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The Baseball Novel  作者: N'Cars
5/127

草野球カップ初戦・中山越ナローズ戦(後編)

「うわー…」

「でも惜しかったぞ瞬。さ、最後まで思い切りプレーしよう」

「そうだな」

今の打球を捕られたことに嘆く萩原に、先程送りバントを決めた都筑が萩原のグローブと帽子、グローブを着用する時に必ず左手、則ちグローブの下にはめる守備用のグローブをセットで渡す。

「さ、確り守っでこい!」

「はい!」

徳山監督が守備に散るNCナインに檄を飛ばす。3塁側ベンチでは、守備から戻った中山越ナインに、泉監督が指示を伝える。

「いいか、もうこの回だ。この回に集中しろ。最悪でも同点だ。この回に全てを集中させて、思い切り攻めてこい!」

「はい!」

静かに、低めのトーンから入り、最後のほうで語気を強めた。

『草野球の規定により、この7回が最終回となります。もしここで同点に追いついて、7回裏まで終わりますと、8回以降は延長戦となります』

その大会のレベルや大会規模などにより行うイニングの数は違うが、草野球カップでは各都道府県大会・全国大会ともに草野球の規定に準じて7イニング制で行われる。

『7回の表、中山越ナローズの攻撃は、6番 サード 琵琶』

『1点を追う中山越ナローズ、この回は6番からの下位打順。何とかここで繋げるか』

『まずは形は何でも良いので塁に出ることです』

『ここまでお互い素晴らしい投球を見せてきました。片山は打たれたヒット1、自責点は未だ0』

古屋・小西が中山越ナローズのこの回の攻撃の重要点を語り合った上で、古屋は片山のここまでのピッチング内容に触れる。



バシィ!



「ストライーク!」

『初球は空振り。このテンポを全く変えないで最終回まできました片山』

―もう1つ。

―よっしゃ。

関川は早くもサインを決めて、片山もすぐに了承する。



パーン!



「ストライクツー!」

『2球目も空振りで追い込んだ! 何とか先頭が塁に出て反撃の形を作りたい中山越ですが…、』

―内側。

―最後もズバッと、やな。

NCバッテリー、速いテンポでサインを交換する。



―塁に出てやる!

ガチィ!



『振り遅れた打球はファースト正面!』

琵琶は何とかバットに当てたが、ファーストの三池の正面に転がる。それを見た関川はすぐに指示。

「和義大事に!」

「オッケ!」

『力のないゴロをファースト捕って、自分でベースを踏みます』

「アウト!」

『1アウトです、先頭バッター塁に出ることができません。7回の表、1点を追う中山越ナローズです』

「いいから、ドンマイドンマイ!」

「こっからこっからー!」

3塁側ベンチからは諦めまいと声援が飛び続ける。

『7番 センター 小国』

片山が手に取ったロージンバッグをマウンド後方に置いたのを見て、関川がヘルメットの上にあるマスクを右手に取る。

「こっからや」

そしてマスクを被り、右膝をついた姿勢からしゃがむような姿勢に変えた。

「いくでぇ浩介!」

「来い開次!」

『先程琵琶に対しては全球ストレートでした。この小国に対してはどうか』



パン!



「うわっ」

「ストライーク!」

インコースのストレートに驚いた小国、手が出ない。

『ここも真っ直ぐから入ってきました、N`Carsの片山・関川バッテリー』

「真っ直ぐなら打てるぞ!」

「どんどん振っていけ!」

「威力はあるからな、今のように内側で手が出ないのもわかる。しかしもうそんなことは言ってられないぞ!」

中山越ナローズのナインがバッターボックスの小国に声を掛ける中、泉監督は小国の心情を悟った上で先程檄を飛ばした時と同様、最後のほうで語気を強めて小国に発破をかけた。同じ頃、NCバッテリーはサインを交換していた。

―次はアウトコースに。

―えっ、そっち?

―内側のイメージはもうバッターの中にある筈や。これをちょっと変える。

―あ、それでか。



パァーン!



「ストライクツー!」

『アウトコース、空振りでツーストライク!』

小国はバットを短く持ったが、それでも空振り。

「短く持っても駄目か…」

「延沢さんがあれで駄目だったもんな。何とかしようとしてもその上を行かれる」

中山越ナローズのナインがやや消極的なムードに一瞬なる中、小国はそれでも何とかしようとしていた。

―タイミングは合ってない。けど真っ直ぐの大まかな残像はできてる。狙い球は真っ直ぐ。

『追い込んでからの勝負球は真っ直ぐか』



ギィン!



「あ…っ」

『打ち上げた、ショートが手を挙げる!』

打ち損じたか、今度は詰まった打球が上がる。小宮山が自分の定位置付近に上がったフライを見て自分が捕るというアピールをする。

「涼!」

「今度は大丈夫やんな?」

「捕れるわちゃんと」

―エラーの前科持ちやからな、そら皆一瞬不安になるわ。

関川が指示したが、片山には前の回にエラーがあったことから口頭と内心で心配された。小宮山は片山の問いに堂々と言い返すと、



タッ。



「キャーッチ!」

正面でこのフライを確りと捕った。

『捕ってアウト、今度はガッチリ捌きましたショート小宮山!』

「よっしゃ2アウト!」

「ここ締まっていこー!」

2アウトとなったところで、改めて気を引き締める1点リードのN`Carsナイン。

『2アウト、さぁN`Carsは公式戦初出場初勝利まであとアウト1つ』

「頼みますよ有路さん!」

「絶対出てください、オレらで還しますから!」

一方、最終回2アウトランナーなしと後がない1点ビハインドの中山越ナローズ。何とかこの有路にとただひたすら声援を飛ばしていた。

『8番 キャッチャー 有路』

有路はまっすぐ打席に向かいかけたが、途中で3塁側ベンチを振り返った。その視線の先には、右手で拳を作り、何とかしてくれと念じる山刀伐がいた。

―山刀伐…。よし、お前に繋ぐぞ…。

バットを強く握り直し、改めて打席に向かった。

『ここまで12個の三振を奪われている中でこの有路だけはまだ今日三振がありません』

―おっ? 気合入っとるなアイツ。目のすわりが違う。マスク越しに見てもわかる。

―ええ目付きしとるでアンタ。こういうバッターとは思い切り勝負したくなるわ。

―頭っから真っ直ぐでいこ。

―思い切りいくで。

打席に入った有路から闘志を感じ取ったバッテリーは、初球のサインをストレート、そして全力で勝負することに決めた。

『初球は真っ直ぐだ!!』



ギィン!



「ファールボール!」

『初球から振っていった、バックネットに当たるファール』

「当たる、当たるぞ!」

「そのまま打ってしまえ!」

―タイミングバッチリだ。有路さん、今度はそれをセンターに。

中々ヒットにできていなかった片山のストレートにただ当たったのみならずバックネットに飛んだことでタイミングが合っていると見抜いた山刀伐は、ナインが声を掛ける中内心で先端方向へ飛ばすようアドバイスした。

―真後ろのファール…、いうことは真っ直ぐは見えてるんやな? 少し曲げよう。

―スライダーか。けどええスイングやったな。何でそれが今まででけへんかったんや。

ストレートが見えていると読んだ関川は、2球目にスライダーを選択してサインで伝える。片山は了承しつつ初球の有路のスイングを高評価していた。



バシィ!




「ストライクツー!」

「あーっ」

『空振り、スライダーでスイングを誘いました! これで2ナッシング』

スライダーを空振り。これに一旦は落胆しかかった3塁側ベンチだが、

「打ってくれ!」

「塁に出ろ!」

「当たるぞ!」

すぐに持ち直して、再び声援を飛ばした。それを背後に受けた有路は内心、

―まだわからん。あと1球ある…。その1球に何とか食らいつく。

『ラストボールか、関川外に構えた!』



ギィン!



「ファールボール!」

『外の真っ直ぐについていきました、有路です。依然カウント2ナッシング』

この球の結果次第ではゲームセットにもなりかねない状況だったが、ストレートをファールにしてついていった。

―見える。真っ直ぐが…、見える!!

