主将同士の鉢合わせ
鶴岡クレーンズのメンバーは、エースピッチャーの平吹と監督の神事以外は、全員山形県鶴岡市にある地名に由来しています(平成の大合併で合併した旧町村も含む)。
「永田、ほれ」
「はい」
徳山監督は今日の試合のスターティングメンバーが書かれたメンバー表を永田に手渡した。
N'Cars 代表決定戦スターティングメンバー
1番センター 萩原 瞬(8) 右投両打
2番ショート 小宮山 涼(6) 右投右打
3番ライト 永田 晋也(9) 右投左打
4番ファースト 三池 和義(3) 左投右打
5番キャッチャー 関川 浩介(2) 右投右打
6番ピッチャー 片山 開次(1) 右投両打
7番セカンド 梶原 栄次(4) 右投右打
8番レフト 桜場 俊和(7) 左投左打
9番サード 都筑 健(5) 右投左打
控え
(10)高峰 京太(ピッチャー/左投左打)
(11)黒谷 秀一(ピッチャー&サード/右投右打)
(12)沢中 真(セカンド/右投左打)
(13)相澤 祐希(キャッチャー/右投右打)
(14)戸川 広木(ファースト/左投左打)
(15)松浪 響(ショート/右投右打)
(16)中津 守(センター/左投両打)
(17)峰村 英気(レフト/左投右打)
(18)菅沢 充(ライト/右投左打)
※()内の数字は背番号、控えメンバーの()内の/より左側は守備のポジション。
永田は渡されたオーダー表を確り手にすると、役員本部室のドアノブに手を掛けた。
すると…、
「あ」
「あ」
同じタイミングで違う手がドアノブに掛かると同時に、永田の手にも触れた。偶然だったこともあり、お互い触れるなりすぐ手を引っ込めた。
しかし一体誰の手だったのだろう。徳山監督の手では無い…。手が差し伸びた方向へ目線をやると…。
―うっ。
鶴岡クレーンズのユニフォームを着た選手が1人、近くに立っていた。
「あっ、どど、どうぞ」
「いやお先にどうぞ。先に触れたんだから」
強烈なオーラのある人物を前にして、永田は思わずたじろいだ。
―あ、ノックノック。
緊張のあまり右手が震えながらドアノブに近付いたが、触れる手前でノックを忘れたことに気付き、そのままその右手をドアノブより少し上の位置に持って行った。
「はい、どうぞ」
「し、失礼します」
―鶴岡クレーンズのキャプテンを目にした途端また硬ぐなっでしまっだな。
ドアノブを回して、入ろうとする…。
―あれ?
が、ドアの押し引きを間違えてしまい、一発で開かなかった。どちらに開くかわかると、その方向にドアを丁寧に開けた。
既に役員にドア越しに入室許可は頂いている。ドアを開けた後は役員さんに向かって一礼。徳山監督が入室すると、鶴岡クレーンズのキャプテンがそれに続く。
「失礼します」
―あっちのほうが動きキビキビしてるよ…。
緊張している永田とは対照的に、鶴岡クレーンズのキャプテンはスムーズな動作で役員本部室に入った。これに鶴岡クレーンズの監督が続いて、ドアを閉める。
「N'Carsのキャプテン、永田です」
「同じくN'Carsの監督を務めてます、徳山です」
「鶴岡クレーンズのキャプテン、羽黒です」
「同じく監督を務めている、神事です」
監督の名前は「じんじ」と読む。
―鶴岡クレーンズの羽黒って…、選手宣誓やった人か…。そりゃオーラあるよ…。
相手のキャプテンの名前を聞いて、オーラがある理由にも永田は納得していた。
「それではメンバー表の交換と、先攻後攻のじゃんけんをお願いします」
役員さんの指示で、永田と羽黒が、お互いに監督から手渡されたメンバー表を交換する。貰ったメンバー表からも、何やら強いオーラのようなものが犇々と伝わって来た。
―何かいつもよりオーダー表重く感じるんだけど…、大丈夫かな…?
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
互いに握手を交わして、先攻後攻のじゃんけんに入る。
「最初はグー、じゃんけんぽい」
永田はグー、羽黒はチョキを出した…。
―あれ!?
―あれ…?
