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The Baseball Novel  作者: N'Cars
3/127

いよいよ開幕…

「それで3日後開会式を羽前球場で8時半から。であとは2日目第3試合さ向けで練習だな」

徳山監督はメンバー全員に背番号を配り終わると、今後の日程についてこう話した。

「プログラム配りますか」

「よし、じゃあこっから1人1部ずつプログラムを持ってって。そして入場行進の練習したらグラウンド整備してクールダウンに入ろう」

メンバーは一部ずつ、大会のプログラムを持っていった。

そのプログラムには、試合での諸注意や山形48チームの登録選手名鑑が掲載されている。そこにNCも掲載されていたが、肝心の主将がまたしてもガチガチになっている。

「何したん?」

「あのさ、入場行進ってまさかオレが…」

「うん、先頭」

「せ、先頭…」

「言っても1列ちゃうけど、でもキャプテンは1番前というのが」

「暗黙の了解?」

永田と関川が話し合っていたところに、片山も入る。

「んー…、まぁ何れにせよ、オレらはその隣に入るし」

「永田はともかく、他は背の大きい順やろ」

「オレらは?」

「とりあえずサポート。またガチガチやから」

「じゃあ…、まず永田を左端にして?」

とりあえず、左から永田、関川、片山の順に並んでみる。すると、

「待った。よく考えたら2列のほうが」

「ああ、そっか。3列やったら幅とるもんね」

「3列から2列って…、誰が後ろ行くねん」

「自動的に開次やろ」

「自動的に、は要らん。で、オレの隣が和義で?」

「というふうに並んでいくのか」

1列6人の3列から、1列9人の2列に並び直した。並び順は背の高い順。

「で、これで行進だから、挙げる足を左足からで統一したいけど良い?」

「よし」

「OK」

「じゃ、掛け声は?」

「1、2。言うんやったらいーち、にーっ、って感じで」

「そこに続けていちにっ、でいくか」

「掛け声だから統一感あったほう良くね? 全員でさぁ」

「いちにっ、でこの次に皆でそーれっ、でいきますか」

掛け声と動作を全員で打ち合わせして、行進の練習が始まった。


余談だが、先程配られたプログラムには山形予選のトーナメント表を別紙で挟んでいる。組み合わせ抽選会が終わった後、役員がトーナメント表を記入してA4版のプリントに印刷したものだ。こちらは帰る時にメンバー分配られていた。



3日後、羽前球場



大会には開会式と山形予選全47試合の模様を各テレビ局が報道するという。既にカメラを回しているテレビ局もある。


『広く澄み渡る青い空、そこに白い雲が僅かに見えているのが確認できます。そして明るく輝く太陽と、まさに今日から開催されます全国草野球選手権大会の山形県大会に実に素晴らしい天気です。そして全48チームの選手たち、スタンドにおります観客の皆様も開会式を今か今かと待ち望んでいることでしょう。山形県大会は今日から5日間の日程、4つの球場で全44試合が行われます。そしてこの予選を勝ち抜いた4チームが全国大会に出場することになっています』


入場行進の順番は山形大会本部の方針により村山、置賜、庄内、最上の各地方順で、かつ組み合わせ抽選会で引き当てた籤の番号が若い順となる。それでいくとNCは置賜勢では8番目の行進である。

入場行進を控えたN'Cars。永田は自らの気を落ち着かせ、他のメンバーも次第に気持ちが締まってきた。間もなく開会式の開始時刻、8時半である。


―左足から左足から…。


時計の長針が6を指した、8時半である。


―きた。


『今、開会式の開始時刻を知らせる狼煙が上がりました。愈々開会式です』

狼煙が上がり、続いて開会式の音楽の演奏が始まる。巷で有名なマーチングバンドらしい。

『只今より開会式を開催致します。最初に、日章旗、県旗、大会旗の入場です』

この3枚の旗が役員の手で入場していく。このあとバックスクリーンのすぐ後ろにある掲揚塔に掲げられる。

役員の手で大会旗が入場したあと、各チームがプラカードを持って先導する各役員の後ろに続いて入場する。

愈々N'Carsの出番だ。

『置賜地区、N'Cars』

かといって特に歓声が湧くわけでもない。せいぜい気になった程度である。何しろ…。

『さぁ、これまでの草野球大会全てを通して公式戦初出場のN'Carsです。大会の出場条件は全国サンドロットベースボール連盟に登録することが挙げられますがN'Carsは登録が最近ですのでこれが初めての大会ということになります』