「いけー、有路さん!」

「ついていけてるよー!」

自分の内心に止まらず、ナインからも有路は片山のストレートが見えているという旨の声援が飛んだ。

―やっぱ真っ直ぐは見えるんやな。けど1個前のスライダーを空振りした。…すると変化球に弱い可能性が。よし、次は。

―カーブ?

―アンタのコントロールやったらこのゾーンいっぱいに決めれるはずや。もしワンバンしたらオレが何とかする。

―わかった。

関川はここまでの3球の様子と結果から、カーブで行くと決めて片山にサインを出した。

『4球目、キャッチャーはアウトローに構える!』



パァン!



「やっ…」

絶妙な位置に縦のカーブが片山から投げ込まれる。判定は。



「ボール!」

緊張感が目一杯高まったところから、一気に安堵とため息が選手・観衆から漏れる。放送機器を介しても聴こえるほどだった。

『際どい…。アウトローいっぱいの縦のカーブはボール!』

―えぇ、外れてたん? さっきはそことってくれはったやないですか。

―不満そうな顔すな、審判には僅かに外れてたように見えたんやろ。

―…しゃーないか…。

一旦は決まったと確信した片山だが、このボールの判定に些か表情が変わりかけたタイミングで、関川があくまで冨田球審の立場で片山を内心で説得する。

『1つボールがありましたが』

『あれだけいっぱいのコースだったのでね、手が出なかったんでしょう』

―危ない…。今の球ビビったわ。でもこれでまだ打つチャンスはできた。

小西の推測通り、今の縦のカーブに有路は手が出なかったようだ。

『カウント1ボール2ストライクから、5球目』

―低めの真っ直ぐで。

―よし!!

今度は再びストレートを関川は片山に要求する。



ギィン!



「ファールボール!」

『1塁側ベンチの方向へファール、これも食らいつきます』

―よう食らいつくな。それやったら根競べに持ち込んでもええで。

有路のこの粘りように、片山も感心していた。

『良い粘りですよこれは』

ほぼ同じタイミングで、小西も有路の姿勢をプラスに評価していた。

―外スラ。ストライクからボールになるこのコースで。

―よし、今度はとって貰えるやろな。

関川はアウトコースのスライダーを要求すると、すぐに外寄りに構える。先程の件があっただけに、片山はどちらかというと冨田球審に対して半信半疑だった。



パーン!

―今度こそや!!

関川の要求通りのコースに、片山はアウトコースのスライダーを決める。



「ボール!」

が、ここもストライクの判定を示す右腕は上がらず。

『ああ…っ、これも際どい外のスライダー。良いコースですがそれでもボール』

古屋からも良いコースと実況されているのにこの判定。

―急に外の判定に辛くなりだしたな冨田さん。これをボール言うたら流石に問題やろな…。真っ直ぐ。

―真っ直ぐ見えてるんやなかったのー?

―コースは変えへん。アンタも外のええとこを2つもボール言われて黙ってられんやろ?

―ん、わかった。仕留めたるわ。

冨田球審の判定を踏まえて、関川はコースを変えずにストレートを要求する。

「カウント2-2!」

『6球粘って、次が7球目』



ギィン!



「ファールボール!」

『1塁側ベンチに飛び込むファール。こうして真っ直ぐには食いついています』

有路はまたもストレートをファールにする。

―投球がアウトコース中心になった。外の真っ直ぐを逆方向に!!

―そういやずうーっとアウトコースやったな。よーし。

―アウトコース投げるとうちに不利やもんな。わかった、これで締めにしたる。

7球の勝負を経て、狙い球を絞って構える有路。今まで出したサインを思い出して共通項を見つけ出す関川。それを基に出したサインに快く頷く片山。

『何とか塁に出ようとここまで7球粘って食い下がる有路。さぁ8球目は…、キャッチャー真ん中か』

―いったるで!!

片山が投球モーションに入る。

『いや内側に構えた!!』

ボールが手から離れた瞬間、有路は驚く。

―インコース!?



スイング。その余勢で、有路は右膝をついた。



パァン!



「ストライクスリー! ゲームセット!」



―え…。

スイングを終えた直後の姿勢のまま、有路は何があったのかすぐにはわからなかった。

『空振り三振、試合終了! 6対5、N`Cars、中山越ナローズに逆転で公式戦初出場初勝利!』

「やった!」

「開次ナイピッチ!」

公式戦初出場初勝利を喜び、片山のピッチングを称えながら、N`Carsナインはホームプレート前に整列する。

『最後の中山越ナローズの粘りも見事でした。しかしあと一歩及ばず』

右膝をついたまま、ガックリと項垂れる有路に、山刀伐が声を掛ける。

「有路さんナイススイング。あの良いチームに、あそこまで粘れたんですから」

「山刀伐…」

すると山刀伐は、有路の左肩に左手をポンと乗せた。

「今回はここで負けたけど、また次があります。次がんばりましょう」

「…そうだな」

有路はゆっくりと立ち上がり、バットをそっと3塁側ベンチのほうに置いた。目元をヘルメットの庇で隠しているが、そこからうっすらと涙らしきものも見える。

「6対5で、N`Carsの勝ち。礼!」

「ありがとうございました!」

試合終了を告げるサイレンが鳴る。一礼した後、両チームのキャプテンである永田と山刀伐をはじめ、お互いに向かい合った両チームの選手が握手を交わす。

「じゃ、頑張れよ」

「うん」

永田と山刀伐は互いに右手を挙げ、それぞれ自軍のベンチに戻っていった。

―山刀伐か…。いいヤツだったな。

永田が対戦相手の主将との思いに更け行っていると、

「よし、じゃ1塁アルプスさ行って」

徳山監督から指示があった。

「えっ…、あっ、そっか。応援団挨拶だ」

我に返ったようなリアクションで次にやるべきことを思い出した永田に続き、関川も他のナインを先導する。

「よし、皆急ぐで」

NCの選手・監督・そしてマネージャーは一斉に1塁側アルプスへと向かった。

「真っ直ぐにね、真っ直ぐ…。よし。気を付け、礼! 応援ありがとうございました!!」

確りと1列に並ぶよう永田がジェスチャーを交えて誘導して、挨拶する。これに続きナインが、

「ありがとうございました!!」

揃って一礼。アルプススタンドにいた大勢の観衆が祝福の拍手で健闘を讃える中、NCナインは颯爽とベンチに戻った。

「さ、皆片付けて! 次の試合もあるから」

すぐに永田がナインに指示を出したが、

「次? 次ってあった?」

「今日までは3試合日の筈…」

「4試合日は明日からやで?」

萩原、小宮山、関川が次々と永田に確認をとる。

「あれ…、あっ、そうだった」

永田のボケに思わず吹き出すナイン。しかし、

「どっちみち早く片付けようよ」

「せやな。ここら辺はパパーッと」

「よし、最後までてきぱきとやるべ!」

「はい!」

永田が構わず今すべきことに集中しようとしたのを見て、関川と徳山監督が賛同してナインに指示を出した。彼らはすぐに切り替えて、片付けを始めた。

「荷物と道具は纏めて…、あとベンチや床に付いた砂とかも箒で掃いて」

「え、箒って…」

永田の箒発言に、このベンチにあるのかという疑問を抱く萩原だったが、

「私の後ろに掛かってる。あと塵取りも。はい」

「真奈美ちゃんサンキュ」

井手が記録をとっていたスコアラー用の席の後ろに、箒と塵取りがワンセットで壁のフックに掛かっていた。井手はそれらをワンセットのまま永田に渡した。

箒でてきぱきと砂を塵取りに集めていく。ある程度集めたところで、永田が自分のバッグから雑巾を取り出した。さっきの掃除用具セットが掛かっていた辺りに洗面台があり、そこで雑巾を濡らして絞った。

