良いんだよな。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
役員にドア越しに入室許可を得た永田は、ドアを丁寧に開ける。そして役員さんに向かって一礼。監督が入室したことを確認して、一旦後ろを向いてドアを閉める。向き直って、改めて一礼。このルーティンもさっきの激励がなければできなかった。
「東根チェリーズのキャプテン、佐藤 錦です」
早速チーム名に相応しい選手名が。しかもオーラあるし。
―こういうのがゴロゴロいんだよな…。
―良いオーラしでる。強豪チームだけのことはあるな。
永田と徳山監督は2人ともこのオーラに注目していた。
「同じく東根チェリーズの監督の南陽です」
―南陽さんか。
「N`Carsのキャプテン、永田です」
永田は相手の監督名を確認した後で、自らも自己紹介をした。
―緊張してるな。
相手のキャプテンである佐藤 錦が、永田が緊張していることにすぐ気付く。
「同じくN`Carsの監督を務めてます、徳山です」
―でも監督はオーラがある。
相手の南陽監督は徳山監督のオーラを感じ取っていた。
「それではメンバー表の交換と、先攻後攻のじゃんけんをお願いします」
役員さんの指示で、永田と錦が、お互いに監督から手渡されたメンバー表を交換する。渡した時、永田は相手のオーラの強さを、錦は相手の緊張の度合いを改めて感じ取った。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
互いに握手を交わして、先攻後攻のじゃんけんに入る。永田はこの時、気負いしない気負いしないと、心の中で何度も復唱していた。
―気負いしない、気負いしないで、じゃんけんに望む、と。
「最初はグー、じゃんけんほい」
永田はチョキ、錦はグーを出した…。
―あ、れ、負けた?
「では東根チェリーズさん、先攻後攻どちらになさいますか?」
この役員さんの質問に、錦は即答した。
「先攻で」
―えっ!?
―あれ?
東根の南陽監督とじゃんけんに負けた永田がきょとんとしていた。
―なして先攻?
―負け先だと思ったのに。
錦が先攻を選んだ理由が2人にはわからないまま、
「それでは改めてよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。失礼しました」
両チームのキャプテンはお互いに挨拶を交わすと、入った時と同様、正面を向いて役員さんに一礼し、ドアを丁寧に開けて退室していく。ドアを閉める前にも一礼。
一塁側のロッカールームに戻る途中で、南陽監督が錦に尋ねた。
「錦」
「はい」
「何で今日先攻選んだなや?」
「後攻でも良かったかなと思ったんですよ。彼らだって1回戦勝ってきてるんだし、舐めてはいないんですけどね。でも最初に目合わせた時に変えたんですよ。緊張してるな、って。こういうプレーヤーが1人でもいるなら、寧ろ先攻で、浮き足立っているうちにガバッと点を取ってしまいたい。これが後攻だと、相手は先攻だから、下手に1表に点取られたら緊張が解れてしまうかもしれないんですよ。況して彼今日先発マウンドだし、点を更に取り易くしたかったんです」
錦が先攻を取った理由及び先攻後攻が決まったところで、今度は対戦相手、東根チェリーズのスターティングメンバーといこう。
東根チェリーズ 1回戦スターティングメンバー
1番レフト 佐藤 錦(7) 右投右打
2番セカンド 高砂(4) 右投右打
3番センター ジャボレー(8) 右投右打
4番ファースト 紅 秀峰(3) 左投左打
5番ライト 黄川田(9) 右投右打
6番サード 北光(5) 右投両打
7番キャッチャー 豊(2) 右投右打
8番ショート 香夏(6) 右投両打
9番ピッチャー 佐藤 大将(1) 右投左打
※()内の数字は背番号。
先程握手を交わした錦は1番に座る。先発ピッチャーは右のエース、佐藤 大将だ。尚、名前の読みは「ひろまさ」である。その他のラインナップを見ると、いかにも、という感じの名前だが、しかしどこをとってもオーラのあるメンバーがズラリと並ぶ。
「手強いですね」
「うん。改めで見ると結構良いメンバーばかりだな。スイッチヒッター2人に左2人…、実質左は4人だな」
「4人? あ、そっか、オレ先発だから…」
スイッチヒッターは左右両方の打席で打てるバッターだが、通常は相手のピッチャーによって打席を選ぶ。要は、相手ピッチャーのボールの出どころが見易いほうを選ぶ。今回でいうとN`Carsの先発が右ピッチャーの永田であるため、東根チェリーズのスイッチヒッター2名はどちらも左打席に入って勝負する可能性が高い、ということである。
「そう。でも別にそれより、おめはやれるごどやれ。負けろとは言ってねぇぞ、勘違いすんなよ。出来悪ぐでも良いから、勝つ気持ち捨てねで投げでこい。そういうごどだ」
「はい」
敢えて自分のすべきことに集中させて、徳山監督は永田に檄を送った。
永田と監督が話しているうちに、ロッカールームに戻ってきた。皆が座って待っている中、永田はその正面に立った。
「…、後攻です」
「また後攻か」
昨日の中山越ナローズ戦同様、N`Carsが後攻をとったことに萩原がこのリアクションを見せる。
「じゃんけんどやった?」
「負けた」
「えっ」
「負けたけど相手が先攻とって…」
「あ、そうなん?」
―負け後か。
関川にじゃんけんの結果と後攻をとった理由を説明した永田は、
「試合は?」
「これから6回裏。6表で1アウト満塁をスクイズ失敗で潰して」
現在行われている第3試合の経過を尋ねて、黒谷が答えたところで、
「これからか。じゃあ、今から試合前のミーティングを始めます」
「お願いします」
試合前のミーティングの挨拶をした。ナインがそれに続く。
昨日と同じく、ミーティングの冒頭で監督が今日の試合のスターティングメンバーを発表した。すると、
「え、先発永田?」
「大丈夫なの?」
「通りでガチガチだったわけか」
いろいろ意見が出た。
「あ、そういや永田が先発するってこと当事者以外さ伝えてねがったな。申し訳ない」
監督がこう詫びたが、
「でもさ、これも大事だけどオレらは試合でやるべきことやって勝つのが仕事じゃん。そっちに集中しようよ」
―瞬?
「萩原の言うとおりだ。おめだつは勝つのが仕事なんだがら。さっきのは申し訳ねがったけど、やるべきことに集中してやってこい。前も言ったけど、練習でやってきたことを存分に見せで、常に勝つ、攻める気持ちを捨てねで思いっきりプレーしてこい。いいな!?」
「はい!」
萩原の一言で、気持ちがまた揃った。それに続く形で監督が檄を飛ばして締めた。
「以上でミーティングは終わりです」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!!」
監督の宣言を聞いて、永田を先頭にナインが一斉に挨拶する。
「じゃ、必要な荷物と道具持って、三塁ベンチの裏に」
「試合終わったらすぐベンチ入りだから」
ナインは監督と永田の指示で、各自必要な荷物と道具を持ってベンチ裏に移動した。ベンチ裏に着いた時、関川が永田を呼んだ。
「何?」
「ちょっとこっち」
「えっ」
関川に言われるがまま、永田は道具を置いて関川のもとに行った。
―サイン、ほら昨日LINEで送ったヤツ。覚えとる?
―あれ? 一応見たけど?
―2人で再確認しよ。スマホある?
―オレガラケーなんだけど…。どっちみち今手元にない。電源切ってロッカールームに置いてきた。
―オレ今あるから。ほれ。
関川はスマートフォンのスリープモードを解除して、永田に送ったというLINEの文面を見せた。
ある程度のやりとりの後、
『今からサインいくでー』
この文面を起点に、関川はサインを絵文字と文面で伝えた。この形の表現を複数繰り返しており、関川は永田と1つ確認する毎に画面を少しずつスライドさせた。
―で、これがこう…。ここまでで質問ある?
―実際の形式で見せてくれる? キャッチングスタンスでさ。
―上下反転するだけやろ?
―いや、でも実際の形式で見慣れとかないと。たぶんさっきまでの心情ご察しだろうから。
―わかった。いくで。
関川はキャッチングスタンスで、先程確認した全てのサインを改めて見せた。
「これで全部やで」
「おし…、大丈夫だ」
「なら言うてみ。わかるんやったら」
「えーと、これがこうで」
永田はやりとりしたサインを自分が出して、自分で答える形で確認した。
「よし…、でもキャッチングスタンスで見たい言うたのアンタやんけ、何で普通のスタンスやねん」
「出しやすいから」
―ピーはそれでええかもしれんけどなー。キャーはバッターに悟られたらアカンから…。
関川が内心でこう思っている通りだが、現在はサインの伝達行為に関して結構厳しいので、その心配もだいぶ軽減される筈だが。
キィン!
―えっ!?
―何や!?
鋭い金属バットの音が、NCナインの耳に入った。勿論サインのやり取りをしていた永田と関川の耳にも。
「あっ!」
NCナインが目を向けたその先には―、
ポーン…!
「そんな…」
前進守備からダイビングキャッチに行った左中間、それもレフトとセンターの丁度その間に、弾む白球が…。
弾んだ瞬間にマウンドで崩れる投手、既にホームを踏んでサヨナラの2塁ランナーを迎え入れる3塁ランナー、ガッツポーズでサヨナラのホームインを果たす2塁ランナー、ホームベースの前でキャッチャーマスクを取って呆然と立ち尽くす河北の捕手、1塁を廻ったところでサヨナラ勝ちを確信して人差し指を高く突き上げるバッターランナー、これら全てが映っていた。
「そんな…、あと1球だったのに…」
高峰がショックのあまりこう呟いた。スコアボードのボールカウントは、ストライクとアウトのカウントが共に2つ点灯していた。
「これ立ち直れそうにないな…」
「何て声掛けたら良いかわかんねぇなこういう時…」
相澤、黒谷も続く。一方で、緊張が解れたかに見えたあの人は…、
―1球でああなるの…? 1球が大事とは言うけどさすがに酷だわ…。
余計堅くなったようだ。
「すぐ入れるようにしといて」
試合終了のサイレンが鳴っても、茫然自失のままだった。さっきの指示も、どうにか出すので精一杯だった。
北郡球場の第3試合は8対7、三川インタグレーツが土壇場で逆転サヨナラ勝ちを収め、3回戦進出を果たした。
「何してんだ…、ベンチ入りだぞ」
「あっ、はい」
「ここはあまり気を遣うな。いつも通りのごどするんだ」
「はい」
負けた河北はこのあと試合をするNCと同じ三塁側ベンチ。ベンチの出入りで気落ちした彼らとすれ違うわけだから、気を遣いがちなところである。さっきの助言に続き、徳山監督は更に集中、集中と諭した。
「皆、いつも通りの行動をしよう。お願いします」
「お願いします」
「お願いします」
監督の助言を受けたNCナイン、永田を先頭にいつも通り元気良く挨拶をしてベンチに入る。
「今日も後攻だから、シートノックの準備して待ってて。グラウンド整備終わるまでアップ」
「かーるく投げとく?」
「軽くで良いよ。どうせグラウンド均したらシートノックだし。今日オレピッチャーだから外野ノックは…」
「開次が入ってお前はこっち」
「だよな」
いつもの癖で外野に行かないか心配だった。
軽く永田と相澤が10球程キャッチボールをしたところで、グラウンド整備が終わった。小宮山がグラウンドのほうを指差して、永田がその様子を確認した。
「よし、バック! グラウンド整備、ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
今日もNCが先にシートノックを行う。しかし今日は片山が外野ノックに加わり、永田は相澤と三塁側ブルペンで投球練習をする。
『N`Cars、シートノックの準備をしてください』
「っしゃあいくぜ!!」
「おー!!」
今日はこの音頭を関川が行う。勿論ノックを受ける面々は全力疾走。
『時間は7分間です。それではシートノックを始めてください』
このアナウンスと同時に、シートノック開始のサイレンが鳴る。
「最初ボールファーストや!」
前回はノック開始早々にエラーを犯したNC守備陣。今日はどうか。
―昨日のようなシートノックじゃ酷さのあまり笑いものだぞ。大丈夫かな…?
錦も一塁側ベンチから心配そうに見つめる。しかし1試合を経てある程度マシになったとはいえ、やっぱりエラーをするNC守備陣。
すると観客席から当然のように、
「相変わらずじゃん」
「ひでぇな。前の試合4エラーしただけのことはある」
「ピーも今日のはショボいし楽勝だな」
―お客さんそろそろやめたら? 噂だとNCアンタらの言動に怒って逆転勝ちしたとかいうから。
錦は内心で客の言動を注意すると、自軍のブルペンに目を向けた。
「マサの球どうよ?」
「まずまず。昨日とあまり差異はないな」
「そうか」
―NCには悪いがうちの投手の出来は良いみたいだ。昨日みたいな展開にはさせないぞ。
「よし、こっちもそろそろ準備するか」
「はい」
ノック時間があと1分になるところで、南陽監督は東根ナインにシートノックの準備の指示を出した。
「兄貴ー」
「何ー?」
「そっちも攻守で差異ねぇんだべな?」
「ねぇよ。まずお前そっちに集中してて良いから」
錦がブルペンで投球練習をしている大将にこう指示して、自らはシートノックを待つ列に加わったところで、
『N`Cars、シートノックの時間終了です』
シートノックの制限時間、7分間が終わった。
「気をつけ、礼! ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
NCが三塁側ベンチに引き揚げ、入れ替わるように東根ナインがシートノックに入る。開始早々に好守を見せる東根の守備陣。それを見ていたNCナイン、
「やっぱり巧いな」
「流石だ…。地力が確りしている」
「ノックも巧いんだべな。適切なとこさ打球の強さ変えで打っでる」
中々の高評価だった。動きのスムーズさ、適切なコントロールでのスローイング、ケースバイケースでの巧い判断…。まだ守備しかその目で見れていないが、これを見る限りは東根のほうが上手だった。
『東根チェリーズ、シートノックの時間終了です』
こちらもシートノックの7分間が終わり、一塁側ベンチに引き揚げる。グラウンド整備が始まり、NCナインは主将の永田を先頭に三塁側アルプス席に向かって整列した。
「気をつけ、礼! 応援よろしくお願いします!!」
「お願いします!!」
『初日から変わらぬ空模様。今日大会3日目も広い青空と日差しが降り注ぐ下で、選手たちの熱い戦いが繰り広げられています。ここ北郡球場の第4試合も、陽は傾いてはきていますが同じような気候でこれから行われます。この試合で対戦する一塁側東根チェリーズ、三塁側N`Cars、ともに1回戦を勝ち上がっての対戦です。解説は高校、大学、そして社会人といずれもトップレベルの環境で野球を経験され現在も社会人チームの監督をされております山下さん、そして実況は私奥田が務めます。山下さんよろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『それではグラウンド整備の間、両チームの1回戦の試合結果と今日の試合のスターティングメンバーを字幕でご紹介します』
整備員がトンボとブラシでグラウンドを均した後、水撒きを行っている。4氏審判はグラウンド整備の間は出ないが、水分補給などをして待機している。
『山下さん、この試合の見所はどこでしょうか?』
『県内でも上位に食い込んでくる東根チェリーズと、初出場のN`Carsという構図が最初に出てきますが、力の差の構図がはっきりすると、N`Carsが実力派の東根チェリーズにどこまで互角に渡り合えるか、というところでしょう。1回戦の結果を見る限りだとN`Carsは打撃で、東根チェリーズは走攻守バランスの取れた試合運びをそれぞれ見せていました。これがどこまでお互い通用するか、そしてもう1つのポイントは今日のN`Carsの先発ピッチャーがエースの片山ではなく背番号9の永田というところです。公式戦初登板の彼がどのようなピッチングをするかにも期待です』
『4氏審判がグラウンドに出て、それに合わせて両チームの選手たちも各ベンチ前に整列します。一塁側は先攻の東根チェリーズ、三塁側は後攻のN`Carsです』
「いきましょう」
「っしゃあいくぜ!!」
「おぅ!!」
「こっちもいくぞ!!」
「おー!!」
今日の第4試合を担当する球審の号令で、両チームのキャプテンが音頭をとってお互いのナインが一斉にホームプレートの前までダッシュする。
『両チームの選手たちと4氏審判がホームプレートを囲むように各横1列に整列しました』
「これから2回戦の第4試合を始めます…、礼!」
「お願いします!!」
同じく球審の挨拶の号令で、両チームの選手たちがお互いに対戦相手と4氏審判に脱帽の上、挨拶する。そして永田の音頭で、
「よし、がっちりいこうぜ!!」
「おー!!」
『先に守備に就きますN`Cars。ではその守備陣を紹介していきます』
『おまたせいたしました。第4試合、東根チェリーズ 対 N`Carsの試合、間もなく開始でございます。まず守ります、N`Carsのピッチャーは永田。キャッチャー、関川。ファースト、三池。セカンド、梶原。サード、都筑。ショート、小宮山。レフト、桜場。センター、萩原。ライト、片山』
『今日はエースの片山はライトでの先発です』
『審判は、球審、塚田。塁審、一塁、村木。二塁、高屋。三塁、才木。以上4氏でございます』
今日の実況を担当する奥田がウグイス嬢に委ねる形でN`Carsの守備陣を伝える。簡単に補足を入れたところで、今度はウグイス嬢は今日の試合を担当する4氏審判をアナウンスする。
「あんま硬くならんでええからな」
「ああ」
―一番心配なのはアイツの立ち上がりだ。入り次第でどごまでいけるかも変わるがらな…。
「楽に楽に」
「まず打たせてこう」
関川がマウンドまで行って檄を飛ばしたり、徳山監督が内心で語るところや、三遊間がそれぞれ声を掛けたり、と、形は違うがN`Carsのナインは緊張から不安そうにしている永田の立ち上がりのピッチングを誰もが心配していたのは同じだった。
『東根チェリーズ、キャプテンの佐藤 錦が打席に入ります』
奥田が実況する中、
―まず楽に、ストライクを入れるところからでもええから。
―オッケ。
「しゃあ、締まっていくで!!」
「おー!!」
それと同時進行という形で、関川がまず内心で永田に、次にキャッチャーズマスクを外してナインにそれぞれ檄を飛ばす。
『1回の表、東根チェリーズの攻撃は、1番 レフト 佐藤 錦。レフト 佐藤 錦』
「錦、先頭は出ろよ!!」
「後ろも続くからな」
1塁側ベンチから南陽監督と、ネクストバッターズサークルに座って待機している高砂がそれぞれ右のバッターボックスに入った錦に声を掛ける。
―来い。全力勝負だ。
―バッターボックスに入ると更に風格出るな。佇まいとか。
打席で構える錦とマウンドに立っている永田が、お互いに相手に対して思いを巡らせる。
「プレイ!!」
このコールと、試合開始のサイレンが同時に響く。永田の公式戦初登板の試合が始まった。
―初球は何だ。
―まずストライクから。
両者、今度は初球の駆け引きに焦点を当てて、愈々その初球が投じられる。
―…え、これ!?