『初めてというだけに、どのような野球をしてくるか期待できますね』

『そうですね。大会第2日目、北郡球場の第3試合に登場します』

そう、登録が最近だった。練習試合という形で他のチームと試合をする分には規則的な意味合いでは差し支えなかったが、練習試合でも実力の低さが常に露呈していた。

特に、片山と関川が大阪から山形へ移住する前はかなり酷かったという。そのような事情もあり、大会へ出るという決断ができかねていたのかもしれない。


全48チームが行進を終えて整列したところで、式としての開会式が始まる。

『1、開会宣言』


『只今より、全国草野球選手権大会を開催致します』


『2、国旗、県旗、大会旗掲揚。選手は脱帽の上、バックスクリーンの後方にあります掲揚塔にご注目ください。スタンドのお客様も脱帽の上、掲揚塔を向いてその場でご起立願います』

各選手がバックスクリーン側を向き、掲揚塔を見る。掲揚塔の真ん中のポールには国旗、左側のポールには県旗が、そして右側のポールには大会旗が各々掲げられる。まさに開会式だ。


『ご協力ありがとうございました。選手は正面にお直りください。3、大会会長挨拶』

大会会長が、選手たちから見て真正面の鉄製の梯子段がついた講壇に上がる。マイクの前で一礼。


『青く広く澄み渡る晴れた空の下で、この全国草野球選手権大会の山形県大会の開幕日を迎えられたことは大変素晴らしく、有難い次第であります。まさに野球の試合を開催するに相応しい天候の中、県大会には県内各地から総勢48チームが参加して頂いたことには大会役員一同、大変感謝しております。選手諸君には怪我のないよう、正々堂々と全力でプレーして頂きたい次第であります。以上で挨拶とさせて頂きます』

挨拶を終えた大会会長が一礼した後、講壇を降りていく。


『4、大会副会長より、試合中の諸注意』

大会会長に代わり、今度は副会長が登壇する。そして同じく一礼。


『試合中の諸注意におきましては、公認野球規則書、ならびに本大会のプログラムに掲載されている通りでございます。選手、監督の皆様には注意事項をご確認の上、試合に挑んで頂きたい次第であります。以上で諸注意とさせて頂きます』

大会副会長も一礼した後、講壇を降りていく。


『5、選手宣誓。鶴岡クレーンズ主将、羽黒 兼人』

「はい」

講壇の前に、スタンドマイクが選手側を向いて設置された。羽黒はそのマイクの前まで進む。向かいには、先程挨拶を述べた大会会長がいる。両者が講壇・マイク越しに向かい合い、羽黒が右手を高く真っ直ぐ挙げる。


『宣誓。今日の晴れやかな空の下、我々選手一同は県大会を突破し、全国大会で優勝することを目標に厳しい練習を積み重ねてきました。その練習も、多くの人にあらゆる場面で支えられたからこそ乗り越えることができました。大会では、多くの人に感謝の気持ちを持って、正々堂々と全力でプレーすることを誓います。鶴岡クレーンズ主将、羽黒 兼人』

羽黒が右手を下ろし、マイクから一歩下がり会長とお互いに一礼する。ゆっくりと講壇を降り、元いた場所に戻った。


『6、閉会の言葉』


『以上で開会式の一切を終了とさせて頂きます』


『選手の皆様は、このあとここ、羽前球場の第1試合で対戦する大江ムーンクロスと西川フォレストリーズは各ダッグアウトへ、他のチームの皆様は各先導員に続いて駆け足で退場してください。選手、退場』