「それどうすんだよ」

都筑の質問に永田は即答した。

「ベンチを拭く。誰か雑巾で拭いてくれ」

永田が再び砂を集め始め、菅沢と沢中が率先してベンチを拭き始めた。

「雑巾2枚だけか」

「うん。後の皆は終わったらベンチ前に整列してて」

相澤も拭き掃除に協力しようとしたが先に上記の2人が始めてしまったので、永田は相澤を含めた他のナインにはこう指示を出した。そのタイミングで沢中が永田に質問した。

「拭き終わったら雑巾は?」

「洗ったらオレに寄こして。干しとくから」

2人は分担してベンチを全て拭き終わると、順に洗って永田に渡した。

「オッケ、2人ともサンキュ」

永田もベンチと床の砂をすべて集め終わると、それをグラウンドに返し、掃除用具セットをもとの場所に掛けた。そしてグラウンド側から忘れ物がないか目視で確認すると、自分のバッグを持って列に並んだ。

「列真っ直ぐだな…、気をつけ、礼! ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

永田を先頭に、ナインが全員今日試合をした北郡球場のグラウンドに挨拶と一礼をする。

グラウンドでは、整備員が丁寧に均している。その最中を、N`Carsの選手たちが順々に専用の通路に沿って退場していく。

「一旦ロッカールームさ行って、そこでまたミーティングやって、それから片付けて帰るってことで」

「わかりました。じゃ皆、まずはロッカールームな」

「はい」

徳山監督から永田を通じて指示が出る。その指示通り、ナイン全員がロッカールームに向かう。一方で、3塁側の中山越ナローズナインも同じように片付け・挨拶を済ませ、グラウンドから引き上げる。

―勝ちたかった…。でもアイツらのほうが強かった、ってことだよな。

山刀伐は今日戦った相手の実力を認めつつも、内心で悔しさを秘めていた。そしてリベンジを誓いながら、ゆっくりと専用の通路に向かった。

放送席では、今日の試合の実況と解説をそれぞれ担当した古屋と小西が試合を振り返る形で語り合っていた。

『今日大会2日目、北郡球場第3試合は6対5でN`Carsが見事公式戦初出場で初勝利を収めた試合でした。敗れた中山越ナローズも相手のエラーなどもあって1点差に迫る粘りを見せたんですが及ばず。小西さん、今日の試合をご覧になられていかがでしたか?』

『そうですね、まずN`Carsが序盤に主導権を奪い返したことと、あと片山投手の好投ですね。結果的に5点は取られましたがそれでも被安打1、自責点0は立派です』

『打線は2桁10安打、うち5本が先制を許した後の攻撃に出ているのでこの辺りの集中打というのは…』

『そうですね、1つ次戦に向けての収穫になったことでしょう。ただちょっと引っ張り気味の打球が目立ったのでそこは次戦の反省点になることでしょう』

『片山投手はこの試合毎回の、そして相手先発全員から合計13三振を奪いました。それから与えた四死球が僅かに2個、投球数が78と至って球数が少ない中でですから…、これは相当凄いことですよね』

『無駄な球が少なかったというのが大きいでしょう。片山・関川バッテリーは初球からどんどん積極的にストライクを入れてきました。初球から打つという打撃姿勢だけでなくこういう投球でも積極的な姿勢は素晴らしかったです。13奪三振でも遊び球ありませんよね?』

『そう…ですね…、三振は13個中12個が3球三振でした。最後13個目のは粘ってカウント2-2までいってますが残りはボール球が1球もありません。大変テンポの良い投手という印象が窺えました』

『あとは守備が課題ですね。4エラーは1試合としては多い数字ですし、5失点が全てミス絡み、しかもタイムリーエラーですのでもう少し守備も鍛えておきたいところです』

『一方、敗れた中山越ナローズについては?』

『山刀伐投手が立ち上がり不安定だったんですがその後は確りと立ち直ってましたので、やはり悔やまれるは初回でしょう。守備もノーエラーと健闘してましたので、打線が次の大会に向けての課題ですね』

『そうですね、その中には連打もありました。2回以降はその連打はありませんでした。そして何より6回を投げて球数が50球というのが…』

『非常に少ないですね。打たせて取って、守りからリズムを作るというチームカラーだそうですので、そのチームカラーに関しては…、打たれたことは仕方ないにしても自分たちの野球に沿ったことができたのではないかと思います』

『はい。ご覧のように今日大会2日目、北郡球場第3試合は6対5でN`Carsが勝利したゲームでした。今日2日目までに1回戦が終わり、2回戦へ進出する16チームが出揃います。明日大会3日目は県内4球場でそれぞれ2回戦4試合が行われます。各球場第2試合までは2回戦から登場する16チームがそれぞれ対戦しまして、ここで出場全48チームが全て出揃います。第3試合からは今日までに1回戦を勝ち上がった先ほどの16チームがそれぞれ試合を行います。明後日は休養日を設けまして、明々後日大会4日目は2回戦を勝ち上がった16チーム同士で、羽前球場と北前球場でそれぞれ3回戦4試合が行われます。そしてその翌日大会5日目は3回戦を勝ち上がった8チーム同士で4回戦4試合が羽前球場で行われます。この4回戦に駆った4チームが山形県代表として全国大会に出場します。果たしてその4チームはどこになるのでしょうか。今日の北郡球場第3試合、解説は山形県アマチュア倶楽部の会長でもあります小西さん、実況は私古屋でこの試合の模様をお伝えいたしました。小西さん今日はどうもありがとうございました』

『こちらこそ、ありがとうございました』

『それではこの北郡球場から失礼します』





その頃、1塁側のロッカールームでは、ミーティングが行われていた。

「ではこれからミーティングを始めます。お願いします」

「お願いします」

永田が開始の挨拶をする。それにナインも続く。

「まずは公式戦初勝利、おめでとう」

「ありがとうございまーす」

ミーティングの冒頭で、徳山監督がナインに祝福の言葉をかける。ナインは揃ってお礼を述べる。

「まずは勝つってことだな。これを今日達成できたのは良かった。だけんど…、」

徳山監督、少しここで右手を頭に当てる。

「ちょっとまぁその中さも反省点はあったよな」

「はいそうですすんません」

永田が顔を伏せて、1人相当落ち込んでいる。しかも声のテンションも低い。だが周りは気さくだった。

「ちょ」

「何落ち込んどんねん」

「別にお前だけじゃねーから」

都筑、片山、萩原の3人を筆頭に、続々と励ます。

「あ…、ども」

永田は顔を伏せたまま、右手を少しだけ挙げた。しかしあまりの落ち込みようを見かねた関川が、永田の元へ寄った。

「あのな、お前落ち込み過ぎ。別にもう勝ったんやし、誰も気にしてへんから。前向こうや前」

「そうなの?」

「お前だけだから落ち込んでんの。別に気にしてねぇし」

「な?」

「…だね」

途中からこの両者の間に加わった萩原のアシストもあり、永田は顔を前に向けた。

―けど今日のアイツの内容じゃ、負けとったら戦犯扱いやったもんな…。落ち込むのもわかる。

関川は永田を励ました後で、内心で落ち込んでいる理由を推測して、同情した。一通り落ち着いたところで、徳山監督が話を続ける。

「自分がわがっでんだばそれで良いんだけんどよ、あんましそれ引き摺っても良くねぇからな。でまぁ、チームとしての反省だと打撃はまぁ良かったんでねぇかな。ちょっと打球の方向が引っ張り気味だったのがあれだけんど」

「皆積極的に振れてたもんね」

戸川があくまでベンチからの視点とはいえ、打撃面での内容を高評価する。

「相手ピッチャーの球数が6回投げて50球。6点取られたにしてはこれは少ないんじゃ…?」

「え、50球!?」

井手がスコアブックのデータを読み上げた途端、ナインからは驚きの声が続出した。

「マジかよ…」

「少なくね?」

「え、ちょっと…、真奈美ちゃんスコアブック見してくれる?」

永田が早速そのスコアブックを拝見。

「えーと…、1回12球、2回8球、3回6球、4回5球、5回12球、6回7球…」

「で、どうだ?」

「え、ちょっと待って、12+8で20だろ、そこに6球で26、5足して31、12で43、7…、やっぱ50だ」

「すげぇ…」

各イニング毎に記された投球数を全て調べて足したところ、やはり50球だった。計算中に他のナインが気にする程の少なさであることが証明された。これを踏まえて、徳山監督が続ける。

