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The Baseball Novel  作者: N'Cars
4/127

草野球カップ初戦・中山越ナローズ戦

中山越ナローズのメンバー名は、全て出羽街道にある中山越と山刀伐越峠、及びその周辺の地名や建物名、ゆかりのある人物名に由来しています。

『3アウトチェンジです。5回裏終了7対1、鶴岡クレーンズが大量リードを奪っています。それではグラウンド整備の間にここまでの試合をハイライトで振り返りましょう』

案の定、鶴岡は中盤にきて大量リード。あとの終盤2イニングを前に、大差がついてしまうワンサイドゲームとなった。

―田川じゃないけど大量点差嫌だな。

―こればかりはさすがに…。

永田と小宮山の内心の台詞にあるように、鶴岡 対 田川のワンサイドゲームを見て、不安感が増しつつあるNCナイン。緊張の度合いは高まっていた。


そして愈々、バスは初戦の会場である北郡球場に到着した。

「よし、んじゃ忘れ物ないか確認して荷物と道具持って降りて」

監督が指示すると、すかさず永田が尋ねる。

「メンバー表の交換とかは大丈夫なんですか?」

「大丈夫。北郡今…、4裏途中4-2だと」

監督が北郡球場の第2試合の途中経過を交えて時間的余裕があることを教える。このやりとりの間に、ナインが続々と荷物と道具を持ってバスから降車した。

 最後に永田と監督がバスを降り、整列した。

「全員降りたな…、よし。気を付け、礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

ナインが挨拶を終えた後、監督とバスの運転手がやりとりを交わす。

「ではまた帰りに」

「はい、よろしくお願いします。皆さん頑張ってきてください」

「はい」

運転手に激励されたナインは、すぐに球場内に向かった。


選手用の入り口の前まで来たナインは、再度場所を確認する。これを聞いた永田が代表して監督に尋ねる。

「1塁側ベンチなので…」

「んじゃ、ここからだな。ロッカールームはこっちの…、右行って手前のほう」

「その前に球場役員さんにさ」

「あっ、そっか」

 梶原の一言で、ロッカールームに行くよりも先にすべきことを思い出した永田。ナインは各自球場に入るなり球場事務所の職員に挨拶するが、先の一言を聞いていたのか、自主的に整列を始めた。チームでの行動であることと、公共の場を貸して頂いている為に当然のように心がけているとはいえ、ここでも挨拶を怠らない。再びメンバーは1列に並ぶ。

「気を付け、礼! お願いします!」

「お願いします!」

「こんにちは、よろしくお願いします」

職員も明るい笑顔で挨拶する。

「じゃあロッカールーム行って、荷物と道具置いたら永田以外はその場で待機してて。永田、荷物置いたらメンバー表の交換さ行ぐがら」

「はい、えっ…、事前に今日のスタメン皆に言わないんですか?」

「メンバー表交換したらそれが正式なオーダーさなっがら、今でねくていいのよ。昨日までの間にメンバーオレが考えといた」

「あ、それはどうも…。ん、あっ、もうロッカールーム行ってろ、オレらはやること済ませてから行くから」

永田は皆に先にロッカールームに行くよう指示。だが永田と徳山監督はなぜかその場にいる。メンバー表交換は役員本部室で行う筈では…?


ナインは既に荷物と道具を持ってロッカールームに向かっている。監督は既に記入済みのスターティングメンバー表を取り出す。

「昨日までで考えたメンバーだけんど、オレらがこのチームさ入る前のスコアブックとかも参考にして決めだったのよ」

「えっ…、あ、そういえば物置小屋にそれらしきのが何冊か…」

「ちょっと物置さある使用済みのスコアブック借りでぐぞー、っつった時の」

「ああ、あれすか」

「んでこのオーダーさしでぇんだけど」

「えっ!?」

永田は見せられたメンバー表を見て驚いた。




N'Cars 1回戦スターティングメンバー


1番センター 萩原 瞬(8) 右投両打

2番ショート 小宮山 涼(6) 右投右打

3番ライト 永田 晋也(9) 右投左打

4番ファースト 三池 和義(3) 左投右打

5番キャッチャー 関川 浩介(2) 右投右打

6番ピッチャー 片山 開次(1) 右投両打

7番セカンド 梶原 栄次(4) 右投右打

8番レフト 桜場 俊和(7) 左投左打

9番サード 都筑 健(5) 右投左打


控え

(10)高峰 京太(ピッチャー/左投左打)

(11)黒谷 秀一(ピッチャー&サード/右投右打)

(12)沢中 真(セカンド/右投左打)

(13)相澤 祐希(キャッチャー/右投右打)

(14)戸川 広木(ファースト/左投左打)

(15)松浪 響(ショート/右投右打)

(16)中津 守(センター/左投両打)

(17)峰村 英気(レフト/左投右打)

(18)菅沢 充(ライト/右投左打)


※()内の数字は背番号、控えメンバーの()内の/より左側は守備のポジション。





「これでいくんですか…」

「何だ、駄目が?」

「いや…、なぜに自分が3番なんだ、って…」

「んー、おめキャプテンだがら」

そんな単純な理由で3番に入れるなよ…。他のメンバーは借りていったスコアブックを参考に決めたんだろうけど、自分をまさか重鎮的ポジションに置くとは…。

まさかの3番ライトを告げられ、余計に硬くなる永田。監督のほれ行くぞという檄でロッカールームの方向に足を進めたが、頭の中の意識は先のメンバー表のほうを向いていた。ロッカールームに荷物を置くと、

「ちょっとやること済ませてきまーす」

「え、まだやったん?」

「うん、今から行ってくる…」

尋ねた関川に永田はこう返した。初試合に加え、自分がまさかスタメンの重鎮とは思いもしなかった。それだけに、ますますガチガチになっていく永田。

「気負いしねぇで、堂々と行ってこい。メンバーの交換とじゃんけんだけだがら」

―だからそのじゃんけんが嫌なんだよ…。負け先というこの上ない屈辱を…。

NCは負けん気が強いメンバーが揃っている。永田もこの例には洩れない。だからこそ、じゃんけんとはいえ負けることは嫌な分、プレッシャーも大きかった。監督の檄すらどこかマイナスに受け取ってしまっている。


役員本部室の手前まで来た時、場内アナウンスが流れた。

『この後第3試合で対戦致します、N'Carsと中山越ナローズの監督とキャプテンは、メンバー表を持って役員本部室までお越しください』

―愈々だ…。

両足が緊張で竦んでいたが、意を決して役員本部室のドアをノックした…。

―こうなりゃ試合で勝つまでだ。じゃんけんどうこうより試合結果だろ。

今必要なのはじゃんけんの結果より試合の結果である。緊張している身にただひたすら意識を変えるよう促した。

「はい、どうぞ」

「失礼します」

ドアを丁寧に開ける。そして役員さんに向かって一礼。一旦後ろを向いてドアを閉める。向き直って、改めて一礼。まるで面接試験のようだ。

「N'Carsのキャプテン、永田です」

「同じくN'Carsの監督を務めてます、徳山です」

「中山越ナローズのキャプテン、山刀伐です」

因みに、こう書いて「なたぎり」と読む。

「同じく中山越ナローズの監督、泉です」

双方の監督とキャプテンが挨拶を交わした後、役員がこう指示を出した。

「それではメンバー表の交換と、先攻後攻のじゃんけんをお願いします」

永田と山刀伐が、お互いに監督から手渡されたメンバー表を交換する。お互いの監督が他に複数枚のメンバー表を持っているが、このうち1枚は自分たちの控えとして手元に保管しておき、残りは役員、審判員、公式記録員に渡るという。

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

互いに握手を交わして、先攻後攻のじゃんけんに入る。

しかし、永田の右手が痙攣かと疑いたくなるほど震えている。

―…、えーい、こうなったらもうヤケだ…。

「最初はグー、じゃんけんぽい」


―ああ…、あ、あれ…?


永田はパー、山刀伐はグーを出した…。


―か、勝ったんだ…。

や、やったああ…、内心でこんな思いが巡っていた。

役員は永田に尋ねる。

「ではN'Carsさん、先攻後攻どちらになさいますか?」

「監督」

「おめが決めろ。じゃんけんで勝ったんだがら」

「では…、後攻で」

「わかりました」

―そうするとうちは先攻か…。セーフティーリードを作っておけばあとはオレが確り投げて無失点に抑えるやり方でいこう。

山刀伐は自らのチームが先攻と決まるや、すぐに自分なりの試合の組み立てを行っていた。

「それでは改めてよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。 失礼しました」

入った時と同様、正面を向いて役員さんに一礼し、ドアを丁寧に開けて退室していく。ドアを閉める前にも一礼。


先攻後攻が決まったところで、今度は対戦相手、中山越ナローズのスタメン発表といこう。





中山越ナローズ 1回戦スターティングメンバー


1番ショート 堺田(6) 右投右打

2番セカンド 赤倉(4) 右投左打

3番ファースト 富沢(3) 右投右打

4番ピッチャー 山刀伐(1) 右投右打

5番レフト 笹森(7) 左投左打

6番サード 琵琶(5) 右投右打

7番センター 小国(8) 左投左打

8番キャッチャー 有路(2) 右投右打

9番ライト 延沢(9) 右投右打


※()内の数字は背番号。





このチームはどうやら山刀伐が中心選手のようだ。主将にしてエースで4番と、まさに大黒柱である。

「左バッター3人か」

「そうすっと山刀伐をまずどうすっかだな。大黒柱ってことはそんだけ実力あるってことだしよ」

「ですね…。見た感じ、何をするにも堂々としている感じで」

永田と監督がこういう会話を交わしながら、ロッカールームに戻ってきた。これに真っ先に萩原と都筑が気付く。

「メンバー表持ってきたな」

「さあどっちだ…」

永田、皆が座って待っている中で正面に立つ。

「…後攻です」

「後攻かぁ」

戸川がこう呟くと、関川が永田に尋ねてきた。

「えっ…、永田、1つ聞くけど」

「何、関川?」

「じゃんけん勝ったん?」

「うん…、パー出したら勝てた」


「勝ち後か。監督、はよミーティングやりましょ。今6回裏2アウト2塁です」

関川に試合の途中経過を交えた上で促された監督は、ミーティングを始めることにした。

「ああ、そっか。じゃあ、今から試合前のミーティングを始めます」

「お願いします」

監督の指揮に合わせてナインは一礼してから着座。ミーティングに先駆けて、監督が昨日までに考えた自チームのスターティングメンバーを発表した。すると片山が、

「え、6番ですか?」

「うん…、おめがピッチャーってことも考えて、敢えて打順下げさしてもらったわ。別におめのバッティングの良さを棄てたわけじゃねぇぞ。6番ったら、中軸のすぐ後ろ打つから、そういうことも考えてな…」

―中軸…、あ、成る程。つまり中軸が打てへんかったとしてもその後ろに敢えて好打者を置く…、それで打線の繋がりを保たせる、こういうわけやな。

「成る程、納得です」

「で、試合だけどな、1戦1戦、おめだつが練習でやってきたことを存分に見せでこい。常に勝つ、攻めるっていう気持ちを捨てねで思いっきりプレーしてこい。いいな!?」

「はい!」

「以上でミーティングは終わりです」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!!」

永田に続いて、ナインも一斉に一礼する。

「んじゃあと道具とか持って、1塁ベンチの裏さ行って待ってよ」

「はい」

「あといつでもベンチに入れるように準備しといて。第2試合終わったらほぼすぐにベンチ入り開始だから」

監督に続いて永田も指示した。こうしてNCナインは各自必要な道具や荷物を持って、ベンチ裏で待機することにした。北郡球場の第2試合、村山ホールディングス 対 中山センターマウンテンズは現在大詰めの7回裏、5対2で村山が3点をリードしたまま2アウトまできた。


キィン。


「あ…」


パン。


上がった打球は、そのままファーストのミットに収まる。最後の打者がファーストフライに倒れ、試合終了。第2試合は5対2、村山ホールディングスが2回戦へ駒を進めた。

挨拶と同時に試合終了のサイレンが高らかに鳴る。これは同時に、NCの出番が愈々きたということでもある。

「監督、ベンチ入りって…」

「あっ、今だ。今からベンチさ行け」

「はい」

この指示で、ナインは続々とベンチ入りを始めた。

1日に同じ球場で複数の試合が入っている時、前の試合が終わった後のベンチ前は、前の試合で使っていたチームの撤収作業と次に試合をするチームがシートノックの準備を兼ねてベンチ入りするため、一時的に慌ただしくなる。

「お願いします」

「お願いします」

NCナインも次々にベンチに入っていく。

「うち後攻だから、シートノックは先だぞ。だからグローブとかはめたらベンチ前に並んで準備しといて」

見事初戦突破を果たした村山ホールディングスがベンチ裏に引き揚げていくのと同時に、NCナインがベンチ入りして、シートノックの準備に入る。

「グラウンド均し終わるまでこっちでアップやってて。整備終わったら場内アナウンスある筈だから」

シートノックは実際の試合と違い、後攻のチームから先に行う。後攻は守るほうが先なので、守る順番でいくと後攻、先攻の順になる。

軽いキャッチボールなどをしてウォーミングアップをしている間にグラウンド整備が終わった。

「よし、バック! あと一旦整備員さんに挨拶してからシートノックの準備ね」

グラウンド整備を終えてバックネット裏に引き揚げていく整備員さんにもきちんと挨拶する。

「グラウンド整備、ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

NCナインはこの後シートノックを行い、先攻の中山越は三塁側ベンチでその状況を見ることとなる。


『N'Cars、シートノックの準備をしてください』

「っしゃあいくぜ!!」

「おー!!」

NCナインが最初に各々のポジションにつく。この間も全力疾走。

『時間は7分間です。それではシートノックを始めてください』

このアナウンスと同時に、シートノック開始のサイレンが鳴る。

「最初内野ボールファーストや!」

内野ボールファースト、則ち打球を処理した内野手が一塁に送球するか、或いは自分で一塁ベースを踏む、というもの。要は打者走者を一塁でゴロアウトにすることが狙いなのだが…。


「サードいぐぞ!」


キィン。


「サー…、」


バスッ。

「あ…」

早速サード正面のゴロを弾く。

「まだやまだ、一塁間に合うで!!」

しかし…、拾い直して投げた送球は大きく逸れる悪送球に。

「おい大丈夫かアイツら…?」

シートノック開始の時点で、前々から不安視されていた守備がミスを続発。緊張でプレーにまで硬さが出てるのか。

「だぁ〜…、酷いね守備…」

「転がしゃなんとでもなるかな」

既に相手からそんな声が。NC、勝てるのか。

いや、相手だけではない。観衆からも同じような声が。

「うっわ下手すぎでしょ」

「これでよくチーム作れたよな」

「こりゃ中山越の勝ちだな」


パァン。


―…は?


ミス続発の野手陣から一転、一塁側ブルペンでは投球練習をしている片山がいい球を投げていた。


「あ…、でもピッチャーは良さそう」

「ピッチャー良くてもバックがあれじゃあ…」


スパァン。


「にしてもストレート速くないすか?」

「速い」

「んー、そうするとお互いピッチャーがチームの中心ってことかな? N'Carsの選手はシートノックを見る限り大して実力は高くないな」

「中山越は少なくともN'Carsよりは実力ありそうだけどどうしても山刀伐が突出しちゃう感があるから…」

「それでも中山越はいけるでしょ」

「ま、そうだけど…」

観衆は片山のストレートの速さには感心したようだが、他はあまり注目していない。というより、シートノックの出来だけで見下したような言動を散々に言われている。下手すぎるとか大して実力は高くないとか…、NCよ、酷い言われようだな。

「ラスト、キャッチャー」

「お願いします」


カッ。


ノック用のバットで放たれた打球が高々と舞い上がる。


「キャッチー!」


関川はキャッチャーズマスクを投げ捨て、打球の落下点に入る。


バシッ。


ミットの捕球面を上向きにしてこれを捕る。


「んー? でもキャッチャーも良くね?」

「何れにせよバッテリーが要でしょ。野手陣はあまり期待できないと見ていいよ」

しかし、相変わらずの言われようである。確かに野手陣のシートノックは酷かったが…。

『N'Cars、シートノックの時間終了です』

シートノックの制限時間、7分間が終わった。最後にキャッチャーフライを捕った関川も、マスクを拾って整列する。

「気を付け、礼! ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」


一塁側のベンチに引き揚げていく途中で、永田が監督に尋ねた。

「あの、監督…」

「ん、何だ?」

「うちのアルプスにいる吹奏楽みたいなのって…、あれうちの応援団すか?」

「ああ、あれオレの知り合いのジャズバンドだ」

「え!?」

監督のこの発言を機に、ナインはその話題に入る。

「そういえばシートノックの時も曲流れてたよね」

「ジャズ音楽が?」

「うん…」

「オレが呼んだんだわ」

菅沢と梶原の会話を聞いた監督がこう明かす。菅沢はすかさず尋ねた。

「監督がですか!?」

「今度野球の試合やっがら応援さ来てけねがー、って言ったのさ。そしたら本当に来たっけ」

「敢えてブラバンではなくジャズを?」

桜場のこの質問には、

「近場のほうが呼びやすいがら」

と返した。

「それでですか…」

半ば苦笑するNCナイン。てか相手のシートノック見なくていいのか。もうノック時間の半分過ぎてんだろ。

「あと相手がシートノック終わったら…」

―アルプスに挨拶、でしょ。

「はい」

ルーティンをある程度わかっていた永田は、監督が言いかけた指示に返事だけをした。

「それより向こう…、ノック見る限りだと飛び抜けた感はないにせよ基本的な動作に忠実なチームですね」

関川は中山越ナローズのシートノックの様子をこう分析する。

打ってから打球を捕る姿勢、その後のスローイングの基礎的な部分には忠実な動きを見せる中山越ナローズの野手陣。守備型のチームかもしれないとはいえ、シートノックを見た時点では、確かに中山越ナローズのほうが技量的に上回っていた。

『中山越ナローズ、シートノックの時間終了です』

こちらもシートノックの制限時間、7分間が終わり、三塁ベンチに引き揚げていく。そしてグラウンドが整備されている間に、NCナインは先程監督に言われたことを済ませるべく、一塁側アルプス席に向かって整列した。

「気を付け、礼! 応援よろしくお願いします!」

「お願いします!!」



『昼を過ぎて、陽は少しずつですが西に傾き始めています。今日も昨日と同じように朝からこの日中にかけて青空が広がる好天となりました。ここ北郡球場では第3試合、1塁側には公式戦には初出場のN'Carsと3塁側には中山越ナローズがいます。この両チームの第3試合がこれから行われる予定です。解説は山形県アマチュア倶楽部の会長でもあります小西さん、実況は私古屋でお伝えいたします。小西さん本日はよろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

北郡球場の実況用の放送席で、今日のこの試合の実況を担当する古屋と解説を担当する小西がお互いに挨拶を交わす。

『それではグラウンド整備が行われている間に両チームのスターティングメンバーを字幕で表示します』

グラウンドでは、地面が固くなりすぎないよう水が撒かれている。審判はまだ出てきていない。

テレビの画面には、先程のスターティングメンバーが字幕で出される。


N'Cars 1回戦スターティングメンバー


1番センター 萩原 瞬(8) 右投両打

2番ショート 小宮山 涼(6) 右投右打

3番ライト 永田 晋也(9) 右投左打

4番ファースト 三池 和義(3) 左投右打

5番キャッチャー 関川 浩介(2) 右投右打

6番ピッチャー 片山 開次(1) 右投両打

7番セカンド 梶原 栄次(4) 右投右打

8番レフト 桜場 俊和(7) 左投左打

9番サード 都筑 健(5) 右投左打


中山越ナローズ 1回戦スターティングメンバー


1番ショート 堺田(6) 右投右打

2番セカンド 赤倉(4) 右投左打

3番ファースト 富沢(3) 右投右打

4番ピッチャー 山刀伐(1) 右投右打

5番レフト 笹森(7) 左投左打

6番サード 琵琶(5) 右投右打

7番センター 小国(8) 左投左打

8番キャッチャー 有路(2) 右投右打

9番ライト 延沢(9) 右投右打


字幕ではこのように打順が上から下に続くように縦向きで、更に各メンバーの打順、ポジション、名前、背番号、投げる利き手と打つ時に座る打席が左から右に続くように横書きで表記されている。

北郡球場のバックスクリーンには、1塁側のN`Carsのスターティングメンバーが右側に、3塁側の中山越ナローズのスターティングメンバーが左側に表記されているが、今度は向きを90度変えて、打順が左から右に横向きで、各メンバーの打順、ポジション、名前が上から下に続くように縦書きで表記されている。

