重く硬い雰囲気
NCグラウンド
「おはよう」
「ああ、おはよう」
グラウンドに着いた永田は、既に着いて駐車場でスマートフォンを操作しながら待機していた若干名のメンバーに挨拶をしたが、どこか違和感があった。
―何か皆硬いな?
皆表情が硬かった。スマートフォンを操作しながら挨拶を返す余裕はあったようだが、同じく強豪の東根チェリーズ戦の前と違って、スマートフォンで見ている内容で雑談したり、その内容が映った画面を見せてくるような気配は無かった。偶々そういう内容が無いだけなのかもしれないが、そうだとしてももう少し表情がやわらかかった筈である。
代表決定戦に強豪の、それも全国大会に出場経験のある鶴岡クレーンズとの試合を控えているプレッシャーからだろうか…。相手は前年も出場しているチームで、その時も全国大会で結果を残している。そことこの大一番に試合をするとあっては、硬くなるのも致し方無いか。
―ふぅ~…。
永田も声の掛け辛さと気の重さからか、駐車場にあるコンクリート製の車止めにゆっくりと腰掛けた時だった。
―あ、来た。
徳山監督の車が来た。倉庫の鍵は昨日、施錠した後徳山監督に返却している。永田は立ち上がると、車から徳山監督が降りて来るのを待った。この硬い空気を変えるには、いつも通りのことをしてこそ変わると、徳山監督の車が来た時点で考えたのだ。
「おはようございます、お願いします」
「お願いします」
「お願いします」
「おはよう。ほれ、鍵だ」
「ありがとうございます」
徳山監督が車から降りてくると、既に待機していた永田含むN`Carsのメンバー数名は、徳山監督に挨拶をした。徳山監督はポケットから倉庫の鍵を取り出すと、向かって来た永田に渡した。
そのまま永田は倉庫を開錠して、道具を次々と取り出した。丁度同じタイミングでN`Carsの他のメンバーも次々と来て全員揃ったので、いつものようにバケツリレーの要領で道具を渡していった。
「道具渡った人から順に整列してて!」
マイクロバスはまだ来ていない。その上、時間もまだまだ早かったが、いつも通りのことをしようとする気持ち一本で来ていた永田は、兎に角行動を迅速に進めようとしていた。
―ん?
暫くして道具を全て出し終わってから、永田はあることに気付いた。今のような指示に、メンバーが誰1人ツッコんでこないのだ。昨日も焦って指示出してメンバーに落ち着けとかツッコまれていたが、今日は似たようなシチュエーションにも拘らずそれがない。
やはり皆硬いのだろうか…。永田は倉庫から道具を全て出し終わったことを確認すると、ゆっくりと扉を閉めて、施錠した。その後鍵をポケットに閉まって、残りの道具と、自分の荷物を持って自らも整列に向かった。
「監督、鍵です」
「ちゃんと鍵閉めたか?」
「…もう1回見て来ます」
整列に向かう途中で徳山監督に倉庫の鍵を返そうとしたが、徳山監督に確認されて心配になった永田は、道具と荷物を一旦その場の安全な場所に置いて、いつもより重い足取りで倉庫に戻った。
―んっ、くっ…。
倉庫の扉に手を掛けて動かそうとするが、ビクともしない。これで鍵は掛かっていると確信した永田は、改めて鍵を返却しに行った。
「どうだった?」
「…掛かってました」
永田はそう答えて徳山監督に鍵を返すと、道具と荷物を持って改めて整列に向かった。
「重そうだな。大丈夫が?」
「…ええ」
気に掛けた徳山監督に、永田はこう答えた。荷物は重くなかったが、足取りは重かった。途中でマネージャーの井手の様子を一瞬窺ったが、やはり硬い。重く硬い雰囲気と足取りで、全員整列した。
いつも以上にメンバー間での会話が無い中、少し待った後にマイクロバスが到着した。
「じゃ皆、荷物と道具は自分の後ろに置いて」
N`Carsのメンバーは自分の荷物と倉庫から持って来た道具を後ろに置いて、ハザードランプを点灯させたマイクロバスから運転手が降りて来るのに合わせて、脱帽して横1列の整列を微調整した。
「気を付け、礼! お願いします!!」
「お願いします!!」
運転手がN`Carsのメンバー全員の前に姿を見せたところで、N`Carsのメンバーは永田を先頭に一斉に脱帽したまま挨拶する。
「はい、おはようございます。よろしくお願いします。では荷物はトランクのほうに…」
「はい」
今日の運転手は昨日と同じだった。ルーティン自体はその分やり易かったが、依然として重く硬い雰囲気は変わっていなかった。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
徳山監督に続きメンバーも受け入れた後で、運転手はマイクロバスのトランクルームを開けたが、
「待って」
永田がトランクルームに道具を積もうとしていたメンバーを呼び止めた。
「そっち1人で良いから…、あの…、積む人…、半分位こっちから行こう」
と、トランクルームの前に整列しかかっていたメンバーの半分程をマイクロバスの乗降ドアの前まで呼び寄せた。
「え、何で?」
「このバス確か中からもトランクルームにアプローチ出来た筈だから…」
昨日と全く同じ車種のマイクロバスだったので、その特徴を覚えていた永田は、メンバーを半分に分けて、半分はこれまで通り外からトランクルームに積載するが、最終的に積むのはこのうち1人で、他のメンバーはその1人の前に道具を置いて、自分の荷物を持ってバスの車内で待機する。もう半分は道具と荷物を持ってマイクロバスに乗車した後、1番後ろの座席まで行って、道具だけをやはり最終的に積む1人に託して、あとはそのまま車内の席に座って待機する。その1人は受け取った道具を、最後部の座席からそのままトランクルームにアプローチさせて積載する…、という提案を出してきた。
道路付近での作業による安全面の考慮と半分に分けたことによる作業の効率化を図っての提案だったが、まだマイクロバスの乗降ドアが開いていなかった。
「運転手さんすみません、バスのドア開けて貰えますか」
「はい」
マイクロバスの運転手は永田の頼みを承諾すると、運転席に乗って乗降ドアのボタンを押してドアを開けた。
「ありがとうございます」
ドアが開くなり永田は運転手にこう言って、道具と荷物を持ってマイクロバスに乗り込もうとしたが…。
「どわっ」
グシャッ。
マイクロバスの乗降ステップに足が躓き転倒。
「つあー…」
「大丈夫かお前」
「あ、うん」
躓いて転倒しただけなので体に対したことは無く、道具も荷物も中身が1つもこぼれずに済んだが、同時にあることが懸念された。
「あ、思い出した…、抽選会の時誰かコケたよね?」
「あーそんなことあったな」
「それうちのキャプテンじゃないよね?」
―うっ。
…が、時既に遅く、そのあることは今のプチハプニングで改めてその記憶が呼び覚まされることになってしまった。
―このバスそんなにステップ高くねぇんだけんどな…。緊張で足上がってねがっだのが?
…まあ、名前出されなかっただけマシか…。プチハプニングはありつつもどうにか道具をトランクルームに積んだメンバーは、そのまま荷物を持って各自バスの座席に座っていた。
「…17、20、全員います」
「わがった。では、よろしくお願いします」
「はい、では安全運転で参りますのでよろしくお願いします」
マイクロバスの乗降ドアが閉まった。重く硬い雰囲気が今一つ取り切れないまま、マイクロバスは羽前球場へ向けて出発した。