投じられた球に錦は一瞬驚くが、
キィーン!!
「あ…っ!?」
「えっ!?」
『甘い球振り抜いた、レフトのポール際に高く飛んでいるー!!』
今度はNCバッテリーが一瞬驚く。奥田もやや絶叫するように実況する。
「俊ーっ…、あっ…」
関川がキャッチャーズマスクを外して打球を追っていたレフトの桜場に声を掛けるが…、
ポー…ン!
NCバッテリーが見つめる先には、レフトのポール際を通過してすぐスタンドに落ちた白球があった。
『いきました、1番佐藤 錦!! レフトポール際へ先頭打者ホームラーン!!』
「よっしゃあ!!」
「兄貴ナイスバッティング!!」
1塁側ベンチでは、今のホームランをブルペンで投げていた大将を含めた東根チェリーズのナインが一斉に喜ぶ。
『素晴らしい一振りでしたね』
『ええ。大会第5号の一振りで東根チェリーズがまずは先手を取りました。一発を放ったキャプテンが今ホームに還って先取点!!』
解説の山下もこれを称えて、奥田は今のホームランと錦がホームベースに還って来る様子を実況する。
「よしよし、皆これに続くべ」
「どんどんいこー!」
南陽監督を先頭に東根チェリーズのナインが士気を高める一方で、N`Carsの徳山監督は、
「気落ちするな、まだ1点だ。こっがらこっがら」
まだ試合が始まったばかりということもあり、バッテリー、とりわけ永田に気持ちを切り替えるよう促した。直後に奥田が実況する。
『ホームランで1点を先取したのは東根。ここでキャッチャーの関川がマウンドに行きます』
「ええからな別に1点は。次や次」
「うん」
『マウンドから戻る時に関川は永田の頭をミットで軽くポンと叩きました。ここは切り替えが大事ということで檄を飛ばしたということでしょうか』
『そうですね。いきなりの一撃ですからここはその先のことを考えて引き摺らないように、ということですね』
―確かにストライクのボールやったけど精度が低い…。やっぱ東根クラス相手じゃ抑えきれへんか…。そうなると打たせるしかない…。なるべく低めに集めて、か…。
奥田と山下が推測した通りではあったが、その一方で関川は早くもリードに悩んでいた。
『2番 セカンド 高砂。セカンド 高砂』
『今のホームランに続けるか2番高砂。初球が狙い目ですが』
『そうですね。東根としては、ホームラン後の球はどんどん狙いたいですね』
この場面のキーポイントを奥田と山下が語り合う。右のバッターボックスに入った高砂も内心で、
―今の球が続くなら狙い目だが。
―やっぱりか!!
狙い球を絞り、その通りのボールを迷わず振り抜く。
キィン!
『三遊間、破ったぁ!』
「やったー、続いた続いた!!」
「どんどんいくぞジャボレー!!」
「ハイ!」
『3番 センター ジャボレー。センター ジャボレー』
東根チェリーズのナインが連打に喜ぶ中、ネクストバッターズサークルで待機していたジャボレーが南陽監督の檄を受けて打席に向かう。
―ん? よう考えたら国際系かこのチーム? 1・2番は何か目鼻立ちはっきりしてたし、あの2番はなんとなく白人系ぽいし…。この3番もそうなんか?
「内野ゲッツーや!!」
気になった関川、座ってマスクをはめた時にジャボレーに尋ねた。
「出身はどちらですか?」
「僕ハふらんすカラ来マシタ」
―フランス!? 遠いところお疲れ様です。
これ以上話すと試合に差し支えるので、とりあえず会釈だけしておいた。
―この試合、ひょっとしたら国際交流の大チャンスかもしれへんな。
という期待をしつつ、永田に指示を出す。
「永田はバット寝かせたらダッシュな」
「うん」
『ホームランに続いて高砂もヒットで出ました。ノーアウトランナー1塁、追加点のチャンスです』
奥田の実況と同じタイミングで、南陽監督がジャボレーにサインを出す。
―どんどんいくとは言ったが、ここは2点目を確実に取る。ジャボレー、これだ。
―ワカリマシタ。
『3番のジャボレーはこの構え。送って4番の紅に託す狙いです』
―ダッシュは投げ終わってから。さっきのは準備しとけの意味や。
ジャボレーがとった構えを見て、奥田が実況席でその狙いを読んで、関川が改めて詳細な指示を内心で出す。奥田は視点を東根チェリーズからN`Carsに変えて、
『N`Carsはここでまずアウト1個とりたい場面。高砂に動きはありません』
コン。
『送ってきた、ピッチャー前のバント!』
―よし正面、セカンドだ!!
「セカンド!!」
バントで緩く転がった打球を捕って、永田は自ら迷わず指示してセカンドベースに送球するが、
―え?
そのセカンドベースに入りかけた小宮山は不意を打たれる。
『確実に転がしてボールは…、2塁へ!!』
「あ…」
『あっ!』
2塁を狙った送球が、小宮山の左へ大きく逸れた。
『送球が逸れてボールはセンターへ!』
「やば…」
「永田3塁カバー! 瞬、バックサードや!!」
関川が永田と萩原にそれぞれ指示を出す。
『これを見て1塁ランナーの高砂、3塁へ!』
センターへ送球が逸れたのを見て、高砂はセカンドベースへのスライディング体勢から起き上がり、3塁に向かう。
「高砂、3つは滑れ!」
「わかった!」
サードベースコーチャーの指示で、高砂はサードベースに滑り込む。
『ボールは3塁に送られますが…、間に合わず1・3塁オールセーフ! 送りバントが相手のミスを呼んでチャンスが広がりました、東根チェリーズです』
―アカン、無茶しとる。まだ余裕が持てへんようやな永田。
今のプレーを関川がこう悟る。実は小宮山は自らがセカンドベースに入りかけた時点で高砂をフォースアウトにするには間に合わないタイミングだったので、ファーストに送球するよう指示を出そうとしていたのだ。ところが無謀にも送球が彼のほうに来てしまい、不意を打たれたのだ。関川も同じ理由からファーストに投げるよう指示しようとしたが一瞬遅く、先に永田が自己判断でセカンドベースに送球してしまった、というわけだ。
「戸川、ちょっと来てけろ」
「はい」
ここで、3塁側ベンチでは徳山監督が控えの戸川を呼ぶ。
『4番 ファースト 紅。ファースト 紅』
『ノーアウト1・3塁、東根は追加点のチャンスで4番の紅を迎えるというところ』
「外野フライでも内野ゴロでも良いからな」
「まず3塁ランナー還そう」
左打席に入りかけた紅にナインから最低限のことをこなすよう声が掛かった…、ところで、
「タイム!」
―ん?
塚田球審がタイムをかける。一瞬、紅もこれに目が行く。
『N`Cars、尚も追加点のピンチの場面で早くも1回目の守備のタイムです』
―流石にこれはタイム取ったほうが良い。あの様子だばまだまだ打たれる。心身とも十分に解れきれでねがったな。
こう思った徳山監督は、戸川を通じて守備の指示を伝える。戸川はファールライン際で一礼した後、マウンドに向かう。同時に関川と内野手4人もマウンドに集まる。
「まずアウト1個。それだけに集中して、永田は。ボールは一応ストライク入っているんでしょ?」
「一応な。精度は大分低いけど」
戸川の質問に対する関川の回答を受けて、戸川は内野手全員にこう指示を出した。
「ならまずそれだけに。あと内野はゲッツーで良いから。まだ初回だし、2点目はしゃあない、ってことで」
「わかった」
「ま、セオリーっちゃセオリーか」
「よし、それでいくべ」
内野手が次々に納得・了解したところで、
「改めて、締まっていきましょう」
「おぅ!」
戸川の音頭で、全員改めて気を引き締めた。
「広木お疲れさん」
「うん」
指示を伝えてベンチに戻る戸川に関川が労いの声を掛ける。
『マウンドに集まった内野陣の輪が解け、それぞれのポジションに戻ります。背番号14を付けて伝令に走った戸川は三塁側ベンチに戻ります。今ファールライン際で一礼しました』
『今の間で落ち着けると良いですね』
奥田がこの様子を実況して、山下が今のタイムに心理面での期待を寄せる。全員が元の位置に戻ったところで、塚田球審からコールが掛かる。
「1回表、東根ノーアウト1・3塁で試合再開。プレイ!」
―よし…、アウトまず1つ。
―ボールなるべく低めにな。
永田と関川が、それぞれ先程の伝令の内容を基に配球を組み立てる。奥田が再度この場面を実況する。
『1塁3塁、外野フライでも追加点の場面』
―低めに低めに…。
―あ…。
永田が低めに行くようにと念じたボールだったが、
キィン!
『ちょっと高めに入って…、三遊間抜けた!』
僅かに高めに入ったところを、4番の紅に逆方向へフルスイングされた。
―ボール少し浮いただけで…。
―完全な低めの球とはいかんかったな。
今の1球を、永田と関川がそれぞれ振り返る中、高砂がホームを駆け抜ける。
『3塁ランナー還ってきて、東根2点目! 4番の紅にレフト前へのタイムリーヒットが出ました、尚もノーアウトランナー1塁2塁、依然チャンスは続きます』
「良いぞ紅!」
「ナイスバッティング、さあ桃也続け!!」
「おぅ!!」
今の紅のタイムリーヒットに続こうと気勢を更に上げていく東根チェリーズのナインに対して、
『5番 ライト 黄川田。ライト 黄川田』
―色々考えとるけどそれが通らん…。永田の球は精度低い言うたけどなんとかしようとしとる。その証拠にここまで4球全てストライクボールや。ストライクを投げれば打ってくれる…、これになんとか懸けようとしとるんやけどな…。
『マウンド上、苦しいピッチングが続きます、N`Carsの先発・永田。2点を取られ尚もランナー1塁2塁』
奥田が実況する通り苦しい状況のN`Cars。彼は永田の視点で実況していたが、関川もまたリードに苦心していた。
―監督、バントですか?
―いや、動かない。ここまでの様子だとバント無しでも点は取れる。まず打っていこう。
―はい。
黄川田が南陽監督のサインを窺ったが、南陽監督は敢えてこう決めた。
―あれ、アウトコース?
―右方向に打たせてゲッツーや。オレの体は外へ寄っても、ここにミットあったら投げられるやろ?
―ミットの位置含めて真ん中に構えていた時と姿勢は変わっていない。ここなら投げられるかも。
N`Carsバッテリーは黄川田を迎えるところで、セオリー通りの作戦に出た。
『塁詰まっていますから、アウトは取り易いですよ。兎に角早めにアウトを取ることが先決です』
山下が解説する通り、ランナー1塁2塁ならば3塁まではフォースプレーでアウトが取れる。タッチが要らない分だけアウトは取り易い。
「桃也もタイムリーだぞ」
―無茶言うな。
1塁ランナーの紅の声掛けに、黄川田は内心でツッコミを入れた。
『N`Cars、依然内野は深め』
―あ、でも。
だがツッコミを入れた傍から、黄川田にとっては十分な絶好球が来た。
カキーン!
黄川田はそれを迷わず振り抜く。
『外の球、1・2塁間…、』
ビシィ!
「あっ!」
『セカンドダイビングで止めた…、がグラブからボールがこぼれている!!』
「焦らんでええ、まず拾え!」
速い打球にダイビングした梶原だったが、グローブを弾かれる。関川が指示、ライトの片山もカバーに行く。
『ライトがカバーに行きかけましたがその前に捕って…、2塁ランナージャボレーは3塁ストップ!』
―ふぅ…。とりあえず止まった。
「栄次ナイスストップ!」
梶原が素手で拾ったので、3点目をすぐには与えずに済んだ。この様子を見てホームベースのバックアップに入りかけていた永田は安堵、関川は梶原のプレーを称える。
『内野安打でノーアウト満塁、梶原の好プレーが出ましたがアウトにはできず。チャンス更に広がって長打が出ればビックイニングの場面になりました』
同じタイミングで奥田がまたも実況する。長打で4点目か5点目、下手にまた柵を越されれば先の2点と合わせて6点も取られかねない場面である。
「ホームアウトも狙える場面やからな」
「うん」
「落ち着いて低めに」
しかし関川が永田に檄を飛ばしたように、満塁なのでホームでもアウトが取り易い場面でもある。
『6番 サード 北光。サード 北光』
『ここまで4本の長短打と犠打野選、更にエラーを絡めて2点を奪い尚も猛攻が続きます東根チェリーズ。どこまで得点を重ねられるか』
『どちらにとっても、この満塁の場面は大事ですよ』
『全ての塁でフォースプレーができます。それだけアウトにし易いのですが、一方でランナーが3塁にいますから3点目が入る可能性は高い場面。お互いどうするか』
奥田の実況に山下が解説を入れて、それを踏まえて奥田が細かな状況説明を加えて実況する。
―ここまで確かにストライク入っとるいうても、満塁やしな…。北光は上背そんなにないし錦程やないけどオーラは確かにある。1つ間違えば長打や。厳しい攻めの投球がアイツにできるかどうか…。
『ちょっとここまで打たれるとキャッチャーの関川も悩みますね』
―悩んでだな関川。まぁ無理もねぇけど。
関川がここでもリードに悩んでいることに、山下も徳山監督も気付く。少し時間が経って関川は、
―うーん…。とりあえず低めに投げさすか。これしか策がない。
『サインのやりとりに少し時間がかかったバッテリー。慎重になる場面ですが、ここは何で入るか』
関川が永田にサインを出したところで、奥田が実況する。
―ボールなってもかまへんから。
関川が今の状況や永田の投球内容などから悩んだ末、ある程度の許容範囲を設けたサインに、永田も頷いてここでN`Carsバッテリーは初めてサインを決めた。
―!? スクイズ!?
永田が投球モーションに入るや、北光がバットを寝かせた。
『バントの構えだ!』
ビシィ!
「とっ」
「ボール!」
『初球低めのワンバウンド、キャッチャー止めました。投球1ボール、スクイズの構えだけでバットは引きました、3塁ランナーも走っていません』
―素振りだけ?
―いや、満塁でスクイズもある。おそらく甘く入ってきたら転がすで。
―もう1球低め…。まともに転がさせまい、ってか。
永田はバントの構えはあくまでカモフラージュではと疑ったが、ワンバウンドのボールを両膝を地面に着いて体で止めた関川はこれを否定して、サインを出す。
『1球見ての2球目。スクイズがあるかどうか』
北光がバントの構えを見せたこともあり、奥田もスクイズを視野に入れた。
―何!? またか!
初球同様、永田の投球モーションに合わせて北光がバントの構えを見せた。
パン!
「ボールツー!」
『これも低めの球、見送ってボール。同じくスクイズの構えだけ見せました』
『揺さぶってきますね。こういうのは結構効きますよ』
今度はノーバウンドで低めにミットに入ったが、北光は同じように見送った。山下が解説する通り、ピッチャーにはこれが結構精神面で応える。
―2球同じか。こりゃ3球目も一緒や。押し出しが狙いやコイツ。
―あれ、ミットの位置が高くなった?
―インコース。根元のあたりを当てさせてゲッツー。バントの構えとっても次はここや。
前2球からこうなると推測した関川は、敢えてミットの構える位置を変えて、状況に関係なく永田にここに投げるよう指示した。
『サインに頷いて3球目』
―バットを寝かせない。
北光、今度はバントの構えをとらない。
『キャッチャーインコースに寄った!』
キィン!
N`Carsバッテリーが決めたインコースのボールを北光は巧く弾き返す。
『ヒッティングだ! 打球はライトに上がった!』
―インをよう捌いたな。
「開次!」
関川はキャッチャーズマスクを外しながら北光のインコースを巧く捌いたバッティング技術を内心で褒めつつ、ライトの片山に指示を出す。
『ライト片山が捕球体勢に入ります。3塁ランナーはタッチアップの構え』
―飛距離も十分やし、これは来るで。
パシッ。
「キャーッチ! キャーッチ!」
『捕った、3塁ランナースタート!』
片山が捕球するや、関川の予想通りすかさず3塁ランナーのジャボレーはタッチアップから3点目のホームを狙う。
「開次、バックホーム!!」
「言われんでも返すわ!!」
―いい加減舐めるな!!
「え…!?」
『素晴らしいボールだ、ワンバウンドで関川のミットへ!』
片山の右肩から放たれたバックホームのボールは、1塁側ベンチに戻りかけた北光が驚愕する程だった。
バシィ!
「タッチや!」
「廻り込めジャボレー!」
『タッチプレーどうだっ!?』
高く上がる白球の入ったミット。ジャボレーがスライディングの体勢のまま、塚田球審を見る。
「アウトー!」
『素晴らしいプレーが出ました、ライトの片山! 場内からもこの大歓声です!』
大歓声が響き渡る中、永田は安堵の表情を浮かべる。
「助かった…」
「開次ナイスボール!!」
関川がいまの片山の好返球を称える。
「よし、2アウト2アウト!」
「これで良いよ永田。バックに打たせてアウトとってこ」
野手の数々の檄に、グーサインで応える永田。
「すげぇなあのライト」
「何て肩だ…。ジャボレーも足は中々なのに」
「エースだよね? 地肩確りしてる」
東根ナインも驚愕するほどの素晴らしいバックホーム。
『1つ大きなプレーがでました、N`Cars! 苦しいピッチングが続く永田をバックが助けてアウト2つとりました。しかし1回表、東根のチャンスは依然続きます、2アウトランナー1塁2塁という場面』
『7番 キャッチャー 豊。キャッチャー 豊』
「永田ー」
「んー?」
「ちょっと楽になったやろー」
「ああー」
グーサインを高々と上げて応える。片山も、同じくグーサインで応えた。
「切り替えてこ、切り替えてこ!」
「今のバックホームは忘れろ、豊! 自分のスイングで後続さ繋げ!」
ベンチにいる東根ナインが声援を飛ばす。南陽監督はメガホンで豊に声をかける。
『ただまだ2アウトです。ここを締められるかどうか』
『良いプレーの後こそ大事ですからね』
奥田と山下は、こういう時こそ気を引き締めるべきと語り合う。
―アウトコースの低め。今日のボールの甘さを考えたら初めから打ちにくいゾーンに投げさせたほうがええ。
―おっ、今度は外か。
『キャッチャー、今度はアウトコースに寄りました』
N`Carsバッテリーはサインを交換すると、関川が今度はアウトコースに座って構えた。
―今日の様子見てたらわかると思うけど絶好球来たら構わず打って良い。
「誰か大将呼んで来い。そろそろかもだから」
「はい」
南陽監督は内心で打席にいる豊に声を掛けつつ、今ベンチ内にいるメンバーの誰か1人にブルペンで投球練習をしている大将を呼んで打席に行く準備をするよう指示した…、時だった。
カキーン!