メンバーを挙げたところで、古屋と小西はこの試合の見所に話題を移す。

『小西さん、この試合の見所はどこだと思いますか?』

『まずは初出場のN'Carsが一体どのような野球をしてくるか、ですね。それに中山越ナローズが大黒柱、山刀伐を中心にどう立ち向かうか、この2つが大きな焦点ですね』

焦点がはっきりしたところで、今日この試合を担当する4人の審判がグラウンドに姿を現した。それを確認した古屋が実況する。

『さあ今4氏審判が出ました。両チームの選手たちもベンチ前に整列します。1塁側N'Carsが後攻め、3塁側中山越ナローズが先に攻めます』

「いきましょう」

この球審の一言で、

「っしゃあ行くぞ!!」

「おー!!」

「行くぞっ!」

「おぅ!!」

両チームの選手が各主将の号令で一斉にホームプレートの前までダッシュした。すかさず古屋が、

『両チームの選手たち、そして4氏審判が駆け足でホームプレートを挟み整列しました』

と実況する。この台詞に間髪入れずに、球審が号令をかける。

「ではこれから1回戦の第3試合を始めます…、礼!」

「お願いします!!」

両チームの選手がお互いに脱帽の上、一礼。すぐに永田がN`Carsのナインに声を掛ける。

「よし、がっちりいこうぜ!!」

「おー!!」

ナインもそれに応えて、それぞれの守備位置に就く。

『お互いに挨拶を交わしてまずN'Carsが先に守備につきます』

古屋の実況に続いて、ウグイス嬢が場内にアナウンスする。

『お待たせいたしました。第3試合、N'Cars 対 中山越ナローズの試合、間もなく開始でございます』

『ではそのN'Carsの守備陣を場内アナウンスに合わせて紹介します』

古屋は守備に就いたN`Carsナインの紹介をウグイス嬢に委ねる形をとった。

『まず守ります、N'Carsのピッチャーは片山。キャッチャー、関川。ファースト、三池。セカンド、梶原。サード、都筑。ショート、小宮山。レフト、桜場。センター、萩原。ライト、永田』

グラウンドにいる9人全員の紹介が終わったところで、

『この永田がN'Carsのキャプテンです』

と古屋が追加する形で実況した。

ウグイス嬢は続けて、

『審判は、球審、冨田。塁審、一塁、重松。二塁、久保。三塁、十津川。以上4氏でございます』

と、グラウンドにいる4氏審判を順々にアナウンス。古屋がこれに、

『三塁塁審の十津川さんは奈良県からの派遣審判員です』

と追加した。


―よし、おめだつ、思い切りやってこい。

監督は内心で選手たちに檄を飛ばした。

「初回大事にね」

「1人ずつアウトにしていこう!」

三池と都筑は実際に声に出して、それぞれ片山に檄を飛ばす。

『さあ、先頭の堺田が右のバッターボックスに入ります』

片山の投球練習と内野のボール回しが終わったところで、堺田が右のバッターボックスに入る。

―愈々やな。開次、わかっとる思うけど初回から思い切り腕振ってガンガンストライク入れてこな。

―ああ、初っぱなからいくで。

関川と片山はサインのやり取りを交わす。その上で関川が、

「しゃあ、締まっていくでぇ!!」

「おー!!」

ナインに檄を飛ばす。ナインはそれに応えると、関川はすぐにキャッチャーズマスクを被る。

『1回の表、中山越ナローズの攻撃は―1番 ショート 堺田。ショート 堺田』

「堺田、甘い球は逃すなよ」

「打てる球は打っていこう!」

ウグイス嬢のアナウンスから間髪入れずに、中山越ナローズのナインが堺田に声を掛ける。

「しゃあこい!!」

右打席に入った堺田が気合いを入れると、冨田球審の、

「プレイ!!」

このコールに合わせて、試合開始を告げるサイレンが高らかに鳴る。NCの初戦、ついに始まった。

振りかぶった片山。

―ええか…、初球から思い切りいくでぇ!!

打席の堺田。

―まずどんな球だ。甘い球は逃さずに…、


パーン!


―…はい?

片山の右腕から放たれた白球が、関川のミットを叩くように収まる。一瞬、堺田は自分の目を疑う。

「ストライーク!!」

冨田球審が右腕を挙げてコール。今の球を見た実況の古屋と解説の小西が、こう話す。

『初球真っ直ぐは141km/hと出ました!! 小西さんこれは…、なかなか良いピッチャーじゃないですか?』

『そうですね、かなり思い切り腕を振って投げてきましたね』

―えー…、ブルペンの時より余計速く見える…。真っ直ぐなのに…。気のせいか?

『2球目』

「あっ!」



パァン!



初球の印象を引き摺ったか、堺田は2球目を振り遅れる。

「ストライクツー!!」

『これもストレートですが振り遅れて早くもツーストライクと追い込まれました、堺田です。球速以上に何かこう…、気持ちが強く前に出ている、そんなピッチングにも受け取れますね』

『そうですね、まだ2球だけですが思い切りの良いピッチャーという印象が強いですね』

古屋と小西がこう述べた中で、

『さあ3球目…、』



パーン!



「うわマジか…」

結局片山のストレートの速さに、堺田は対応できなかった。

「ストライクスリーッ!!」

3球目を捕ったばかりの関川が、

「ええよ開次、ナイスピッチン!」

と片山に声を掛ける。これに続いて、

「開次良いよー、球走ってるぞー!!」

「ワンアウトワンアウトー!!」

都筑・小宮山の三遊間コンビが揃って声を掛ける。

『バットを一握り短く持って真っ直ぐに対応しようと試みた堺田ですが、ここは3球ストレートで空振り三振に倒れました。先頭バッター出塁することができません』

『2番 セカンド 赤倉。セカンド 赤倉』

『次は左で小技が巧い赤倉です。この赤倉は攻撃面では何でもできる選手』

堺田の第1打席の結果を実況した後、ウグイス嬢のアナウンスに合わせて赤倉のプレースタイルを

紹介。

「堺田ドンマイ、まだ初回だ。赤倉塁に出ろ、そしたら必ず返すぞ!!」

「見せろお前の小技を!!」

3塁側ベンチに戻る堺田と、打席に向かう赤倉にそれぞれ声を掛けた山刀伐を先頭に、こちらも士気を上げる中山越のナイン。一方のN`Carsバッテリー。

―何が小技やねん。バッターが何してこようが全く関係ないわ。

―小技どうこうに掻き回されへんと、強気でミットに投げてこい。

―ああ、そのつもりやったで。

実況や相手ベンチからあれだけ小技の巧さを強調されているのに片山・関川2人とも興味を示さない。

―堺田には3球全て真っ直ぐ…、ということはその真っ直ぐで押すタイプ。ならばオレへの入りも…、


スパーン!


「ストライーク!!」

1ストライクは取られたが、赤倉にとっては前以て読んでいた通りのストレートだった。

『初球はインコースの低めにズバッと決まりました!』

「いいぞ開次、ナイスボール!」

今度はセンターの萩原が声を掛ける。

―やはり真っ直ぐ…、しかしあれだけ内角を突いてしかも低めに入れるとは…。どうやら速いだけじゃない、インを突く度胸も十分あってその上コントロールも良いようだ。だったらそれを掻き乱す方法は…、

今の1球を分析した上で、何やら赤倉は策を企てたようだが、

―マウンドに立った以上、やることはたった1つ。バッターを1人ずつ打ち取って、1イニングずつ0に抑えることや!!

片山はやるべきことに集中しているので、企てたことを気にしていない。

『第2球…、』


スッ。


『あっ、バントか!?』

―アホ、関係あるかい!

赤倉はバットを寝かせたが、片山は構わずストレートを投げ込む。



バシィ!



「ストライーク、ツー!!」

赤倉は1度寝かせたバットを自分のほうに引いて見送る。

『赤倉、バントの構えを見せて見送りました。投球はストライクです』

―そうやって何回もバントの構えで揺さぶっていくんは見え見えや。ダッシュしてきたところを引いて見送るやろ、ましてや序盤でランナー居らんかったら、執拗に何球でも揺さぶって最後は打つか選ぶかして出塁のパターンやんか。

赤倉のバントの構えを、関川は転がすのではなく、相手のバッテリーを揺さぶることを目的としたものと読んだ。

―うーん、今の赤倉の構えでダッシュしなかったって…、普通バントの構え取られたら一・三塁は投球モーションと同時に、ピッチャーは投げ終えたらバッターに向かってダッシュするもんなんだけどね。

山刀伐もこれには不可解な態度を示した。

『3球目…、あっ、再びバントの構えだ!!』

―こうなったら球数を稼いで…、何!?


パァン!


「あ…」

「ストライクスリーッ!!」

2ストライクと追い込まれたことで球数を稼ごうとした赤倉だったが、稼げなかった。

『2者連続三振! 赤倉、3球目はバントの構えからヒッティングに切り替えるバスターを試みましたが…、最後インハイに思わず釣られてしまいました』

「よぉし、ツーアウトツーアウト!!」

「最後までビシッといこう!」

片山の快調な出だしに、1塁側ベンチも士気が上がる。

「富沢」

「ん?」

「全部真っ直ぐ。インコースでグイッと抉ってくるから」

「そうか…」

第1打席は空振り三振に倒れた赤倉は、次のバッターである富沢に今の投球を伝える。

『3番 ファースト 富沢 ファースト 富沢』

―赤倉はインコースにくるって言ってたけど…、とりあえずインコース待ってみるか。

富沢は今の赤倉の情報を基に、自分なりに狙い球を絞る。

『N'Carsのエース・片山の立ち上がり、2者連続三振という快調な出だしでツーアウトまできました。中山越ナローズはここから中軸です。如何にチームの大黒柱・山刀伐に廻すか』

片山の立ち上がりの良さに触れつつ、中山越打線が中軸に入ったことを伝える。すると、

―ん?

関川が富沢の構えたスタンスに目をやった。

―左足が開いとる…、インコース待ちときたか。開次、読みの裏をかくっちぅ意味で、今度は全球アウトコース。但し1球たりとも遊んだらアカンで。

―わかった。ここで抑えたる。

関川の要求を片山は快く了承した。

―こいインコース、懐に入ったら先制アーチだぜ!


パシッ。


「え」

しかし、初球は待っていた球ではなかった。

「ストライーク!!」

「あれ…」

ちょっと驚く富沢。

『先程までとは一転して、今度は外から入ってきました。やはり中軸となってちょっと慎重に入ったか』

『コースはそう見えますけど球の走りを見る限りボールまではそうは見えませんね』

古屋と小西は、富沢への初球の入りをこう推測する。

―えっ、じゃあこれ…、いや違う。様子見で1球外へ放ったのか。間違いがなければ次は今のより中寄りに入ってくる。ストライクをとれたらその後もストライクをとりにいきたがるのがピッチャーだって山刀伐言ってたから…。

全球アウトコースのリードかと読みかけたが、それを否定して、今度は山刀伐のコメントを基にする形でインコース狙いを続けた。

―スタンスは変えてへん。よし、徹底してアウトコースや。

―おっけ。次も…?

―真っ直ぐ。

―よっしゃ。

2球目も外のストレートと決めるバッテリー。

『第2球…、』

―中に入ったら今度こそ先制アーチ…、


バシィ!


「ストライクツー!!」

―あ、あれ…?

狙っているインコースの球が来ない。

『これも外に決まってテンポ良くツーストライクと追い込みました、N'Carsの片山・関川バッテリー』

―おいおい赤倉…、これ違ぇじゃん。インコースって聞いたけどこのバッテリーアウトコースに攻めてるぞ…!?

―おかしいな…。オレの時はインコースを突いてきたのに。

3塁側ベンチを見て内心で富沢は赤倉に確認する。赤倉は自分の時の投球をもう一度振り返る。そこに泉監督が、

「単純に中軸を攻める時の基本に徹底しているだけだべあれ」

と今の2球を分析する。

「監督…」

赤倉が真っ先に反応する。泉監督は分析の上で、

「クリーンアップの3人にはアウトコースで攻めるのが基本、だから前のバッターに対して攻めてきたのがどこのコースでどんな球だったからって、次のバッターにもそれが当てはまるとは限らない。大怪我しないクレバーな選択ができる良いバッテリーだと思うな…」

と続けた。時を同じくして富沢が、

―アウトコースに2球、しかも真っ直ぐ…。ん? 待てよ、ここまで真っ直ぐしか投げてないんじゃ…!?

コースではなく、球種に視点を変えてみたところ、ストレートしか投げていないことに気づいた。

『3球目はどうするか。N'Carsのバッテリーとしてはなるべくこの富沢で、つまり山刀伐の前で切りたいところ。一方の中山越ナローズとしては2アウトですから何とかこの富沢が塁に出て山刀伐に繋げられるか』

古屋もここが最初のポイントと言わんばかりに実況する。

―3球目は?

―3球勝負がええ。

―よっしゃ、スライダーや。コースは真っ直ぐとほぼ同じところでええ、この富沢にはストレートでも変化球でも徹底してアウトコースや。

―外のスライダー…、よしわかった。

―目一杯腕振って投げてこいよ!!

バッテリーがアウトコースのスライダーと決めた上で、関川は内心で檄を飛ばしながらグイとミットを前に構える。

『3球目…、』

―掛かれっ。

―真っ…、何!?



ガチィ!



「ファールボール!!」

N`Carsのバッテリーが読み勝って富沢はスライダーに引っ掛かりかけたが、バットの先に当たって1塁側ベンチの前に転がる。

冨田球審が両腕を挙げてコール。

『1塁ベンチ前へのファールです。スライダーでした』

関川が球審の冨田さんから新しいボールを受け取り、片山に返す。そして片山は冨田さんに一礼。

『1つスライダーを見せてきましたバッテリー』

―で、次は。

―1球見せるか? …あーでもそれもな…。ここまで外ばっかのリードやったから、この際…。

関川が座る位置をアウトコースからインコースに変える。

―内側? うん、だってもうスタンスが…、悟られとるもん。全部アウトコースくるて。

徹底してアウトコースに投げていた片山も、富沢のスタンスが変わっていることに気づいた。

―よし…、ここは徹底したいとこやけど、インコース、ストレート。ボールなってもええから、振らせれば勝ちでも今は内側にだけ集中せぇよ。

富沢のスタンス変更を受けて、バッテリーは配球をインコースのストレートに変える。

『サインが決まって4球目…、』



ビシィ!



「とっ」

思わず富沢はストレートをよける。

「ボール!!」

『おっ…、と、1球内側、体に近いところに投げてきました』

―よし、これでええ。

―次の球で決めよ。

―外低め、ここにズバッと決めたれ!

―よっしゃ。

関川が再びアウトコースに座り、片山もそれを了承する。

『1球外したあとの第5球、勝負にいくか』



キィン!



外低めの球を富沢は打ち返す。

「ライト!!」

関川がマスクを外して、ライトの永田に指示する。

『これはややバットの先、ライトのライン際への打球です。スライスする分難しいが…』

逆方向への打球なので、フライがスライスしながら弧を描く。

―よし永田、そのままライン際まで落下点に入って…。

―捕ればチェン…、


と、思いかけた矢先だった。



バスッ。



「へ。」



『ああっと、ライトボールを落とした! この間にバッターランナーは2塁へ!』

―え…、打ち取ったやん…。

打球の行方を目で追っていた関川も、落下点に入った永田も、打球がライン際にスライスしているとはいえ捕れる範疇の筈のフライである。当然捕れる筈だった打球を、永田はグラブで掴み損ねて落としたのだ…。

打った富沢は2塁まで進んだ。マウンド上の片山は呆然としている。

『ライトのエラーが記録されました。2アウトからですが相手のエラーで中山越ナローズは先制のチャンスを迎えました。得点圏にランナーを置いてチームの大黒柱、山刀伐に廻ります』

バックスクリーンのスコアボードにはエラーが表示され、N`Carsのエラーの数である1も同時にエラーの枠に表示される。

『4番 ピッチャー 山刀伐。ピッチャー 山刀伐』

山刀伐を迎えるところで、古屋と小西が、

『中山越ナローズとしてはもらった格好でチャンスができましたから、なんとかものにしていきたいところ。一方のN'Carsは2アウトから味方のミスでピンチを招いてしまいましたから…』

『そうですね、ここはまず切り替えて、2アウトですので落ち着いたプレーでピンチを切り抜けたいですね』

と両チームのやるべきことをそれぞれ語る。

―ゴメン本当…。

今のエラーを気落ちしつつも謝る永田に、

「永田ドンマイ、誰でもミスするもんやから次大事にしていこ!!」

「絶対に抑えたるから、バックも頼むで!!」

関川、片山がそれぞれ声を掛ける。これをきっかけに、

「おー!!」

「いつでもこい!!」

NCナインは気合いを入れ直す。

―初球勝負…。エラー直後は叩き頃だ。ファーストストライクをライト方向へ持っていくだけだ。

―絶対抑えたる。このままズルズル流れを渡さへん。

この試合初めてのエース対決に、山刀伐と片山がお互いに内心で闘志を燃やす。

『セットポジションからランナーを見やって…、初球』

―絶対に点やらへん!!



キン!



―まずい、上がった。

『外のストレートを山刀伐はライトへ…、しかしこれも上がった打球』

先程と同じような逆方向へのフライだが、今度はそれ程スライスしていない。

「オーライ!!」

―これはさすがにいけるか…?

永田、落下点と思われる位置でグラブを構える。

―んっ?




パカーン!




「え…」

この瞬間、北郡球場は一瞬の沈黙。

『ああ―っと、ライトボールを一瞬見失ったか、頭部に打球が直撃!!』

「な…」

永田は頭部を押さえて、その場で蹲る。関川と片山は今のまさかのプレーにまたも啞然。

「瞬カバー!! 栄次中継や!!」

関川の指示で萩原はボールのカバーに、梶原はボールの中継に各々入る。片山も本塁のカバーに走る。

「ボール捕ったらバックホームや!!」

『ボールは右中間の遥か後方へ、その間にセカンドランナーまずホームイン、打った山刀伐も3塁を廻ってホームへ!!』

バックホームの指示を出した関川のすぐ後ろのホームベースを2塁ランナーの富沢が駆け抜けてまず1点。

「栄次!」

「よし!」

パシッ。

「あ…」

カバーの萩原から中継の梶原にボールが渡ったが、既に遅かった。

『ボールは内野に返ってくるだけ、山刀伐も今ホームイン! 先制は中山越ナローズ、なんとノーヒットで2点を先制しました!!』

山刀伐もホームに滑り込んで2点目。1回表の中山越ナローズの得点を示す2が、早くも1回表の枠と合計得点の枠に灯る。同時に先程同様、エラーの表示とN`Carsのエラーの枠に2が灯る。

―あらぁ〜…。

―なんぼ何でもまさかやろ…。

ベンチにいる徳山監督も、本塁のカバーでファールグラウンドにいた片山も信じられない様子だった。

球場内の観客も一瞬の沈黙の後すぐに大爆笑に変わってしまった。しかも球場内に止まらなかった。それもその筈、球場内外でこんなやり取りがされていたからだ…。



『ヘディングとかマジかよwww』


『ヘディングワロタwwwwww』


『しかもやった奴キャプテンとかどんだけこのチーム酷いのwww』


『駄目だ今抱腹絶倒してるわw』


『低レベル過ぎww』


『もはやネタのためだけに出てきたようなチームじゃんマジ』


『同感』


『これでもう決まったっしょww』


『この部分だけ持ち上げられそう(笑)』


『絶対ネタ候補だわこれ』


『早速ネットにてネタになった模様』


『ライトは完全なザルじゃね?』


『いや他もザルでしょ、キャプテンがああだもん』


『初陣チームって何かしら話題になりそうなもん持ってるから期待したら話題どころかネタかよwww』


『今日のおいしいとこ頂いたわw』


『ラ イ ト へ 飛 ば せ ば 大 丈 夫』


『決着ついたな』


『ヘディング乙』


『ネタ乙です』


『ネタってヘディングの意味?』


『うん、ファッ!? って思ったらその答えがこれだったっていうww』



…もはや球場を飛び越えている。それだけ今のプレーが異常だったのか。

『記録はまたもライトのエラーと発表されました。永田ですが、直後は痛がっていたようですけど大丈夫そうですね』

『大事に至らなくてなによりです』

頭部を押さえて蹲っていた永田も無事に起き上がり、大丈夫という仕草を萩原含むナイン全員に見せる。古屋と小西もこれに安堵した様子だった。


しかし…、マウンド上の片山の様子がおかしい。それだけでない。NCの選手も、1塁側アルプスの応援団も…、皆様子が変だ。


―おい観客ども、永田をようバカにしくさったな。

―プレーヤーのミスをネタにするヤツ程赦せへんヤツは居らん。

―何バカにしてんのアイツら…。

―アイツらこそオレらより巧いプレーできんのかよ。

―コイツらこそ真っ先に倒したいヤツらだな。

―これ以上は赦さん。もう1点もやらねぇ。

―外野手じゃないのにバカにするとかムカつくわ。

―何様だよアイツら、行動で示せやプレーヤーじゃねぇ連中がよ。出任せで言ってんじゃねぇよ。

―恥かかせた最大の張本人たちだなコイツら。

―少しはこっちの身にもなれや、どっちの応援団でもねぇ観客よ。

―こんなヤツらにだけは負けたくねぇな。

―口だけで行動しないヤツらは除け者だぞ。

―野球バカにし過ぎだろ、プレーヤーに対して失礼だ。

―コイツらムカつくから安易に関わんないほうがいいみたいね。

―余所者の上から目線の意見なんて誰が聞くか。

―卑怯者だろ、意見だけで済ませるヤツらさぁ。

―バカにして恥かかせたヤツらにはその分きっちりお返ししないとね。

―こんなヤツら大迷惑だから無視しよ。オレらはオレらのことだけに徹しよう。

N`Cars、背番号の順にナインが徐々に陰で怒りを燃やし始めた…。


『5番 レフト 笹森。 レフト 笹森』

『さあ2点を先制してなおも2アウトで笹森が左バッターボックスに入ります』

「笹森ライト狙え!」

「そうだ、あっちのほうに引っ張れ!」

―は? 何言うてんねんコイツら。余所者はもうシカトや。

心無い野次ともとれる声援に、片山は陰で怒りを燃やし続けた。

「続け笹森!」

「塁に出て3点目だ!」

―中山越の連中はまだマシ。

3塁側ベンチからの声援の内容から、中山越ナローズのナインに野次の意図はないと関川は冷静に判断した。つまり先程からNCナインが1人1人陰で燃やしている怒りの矛先は心無い観客の言動だった…。

―先制した勢いで次の1点取りにいく気だな。

徳山監督は相手の意図をこう推測する。

―けどな、もう1点もやらへんて…、

―ファーストストライクは思い切り振ろう。

―決めたんや!!