お互い、自分と相手がじゃんけんで出した手を見合ったまま、動きが止まる。
「ではN`Carsさん、先攻後攻どちらになさいますか?」
―えっ…、あそっか、勝ったのか…。
じゃんけんに勝ったことを受け入れるのに時間がかかった永田、役員さんの声で漸く我に返った。
「えっ…と、こ、後攻でお願いします」
緊張から言葉詰まりではあったが、永田は後攻を選択した。
―読みが外れたか…。まあ良いや、やることは変わんねぇから、いつも通り感謝の気持ちを持って、全力でプレーするだけだ。
「それでは改めてよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。失礼しました」
両チームのキャプテンはお互いに挨拶を交わすと、入った時と同様、正面を向いて役員さんに一礼し、ドアを丁寧に開けて順々に退室していく。ドアの手前でも一礼。
両チームの監督とキャプテンがそれぞれ他のチームメイトが待機するロッカールームに向かう途中で、どちらも渡されたオーダー表を見ながらお互いに話していた。
鶴岡クレーンズのキャプテン・羽黒と神事監督は、先程のじゃんけんにも絡めた上で話していた。
「…まあ、予想通りのオーダーって感じですかね…、読みは外れたけど」
「読み?」
「じゃんけんの読みですよ。相手緊張してたから、多分緊張で力が入んないんじゃないかって、パーで来ると読んだからチョキで行ったんですよ。そしたら向こう、逆に緊張で手が開かなかったのかグーで来たんですよ。これはやられたな、って」
「最初はグー、で行ったからな」
先程の羽黒の読みが外れた、と言うのは、永田が先攻後攻のどちらを取るかでは無く、その前のじゃんけんで出す手のことだった。だが、それには全く動じずに、今日のN`Carsのオーダーを見て改めて本題を話し合っていた。
「で、関川と片山…、向こうで警戒すべき2人が今日も先発ですね…」
「うむ」
「ただこれはもう案の定って感じですよ。昨日もN`Carsのすべての試合のDVD観ましたけど、皆打ち勝つチームだって言ってるけど…、まあ実際強打のチームではあるようなんですけど、もっと言えばこの2人が攻守とも確りしているチームだ、っていう結論に至りました」
「やっぱ警戒するか…。まあ、そうなるよな。じゃあ、それも踏まえて、ミーティングで改めて確認しましょう」
「はい」
一方のN`Cars。永田が左手に乗せている鶴岡クレーンズのオーダー表には見えない錘でも下がっているのか、まだ重そうにしていた。
「まだ緊張してんのが?」
「ええ…」
―見るからに強そうなんだよなーこれ。
という今日の対戦相手、鶴岡クレーンズのスターティングメンバー発表といこう。
鶴岡クレーンズ 代表決定戦スターティングメンバー
1番ショート 羽黒 兼人(6) 右投左打
2番センター 藤島 亘(8) 左投両打
3番レフト 櫛引(7) 左投左打
4番キャッチャー 温海(2) 右投右打
5番ピッチャー 平吹 良裕(1) 右投左打
6番ライト 五十川 公一(9) 右投右打
7番サード 斎(5) 右投右打
8番セカンド 朝日(4) 右投右打
9番ファースト 上肴(3) 左投左打
控え
(10)大海
(11)賀島 (ピッチャー/左投左打)
(12)吉住
(13)馬場
(14)銀
(15)鷹匠
(16)高畑 (ピッチャー/左投左打)
(17)八坂
(18)下肴 (ピッチャー/左投左打)
※()内の数字は背番号、控えメンバーの()内の/より左側は守備のポジション。
先程握手を交わした羽黒は1番に座る。2番藤島の下の名前の読みは「とおる」、4番と6番、7番の読みはそれぞれ「あつみ」「いらがわ」「いつき」と読む。先発ピッチャーは右のエースピッチャー・平吹だ。
「左4人…、スイッチの藤島が今日右の片山先発だがら恐らく左で来るとして左5、右4…か」
「どっちに来ても怖いですけどね…」
個々のスペックが高い、選手層も厚い…。2回戦で対戦した東根チェリーズもそのようなチームではあったが、こちらは更にオーラが違う。やはり全国大会まであと一歩のチームと、既に全国を経験しているチームの違いだろうか。
「あと、平吹ってのは日系ブラジル人の3世だ、っつってたな」
―日系…、3世…、ってことは彼の祖父母の代が日本からブラジルに移民として渡って、そのお孫さんだから3世か…。つまり日本にルーツを持つブラジル人ってわけだな。
相手エース・平吹にまつわる情報を得るなりあれこれ考えだすと、永田はそのまま徳山監督に質問した。
「因みに誰が言ってたんすか?」
「新聞。大会前の選手紹介のとこで書いてだぞ」
ソースは徳山監督の店舗兼住宅で取っている地元の新聞だった。そうこう話しているうちに、三塁側のロッカールームに到着した。