「えっ!?」
「あっ!?」
「おおっ!」
『良い当たりー、さぁ右中間どうだ!?』
両チームのメンバーと放送席にいる2人が今の鋭い金属音に驚く。
ポーン!
『破った破った!』
「よっしゃーっ!!」
「廻れ廻れー!」
「2人還って来い、いけるぞ!!」
右中間を破る長打コースになったこともあり、東根ナインと監督は総じてバッターランナーの豊含む3人のランナー全員にひたすら先の塁へ行くよう声を掛ける。
『2塁ランナー3塁を廻って既にホームへ、1塁ランナーも3塁を…、』
「行け行けー、ホーム行っちゃえ!!」
「わかったー!」
既にセカンドランナーの紅は3点目のホームを駆け抜け、ファーストランナーの黄川田もサードベースコーチャーの右腕を大きく回すジェスチャーと大声による指示に叫びながら答えて、3塁を蹴った。
『廻った廻ったー! コーチャー廻した!』
「内野まで繋げー!」
「栄次カットや!」
サードの都筑、キャッチャーの関川がそれぞれ指示を出すが、結局セカンドの梶原でボールは止まった。
「豊そこまでだ、止まれ!」
「とっ」
梶原にボールが渡ったのを見たサードベースコーチャーは、2塁を廻った豊をそこで止めてセカンドベース上に戻させた。同じタイミングで黄川田も4点目のホームを駆け抜けた。
『ボールは中継でストップ、1塁ランナーも還って東根この回4点目!』
「やったやったー!」
「豊ナイスバッティング!!」
黄川田が4点目のホームに還って来たところで、東根ナインは今の2点タイムリー二塁打を喜ぶ。豊も1塁側ベンチに向かって小さくながらガッツポーズで返す。
『打った豊は2塁ストップ! 7番の豊に2点タイムリーツーベースヒットが出ました!』
『初回ですけどもピッチャーを助けるには効果的なキャッチャーのバッティングでしたね』
奥田の実況に、山下が今の豊のバッティングを褒めながら解説する。
「誰かネクスト入っとけ。大将準備できるまでの間で良いから」
「はい」
南陽監督は今度は次のバッターである香夏がこれからバッターボックスに向かった為に空いたネクストバッターズサークルに、先程まで投球練習をしていた大将が打席に行く準備ができるまでの間、誰か1人にネクストバッターズサークルに入っておくよう指示した。
『8番 ショート 香夏。ショート 香夏』
『2アウト2塁、依然続くチャンスにバッターは8番の香夏』
先程の北光同様、スイッチヒッターの香夏は左のバッターボックスに入る。
―焦るな。初球外に外せ。ちょっとでも間を置ければ…。
―外か。
またも点を取られた直後ということもあり、関川は永田にボールを外させて間合いを作ろうとする。
バシッ。
「ボール!」
『外にまず1球外しました』
『今までストライク優先できていたわけですが、闇雲にストライクばかり放っても打たれるわけですよ。今のように散らしていけると良いのですが』
『そうですね。ここまで東根の各バッター、甘いストライクはどんどん振ってきています。つまりちょっとストライクを集め過ぎた、と?』
『そういう見方もできますし、あとそもそも球威がないのが狙われ易くなっているもう1つの原因です』
奥田が時々スコアブックを確認しながら、山下と今の1球を語る。彼らの言う通り球威のないボールをストライクゾーンに集め過ぎたためにここまでのN`Carsバッテリーは東根チェリーズ打線に打ち込まれている。
―皆打ってるし、オレも1本。
「香夏続け!」
代わりにネクストバッターズサークルに入っていたメンバーの声援もあり、香夏も続こうと気合いを入れる。とここで、
「よし、大将準備できたな。ネクスト代わって」
「はい。がんば」
大将が打席に行く準備ができたので、南陽監督はそのメンバーに大将と交代するよう指示した。
カキーン!
『1・2塁間抜けた!』
「やった!」
「コーチャー廻っ…」
『ライト前、2塁ランナーは3塁を廻っ…、!?』
またもヒットが続き、監督が指示を出しかけ、実況も同じことを言いかけた時だった。
バン!
「おおおお…」
ライトから強烈なレーザービームが関川のキャッチャーミットを強く叩く。これを目の当たりにしたサードベースコーチャーは咄嗟に右腕を廻すジェスチャーから両腕でランナーをその場で止めるジェスチャーに切り替えた。豊もレーザービームとジェスチャーを見て、すぐに止まった。
『ライトからダイレクトのバックホーム。片山、ここも良い返球でした。2塁ランナー豊は3塁で止まります』
『先程もそうでしたが、この片山良い肩していますね。文句無しの返球ですよ』
そして奥田と山下は片山の2度の好返球とその強肩を高評価する。
―今度はノーバン。定位置より浅い位置だとあんなストライク返球できるんだ…。
ネクストバッターズサークルの後方で準備していた錦、片山の強肩に少々だが恐れ入ったようだ。
『9番 ピッチャー 佐藤 大将。ピッチャー 佐藤 大将』
『ラストバッター、エースの佐藤 大将が投げる前に打席に立ちます』
『ここまで味方が大量援護を彼にしてくれたので、今度は自分のバットでどこまで援護できるか、ですね』
『現在4対0、1回表の東根チェリーズは大量点を奪い尚も2アウト1塁3塁。打席には9番、今日先発ピッチャーの佐藤 大将。ここは打たせていきますかね』
『そうですね。2アウトとあとバッターがピッチャーですからここは自由に打たせるでしょう。この佐藤 大将も打撃は良い印象がありますが』
奥田の実況に続いて、山下が今この場面で必要なポイントを述べる。この大将でこの回9人目のバッターが入る程の長い攻撃になってしまった為、奥田はここまでの状況を改めて実況する。山下は大将のバッティング能力をこう評価しているが、果たして。
―兄貴から始まったこの回だ。オレも続く。
―ゴロ打たせて、1・3塁やから内野の近いところでええ。しつこいかもしれんけど低めで。
―はい。
打席で大将は集中力を高めて、一方のN`Carsバッテリーは関川のリードに永田が素直に、あっさりと従う。
『苦しいN`Carsバッテリー、ここで漸く締められるか』
奥田もさすがにN`Cars寄りの実況になる。
―低め低め低め低め低め…。
永田は徹底的に自分に言い聞かせて暗示を掛けながら投げる。
―来た!
キィン!
大将にとっては絶好球の初球をフルスイング。打球はそのまま投げ終わった後の永田の足元を通過した。
「うわ…っ」
『ピッチャーの足元、抜けてセンター前へ!』
「やった!」
―よし!
梶原と小宮山もそれぞれダイビングで速いゴロを止めようとしたが2人とも間に合わず、そのままセンター前へ。東根ナインは声に出して、打った大将も小さくガッツポーズをしながら内心でそれぞれ喜ぶ。3塁ランナーの豊はホームを駆け抜ける。
『低めでしたが甘いボール、打ち返しました! 3塁ランナー還って5点目、ピッチャーの佐藤 大将にもタイムリーヒットが出ました!』
『きっちりとセンター方向へ速いゴロの打球でした。ナイスバッティングです』
『文字通り真っ直ぐ打ち返しました。二遊間も飛びついたんですが間に合いませんでした』
奥田が実況した後、山下と2人で今の大将のバッティングを絶賛する。
「兄貴ー、もう1本!」
「あいよ!」
打撃が良いとはいえ、ピッチャーながら自らタイムリーヒットを打った大将が、ファーストベース上から錦に声を掛け、錦もそれに応える。
『1番 レフト 佐藤 錦』
『初回ですが打者一巡しました。この回はこれから2回目の打席に入る佐藤 錦の先頭打者ホームランから始まりました』
『もう1本見せてくれると良いですね』
―もう1本とか言われたけど下手に狙うよりはセカンドランナーを還すバッティングで。
大将や山下も2本目のホームランに期待する中、錦はまず確実に1点を取るバッティングに徹した。
「まだマシ、まだマシや! ちゃんと低めに来てたで!」
―ま、甘かったけど。でも真ん中一極寄りやった時よりは若干高低使えるようになったか。
打たれたとはいえ少しは永田に実戦で使えるだけの投球の幅ができたことに、関川は永田を励ましながら内心で彼を褒めていた。
『依然2アウト1塁2塁、打席には今日ホームラン1本の佐藤 錦ですからバッテリー苦しいでしょうね』
『そうですね。1発の衝撃がどこまで和らいだか、ですが…。あれだけの大きな結果を残しているだけに恐れても不思議ではありません』
―オーラに見合う活躍をさっき見せて貰ったからな…。手強い。
―同じく低め。低めには投げられてるし、あとは左右。真ん中から内側は1発の危険性があるし、やっぱり外か…。
奥田と山下が語る通り、N`Carsバッテリーはこの錦には神経をとがらせていた。永田は最初の打席を回想して、関川はそれを踏まえてどこにリードするかでまたも悩む。その上で、
『キャッチャーアウトコース低めに構えた』
―アウトロー? ゴロ狙いか…、でもさっきもヒットにはなったけど打球は低かったからな。それ狙いか。
―さぁ、思い切り来い!!
関川がグイとミットを前に出す。
『ランナーを2人背負って、尚も苦しい場面。どう切り抜けるか』
―低めに。
―アカン、中寄りや!!
永田はまたも自分に言い聞かせて暗示をかけたが、ボールは低めの真ん中寄りだった。
キィン!
『三塁線…、』
バシィ!
「おおっ!」
『速いゴロ、サードダイビングで捕った!』
「フェ、フェア! フェアー!」
ライン際の速くて難しい打球を都筑がダイビングキャッチ。咄嗟に三塁の才木塁審がフェアグラウンドを指しながらコールする。
『打球はフェアです!』
「でやっ」
都筑は近くにあったサードベースを見つけると、
バシッ。
『打球を取ったグラブを3塁ベースに叩きつけて…、』
「アウト!」
『セカンドランナー3塁でフォースアウト。サード都筑のファインプレーで漸く3アウトになりました』
―ふぅ~…。終わった…。
『ランナー2人残塁。しかしこの回、東根チェリーズは打者一巡の猛攻で一挙5点を奪いました』
「気にすんな、回まだ浅いから」
「そうそう」
「打って返しておくから」
初回だがどこかヨレヨレな感じが否めない永田を、バックの野手陣が声を掛けながら三塁側ベンチへ戻っていく。
「まあ、初めはこんなもんだ」
「皆さん本当にすみませんでした」
「いや、ここで謝罪されてもな」
徳山監督が労い、申し訳なさそうに謝る永田を、関川がツッコミ気味にフォローする。
「よし、切り替えでピッチャー見でみろ」
『守ります、東根チェリーズのピッチャーは佐藤 大将。キャッチャー、豊。ファースト、紅。セカンド、高砂。サード、北光。ショート、香夏。レフト、佐藤 錦。センター、ジャボレー。ライト、黄川田』
監督の指示で、N`Carsのナインはウグイス嬢が東根チェリーズの守備陣をアナウンスで紹介する中、相手エースピッチャーの大将に注目する。一通り見たところで、監督が改めてナインに問う。
「どうだ? 何か感じるが?」
「オーラが濃い…」
「マウンドいる時の雰囲気がなんとなくうちの開次っぽい」
「そうか?」
―自分で自分のことを気にしたっけ?
ナインの感想を聞いた片山は疑問に思いつつも受け入れているようだ。そこへ関川が推測で語る。
「でも考えてみたらバッターがあれだけええやろ」
「うん」
「ソイツらと日頃からバッティング練習で対戦しとるから、自然と揉まれたんやろ」
環境って大事だな。
「だば、よっぽど良いピッチャーってごどだな。そういうピッチャーの時こそ、こっちが日頃がらやってきた積極的な攻撃をやるごどだ。わかったな!?」
「はい!」
今までの会話を聞いた徳山監督がその内容を総括して、ナインに檄を飛ばす。ナインは返事で応えて、既に円陣から抜けている萩原がバッターボックスに向かう。
『1回裏、N`Carsの攻撃は―1番 センター 萩原。センター 萩原』
「瞬出ろよー!」
「先頭大事だぞー!」
『1回裏、5点を追ってこれからN`Carsの攻撃。マウンド上、東根のエース佐藤 大将は前回の高畠ナースリーズ戦では被安打4、2失点で完投勝ち。今日もその安定したピッチングができるか』
キィン!
「!?」
―!?
―?
バン!
「フェアー! キャッチ、キャーッチ!」
『ああ…、こちらも良い当たりでした…、がサード北光が頭上で捕りました。1アウトです』
『ナイスバッティングでしたがサードの北光も良い反応でした』
―へぇ。スイングすげぇな。
―打撃は良いっていう評判通りだ。
一瞬の間に響いた甲高い金属音と乾いたグローブの音。左のバッターボックスに入った萩原が放った痛烈なライナーを、サードの北光が頭上でキャッチ。これに球場中がそろって驚いたが、結果としてはここは大将の勝ち。才木塁審がコールとジェスチャーをする中、奥田はその良い当たりに驚きながら実況して、山下は萩原のバッティングと北光の反応の良さを褒める。大将と錦も、それぞれ相手チームの長所を絶賛する。
「オッケ、ドンマイドンマイ!」
「そう、それで良いんだ」
3塁側ベンチに戻ってきた萩原に、ナインと監督がそれぞれ声を掛ける。
『2番 ショート 小宮山。ショート 小宮山』
『ただ一方のN`Cars、初戦の中山越ナローズ戦では初回に先手を許した後すぐにひっくり返していますので、その辺りの相手の粘り強さというのも1つ警戒すべきポイントでしょうか?』
『そうですね。ま、5点はあるんですけども回が浅いのでね』
奥田と山下は、N`Carsの前回の試合内容に触れつつ東根チェリーズの立場に立って警戒すべきことを語り合う。
―いつも通りの積極的な攻撃で…。
バン!
「ボール!」
とはいえ、きちんと振るべきボールとそうでないボールは確りと見極める。小宮山はまず初球のボール球は見送った。
『小宮山に対してはまずは外のストレートから入りました』
「ナイセンナイセン!」
「甘く来たらガツンといっちゃって良いよ!」
N`Carsナインの言う通り、積極的な攻撃というのは何でもかんでも振るのではなくて、ファーストストライクを狙って振っていこうという姿勢のことである。
―これストライクなら振るよな? 次ストライクで試したいけど。
―変化球? 曲げとくか。
―よしきた。
東根チェリーズの佐藤 大将・豊バッテリーも、N`Carsの積極的な攻撃は警戒しているようだ。
『キャッチャー今度は内側』
―真っす…、いや違う!!
キィン!
「ファールボール!」
狙いとは違うボールが来たが、小宮山は何とかバットに当てた。
『三塁側のファールグラウンドへ。今内側から曲げてきました』
『初球から振ってくる打線なので、ファーストストライクは変化球で、ということでしょう』
奥田が大将が変化球を投げたことに気づき、山下はそれを踏まえて東根バッテリーの意図を推測する。
「良いよ振れてるよ。甘く来たら引っ叩いて良い」
依然として、積極的な攻撃の姿勢を変えていないN`Cars。
―この小宮山、打てるし足もあるようだし…。先の萩原もだがこの1・2番出すと厄介かも。
―ストライクは本当に振るな。5点あるけど簡単にはいかなそう。
―次は低めでいくか。ワンバウンドさせて良い。
―わかった。
豊がサインを出して、大将はそれに従う。
―き、!
パァン!
「ストライクツー!」
これも小宮山の狙いとは違うボール。今度はバットに当てられず。
『低めのワンバウンドになる変化球空振り。カウント1ボール2ストライクと追い込んだのは東根バッテリー』
この時、塚田球審も1ボール2ストライクのジェスチャーをとっている。
―さてこっからだ。2ストとられちゃったし。
「際どいのはカットしてけよー!」
その指示を受けた小宮山は、バットをより短く持つ。
―バット短く持った…。まぁセオリーと言えばセオリーだが。
―同じく低め行きますか。
―行こう。あの球は順応できなそうだし。
東根バッテリーも先程の空振りと今の仕草を見て、配球を決める。
『追い込んでからの4球目、』
カッ!
―お?
「ファールボール!」
『低めの球、どうにか喰らいついてファール。先程と同じ球でしょうか』
『球の軌道からしておそらくそうでしょう』
奥田と山下は、今のボールも先程小宮山の空振りを誘ったボールと同じではと推測する。
―ただじゃ終わらないか。でもあの球を当てても左バッターボックスの横1、2m位しか飛んでない。やっぱり完全には捉えられないのか。
―続ける?
―続けすぎてもな…。あまり早くからやると逆に対策練られる。
―1球遊ぶか。
―わかった。
今のファールで、小宮山に少し関心を持った東根バッテリーは配球を変える。
『外へ、』
パシッ。
「ボール! カウント2ボール2ストライク!」
追い込まれても、小宮山は確りとボール球は見送る。
『外してボール! カウントは2‐2と整いました』
『この2‐2から次何を投げてくるか…、勝負カウントです』
カウントが整ったところで何を投げるか、山下の言う通り大事なポイントである。
―で、ここでさっきの。
―ん。
―それを…、外に。一番空振りを誘い易い。
―わかった。
ここまでの5球の勝負を基に、豊は勝負球であろうサインを出して、同じように大将はそれに従う。
『バッテリー勝負球は何で来るか』
「!」
バシッ!
小宮山のバットが出かかるが…、
『ん? バットは?』
「スイング…」
豊がスイングのジェスチャーをしてアピール。
「一塁塁審!」
「ノースイング!」
『廻っていません。ハーフスイングはとりませんでした。今日の一塁塁審は村木さんです』
―とらないか。
1塁の村木塁審が両腕を真横に広げてこのコールとジェスチャーをして、それを見た豊はすんなりと受け入れる。
『カウントはこれで3ボール2ストライク、フルカウントです。2番の小宮山がフルカウントまで粘って…、次が7球目』
―せっかくここまできたんだし、塁さ出で貰いてぇ。でも、
「フォアボールに拘るなよ! ストライク来たら打って良いから!」
―なんだよな。ストライク投げる可能性あるのにフォアボールを望むなんてでぎねぇ。
結構3ボールになると攻撃側としてはどうしてもそれを期待したいところだが、徳山監督が声と内心で語る通り、そこからストライクを投げる可能性だってある。ましてそれを狙おうというのは、チームの姿勢である積極的な攻撃ではない。
―こい。来たら引っ叩く。
小宮山もストライクを狙う姿勢は変わっていない。積極的な攻撃をする姿勢が身についている証拠である。
『フルカウントからの7球目は何か』
パァン!