パーン!




「ストライーク!!」

片山と笹森の思いが交錯した初球は、まず片山がとった。

―え…?

『初球から思い切り振っていきます笹森、しかし空振り!』

―おかしい、ストレート狙ったのに…?

ファーストストライクを思い切り振ると決めた笹森だったが、空振りしたことに疑問を抱いた。

「今まで以上に力込もってるな」

「はい、かなり気持ちが込もっていた球でした」

―うーん、山刀伐も同じ意見か。

すると泉監督。

「笹森、気持ちで負けんな!」

「はい!」

山刀伐の意見を踏まえてこのアドバイス。

―いくで浩介…、オレかて気持ちで負けへんわ!!

『2球目…、』


―気持ちで…、




カ、




―負けない!!




キィン!




『打ち返した打球はセンターへ!! やや右中間寄りから前に出てきて…、』



パン。



『掴みました。センター萩原掴んで3アウトチェンジです』

お互い強気で挑んだ2球目、結果はセンターフライで片山に軍配が上がった。

「ああ…」

「惜しい惜しい、ナイバッティン!」

「うん」

凡退した笹森に気持ちがプラスになる声掛けをした直後、

「さあ確り守ってけよ!」

「はい!!」

「しゃあいくぞ!!」

「おー!!」

泉監督の檄と、山刀伐の音頭でN`Carsナインと入れ替わるように今度は中山越ナローズナインがそれぞれの守備位置に就く。



『それでは1回裏、これから中山越ナローズの守備陣を場内アナウンスに合わせてお伝えします』

『守ります、中山越ナローズの、ピッチャーは山刀伐。キャッチャー 有路。ファースト 富沢。セカンド 赤倉。サード 琵琶。ショート 堺田。レフト 笹森。センター 小国。ライト 延沢』

先程と同じように、古屋がウグイス嬢に委ねる形で守備に就いた中山越ナローズのナインを紹介する。



その頃の1塁側ベンチ。1回表の守備から引き揚げてきたNCナインがベンチ前で円陣を組んでいる。

「いや…、皆さんすみません」

「ええからええから。ミスは誰にでも付き物やで」

「そうそう、まだ1回だから打って取り返そう」

永田の謝罪に、関川と桜場がそれぞれフォローする。その上で、

「そだぞ永田、まだ1回だ。今あったみてぇに、ミスやらかしても構わねがら今は全力で思い切りプレーすることだ。これから攻撃だけんど、バッティングだって思い切りスイングすることだけ専念しろ。中途半端さなんねで、来た球を思い切りかっ飛ばしてこい。いいな!?」

「はい!!」

徳山監督が、永田をフォローしつつナインに檄を飛ばす。その後、永田は円陣の真ん中に入り、

「えーと、私の大失態に皆さんにご迷惑おかけしましたが、今監督が仰ったように、とにかく、思い切りかっ飛ばしていきましょう」

と、改めてナインに檄を飛ばした。

「うぉっし」

「よっしゃ」

ナインも気合いを入れる中、永田は関川に目線をやる。

「じゃーまずは」

関川が人差し指で「1」を示す。

―まず1点、ってことか。

関川のジェスチャーを見て、何をすべきかわかった永田は、

「1点取るぞ!!」

と音頭をとる。

「っしゃあ!!」

「瞬、涼、頼むぞ!!」

ナインは円陣で気合いを入れると、これから打席に向かう萩原とネクストバッターズサークルにいる小宮山に各自で檄を飛ばす。


『さあ今度は公式戦初出場のN'Carsの攻撃。1回の裏、2点を追いかけます』

『1回の裏、N'Carsの攻撃は、1番 センター 萩原。センター 萩原』

そしてそのアナウンスが終わると同時に…、

「えっ!?」

「また流れてる」

「さっきのシートノックでも流れてたジャズの曲…」

シートノックの後と同じく、1塁側アルプススタンドからまたも聴こえるジャズバンドの演奏。ナインが次々に気付き、永田は監督に質問すると、

「監督、もはや応援歌と考えるべきでしょうか?」

「んだ。オレが手近だけど呼んできた貴重な応援メンバーだがら」

と監督は答えた。

―貴重、って…。

この表現に半ば苦笑気味の永田だったが、しかしスコアラー用の席に座っていたマネージャーの井手が、

「私はこの応援歌好きだなぁ」

と発言。

「えっ」

「真奈美ちゃんマジか」

永田と都筑が反応すると、

「逆に新鮮味があっていいじゃない」

と井手は答えた。

―へぇー、真奈美ちゃん意外と好意的。

永田は打撃用のヘルメットを棚から取りながら、この井手のプラスの姿勢に感心した。

しかしこれにも外部のアンチは黙ってないようで、



『この応援歌変わってね?』


『ブラバンにしちゃあ変だぞ』


『N'Carsはヘディングと変わった応援歌のチームなのか(笑) これまた個性的な(笑)』


『ヘディングはともかくこの応援歌聞いたことないな…』


『えっ、オレはどっかで聞いたような…』


『それ気のせいでしょ』


『いや、応援の場じゃなくてさ』


『喫茶店に行ったらだいたい聞いてそう』


『そう、それ』


黙ってないことはそうなのだが、しかし先程までと比べると全体的にコメントに丸みが出てきた模様。


―んー、ありゃジャズバンドだな。

思わず山刀伐も見とれている。

「プレイ!」

―っと、今はピッチングに集中、集中…。

しかしすぐに気持ちを切り替えた。

『萩原はスイッチヒッターの登録ですがマウンド上は右のオーバーハンドの山刀伐ですので左打席に入ります』

『2点を結果的にはもらったということになりますがしかし自分のバットで先制点を呼び込みましたからね、それだけにこの試合の山刀伐の立ち上がりにも注目したいと思います』

打席に向かう萩原を古屋が紹介して、小西は山刀伐の立場で解説を入れる。

『その初球』

―全力で思い切ったプレーをするなら、バッティングも…!!




カキーン!




「おっ!?」

「お!?」

N`Carsのナインが揃って驚く。萩原が意を決して放った打球は、

『初球センター返し! センターへの難しいライナーだが!?』

「小国ー、最低でも体で止めろー!!」

有路が小国に向かって叫ぶ。小国は頭からダイビングキャッチにいく。



ポーン!




『小国ダイビングで捕りにいったが捕れない! センター後方へ転げる間に萩原は2塁から…、もう3塁に向かっている!!』

「げぇ速っ」

「よしみっつだ瞬、滑り込め!!」

観客が萩原の俊足に驚く。サードベースコーチャーの沢中が萩原に大声で指示を出して、萩原は3塁に滑り込む。ボールはセンターの小国から中継に入ったショートの堺田で止まった。

『バッターランナーは3塁へ、ボールは内野でストップ! 両チームを通じてこの試合初めてのヒットはスリーベースヒットです!』

「瞬ナイスバッティング!!」

「よっしゃ涼、還せよ!!」

ナインがまず萩原の3塁打を称えて、次にネクストバッターズサークルから打席に向かう小宮山に檄を飛ばす。

『2番 ショート 小宮山。ショート 小宮山』

『さあ、点を取られた直後に得点のチャンスを作りましたN'Carsです!!』

『まずはこの萩原を還すことですね、中山越ナローズが2点を取った直後ですのでここで1点を還すとより勢いがつくと思います』

ウグイス嬢、古屋、小西の順にアナウンスする。

―とにかくファーストストライクを思い切りスイングする。今の瞬のバッティングを無駄にしない。

「涼怯むな、初球から一気にいけぇ!!」

萩原の3塁打と檄を受けて、内側で闘志を燃やす小宮山。

―まずいな…、オレが試合を作るべき立場なのにもうこんな状況かよ…。

―1点は仕方ない、とにかくゴロを打たせてアウト1個取ろう。

一方の中山越ナローズのバッテリー。中山越ナローズとすればピンチの場面だけに山刀伐がこの状況を良しとしない中、有路は割り切った作戦を提示した。

『中山越ナローズの内野陣はそれほど前には出てきていません』

『2点リードしていますからここはまず1点と引き換えにアウトを1つ取ろう、ということですね』

中山越ナローズのポジショニングを古屋が実況して、そこに小西が解説を入れる。

―フライでもいいけどそれじゃ長打を食らいかねない。2番だけど今は低めを丹念について打たせて取るピッチングに集中しよう…。

山刀伐は改めて、自分のすべきピッチングを確認して、集中した。

『さあ、2点を取った直後、ノーアウトランナー3塁。すぐに反撃に転じたN'Cars、ここは1点でも返していきたいところ』

―初球、低めにストレート。これで空振りを取れたらあとは散らすのみ…。

―有路さんストレートですね、よし、ここは0で終わらす。

有路のサインを受けて、気持ちを集中させた山刀伐はセットポジションをとる。

『ランナー3塁、セットポジションから第1球』

―バッテリーミスを第一に考えるなら入りは…、



真っ直ぐ一本!!



キィン!




「!」

山刀伐が驚いた時には、もう打球はレフトの前まで抜けていた。

『速い当たり、三遊間抜けました〜!!』

「やった!」

「ナイバッチ!!」

1塁側ベンチでN`Carsナインが盛り上がる中、萩原がホームに還ってくる。

『3塁ランナーホームに還って2対1、N'Cars僅か2球で1点を返しました!!』

打者として理想的な速いゴロの打球で三遊間を破った当たり。ストレートを狙い打った小宮山の勝ちだろう。

『中山越ナローズの先発・山刀伐としては…、相手の鮮やかな速攻で出鼻を挫かれてしまった格好ですが』

『ここはランナー1塁ですから、切り替えて守っていきたいところですね』

テンションを上げて実況した後、再び元のテンションで山刀伐の立場で古屋が実況した後、小西が解説を入れる。先程と同じようなパターンだ。

「ここ1点で守りきろう、それ以上点をやらなかったらこっちのペースだ」

「わかった、ダブるか」

「うん、それがいい」

中山越ナローズの山刀伐・有路バッテリー、今度はお互いに口頭でやり取りを交わす。

『3番 ライト 永田。ライト 永田』

―2点目は絶対に取りにくる…、とすればここは送りバント。

有路の読み通り、永田は打席に入ると同時に送りバントの構えを見せる。

「いいが、次の1点大事だぞ」

―という伏線のバントだ。ここは確り決めてけろ。

1塁側ベンチから徳山監督が声を掛けつつ、内心で説くように呟く。

『永田は早くもバントの構え。山刀伐はファーストストライクをN'Cars打線に狙われている分苦しいピッチングです。ここを切り抜けられるか』

―最初にうちが2アウトからミスで点取られたけど今度は向こうがうちの速攻で浮き足だってる…。

―送れば次は和義やから、ランナー2塁は必須事項。

徳山監督と関川が、現況と今すべきことをそれぞれ内心で語る。

『ランナー、じわじわとリードが大きくなっていますが第1球…』

―決めるか?




カッ。




「あ…」

徳山監督の期待も束の間、永田は失態のあまり思わず声を上げてしまった。




バシッ。




『あっとバントがフライになった! キャッチャーこれを捕って1アウト!!』

「アカン、涼戻れぇ!!」

「げっ」

今のフライを見た関川が慌てて小宮山に指示、大きくリードをとっていた小宮山は慌てて1塁に戻る。

『そしてランナーが飛び出した1塁に送球、際どいタイミングだが!?』

「アウト―!!」

小宮山はヘッドスライディングで1塁に戻ったが、それよりも早く有路の送球が1塁ベースに付いていたファーストの富沢のミットに渡った。

『1塁もアウト、ランナー戻れずダブルプレー!!』

「うわああ」

「マジか…」

ムードが再び沈み気味に。

―最悪のパターンになってもうた…、また一から作り直さな…。

―エラーといいダブルプレーといい…、ついてねぇな永田…。

ネクストバッターズサークルに向かおうとする関川も、仕切り直さなければならないムードに落胆気味。徳山監督は永田に同情して内心で呟く。

『同点のランナーが1塁にいましたが送れず。ランナーいなくなって2アウトランナーがありません』

『4番 ファースト 三池。ファースト 三池』

「永田もうあれキャプテン失格でしょ」

「こんなのよく入れたよなあ」

「さっさと野球やめたら?」

「そうね、それがいい」



カチン。バックネット裏にいた観衆の野次に、まず片山が手にとったばかりのバットの先端で地面を叩きキレた。続いてネクストバッターズサークルで待機していた関川も聞き捨てならないとばかりにバックネット裏の野次を飛ばした観客をチラッと見やり、その方向に向かって眉間に皺を寄せ始めた。

「浩介」

「何や開次」

「あんなアホ共、一振りで黙らせたろな」

「おう。和義、この球場に居るアホな観客共全員黙らせたれ!!」




キィ―ン!!




「へっ?」

三池が打った後の体勢のまま、打席内で立ち止まっている。




『レフトへ大きな当たり!』

「こらあ和義、何そこに止まっとんねん、打ったら走らんかい!!」

片山が三池を叱り飛ばすと、

「あ、そだ」

三池、慌ててバットを置いて1塁に走る。

―正真正銘のアホはアイツかもしれへん。打ったら走るは野球の基本やろ。

―そして打球も…、えっ?

片山と関川が呆れる中、



ポーン…!




「えっ!?」

なんと、三池の一振りは左翼席まで届いてしまった。

「な、何!?」

「ええ!?」

中山越ナローズバッテリー、今の一打に2人とも唖然とした。

『三池、初球攻撃はレフトスタンドに入る同点ホームラーン!!』

「うそ――ん!!」

『これには打たれた山刀伐もですが逆に打った三池のほうが唖然としています。中山越ナローズとしてはダブルプレーを取った直後だけに…』

『ちょっと勿体なかったですね…』

―ゲッツー…、これで余計に気持ち浮いてたんだな。キャッチャーとして情けない。

有路は自らの打者へのケア不足をこう嘆いていた。

『三池、今ホームに還ってきてこれで2対2、N'Cars同点に追いつきました』

「和義ナイバッチ!!」

「おめ本当すげぇパワーだな。大したもんだ」

同点の1発を放った三池を、監督含めN`Carsのメンバー全員が称える。

『それにしても4球で同点ですか』

『ファーストストライクを狙われてますからね、ちょっとその分バッテリーに焦りが出ているか』

『5番の関川を迎えるところで中山越ナローズは内野陣が一旦マウンドに集まります。そして初回ですが3塁側ベンチから伝令が出てきまして1回目の守備のタイムをここでとります』

―この先打たれるかもしれへん可能性を考えて間を取ったか。

中山越ベンチから伝令を飛ばした意図を、右のバッターボックスの手前まで来た関川がこう推測する。

マウンド上では、バッテリーと伝令を含めた中山越ナローズの内野陣が円陣を組んで作戦を確認している。

「2アウトとってまだ同点だからとにかく切り替えて落ち着いて守っていくことと、山刀伐」

「ん」

「ファーストストライク狙われてるならボール球挟んでもいいからコースや球種散らせ、って」

以上が泉監督からの指示のようだ。

「わかった。だそうです有路さん」

「じゃあ思いきって初球ボールから入るか?」

「はい、そうしましょう」

「じゃあ改めて、しまっていくぞっ!!」

「しゃあっ!」

バッテリーが指示を基に改めて作戦を組み立て、有路の音頭で内野陣が気合いを入れ直すと、全員元の場所に戻った。

『伝令が3塁ベンチに、内野陣が守備にそれぞれ戻ります。小西さん今のこのタイムは…、つまりもう点を与えないための…?』

『そうですね、とってすぐとられていますから流れを渡さないためにもここで1度間を取ったということでしょうね』

『バッターは、5番 キャッチャー 関川。キャッチャー 関川』

―お前らがこれ以上点をやりとうないのと一緒で、こっちもバカにされとうないねん。

「プレイ!」

先程守備のタイムをとったので、改めて冨田球審からこのコールがかかる。

―初球ボールから入る、か。

―外に外して。

―OK。

先程のタイムで決めた通り初球ボールから入るべく、有路はアウトコースに外すよう要求。




バシィ!




「ボール!」

『バッテリー、初球は外して様子を見ました』

―よし、次は真ん中から外寄りのスライダー。

『有路、初球は外に完全に外す構えでしたが今度は少し内側に構えた』

―ファーストストライクは…、全部叩く!!

関川もこれまでの4人同様、積極的に振る姿勢だ。




チッ!




ビシィ!




「ストライーク!!」




『2球目はスライダー、これを掠りましたがキャッチャー確り捕って1ボール1ストライク』

―んー…、スライダーやったか。

―いずれにせよファーストストライクを狙うって姿勢はいいことだ。そんだけ相手さプレッシャーかけられっし、何より自分たちさ勢いがつく。

これは関川の狙いと外れたか掠る程度に留まったが、この姿勢の良さを徳山監督が内心で語る。

『さあ3球目』

―外、外やったら次で逆側突くか徹底するか。

―内側に真っ直ぐ。外に見慣れているし、1球見せておけば…。

―インコース…、ここだ!!

お互いにキャッチャー同士の関川と有路の読み合い。関川はインコースかアウトコースの2択に絞り、有路はインコースを要求。山刀伐もそれを了承した。



―むっ!?

しかし山刀伐が狙ったところとは若干違ったか。



―あっ、中寄りか…!!

有路、キャッチャーミットを中に寄せる。




キィ―ン!




『インコースの懐に入った球を左中間へ―!!』

―まずい!

「笹森、小国―っ!!」

有路がレフトの笹森とセンターの小国に叫ぶ。



ポーン!




しかし打球はその2人の間を抜けた。

『ど真ん中を破ってワンバウンドでフェンスに達しました!』

「よぉし、廻れ廻れ―っ!!」

「いけぇ、ふたつだふたつ―!!」

打球が抜けるや1塁側ベンチから盛んに2塁へ行くよう声が掛かる。関川は迷わず2塁へ、ボールはまたも中継で止まった。

『ボールは内野の中継へ、関川2塁ストップ! 同点に追いついて尚もランナー2塁、今度は一打勝ち越しのチャンスを作りましたN'Carsです!!』

「よっしゃ浩介ナイバッチ!!」

「開次、自分のバットで思い切りいったれや!!」

これからバッターボックスに向かう片山が今の関川の2塁打を称えて、2塁上から今度は関川が片山に檄を飛ばす。その片山は左のバッターボックスに入った。

『キャッチャーはインコースを要求していましたが…、ちょっと甘い球になってしまったか』

『目先を変えるべく今の内側の球だったということでしょうけどそれを逃さなかった関川、ナイスバッティングですね』

今の1球を古屋と小西が語り合う。やはり失投だったようだ。

『6番 ピッチャー 片山。ピッチャー 片山』

『さあもう点はやれません中山越ナローズ。一打勝ち越しの場面です』

「開次、初球から振ってってええよ!!」

「アホ、振るだけで済ませんで、打ったるわ!!」

関川のアドバイスに強気な言動で返す片山。

―とにかく低め。

―ゴロだけを打たせよう。

低めを投げてゴロアウトを狙う中山越ナローズのバッテリー。しかし泉監督はそれだけでは不十分な気がすると感じていた…。

―N'Carsの各バッターのスイングがうちの打線より鋭い。どうやらN'Carsはバッティングのチームのようだ…。低めを投げても速いゴロで抜かれる。とすれば単に低めを突くよりは変化球を低めに集めてバッターのスイングを誘ったほうが効率的だ。

『ここは山刀伐・有路バッテリーが2点で踏みとどまるか、それともN'Carsが一気に逆転するか』

―一気に外野の遥か後方まで。もう一度主導権を奪い返して、うちのペースにもっていく。

『第1球、キャッチャー低めに構える』

―仲間のミスは…、絶対に取り返す!!