「裏を返せば、それだけ振ってかねがったら負けてた、っていう可能性もあったわけだ。こうやってどんどん振ってくことが大事だがらな、これを続けろよ」

「はい!」

「スコアブックありがと」

「あ、どうも」

ナインが返事をしたタイミングで、永田はスコアブックを井手に返す。

「で、2回以降ちょっと繋がりがあれだったがな、とあとはスイングを逆方向に徹底しましょう、ってとこだな。守備さ関しては、まず片山のは文句ねがったな」

「ありがとうございます」

打撃面での内容を総評した徳山監督は、次に投球面を含めた守備面の内容に話を移す。冒頭でピッチングについての高評価を頂いた片山はすぐにお礼を述べたが、その後徳山監督は、

「まぁ、あれだけ三振奪っでたら守るほうの出番中々ねぇか」

ナインは思わず吹き出したが、片山はそんなつもりはなかった。

「アホかアンタら、出番減らすために三振バシバシ奪っとるんやないわ。全力勝負の結果があれなんやで?」

「そりゃわかるけど」

小宮山がすかさず返す。片山は更に続ける。

「それにオレ、1人におんぶ抱っこするんもされるんも嫌やねん」

「成る程ね…。皆が全力でやってこそ、ってことでしょ」

「そ。野球は9人で初めて成立すんねん。1人が飛び抜けとっても後の8人が何もせぇへんかったらどないなんねん」

片山のこれまでの発言を、梶原が纏めて確認する。それを踏まえて改めて片山がナインに説得したのを聞いた徳山監督はこれに賛同して話を続ける。

「そういうことだな。後の8人で4エラー」

「監督、また永田に差し支えますよ」

「あ、すまん」

「いいんだよオレもうわかってっから…」

エラーの話題になった途端、関川がすぐに凹んでいるキャプテンの気持ちを汲んで止めようとする。徳山監督はすぐに詫びたが、先程から本気で凹んでいる様子からいっても永田に自覚はあるようだった。

「ま、そうだけど、エラーしたヤツ以外も大事だがらな。チームで聴く以上は、自分が関係ねくとも確り聴いとけば、また次以降それが役立つ筈だがら」

「はい!」

徳山監督は守備面での内容を総評すると、今日の試合全体の総評に話を移した。

「自分たちがどうだったが、次戦、まぁ明日なんだけども、そこでどうするかってとこを考えて、活かしてもらいたい。エラーなしが守る上では一番良いけど、そうでもねぇこと結構あるからよ」

「はい!」

「簡潔に纏めると、打撃は逆方向と繋がりを徹底的に、守備はエラーあるなしに関係なく今一度見直して次戦に備えましょう、ということです。では」

「以上だな」

永田が今日の試合の反省点を纏めて、話の内容が全て出尽くしたことを確認すると、

「はい。これでミーティングを終わります。ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

すぐに先程と同じように、永田を先頭にナインが一斉に挨拶する。その後すぐに徳山監督は後片付けの指示を出す。

「では忘れ物ないように荷物纏めて、さっきスパイクの土掃った時にたぶん床に落ちてるのあるかもしんないから、纏めたらまた…」

「…掃きますか」

このロッカールームにもまた掃除用具入れがある。荷物を全てロッカールームの外に出した後、用具入れにあった長箒で床にあった土を全て掃いた。同じように、土は全て塵取りに纏め、グラウンドに返そうとした…。

「ん? 待てよ、グラウンドに返せるのか今?」

今日の最終試合が終わった後ということもあり、永田はこのタイミングでグラウンドに入れるのか疑問に思った。

「大丈夫じゃない?」

「どうでしょ?」

三池と萩原の意見を受けて永田は、

「念のため確認してくる。悪いけど長箒片付けててくれる?」

「わかった」

一旦確認に出ることに。長箒の片付けは誰でも良かったのだが、偶々近くにいた三池が引き受けることになった。

永田は土を乗せた塵取りを片手に、先程の1塁ベンチの待機場所まで行った。だが、丁度そのタイミングで、スタッフが鍵を閉めてしまっていた。

―あれ…、間に合わなかったか…。仕方ない。

「あの、すみません」

「はい?」

「これ…、グラウンドに返したいんですけど」

永田は土入りの塵取りをスタッフに見せる。

「あぁ~これ…、どこの土よ?」

「スパイクから土を落とすときに床に落ちちゃったヤツなんです。さっき試合した後だったのでその時についた土だと思うんですよ」

「あ、それで」

「で、ここの土でしょうからできればグラウンドにお返ししたいと…」

「あぁ~、それで態々持ってきたわけね。わかった、やっておくよ」

「え?」

グラウンドに入れるか否かの答えを訊きに行った筈が、予想外の答えに永田は唖然とした。

「だって君達さっきもベンチ内掃除してたじゃない。球場の掃除は本来係員が担当することになってるんだけど、選手たちが自主的に掃除するなんてさすがにちょっと申し訳ないからね…」

「あ…、そうなんすか…」

「でも役員さん皆感心されてたよ」

するとスタッフは永田から受け取った塵取りを左手に持ち、右手で鍵を開けると、すぐにドアノブを回した。

「自分たちが使ったところを率先して掃除する良いチームだ、って」

「あ、ありがとうございます」

「うん、いいよあとは。片付けまでやっとくから」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

永田はポカーンとした表情のまま、ロッカールームの前に戻った。塵取りを持っていないことに気づいた沢中がすかさず質問する。

「あれ? 塵取りは?」

「それが…、何か、スタッフさんがやってくださるって…」

「えーっ!?」

「何かちょっと申し訳ないような…」

沢中、相澤を筆頭に少しざわついたが、永田はすぐに理由を説明した。

「何か事情説明したら、本来は係員の仕事だったんだって。けどこれを何か役員さんが褒めてくださってた、みたいな」

「マジか…」

今の説明を聞いた相澤はこう呟いた。ただあまりこの場に長くも居れないので、永田はすぐに次の指示を出した。

「んーだけどいいや、この話は後にしよう。バス待たせてるし、今はまずここから撤収だ」

「じゃ、ロッカールームさ…」

「じゃ、皆中入って」

徳山監督と永田が2人揃ってナインにまたロッカールームに入るように促すと、

「え、また入り直すの?」

都筑が質問。永田が即答。

「いや、オレらだけ入って、荷物はこのまま。出入り口に1列で並んで」

ナインはロッカールームに入ると、すぐに出入り口に横1列に並んだ。

「いいな。気を付け、礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

永田を先頭にナインが一斉に今日使用させて貰ったロッカールームに挨拶する。全員が頭を上げた後で、

「じゃ、出る時も」

徳山監督がナインに今度は個人単位で挨拶するように言った。

各自ロッカールームを去るときに挨拶をして、荷物と道具を纏めた。

「よし、皆いいな…」

永田がドアを閉めようとしたそのタイミングで、先程のスタッフが空になった塵取りを片手に戻ってきた。永田が率先してお礼を述べる。

「先程はどうもありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。次戦も頑張ってください」

「はい、ありがとうございます!」

ナインはそのスタッフに各自挨拶をすると、道具と荷物を持って選手用の出入り口、つまり球場入りしたときに挨拶した場所にもう1度向かった。全員がそっちに向かったのをスタッフは見届けた後、塵取りを片付けてロッカールームの鍵も閉めた。

その出入り口では、既にナインが整列をしていた。

「よし、真っ直ぐだな…。気を付け、礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「はい、今日はありがとうございました」

永田がナインが1列に真っ直ぐに並んでいることを確認してから、先頭に立って挨拶する。他のナインが続けて挨拶すると、入る時に挨拶してくださった職員の方もそれに応えた。

「じゃ、急いでバスに向かおう。もうずっと待たせてっから」

永田がすぐに駐車場で待機しているバスに向かうよう指示。

「よし、皆急ぎ足で」

「ダッシュで乗るべ」

これに関川と徳山監督が続いたところで永田が合図を出す。

「そら、急げ!」

ナインは各自荷物と道具を持つと、ダッシュでバスに向かった。選手用の出入り口でマスコミの取材班が待機していたが、NCナインのこの行動を見るや、すぐさま追いかけ始めた。