「あ…っ」
「どっちだ」
「ボールフォア!」
『球審の右腕は上がりません! フルカウントから、小宮山フォアボールを選びました!』
―インコースの真っ直ぐだったが…、僅かに内側に外れたか。
これまで外中心だったこともあり手が出なかったようだが、結果的にはこの際どいボールが僅かに外れて小宮山に軍配が上がった。
「気にしなくて良いから。1人ずつで良いよ」
「そうそう。5点あるからバッター集中で良いよ」
豊と紅が、それぞれ大将に檄を飛ばす。
『さぁ1アウトから、小宮山がフォアボールで出塁してこちらも得点のチャンス』
『3番 ピッチャー 永田。ピッチャー 永田』
『N`Carsもピッチャーが自分のバットで援護したいところ。先に5点を取られているだけに尚のことでしょう…が』
―永田、ほれ。これだ。
―はい。
「硬ぐなるなよ!」
徳山監督は永田にサインを出した後、こう声を掛けた。
―それもそうだけどさ、人が苦労してとったフォアボールだから尚更活かしたいのよね。監督の采配はそれで良いと思う。点差あるけど回浅いしまずは…、ね。
ファーストランナーの小宮山も、徳山監督の采配に賛成する。
―ん?
『永田はこの構え。こちらもランナーを確実に送ってというところでしょう』
『そういえばこの後の4・5・6番は3人とも1回戦で当たってましたね。ここはそうした意味でも良い選択です』
―バント…。ならば正面に転がさせるか。
東根バッテリーは永田の構えを見て、初球の入りを決める。放送席でも、奥田と山下がこの采配に賛同していた。
『ランナーに動きなし。バットは寝かせたまま』
コン。
「!」
―アカン、正面や!!
『ピッチャー前、強いバントになった!』
「セカンドだ!!」
転がした永田、ネクストバッターズサークルの後ろで待機していた関川が揃ってまずい表情を見せる中、バントの打球を捕った大将に豊が指示する。
『捕ってセカンドへ! 2塁は…、』
「アウト!」
「香夏ファースト!」
体を素早く反転させてセカンドベースに入ったショートの香夏にボールが渡ってセカンドでフォースアウト。
『1塁は…!?』
パァン!
「アウトー!」
香夏も素早くファーストの紅に送球して、1塁もアウトに仕留めた。
『1塁もアウト、ダブルプレー! 送りバント決まらず!』
『正面に飛んだのもそうですがエースの佐藤 大将良いフィールディングですね』
『素早い動きで送りバントを1―6―3のゲッツーに仕留めました。3アウトチェンジ』
―人がせっかく苦労してとったフォアボールなのに…。まあ良いけど。
セカンドベースにスライディングした姿勢のまま、小宮山は半分不満気な表情を見せた。
ナイスプレー」
「これを攻撃に繋げよう!」
2塁ベース上で砂埃を払いながら、小宮山が一塁側ベンチに帰っていく東根ナインを見ていた。
―ふーぅ。
今のダブルプレーに呆れかかっていたところへ、
「ほれ」
「えっ」
松浪が、小宮山のグローブと帽子、そして守備用の手袋をセットで彼のところへ持って来た。
「チェンジ」
「わかってるけど」
「さっきまで何睨んでたのよ」
「いや…、睨んでねぇけど」
―あの眼絶対そうだろ。
「じゃ、締まってけよ」
「ああ」
松浪は小宮山からヘルメットを受け取ると、すぐに三塁側ベンチに帰っていった。
―まぁ皆同じ気持ちなんだろうけどね。
内野のボール回しをしながら、小宮山はこんなことを思っていた。
「ボールバック! セカン行くで!!」
―それ。
「走った!」
バシィ!
「っしゃあ!!」
―何かベースタッチ鋭くなかった?
「ほらよ」
―あ、そっか。
梶原が小宮山からトスされたボールを内野に回す。順々に回り、最後は永田の元へ。
「リラックス、リラックス」
「うん」
「よし…、締まっていくで!!」
「おー!!」
『2回の表、東根チェリーズの攻撃は―2番 セカンド 高砂』
『前の回で一巡した東根打線。この回は2番の高砂から。今日ヒットが1本あります』
『この回は確り締めたいですね』
―高低で言うたらどっちかっちぅと低めのほうが使えとる。ここもボールを低めに集めて打たせていく。
「レフト行ってるよー!」
桜場が下がろうとしたが、
「いや確かに行っとるけど、下がらんでええから。ランナー居らんし今は定位置でええ」
関川が制止した。
『外野は定位置。しかし初回のようなボールですと一発の危険があります』
キィーン!
『低めの球ですが巧く掬い上げて…、左中間に伸びているーっ!!』
「え!? また!?」
「追えるまで追えー、2人ともー!!」
『レフト、センター、下がって下がって…、』
ポー…ン!
桜場と萩原が左中間のフェンスギリギリまで追ったが、白球はその向こうで弾んだ。
『入ったぁー!! 左中間に2番の高砂も一発を放ちました!!』
『低めのボールでしたが良く伸びました。巧く掬いましたね』
一方で、打たれたマウンド上の背番号9は、両膝に両手を付き打球が飛んだ左中間を呆然と見ていた。
「おい、大丈夫かー」
『高砂、今ホームイン。東根はこれで2回にして6点をリードする展開になりました』
「ないすばってぃんぐ」
「この回もどんどんいこう!」
「永田くーん」
―アカン、あれもう放心状態になっとるで。
「塚田さん僕からニューボール渡しときます」
「ああ、どうも」
「あとそれからタイム」
「タイム!」
関川が塚田球審からニューボールを受け取り、タイムを要求。球審はタイムのコールとジェスチャーをとり、それを確認した関川がマウンドに行く。
『2番の高砂に一発を浴びたところで関川がマウンドに行きます』
『ボールのコントロールはさっきよりマシなんでしょうけどねぇ…、さっきの回も一発を起点に大量5点を取られましたから』
「ほれ、ニューボール」
関川がニューボールをミットごと差し出す。
「ああ」
永田はニューボールだけ受け取る…、と思いきや。
「ん?」
―何か縛られてる感が。
永田が気づいた時には、既に関川が何やら耳元で囁こうとしていた。
―近いんだけど。
―ええやろ別に…。
―…で?
―これでいけるやろ。
関川は永田の耳元でこう囁くと、ミットで彼の胸を叩いて檄を飛ばして、マウンドから戻った。
―何がしたかったんだアイツ…?
『バッターは、3番 センター ジャボレー』
「プレイ!」
「さぁジャボレー、続くよ続くよー!」
「どんどん点取ってこう!」
―ココハらんなーイナイカラネ…。思イ切リ振リマスカ。
―さっきのは囁き作戦か? でも意味合いが違うような。
―ン? ぴっちゃーノ眼ツキチョット違ウ…。
―でもおかしいのがもう1つ。関川の顔になぜか集中できる。
『ホームランの後は狙い目です。ここもどんどん打って出たいところ』
スパァン!
「ストライーク!」
『ん? 解説の山下さん…、ちょっと先程までとはボールの雰囲気違いますね?』
『そうですね…、先程までよりは腕も振れているし、ボールも若干球威と伸びが出てきましたね』
―アレ、コンナ球ダッタッケ?
打席のジャボレー、永田の球の変化に僅かに首を傾げる。
―お、永田のヤツ立ち直っだな。
更に徳山監督は拍手をしながら、
「そうだそうだ! それ続けでけー!」
と檄を飛ばした。
―ひょっとするとあの時か? 関川がマウンドに行った時。あそこで何か口説いたのかね…?
錦はこの球を放った理由を自分なりに分析していた。
―不思議なもんだ。6対0の大敗ムードなのに、リラックスできる。このまま集中し続けていたら、勝てるとか?
カキーン!
「わっ!!」
『ピッチャー返し、センター前!!』
―ヤッタ! おれモ打ッタ!
―人がリラックスして投げてた側から…。
『ノーアウトランナー1塁、ジャボレーは今日初ヒット! 東根は2回ですが既に9本目のヒット、今日これでまだヒットがないのが6番の北光だけとなりました』
―これじゃリラックスのしようがない。
「ボールに伸び出てきてる。球威もさっきよかある。ほらほら…」
―え? あっ。
関川、キャッチャーズマスクを外したまま永田に笑みを見せる。今日の相棒がまた打たれたのに。
―アイツといい片山といいマスク甘いんだよな…。醤油顔で爽やか系かソース顔でスポーツマン系かの違いはあるけどさ。
『4番 ファースト 紅』
『今日紅は最初の打席でタイムリーヒット。ここもチャンスで廻ってきました』
―やっぱり…。声掛ける以外に何かやってる。サインがどうとか守備位置がどうとかじゃない。
「秀峰ー、もう1本!」
「畳み掛けてやれー!」
「内野ゲッツーやでー!」
マスクをはめる直前、関川が一瞬ながらまたも笑みを浮かべる。
―眼つきがおかしい。この時のほうが怖いとか?
―さっきと同じ、アウトコース。ゲッツー狙いで。引っ張りにくる筈やからな。
―うん。
『1塁ランナージャボレー、2歩3歩とリードを段々大きくしていきます』
―あそこまでリードしたら牽制を1球挟む筈。
『しかし盗塁の素振りまでは見せません』
―!? 動じない!?
パァン!
「ストライーク!」
『初球、アウトコースを見ました』
「おいおい何見てんだよ」
「構わず行けよ…」
「動じなかったんだな」
「えっ」
「ジャボレーもこっちに気を惹きつけようとリードを大きくした。だがバッテリーは全くかからなかった。ランナーに注意が逸れた分打者への集中力がある程度削がれたところを狙うつもりだったんだべ」
南陽監督は打者の紅の視点で今の状況をこう推測した。
―動じないとは意外だな。初回はガタガタだったのに。
『また大きめにリードをとります。1塁ランナーのジャボレー』
―かからない…。もし次もそうなら。
『2球目、キャッチャーまたアウトコース!』
―よし、狙う!!
キィン!
『痛烈、三遊か…』
パァン!
『抜けない抜けない! サード飛びついて捕った!』
「セカンドや健!!」
『捕って5‐4、』
「アウト!」
『3はどうだ!?』
パシッ。
「アウトー!」
『アウト、ダブルプレー! タイムリーを打っている紅を今度はゲッツーに打ち取りましたN`Carsバッテリー!』
『良いバッターを最高の形で打ち取れました。これは大きいですよ』
『サードの都筑、またもダイビングキャッチを見せました』
『良いプレーですね。こういうのが苦しいバッテリーを助けるんです』
「永田ぁ」
「ん?」
「2アウト2アウト」
「あい」
都筑の2アウトのジェスチャーに、永田がグーサインで応える。
『5番 ライト 黄川田』
―ジャボレーと秀峰の打席見る限り確かにボールは良くなってる。けどさっきまでが酷かった分そう見えるだけでうちの大将に比べたらまだ全然な印象だぞ。
『しかしまだ2アウトです。初回はゲッツーで流れを手放したかに見えた東根チェリーズがその後3連打で追加点を挙げました』
『こういう時こそお互い大事です。気をお互い引き締められるか』
―はい来た。やっぱりな!!
カキーン!
『ライトへ大きな当たりー! ライト片山下がる!』
「開次捕ったれ!!」
『ライト下がって…、こちら向き』
パシッ。
「キャーッチ、キャーッチ!」
―よっしゃ。
『掴んで3アウトチェンジ。しかしこの回、東根チェリーズは2番高砂の左中間へのホームランで1点を追加しました。東根チェリーズが6対0と大きくリードしてこれから2回の裏、N`Carsの攻撃へと移っていくところです』
「そういや最後の球ワインドアップで投げなかった?」
「あれ…、あ、そういえばちょろーっと」
「いやそんなもんでねぇぞ。明らかに振り被ってた」
「…、あ、確かに」
ベンチに下がるNCナインと入れ替わるように、東根ナインが守備に就く。
守りから帰ったNCナインは、ベンチ前で円陣を組んだ。いつものルーティンではあるが。
「うん、永田はマシになった。これを最後まで維持し続けろよ」
「はい!」
「点差は開いてっけど、やれるごどはちゃんとやれでる。これを続けでいげ」
「はい!」
「じゃ行こう」
「点差あるけど、回は浅いから。コツコツとね」
「うん」
「おっしゃ」
「じゃー…、まずは…、1点取るぞ!!」
「おー!!」
『2回の裏、N`Carsの攻撃は―4番 ファースト 三池。ファースト 三池』
「和義出よう!」
「何でも良いから!」
『N`Carsは4番の三池からの好打順。前の試合では同点ホームランを1本打っています』
『点差はありますが要注意の打順ですよ』
―打撃は良いチームだがこの点差ではそっちを自慢するよりまずランナー貯めるべき。すると単打のほうが効率良い。シングル警戒…。1発は狙わない、いや狙うべき場面じゃない!! 如何に4番といえどもここはそう来る筈だ!!
「ジャボレー、桃也、下がんなくて良い!!」
錦がこう読んだ上で、他の外野陣に指示した。
『どうでしょう1発のある三池ですが』
『まずは先頭バッターが出ること。そしてランナーを貯めていくべきですね』
キィーン!
「ほえ!?」
『大きな当たりはレフトへー!!』
―お、今度はちゃんと打ったら走っとる。
『レフト佐藤 錦、バックしていくがー、…どうだ!?』
―これ…、柵まで追うまでもないな…。
ト…ン!
『フェンスまで追わない! 打球はレフトスタンド中段へー!!』
―やっぱね。打球の伸びと弾道の高さが見事にホームランコースだったもん。それもあそこまで行くぐらいの結構大きめの。
「やった和義!!」
「ナイスバッティング!!」
『4番の三池、今日も1発が出ました! 大会第7号はN`Carsの4番三池の2試合連続ホームラン!!』
―兄貴が呆れてる。そりゃそうか、あんだけでかい当たりを目の前で見たわけだしな…。
帽子を被り直して定位置に戻る錦を見て、大将はこう思った。目線をホーム側に戻した時、丁度同じタイミングで三池がホームに還っていた。
『三池が今ホームに還って、N`Cars1点を返しました!』
「ナイスバッティング和義!」
「また勝手に飛んでったよ」
―また、って…。
「大将くん」
「はい」
大将が塚田球審からニューボールを受け取る。
「よーし、切り替えてこー」
豊がナインに檄を飛ばす。
『5番 キャッチャー 関川。キャッチャー 関川』
―ムードが良ぐなった。明るいムードのうちに返せるだけ返していきてぇな。
『1点は取られましたがまだ5点あります。それに1発だったということでランナーいませんのでね』
『気持ちの面では余裕をまだ持てる筈ですし、切り替えるにはさほど時間はかからないでしょう』
―アイツはアイツで悪いなりに何とかしようとしてる。オレもサポートできることはいくらでもやったるで。
キィン!
『三遊間! 破っていった!』
「良いぞ浩介!!」
「ナイスバッティング!!」
『こちらも1発を機に連打でチャンスメーク。ノーアウトランナー1塁です』
―続けよ皆。何としてもアイツを助けるんや。
『6番 ライト 片山。ライト 片山』
『今日はライトからここまで戦況を見守ってきたエース。バットでキャプテンを助けることができるか』
『初回には好返球を2度見せている片山ですからね、打つほうにも期待したいところ』
―永田を助けるのと、あの2人に続くのと。どっちみちオレも打ったるわ。
―オーラが凄い。片山のヤツ、ひょっとしたらオレら以上に手強い…?
―大将、今更戦慄しても仕方ない。今はゴロで打ち取ろう。
―そうね。低めにサッと。
『東根の二遊間は深め。ダブルプレーを狙う体勢』
『打ち取れるか。この片山も1回戦では当たっています』
キィン!
『1・2塁間!』
「やった!」
「またか!」
『ライト前ヒットでノーアウトランナー1塁2塁。これでN`Cars3連打』
『続いてきましたね。このムードのまま返せるだけ返せるか』
『7番 セカンド 梶原。セカンド 梶原』
「タイム!」
「えっ」
『ランナーを2人背負ったところで、キャッチャーの豊がマウンドに行きます』
『東根にしてみたらちょっとムードが悪くなってきているか。ボール自体は初回と差異ないんですがまだ2回で3連打ですから…、ボールではなくメンタル面かもしれません』
『まだ6対1ですけれどもその辺りの心境の変化というものはあるんでしょうか?』
『まぁ、点差はあっても1点取られるのと取られないのとで僅かでもやはり変化はあるでしょうから、ここは1つ落ち着いて仕切り直したいですね』
―点は欲しい時にできるだけ多く取っとくもんやで。
―向こうも抑える時には確実に抑えるやろ。そのためのタイムなんやろうから。
『キャッチャーが戻ります。1つ間を置いたことでどう変わるか』
『バッターは 梶原』
「プレイ!」
―アウト1個をまず稼…、ん?
豊の目の前に、横にしたバットが映った。
『あっ…、5点差ですが梶原はこの構え』
―マジか。
―そういやさっきも5点ビハインドでバントしようとしてたな。でも逆に有り難い。尚更アウトが取り易いからな。
「アウト1個取るよ!」
『先程はランナーを貯めるという話をしたんですが…、このバントの意図は?』
『ランナーをできるだけ残した上で先の塁に進めるためでしょう。点差はありますけども、2人塁上にいますし下手に打ってゲッツーというのは避けたいということでしょうから』
『そうですね。確かにそのほうが得点は入り易くなります』
―1点でも2点でも、取れるときに多く取る。そのためのバントだ。
『サードはベース上、ファーストがやや前に出て来た』
コン!