片山、強気な姿勢のまま初球を狙い澄ます。




キィ―ン!




『今度は右中間へいい当たり―!!』

「何!?」

「また真っ直ぐが…!?」

中山越バッテリーがまたも驚く。




ポーン!




今度はセンターの小国とライトの延沢の間を打球が抜けた。

『これも抜けていきます!! またしても長打コース!』

「よっしゃ浩介還ってこい!」

「開次みっつだ、一気にみっつまでこい!!」

片山が関川に叫んだタイミングで、ファーストベースコーチャーの中津が3塁まで行くよう促す。関川はそのままホームを駆け抜けた。

『セカンドランナー3塁を廻ってホームイン、そして打った片山も3塁へ―!!』

片山は頭から3塁に滑り込んだ。

「ナイバッチ開次!!」

「オレらどんだけ打ってんだ」

「よーし、栄次続け!!」

1塁側ベンチに戻った関川が、3塁上でスライディングの体勢から起き上がった片山を称える。ベンチ内では、初回の連打ぶりに驚く者や、次のバッターである梶原に声を掛ける者もいたが、いずれにせよムードは良い。

『7番 セカンド 梶原。セカンド 梶原』

「これで栄次まで打っちゃったら…」

「いや、さすがに栄次だと…」

「元々バッティングはそれほど得意じゃないし…」

というナインのコメントを受けて徳山監督、

「だば、まずは転がすことだな」

という結論を出した。

『3対2、尚も2アウトランナー3塁。この回8球で逆転に成功したN'Cars、更に追加点のチャンスです』

一方の3塁側ベンチ。

「山刀伐、有路!」

「はい?」

―えっ?

泉監督、自ら3塁ベンチからバッテリーにサインを出す。

―これだ、これを投げて流れを断ち切れ。

―え…。

出されたサインに最初はきょとんとした山刀伐だったが、

―いいから。オレも覚悟の上で出したサインだから。構わず投げろ。打たれたのは全てストレート系の球だから、変化球を打たせればそこまでパカスカ打たれなくなる筈だ。

―はい…。

という理由があることを受け入れて、有路とともに投げることを決めた。

「栄次続け続け!! 開次を迎え入れろ!」

ネクストバッターズサークルに入った桜場が打席の梶原に声を掛ける。

『これ以上失点できない場面で初球、』




ビシィ!




初球は有路が構えたところと大きく違うところに外れた。

『っと、これは外に大きく外れてボール。少し引っ掛かったか?』

―スッポ抜けたか…。

―それやったらまだええほうやけどな。

片山と関川が、先の古屋の実況と同じように抜け球だと推測する。

―まずいな、このままじゃ…。

山刀伐は有路からボールを受け取ると、すぐに右手にロージンバッグをとった。

右手にロージンの粉を着けながら、心を落ち着かせて気持ちを整理する山刀伐。これほどファーストストライクを打たれた記憶がないこともそうだが、それよりも打たれたことで浮き足立っているのは実は自分ではないかと感じていた。

―さて、改めていきましょ。

ロージンバッグをマウンドの後方に置き、再度セットポジションに入った。

―どうする2球目?

―気持ちは落ち着かせたから、もう一度例の球…。

―わかった。でも大丈夫なのかなぁ…。

わかったとは思いつつも、何かと不安そうな有路。

『さあ2球目』

―気持ちは冷静に、尚且つ変化球で…、




ザッ!




「あっ!」




膝を付いて体で止めようとしたが、ボールはバックネットの方向へ逸れてしまった。

『あっと、キャッチャーワンバウンドを捕れない!』

「しまった!」

―気持ち落ち着かせても苦手はすぐに消えないか…。

山刀伐は今の1球をこう悟ったが、メンタルコントロールと苦手克服は全くの別物である。

バックネットの前まで転がったボールを有路が捕りに、山刀伐がホームベースのカバーに走ったが、目の前にあったそのホームベースを片山が駆け抜けた。

『3塁ランナーホームイン、これで初回N'Carsは4点を奪いました。記録はワイルドピッチ』

―今の変化球やったんかな。ええ具合に変化かかってたけど。

関川はワイルドピッチになってしまった今の1球をプラス気味に評価する一方、

―変化球のコントロールがいまいち良くないというアイツ最大の欠点がここで出たか…。

泉監督はマイナス気味に捉えていた。

「変化球であれだけのキレがあってコントロールがないとは勿体ない」

「初球も抜けてたしな…」

他のNCナインはこの両者の中間のコメントを述べていた。

『これでランナーはいなくなりましたので、落ち着いてバッターと対戦できると思いますが』

『そうですね、ここでまた立ち直りますと山刀伐本来のピッチングができると思います』

古屋は状況を踏まえた上で、小西に問う。小西はそれを受けて解説を入れる。

「カウント2ボール!」

バッター梶原の打撃行為の途中で場面が変わったので、冨田球審はここまでのボールカウントをコールする。

「栄次、今こそ打ち頃やで!」

「打ったらオレもホームランで繋ぐぞ!!」

―俊和、お前はシングルで十分やて。

片山に続いて桜場も声を掛けたが、片山にさらっと内心で半分否定された。




キィン。




梶原はファーストストライクを打ったが、真後ろに飛んだ。

「ファールボール!」

『2ボールからストレートを打っていってバックネット方向へのファール。やはりファーストストライク狙いだったんですね』

『そうですね、しかし積極的なバッティングはいいことだと思いますよ』

古屋の実況を踏まえて、小西が解説を入れる。

「そうそうそのスイング!」

「それであと前へ飛ばして!」

萩原と、打撃の準備をしている都筑がそれぞれ梶原に声を掛ける。

―やっぱりファーストストライク狙いだったんだ…。

―よし、次はスライダー。ストレート系の球と思って振ってくる筈だから、空振りするかバットに引っ掛けての内野ゴロになる筈。

山刀伐はこれまでの打者7人の動きを見て、改めてファーストストライク狙いと悟った。1球ファールにしたことを受けて、有路は配球を変える。

『カウントは2ボール1ストライク、打者有利のカウントで4球目』

―よし、真っ直ぐならセンターへ打ち返そう。

片や梶原、まだ打者有利のカウントであることからストレートに的を絞った。




ガッ!




―何、スライダーか!?

両者の読み合いは有路に軍配が上がった。セカンド赤倉の正面に平凡なゴロが転がる。




『詰まった当たりはセカンドへのゴロ。1塁でアウト、3アウトチェンジです』

赤倉から1塁ベースに付いていたファースト富沢にボールが渡って、この回漸く3つ目のアウトをとった。

「ドンマイドンマイ、このあとも確り締めていこう!」

「試合は始まったばっかや、最後まで思い切りプレーしていこな!」

「よし、この回は無失点でいくぞ!!」

「おー!!」

ファーストベースを駆け抜けた梶原に、中津が声を掛ける。防具を着け終えた関川に続く形で永田が音頭をとり、ナインがそれに応えてそれぞれの守備位置に就く。

『1回の裏が終了、初出場のN'Carsは初回に5本の長短打で逆転に成功しました。4対2、N'Cars2点リードでこれから2回の表、今度は2点を追って中山越ナローズの攻撃です』

逆転した勢いそのままに守備につくN'Carsナイン。一方3塁ベンチ前では、泉監督が中山越ナローズのナインに丁寧なアドバイスを送っていた。

「まだ回は浅いから、じっくりとボール見て時間をかけて1点ずつ取っていこう。ボールを上げずに転がすんだ」

「はい!」

この指示に中山越のナインが返事をした後で、山刀伐が、

「琵琶、何が何でも塁に出ろよ」

「はい」

と、これからバッターボックスに向かう琵琶に声を掛ける。


パァン!


マウンド上では、片山がイニング前の投球練習をしていた。

「1ボールピッチ!」

ラスト1球になると、球審は必ずこのコールをする。それを受けて、

「ボールバック! セカン行くで!!」

関川が内外野でそれぞれ回していたボールをベンチに戻すよう指示する。イニング前の投球練習の最後は必ずキャッチャーが2塁に送球する。

「しゃあ!」

応えたのはショートの小宮山だが、セカンドベースというのはセカンドとショートの2人で守る塁である。つまりショートが2塁に入ってタッチプレーに入ることも大いにあり得る。

―きちっと頼むぞ…。

先程の守備の乱れがあっただけに、徳山監督も内心でこう思っていた。そして片山がモーションに入るやナインが一斉に、

「走った!」

と叫ぶ。関川は捕ってすかさずセカンドベースカバーに入った小宮山へ。


バシィ!


速い送球がベースの近くに構えてあった小宮山のグローブにダイレクトで収まる。ベースの近くとはいえタッチのモーションをとった小宮山は、威勢良くこう叫ぶ。

「ナイボール!!」

それにしても、関川はスローイングが良い。強肩持ちでストライクボールを投げられている。

「バッター6番からね」

「ああ」

―よし…、もうあとは1点もやらへんで。

戸川の相手の打順情報に応えた後で、片山は内心で気合いを入れる。

『2回の表、中山越ナローズの攻撃は、6番 サード 琵琶。サード 琵琶』

「琵琶、まず塁に出ろ!」

「よぉし!!」

「プレイ!」

―じっくり見て転がすんだっけ。

3塁側ベンチからの声に応えつつ、先程の監督の指示を反芻していた琵琶。




パァン!




「ストライーク!!」

『初球は見送ってストライク』

「琵琶、それでいいそれで! とにかくじっくり見ていけ!」

「はい!」

ファーストストライクを見送ったことに、プラスの声掛けをする泉監督に対してN`Carsバッテリーは、

―打つ気配見せんで見送った。待球作戦か?

―狙い球絞っとったら自分の狙いとちゃうヤツは2ナッシングまで捨ててくる。もう1球真っ直ぐ。

―よっしゃ。

と、片山の読みを踏まえて関川がサインを出す。




パァン!




「ストライクツー!!」

『これも見送って2ストライク。追い込んだのはN'Carsバッテリー』

―よし、3球目は真っ直ぐなら打って、他はカットだ。

追い込まれた琵琶は3球目以降の作戦を組み立てる。

「打たせてけ打たせてけ!」

「球走ってるよ!」

三池、小宮山が順に片山に声を掛ける。

―待球作戦のつもりやったら早めに終わらせたる。これで1球外したら向こうの思う壺や。

―3球目も全力でこい、全球勝負や!!

片山、関川ともに3球勝負と決める。




―来た、真っ…、




パァン!




「ストライクスリー!!」

琵琶にとっては狙い通りのストレートだったが、それ以上に片山の球威が上回った。

『空振り三振! 3球全てストレートでした!』

「開次ナイピッチ!!」

「1アウト1アウト!」

今度は桜場、都筑がそれぞれ三振をとった片山に声を掛ける。

『先頭バッター塁に出ることができません』

『7番 センター 小国。センター 小国』

―じっくり見て転がすよう指示したが…、向こうがあれだけ積極的にストライクを入れてくるならただ待ってるだけでは意味ない。

待球作戦の欠点はここにある。球数を稼ぐためにボールを見送っても、2ストライクをとった後遊ばずにストライクを入れてきた場合は見送れば三振、つまり3球で見逃し三振というのがオチ。

と、一瞬泉監督は考えたが…、




「ストライーク!!」

―でも三振は最低3球は投げねぇととれないから…、それにまだ序盤。山刀伐のピッチング次第ではこれを中盤まで続けられる。

今の琵琶の三振を見て、泉監督はこう結論付けた。




「ストライクツー!!」

『2球で追い込んだN'Carsバッテリー。今度もテンポ良く3球目』




バシィ!




『3球目、最後はスライダーで空振り三振!』

『真ん中寄りからインコースの低めに曲がった、良いスライダーですね』

片山が小国に投げた3球目のスライダーを小西がこう解説した上で、良いと褒める。

『8番 キャッチャー 有路。キャッチャー 有路』

「OK、2アウト2アウト!」

「今度も落ち着いてとるよ!」

グラウンドにいるナインだけでなく、ベンチにいる控えメンバーからも声が掛かる。

―これだけストライク先行なら逆に初球に狙いを絞る。テンポが良くなってきたところを叩く。

―今度も待球か? それやったらまた真っ直ぐ。

攻守の立場は違うが同じキャッチャー同士の読み合い。有路は敢えて初球狙い、関川は待球作戦と読んだ上でストレートを要求。

―全力で行くで。

『初球、』




―!?

しかしこの有路はNCバッテリーにとっては様子が違った。




ガキィ!




―初球から振ってきた…。

片山が全力で投じたストレートを、有路は迷わず打った。

「健!」

「OK!」

都筑の守備範囲内にフライが上がる。関川は都筑に指示して、フライの落下点で都筑が構える。



パン。



『有路は初球攻撃もサードへのファールフライ。都筑、ファールラインを跨いだ直後に掴んで3アウトチェンジです。2回の表は3人で攻撃を終えました』

「よし、片山ナイスピッチング!」

「確り抑えたぞ!」

「無失点いいぞ!」

2回表の3つのアウトを全てとって、1塁側ベンチに戻ってくるN`Carsナインを徳山監督と控えのメンバーが出迎える。メンバーはベンチ前に戻りながら、この回先頭バッターの桜場と次のバッターである都筑を除く全員が円陣を組む。

「ここ0で抑えたのはいいことだ。リードしてっから、どんどん追加点とってくべ」

「はい!!」

徳山監督がアドバイスを交えつつナインに檄を飛ばして、それに応えたナインは今度はキャプテンの永田を円陣の真ん中に入れる。

「じゃあ追加点」

「うん」

「もう1点取ろう」

「よーし…、追加点とっぞ!!」

「おー!!」

監督のアドバイスとナインの総意を受けた永田が円陣の真ん中でこう音頭をとり、ナインがそれに応えて気合いを入れる。

『2回の裏、2点リードしているN'Carsの攻撃は8番からですのでこの回で早くも2巡目に廻ります』

『2回の裏、N'Carsの攻撃は、8番 レフト 桜場。レフト 桜場』

『バッテリーの打ち合わせが終わって今有路がキャッチャーズボックスに戻ります。初回は僅か12球で5本の長短打を浴び4点を失った山刀伐。2回以降立ち直れるか』

『そうですね、この回の山刀伐の復調がこの先の鍵となってくるでしょう』

この後の試合の展望を、古屋と小西が中山越ナローズのバッテリーの視点から語り合う。

「プレイ!」

「俊和、出塁することだけでええよ!」

「シングルでいいよ!」

片山と、ネクストバッターズサークルにいる都筑がそれぞれこう声を掛ける。

―それにしても随分バット長く持ってるな。当てにいくタイプじゃなさそうだ。

有路は桜場のバットの持ち方を見て、こう推測する。

『序盤での4失点ですから、これ以上失点しますと中山越ナローズにとっては本当に苦しくなります。流れを自分たちのほうに寄せられるか』

古屋は中山越ナローズのバッテリーの立場のまま、実況を続ける。




パァン!




「ストライーク!!」




『初球は空振り。しかしこの回も初球から積極的に振っていく姿勢を見せているN'Cars打線です』

「俊和そんでええ、とにかくストライクは振ってって!」

「打つ時はどんどん振ってけ!」

初球は空振りした桜場だが、この積極的な姿勢に関川と萩原がプラスの評価の声を掛ける。

―初回と同じだなこれ。そのガンガン振ってくる姿勢、もしかしてこのチームのモットーなのか…?

一方で山刀伐はこの振る姿勢からこう推測する。そのタイミングで、ショートの堺田とセンターの小国がそれぞれこう声を掛ける。

「山刀伐打たせてこう!」

「アウトはバックに任せろ!」

―そうだな、相手がこれだけ振ってくるなら寧ろ打たせてやるのが最善策か。

すると山刀伐、2球目のセットポジションに入る。何を思ったのか。

『ランナーを背負っていませんがセットポジションから投球します。2球目』




―えっ? 遅い…?

球の遅さに違和感を覚える桜場。しかし、




キ―ン!




迷わず打った。

『スローボールを打ち返した、打球はセンター後方へ!!』

―え、待って、そんな伸びんの?

山刀伐は思っていた以上に打球が飛んだことに驚く。

「小国捕れ―っ!!」

センターのフェンスの方向に背走する小国に、有路がこう叫ぶ。

『フェンスまでバック、バック!!』

「おおっ!!」

「これはいくか!?」

NCナインも思わず期待を寄せる。

『ギリギリまでバッ…、』




「ん?」

「あ、あれ…?」

『ク、したところでセンターこちら向き』

しかし、フェンス前ギリギリのところで小国が足を止めて正面、則ちグラウンド側を向く。




パシッ。




「アウト!!」

落下点で小国が確りとキャッチ。

『センター小国掴んで1アウト。山刀伐、まずイニングの先頭バッターを抑えました』

「意外に入りそうで入らなかったか」

「おかしいな、スローボールなのに…?」

松浪と小宮山が今の打球がなぜ入らなかったのか疑問を抱くと関川が、あっさりと返す。

「スローボールやから」

「え、どゆこと?」

小宮山は更に関川に質問を続けると、そこに片山が加わる。

「あんだけ遅いと元の勢いがないから単に金属バットの反発力とかだけじゃそうは飛ばへん」

「要するにスローボールの利点をわかったピッチングや。遅い分飛ばへん、これを活かしていくつもりやで」

『9番 サード 都筑。サード 都筑』

「健」

「ん?」

バッターボックスに向かいかけた都筑を、関川が呼び止める。

「今こそお前の実力見せる時やで。お前やったら…なぁ」

「えっ?」

一度、山刀伐を見る。

「ああ成る程、やりますか」

関川の発言の意図を読んだ都筑は、やるべきことを決めた。

『桜場に続けてこの都筑も左バッターです』

「プレイ!」

『このあと1番の萩原は今日3塁打を、そして2番の小宮山がタイムリーヒットを各々放っています。都筑から上位打線に繋ぎたいところ』





パシッ。





―えっ?

「ストライーク!!」

『初球はスローボールから入ってきました。これを見送って1ストライク』

―本当だ、確かにスローボールだ。わりといいコースにコントロールできているみたいだな。

改めてスローボールを見た都筑は、そのコントロールの良さを内心でこう評価する。

「当たってる萩原と小宮山の前さ何とかランナー置きてぇよな」

「はい、できれば1人塁上にいたほうが…」

徳山監督と永田が、追加点を取る上で必要なことを語り合う。

『2球目』




スパン。




―は?

有路が都筑に不可解な態度を示す。

「ストライクツー!!」

『これもスローボール。小西さん、これは打たせるつもりで投げているんでしょうか?』

『そうですね、その上比較的ストライクゾーンのいいコースに投げられているので、スローボールのコントロールはまずまずではないかと』

―コイツだけは打つ気なしか? 手を出そうともしない見送り方だったな。

今までファーストストライクを振ってきているN`Cars打線だけに、有路がこう結論付けるのも無理ないところではある。

『3球目』


―やっぱり短く持った。

追い込まれたので有路が考えるようにこれはセオリーである。





「あっ!?」



カッ。



「えっ!?」

「うそ!?」

都筑、バットを寝かせてボールを緩く転がす。中山越ナローズのバッテリーは2人とも完全に意表を突かれた。


『3塁前へスリーバントだ、しかもライン際いいところに転がっている!』

「駄目だ琵琶、投げるな!」

定位置から前にダッシュして捕ったサードの琵琶に、ファーストの富沢が投げないよう指示。すぐ脇のファーストベースを、都筑が駆け抜ける。

『1塁間に合いません、都筑バントヒットで出塁です!』

「やったぁ〜!!」

「健ナイバン!」

黒谷と高峰が今のバントヒットに喜び、称える。

『1アウトから都筑スリーバントヒットで出塁、N'Carsは早くもこの試合6本目のヒットです』

『1番 センター 萩原』

『初回反撃の足掛かりとなる3塁打を放った萩原に廻ります』

「瞬、さっきと同じのでええよ!」

「くれぐれも力まずにな」

片山とネクストバッターズサークルに入った小宮山がそれぞれ声を掛ける。

「オッケ、涼も永田も続けよ!」

この檄を受けた萩原は、今度は後続の小宮山と永田に檄を飛ばす。

「ああ」

「今度はきっちり仕事すっかんな」

2人はそれぞれこう応えたが、永田のコメントがまだ硬い。

―言い方にまだリラックスが見られんな。大丈夫か?

関川にも心配されている。


一方で中山越のバッテリーも打ち合わせ。初回あれだけの滅多打ちを喰らっただけに、今度はそうはさせまいと念入りに話し合う。

「ちょっとオレのリード単調だったな…」

「いえ、有路さんのせいじゃないですよ」

「やっぱ単調なリードじゃこの回も狙われるな…。緩急つけて球も散らすか」

「そうしましょう、これ以上点はやれませんし」

相手が初出場というだけで、どこか舐めてかかっていた部分があったのだろうか。山刀伐はロージンバッグをとりながら、再び気持ちを落ち着かせた。


―よし…、スローボールには前の2人である程度見慣れている筈。これでいくぞ。

―わかりました。

バッテリーは入念な話し合いの上で、配球を決める。


―絶好球は全部叩く。涼に廻して追加点を挙げるんだ。

一方で萩原は内心でこう決意する。


『ランナーにそれほど動きはありません』




―え…っ、




ギン!