「あのー、ちょっと取材いいですか!?」

「監督さんかキャプテン、とにかくどなたか」

「あの、せめて勝利の一言を」

「オレが先に行くんだよ、どいてろ他の連中は。今日の試合の感s…、わ――っっ!!」

「うわぁ――っ!!」

強引に他のマスコミを押しのけて真っ先に取材しようとした記者が抜き際に他の記者と足が縺れて転倒、後続の記者も次々と転んでしまい、団子状態になってしまった。当然、取材用のボイスレコーダーやメモなどの資料や機材はあちこちに飛んでしまった。

「何してんず」

「そらこっちの台詞だ」

「おめぇが勝手に抜くがらだべ」

「おめぇこそよげねぇで何してたのや」

取材班のうちの記者2人が、今の転倒を巡って口論に。しかし他の記者たちが、

「いいからそんなこと。早く物拾いましょ」

「NCもう行っちゃいますよ」

揉めていた記者同士も流石にまずいと判断、飛んでしまった資料や機材を集めていたが、集め終わったときには時遅し、既にNCナインは球場を後にしていた。

「あーあ、取材できなかった…」

「ったく、誰かさんが我先にとよそ様押しのけてってさ」

「は?」

「人の足を蹴躓かせてさ、取材妨害しやがってよ」

すると、我先に行こうとしていた記者は折角拾い直した資料と機材を地面に叩き付け、先程揉めた記者に再び詰め寄った。

「それおめだべ」

「は? 何言ってんのや、邪魔したくせに謝んねぇって、何だそれ」

「何だと、おめこそ人転ばせといて何言ってんのや」

「いつでもできんぞ、こっちは」

すると、最初に転ばされた記者が両腕の袖を捲った。これを見るや、我の強い記者も袖を捲って応戦。これを見かねた他の記者が両者をそれぞれ羽交い絞めにするなどして制止に行った時だった。

「ちょっと、何してんですかあなた達!」

先程のあのスタッフが、外の騒がしい様子を見に出た時にこの光景を目撃。この一言で記者たちは一斉に彼のほうを向いて黙った。

「何騒がしくしてんですか、迷惑ですよ?」

「いや、迷惑ったって、我々普通に取材に…」

スタッフの問い詰めに取材班の1人がこう答えたが、スタッフはそれにしてはおかしいと思い、続けて質問した。

「普通? それじゃ何で記者同士が羽交い絞めしてんの?」

「え、あ…、これは…、その…」

記者たちの動揺を見たスタッフは彼らを睨み付けた。

「ちょっと全員こちらに来てもらいます」





山形県S市 国道13号線沿い 某コンビニ

N`Carsナインを乗せたバスは、トイレ休憩をかねてここの駐車場に停まっていた。

「じゃちょっと…、乗る時すっごいバタバタしたから、ここで落ち着いて荷物と道具の整理しよ」

車内では、永田が帰りのバスに乗車する時にできなかったことをやろうと提案した。

「おっしゃ」

若干名が反応する。

「あとトイレ休憩ね」

「え、下道行くんじゃないの? それだったら何も態々ここって限らなくても…」

都筑がすぐに質問すると、永田がこう理由を述べる。

「確かに下道行くよ。でもできるだけ回数減らしたい」

「どごで混むがわがんねぇもんな。よし、ここで休んどけ」

徳山監督もこれに同意して、永田は改めてナインに指示を出した。

「じゃ皆休憩ーっ」

「あと荷物整理」

「あ、言い忘れた」

関川が永田が言いそびれたことをバックアップすると、萩原が永田に質問する。

「浩介ナイスフォロー。じゃ荷物とかは…?」

永田は即答する。

「球場行く時と同じように積み直して」

ナインは各自荷物と道具を来た時と同じように積み直した。そして、終わった順に休憩に入った。しかし永田は、

「雑巾干したいんだけど…」

「あぁ、さっき使ってたヤツか」

試合終了直後に使った雑巾2枚を干したいのに干せず、困惑していた。永田以外で1人バスに残っていた関川が応じる。

「ハンガーとか干すのないんだよなぁ」

「いや…、開次が確か持ってきてた筈」

「え」

「アンダーシャツ干す言うて持ってきたけど今日結局1回も使わんかったな」

「え、マジか…。1本借りて良いかな?」

「アイツ2本あった筈やけど…、聞いてくる」

「すまん」

関川はバスを降りて、片山の元へと向かった。

「開次ー」

「ん」

「アンダーシャツ干す用のハンガー2本あったやんな?」

「ああ…、それが何やねん」

「1本借りてええかーって、永田が」

「永田が? 何でアイツがオレのハンガー欲しがんねん」

「雑巾干したい言うてんねん」

「あぁ~あ…、別にええけど、どうせ今日まだ使ってへんし」

「あそ。バッグの中?」

「うん」

片山と関川はバスに戻り、片山のバッグからハンガーを取り出し、1本を永田に渡した。

「はい」

「あ、どうも」

「雑巾2枚干すんやろ、足りるか?」

「足りる。でも問題は場所」

永田は関川の質問に、雑巾2枚をハンガーに掛けながら答えた。

「通路じゃバックミラーの邪魔なるし…、これも後ろか」

永田が雑巾2枚を掛けたハンガーをバスの最後部、片サイドの窓のすぐ上にあるフックに掛けに行った時、片山が、

「両側のどっちか一方やな。もう片方にオレのシャツを」

「え、シャツ変えてたん?」

「変えてた。けど干すとこなくて…」

―お前もかいな。

いつの間にかアンダーシャツを変えていたようだった。片山は干したかったアンダーシャツをもう1本のハンガーに掛けると、永田が先程干した位置と反対側のフックに掛けた。

2人がそれぞれ干し終わった時、徳山監督が戻ってきた。

「よし、そろそろこっがら出るぞ」

「はい。さ、皆戻ってー」

永田がバスの出入り口まで出てきて、両手を叩いて外で休憩していたナインに戻るよう促す。ナインはこれを聞いて、一斉にバスに戻った。

「中に何人かいるけど…」

「呼んでくるか」

コンビニの中にいた何人かも、相澤と都筑の呼びかけで戻ってきた。

「てか何見てたの?」

「缶詰とか飲み物とか」

「買わなかったのか」

「買おうか迷ったけどやめた」

「あとのは雑誌とか日用品とか?」

「歯ブラシの替えとか…」

「そういうのか。買わなかったんだ」

「だって皆財布バッグの中だもん」

「あ、そっか…」

「閉まったまんま出たから買いたくても買えない」

「それに飲み物はまだあるしな」

中に入った何人かは、トイレに寄る以外では各自見たいコーナーを物色していただけだった。この雑談の中、永田は点呼を取り始めた。

「全員いるかな、2、4、6、8、10、12、14、16…、オレ入れて18、監督、マネ、全員います」

点呼を終えた永田が徳山監督に報告する。

「よしわがった。忘れ物はねぇな!?」

「はい!」

報告を受けた徳山監督が、ナインに最終確認をとる。返事を聞いて、今度は改めて永田共々運転手に挨拶する。

「それじゃ、お願いします」

「お願いしまーす」

挨拶を返した運転手は、左足でクラッチペダルを踏んでシフトレバーをバックギアに入れて、サイドブレーキを解除すると、ゆっくりと左足をクラッチペダルから離しつつ右足でゆっくりとアクセルペダルを踏み込んだ。所謂半クラッチの状態から目視でミラー等を確認しつつ、バスを少しずつ駐車位置から後退させた。

バスは前向きに駐車していたので、一旦バックしてから再び国道に合流することになる。バックし終わり、停車している間にバスの運転手がシートベルトを締めた。そしてゆっくり走り始めた時、永田は座席から後方の通路側を向いた。