『3塁前に良いバント!』
「北光出るな! オレだ!!」
『フィールディングの良い佐藤 大将が自ら捕るが…、』
「大将ファースト!」
『3塁は間に合わない! 1塁へ!』
パシッ。
「アウト!」
『1塁カバーの高砂に渡って1アウト! 送りバント成功です』
「栄次ナイバン!」
「チャンス広がったよー!」
「まあでも1アウトは貰ったから。2アウト目も確実にいこ」
「うん」
『8番 レフト 桜場。レフト 桜場』
『1アウト2塁3塁。N`Carsはこの回ホームランで1点を返し更に連打と送りバントでチャンスを広げました』
―俊和の悪癖がなんとかなればええけど。
「振り回すなよ、軽くちょんと当てただけでもええんや!」
「転がったら何とかしたる、兎に角まずは転がすことだけ考えや!」
『チャンス広げましたからね、何とか活かしたいところ』
『東根内野陣は前に出ません。点差がありますのでまずはアウトを確実に取る狙いです』
―当然ゴロ狙いの低めの球。内野ゴロなら注文通りってことで。
―オッケ。低めを集中的に。
パァン!
「ストライーク!」
「せやからそれがアカン言うてるやろ」
「何でもかんでも見境なく振り回してたらピッチャー助けるだけやでホンマ。当てろまず」
―悪癖直っとらんな。
『初球は空振り。まずは低めいっぱいの良いところ』
『良いコントロールしていますね。少し落ち着きが出てきたでしょうか』
―2球目も同じところ。
―ん。
パァン!
「ストライクツー!」
「全然変わっとらん」
「同じところ闇雲に振らんでええのに。そら振らな当たらんけど振り過ぎもアカン」
―兎に角振るのねこのバッター。積極的に振るとは言ってもちょっと無策過ぎる。
―今のストライク2つも自分でとったってよりなんか貰ったような…。
『2球で追い込んだ東根バッテリー。しかし桜場は1回戦で二塁打が1本あります』
『当たれば長打というタイプは普段の率が低いゆえに落とし穴だったりしますが』
―3球目はワンバウンドで。あの様子だと振る。
―ワンバウンドか…。確り止めてくれよ。
『3球目、キャッチャーは同じく低めを要求!』
ビシィ!
「ストライクスリー!」
『空振りだ! そしてこれをタッチして…、』
「タッチー!」
「タッチ! バッターアウト!」
『ここで初めて三振です。投球ワンバウンドで、投球時に1塁に走者がいませんでしたので振り逃げができる場面でしたがキャッチャーがボールを捕った後バッターに直接タッチ。これで三振、打者アウトです』
―最後ワンバウンドの変化球やったな。球種何やったんかな。
『良いキレでしたね』
『膝元の低いところ。左バッターとしては見え辛く打ちにくいところです』
―そういえば涼の時もあんなボール放っとったけどな…。
『9番 サード 都筑。サード 都筑』
『2アウト2塁3塁と変わって打席にはラストバッターの都筑。1回戦ではバントヒットが1本ありました』
『何とか取れる時に取っておきたいところですが』
―この打線変化球に弱いっぽい。頭から投げるかこれ。
―でも全員がそうかな? とりあえず外いっぱいに。
―オッケ。大将じゃコントロール面ではまず心配材料はないけどね。
『ランナー2人背負っていますがここも打ち取れるか東根バッテリー』
パァン!
「ストライーク!」
『初球、縦の変化球から入ってきましたが…、これは?』
『縦のスライダーですね。初回から何球か投げていたんですが結構良いキレしていますよ』
―ボールの回転も軌道も涼や俊和に投げたのと一緒。
―間違いない、縦スラや!! こっからやったらよう見える。
解説の山下が縦のスライダーと見抜いた頃、同じく関川と片山も縦のスライダーと見抜いた。
―2球目は内で?
―え、内? もう使っちゃうのか。
―左バッターだから右ピッチャーの球の出どころはわかる。今の1球で出どころはわかった筈。同じコースを続けるといくら縦スラでも捉えられる。だからコースを内に変えて、打ちにくくさせる。
―それで内側ね。わかった。
『キャッチャー、今度は内に寄った』
―今ボールの回転おかしかったよな? 軌道も不自然に落ちてた。意図的に落としたとすれば変化球か今の?
『バットを短く持って構えていますバッターの都筑』
―ストレートならさんざん開次のボール見て回転まではっきり覚えてるからわかる。それと同じか違うか。
『2球目』
―どうだ…!? 違う!!
落ちる!!
カッ、
キーン!
『やや中のスライダー、1・2塁間抜けたー!!』
「やったぁ!!」
「よし2人だ! 沢中廻せー!」
「開次ホームまで行け!」
「よっしゃホーム取ったるで!!」
『1人還って、2人目はコーチャー廻した!! 3塁を廻ってホームへ!!』
「桃也バックホームだ! 高砂ノーカット!!」
『ライトから良いボールが返ってくるーっ!!』
「開次滑れー!!」
『ホームのタッチプレー、際どい!!』
片山のスライディングした足とタッチに入った豊のミットがホーム上にあるが、一瞬砂塵で見えない。砂塵が晴れて、2人は塚田球審を見る。
「セーフ! セーフ!!」
『セーフだー!! 2塁ランナー片山も還って6対3、その差3点!』
『ライトの黄川田も良い返球したんですけどね、僅かに片山の足が速かったですね』
一瞬静寂になったところから再び歓声が沸き上がる中、1塁にいる都筑は三塁側ベンチに向かってグーサイン。
「健ナイバッチ!」
「皆続くべ!」
『縦のスライダー、要求していたよりも中に来ましたね』
『内側だったのですが、ちょっと中途半端な感じになりましたかね』
『それにしてもナイスバッティングでした。ラストバッター都筑の2点タイムリーヒットでその差を3点に詰めました、2回裏のN`Carsの攻撃です』
『1番 センター 萩原』
『依然2アウト1塁とチャンスは続いて、こちらも2巡目に入りました。N`Carsは点を取られたら取り返す野球を1回戦、そして今日も見せています』
―一応さっきは打ち取ったけど速い当たりだった。前の試合でも4の2、三塁打1本と当たってるし、要警戒か。
―左方向に打たせる? ランナー1塁にいることだし。
―だね。下手に引っ張られたらまずいから。
『今日はまだヒットはありませんが1回戦から通算5打数2安打、長打力もありますこの萩原』
『今日も早速速い当たりを見せましたし、バッテリーは慎重に入るでしょうね』
『1塁ランナーリードはとりますが揺さぶる構えというわけではなさそうです。キャッチャーはアウトコース寄り』
キィン!
『強い当たりのゴロは…、ショート正面!』
「セカンドで良い!」
「香夏こっち!」
『2塁ベースに入ったセカンドの高砂にトスして…、』
パン。
「アウト!」
『1塁ランナー2塁でフォースアウト。3アウトチェンジ、ランナー1人残塁です』
「オッケ、ドンマイドンマイ!」
「3点返したからまだいける!」
1塁ベース付近では、萩原が1塁コーチャーの中津にヘルメットを渡して、菅沢からグローブと守備用の手袋と帽子を受け取っていた。
「展開が展開だけど、永田も頑張ってるし」
「ビシッと抑えてこ!」
「ああ」
やりとりが終わると、萩原は帽子を被り、手袋を左手にはめて、グローブをはめずに右手で持ってセンターの守備位置にダッシュで就いた。中津は菅沢と共にベンチに戻ったが、途中で、
「邪魔でしょ」
と、菅沢に自分が被っていたヘルメットを取られ、被られた。
―せっかくならこっちを持ってけば良いのに。何でそっちなのよ。
『しかしこの回N`Carsは4番三池の2試合連続の1発とラストバッター都筑の2点タイムリーヒットでその差を3点に縮めました。まだ回は浅いですが早くも点を取り合う展開になっています、今日の北郡球場第4試合』
その頃の一塁側ベンチ。
「別に点を取られたからって焦ることないからな。自分たちの野球に集中して、落ち着いていきましょう」
「はい!」
円陣で、南陽監督はこう檄を飛ばした。
―この回は北光から…。
―1人出てオレ、2人出て兄貴に廻るか。
「んじゃあ落ち着いて」
「うん」
「追加点取るぞ!」
「おー!」
「1ボールピッチ!」
「ボールバック! セカンいくで!」
―それ。
「走った!」
バシィ!
「ナイボール!!」
―キャーの肩も強い。足技掛けてもどうかな。
片山に続いて、錦は関川にも意識を向けた。
―でもそもそも塁にでないとどうしようもないわけで。
『3回表、東根チェリーズの攻撃は―6番 サード 北光』
『3点をリードする東根チェリーズは打順下位から始まる3回表の攻撃。まだこの北光だけヒットがありません』
「プレイ!」
「先頭出ろよ!」
「この回も点取るよ!」
―永田の球が良くなったみたいな評価があったけど、実際どうなの?
バシィ!
「ボール!」
『内側外れてボール! しかしどうですか、やはり試合開始当初と比べると変わりましたかね?』
『変わってますね。腕の振りもボールのキレや伸びも段々良くなってきています。今1ボールにはなりましたけどこの後どこまで良くなるかですね』
―構えたところにはちゃんと投げられとる。内側でさっきまでより体に近いところやったが確りと投げ込んできた。こっちとしても攻めるリードに段々持っていけるで。
関川は丁寧にボールをこねてから返した。その際、先程から見せている笑み…、
―ん?
に、更にウインクショットまで見せた。
―サービスショットかよ。とことん何がしたいんだかわからん…。
永田もまた、ロージンバッグをとりながらちょっとだけ笑ってしまった。
―アイツの表情が柔らかい。リラックスできてきとる証拠や。さあキャプテン、このミットに投げたらええ未来が待ってるで…。
ミットを開いたり閉じたりしながら2球目を待つ関川。
―何か知らんけどアイツとキャッチボールしてる感覚だな。さっ、副キャプテン、捕ってねー。
パコーン!
「うわっ」
―しまった…。今試合中だったんだ…。
『センターの、前に落ちた!』
「やった!」
「よしよし、ナイスバッティング!!」
―確かに初回よりボールが良くなってる…。フォームも堅さが和らいでる…。何で?
ヒットを打ったのに、複雑な表情をする北光。
『ノーアウトランナー1塁、東根はまたも先頭バッターが出ました! また今の北光のヒットで東根チェリーズはまだ3回ですが先発全員の2桁10安打をマークしました!』
『東根は技量が確りしているだけではありませんね。各選手が与えられた仕事を確りこなしている印象です』
『7番 キャッチャー 豊』
「タイム!」
『7番の豊を迎えるところでキャッチャーの関川がタイムを掛けます』
「豊さっきのー!」
「もう1本頼むぞ!」
「なんて言うてるけどどうかな?」
「さぁ…。どっちでしょうかねぇ」
「でもバット寝かせたら、今度はいくら正面に飛んでも無理するなよ」
「ああ…」
―随分アイコンタクト長いな。
「気張りや。アウト1つ貰おう」
『バッターは 豊』
『豊は第1打席で2点タイムリーツーベースヒットを打っています』
―もう1本同じか…、いや寝かせた。
『ただここはこの構え。初回にもランナー1塁から送る姿勢を見せました東根』
「プレイ!」
関川が座ったところでプレイがかかる。
―プレイのコール前からこの構え…。間違いない、ここは100%送ってくるで。
―無理するなって言われたからな…。ここはバントやらせよう。
コン。
『確りと送った、これはキャッチャーが捕る』
「浩介こっち無理だ!」
「オレのほうだ!」
―涼、栄次、サンキュ。
『強肩の関川ですがここは2塁は無理、1塁へ』
パシ。
「アウト!」
『送りバントを決めました。1アウトで、この回も得点圏にランナーを置きました、東根チェリーズです』
―間に合わんと判断してすぐに両腕で×印作った涼とカバーに入って誘導した栄次、あとオレが捕るなりすぐ身を屈めた和義のええプレーやった。
「1アウト1アウト」
3塁のバックアップから戻った永田が、梶原からボールを受け取る。
「この後も警戒やで」
「うん」
『8番 ショート 香夏』
―この後も当たっとるバッターが続く。けど残り2人は打ち取る。ランナー置いて向こうのキャプテンに廻った時がアイツにとっては怖い。せっかくのリラックスムードがパーになってまう。
―ん? 右方向?
―いろいろ考えるより確実性重視で行く。アンタもあのキャプテンにもう1発浴びるの嫌やろ?
―よし…、打たせるか右方向に。
『このチャンスに当たっているバッターが続々と来ます東根チェリーズ』
『チャンスで取れていますから、ここも同じように行きたいですね』
―右方向に、右方向に…。
スパァン!
「ストライーク!」
『まずは内側から入りました。バッテリーの選択としてはこれで良いでしょうか』
『一概には言えませんが、内側を突いたということは右方向に打たせる狙いでしょう。打ち取れるならともかく、このバッターの香夏は先程ライト前に1本打っていますので…』
『そうですね。そのリスクのあるコースでもあります』
―へぇ、バッテリー強気じゃん。球は良くなっているけどそのコースじゃ…、
―右方向に打たせる。
―ヒットゾーンなんですけどねぇ!!
カキーン!
『捉えた当たりー、1・2塁間…、』
―やっ、!?
パン!
『抜けない! 今度は捕った!』
「何!?」
「ファースト!」
「ほれ」
パシッ。
「アウトー!」
『1塁アウト、セカンド梶原のファインプレー!』
「やった!」
「よう捕ったで!」
「栄次ナイスプレー!」
『1・2塁間を抜くかという速いゴロでしたが、梶原良く捕りました!』
『先程もそうでしたが良い反応ですね』
『今度はアウトに仕留めたN`Carsのセカンド梶原です』
「けど皆まだ2アウトやで! ここ締まっていこな!」
『9番 ピッチャー 佐藤 大将』
『しかしまだ2アウト、依然東根チェリーズはランナーを3塁に置いています』
『せっかく良いプレーをしたので、N`Carsとしてはここで切りたいところですが』
―2アウトでも気は抜くな。絶対に急ぐなよ。2つとも大事なことやからな。最後まで気持ち強くいこや。
「マサ、気持ちで負けるなよ」
「ああ」
―どうする?
―バッター1本でええ。
錦と大将は言葉で、永田と関川はサインを出しながら内心でやりとりをした。
―強気で強気で。
パシッ。
『真ん中低め』
「ストライク!」
『低めいっぱいの良いところですね。気持ちも段々強く出てきました』
―良いボールだ。これなら…。
―お、またオーラが強くなったような。でも集中だ。
『さぁ2球目』
『このボールが続けば良いですが』
―これなら思い切りスイングできる!!
「!」
キィーン!
『渾身のボールを打ち返した! 打球はセンターの後方、大きいぞー!!』
「しゅーん、いったれーっ!!」
『抜けるかどうだ!?』
「抜けろー!!」
―そうはいかねぇ!!
パン!
永田と大将が目線を向けたその先には、背走体勢からジャンプした萩原の姿が。その萩原が着地の際に転倒。萩原は大丈夫か、そして白球は。
「瞬大丈夫か!」
「左手挙げれるなら挙げえ!」
桜場と片山が駆け寄る。倒れた姿勢のまま、萩原はグラブを挙げる。
―ボールは…!?
―ある!
「キャーッチ、キャーッチ! キャーッチ!!」
『捕ったーー! センター萩原のファインプレー!』
「大丈夫? 頭打たんかった?」
「背中から地面にいったから…。良かった捕れてて」
「そうかそうか。ナイスキャッチ!」
「ほれ、涼!」
「え…、ああ」
萩原は起き上がると、すぐにボールを小宮山に返した。
『萩原は大丈夫そうですね』
『後方にダイビングして倒れこんでますので心配されましたが、どうやら大丈夫なようです。しかし今のビッグプレーに三塁側のアルプススタンドから…、いや!?』
球場内は拍手に包まれていた。敵味方の垣根が越された瞬間だ。
『球場内全体からこの拍手です。それだけの素晴らしいプレーでした』
「良いぞセンター!」
「ナイスファイト!」
「N`Cars守備巧いじゃん! もっと見せてくれ!」
『ファインプレーがあると敵も味方もありませんね。同じグラウンドにいる者同士だけに、お互い賞賛し合いたくなります。長年野球に携わっていますが、こういうプレーは周りが一体化して気持ち良いですね』
『3アウトチェンジ。解説の山下さんも絶賛された素晴らしいプレーに、東根この3回はチャンスを活かせず。ランナー3塁残塁に終わりました』
「よぐ捕ったな!」
「ありがとうございます」
「あれ、大丈夫だか?」
「あ、はい。背中からだったので頭は打ってないです」
「そうかそうか。だば良がった。よし、後は打つほうだ」
「ん?」
「あと3点あるべ?」
「あ、そっか。忘れてた」
あのファインプレーに、多くの選手の意識がいっていたようだ。
「確かに良いプレーだったけど、今これからは、打って点取るごどさ集中だ。良いな!?」
「はい!」
「よし、今は…、点取るぞ!」
「おー!!」
永田に打順が廻るので、円陣は関川が真ん中に入って音頭をとった。
一方、マウンド上の佐藤 大将。
―あれを捕られるとは…。切り替えろとは言われたけど、十分ヒットコースだったしな…。こうなったら…、向こうがそれだけ喰い付いてくるなら…、こっちも形振り構わずいく。
「走った!」
ビシィ!
「ナイスボール!」
東根の内野陣がボール回しをしている間、大将はロージンバッグを手に取る。その表情は、俄かに険しかった。
「切り替えて、ここ三者凡退でいこう」
「ああ」
―わかったから戻ってくれ。パパーッと終わらすからさ。同じこと言いに来るな。
『3回裏、N`Carsの攻撃は―2番 ショート 小宮山』
『3点を追うN`Carsはこの回は2番からの好打順。ホームランを打っている三池に廻ります』
『彼の前にチャンスメークしたいところですね』
―この回確実に廻る3人のうち三池は最警戒。ランナーなしで廻したい。…ん?
「プレイ!」
―え、もう!?
豊がサインを出そうとした時には、既に大将はモーションに入っていた。
―サイン出してねぇべ!?
キィン!
「ファールボール!」
『ここも初球から振っていきます。この積極的な姿勢を変えませんN`Cars』
―バカかアイツ。プレイかかったらすぐ投げやがった。サイン出してもないのに。
豊は塚田球審からニューボールを受け取ると、大将に渡そうとしたが…。
―え? 間を取れ?