スローボール待ちだったか萩原、初球のストレートを振り遅れる。

『打球はショート真っ正面、ダブルプレーコースだ!』

「あ゛――っ」

「うわああ」

N`Carsにとってはまずい光景を見て、ナインも思わずこの声。ゴロを捕ったショートの堺田からセカンドベースに入ったセカンド赤倉にボールが渡る。

『6、4、1塁…、は!?』




「セ――フ!!」

セカンド赤倉からファースト富沢にもボールが渡ったが、それよりも萩原が先にファーストベースを駆け抜けた。

『1塁セーフ、ダブルプレーとはなりませんでした』

「はぁ…」

「危ない…」

ゲッツーを何とか免れて、安堵のNCナイン。

『ランナーが入れ替わって2アウトランナーが1塁です。2塁から1塁へ送球する時にランナーをかわした分、送球が少し遅れました』

『でもこれは仕方ないことですね、捕ってすぐ送球することが理想ですがダブルプレーの時は場合によっては今のように走ってきたランナーをかわす必要がありますので…』

赤倉がファーストの富沢に送球する際、都筑が正規の走路上でセカンドベースを駆け抜けようとしたためにそれを避けて送球したため、タイムロスが出たのだ。


『2番 ショート 小宮山』

「まだランナーいっからな、今度こそ追加点取るぞ!」

「んー…、よし、これだ」

桜場が声を掛ける。徳山監督は少し考えて、1塁ランナーの萩原にサインを出した。


―えっ…。

―迷わず初球がらいけ。何でも積極的さなんねどな。

―はい。

1塁ランナーの萩原はヘルメットを軽く動かしてアンサーのジェスチャーをとった。

―成る程、ただの打ち勝つチームじゃないというわけですね。

小宮山も徳山監督の作戦を理解し、納得していた。

『2アウトはとりましたが依然としてランナーを背負ってのピッチングが続きます、中山越ナローズのエース・山刀伐です』

「小宮山もさっきのバッティングな!」

ネクストバッターズサークルで待機している永田から声を掛けられる。

「初球から振ってけ!」

三池も攻撃の用意をしながら続ける。



「打たせて打たせて、2アウトだしアウトは近いところでとろう!」

「バッターだけバッターだけ!」

有路が山刀伐と内野陣にそれぞれ指示する。セカンドの赤倉は山刀伐に声を掛ける。

『前の打席ではタイムリーヒットを放っている小宮山。ここもランナーを置いての打席です。ここも初球攻撃か…、あっ!!』




「走ったっ!」

萩原が山刀伐のモーションと同時にスタート。

―なんだと!?

『1塁ランナースタート、小宮山はバントを空振り!』


バン!


「ストライク!」

有路は捕ってすかさず2塁へ送球する。




ザッ!




「セーフ!」

萩原はセカンドベースに足から滑り込んで到達。

『盗塁成功、足を絡めて得点圏にランナーを進めましたN'Carsです!』

「萩原ナイラン!」

「涼、ここでもう1点だ!」

永田が今の2塁盗塁を称え、三池は小宮山に檄を飛ばす。

『初回はバッティングで、この回はそこに足を絡めていずれも積極的な攻撃を仕掛けてくるN'Cars。公式戦には初出場というチームです…が、小西さん』

『そうですね、初回に逆転してからN'Carsのペースですね』

「さあいけぇ、小宮山―!!」

監督も小宮山に檄を飛ばす。




キィ―ン!




「おっ!?」

鋭い当たりにナインが驚く。




『いい当たり、しかし…、』




バシッ。




レフトの笹森が正面で確りキャッチ。

『伸びすぎたか、レフト笹森の真正面のライナーでした。3アウトチェンジです』

「当たり良すぎたか」

永田はネクストバッターズサークルから引き揚げながらこう語る。

「しゃあないしゃあない、ナイバッチやったで」

関川は良い当たりであったことを称賛する。

「や〜…」

打った小宮山は若干悔しそうだったが、

「いや、いいんだ。ボール上がらきちっと叩けてる証拠だ。さ、この回も締まっていくべ」

と、徳山監督も関川に続けてプラスの言葉をかける。その上でナインに檄を飛ばして、

「はい!」

ナインは3回表の守備に就いた。

『この回もチャンスを作りましたが今度は山刀伐が無失点に抑えました。これから3回の表、中山越ナローズはこの回で打順が2廻り目に入ります』

―それにしても随分積極的なチームだ。

山刀伐も泉監督も、NCの攻撃の積極さに感心しつつも驚いていた。

―攻撃になるとアイツら確りと地に足着いてるな。それは良いんだが物凄い速攻だな。だってまだ山刀伐20球しか投げてねぇぞ?

一方で片山は、先程の攻撃がちぐはぐしていたことを少し気にかけていた。

―チャンス作っても結果から見れば締まらん攻めやった。グダグダな流れは一番アカン、ここを締めて、締めたまま攻撃に繋げよ。

「セカン行くで!!」

投球練習の最後に行うセカンドベースへのスローイングを行う為、関川は二遊間にこう指示する。




バシッ。




「ナイボール!」

スローイングを受けてタッチのモーションまで行った小宮山を起点に、内野でボールを廻す。

内野を廻ったボールをサードの都筑が片山に返す。すると関川がイニング前の打ち合わせという形でマウンドに向かう。

「わかってると思うけど、ここは意地でも締めよ。さっきの流れは今すぐ断ち切ろな」

「ビシッといくで」

片山がこう返して、関川がマウンドからキャッチャーズボックスに戻る。

―よっしゃ、この回はなんとしても、

「締まっていくで!!」

「おー!!」

関川は内心で決めた後にいつもの音頭をとり、ナインもそれに応える。

『3回の表、中山越ナローズの攻撃は、9番 ライト 延沢。ライト 延沢』

『打順は下位ですがここから如何に中軸に繋げるか』

「プレイ!」

―ここを3人で抑えて、締まった流れをこっちに持ち込む。1人たりとも塁に出させん。

片山は強気な姿勢のまま、初球を投じる。




バン!




―うわ…。

「ストライーク!」

延沢は速球に驚くあまり、手が出ない。

「いいよ開次、ナイボール!」

「それあと2つね」

都筑と梶原が声を掛ける。1球毎にバックが良く声を掛けている。一方で延沢は前の回の泉監督の指示を反芻していた。

―監督は前の回球数稼げって言ったけど、とても…、




パァン!

「ストライクツー!」

―無理だろ。稼ぐ前に3球三振じゃ…。

2球目も手が出ない。スピードと正確なコントロールに恐れおののいていた時、

「延沢、当てるだけでいい、バット短く持ちかえろ!」

泉監督から追加の指示が。

『2ストライクと追い込まれて延沢はバットを短く持ちかえました』

―当てるだけ、当てるだけ…、きた。




バァン!

「くっ」

「ストライクスリー!」

『空振り三振! 3球全てストレートで仕留めました!』

バットを短く持ちかえて当てることだけに専念した延沢だったが、当てられなかった。

「開次ナイピッチ、1アウト1アウトー!」

「オッケ、1アウトとったよ!」

「こっから2廻り目ね」

バックからベンチから、片山に声が掛かる。

『1番 ショート 堺田』

『2廻り目に入る中山越ナローズですが、まずはランナーを1人置きたいところですね』

―球速いのはわかった。最悪当てれば…。

第1打席での経験から片山に対しての作戦を内心で組み立てる堺田。一方で片山は、

―塁に出る前にバットに当てなアカンやろ、でも簡単にはさせへん!!




バシィ!




「ストライク!」

どちらかというと堺田の狙い通りであったろうストレートを空振り。

『初球から振ってきましたがバットにかすらず』

―何や、ストレート待ちか? だとしたら尚更打たせん!

今のスイングでストレート待ちと読むや、片山は更に強気で攻める。




バァン!




「ストライクツー!」

またもストレートを空振り。

『これも振っていったが空振り。片山はテンポ良く2ナッシングと追い込みました』

―次もスト…、えっ?

ストレートで行こうとした片山だったが、ここで関川がサインを出す。

―ここはコイツで。この堺田を見る限り、2巡目はストレートにどうにか対応するつもりや。それに全力で仕留める言うても真っ直ぐだけじゃ単調過ぎるで。

―要するに変化球でも全力でいけ、と? …わかった。

―どっちにするかはそっちの判断でええ、オレは絶対後ろにはやらんから。

―よっしゃ、頼むで浩介!

関川の推測を基にしたサインを踏まえて、片山は3球目のボールを決め直す。

『少しサインのやりとりがありましたが3球目』




―えっ? 抜いた?

ボールが来ないことに堺田は違和感を覚える。




パシッ。




「ストライクスリー!」

「あっ」

前2球のストレートより遅いことでかえって手が出なかったか、見逃し三振に倒れてしまった。

『最後は緩い球! アウトコースいっぱいに決まりました!』

『縦に変化するカーブでしたね』

『あっ、縦のカーブだったんですか。これをコースいっぱいに決めてきました、マウンド上N'Carsのエース・片山です』

古屋の緩い球という実況に、小西が正確な球種名を交えて解説を入れる。そしてNCのバックも、

「2アウト2アウトー!」

「いいよ、ナイピッチ続いてるよー!」

この声掛けである。

『2番 セカンド 赤倉』

―出た、小細工大好きなヤツ。

―今度は何仕掛けんねん。別に気にせんけど。

NCバッテリーもまず彼の小細工を第一に考えていた。

『初球から…バント、いや、バスターでしょうか?』

―アホ、バスターも何もない。

片山はここも構わず初球を投じる。




バシィ!




「ストライク!」

『バントかバスターを思わせるような構えでしたが初球は見送りました』

―かかんないな。

初球の入りから、策略にはかからないと見た赤倉。

『2球目も同じ構え…から…、あっ』




キン!




「ファールボール!」

同じ構えからバントにいったが、ボールはファールグラウンドに飛んだ。

『セーフティーバントはファール。2アウトですし、ここは何とか赤倉が繋いで中軸に廻せば…、というところですが』

―次は外、ただし小細工無用や。振らせてとる。

―OK。

追い込んだところで、NCバッテリーは次のボールを決める。

『2ナッシングから3球目』




―やべ…、




キッ。




「ファールボール!」

思わず手が出かかったが、ヒッティングでバットには当てた。

『何とかついていきました。カウントは依然2ナッシング』

―当てた…?

―いや、当たったんかな。振り切ってへんからたぶんな。どっちにしろ次は内側、今高めやったから今度は低めにな。

―OK、ズバッといこ。

赤倉がバットに当てたのではなく、ボールのほうからバットに当たったと関川が推測した上で、4球目のサインを決める。

『4球目、赤倉の構えは変わりません』




バン!

―よっしゃ。

片山は決まったと確信。

『今度は内側…、ん?』

しかし…、様子がおかしい。

「ストライクゾーンいっぱいの筈やで」

思わず確認をとるが、しかし赤倉も、

『赤倉がズボンの右膝の部分をつまんで何かアピールしてますが…』

―審判、真っ直ぐにミットにいきましたけど。

それでも内心で確認を続ける片山。

「デッドボール!」

「はあ―!?」

この判定に、思わず声を上げた。

『あっ、当たりましたか。赤倉、デッドボールで出塁です』

「えっ、ちょ、ちょっと待ってな、今の当たったんかい」

片山が1塁に向かう赤倉に抗議すると、

「右膝掠めましたもん」

と返された。

「何ぬかしとんねんお前、体のギリギリ通ったぐらいで当たりました言うて審判の目誤魔化したんと違うかい」

―アカンな。

「タイム!」

感情的になっている片山を見かねた関川が素早くタイムを掛ける。

『関川がタイムをとってマウンドに行きます。小技が巧い赤倉の実に巧みな技でチャンスを作りました、3回表の中山越ナローズです』

「あんなせこいことして勝つ気なんアイツら」

「ええから、あれはほっといて開次は落ち着け。気にしてばっかやったらそれこそ悪い流れ作る要因になるで」

片山は赤倉の今の出塁の仕方に呆れたのか、溜め息をつき、1塁を見やった。

「ランナー見るな、お前はバッターだけ見とれ。それ以外は残り8人で全面カバーしたるから」

「頼むで」

関川の説得で、ある程度ながらも片山は落ち着きを見せた。

『関川が戻ります』

『バッターは、3番 ファースト 富沢』

―中山越ナローズって…、山刀伐以外はあんなせこいヤツらやったんか。もうそんなヤツらには容赦せんわ。

―牽制要らんからな。

―わかっとる、あんなヤツらには二度と打たせん。

だが内心はやはりまだ怒りを燃やしている。関川のリードを受け入れつつも台詞からまだそれが滲み出ている。

―ここは小細工しない、富沢はチーム2番目の長打力だからそれを信頼して山刀伐に廻そう。

泉監督は富沢の長打力で反撃のチャンスを更に拡大しようという意図だ。

―もう点も塁も与えん!!

負けん気の強い片山、右腕にその強い気持ちを込める。




バァン!




「ストライク!」

『初球は2アウトですがランナーに動きなし。ここは自由に打たせるようです』

『2アウトですから後ろにどんどん繋いでいくバッティングをしていきたいですね』

古屋と小西が、1塁ランナーの赤倉に動きがなかったのを見てこう語り合う。

―そうそう、ランナー気にせんでな。

関川は内心で片山にバッターだけに集中するよう促す。




バシィ!

「ボール!」

アウトコースに若干外れたボール。

―アカンな…、えっ!?

―な、何!?

と、片山と赤倉が驚く。




ビシィ!

「タッチ!」

関川からファーストの三池にボールが渡って、そのままタッチ。

『あっと1塁ランナー逆を突かれて…!?』

「アウト―ッ!!」

『タッチアウト―!! 3アウトチェンジ、キャッチャー関川の見事な1塁牽制にランナーの赤倉、完全に逆を突かれました!』

『素晴らしい送球でしたね』

送球自体を褒める古屋と小西だが、実は関川、この時座ったままで1塁にダイレクトで牽制を入れていたのだ。

「おい浩介…、」

「これが野球。ランナー居る時や点取られた時こそ、周りを信頼して投げてりゃ皆が1つになっていくもんや…」

「ナイ牽」

「えっ」

「オレ熱くなってた…、アホやったな」

「次1人出れば廻るからな…、必ず廻したる」

今の関川の見事な牽制で、片山も平常心を取り戻した。

「浩介ナイ牽!」

「さすが副キャプ」

ベンチに引き揚げながら、ナインも関川の牽制を称える。

―周りも良いムードさなってきたな。

徳山監督はムードが良くなってきたことを踏まえて、

「よし、この良いムードをそのまま攻撃さ繋げっぺ。ほれ永田」

この回先頭バッターの永田に声を掛ける。

「はい?」

「副キャプテン活躍してんだがらおめも活躍しねぇどな。キャプテンのおめがここで1本見せでみろ」

「そうだぞ、ここでエラー帳消しにしとかないと…」

「ああ、あのヘディング」

黒谷、萩原が続く。

あれほど派手なエラーはない。それをしでかしたのがキャプテンなら、尚更である。いかにすぐに逆転してリードしているとはいえ事実は事実。このままでは、笑いのネタにされ続けるだけだ。

「中軸だからな、この回追加点取るぞ」

「はい!」

徳山監督は改めてナインに檄を飛ばす。

この回の先頭は永田なので、1塁ベンチ前の円陣には関川が中心に入っている。

「後ろにオレら居るから楽にな」

「オッケ」

その関川が永田に声を掛けた上で、

「っしゃ…、追加点取っぞ!!」

「おー!!」

円陣の真ん中で音頭をとり、ナインがそれに応える。

『3回の裏、N'Carsの攻撃は、3番 ライト 永田』

『2点リードのN'Carsはクリーンアップからの好打順』

『ここで追加点を取れると良いですね』

永田が左のバッターボックスに入るところで、古屋と小西がそれぞれ実況・解説する。

―さっきはスローボールを組み合わせてきたけど、ストライクは叩く気でいるからなぁ…。

球種には拘りを見せず、あくまでストライク狙い。




バシッ。




「ボール!」

―あれ、真っ直ぐ?

『初球低めに外れて1ボール』

―まあいいや、スローだの何だのよりストライクだけを…、えっ!?




ガッ!





釣られる格好でバットが出てしまった。

『内側に入ってきた球、打たされてこれはキャッチャー、』





パシ。




「アウト!」

『1塁寄りのバックネットの手前で掴んで1アウト。山刀伐巧く打たせました』

「うーん」

1塁側ベンチに引き揚げる永田に、これからネクストバッターズサークルに入ろうとする関川が尋ねる。

「どこやった?」

「内側…」

低いテンションでこう返したことと、今日のここまでの攻守の内容から、関川も永田に同情した。

―それにしても今日はとことんアカンなアイツ…。

『4番 ファースト 三池』

「もう一発頼むぞ!!」

ナインからもホームランの期待がかかる。

『前の打席で同点ホームランの三池。このあとの関川、片山も長打があります』

「山刀伐、コイツには警戒…、」




キィン!




警戒しろ、と泉監督が山刀伐に言いかけたが、それよりも早く三池はまたも鋭い打球を飛ばした。

『巧く打って、レフトの前!』

「やった!」

ライナー性の当たりがワンバウンドでレフトの笹森の前に達する。

『1アウトランナー1塁、三池今度はチャンスメークのヒット』

『これも速い当たりでしたね、N'Carsは本当に積極的なバッターが目立ちます』

「和義ナイバッチ!」

三池のバッティングに関して放送席やベンチから称賛のコメントが出る。

『5番 キャッチャー 関川』

―1人出た。開次になんとしても繋げる。

先程片山に宣言した通りのことを実行しようと、関川は右のバッターボックスに立った。

「最低ランナー2塁だな」

「でもランナー和義ですよ」

「足遅いからなぁ…」

ランナーを2塁に進めたい徳山監督だったが、小宮山と桜場の意見を聞くと、作戦を変更した。

―だば、バントは無理か。自由に打たせるしかねな。ダブられなければ良いんだがら。

―サインなしか。

徳山監督、ここは動かず。

―バントの構えがない。低めに投げてダブらせるか。

―当たってるバッターですからね。

中山越ナローズのバッテリーは関川の構えからこう読んだ上で、有路が、

「内野ゲッツー!」

との指示を出した。

『中山越ナローズ、二遊間を下げてダブルプレーのシフトをとります』

―フーン、内野を下げると。でもええの? サードも下がり気味やで。

『5点目をやりたくないナローズとしては何としても守りたい場面』


―えっ?

山刀伐がモーションに入った瞬間、関川はバットを寝かせた。




コン。




『3塁側へ良いバント、サード琵琶は深めに守っていた!』

―しまった、逆を突いてきたか!!

逆を突かれた山刀伐が3塁側にダッシュして捕りにいく。

『山刀伐が捕りにいって、2塁は間に合わない!』

「ファースト!」

有路が指示して、

『1塁へ送球、富沢捕って2アウト2塁と変わります。送りバント成功』

「さ、かっ飛ばしてこいや」

関川は打席に向かおうとする片山にそう声を掛けた。


―浩介のヤツ、ホンマは打ちたかったくせして。クレバーさで言ったらアイツのほうが上やけどな。


左のバッターボックスに向かいながら、片山は関川の心情とクレバーさを受け入れた。


『6番 ピッチャー 片山』

『ランナーを2塁に置いて、先程は素晴らしい当たりの3塁打を放ったエースでもある片山を迎えます』

―送りバントしてまで作ったチャンスやしな。ここは一気にいきますか。

打席内で構えながら、チャンスをものにしようと片山は決めた。

「片山打っちまえ!!」

「さぁ追加点行ぐぞ!!」

永田と徳山監督がそれぞれ片山に声を掛ける。

『初球からガンガンいきますからね、1球目の入りは大事ですよ』

『その初球』

山刀伐の視点から、小西が解説して古屋が実況する。先程までと逆パターン。




パシッ。




「ボール!」

『インコース、膝元に外れるボール球から入りました』

『外すなら今のようにはっきり外すこと、そして打たれているバッターですが内角に攻めたというのは逃げてない証拠ですね』

今の1球をこのように評価した解説の小西。

『なるほどつまりは良い姿勢だと?』

『そうですね、最も危ないのは中途半端な攻めですからこれには気をつけたい』

そしてこう警鐘を鳴らした。

―次もインコースに。

―徹底、ですね。

バッテリーは徹底してインコースを狙う。

『さぁ2球目』




―ん?

有路の視野に片山の若干のテイクバックが映る。




キィン!




『痛烈―っ、』




パーン!