「じゃ皆、あと長井まで長いから…」

「シャレ言うな」

「やべぇ、またかよ」

小宮山と萩原が立て続けに永田にツッコミを入れると、永田はすぐにこう返す。

「違う違う。長いからゆっくり休んでていいぞ、ってこと」

「ああ、それで」

先の2人も今の説明に納得した。

「うん。だからもう寝てて良いよ」

そう言うなり永田はイヤホンを耳にはめ、音楽を聴き始めた。その後ろで座っている片山は既に寝ている。

―開次はさっき寝かしといてや言うてもう寝たか。オレも寝るか。

関川もゆっくりと目を瞑った。こうしてナインたちはゆっくりと寝付いた。




北郡球場 役員会議室

ここには、先程騒ぎを起こした取材班が全員集められていた。手前のドアが開いており、そこから先程と同じスタッフに連れられて球場役員長が入ってきた。

「では、こちらにお掛けになって…」

「うむ。ありがとう」

ゆっくりと球場委員長は用意された椅子に腰掛けた。部屋の前にはホワイトボードがあり、スタッフはそのホワイトボードがはっきりと見える位置まで外れて立っている。

重苦しい雰囲気の中、ゆっくりと"事情聴取"は始まった。

「経緯は彼から聞いている。君たちはどうしてここにいるかはわかるね?」

球場委員長は左手でスタッフを差した後、取材班に問い質した。

「それは…、ふとしたことで我々同士で揉めてしまいまして」

取材班のうち、記者の1人が答えると、

「ふとしたこと? ふとしたこととは何かね?」

球場委員長は詳しく聞き出すべく、質問をした。スタッフは内心で不満を募らせた。

―もうちょっとはっきり言えよ当事者なんだからさー。悪いことした時に反省するのに自分の本当の気持ちを言わなかったら意味ねぇじゃん。それじゃ上辺だけだっての。

「えっと…、取材の際に記者同士で足が縺れて転んでしまいまして、それが元で…えっと、この2人なんですが」

2列目にいた記者が、すぐ前にいた直接の原因となった記者2人を右、左の順に右手で差す。

「この2人が?」

「はい、この2人が言い合いを始めまして、自分も含めて周りがどうにか止めようとしたんです」

「ふむ。つまり羽交い絞めにしてたっていうのはそのためか」

「はい」

その記者の説明を、時折質問を入れながら確りと聞き出した球場委員長は、一旦これまでの経緯を纏めた。しかしこれだけでは終わらなかった。

「でも転んだだけでここまで揉めるのはおかしい。他に何かあるはずだが?」

球場委員長は更に取材班に質問した。

「え、他にって…」

「でもそもそもの原因これだしな…」

他にと言われて、焦りなのか記者間でヒソヒソ話が増え始めた。

「何ゴチャゴチャやってんだよ、あんならあるで早く言えよ!」

スタッフの怒号とも取れる声に、全員再び静かになった。

「正直に言えよ。本当のことを伝える仕事をしているお前らが何嘘誤魔化し使ってんだよ!」

追い込まれたか、顔を俯かせる記者もちらほらと出てきた。

「割り込まれてコケたんだよな…」

おそらく記者だろうか、誰かが呟く声がした。

「あ? 何だって?」

まだ怒りが収まっていなかったらしく、スタッフは強烈な口調で今の呟きにこう言い返した。

「割り込まれた…、いや、違う、無理矢理列を押し退けようとしてコケたんだ」

少しだが声のトーンが上がり、球場委員長にも確りと聞こえた。彼はすぐに質問した。

「押し退けた? どういうことかね?」

事実を思い出した、3列目の右側にいた記者が1列目の右側の記者を左手で差して説明を始めた。

「オレ、この方の後ろにいたんですけど、この方無理矢理オレを退かして、更に次々と前で集団になっていた記者たちも強引に押し退けて…、で、先頭に出ようとした時に縺れて転んだんです」

「成る程。それに皆巻き込まれたと?」

「はい、自分も含めて…」

先程と同じように、記者の説明に時折質問を入れながら確りと聞き出した球場委員長はその上で質問を続けた。

「そうか。しかし今の供述からすると、集団で追いかけていたということも十分考えられるが…、皆そうなのか?」

「はい…」

記者の1人が答えると、

「しかしなぜそこまでする必要があったのかね? 追いかけなくても、その場で呼び止めれば良かったのに」

球場委員長は更に質問を続けた。

「N`Carsに逃げられて…」

この記者の答えを聞いて、球場委員長は取材班全員にこう言った。

「逃げられた? 逃げられたということはつまり向こうが嫌だという意思表示を示していたのに無理矢理取材しようとした、ということか」

この台詞が語気を強く、重く言ってあったため、取材班は皆問い詰められたような気分になった。

「本人が嫌だといっていることを無理にやらせて、それで君たちはその人の本当の気持ちを取材できたと言えるのかね?」

記者は皆俯いた。何人かが、小さい声でいえ、と答えるのが精一杯だった。

「それに集団で選手を態々追いかけてまで取材したそうだね? 選手の安全を第一に考える我々の立場上、選手に危険が及ぶかもしれない行動があった場合は、たとえ取材班といえども厳重に対応させて貰うことになっている。追いかけたということは走ったのかね?」

「…はい」

記者の1人がやっとこう答えられる程、雰囲気は段々重苦しくなっていった。

「ならば尚更危ないな。選手が万が一これに巻き込まれて怪我でもしたら、どう責任を取るつもりだったのかね?」

「うっ…」

「それは…」

皆完全に追い詰められてしまっていた。動揺のあまり、汗をかく者も多数いた。

「何より君たちは分別のある大人だ。その大人がどうして些細なことでこれほど揉めたのだ? 落ち着いて、話し合えばすぐに解決できたのではないか?」

球場委員長の質問に、記者の1人が弁明する。

「解決しようとしたんですよ、でも…」

「コケにしやがったんだ、コイツが」

「はぁ!? 何だそれ!?」

「お前ら黙ってろ!」

―被告人同士が何勝手に揉めてんだよ。

1列目の2人にまたも注意を飛ばす。スタッフの胸の内は、かなりパニックになっていた。

―これ上に報告なんだろうけど、上から何て言われるか。

今の台詞を聞いた球場委員長は質問を続けた。

「コケにした? つまりは転んだ以外にも何か理由があったということだな?」

「はい…、取材できなかった直後、この人が挑発気味に取材妨害を理由にしてきたんです」

「んで、彼がちょっと怒って…」

「もうちょっとで本気で殴りかかりそうだった2人を、他の皆で止めた、というわけです」

3人の記者が順々に説明する。

「ふむ…」

ゆっくりと間を置き、球場委員長はこれまでに述べられたことを纏めた。

「つまり今回の件は、集団でN`Carsを取材しようと追いかけて、その最中で転倒をきっかけに揉めた挙げ句取材ができなかった。その後、挑発気味の言動をきっかけに一旦は落ち着いたこの2人の険悪なムードが再び悪化、もう少しで一触即発というところを皆で制止して、そのタイミングでスタッフに事実が発覚した、ということだね?」

「はい…」

球場委員長はゆっくりと立ち上がった。

「これは上に報告して、しかるべき処分を受けて貰おう。私はね、かねてから君たちの過剰な報道ぶりに違和感があったんだ。何かというと、1チーム1個人に対して必要以上の数で取材したり、ある選手がちょっと何か素晴らしいプレーをしただけでしつこく迫ったり、それを元に編集した物が過剰にそのチームや個人を持ち上げたり、贔屓したりしたもので、ある時にはマナーを守れない取材班もいたほどだ。確かにそのチームや選手が強かったり巧かったりするのを理由に皆が見たくなるのはわかる。だけどそちらにばかり囚われて、本来報道としてあるべき姿勢を見失っているのではないかと、思い続けていた。公平な立場で見てこそ、正しい報道ができるのではないか?」

至って冷静に、しかし重みのある言葉だった。公平性重視の人だけに、この辺りは確りと逃さない。

「今一度、報道の在り方を見直してみるべきだと思う。今回の件は過熱な報道が招いた結果だろう。よく頭を冷やして、考え直しておきなさい」

最後の台詞は特に語気を強めることもなく、速いテンポで怒り任せに言うこともなかった。ただ、そっと、ゆっくり優しく丁寧に、冷静さを保ったまま言った。

「処分が出るまで、待たせますか」

「1日で出るかはわからん。しかし早く決まるかもしれんから待たせておいて」

球場委員長の判断を受けて、スタッフは取材班全員に指示を出した。

「はい。では皆さんは暫くこの場で待機していてください」

球場委員長はスタッフに連れられて、役員会議室を後にした。




山形県S町 国道348号線 小滝峠

NCナインを乗せたバスは、小滝峠の半分以上を通過していた。予定通り下道だけで北郡球場から走り続け、国道13号線、286号線、348号線と順々に走り続けている。バスは元気に走っていたが、中の団体客はすっかり疲れ切っていたようで、皆寝てしまっていた。