―そうしろ。アイツ冷静さ失ってる。
レフトの錦が左中間に寄ってタイムのジェスチャーを豊に見せた。
「球審、タイムを」
「タイム!」
「なんだよ」
『ここでキャッチャーの豊がマウンドに行きます』
『今ファールになった球、サインのやりとりなしで投げていたんですよ。これまでこのバッテリーはサインのやりとりをしてから投げていたのですが…』
『ん? そういえばそうですね』
『だから…、おそらくその辺りのバッテリー間における意思疎通がちょっとなってなかったか』
「あのねえ、アンタまた同じこと言いに来たの? 無駄話は試合時間遅延の元だよ」
「サインは? 今勝手に投げたよね?」
「だから何? さっさと終わらすんじゃなかったの?」
「そのためのやりとりだべ。それとも何か違うのか? 勝手なことしてさ」
この豊の発言が逆鱗に触れたか、大将は一瞬顔を斜め下にやると舌打ちした。
―バカかコイツ。こっちの気も知らないでそんなことを堂々と…。
「サイン出すな。こっちから勝手にポンポン放るから」
「何も知らせずに捕れない球を放られても困るんだが」
「捕れるべキャッチャーだったらよ。逸らさなきゃ良い。その代わり次サイン出したら即交代だからな」
「はいはい」
「そろそろ良いかなキャッチャー。良いなら早く戻って」
「あ、はい。すみません」
塚田球審に催促された豊は、すぐに定位置に戻った。
しかし、最後の大将の台詞は半ば脅しのような口調だった。
―せっかく出し合ってから投げるって決めたのに今更これかよ。
「プレイ!」
同じ頃、二遊間とセンターも心配していた。
―今ちょっと喧嘩っぽかったぞ。
―大丈夫かね? あんなに落ち着いてないで。
―喧嘩シタラ碌ナコトナイノ二…。今アッタッテコトハ…、チョット嫌ナ予感スルナコノ回…。
―もう形振り構わずいくぞ。捕れよ。
『2球目、カーブ…、』
カキーン!
『1・2塁間抜けたぁ~!!』
「良いぞ涼!!」
―監督に昨日言われた逆方向へのバッティング、まず1本できた。
「ナイスバッティング!!」
「さあ皆続くよー!」
―だからサイン出しとけばこうならなかったのに。ま、でも今のはオレサイン出してねぇしな。アイツの所為だよ。
『逆方向に打ち返した、良いバッティングですね』
『3番 ピッチャー 永田』
『この回もランナーを出したN`Cars。小宮山はこれで前の試合から3打席連続で出塁しています』
「さぁ永田、」
―と振っておいて…。今度は頼むぞ。
―ちょっとさっきとサイン違うけど、わかりました。
―今度は大丈夫だべな…!?
『打席の永田、ここもバントの構え。初回もバントの構えでしたがこの時はゲッツー』
『この後のバッターが当たっていますし、展開を見るにここは確り決めていきたい』
―てか何で自分から失敗するほう選んでんだ…? 大助かりだけどさ。
『送るか封じるか…、!?』
「走った!」
『1塁ランナースタート!』
バシィ!
「ストライク!」
ザッ!
「セーフ!」
『盗塁成功! 1塁ランナーの小宮山に初球から走らせました!』
―よし…。良ぐやった。
―今度はちゃんとたてたな。
―良かった…。ファールならそれだけで悟られてる。
『バントで巧く盗塁をカモフラージュしましたね。1ストライクはとられました。しかしこういうのも練習しているんでしょうか?』
『どう…、でしょうか。確かにバントの空振りが演技のようにも見えたんですが…、ちょっとその辺りはわかりませんね』
―ちょっと1つストライクとられでるだけ不利かもしれんが、これで。
―はい。
―今度は違うんだな。
『2球目もこの構え』
―まさか三盗? いや左バッターだし…。
―いちいちランナー見てもしょうがねぇべ。どうせ安パイだし、バッター1本でここは取れる。
『モーションに入りますが、ランナー動きなし』
カッ!
「あ…れ…?」
「ファールボール!」
『2球目のバントはファール。決められません』
―やっぱ駄目が。
―下手だ…。となると監督のさっきの指示はこれを見越したわけか…。
頭を抱えながら2塁に戻る小宮山。下手なバントに呆れているようだ。
―安パイにはそこ1本で十分なのに、何で豊のヤツランナーに構うんだか。
『バントは決めて欲しいところでした。今のファールで逆に東根バッテリーのほうが楽になりました』
―ランナーガン無視で良いから。2ストライクだしバッター1本でいけよ。
―おめさっきオレにサイン出すなとか言っといて何で今自分からサイン出すんず? 話がおかしいぞ?
―2ストライクさなったんだばこれしかねぇな…。
『追い込んだのはバッテリー。永田は今度はバットを寝かせません』
―でやっ!
キィン!
「え゛!?」
―ジャストミート!?
『ファースト正面のゴロ!』
―アイツが進塁打のゴロを…!? バントもまともに決まらないのに。
『紅捕って、そのままベースを踏みます』
「アウト!」
―嘘だろおい。
『2塁ランナーは3塁へ。1アウト3塁とチャンスが広がります』
―初めてまともに仕事したんじゃ…!?
3塁に行った小宮山以下両チームのナインがポカーンとしている。
「あ…、あら…!?」
「ん?」
「どしたのよ皆さん揃って…」
「い、いや…」
―絶対無理だとかいう先入観持ってたんですか?
『4番 ファースト 三池』
『ランナー3塁で今日1発のある三池。1回戦からここまで通算4打数3安打2本塁打2打点…、対戦するピッチャーにとっては怖いんでは?』
『いや、この後も怖いでしょう。次の関川は通算3打数3安打、更に片山も通算4打数2安打ですから』
『おそらくバッテリーが今一番どう感じているか。彼らの気持ち次第のところもあるでしょう…が』
―歩かせても良いんでね? 1塁空いてるし。
―やだね。どうせ1発浴びても1点差だしまだ良いべ。少なくともこのバッターまでは勝負。後のことはコイツの結果次第で決める。
―サイン出してないけど…、でも違うな。勝負したくて首振ったのな、外寄ってちょっと立ちかかったところでの首振りだから…。
『バッテリー…、勝負ですかね』
『腹を括ったか…、豊は中腰から再び座りました』
―変化球に弱い打線だし、初めから曲げとくか。
カキーン!
「え…!?」
「あ…!」
『大きいー、センター下がるー!!』
「中継入っとけ! 捕ってもバックホームだ!!」
『どうだっ!?』
ドン!
『フェンス直撃! 3塁ランナーこれを見てスタート!!』
「やったー!」
「和義2つや!」
「内野そこで止めとけ!」
『ボールは中継でストップ! 3塁ランナーホームイン、打った三池も2塁へ! タイムリーツーベースヒット!!』
―変化球に弱いとか思ってたのに…。カーブをあそこまで飛ばされた…。
『三池の長打でその差2点!! 尚もランナー2塁で当たっているバッターが続きます』
『流石4番というような…、凄いバッティングですね』
『5番 キャッチャー 関川』
―駄目だ。相手の弱みにつけ込んでも巧くいかない…。今がこれだとこの後ちょっと…。
―これ間を取ったほうが良いな。振り払われるだろうけど、やるしかない。
意を決した豊、審判にタイムを要求する。
「タイム!」
『ここでタイムをかけて…、内野陣が全員集まります。伝令もマウンドへ行って守備のタイムです』
「は? 何でお前ら来てんの? 態々来る程の事態か?」
「そうだよ」
「監督がお前落ち着け、って。つかたぶん皆そう思ってるよ」
「え?」
「独り相撲取んな。これ以上続けると危ないぞマジで」
―独り…、相撲…!?
大将は先程までの険しい表情を緩め、1塁ベンチを見やった。監督だけではない、控えメンバー全員がこちらを何かと冷ややかに、しかしどこか諭すような眼つきで見ている。
―そんなに今のオレが拙かったですか?
更に大将は、マウンドに集まった伝令含む内野陣6人を順に見やる。彼らも同じような眼つきをしていた。
―お前らまでもか…。
「わかったべこれで。チームで戦ってるうちは独り相撲なんて御法度だぞ」
―うっ…。
「錦ならもっときついこと言ったかもな。結構アイツも身勝手なヤツには冷酷だから」
―…あ、
大将はレフトにいる錦のほうを向こうとしたが、
―駄目だ兄貴には今会わせる顔がねぇ…。はぁ…。
「もう良い…。皆戻ってくれ」
檄を飛ばす、というよりは諭した感じの東根ナイン。伝令を先頭に、紅、高砂と大将を諭して、落ち着かせた。
「はい、スピーディーに戻ってー」
『今の間合いでどうなるか。ベンチが態々伝令を飛ばした位ですから…』
『それだけ監督も重要な場面と考えた、かもわかりません。まだ3回ですが試合展開としてはここが分岐点にもなり得ますから…』
『バッターは 関川』
「プレイ!」
―…ん? おい豊、サイン…。
―あ、ああ…。そうか…。
すると豊、その場で立ち上がる。
―えっ、外すの?
更に豊は右腕を横に広げ、その方向に外すよう指示した。
―敬遠…!?
―簡単に勝負すると拙い。回は浅いけど歩かせよう。これで3塁までならフォースプレーとれるし、その分守り易い。
―皆でアウトを取ろうってか。そーね、確実に勝つためなら仕方ないか。
パシ。
「ボール!」
『バッテリー1球外しました。これは用心してのボールでしょうか?』
『かもしれませんが、ただキャッチャーの仕草からすればひょっとすると…、ということもあるんでしょうが』
パシ。
「ボールツー!」
『ああ…、これ歩かせますね』
『そうですね。もう初めから外すようリードしてましたから』
―敬遠か…。まあええ。
―リスク覚悟の作戦か。おもろい、その強気な態度買うたで。
パシ。
「ボールスリー!」
「でも良いのか? 次開次とだぞ?」
「そのつもりでいるんじゃね?」
―フォースプレーの形だけとってもなぁ…。100%ゲッツー取れるって保障はないぞ。
パシ。
「ボールフォア!」
『東根バッテリー、関川を敬遠しました。1アウトランナー1・2塁と変わります』
『6番 ライト 片山』
「内野ゲッツーいくよー!」
―ゲッツー? まぁそら取り易いやろな。けどゲッツー狙い言うた手前、こっちはもう狙い球絞り易くなったで。
『片山を迎えて二遊間は幅を詰めて後方に下がります。ダブルプレー体勢』
『態々敬遠策をとったくらいですからね、ここは抑えたい場面』
―低めに。わかってるだろうけどゴロ狙いな。
大将はサインを受け取り頷くと、すぐセットポジションに入った。
―すんなり受け入れたよ。さっきは我を通そうとしてたのに。
『敬遠の後の初球です。大事に行きたいところ』
―狙い通り!!
キィーン!
「!」
『低めを巧く打って、1・2塁間抜けた!』
「やった!」
「コーチャー廻っ…、」
「いや、止まれ止まれー!」
パァーン!
『2塁ランナー三池3塁でストップ。ライト黄川田の好返球がありました』
「すげ…」
「うん、今のは行かねぐで良い」
―ライトの肩は前の回で立証済み。開次でギリギリセーフだったのを、和義の足で行けるわけない。
「桃也ナイスボール!」
―よし…、打たれて満塁にはなったがまだ1点止まり。敬遠は間違っていない。
『場内は今黄川田の好返球を拍手で讃えています。今の返球でセカンドランナーを還さなかったことが、両チームにどう影響するか』
『良い返球でした。今日は攻守共に両チーム素晴らしいプレーが続いています』
『7番 セカンド 梶原』
『しかし依然チャンスは続きます。1アウト満塁、打席には7番の梶原』
「栄次繋げ!」
「まず和義を還そな!」
―第1打席は送りバント。しかし満塁でバントはし辛い。それならさっきの場面で廻すべきだったが…、前の回は廻していたから単に足が遅いだけか?
―そうなるとバントの可能性は低い。ヒッティングでも内野ゴロならホームで取れる。
―よし大将、低めだ。
―あいよ。ゴロ狙いだべ?
『第1打席は送りバントの梶原。1アウト満塁、点差は6対4の2点差ですから長打で1塁ランナーの片山が還ればN`Cars逆転という場面です』
『あまり大きなのには拘らずに、コツコツと1点ずつ還したいですね』
―転がして和義を還したい。できれば内野の間を狙いたいが…。
『東根バッテリーとしては2人目は還したくない場面』
「!」
『バントだ!』
バシィ!
「ボール!」
『いや、バットを横に一瞬出しただけです。すぐに引いてボール』
―スクイズ…? いやスクイズはやりにくいからやって来ない筈なんだが…?
「バッテリー!」
「はい?」
「満塁なんだからスクイズならやらせてしまえ!」
「はい!」
―そうか…、やらせても良いのか。となると初球は尚更ストライクで良かったのか。
―次以降はバット寝かせても入れよう。どっちみち内野ゴロなら良いわけだし。
『しかし初球3塁ランナーに動きはありませんでした。2球目はどうか?』
―寝かせない!
『ヒッティングだ!』
キィン!
『ファースト正面のゴロ!』
―やった!
「紅、ホーム!」
『捕ってバックホーム!』
パン!
「アウト!」
『まずホームアウト、1塁は…あっ!?』
パシ!
「セーフ!」
『1塁はセーフ! ダブルプレーとはなりませんでした』
『キャッチャーの豊、一瞬握り直してから投げたのでその分遅れましたね』
『しかし2アウトをとった東根チェリーズ。満塁のピンチを脱せるか』
「いいよいいよ、ドンマイドンマイ!」
「まだチャンス続いてるよー!」
『8番 レフト 桜場』
『アウトカウントは増えましたが、依然満塁です。長打で逆転という場面』
―次がタイムリーの都筑…。ここで切りたい。
―振り回してくるバッターのようだけど、警戒しよう。
「テンポ良くいくよー! 内野近いとこな!」
「おし、近いとこー!」
「外野は2人目…、」
「2人目警戒!」
―リーチあるし、きつくなる内側で。
―わかった。
パァーン!
「ストライーク!」
―アカン、またや。
―また振り回し癖か…。
『初球は内側の厳しいところへの真っ直ぐ。良いところでした』
『ですね。良い真っ直ぐでした』
―内を見せたから、次は外。これで。
―オッケ。
パァーン!
「ストライクツー!」
―例の縦スラや。
―けど2球目でか。
『外へ縦のスライダー、空振りで2ストライク』
『ボール自体も良くキレています。縦のスライダーのキレがここまでは良いですね』
―次は例の低めのヤツ…? 変化球の。
―あのキレやったら次も続けそうやな。空振るもん。
―2球目にそれ放ったんが気になるけど…、続けるか…!?
『3球勝負で来るかバッテリー』
パァーン!
「!」
―高め…!?
―それもあんなボール球…!?
「ストライクスリー! バッターアウト!」
『空振り三振! 最後は高め、ボール球の真っ直ぐ!』
「ナイスボール!」
「大将良く投げた!」
「ナイピッチ!」
『3アウトチェンジ、3者残塁。N`Carsこの回三池のタイムリーツーベースヒットで1点を還しましたが、その後が続かず1点止まり。しかしそれでも点差を2点に縮めました』
『東根チェリーズとしては満塁とされてもよく抑えました。直前の敬遠策が成功しましたね』
『三池の後も強打者が続くだけにここはどうかな、というところでしたが、これは回は浅くてもバッテリーが思い切った策をとったことが要因でしょうか?』
『そうですね。ピンチの場面で何かに拘るよりまず勝つ為に何を優先させるかが大事ですからね。点は取られていますがクレバーさは維持できているので、この後も維持できるかですよ』
―さて…、今の回で1点止まりだったことがどうなるか…。
―折角のチャンス、アイツにとってはいっそ逆転して貰いたかった場面やろなぁ…。けど。
「今まで通りでええからな」
「えっ」
「今まで通りの…、ほら」
「ああ」
―いつものスマイルか。
「あ、あのさ、関川」
「ん? 何や?」
「ちょっと相談事があんだけどさ」
―え…?
「さあキャプテン頼むよ!」
「先頭出てけろよー!」
「兄貴ー」
「ん?」
―何だよさっきは顔向けもできなかったくせに。
「頼むぞ」
「ああ」
1塁側のブルペンから大将も錦に声を掛ける。先程のマウンドでの言動とは違う。
『4回の表、東根チェリーズの攻撃は―1番 レフト 佐藤 錦』
『今日の北郡球場第4試合、東根チェリーズ 対 N`Carsの大会2回戦の試合は現在6対4、東根チェリーズがN`Carsを2点リードしているという展開です。これから4回の表、東根チェリーズの攻撃は3巡目、1番の佐藤 錦から。もうすぐ試合時間が1時間を経過しようかというところです』
「プレイ!」
―まずは内側にこれ。今まで通りの腕振りでな。
『今日佐藤 錦は2打数1安打。彼の出塁から再び流れを変えられるか』
キィーン!
『三塁線…、は』
「ファールボール!」
『切れます。ただこの永田、2回以降は回を追う毎に良くなってきています』
『良い傾向ですね。怖い1・2番ですが、このままの状態を続けたいですね』
『その1・2番はどちらもホームランを打っています。東根チェリーズの佐藤 錦と高砂』
―次は外にこれ。
―あいよ。
キィン!
「うおっ」
『ライト線…、は』
「ファールボール!」
『これも大きくファールゾーンに切れます。2球ファールで2ストライクと追い込んだのはN`Carsバッテリー』
―確かに状態は良くなってる。前2打席とは大分違う。
―んじゃ次…。
―愈々か…。さっき相談して決めたあれ。
『佐藤 錦は好打者ですから2ストライクと追い込んでも簡単に勝負しないことですよ』
『3球目』
―曲がれ!
―来た…、アカン!!
キィーン!
『甘く入った変化球! 三塁線は…!?』
「フェア! フェア! フェアー!」
『フェアです! 長打コース!!』
「やった!」
「錦廻れ廻れー!」
『佐藤 錦、1塁を蹴って2塁へ!!』
「俊和! 捕ったら涼に繋げ!!」
「涼カットしろ!」
『ボールは…、内野でストップ! 2塁へ滑り込んだ佐藤 錦、ツーベースヒットでチャンスを作りました!!』
「良いぞ錦!!」
「兄貴ナイバッチ!」
「高砂、ジャボレー、続けよ!!」
「はい!」
「ハイ!」
『2番 セカンド 高砂』
―縦のカーブ、曲がりはまずまずやったけどコントロールが甘かった。ストレートは良うなってきたけど、リリースが違う所為なんかなあ、ストレートほど上手くいってへん印象やなぁ。
『ノーアウト2塁で打席には今日ホームランを打っている高砂』
―1発あるか…?