鋭い打球は、富沢のファーストミットを叩くように収まった。

『しかしファースト・富沢の正面のライナーでした。3アウトチェンジ』

『今アウトにはなりましたが、片山のスイングは素晴らしいですね。鋭いスイングから、方向は引っ張っていますが速いライナーでした。次に山刀伐の攻めですが、今の2球目少し中に入ってしまいましたかね』

『確かに。内側ではありましたがちょっと甘いコースでしたね』

『こういう球が勝負を分けるかもしれませんのでこのあたりはもう少し念入りに投げたいところですね』

いつものトークパターンで今の1球をお互いに語り合う。

「よし、この回中軸だがらな、締まっていけよ!!」

「はい!」

徳山監督に檄を受けたナインは、

「っしゃ、いくぞ!」

「おー!!」

永田の音頭でグラウンドに駆け出した。

野手陣が守備に散る中、片山は打撃を終えたばかりなのでバッティンググローブとヘルメットを外し、バットと共にそれらを受け取りにきた戸川に渡す。戸川はベンチから持ってきた片山のグローブと帽子を渡す。

「じゃ、頼むで」

「うん」

一方、3塁側ベンチでは円陣を組んでいた。

「この回何としても点とるぞ。クリーンアップ!」

「はい」

この回先頭の富沢と、続く山刀伐が泉監督に目を向ける。

「お前たちで突破口を開け、良いな!?」

「はい!」

―トミとナタで何としてもチャンスを作ってもらわねば…。

泉監督は内心でこう考えた上で、

「残りのお前らでチャンスをものにして逆転しろ、良いな!?」

「はい!」

「よしいってこい!」

既に円陣を抜けている2人に発破をかけた。

NC内野陣がボール回しをしている間、ここで両先発投手の3回までの内容に触れていこう。まずNC片山。3回を投げて球数33球、失点2、自責点0、与えた四死球1で、この1個は死球なので無四球、奪三振は毎回の6個で、ここまで打者11人に対してヒットを1本も許していない。次に中山越の山刀伐。同じく3回を投げているが、NCの積極的な攻撃もあり球数は26球と少ない。失点と自責点は共に4、被安打は被本塁打1を含む7本で、奪三振もない。だが、ここまで与四死球が0と失点のわりには無駄な球数を放っていない。

そして、2人とも2回以降はしっかりと立ち直っている。次にいつ点が入るか、ここで試合が動くかもしれない。全く同じことを実況席でも会話していた。

『4回の表、中山越ナローズの攻撃は、3番 ファースト 富沢』

『さあこの回は中軸から始まる攻撃です。しかし今日は3人ともヒットがありません』




バシッ!

「ストライーク!」

『初回からガンガン攻めのピッチングを見せます、エース片山。各打者に対しては必ずストライクから入っています』



パーン!

「ストライクツー!」

『これも見逃し、この強気のストレートに手が出ません』

「富沢ー」

「ん」

「突破口開くんだべ? だったら振らないと」

ネクストバッターズサークルで控えていた山刀伐が富沢に声をかける。しかし、



バァン!

「ストライクスリー!」

―あいや~…。

『空振り三振、最後はインコースの真っ直ぐでした』

―インコースでも特に打ち辛いとこに放ったなバッテリー。富沢がバット短く持っても駄目だったか。

山刀伐は今の投球を自分なりに分析すると、マスコットバットを捨てて打席に向かった。その途中、ベンチに下がる富沢とのすれ違い際にドンマイと一声かけた。

『4番 ピッチャー 山刀伐』

『1アウトで打席には山刀伐。大黒柱みずからが反撃の糸口を掴むか』

―やること変わらんからな。

―オッケ、任したれや!

関川と片山が内心で語り合う。



キィ!



「ファールボール!」

打球が真後ろに飛ぶ。

『バックネット方向へのファール。山刀伐も初球から振ってきます』

―そんでええ。ファールは勝っとる。

―こいつ一番ええ選手やからな。ええスイングしとるわ。

関川は片山の攻めの姿勢を、一方片山は山刀伐のセンスの良さをそれぞれプラスに評価する。

「いいぞ山刀伐、どんどん振ってけ!」

「とにかく塁に出ろよ!」

3塁側ベンチからも山刀伐に対しての声援が飛ぶ。しかし片山は、

―けどそのスイングを見て…、オレらが燃えへんわけないやん!



パーン!



「ストライクツー!」

―えっ、アウトコースあんないっぱいの球をとるか。

外角ギリギリにコントロールされた球に山刀伐は驚く。良い選手だと見たからこその片山の気合いが入ったボールだ。

『テンポよく2ストライクと追い込みました』



バン!


「あ…っ」

『高めのボール球で空振り三振! バットが出てしまいました』

―ボール球なのに釣られた…。オレだけじゃない、皆あのバッテリーのペースにやられてる。

思わず釣られたことで、自分たちのプレーができていない。こう悟った山刀伐は、これから左のバッターボックスに向かおうとする笹森とすれ違いざまに目を合わせる。

「笹森」

「はい?」

「自分のスイングしろよ、お前が打てる球だけ狙って自分のスイングで打ってこい」

「え? でもさっきは自分のスイングで打ってきたけど」

「さっきできたから今もできるとも限らんぞ。もしかしたら、初回から嵌められてた可能性もある。今一度自分のバッティングを思い出せ」

山刀伐はこう忠告した。チームの大黒柱として、この劣勢に危機感を覚えていた。

『5番 レフト 笹森』

『連続三振で2アウトランナー無し、5番の笹森は今日第1打席はセンターフライ』

―自分のスイング…。狙い球を絞れ…。よし、真っすぐを振ろう。

笹森は心の中で何度もこう暗示した。

―初球、来た! 真っ直ぐ!!



パーン!



「ストライーク!」

―え、狙い球絞ったのに駄目?

『今空振りになりましたが、しかし初球から積極的に振っていきます』

『4番5番と中々良い姿勢ですね。しかしそれ以上にこのバッテリーの投球が上回っています』

ストレートに狙いを絞った笹森だったが、初球は空振りした。しかし古屋と小西はこの姿勢はプラスに評価している。

「タイミングズレてるよー!」

「もっとよく見て―!」

中山越ナローズのナインはタイミングの視点から声を掛けたが、

「いや、これタイミングの問題じゃないな。確かにタイミングは合ってるけど…、」



パーン!



「ストライクツー!」

「ボールの下を振ってんだ。あれじゃタイミングよくても当たらない」

泉監督はこの空振りの理由をこう説明すると、メガホンを手に取った。

「笹森、笹森!」

「はい?」

「ボールの上だ、ボールの上を叩け!」

「はい!」

メガホンを使って笹森にこうアドバイス。それを踏まえて、

―ボールの上か。3球勝負で来るだろうし、次こそは。

笹森はボールの上を叩くようにスイングを修正した。

『さあ3球勝負に出るか』

―来た!!



パァン。



「え…」

『スライダー! 最後は膝元へのスライダーで空振り三振! 片山この回中軸を3者連続3球三振に仕留めました!』

3球勝負と読んでストレートに狙いを絞った笹森だったが、裏をかかれる形になった。

「振らされたか…。よし、切り替えていこう!」

「はい!」

泉監督は笹森がラストボールを空振りした理由を一言で纏めると、ナインに切り替えるよう促して4回裏の守備に送り出した。

1塁側ベンチでは、徳山監督が片山の好投を讃えていた。

「よしよし、よぐ投げた。下位からだけども、追加点、早いとこ挙げるべ」

「はい!」

この回の先頭は梶原から。再び円陣の真ん中に永田が入る。

「よし…、今度こそ、追加点とっぞー!!」

「おー!!」

その永田の音頭で、N`Carsのナインは気合いを入れる。

―あのペースじゃこの後もオレが踏ん張るしかない。

自分自身に気合いを入れた後で、

「打順下位だからね」

バックに声をかける山刀伐。こうなったらもう自分が無失点に抑え続けるしかない。

『4回の裏、N`Carsの攻撃は、7番 セカンド 梶原』

「栄次出ろよー!」

「追加点追加点!」

1塁側ベンチからN`Carsナインが梶原に声を掛ける。

―抑える。下位に下手に打たせて堪るか!!

一方で山刀伐も気合いを入れて初球を投じる。



キィン!



「やっ…、」

快音にN`Carsナインが驚く。



パァーン!

『初球攻撃も痛烈なあたりはサード正面のライナー』

「キャーッチ!」

―うわ、打球はっや。

山刀伐も強烈なライナーを捕った琵琶も同じ感想を持った。

「1アウト1アウトー!」

「琵琶それでいいよ」

有路が中山越ナローズのナインに、山刀伐が琵琶にそれぞれ声を掛ける。

―こうやってアウトを重ねていく。奪三振がないってことはそれだけ打たせて取れてるってことだ。

泉監督もこのアウトの取り方をプラスに見る。

『8番 レフト 桜場』

「よし、こっからこっから!」

「繋いでいくよー!」

N`Carsナインも切り替えて桜場と都筑に託す。

―よーし、かっ飛ばすか。

「無駄に振り回すなよ」

「わかってるよー」

―いやわかってないじゃん。あんだけバット長く持ってさ。

次の都筑が今日バントヒット1本。その都筑がアドバイスを送った。だが、



パァン!



「あれ?」

「ストライーク!」

「だからさ、出鱈目に振り回すんじゃなくて…、そうそ」

初球は出鱈目に空振りしたが、その後桜場は若干の修正を入れた。これを見た都筑、

―さっきよりはマシか。

ただそれでも指1本分短く持った程度。



パン!



「ストライクツー!」

指1本短く持ってもまたも空振り。

―駄目だこりゃ。

―ホンマに当たれば飛ぶバッターやな。

都筑、関川ともに桜場の2度の空振りに呆れる。

「桜場、おめまず当でるだけさしとけ!」

「はい」

徳山監督は桜場に指示を出す。すると関川が桜場がとった微妙な姿勢の変化に気付く。

―ん? テイクバック小さめにする気やな。手元をピッチャー寄りに近づけた。

少しでもタイミングを早めようという意図だろうが、普段から振り回すだけの人がそれで当てられるのだろうか。



パァン!



「ストライクスリー!」

―あーあ。

ネクストバッターズサークルにいる都筑が呆れる。

『空振り三振、今日初めて三振を奪いました山刀伐です』

「当たんなかった…」

桜場はこう呟きながら1塁側ベンチに戻る。

―まず振り回す癖を直さなアカンなコイツは。

関川は今の三振の改善点をこう結論付ける。

『9番 サード 都筑』

―今日は都筑にヒット1本。塁さ出れば次の2人が当たっでるし、ここいらで追加点取りてぇな。

徳山監督は都筑の出塁に期待する。

『さぁ繋げるか…、出れば当たっている上位に廻ります』

―廻さない。ここで断ち切る。

締まった気持ちで山刀伐は都筑に初球を投じる。



キーン!



『レフトへー、…ただ正面のフライ』


パシ。

「キャーッチ!」

レフトの笹森が正面で確りとキャッチ。

『3アウトチェンジ、山刀伐はこの試合初めて3者凡退に抑えました! この4回はお互い3者凡退で攻撃を終えました。序盤と比べますとすっかり落ち着いた試合展開になっています』

『そうですね。山刀伐は立ち上がりは不安定でしたが回を追う毎に安定した投球を見せています。一方片山は立ち上がりから素晴らしいピッチング。バックのミスで2点は取られましたがそれでもここまで自責点0、無安打無四球は立派です』

古屋が4回までの試合展開に触れて、続く形で小西が山刀伐と片山の両投手の出来を解説する。それが終わったタイミングで、

『さぁ、その片山が5回表のマウンドに向かいます』

マウンドには関川もいる。片山が関川に今後の展開を相談する。

「膠着してきたな…、どうする?」

「我慢しかないな。ホンマに次の1点が分け目になるで。その1点はオレらで取るから」

「任せたで」

すると、関川は片山に頑張れと言わんばかりに自分のミットで片山の胸をポンと叩き、自分の守備位置に戻った。

―よし…、頼むで皆。

片山は一瞬後方でボールを廻している内外野を見やる。

気合を入れて投球練習をする片山をよそに、3塁側ベンチではまたも円陣が組まれた。

「突破口を開くのは勿論、自分のスイングをしよう。あとボールの上を叩く、これ今までやってきた基本練習だからな。徹底しよう」

「はい!」

泉監督が練習してきたことの再確認の意味も込めて、改めてナインにアドバイスする。

「琵琶頼むよ」

「後も続いてくれよ」

ナインの檄に、琵琶がこう応える。

『5回の表、中山越ナローズの攻撃は、6番 サード 琵琶』

『さぁ…この落ち着いた状況をどちらが先に打破するか』

『こういう場面こそ焦らないことですよ』

琵琶が打席に入るところで、古屋の実況に小西の解説が続く。

―自分のスイングで、ボールの上を叩く。

―やらへんよ1点も…。次の1点はうちが取る!!

琵琶と片山がそれぞれ気合いを入れる。



パーン!



「ストライーク!」

『初回から積極的にストライクを入れる姿勢は変わりません。今の球も144km/hと速いですね』

『球速が一向に衰えませんね。ここまで無駄な球数を費やしていないことが大きいでしょう』

片山のファーストストライクを、古屋の実況に続けて小西が解説する。



パァン!



「ストライクツー!」

『空振り。今のはボールの上をスイングした感じですが』

『そうですね。初回からこの球を見ているのでもう眼は慣れていると思うんですよ』

今度はバッター・琵琶の視点で放送席コンビが語り合う。その上で古屋がN`Carsバッテリーに再び視点を変えて、

『2球で追い込んだN`Carsバッテリー。次も勝負か』



バン!



「ストライクスリー!」

『素晴らしいインコースの球に空振り三振! 片山は前の階から4者連続、そしてこの試合10個目の三振を奪いました。そしてここまでの奪三振はすべて3球三振です』

―なんか…、前に飛ばせる気配がない…。

泉監督が苦笑する程抑え込まれている打線。そんな筈なかったのにな。

『7番 センター 小国』

「1アウト、1個ずつ大事にいこう!」

「よーしいくぞ!!」

「いつでもこい!!」

1アウトをとったところで、関川がナインに声を掛ける。ナインも続々とそれに応えて声を掛ける。

『小国は今日は1三振。2打席目はバットを一握り…、いや二握りほど短く持っています』

打席にいる小国のバットの握り方を古屋が実況する。

―アウトコースに。

―ズバッと、やろ。

関川のサインに片山が応える。



ズバーン!



「ストライーク!」

『空振り。今のも速い球でした』

『しかしあれだけ極端に短く持ってしまうとアウトコースが打ち辛くなります。このバッテリーこういうクレバーさもありますからね』

今度は古屋がどちらかというと片山寄りの実況をしたのに対して、小西は片山とバッター・小国の立場の半々で解説する。

―出る執念は見えた。けどそれで100%ええ結果出せるとも限らんやろ。

―確かに速い。けどオレだってやることはやってきた。まず自分のスイングで塁に出れば…。

関川は小国のバットの握り方と初球のスイングから、執念は認めたものの結果に繋がるかまでは否定的だった。その小国は片山のストレートの速さを認めつつも対抗意識を燃やした。

『2球目、外の真っ直ぐ!!』



ガシィ!



―ん。

―当たった!

『バットの先っぽ、ボテボテのピッチャーゴロ』

短く持ったバットの先端に何とかストレートを当てたが、ピッチャー・片山の正面に転がった。

「開次、ゆっくり1塁にな」

「ああ、わかっとるわ」

『片山捕って、1塁の三池に渡ります』

関川の指示は片山は言われなくてもわかっていたが、それでも確りとゴロを捕るとファーストの三池にゆっくりと送球する。


パシッ。


「アウト!」

『2アウトランナーがありません。しかし久々に打球が前に飛びました』

『そうですね。2回以降中山越打線はほとんど当たってませんでしたのでね』

小西がこれに触れたことで、古屋はスコアブックの中山越ナローズの攻撃内容が書かれたページを確認する。

『スコアブックを見てみますと、2回以降の攻撃で塁に出たのが1人、ただデッドボールで塁に出た後牽制でアウトになっていますし、凡退の内訳も2回の有路のファールフライ、今の小国のピッチャーゴロ以外はすべて三振でしたので…、そうですね、小西さんの仰る通り殆ど前に飛んでいなかったということになります』

『8番 キャッチャー 有路』

「2アウト、ここ大事にいこ」

「よーし、落ち着いていこ」

N`Carsのナインがお互いに声を掛け合う。バッテリーはサインのやり取りを交わす。

―インコースの真っ直ぐから。

―え、それさっきと同じやなかった?

―ただし気合い入れてな。今日のアンタの球は気合が籠っとるで。

―わかった。



パーン!



「ストライーク!」

―皆が打てないのもわかる気がする。ボールの球速以上に気持ちが籠ってる。けど…。

有路は片山のストレートを独自ながらこう分析した上で、それでも何とか打とうとしていた。

ボールを片山に返した後で、関川は打者の有路を見やる。

―バットを短く持った、真っ直ぐ狙いやな。次これ。

―そうか、暫く真っ直ぐばっかやったしな。

有路のバットの握りを見た上でのサインに片山もその理由を内心でわかっていた。

―次…、きた、真っ直ぐだ!!



パァーン!



「ストライクツー!」

―そうかスライダーがあったんだ…。

ストレートを狙っていた有路、まんまと相手バッテリーに裏をかかれて空振り。

『スライダーで1つ空振りを取りました。変化球のキレも相変わらずです』

―次何だべ…? 真っ直ぐ…変化球…、どれだ…?

―空振りしてもタイミングは段々合っている。そのタイミングを外せば。

―よし…、コイツで!!

有路がこの2球を見て、狙い球が絞れず悩む。その傍ら関川はタイミングに着目して、片山にサインを出す。

―こうなったらセオリー通り真っ直ぐ1本で。

変化球を待ってストレートを打てないよりはストレートを待って変化球に合わせたほうが効率的、という考えに基づくものだ。



パコッ!



「あ…」



『縦のカーブに泳いだ、セカンドへのフライ! 手を挙げて構える』

合わせたは良いが、体勢を崩された。

「栄次!」

「オーライ」

関川が指示して梶原は落下点に入る。



タッ。



「キャッチ!」

確りと正面で捕った。

『セカンド梶原が掴んで3アウトチェンジ。この回も3者凡退に終わりました』

―打たされた…。モロにあのカーブに釣られた…。完全に裏かかれた…。俺ホント駄目かもしんないな今日…。打っても駄目、守ってもキャッチャーで何もできてない…。

―…さん…。

―山刀伐の先輩だというのに何1つ…、

「有路さん、ちょっと有路さん!」

「ん?」

「ちょっと何やってんすか、もうチェンジですよ?」

「えっ、あっ、そっか」

「急いで準備してきてください」

「ああ、すまない」

―過去のことにいつまでも囚われるとか、一番あっちゃなんねーことだろ。何してんだオレは。

山刀伐は今の有路の様子を見てこう諭したのかもしれない。つまりは彼のほうが周りをよく見ているのかも。

「キャッチャー急いで!」

球審の冨田さんにまで促され、有路は急いで準備を終えた。

その頃の1塁側ベンチ。

「よし、今度こそは点を取ろう!」

「絶対に次の1点取るからな」

「この回打順いいがら、絶対に点入れでこい!」

「はい!」

徳山監督がナインに檄を飛ばす前に、ナインが率先して追加点を取る意志を見せていた。

『5回の裏、N`Carsの攻撃は、1番 センター 萩原』

『N`Carsは打順良くトップからの攻撃です』

―点を取るって何度も繰り返して中々追加点が奪えてない…。先頭バッターからチャンスを作れば。

左のバッターボックスに入った萩原は、これまでのゲーム展開の反省と、

『N`Carsはこの回で3巡目』

―さっきはスローボールを待って振り遅れた。なら直球狙いで。

自分の前の打席の反省を踏まえて、狙い球を絞った。



キィン!



『捉えて、センターに弾き返したぁ~!!』

「よっしゃ!」

「瞬ナイバッチ!」

都筑、ネクストバッターズサークルにいる小宮山が今の萩原のヒットを称える。そのまま小宮山はバッターボックスに向かう。

『初球の真っ直ぐを振りぬきました萩原、初回以来の先頭バッター出塁です』

「よぐ打った、さぁ続くぞ!」

徳山監督も、ここがチャンスと言わんばかりに続く。

『2番 ショート 小宮山』

徳山監督、ここで小宮山にサインを出す。追加点を取れていないという状況を加味するとここは送りバントが一番考えられるが。

―バントだろうね。ほらもうバット寝かせた。

―この回が勝負の山だ。無失点で抑えてこい。

有路はキャッチャーズマスク越しに小宮山がバットを横に寝かせたのを見てバントと読む。泉監督は先頭の萩原が塁に出たことでポイントと読む。

『初球の入りは何でくるか…、走った!』

山刀伐がモーションを起こすやファーストランナーの萩原がスタート。


パン!