永田は音楽を聴いたまま熟睡、今日当たっていた三池はゲーム機を持ったまま熟睡している。イヤホンはゲーム機に繋がっていたが、そのゲーム機のオートパワーオフ機能が途中で作動してしまったらしく画面は消えている。

あとは膝掛け代わりに何かを被って寝る者、窓に寄りかかったまま寝る者、など様々。徳山監督、更には井手マネージャーまでもが寝ている。それぞれ采配、裏方でそれなりに大変だったことだろう。

まるで夜中を走る寝台列車か夜行バスのような雰囲気のまま、一行は帰路へと向かった。


再び北郡球場 役員会議室

球場委員長が席を離れてから暫くの間も、室内は沈黙ムードが漂っていた。自分たちがしたことのせいで、これ程までに大事になってしまった、その責任はここにいる取材班皆が重く受け止めていた。

暫く経って、球場委員長がスタッフに連れられて戻ってきた。スタッフが先程と同じ立ち位置に戻ると、球場委員長は言った。

「顔を上げなさい」

気落ちから重く感じていた顔を、皆はゆっくりと上げた。

「上には確りと報告させて頂いた。その結果、処分内容は以下の通りとする」

球場委員長はゆっくりと、処分内容を読み上げた。その内容を以下に箇条書きしておく。


           処分内容

・騒動の発端となった該当記者2名の全国各球場への永久立ち入り禁止、並びに該当記者が所属するマスコミの全国大会を含めた今大会の一切の取材禁止

・選手等の安全の確保の観点から、取材する際の不必要な追いかけの禁止。追いかけた記者がいた場合は、該当記者並びにその所属マスコミを全国大会終了まで一切の取材禁止

・マスコミの指定箇所以外での取材禁止。ない場合はあらかじめその場に立つなどして確保しておき、その確保したエリアから出てはならない。出た場合は追いかけとみなして同上の処分とする

・マスコミ同士の騒動に間接的にでも関わった者は厳重注意と、一定期間の取材章の剥奪とする


注:この処分内容及び禁止事項についてはサンドロッドベースボール連盟がこれを放棄するまで効力を発揮するものとする。



という内容であった。つまり揉めた張本人2名は永久追放、そしてこれを止めに行くなどして間接的に関わった記者たちは厳重注意を受け、取材章を一定期間剥奪される。さらに張本人たちが所属するマスコミ社にもペナルティが与えられ、会社共々取材をできない者が多数出ることになる。

「ということを連盟側から申し上げられた。つまり今回の騒動に関わった者で、発端となったそこの2人は今すぐ出て行って貰う。出たら残ったものは皆取材章をこの場に出して貰う」

スタッフの指示で、まず問題の2人はこの場を後にした。そして残った取材班全員から取材章を回収した。この一言が、静かの中にも強力な刃のように皆感じていた。

全員が取材章を出し終わり、それぞれ自分の席に戻った。

「これより一定期間、こちらで取材章を預かる。この期間、真剣に頭を冷やすように! 以上」

冷静な口調から一転、語気を強めて叱り飛ばすかのように後半の台詞を言った。スタッフはこう言った後、剥奪した取材章を全て持った。

球場委員長はゆっくりと椅子から離れ、それをスタッフが戻した。彼はスタッフに連れられて、この場を後にした。

重苦しい雰囲気がまだ残る中、記者たちもゆっくりと役員会議室を後にし始めた。




山形県N市 国道287号・348号

―ん、もうちょいか…。

信号待ちでバスが停まっている間、永田はゆっくりと目を覚ました。後ろを振り返り、数人は起きていたが、まだ過半数は寝ていた。

―着くまで寝かせよ。着いたら起こすってことで。

まだ日は出ているが、西のほうに傾いている。夕暮れ時が近い。バスのフロントガラスから大きく見える空と太陽を、日差しと太陽光を避けるべく片手で遮りながら見上げ、前に向き直ったタイミングで信号が青に変わった。列の先頭にいたバスはすかさず発車した。

頭の中では、色々なことが巡っていた。試合前の緊張、自分の3つのエラー。特にヘディングは何度も巡った。送球だとか、そうした走者を意識した複雑なことではなく、単純な捕球エラーだった。そして2度のバント失敗。何れもフライアウトになってしまったのが尚痛い。あれを確り決めていれば、6対5ではなかったかもしれない。結局永田はこの試合3打席ともフライアウトに終わってしまった。

だが、その中には良いところもあった。ヘディングで先制を許した後の初回の集中打。その中には、三池の一発もあった。自分のミスを、皆で帳消しにしてくれた。そして片山の好投、関川の駄目押しタイムリー。こうした良いところが、次第に永田の重く沈んだ気持ちを軽く明るくさせてくれた。

―結局は勝たせて貰った試合か。オレ何にもしてないし、アイツらに助けて貰ったというほうが話早いわな。はーあ、こんな駄目駄目キャプテンで本当に大丈夫なのかな…。

「おい」

―なーんでキャプテンなんかに就任したんだべ。

「おい!」

「ん?」

「何ボケーッとしとんねん、着いたで」

「え」

考えごとのし過ぎで、着いたことに全く気づかなかった。関川の呼びかけで漸く我に返り、慌てて荷物と道具を降ろした。

既に皆は道具と荷物を降ろして、1列に並んでいる。永田が最後だったが、バスを降りた時に何かに気づいたらしく、足を止めた。

「床、箒で掃きましょうか」

永田はバスの運転手に尋ねると、

「えっ!?」

「またするの?」

ナインが次々に発した疑問に、永田はこう説明する。

「折角貸して頂いたんだから、やれることはやろうよ」

この説明を聞いた運転手が永田にこう返す。

「あ、でも、それはこちらで…」

「流石に土とかを残したまま返すというのも…」

使ってそのままというわけにはいかなかったので永田はこう尋ねたのだが、結局は、

「あ、でも、気になさらないでください。車内の清掃等はこちらで行います。ありがとうございます」

「あ、こちらこそ」

バスの運転手の計らいにより、清掃作業は引き受けて貰うこととなった。

「じゃ、並んで」

「お前だけやで、並んでへんの」

永田の指示にすかさず関川がツッコミを入れる。確かに関川の言う通り、永田だけ並んでいない。

帰りの車内からこんな具合だったなこの人。大丈夫だろうか。

永田を含め全員が横1列に並んだ。

「気を付け、礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

永田に続き、ナインが一斉に今日送迎用のバスを貸して、また北郡球場までの往復区間を運転してくださったバスの運転手に挨拶する。

「はい、こちらこそありがとうございました。明日も頑張ってください」

「はい!」

運転手もまた挨拶を返して、N`Carsナインを激励した。

「それじゃ道具片づけで、終わったらダウンと明日の連絡」

徳山監督の指示を受けた永田はナインに指示を出した。

「はい。じゃ片付け始め!」

「はい!」

ナインは一斉に道具を片付け始めた。いつも道具を閉まっている倉庫に道具を入れている間、監督と井手が会話をしていた。

「監督」

「ん?」

「次の相手ってどっちなんですか?」

「高畠ど東根の勝者だけんど、どっちだぁ?」

すると井手はスマートフォンを取り出し、何やらサイトにアクセスした。

「あ、次は東根ですね。県内の実力派の選手を集めているチームです」

「やっぱりが。あそこ県内だば結構強いほうなんだよな」

「ええ。全国大会の出場経験はないようですけどね…」

井手がアクセスしたのは、サンドロッドベースボール連盟のホームページだった。ここでは、連盟が管理・運営する全ての大会について、あらゆる情報を更新する。地方・全国問わず、大会の詳細な内容と結果は随時リアルタイムで更新してくださるという。

「よし、これで全部だな。鍵閉めるぞ」

永田は倉庫のドアを閉めて、鍵をかけた。すぐに鍵を返しに行き、ダウンの準備に入ろうとした時だった。

「監督、はい。鍵です」

「ああ、どうも。あのよ、ちょっど永田ど関川、片山の3人はさ、連絡が終わって挨拶終わっだら残っでくれるが?」

「え…? あ、はい」

そう言われて、永田はダウンの準備に入った。

「じゃ、ダウン!」

「はい!」

ナインが返事をする傍ら、永田は内心で疑問に思っていた。

-でもそもそも何でオレらが残る必要があるんだ…?