―どうやろ。ランナー有りでコイツは初めてやからなぁ…。横に寝かせればあるで。
―続けよとは言ったけど何も連打だけが繋ぐ手段でねぇ。ランナーを先の塁に進塁・生還させてこそ続くことになるんだ。というわけで。
―はい。
『今日は2打数2安打、しかしここはこの構え』
―ありがたい。これで絞れたで。永田、これや。
―成る程、やらせるわけか。了解したぜ…。
『バントの構えをとっていますがランナーが2塁にいます。サードは3塁ベース上、前に出られません。ファーストがやや前に出てきた』
『3塁方向の打球もピッチャーが捕りに行くことになりますのでマウンドを降りなければなりませんが、確りと投げ終わってからですよ』
『横に寝かせたまま…、ファースト前にダッシュ』
―よし…、!!
『あっ!』
―アカン!!
キィン!
『ヒッティングだ! 広い1・2塁間破った!!』
―バスターやったか!
「よっしゃナイバッチ!」
「バックホームや!」
「錦ストップ!」
―言われなくても。
パン!
『2塁ランナーは3塁でストップ。ライトの片山、ここも良い返球でした』
―やらせるつもりやったがバスターするには十分やったか。確かに球威は上がってきとるけど元が低いからなぁ…。
『今日2番の高砂、これで3打数3安打の猛打賞です!!』
『素晴らしいですね。確りと繋ぎの役目を果たしています』
『3番 センター ジャボレー』
『ノーアウト1・3塁のチャンスにバッターはジャボレー。今日はセンター前ヒットが1本あります』
「走るぞ!」
―スチール…!? いや確かに1・3塁だし梶原の言うとおりあるけど、バッター3番だぞ…!?
―1・3塁やったらまず栄次の言うとおりあり得る。でも初回も1・3塁からヒッティングで点を取ってきた。盗塁あり得るケースでも投球甘かったら構わず打ってくるチームや。
「永田はバッター1本な!」
―クイックも速ないし今の永田にできるピッチングはこれしかない…。まあええ、ランナーはオレが対処する。
―確実に点を取る。今の様子だと向こうは足を警戒してるようだけど、打者への警戒が甘くなる。さっきのバスターもそうだ。バント1本にだけ警戒して、ヒッティングに切り替えることを考えていない。
「ジャボレーは打て! 甘く来たら打っていけよ!」
「ハイ!」
―甘ク入ッタラ3塁らんなーヲ還スばってぃんぐデ。
『1塁3塁ですからファーストランナーの盗塁があり得る場面ですが今日まだ盗塁はありません東根チェリーズ』
―その上積極的にストライクをとるチームだしあの球威とコントロールなら、大分良くなっているとはいえ好都合だ。
『初球、どちらがどう動くか』
「走ったっ!」
―アカン、打ってくる!!
「永田こっちや! 外せー!!」
『1塁ランナースタート!!』
パン!
「ストライーク!!」
―いちいち舐め…、
「突っ込むぞそっちにー!!」
「何!?」
―うっ。
―…掛からなかったか…。
『1塁ランナーの高砂、盗塁成功! 3塁ランナーの佐藤 錦はキャッチャーが目で牽制した為3塁に釘付けです』
―クイックが遅い分行けると思ったが…。
―あのキャッチャー巧い。外させたのもそうだがその後だ。2塁に投げようとしたけど敢えて捨てて3塁に牽制の目線を素早く入れた。ああやられたら取れる点も取れないか…。
―危ない…。健が気づいてくれへんかったら7点目入っとるわ。
―良かった…。あとちょっとで行かれてた。
『バッターはウエストボールを空振りして1ストライク』
『今のはおそらく単独スチールだったでしょうか…、バッターヒッティングに来ていたので』
『2点リードしていますがここ2塁3塁にして点を取ろう、と?』
『かもわかりませんね。1・3塁だとゲッツーの可能性もありますので』
―けどストライク1個貰うたで。向こうは折角2・3塁にしたんや、ここヒッティングでくるで。
―内角へ…? もう外さなきゃいけない理由はないと見たか。よし。
―折角走らせたんだから打たせる。スクイズとかじゃ策の意味がない。
―ばんとノさいんガ出テイナイ…。ひってぃんぐデスネ、監督?
「ジャボレー打て!! 最低でも1人還せ!」
「ハイ!!」
―やっぱりヒッティングや。3番で怖いかもしれんけどここに投げ込めば詰まらせられるで。
―わかった。
『キャッチャーインコースに寄った』
―詰まれ!
キィン!
「センター!」
―こっち向き…、飛距離出てへん。
『巧く打ったが詰まった、センターが構える』
―打タサレタカ…。
『センターはファインプレーを見せた萩原。ランナーそれぞれ自分の塁に付いてタッチアップの構え』
―捕ったらバックホームだな。
『これを捕っ…、』
パスッ。
「!?」
―え?
「あ゛…」
「ノーキャーッチ!」
『あ―――っ、萩原落とした!! これを見てランナーそれぞれタッチアップからスタート!!』
「やべ…」
「ホームもサードも間に合わん! セカンドや!!」
「瞬こっちによこせ!!」
小宮山がボールをカットした時には、既に錦は7点目のホームを踏んでいた。
『3塁ランナー還って7点目。連打と相手のミスで得点を挙げました、東根チェリーズです』
『いやあ、イージーフライだっただけに勿体ないですね。この萩原は今日ファインプレーも決めていますからバッテリーとしては尚更ショックでしょうね』
『2塁ランナーも3塁へ、バッターランナーも2塁へ。記録は犠牲フライとセンターのエラー、即ち犠打エラーということで3塁走者の本塁への進塁と得点はエラーがなくても十分できたと見なされました。従って打者のジャボレーには打点1が記録されます』
『4番 ファースト 紅』
『チャンスが続いて今日タイムリーヒット1本の紅です。しかし先程はダブルプレーに倒れました』
―ちぅてもヒットコースを健のファインプレーで助けて貰うたヤツやからな。結果は打ち取っても中身は半分は負けとるで。
―1つ間違ったらまたビッグイニングになっちまう…。どうする関川…。
「秀峰どんどんとっていこう!」
「1点ずつで良いからな、確実に還せ!」
―ほう…。
ネクストバッターズサークルにいる黄川田と監督の発言を基に何かを思いついたのか、関川は外に寄った。
―え、オレなの…?
―ちゃう。永田やのうて栄次や。
―オ、オレ!?
―悪いけど下がってわ。
「三遊間バック!」
―何でオレに下がれっつって三遊間に言ってんの。サインと言動が違うでしょ。
―ええから。カモフラやこれ。兎に角下がれ。
―こんなもん?
―もっと。
―え…!? 1塁にランナーいないんですけど。
―あ、うん。そこでええ。永田、アンタはこっちや。
―びっくりした…。てっきりプレートの1塁側踏んで投げろって指示かと思った。…で、また内側なの?
―そ。んで今日まだコイツには見せてへんこれを。
―ん…。うん?
『1度外に寄った関川ですが、再び内側に寄りました』
『それもかなり厳しいところですね。強気なリードです』
―高さがベルト…。
―ここから高めにいったらアカン。間違いなく外野まで持ってかれる。左右は少々中寄りでもベースより内側やったらええ。外だとまたやられるで。
―よし…。わかった。
『キャッチャー内側、そして内野は下がりました、バックホームは狙いません』
―曲がれ…、低めに入れ!!
キィン!
『捉えt』
パーン!
『がしかしセカンド正面のゴロ! 梶原捕って、』
「バックホームや!!」
『バックホームだ! 3塁ランナー突っ込んでくるーっ!!』
バシ!
―よっしゃ!
「タッチ!」
『ホームはどうだ!?』
高砂の廻り込んだ左手と、白球を捕った関川のミットがホームベース上でクロスする。関川はミットを高く上げて塚田球審にアピール。
「アウトー!」
『タッチアウトー! 間一髪、際どいタイミングでしたがよく凌ぎました!』
『好プレーでしたね。内野は下がっていましたが打球が速かったので思い切ってホームを狙った梶原の好判断ですよ』
「ナイスバックホーム!」
「ああ」
1アウトのジェスチャーをしながら元の位置に戻る梶原。
「行けたのに…」
外したヘルメットを両手で持ったまま、悔しい表情で1塁側ベンチに戻ってきた高砂。
「確かに際どかったけど、向こうが巧かったよ」
「ごく僅かなタイミングだったけど、一瞬で素早くお前の左手の進行方向を横断するようにタッチされたからな。かわすのが1番難しい状況であれをやられちゃ仕方ない」
錦と南陽監督の発言で、高砂も少し納得した。
『5番 ライト 黄川田』
『1アウト1・3塁と依然チャンスは続きます。今日内野安打を1本打っている5番の黄川田』
『ここも先程と同じようにファーストランナーの盗塁があるかどうか』
―コイツも逆打ちが得意…。せやけどさっきみたいなオチもある。でもここは、
「バッター集中!」
―させといて、走ったらさっきみたいに外させる。
『キャッチャーここもインコースに構えます。随分とこうインコースに攻めてきますねバッテリー』
『というよりは関川のリードなんでしょうが…、強気なんでしょうね。実際この回は3・4番とインコースを打たせてますから』
―ゲッツー…、悪くとも2個目のアウトは欲しいが。
『1塁ランナーに走る素振りなし』
―打たせられる…、!
『あっ、遅れてスタートした!!』
―ここでか!!
キィン!
『打ってって、ショート、』
バン!
『捕っ…、』
「あっ!」
トン!
『いや、捕れない! 弾かれて後方へ! ランナーこれを見てそれぞれスタート!』
「よっしゃ、ホームだ!」
―これ捕っても間に合わんわ。
「ボール捕ったらそのままキープ!」
『どこにも投げられない、3塁ランナーホームイン! 8対4とその差を4点に開きました』
―フゥ。危ナカッタ。一歩間違エタラげっつーダッタネ。
『ショートの頭上、いやーしかし小宮山もよくジャンプしたんですが』
『そうですねえ…、ランナースタートしていただけに捕ればゲッツーもあり得たんでしょうが、ちょっとこれは捕れなくても仕方ないかなと思います』
―危ない…。ヒヤリとするとこだった。
南陽監督も今のあわやのプレーに冷や汗が出た。ホッと一息ついたのがその証拠だろう。
「黄川田ナイスバッティング!!」
「よし、もっと引き離すよー!」
『黄川田のショートのグラブを弾くタイムリーヒットで4点リードに変わりました。尚も1アウト1塁2塁、チャンスは続きます』
『6番 サード 北光』
―センターから右…。イン捌きは巧いやっちゃ。ならランナーも1・2塁に居ることやし、今度は徹底して外でいくか。
―アウトコース? そうね、ここで仕事すんならまず右方向、セカンド狙いと。実際右方向に打ってるし、そのほうが良いよな。
―監督…、は、特に動きなし。ケースもケースだし引っ張りにいくか。
『今日はセンター前ヒットが1本あります。この後は最初の打席で2点タイムリーツーベースを放っている7番の豊』
『今日は後続も良く当たっている東根チェリーズです。後続に繋ぐバッティングで良いのでね、結果は残しているといってもコンパクトなスイングを心掛けたいところですね』
―外に。
―よし。
―?
パン。
「ストライーク!」
―曲げた? まさか…。
『初球は外のカーブから。この回カーブを投げる割合が増えましたね』
『というより、この回からじゃないですか? それまではストレート1本で通していたような気がしますので…』
―いや…、でもあの軌道は明らかに曲げたな。ならば。
―ん? 若干仕草を変えたような…。カーブ待ちか? …それやったら。
―また外か。徹底的にいくのね副キャプテン。
『キャッチャーここもアウトコースです』
―曲げない…。けど、
キィン!
―こんな球見慣れとるわ!!
『三遊間のゴロ…、』
バシィ!
『あっとまたもグラブを弾いた!!』
―やばい!!
「オレが行く!」
「涼!?」
『ショートがカバー! ボールは1塁へ!!』
パン!
「アウトー!」
『送球短いが、ファーストよく掬い上げて1塁アウト!!』
「ナイス涼!!」
「サンキュ!」
「あいよ。2アウトな」
『よくバックアップしましたショートの小宮山! ファーストの三池も難しい送球でしたがよく捕りました!』
『グラブを弾かれたことでヒヤッとしたんでしょうけども、落ち着いていました。ただ東根としてはまだチャンスは続いているので、集中力を切らさないことですね』
『依然2アウト2・3塁。チャンスで当たっているバッターを迎えます』
『7番 キャッチャー 豊』
「豊もう1本もう1本!」
「どんどん打ってくよー!」
―今日ロングヒットもあるコイツ…。真っ直ぐは相性ええ、またガツンとやられる。ならカーブを内側に、か。コイツにも変化球は見せてへんし、内側にも投げさせてへんから、こっから組み立てる。
―曲げるか。てか初球カーブ多くね?
―今まで通りの攻めやったらまたやられる。そもそも3回まで変化球使うてへんし、2巡もして真っ直ぐしか放っとらんかったらバッター皆真っ直ぐしかない思うやろ。
―カーブ投げたいって言ったのオレだしな…。わかった。
『当たっているバッターで更に点を取れると勢いがつきます』
『自信を持ってどんどん振っていきたいですね』
―よーし曲がれ…。
―曲がれ…!
―甘い!
―アカン、中や!!
キィン!
『中に入ったカーブをセンターへ!』
「瞬捕れーっ!!」
『センター下がって、下がって…、』
―いや頭を越すぞ…、!?
パン。
「キャーッチ、キャーッチ!」
『掴んだ掴んだ! センター萩原、後方へ背走してランニングキャッチ!』
「やった!」
「ナイキャッチ瞬!」
―あーよかった。
『外野を越す当たりを打っている豊ですが、今度は越えませんでした。3アウトチェンジ、ランナー2者残塁。しかしこの回、相手のエラーとタイムリーヒットで2点を追加しました東根チェリーズです。4回表を終わって8対4、東根チェリーズが4点をリードしてこれから4回裏へと入ります』
3塁側ベンチ前では、徳山監督と控えのメンバーが守備を終えたNCナインを出迎えていた。
「ナイキャッチ!」
「おっす」
「ナイスプレー!」
「サンキュ」
「この回もお疲れ」
「うん」
「んー、またミス絡んでしまっだな」
「すんません」
「まだ良いけどさ」
「けどまだ良いほうだ。エラーあったのに2点で止まっでる。それに4点差だば1点ずつ返しても間に合う。コツコツ返していぐべ」
「はい!」
「じゃまず1点」
「1点ね」
「1点…、1点取るぞ!!」
「おー!!」
「さあ頼むよ健!!」
「うん」
『4回の裏、N`Carsの攻撃は―9番 サード 都筑』
―さっきは申し訳ないことをしてしまった。でも2点貰ったんだ…。今度はオレが締める番だ。
「プレイ!」
『4点を追ってN`Carsはラストバッターの都筑から。前の打席ではライト前に2点タイムリーヒットを打っています』
キィン!
『強い当たり…、はしかしショート正面のゴロ!』
「ファースト!」
「秀」
―テンポ良く落ち着いていけば、
パン。
「アウト!」
―バックにもリズムが出て守り易くなる。1人が乱したら大変なことになる。それこそさっきみたくな…。
内野陣がボール回しを行っている間、大将はロージンバッグをとりながら先程の反省を活かそうとしていた。
「でも良いよ! それで良いよ!」
『アウトにはなりましたが相変わらず積極的にバット出してきていますね』
『そうですね。初戦から続けていますからこれはおそらくチームのモットーなんでしょうけども、これを続けているお陰で強豪チームとこうして巧く渡り合えているのかもしれません』
『1番 センター 萩原』
『先頭バッターの出塁はなりませんでした。N`Carsも打順が3巡目に入ります。今日まだヒットのない萩原』
―1番バッターが出塁できなきゃどうにもなんない。何とか塁に出て形を作る。涼は当たってるし繋げれば…。
―今日は2つアウトになってるけどどっちも逆方向に飛んでる。安易に外を攻めるより、まずは内側だ。
―オッケ。
『まずはキャッチャー内側寄り』
カッ!
「ファールボール!」
『バットの根元に当ててファール』
―これで良いんだ。
「そうそう、振れるのはどんどん振ってけ!」
「瞬、後ろにいるからな」
徳山監督に続き、ネクストバッターズサークルにいる小宮山が、スパイクシューズの紐を締め直しながら声を掛ける。
―どんどん振ってくるなら散らすか。次はおそらく本人がお得意であろうコースに。
―わかった。
―次も内側か…?
―いや、外!?
キィン!
『3塁側…の』
ガシッ。
『アルプススタンド手前のフェンスに当たりました』
「ファールボール!」
『2球ファール。ただここはとにかく粘って塁に出たいところです。次が当たっている小宮山なので』
『そうですね。でも塁に出ることだけが繋ぐことではありません。今3巡目ですけども、アウトになっても良いのでこの中盤で得点を挙げるヒントを見つけて欲しいですね』
カッ!
「うおっ」
ドン!
「ファールボール!」
打球が3塁側ベンチ前のフェンスにダイレクトで当たった。
『これもファール。3球粘ります打席の萩原』
『さっき私ああ言ったんですけど、この様子だとヒント云々よりも結果に拘ってるのかもしれません。4点ビハインドということを考えれば仕方ないでしょうけど』
―やっぱりお得意コースだなコイツにとって…。今カーブ投げさしたけど、それでもちゃんとついてきたな…。
「そうそう、それで良いよ!」
―てことは何か作戦敷いたのか? でも2ストライクと追い込んでんだし、このチームがとにかく振ってくること、そしてアウトコースを続けたことを考えれば…、大将、次はこっちだ。
―おっ、そっちいくか。
―ズバッと決めろよ。
―オッケ。
―次はどっちだ…、!?
バン!
―うおっ…、厳しい。
「ボール!」
『インコース、それも体に近いところにストレート。初球より随分近いところでした』
『かなり厳しいところです。こういうところに思い切って攻め込めているので、点は取られてもまだ相手の各打者に対して向かっていくという気持ちは十分にあります東根バッテリー』
―んー…、ちょっと近過ぎたか。膝元だったんだが。
―でもこれで左右それぞれの残像はできた。大将は内側へ良い球投げられてるんだし、あのくらいなら左右勝負と思い易くなる筈。
―で? どうすんのよ豊さんよ。縦スラ? 次。
―高めに外す。はっきり外せ。左右に意識が働いているなら高め真っ直ぐで十分。さっきのような速球でバッターを釣れ。
―わかった。
『キャッチャー今度は…、内外角どちらにも寄らない』
バン!
「ボールツー!」
―高いよ…。
「カウント2ボール2ストライク!」
『高めに大きく外しました。これでボールカウントは2ボール2ストライクです』
『カウントを整えたところで、次何来るかですね。決め球の縦のスライダーか』
―頭よか高いのを振ってもしょうがねぇべ。あんだけはっきり見えてたらよ。
―あの様子だば十分見えでる。良いぞ萩原、とにかく喰らいつけ。しぶとぐ戦え。塁さ出れば点さする組み立てはいぐらでもある。
―ストレート!!