「ストライーク!」

『小宮山、バントを空振りだ!』

小宮山はバントを空振り、有路は投球を捕るやすかさず2塁へ送球する。



ザッ!



萩原は2塁へ滑り込んで、またも盗塁を決めた。

『盗塁成功、また萩原盗塁を決めました。ノーアウトランナー2塁』

―おいおい、さっきと同じじゃん。同じバッター同じランナーに何でこう易々と2度も決められちゃってんの。

―やられたくなかったが…、いいや、今はアウトを取ること優先だ。せっかくあいつのピッチングが落ち着いてきたとこだから、それは崩せない。

2回裏にも同一のシチュエーションで二盗を成功させられているだけに、泉監督は若干の憤りを見せたが、一方の有路は二盗のことよりも形に囚われずまずアウトを取ることに集中した。

「バッター集中!」

―山刀伐にはこれで何とかしてもらって、他をオレら8人でカバーする。

山刀伐含むフェアグラウンドで守る8人にこう声を掛けた上で、内心山刀伐にはランナーを気にしないように促した。

『小宮山は依然バントの構え。もうここは確実にというところでしょう』

小宮山がバットを横に寝かせ続けるのを見た有路は、過去の前例を絡めて山刀伐にサインを出す。

―三盗があるかもしれん、1球外す。ただし不用意な牽制は入れるなよ。

―わかりました。

『2球目。バントの構えから…、ファーストが前にダッシュ!』

山刀伐の投球モーションと同時に、今度はファーストの富沢が前に出る。



バシィ!



「ボール!」

中山越ナローズのバッテリーはサイン通り1球外す。当然ながらボール球なので小宮山はバットを引く。これに合わせて富沢もダッシュを止める。

『構えを引きました、バッテリーもここは1球外して様子を見ます』

『ランナーに動きがありませんので、ここは確実にバントで3塁へ進めるというのが狙いでしょう』

古屋の実況に、小西がセカンドランナーの萩原の動きを見た上で意図を推測する。

いずれにせよ5点目はやれない。中山越とすれば逆転できるのが残り6回と7回だけなので、萩原は還してはならない。

『3球目』

―もうバント1本だな。だったら内側でフライを上げさせる。

有路はここもバントと読んで、インコースに寄る。



バスッ!



「ボールツー!」

『インコースに少し力んだか、ワンバウンドのボール』

力んでしまったようだが、今度は有路はワンバウンドのボールを逸らさずに膝をついて確りと体で止めた。

―ん?

有路がボールを山刀伐に返そうとした時、目にネクストで控えていた永田が映った。

―あれ、そういえばアイツ今日まだヒットないよな…。てかバントも十分にできてなかったな。

一方で小宮山も再びサインを見る。ボールカウントが打者有利になり、少し変わるだろうか。

―えっ、ああ、はい、成る程。

―オレにも関係あるのかこれ。

どうやら、2塁ランナーの萩原にも関係があるらしい。

『4球目、ここもバントの構え。ファーストもダッシュの構え』

―あっ!



『ランナースタート!』

萩原がモーションと同時にスタート。



バシィ!



「ストライーク!」

―…あれ!?

投球を捕るや有路は3塁に送球しようとしたが、萩原が2塁に戻っていた。

『いや、ランナーはスタートのモーションだけでした。投球はストライク』

―走らないか。でも追い込んだし、2-2から三盗を仕掛けるのは三振ゲッツーのリスクもあるからやりにくい。となると考え得るは…。

―追い込まれだがらな、バントの構えはもう解除だ。短く持って右方向さ転がせ。…そう。

有路はノーアウト2塁、ボールカウント2-2のこの状況から相手が取る策を探った。一方、徳山監督は内心で小宮山にランナーを進めるバッティングに徹するよう指示した。

『これでカウントは整いました。カウント2-2ですのでヒッティングの構え。山刀伐、勝負球は何を投げるか』

―真っす…、違う!!



パン!



「ボール!」

『スライダー外れてボール、これでフルカウント』

―危ねぇ、もうちょいで引っ掛かるとこだった…。でも早めにスライダーってわかって良かった。開次のよりもボール1、2個分位早めに曲がったからわかった。

狙い球のストレートとは違っていたが、小宮山は片山の球筋と照合することで早めに見送ることができた。

―さて3ボール…。フルカンだから勝負に行ってもいいけど、ストライク行ったら打たれんだよな。況して小宮山はヒット1本…。次の永田と勝負した方が賢明だな。

『この3打席目は執拗に揺さぶってくる小宮山。フルカウントまで投げさせて、次の6球目は…、』



―あら?



スパン。



「ボールフォア!」

どこか気の抜けたようなボールが、バッター・小宮山よりもホームベースよりも遠くを通過した。有路はフルカウントになったところで色々考えた末に、この結論を出したのだ。

『最後は外に大きく外して構えました。結局小宮山をフォアボールで歩かせました中山越バッテリー』

「勝負しねぇって感じだったな」

「次の永田で2つ取る気か」

1塁側ベンチにいるN`Carsのナインも、今の1球の意図をあれこれ勘ぐろうとした。

ストライクゾーンから大きく外れたところに座り、勝負しないという意思表示で小宮山を塁に出した。座っての四球なので、公式記録上は敬遠の四球ではない。

『3番 ライト 永田』

『永田は過去2打席はいずれも凡退。いずれもキャッチャーへのファールフライで、1打席目は送りバント失敗の併殺打という結果になってしまいました』

「さぁ~て…、ここは決めて貰わねぇとな」

また徳山監督がサインを出す。このサインに、永田はケースを考えれば当然といった表情を見せた。

―問題は俺が転がせるかなんだよな…。

不安気ながらもバットを横に寝かせる永田を見た有路は、それを踏まえて山刀伐にサインを出す。

―もう構えてる。ま、当然か。

―上げさせますか?

―そうしよう。

『ここは大事に決めたいところですね』

『そうですね、次の三池が今日2安打ですから、尚更ここは決めておきたいですね』

サインのやり取りと並行して、放送席の古屋と小西はこのバントがいかに重要かを語り合う。

―取り敢えずヘッド下げないで、ボールの上を当てるように…。

と念じていたところに、高めの速球が。

―げっ!



キッ!



『あ――っ、上がってしまった! 山刀伐手を挙げる!』



パン。

「アウト!」

山刀伐が自らこの小フライを確りと掴む。

『永田またも送れず、1アウト1・2塁と変わります』

3打席廻って3打数ノーヒットで全てフライアウト、うち送りバント失敗が2打席で更にそのうち1打席は併殺打…。流石にベンチで凹んでしまった。

『4番 ファースト 三池』

「和義ー、凹んだキャプテンどうにか立ち直してやれや」

ネクストで控える関川が声を掛けた。

―アンタの凹み見てたら尚更やなこの回。

永田が凹んでいる様子を見て、関川は内心で意志を固めた後で、今度は片山に話を振る。

「なぁ開次」

「え?」

「オレらも打ったろや」

「おし」



キィン!



『ライトへ大きな当たり!』

前の2打席に続き、またも三池のバットから快音が響き、大きな当たりが放たれる。すかさず関川はセカンドランナーの萩原に指示する。

「おっし、瞬構えとけ!」

『2塁ランナータッチアップの構え、ライト延沢深い位置から…、』



パシッ。

「キャッチ!」

『掴んで、2塁ランナースタート!』

ライトの延沢がこの大フライを掴むや、すかさず萩原は2塁からタッチアップで3塁へ。

「オッケ、スタート完璧や!」

「和義ナイバッチ!」

萩原は3塁に達した。ボールは3塁までは渡らず、2アウトランナー1・3塁とチャンスが広がった。関川はセカンドランナーの萩原の好スタートを、ファーストベースコーチャーの中津はアウトにこそなったものの三池のバッティングをそれぞれ称えた。

『ボールは中継のセカンド止まり。三池のライトフライで2塁ランナーを3塁へ進めました、5回の裏のN`Carsです』

『5番 キャッチャー 関川』

「タイム!」

『そして5番の関川を迎えるところで、一旦キャッチャーの有路がマウンドに行きます』

―何の相談やねん。けど何も関係ないわ今は。

右のバッターボックスの前で数回素振りをしながら、関川は集中力を高めた。

「内野近いとこ!」

有路が内野にこう指示を出したところで、冨田球審がコールする。

「プレイ!」

―打ち返す。このチャンス…、

『1塁ランナースタート!』

関川が集中していたところで、ファーストランナーの小宮山がスタートした。



パン!



「ボール!」

『キャッチャー1球外して…、いや投げるモーションだけ。小宮山の2塁盗塁という形で2アウト2・3塁に変わります』

スタートを受けて山刀伐に1球大きく外させた有路は2塁に送球のモーションだけを見せて、実際には送球せずに敢えて小宮山に盗塁をさせた。

「あれ、今のノーサイン?」

「ノーサインやない? 1・3塁やったら1塁ランナーはスタートがお約束やもん」

「1・3塁と2・3塁比べたら2・3塁のほうが点取りやすいべ?」

―てことはノーサインか。

都筑の質問に片山の答えと解説、更に徳山監督のアシストを聞いて、内心でこう結論付けた。同じ頃、有路は内野に改めて指示を出す。

「内野ボールファースト! ランナー気にしなくて良いよ!」

これで打者・関川との勝負に集中できる。やりやすくなったと確信した有路、関川の過去の打席から変化球勝負で打ち取れると画策した。

―1打席目はこのカウントからスライダーを空振り。一応ファールチップだけど、あのような少し掠った程度じゃ十分に捉えられないな。スライダーをポンポンと放って。

―わかり…、えっ? でもさっきスライダー見られたような…?

―見送ったのはまぐれ。俺が外にリードしたせいもあるよ。実際変化球は無理でしょ。

―わかりました。

一瞬疑問を抱えつつも、山刀伐は有路のサインを受け入れた。

『さぁバッテリーは関川には勝負一択』

―…、スライダー、



キィン!



―見えたでスライダー!!

今度ははっきりとスライダーだと確信した関川、その軌道がはっきりと見えるやバットの芯で確りと捉えて振り抜いた。

「え…」

「センター!」

山刀伐は一瞬驚く。有路はキャッチャーズマスクを外してセンターの小国に大声で指示する。

『センターの頭上に大きな打球―!!』

―やめろ、まさか…。

中山越ナローズのバッテリーは2人ともこの大きな当たりに嫌な予感が過った。

『伸びてどうだ、入っ…』



ドッ!



『いや、フェンスの一番下に当たった! 3塁ランナーすでにホームイン、2塁ランナーも今ホームに還ってきました!! 打った関川も2塁へ、2点タイムリーツーベース!!』

フェアグラウンドに跳ね返って来たクッションボールを小国が処理して中継のショートの堺田に返したが、そこまで。

「浩介ナイバッチ!」

「やっと欲しかった点が入った…」

関川の今の素晴らしい長打を称える者、久々に追加点が入ったことに安堵する者と反応はまちまちながらも良いムードになったN`Carsベンチ。

「流石やな。けどいっそ柵越せば良かったやん」

「ランナー還すだけで十分やろ。それより開次も続けや」

「はいよ副キャプテン」

片山と関川は共にこう言ったが、親しみが籠っているというのが良い。昔と今とで住んでいる所は違うが、2人とも同じ環境で生活してきただけのことはある。

『そして中山越ナローズは2回目の守備のタイムをとります。これ以上追加点は与えてはいけません』

また初回のような集中打を浴びてしまうのか。立ち直ってきただけに、その不安が過る…。

「じゃあそれでいこ!」

「よし!」

この後の作戦を決めて音頭をとって、

『伝令と、内野陣がそれぞれ戻ります』

『バッターは、6番 ピッチャー 片山』

『どうでしょう、この片山にはまたランナー2塁で廻ってきました。ここまで2打数1安打、その1安打はタイムリースリーベースヒットで凡打も速いライナーでした』

『長打だけは避けたい場面ですね。外野も深めにシフトしました』

古屋が片山の今日ここまでの打撃成績や状況を交えて小西に問いかけ、小西は場面状況を結論付けて、外野の守備体系も伝える。

―引き摺るなよ。ここを耐えて反撃するんだ。

―912345…、3人ずつできてもオレにもう1打席ある。2点だったらまだ余地はある。

泉監督も山刀伐も、ここは一層気を引き締めた。

『7点目が入れば本当に苦しくなります。それだけにここは何としても締めたい』



キィ―ン!



『初球からいった、ライトへ大きな当たり!』

「延沢捕れーっ!!」

有路がキャッチャーマスクを外しながら叫ぶ。山刀伐も捕ってくれと念じる。

『深めに守っていたライトですが、さらにフェンスまで下がる!』



パン。

「キャーッチ!」

フェンスまで下がったところでグラウンド側を向いて、確りとキャッチ。

『フェンスギリギリで掴みました、3アウトチェンジ! ランナー2塁に残塁です』

延沢が捕った瞬間、中山越のバッテリーと監督は安堵したのか、その場で一息ついた。

―良かった…。どうにか止まった…。

―予め外野深めに下げてて良かった…。

―何とかまだ反撃できそうだ…。

その傍ら、片山は2塁付近で今の打球が飛んだコースを見ていた。

―ひと伸び足らへんかったかな…。けどまず2点入ったし、良し良し。

直ぐに納得して、ヘルメットを取りながら1塁側ベンチに引き上げた。

『5回の裏が終了、6対2。この試合初めて4点差が付きました、大会2日目北郡球場の1回戦第3試合です。それではグラウンド整備の間にこの試合、5回までをハイライトで振り返ります』

「整備の間は…」

「キャッチボールとか、ちょっと休むとか…とにかく邪魔さなんねぇようにな」

永田が聞いて、徳山監督が答える。ナインは監督の指示を基に、グラウンド整備の時間を過ごすことにした。


テレビの画面では、左上に「ハイライト」というテロップを出して、この試合の開始から5回裏終了までをダイジェスト形式で放送している。

『1回の表の中山越は2アウトからエラーのランナーを2塁において、エースで4番の山刀伐』

キィン!

『スライスしていく打球ではあったんですが、これをライトが頭に当ててしまいます。外野深くまで転がる間にバッターランナーまで還ってきてノーヒットで2点を先行。しかしその裏N`Carsは1番の萩原が、』

カキーン!

『初球をセンターに弾き返して、これがスリーベースヒットに。チームとして公式戦初ヒットでチャンスを作ると、続く小宮山』

キィン!

『三遊間を早い当たりで抜くレフトへのタイムリーヒット。チーム初得点を僅か2球で挙げます。その後バント失敗のダブルプレーで2アウトランナーなしとなったところで、4番三池がこの一振り』

キィ―ン!!

そして別角度からカメラが撮影した映像も。

キィ―ン!!

『これがレフトスタンドにまで届く大会第2号のホームラン。主砲の一発で同点とします。さらに続く関川がツーベースヒットでチャンスを作り、エース片山が、』

キィ―ン!

『右中間を破る勝ち越しのタイムリースリーベースヒット。自らも打で貢献して逆転に成功、この後ワイルドピッチで4点目を加えます。その後は両先発投手が投げ合い、2回から4回まではお互い無得点。5回の表にN`Carsの片山投手はこの試合10個目の三振を奪います。一方、中山越ナローズの山刀伐投手も2回以降は落ち着いたピッチングを見せてきましたが、5回裏にN`Carsはその山刀伐からチャンスを作ります。ヒットとフォアボールなどで2アウト2・3塁とした後、5番の関川』

キィン!

『スライダーを捉え、センターオーバー、なんとフェンスの一番下に当たる2点タイムリーツーベースヒット。初回以来の得点をまず先にN`Carsが掴みます』


『…というここまでのハイライトでした』

この実況と同時に、テレビの画面が、ハイライト画面から現在の北郡球場を映した画面に替わる。

グラウンド整備もだいぶ終わり、水撒きの作業が行われている。

「整備員に挨拶して、撤収したらグラウンドに」

「はい」

徳山監督が永田に次の指示を与えて、永田は整備員の様子を窺う。

水撒きが終わり、整備員たちが撤収作業を始めた。

「グラウンド整備、ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

永田を先頭にN`Carsナインが整備員に挨拶すると、

「よしいくぞ!」

「おー!!」

続けて永田の音頭でナインは6回表の守備に就いた。

『さぁこれから6回の表、4点を追う中山越ナローズの攻撃。ここまでの両先発投手の球数なんですが…、5回を終わって片山は50球丁度、そして山刀伐は何と43球と、お互い非常に球数が少ないここまでの試合展開になっています。小西さん、今後の展開としては?』

『そうですね…、まずはここまで両投手がハイテンポできていること。これは無駄な球数がないのと、あとN`Carsが積極的に振っているということですね。中山越ナローズもまだヒットこそ出ていませんが初球から振ろうという姿勢が少しずつ見られます。ですからお互いにテンポを崩さないようにするのと、次に両チームの攻撃ですね。スコア上は6対2ですが、そのうち今から攻撃に移る中山越は2点は2アウトから相手のミスでもらった得点です。これに対しN`Carsの6点は得点を挙げた1回5回は共に先頭バッターがヒットでチャンスメークをしている。要するに先頭バッターが出て攻撃のリズムを作る、自分たちでチャンスを作れるかがカギですね』

古屋はスコアブックに記録したN`Carsの片山、中山越ナローズの山刀伐の両投手の球数を基に今後の試合展開についてを尋ねて、小西はその理由を述べた上で今後の試合展開のキーポイントを語る。

長くなってしまったが、要約すれば攻守とも自分たちでリズムを作るべし、ということである。

『6回の表、中山越ナローズの攻撃は、9番 ライト 延沢』

『この延沢からチャンスを作れるか…、1人出れば中軸に廻ります』

―最後まで気ぃ抜いたらアカンで。

―任したれや。最後まで全力で行ったるわ。

NCバッテリー、お互いに内心で全力プレーを誓い合う。



パーン!



「ストライーク!」

『真ん中、しかし空振り!』

「いいぞ-開次、球走ってるぞ!!」

「それでいこそれで!」

―アホ、今まで通りそれでやってきとるわ。

バックはいつものように声を掛けるが、片山は内心でツッコミ気味に返していた。



パーン!



「ストライクツー!」

『これも空振り、2球ともストレートでした』

『延沢もバットを短く持って対応はしているんですけども…、それよりもこの片山のピッチングが上回っています』

―塁に出たい…。とにかく出たい…。

古屋の実況に、小西がバッター・延沢のバットの握りと片山のピッチングを比較して解説する。それを聞いた古屋はおそらくは延沢の意志であろうことを絡めて実況する。

『どうにかチャンスメークをしたいところですが、テンポよく第3球』



パーン!

「ストライクスリー!」

「あぁ…」

『空振り三振、先頭延沢塁に出ることができず。片山は11個目の奪三振』

3塁側ベンチは落ち込みムード。しかし、

「はい切り替え切り替え!」

「こっから仕切り直そう!」

泉監督、そして山刀伐が率先して声を掛ける。

「まだ終わってねぇぞ! 堺田塁に出ろ!」

有路も、これから打席に向かう堺田に声をかける。

『1番 ショート 堺田』

「堺田意地でも繋げ!」

「おぅ!!」

山刀伐の声掛けに、右のバッターボックスに入った堺田が吠える。

『中山越も3巡目に入ります。堺田は今日2打数2三振』

―今日堺田は相性が悪い。頭から全力でな、この回は912でピシャリや。

―よーし…!!

関川が片山と堺田の相性を過去の打席から結論付けて、片山にサインを出す。



パーン!



「ストライーク!」

『空振り』

『しかし先程の延沢といい、ちょっと闇雲に振ってる感じがありますね。2イニングで4点差を追いつかなければならないと焦っているようにも見えます』

『もう少しじっくり待ったほうが良いですか?』

『そうですね、積極的に振るのは良いことですが、かといって何でもかんでも振って良いという訳でもないので、もう少し落ち着いてボールを見極めた方が良いと思います』

初球の空振りを見た小西が中山越ナローズの各バッターに焦りが見られると感じて、古屋の質問に答える形で落ち着くよう諭す。




パーン!




「ストライクツー!」

『外のボール』

『これも、コース自体は確かにストライクでしたが落ち着いていればもっと手元まで引きつけられた筈です』

『2球空振りで追い込んだ片山。初回からこのテンポは乱れません』

焦りの見えるスイングを繰り返す中山越ナローズのナインに苦言気味にアドバイスを送る小西に対して、テンポを乱さずにピッチングを続ける片山を実況する古屋。



パーン!



『空振り三振。12個目の奪三振です』

「2アウト2アウトー!」

「こっからガッチリいこ!」

「ビシッと締めよう!」

NCナインがグラウンドからベンチから、お互いに声を掛け合う。

『2番 セカンド 赤倉』

「赤倉、何でも良いから塁に出ろ!」

「えっ? 何でも?」

「お前の得意技だろこういうの」

―あ、じゃ何でもやっていいんだ。

山刀伐は打席に向かう赤倉にこう言った。そして次の富沢にこう質問された。

「何でも良いとか言ったけど、赤倉出てもオレらで還せなかったら意味なくない?」

「還すんだよ。だからああ言ったんじゃん」

―この場面でメンバーを信用しないでどうする。

山刀伐はこう答えた。この打席を逃せばほぼノーチャンス…。それだけに、何としても出て貰いたい。

―あのインチキ坊主か。

―さっきの2人を見れば、この打席は尚更塁に出ることに執念を燃やしてくる筈や。

―さっきの2人はそれが空回りしたと思えばええか。問題はコイツ…。セコいんよなやることが。

―初球からストライクか?