今の話を聞いた井手が監督に質問した。

「監督、何であの3人を残すんですか?」

「ああ、明日も試合だべ、そんだば片山さ投げさしたら中0日で連投さなんべ。でぎれば片山を休まして、他のピッチャーで、っていうことなのさ」

「連投回避っていう点は賛成ですけど…、でもなぜに彼なんですか? 京太くんや秀一くんじゃ駄目なんですか?」

「アイツらでも良い。確かに素質はアイツらのほうが良い。だげんどピッチャーの仕事をピッチャー陣だけさ頼っでも駄目だべ?」

「あ、要するに…?」

「野手陣さも頑張って貰わねば駄目さ。勿論打つだけでねぐよ。そこで野手Pの永田、ってわけ」

「それ言ったら秀一くんでも良いような気がしますが? 彼は三塁も兼ねてますよ」

「いや、アイツは本業がピッチャーだがらな。野手が本業のヤツでねぇど駄目だ」

「野手P、しかも経験の浅い永田くんが実力派揃いの東根相手にいきなり投げるって…、これ相当…」

「わがっでる。だけんどこのくらいのことはやっとかねぇと駄目だ。それにもしピッチャー陣が投げれなくなったら、誰が投げるが、っていうとこもあるわけさ」

「それで彼…」

「ああ。それでアイツが頑張って、最後の最後まで精一杯やっでそれでも駄目な時さ初めでピッチャー陣のありがたみがわがるわけさ。今日の試合見ででそう思った。アウトの半分以上をアイツさ稼がして貰ったんだば、この先勝つにはちょっと危ねぇと思ったわけさ」

「あ、そういえばそうですね…」

「だべ?」

つまり、片山は確かに好投したが、13奪三振という内容を逆に危惧しての采配だった。このままではこの先片山依存症になりかねない、そういう判断だった。

「集合!」

永田が号令を掛けて、ナインが返事をする。

「はい!」

ナイン全員がクールダウンを終え、監督の元に円陣を作って集合した。

「お願いします!」

「お願いします!」

永田に続き、ナインが一斉に徳山監督に挨拶する。挨拶を聞いた徳山監督はすぐに話し始める。

「じゃ、まず今日の試合お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたー」

徳山監督から労いの言葉を掛けられたナインは、すぐにお礼を述べる。

「んとね、今日得たこと、課題になったことをもう一度振り返って、明日の試合に備えましょう」

「はい!」

試合終了直後のミーティングでも言ったことをもう一度確認する意味で、徳山監督はこう言った。ナインの返事を受け取ると、話を進めた。

「で明日は、東根チェリーズとの対戦です」

「え…」

「チェリーズって強いとこじゃん…」

「何でそんなとこと…」

明日2回戦の対戦相手を伝えられたナインは少々ざわついたが、永田は1人、

「籤運だからしょうがねぇべ」

とあっさり割り切った。そのまま徳山監督は話を進めた。

「んで、その明日の試合が、同じ北郡球場で第4試合に入ってます。で、その第4試合が、15時半からってなってるのでちょっとゆっくりめさなるかな。ただ試合経過によっては早まるかもしれないがら、その辺りを念頭に」

「はい!」

明日の予定を聞いたナインは一斉に返事をした。徳山監督はその後で、

「じゃ、永田と関川と片山、おめだつちょっと明日のことで話しがあるがら、悪いけど挨拶終わったら残っでけろ」

「はい!」

この3人に残るよう言った。3人が一斉に返事をすると、

「オレからは以上です」

話を全て終えた。

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

永田を先頭にナインが徳山監督に挨拶して一礼する。そのまま永田は次の号令を掛ける。

「整列!」

「はい!」

ナインは一斉に、グラウンドに向かって整列した。そして永田を先頭に、

「気を付け、礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

静かなグラウンドに、N`Carsナインの元気な挨拶の声だけが響いた。日も先程よりもだいぶ西に傾いている。

挨拶を終えた後で、徳山監督がナインに声を掛ける。

「よし、皆気をつけで帰れよ!」

「はい!」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


ナインが続々とグラウンドを去り、各自の家に戻る。その中で、永田と関川、そして片山の3人はその場に残っていた。

「よし、んでよ、明日の先発、永田でいぐことさしたわ」

徳山監督のこの発言を聞いた永田、関川、片山はそれぞれ、

「え?」

「は?」

「何で?」

と驚いた。

―まぁ驚くとは思ってたけどよ。

徳山監督は内心でこう思った上でその理由を説明する。

「あのよ、まず片山の連投を避けでぇのと、あと他のピッチャー出して片山とか、ピッチャー陣のありがたみをひとつわがっで貰いたかったわけ。んで野手が本業のヤツ選んだら永田さなったわけ」

すると関川が質問する。

「えっ、でも、それちょっと危ないんやないですか?」

徳山監督は答えた。

「覚悟の上だ。これでおめだつが精一杯頑張って、そんで駄目な時初めでピッチャー陣のありがたみがわかる」

これを聞いた永田は、徳山監督に質問する。

「いや、でも…、それはいいんですけど、片山は? ベンチ?」

自分の先発投手の起用より寧ろ明日先発のマウンドに立たない片山のほうを気にかけていた永田。徳山監督はこう答える。

「片山は残す。あの、ライトで出て貰う」

つまり明日はピッチャー永田、ライト片山のオーダーで行くようだ。

「ライト、って…」

「つまり入れ替え…」

「正式なコンバートでねぇけどな。そもそもコンバートでねぇけど」

永田と関川が話す。確かに関川の言う通りピッチャーとライトを入れ替えての先発オーダーだが、徳山監督の言う通りこれはコンバートではない。コンバートする場合は練習の段階でそうなっている筈である。

「でも、ライトに残す理由は?」

「打撃は捨てられねぇがらな。実質打つほうだけさ割り切る」

永田の質問に徳山監督はこう答える。

「外野か…、久し振りやなぁ」

片山は苦笑しながらも、これを受け入れた。

―すると永田の時のリードを考えなアカンのか。アイツは投手としての精度がえらい低いし…、ちゃんともつかも怪しいで?

関川は早くもリードに苦心し始めた。

―大丈夫かな、こんでオレ試合壊したら最悪だよ。

永田はまたも萎縮した。

「まぁ、今がらガッチガチさなっでもしょうがねぇ。勝敗は二の次、まずは思いっきり投げでくるこどだけ考えろ」

「はい」

徳山監督はまず緊張した永田にリラックスできるように第一にすべきことに割り切るよう声を掛ける。

「あとの2人も、あんま考えねぐで良いがらな。試合が始まっだら、自然ど練習したことが出てくる。次第に緊張は解れでくるもんだ」

「はい」

続いて関川、片山にも同じように深く考えずにリラックスするよう声を掛ける。

「まぁ、それだけだ。一応それを頭さ入れどいて」

「はい。でも他の皆には…」

「あぁ…、どうすっかな…」

「明日いきなり言われて動揺するより今言ったほうが…」

「よし。だば伝えどけ」

明日の先発オーダー、ピッチャー永田、ライト片山を今日中に他のナインに公表するか永田と徳山監督は悩んだ末、伝えるという結論に至った。

「はい。ありがとうございました」

改めて3人は徳山監督に挨拶と一礼をする。徳山監督は挨拶を終えた3人にも声を掛ける。

「はい。おめだつ3人も気をつけで帰れよ」

「はい!」

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