ガキッ!
「ファールボール!」
『インコース、今度はやや高め。振らせにいったバッテリーでしたがどうにか根元に当ててファールにした萩原です』
―何とかバックネット方向に持っていった感じだったな、今のスイング。
―左右と高めの3つのコースを見せてるわけだからな。意識が3方向に向いてしまうのは無理もない。そうなると次はこの3つのどれでもないところか…。
―低め? でも低めに何投じるのよ。
―縦のスライダーは序盤に他のバッターに見せ付けたから多分その印象がある。かといってストレートじゃとにかく振られる。最悪の場合はスタンドだ。となれば…。
『バッテリーちょっと悩みますかね』
『ここまで結構粘られてますからね。こうもしつこいと組み立てにも苦労しますよ』
―えっ、カーブ?
―ワンバウンドになって良い。ワンバウンドさせるカーブは多分印象にないだろうから。
―さっきワンバウンドさせて三振取んなかったっけ?
―それは縦のスライダー。カーブはまだバウンドもさせてないよ。
―わかった。しかしそれを要求するとは思わなかった。
『バッテリー次が萩原に対して7球目』
―! いかん、止まれ!!
ビシィ!
「あっ」
「あっ!?」
「ん?」
「スイングじゃ…」
豊が右手でスイングのジェスチャーをしてアピールする。
「三塁塁審!」
「ノースイング!」
『バット…、は際どいが廻っていない! 今日の三塁塁審は才木さんです』
「あっぶな…」
「うわあ…」
―よかった…。ギリギリのところで止まってくれた…。
―振っていてもおかしくなかったんだが…、とらなかったか…。
―殆どバットがボールと交差しかかっていたが…、ギリギリ止まったか…。
―まあ良いやボールでも。最終的にストライクボール言うのは塚田さんの仕事なんだし、こっちがケチつける理由がない。それよか豊ちゃん次の球。
「カウント3ボール2ストライク!」
―フルカン…。さて…、次行っちゃいますか。
―愈々縦スラか。
『スイングがかなり際どかったんですが…、今のをとって貰えずにフルカウントになったことでおそらくバッテリーの攻めも変わると思います。決め球をどこで投じるか』
『次が8球目』
―真っ直ぐ…。!
―違う!!
コッ!
「ファールボール!」
―縦のスライダーだった…。危なかった…。
『同じところにまたも変化球、これも3塁方向へのファール。山下さんこれは』
『縦のスライダーですね。途中まで真っ直ぐと遜色ないスピードで来て縦に鋭く滑りますから、その分打ち損じたんでしょう』
『今日の北郡球場第4試合、解説は高校、大学、そして社会人といずれもトップレベルの環境で野球を経験され現在も社会人チームの監督をされております山下さん、そして実況は私奥田が務めております』
―今の縦スラ十分にキレ良かった…。けどギリギリボールの真上を擦ってファールにさせたか…。
―随分しぶといなコイツ…。これ以上変化球を続けても良い結果が出ない気がする。
―うーむ…。次は対角線で結んだ反対側に…。
―えっ、そっち?
『次が9球目。キャッチャー豊はインコース』
「!」
『あっと危ない!』
カッ!
「ファールボール!」
『避けながら出たバットに当たって、これも3塁方向へのファール!』
『いやあ、危なかったですね。インハイの釣り球、思わず打者が避けた拍子にバットが出易いところなのですが、ちょっと構えよりは内側に抜けてしまった感じですね』
―偶々当たっただけにしか見えなかったなー。避けてるもんあれ。
―ちょっとこれ早めに決めないと拙いかね。こうまでして当てられたんじゃさあ。
―だったら縦スラいく? 膝元低めに。
―いきましょ。膝元に落ちる球は見えにくいから、これで何とか。
『フルカウントから更に粘る萩原…、次が10球目です』
―空振れ!
―当たれ!
カッ!
「ファールボール!」
―…よし!
『ここもついていきます萩原! 膝元への縦のスライダーでしたがこれもファール!』
『いやあ、よく喰らいつきますねぇ』
『はい…、しかし東根チェリーズの佐藤 大将・豊のバッテリーもまた根負けしていません。10球投じることになっても尚厳しいコースを攻め続けます』
『バッテリーはこの姿勢で良いと思います。そしてバッターのほうも厳しいコースはカットでどうにか耐えて、ここまでは良いので後は甘い球が来るまで耐え続けることですね』
―良かった…。多分決め球に低い変化球かなと思ったけど当たった。膝元のシビアなところだったけどどうにか膝の前で払うようなスイングでファールにできた。
―さて、次だ…。
―ここまでファールにされるともう低めの変化球は見慣れたな…。そうなると高めか。
―えっ、高め? フルカンなんだしさっきみたいにあからさまに外したらフォアボールでしょ…。
―さっきよりは若干低めで良い。但しスピードはMAXだ。変化球に目が慣れている分真っ直ぐは速ければ振り遅れる。
―目一杯腕を振ってミットにぶち込むぞ。
『バッテリー次が11球目です』
―高め真っ直ぐ!!
キィン!
ガシィ!
「ファールボール!」
―…バックネットに…、刺さった…!?
豊は打球が飛んだバックネットのほうを振り返って思った。勿論突き刺さって止まったわけではなく、グラウンドに跳ね返ってきているのだが、この打球で見当がついた。
―タイミングが合ってきてる…。これは拙い…。そういえばこのチーム真っ直ぐには相性が良いんだっけ…。対決に集中してて忘れてた…。
『これもファール。ただ10球目、そして今の11球目と打球が飛んだ方向は何れもバックネット方向でした。タイミングが合ってきています』
『少しずつ打者の萩原にとっては有利な状況になっているのかもしれません。ただそうなったからといってお互いに根負けしないことですよ』
―ここまでカットされると投げさす球の選択肢も大分限られる…。…うーん…。ウィニングショットを打たれるよりはそうでない球を打たれるほうがメンタル面ではマシかもしれんが…。
―で? どうすんのよ次。
―間合いをとるか。
「タイムをお願いします」
サインに悩んだ豊は塚田球審にタイムを要求した。
「タイム!」
―へっ?
『ここでキャッチャーの豊がマウンドに行きます。12球目のサインで悩んでいた様子の豊ですが…、どうでしょうこれ山下さん』
『ここまであらゆる球種をあらゆるコースに投げさせたわけですが、そのどれもついていかれてますからねえ…。この際思い切ってピッチャーの意見を聴きに行ったんでしょう』
「何?」
「ここまで全部オレがサイン出してきたじゃん」
「はい」
―それがどうかしたのかよ。
「どこに何を振ってもやられるわけなんだよね」
「いや…、別にファールにしてるからまだ良いよ?」
「だけどこのままだと限ないよ? 続けられたらアンタのスタミナにも響くのよ?」
といっても、萩原は決して狙ってファールにしているわけではなく、粘ってどうにか塁に出ようと食い下がっているだけである。
「別に…。まだ4点勝ってんじゃん。バテてもあと3点までだったら」
「あとアウト11個要ります。その11個が順風満帆に取れるとは思えないの今日の様子じゃ。しかも今オレがお前にサインを出してから投げるっつぅパターンじゃこの打席のアイツは打ち取れないわけ」
「そうか?」
「そうだよ。11球それで来てどれでもアウトにできてないわけじゃん」
「そりゃまーそうだけど…」
「だから、パターンを変えて、お前が投げたいのをサインで出して、そのまま投げる」
「へ? 何、自由に投げて良いの?」
「うん。オレの考えはもう出尽くしちゃったからお前の考えを採り入れる」
「わかった」
「そろそろ良いかな。良いなら早く戻って」
「はい」
塚田球審の催促で、豊は速やかに定位置に戻った。
『キャッチャーが戻ります。12球目を前にしてこのやりとりですから彼らにしてみれば重要な事柄だったのかもしれません』
『そうですね。フルカウントにもなっていますし、1球で結果が左右されますからここはバッテリーがお互いに慎重にやりとりをした上で投げる球を決定したのでしょう』
―しかしまさか豊がああ言うとは。意外っちゃー意外だけど何でもっと端的に言ってくれないのかなあ…。
若干苦笑しつつロージンバッグを手に取る大将。取り終わったところで、豊も座った。
「1アウトランナーなし、カウント3ボール2ストライク! プレイ!」
―間合いができてるから落ち着いてる筈。狙うならタイム後の初球に絞る。
―じゃあいっちゃって良いですか? ズバッと決めちゃいたいんで。
―来い。来るならビシーっと来い。
『タイムをとった後の最初の球。この対決が始まってから数えて12球目です』
―来た!
―よし!
『インコースだ!』
カキーン!
「!」
『一塁線…、』
「やっ…、」
「ファール! ファール! ファールボール!!」
『ファールだ! 僅かにラインの右でした!』
「ああ」
「うわっ」
―惜しい…。
―危ねぇ…。
―良かったこの位置で…。
ファーストの紅がダイビングした体勢から起き上がり、土埃を払いながらボールが通過した位置を見る。何とラインの右側、僅か15cmとない位置を通過していた。
『一塁線の…、いや~この位置ですか…』
『インコースの真っ直ぐ。そんなに甘いわけではない球だったんですが、よくついていきますね』
『今のファールでバッテリーはヒヤッとしたんでしょうが…』
『1歩間違えばロングヒットのコースに打球が飛んでいますからね。N`Carsは一発長打もありますしこの萩原も1回戦で三塁打1本を含む2安打と当たっていますから、バッテリーとしては後ろの小宮山が当たっているということを踏まえても出したくないだけに尚更奥田さんの仰るようにヒヤッとしたでしょうね』
「大将勝ってる勝ってる!」
―秀峰のヤツ多分本能でだけど捕る気でいたな今の。バックがそうなら細かいことに拘んなくて良いや。アウト取れりゃ何でも良し。
―ポイントが早かったかな…。もうちょい待って、センター方向へのバッティングか。
『さあ、次で13球目です』
―逆方向へ!
『ストレートだ!』
キィーン!
「え゛」
『サードの頭上越えた!』
―やばい。
「兄貴!」
『レフト線は…!?』
「ファーール! ファールボール!」
『ファールだー! これもライン際の際どい位置に落ちました!』
「あぁー」
「またか…」
「えー際どい…」
『レフトのライン際、10cmとないでしょうか…。惜しい当たりでした』
『2球続けて惜しいところに行きましたね。今度は一転してアウトコースに真っ直ぐを投じたわけですが…、それでも確りとついていきましたね』
―駄目だ今度はポイントが遅い。逆方向へのバッティングといっても長くボールを見過ぎれば遅れる…。ちょい早め…、ベルトの高さの球を打つ時のピンポイントがここだから…、バットを出すタイミングをずらすんじゃなく、タイミングはそのままで意識だけを逆方向に向けるか…。
―さて、ストレートは2球振られたと。次でいくか。
―え…? よしわかった。思い切り来い。
『次で14球目』
―逆方向に…、ん?
パァン!
―決まった!
『縦のスライダーだ!』
「ボールフォア!」
―え!?
―外れてたか…!?
『判定はボール! アウトコース際どい位置でしたが球審塚田さんの右腕は上がらず! 14球もの長い対決は萩原がフォアボールを選んで見事勝ち取りました! N`Carsは1アウトからチャンスメーク、これで初回から4イニング連続で両チームランナーを出しています!』
「良いぞ瞬!」
「さあ、どんどん続くよー!」
『2番 ショート 小宮山』
「度々すみません。タイムを」
「ああ…。タイム!」
『萩原をフォアボールで歩かせたところで、キャッチャーの豊が再びマウンドに行きます』
―最後のボール、際どい位置とは言ってもよ、途中からストライクさ入るようにできる横系の変化球と違ってよ、縦系のボールは縦さしか変化しねぇわけだがら外がら内さ曲がっでくる筈ねぇべ。本人がどうだったかは知らねぇけどよ、そのつもりでもし見送ってたんだば…、初めがら外れでだのがわがっでだってこどだ。そうだとすればこれは向こうの計算ミスだったかもしれねぇな。
徳山監督は独自の視点で今フォアボールになった理由をこう分析した。
「悪かったな、抑えらんなくて」
「いや、良い。外れてたけどナイススライダーだった。それよりサインのやりとり、またさっきみたくオレが出してから、大将が投げる、ってパターンに戻すぞ」
「ああ」
ここで大将、1塁ランナーの萩原に目をやる。遅れて豊も同じ方向に目をやる。2人は目線を戻して、
「ランナー走るかもな…」
「ああ…。ま、気にすんなよ」
走者を警戒するやりとりを交わした後、豊は元の位置に戻った。
「度々すみません本当に…」
「いや、良いけど…。なるべく手短にね」
「はい」
『バッターは 小宮山』
「1アウトランナー1塁。プレイ!」
―あら…? またそれ…?
『4点を追うN`Cars、ランナーを1塁に置いて今日当たっている小宮山ですがこの構え』
『4点ビハインドで送りますか…。ただ中盤ですから、1点ずつとにかく返していこうということでしょう。1点ずつでもまだイニングと点差を考えれば間に合いますから』
―コイツらのバントあれだよな…。ぜってー単純にはい、バントしました、ではねぇからさ…。
―フライにしちゃえば2ついける。クリーンアップの前で切れるし、チャンスを断った後にウチが加点すればさ。
―よーし、だったら上げさすか。これで。
―OK。
『サードは前。ファーストはベースに付いています』
―上げろよ…。
「走った!」
―何!?
『1塁ランナースタート!』
パン!
「ストライーク!」
『バント空振り!』
―そら見ろ、やっぱりそうだと思ったよ!!
ザッ!
「セーフ!」
『盗塁成功! この点差ですが走ってきましたN`Cars! キャッチャーの豊も良い送球を見せたんですがタッチはできませんでした』
『3回と同じパターンですねこれ…。バントの構えで盗塁を補助して、その後も進塁・得点と繋げていったわけですから』
「ナイラン瞬!」
「涼、頼むよー!」
―うむ。コイツらのバントの構えは盗塁と考えて良いですね。となると次は三盗?
―そうか? 確かにバッター右だし足の速さを考えればやり易いけど、さっきはバントさせてたぞ? やっぱりフライ上げさしたほうが良くねえか?
―ま、走れば尚更上げさせて2つ取れるか。でもさ…、
サインのやりとりが終わると、豊は小宮山に目を向けた。
―わざとバントのヘッド下げて空振りしたよね君?
『今度はサードはベースに付きます。ファーストがやや前に出てきました。そして小宮山は依然この構え』
『送るとしたらサード前ですがピッチャーはフィールディングの良い佐藤 大将。間違ってもピッチャーの前に転がすのは避けたいところ』
―三盗なら今度は阻止する。
『ランナーに走る構えなし』
―だったら上げろ。
―纏めて2つだ。
コン!
『送ってきた、サード前に転がした!』
―転がったか。
『サードはベースに位置、前へ出られない! 佐藤 大将が自ら捕る!』
「ファースト!」
『バッターは足の速い小宮山だが1塁は…!?』
パン!
「アウト!」
『際どいタイミングでしたが1塁アウト、間に合いました! 1塁ベースカバーに入ったセカンドの高砂に確りと送球が渡りました』
―上げるには至らなかったか…。そりゃそうか、真っ直ぐ打てるんだからバントもできるよな。
「大将ナイスプレー!」
「うん」
「ナイバン!」
「さあ頼むよキャプテン!」
―言うなそれ。
『3番 ピッチャー 永田』
『2アウトにはなりましたが送りバントでランナーを3塁に進めてチャンスを拡大させましたN`Cars。ここでバッターは今日まだヒットのない3番永田』
『ここで自分のバットで援護できると後半の自分のピッチングにも好影響を与えますよ』
―2アウトで永田は大丈夫かね…?
―確かに永田は今大会まだヒット打ってねぇ。けどよ、三振もねぇんだよ。つまり飛ばずとも当てられるヤツだ。バットさ当たれば何かある。今はそれさ賭ける。
3塁ランナーの萩原は心配していたが、徳山監督は冷静に打席にいる彼ができそうなことを考えていた。
―ま、打ったら当然突っ込むし、何かしらのミスがあったら即ホームに突入だ。
―バットには当たるけどパワーがない。腕っ節細いもん。速い真っ直ぐでも十分に打ち取れる。
―わかった。
『キャッチャーインコースに寄った』
キィン!
パコン!
「ぐおっ」
「あっ」
「大丈夫かアイツ…」
「ファール! ファール! ファールボール!」
『打球がバットに当たってすぐスイング直後の打者に当たりました。自打球です』
『足に直接当たったようですが、大丈夫でしょうか…』
「大丈夫か?」
「ええ…、打っただけなんで」
「え、したらスプレーは…」
「ああ、大丈夫」
3塁側ベンチから戸川がコールドスプレーを持って近くまで来ていたが、大丈夫とのことで、引き返した。
『どうやら大事には至らなかったようですね』
『それは何よりです。ただ自打球でもそれが元で怪我を引き起こしたりという事例もありますのでね、今は大丈夫でしたけども応急処置は素早く行うことですよ』
「どうもお騒がせしました」
「2アウト3塁、カウント1ストライク。プレイ!」
「まあ無事で何より」
「足さ自打球が当たるのは良ぐあるごどだがらな」
―やっぱり真っ直ぐに当てるのはできる。飛ばねえ。真っ直ぐを続けて良い。
―わかった。
『仕切り直しの2球目』
ガキン!
「ファールボール!」
『これも打ち損じてファール。2ストライクと追い込んだのはバッテリー』
―前に飛ばない。2ストだから変化球で片付けても良いが、その必要もない。真っ直ぐで十分詰まらせられる。続けろ。
「2ストだがらな、バット短く持てよ!」
「はい」
―当然だけどそれじゃ外に届かないよ? アウトコースでOK。
―わかった。
『追い込んで3球目』
ボコッ!
『バットの先っぽ、詰まらせてサード正面のゴロ!』
―やっぱりか。
「北光ボールファースト!!」
『確りと捕って、ボールは1塁へ』
パン。
「アウト!」
『3アウトチェンジ。この回N'Carsは1アウトからフォアボールのランナーを3塁まで進めましたが、結局3塁に残塁で無得点に終わっています』
「はい、すみませんでした」
「良いから良いから。ほれ、ピッチングピッチング」
ヘルメットを1塁コーチャーの中津に預けた永田は、戸川から帽子とグローブを受け取った。
「じゃ、頼むぞ」
「うん」