―それでもし何かやってきたら、あとはもう切り捨てや。

―わかった。

赤倉を迎えるところで、NCバッテリーは過去の打席を交えて攻めの相談をする。関川はサインを出して、相手の作戦次第では攻めの内容を変更することを示唆した。

『この赤倉から山刀伐までの3人は今日出塁があります』

赤倉のバットの握りを見て、関川はサインを出す。

―バットが短い。外のストレートや!

『初球、関川はアウトコースに寄った』



カッ!



「ファールボール!」

『初球は3塁側ベンチへのファール』

「あれ、振り遅れた」

―振り遅れた…? 完全なスイングやなかったで?

―バット短く持って、当てて振り切らんかった。まさか?

関川は赤倉の台詞と初球のスイングに、どこか矛盾しているような気がした。片山も、このスイングに何か狙いがあるような違和感を覚えた。

「審判、タイムを」

「タイム!」

ニューボールを受け取るとすぐに関川はタイムを要求。冨田球審はすぐにタイムを宣告した。

『関川がここで一旦マウンドに行きます』

関川は丁寧に口元をミットで隠したまま、一瞬3塁側ベンチをチラッと見た。

「何の意図や思う?」

片山も同じく口元をグラブで隠す。

「ファール打ちやない?」

「やっぱりか。通りであの台詞棒読みやったわけや」

「台詞? 何か言ったんかアイツが?」

「振り遅れたってな。それにしちゃ怪しい思ったわ」

「あれでオレを疲弊さすつもりやな。ホンマは勝負したいけど」

「えっ、勝負?」

「けどやめや。セコい手口で塁に出るようなプレーヤーには勝負せんわ。さっきもそうやったろ?」

「―あっ」

関川は赤倉が第2打席で出塁した時のシーンを思い出した。

インコースの膝元ギリギリの球を見送った直後にズボンに掠ったとアピール。これが通ってデッドボールの判定になったが、正直掠ったかどうかもわかりにくいコースだった。しかし何かの拍子に方向が変わったというわけでもなかったし、掠ったような音も聞こえていない。正確なところはわからないが、そうだとしたらこれはやはり偽装工作だろうか。

「わかった。富沢勝負で」

「さ、戻って」

「はい」

関川が片山の提案を受け入れたところで、冨田球審に促されて定位置に戻った。

『関川が戻ります。この試合初めて間合いを取りましたN`Carsのバッテリー』

『中軸の手前ですので、4点リードはありますがここで切りたいところでしょう』

小西は、今古屋が触れた間合いの意図をこうだと推測する。

「プレイ!」

『関川再びアウトコース寄り。徹底した外角攻めにくるか』



パシィ。



「ボール!」



―えっ?

『2球目はアウトコースに大きく外しました。このあたりは少し慎重になるでしょうか』

―随分はっきりゆっくり外したな。

―これをあと3つ。

2球目の緩く外した球に、今度はバッター・赤倉が一瞬驚きを見せた後、疑問を抱く。古屋はこう推測、と思いがあるそれぞれ交錯する中で、関川はこのボールを続けるようリードする。



パシィ。



「ボールツー!」



『これも外にはっきりと外しました。これは…、ひょっとするとこの赤倉とは勝負しないということでしょうか?』

『かもしれませんね。次の富沢で勝負するんでしょうけど、この赤倉は走攻守何でもできますので、塁に出た後大胆な策を仕掛けてくるかもしれません』

2球続けたところで古屋は改めて推測、小西は同意しつつもその先のことを赤倉のプレースタイルを交えて予測する。



パシィ。



「ボールスリー! カウント3ボール1ストライク!」

『ここも外します。もうこれは歩かせというふうに考えて良いんですね?』

『そのようですね、このバッテリー。積極的な攻めの投球を見せてきた中でこういう判断は何かバッテリーの中でも考えるところがあったかもしれません』

歩かせと結論付けた古屋に、小西が同意した上で今度はNCバッテリーの心情を踏まえて推測する。



パシィ。



「ボールフォア!」

『結局赤倉とは勝負せず、1ストライクの後すわったまま外に大きく4球外しました』

ラストボールを捕った後、関川はマスクとミットを外し、両手でボールを捏ねる。右膝をついたまま捏ねたボールを返す。

「オッケ、皆バッター集中な!」

「っしゃ、いつでもこい!」

「二遊間もランナー気にせんでええから!」

「オッケ」

片山にボールを返した後で、ナイン、そして二遊間に指示する。

『3番 ファースト 富沢』

『中山越ナローズは3回以来のランナー。赤倉がまた塁に出ました』

『ここで4点のうち何点かは返しておきたいですね』

『今日中軸は未だノーヒット、しかし3人とも外野へ打球が飛んでいます』

古屋と小西が放送席で語り合う中、関川は先程の赤倉の時と同様、富沢の過去の打席を基にデータを出していく。

―インコースのできるだけ根元寄り。富沢は外角はええけど内角は打てへんバッターや。ここで詰まらせるか空振りさせる。

―よし。

片山が関川のサインに頷いたタイミングで、

『四球の後の初球はどちらにとっても大事です』

小西が改めてこのシチュエーションがキーポイントであることを強調した。

『その初球…、ランナー走った!』

―そうはさせるかい!!

赤倉がモーションと同時にスタートしたが、片山は意に介さず初球を投じる。



ギィン!



『詰まった当たりはショートゴロ!』

「涼!」

バッテリーの狙い通り、インコースの体に近いところを振らせて、打球を詰まらせた。ゴロが小宮山の前に飛ぶや、関川はすかさずキャッチャーズマスクを外して指示する。

『ショート捕って…、』



パン。



『あっ、捕れない! 弾いた! やや3塁寄りに転がって、どこにも投げられない!』

グローブで弾いてしまい、小宮山の右側にボールが転がる。拾い直した時にはどこにも投げられず。赤倉は2塁に滑り込み、富沢も1塁を駆け抜けていた。

「セーフ!」

『オールセーフ、2アウトランナー1塁2塁!』

「涼…、もしかしてランナー意識した?」

「いや…、単にアウトを焦っただけ」

「アウト1つ取るのに焦ることないで。まずは練習通りのプレーや、結果はその後」

「ごめん」

「詫びるな、今のドンマイや。次いこ次」

片山は詫びに行こうとした小宮山を逆に励まし、最後は右手で彼の右肩をポンと叩いた。

『中山越は初回以来の得点圏のランナー。このチャンス活かせるか』

『4番 ピッチャー 山刀伐』

『ランナーを置いての打席は2回目。初回は相手のエラーを誘って2点を貰いましたが、塁上に走者がいるこの打席でも自分のバットで反撃できるか』

ウグイス嬢のアナウンスを挟んで、古屋が中山越ナローズの、更に限れば山刀伐の立場から実況する。

―ここが大きな山場やな。山刀伐もアウトコースには強そう。追い込んでからの高めの球は振る。

―打席のホームプレート側に目一杯近づいとる。外角狙い、内角はあの位置やったら打ちにくい。

―インコースにスライダー。

―スライダー?

―インギリギリに居るところを仰け反らせる。その残像を活かして次で打ち取る。

―ストレートは確かに合ってきてるしな、一杯にストライク、ってか。

関川は今度は山刀伐を迎えるところでここがキーポイントと見定めると、同じように過去の打席からデータを出していく。片山は山刀伐の打席内での立ち位置から狙い球を読む。その上で関川はサインを出して、片山も意図を読んで応える。

『フォアボールの後初球を打ってエラーで出ました。さぁここも初球の叩きどころ』

―スライダーやで。

―わかってま…、!



―アカン!

キィン!



関川はインコースのスライダーを要求していたが、すっぽ抜けたか、ボールは真ん中へ。これを山刀伐はすかさず打ち返す。

『中に入ったボール、1・2塁間破ったぁ~!!』

「やった!!」

山刀伐のヒットに、3塁側の中山越ナローズのナインが喜ぶ。

『セカンドランナー3塁を廻っ…』


「!」

「おい!」


『あ――っ、ライトがボールを逸らした!! 3塁で止まりかけていた2塁ランナー、それを見てホームへ!!』

ゴロで飛んで来たライト前ヒットを、永田がまさかのトンネル。永田は勿論まずいという内心のリアクション、片山はこの失態に思わず声を上げ、サードベースコーチャーのジェスチャーと指示で止まりかけていた赤倉はホームに向かって再スタート。

「瞬急げ、バックホームや!」

関川がセンターの萩原に指示した時には、既に赤倉は3点目のホームを駆け抜けていた。

『1人ホームイン、ライトとカバーのセンターがボールを追う間に1塁ランナーもホームへ!』

「栄次カット!」

関川の指示でセカンドの梶原が外野からの中継に入った段階で、1塁ランナーの富沢も4点目のホームイン。

『カバーのセンターから内野にボールが還るが、もうバッターランナーも3塁を回っている!』

「バックホーム!!」

梶原は返球をカットすると、素早くホームベース手前で待ち構えている関川に繋ぐ。

「セーフ!!」

ストライクの返球が来るもタッチできず、山刀伐はホームに滑り込んでいた。

『返球間に合わない、山刀伐もホームイン! 何とまたエラーが絡んでバッターの山刀伐含めランナー全員が還ってきました、6対5!!』

「よっしゃ、1点差だ!」

「山刀伐ナイバッチ!」

先程までの沈黙したムードが一転、盛り上がりを見せる3塁側ベンチ。

『打者22人目、打数でも20打数目にしてようやく初ヒット、その初ヒットが相手のエラーまで誘い1点差に迫る大きな3点を呼び込みました!』

『しかも打ったのがエースで4番でキャプテン、大黒柱の山刀伐ですからね、これは大きいですよ!』

この盛り上がりに乗じてか、放送席の古屋・小西コンビも今の3得点を絶賛した。

一方、片山と関川はホームベース付近でまた話していた。

「すっぽ抜けたわ…、すまん」

「ええから、アンタもさっき涼に気にすんなみたいなこと言ったやんか。それにまずサインと違うボールをわざと投げるヤツと違うで、開次はさ」

「わかってくれて良かった」

だが、ここでも心無い観衆の無慈悲な言動が。しかしバッテリーはお構いなし。

「放っとけ、アイツら結果論でしか語れへんねん」

「永田気にすんなよ、ガン無視でええから!」

―よし、仕切り直し。

永田は自分のグラブを右手で叩き、気合を入れ直した。

―そう、そんでええねん。

『5番 レフト 笹森』

『1点差に迫って、まだ2アウトですから逆転できる可能性は十分あります』

これから中山越ナローズは下位打線に向かうが、得点を挙げた直後だけに古屋は押せ押せムードであることを強調した。

「初球だ、初球からいけ!」

「逆転できるぞ、どんどん打っていこ!」

3塁側ベンチも古屋の実況通りではあったが、片山は、

―それやったらどんどん振らなアカンやろ。同じこと易々とやらせんわ!

この強気な姿勢。振らなければ打てない、まずはバットを振れという考え方。



キィン!



パーン!



「キャーッチ!」

梶原が涼しい顔でグローブを頭上に差し出して捕る。

『初球攻撃もセカンドライナー。梶原がグラブを高く伸ばして捕りました、3アウトチェンジ』

『今のインコースの真っ直ぐ、芯を外していましたね』

『外した?』

『芯を外して打たせた感じのボールですね。とはいえ球威はまだまだありました』

小西が、笹森が打つ瞬間にボールがバットの芯を外れていたことに気付く。しかもそれが初めからNCバッテリーが意図したことであるとも推測した。

『6回の表、チーム初ヒットに相手のエラー等もありまして3点を返し6対5、その差1点に迫りました中山越ナローズです』

―1点ならまだわからん。これでオレが無失点に抑えて、万全の状態で7回の攻撃につなげればチャンスはある。

自分のバットで大きな3点を呼び込んだ山刀伐、気を奮い立たせて今度は6回裏のマウンドに向かった。1塁側ベンチでは、これから攻撃に移るN`Carsが円陣を組んでいた。

「1点差さ迫られたがらって、焦るなよ。自分たちのやるべきことさ徹すればそれで良い。わがったな?」

「はい!」

徳山監督がナインにアドバイスを交えて檄を飛ばす。

その円陣の中心に、再び永田が入る。この回先頭の梶原、続く桜場は既に抜けている。

「やるべきことね。まずは1点。追加点取るぞ!」

「おー!!」

永田の音頭でN`Carsナインは再度気合いを入れる。

『6回の裏、N`Carsの攻撃は、7番 セカンド 梶原』

『1点をリードするN`Carsはこの回は下位打線から攻撃が始まります』

『この6回裏、0点か1点かでだいぶ変わってきますからね、お互いに大事ですよ』

その前の6回表で中山越ナローズが押せ押せムードになっただけに、お互いに自分のチームに良いムードを引き寄せる上では6回裏の得点が鍵となることを小西が述べる。

『今日まだヒットのない梶原。しかし良い当たりもありました』

古屋はこう言及したが、その梶原は、

―リードしてるけど攻め続ける。守りに入ったら隙ができる。

内心前向きであった。



パシッ。



「ボール!」

『初球は外のボールから入ってきました。先頭バッターを出さないように慎重に、というところでしょうか?』

『そうでしょうけども、慎重になり過ぎてもいけません』

初球の入りを古屋が推測して、それを踏まえて小西が同意しつつも忠告する。

梶原は左足をもとの位置から3分の1程ホームベース寄りにずらした。

―これでインコースへ来たら開けば良い。

あくまで外角狙い、左足の踏み込みはその誘い。内角なら開いて打ち返すだけ。コースはセンター方向。

―中寄りだ!!



キィン!



『ピッチャー返し、低い打球が地を掠めセンターへ…、』

「やっ…」



パン!



N`Carsナインが喜びかけたのも束の間、速いゴロの打球はセカンドベースのすぐ後方付近でグローブに収まる。

『いや抜けない、セカンドが逆シングルで捕った! その位置から踏ん張って1塁へ!』

「でやっ!」


「アウト!」

打球を捕るやすぐさま両足で確りと踏ん張り、体を左方向へ半回転させてファーストの富沢に送球する。

『1塁間一髪アウト、軽快に捌きましたセカンド赤倉、ファインプレー!』

「良いよー赤倉!」

「ナイスセカン!」

「1アウト1アウトー!」

先頭バッターをファインプレーで打ち取った中山越ナローズのナインが声を掛け合う。

1塁側ベンチに戻ってくる梶原の近くで、1塁側のブルペンにいた片山が、

「ナイバッチ。アイツは巧いわ」

と言った。するとブルペンで球を受けていた相澤が、何かを気にした。

「巧い? じゃさっき歩かせたのは?」

「ああ…、あれはアイツが1個前にインチキプレーやったから」

―は? マジかよ…。

すると相澤、マスク越しに眉間を寄せ始めた。しかし片山がそれを制止した。

「ええからそんな睨まんでも…。アイツはセコいけど巧い、そんなプレーヤーや。今の守備見て見直したわ」

「上のヤツらが欲しがりそうな」

「さぁ、そこまでかは…」

『8番 レフト 桜場』

『1アウトで、この桜場もヒットなし。しかし大きなセンターフライを第1打席で打っています』

「さあこっからこっから!」

「俊和ー、振り回すなよ」

「お前の悪い癖だからなそれ」

片山と、さらにネクストにいた都筑にまでこう促されている。しかし、



パーン!



「ストライーク!」

初球を空振り。

「アホ、さっきオレ振り回すな言うたやろ!」

「さっきよりはマシや」

「どこがやねんあの空振りで」

「バット短く持っとる。それからスイングも少しやねんけどコンパクトやで」

関川は打席の桜場を指差しながら、片山のほうに顔を向けて至って冷静に説明した。

「…あそ」

―どうも浩介のクレバーさにだけは負けるわ。

さっさと肩を温存してよう。あと1イニングあるから…、そう思った瞬間だった。



キィーン!!



「!?」

「えっ」

「うそぉ!?」

「何やてぇ!?」

NCナインは勿論、中山越ナローズのナインもこの快音に驚く。

『センターへ大きな打球―、小国下がっていく!』


ポーン!


『その右を破った!』

右中間寄りの後方に小国は下がっていったが、差し出したグローブの少し右側を打球が通過した。

「よっしゃ廻れ!」

「2つや2つ!」

打球が抜けるや中津と関川が桜場に2塁へ行くよう声を掛ける。

『センターからボールが内野へ…、打った桜場は2塁ストップ!』

ボールが内野に返されたのを見て、桜場もセカンドベースを廻ったところで止まった。

「よーし、ナイスバッティン!」

―ホンマに当たれば飛ぶんやなアイツ。

1塁側のブルペンから、片山が内心こう思いつつも声を掛ける。

「そうそう、その感じのスイングやで!」

「さあ健頼むよ」

「ん」

続けて、関川が今の桜場のスイングを褒めて、この後ネクストバッターズサークルに入る萩原が都筑に声を掛ける。

『9番 サード 都筑』

「ここは1点欲しいとこだがらな」

徳山監督がここも動く。大事な場面なので、何としても、という思いだろう。

―よし…、やっぱそれか。

都筑は徳山監督のサインを見て、すぐにバットを寝かせた。

『今日当たっている都筑の前にランナーが出ましたN`Cars、ここは大事にいきたい』

『ご覧のようにバントの構えをとっていますが、次の1・2番も当たっているのでね、古屋さんの仰る通りここは大事にいく場面ですよ』

『ファーストはやや前』



バシィ!



「ストライーク!」

『アウトコース一杯にまずはストライク』

―やっぱ3塁前だな。これでわかった。

バントの構えからバットを引いて初球を見送った都筑は、同時にサードとファーストの動きから転がすコースを決めた。同じタイミングで徳山監督も、

「あそこしかねぇな。2塁さランナーいるがらサードはベースがら動けねぇ、したら3塁方向さやられだらピッチャーが捕りさ行ぐしかねぇんだな。都筑、わがってるな!?」

「はい!」

一方、泉監督もまた今の1球を見て考えていた。

「山刀伐、投げ終わったらマウンド降りろよ!」

「はい!」

―1塁方向にやらせればそれまでだが、そう簡単にはやってこないチームだからな。試合しててそんな感じがした。

試合が進むにつれて、泉監督も対戦相手の実力をこう評価した上で山刀伐に指示を出した。

『キャッチャーまたアウトコース寄り』



コン。



『3塁側にバントした!』

―やっぱりか。これじゃ1塁だ。

山刀伐がマウンドから3塁側にダッシュして捕りにいく。

「ファースト!」

有路の指示で山刀伐は1塁へ送球する。ファーストベースのカバーにはセカンドの赤倉が入る。

『3塁は間に合いません、1塁へ送球。ベースカバーの赤倉に渡って送りバント成功です』

「オッケオッケ、ナイバンナイバン!」

1塁側ベンチに戻ってくる都筑に、ナインが今の送りバント成功を称える。

『N`Carsは今日2つ目の送りバントを成功させました。2アウトランナーが3塁』

「よし、決めろよ!」

「ここどんどん打っていこ!」

徳山監督と小宮山が、続けざまに左のバッターボックスに向かう萩原に声を掛ける。

『1番 センター 萩原』

『4巡目に入って、今日2安打の萩原』

『当たっているバッターに最高の形で廻りました、ここは活かしたいところですよ』

2アウトランナー3塁で今日2安打の萩原。N`Carsとすれば、小西の解説通りベストタイミングで廻って来た。打席に入った萩原は、すぐに狙い球を絞る。

―よし、さっきと同じように、真っ直ぐ狙いで。

一方の山刀伐、

―何とか1点差でこの回を終える。オレらだって負けたくてこんなに点取られてるわけじゃねぇんだ。絶対に次の回、意地でも逆転してやらぁ!!

セットポジションから気持ちを込めて初球を投じる。

―真っ直ぐだ!



ガキィ!



『初球からいった、詰まった当たりはショート後方!』

狙い通りのストレートを萩原は振り切るが、山刀伐も気持ちが込もっていたボールを投げた為か詰まって、面白いところに上がる。

「堺田ぁ!」

―難しい打球だが捕れ!!

『ショート堺田、懸命に背走してジャーンプ!』

捕れと念じる中山越バッテリー。落ちろと念じる都筑・萩原。

―どっちだ…!?



パン。



『センターも前に出てくるが…!?』

堺田のグラブが上がる。その中にはボールがあった。


「キャーッチ、キャーッチ!」

『捕ったー! 難しい打球ですが堺田よく捕りました、ファインプレー! 3アウトチェンジ、ランナー3塁に残塁!』

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