退場という言い回しがきついが、一先ず開会式は無事に終わった。

球場の外まで駆け足で出てきたところで、先導員に挨拶をした。しかし、ここで永田がその場で止まった。

―やっぱりマスコミいたか。

「永田、先行かへんの?」

「うん…、あの、今駆け足できたところきついかもしれないけど、こっからダッシュでバスまで行くよ」

「うん…、えっ、いいのか?」

「時間の無駄だ。さっさと戻って練習すっぞ」

「ああ…」

「よし、急ぐぞ」

NCのメンバーは一斉にバスまでダッシュ。ここで萩原が永田に質問。

「えっ、監督と真奈美ちゃんは?」

「式終わったら真っ直ぐバスに来るよう言ってある」

「そうか」

「だからたぶん…、あっ、いたいた」

監督とマネージャーの井手が、バスのドア付近で待機していた。

「監督、来ました」

「おう、お疲れ」

「お疲れ様です。構わず乗ってれば良かったのに…、いいからお前ら早く乗ってろ」

「わかった。お願いします」

「お願いします」

メンバーはバスの運転手に各自挨拶をしてから、バスに乗り込んだ。その様子を見た監督が永田に尋ねた。

「何が慌ただしく見えんな? 気のせいか?」

「皆ダッシュしてきたばかりで…」

「そっかそっか」

永田が理由を話すと、監督は納得した様子で肯いた。

「お願いします」

「お願いします」

「で、永田、点呼はバス出る前にとるか」

「はい…、あっ、全員乗ったかな…。我々も」

「よし、乗るが。お願いします」

「私で最後ですね…、たぶん。お願いします」

一旦バスのドアが閉まる。

「じゃあここで点呼とります。1、2、…、17、それでオレら3人足して20…、よし、全員だな」

全員が乗ったことを確認して、永田は運転手のほうを向いた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「はい。では安全運転で進行して参ります」

こうして監督とマネージャーを含むNCのメンバー20人は、バスでNCのグラウンドに向けて出発した。



因みにその5分後。

「あれ、N'Carsまだいるかな? いたら取材しよう」

「新鋭チームだから、尚更記事になるべな」

「ちょっと他の取材長過ぎたかな…」

「うーん、まぁでもいるでしょ」

ところが…。

「あれ?」

N'Carsを乗せてきた筈のバスがいない。

「N'Carsどこさいた?」

「わがんねっす」

「あぁ、N'Carsならさっきバスで帰ったみたいですけど…」

「え゛…」

どうやら他の取材が長過ぎた模様。



その頃、NCバス車内


グラウンドに向けて移動中の車内で、NCのメンバーはバス車内のラジオで開幕試合の模様を確認していた。テレビだけでなく、ラジオでも生放送するというのだから、草野球ということを考えれば注目度が大変高い野球大会とも言える。


『太陽が段々真上へと昇り、空の青色も透き通るように綺麗に見えてきました。上空の雲は開会式の時点ではまだ若干見られましたが今は殆どない快晴の空です。風は風速0.5mと穏やかです。ここ羽前球場では解説の渡邊さんと共に実況は私、佐田が開幕試合の模様をお送りします。渡邊さんどうぞよろしくお願いします』

『はい、こちらこそよろしくお願いします』

「開幕ゲームは如何程か」

「大事な入りやから、お互い緊張するのは必須やな」

メンバーがそれぞれ、開幕試合の展開を予想する。それにしても、皆野球好きだ。野球の実況には真剣に目も耳も向けている。

「大江と西川…、どっちだべ?」

「さあ…、プレーボールからゲームセットまでが試合だからな…」

『まだ満員通知は出ていません。内野満員通知が出ますと羽前球場では芝生の外野席を開放することとなっております。内野に若干空席が目立ちますがそれでも渡邊さん、かなりのお客さんですね』

『そうですね。今日は休日ということもありますがそれよりも開幕試合の展開のほうに皆さんも気になっているのではないでしょうか』

『今日はここ羽前球場と北前球場の2つの球場で2試合ずつが行われる予定です。両チーム試合前のシートノックを終えて今ベンチ前に整列しました。4氏審判が出てきて…、』

―開幕ゲームの始まり始まり〜…、と。

『今両チームがホームプレートを挟んで整列しました』

「礼っ」

「お願いします」


「永田…、おい永田」

「あ? 何?」

どうやらボーッとしていた様子。

「試合聴かへんの?」

「開幕ゲームよりうちの1回戦のことをね…」

「そのためにもこの試合は聴いておいたほうがええよ。公式戦やからいつも以上に緊張するけどその分気合い入れていかなアカンし」

NCの初戦は大会第2日目、則ち明日の第3試合である。それまでにNCがベストコンディションにまで調整できるかどうか。N'Carsの主将として、それが何より気になっていた。

しかしいくらベストコンディションにもっていったところで、試合になった時にそれが出なければパーである。折角のコンディションも、発揮できなければ意味がない。だからこそ、である。

ゲームプランをどのように立てていくかもまた主将としての役目である。監督も勿論だが、選手の立場から見た意見も大事な要素だ。

『さあ開幕試合、愈々プレーボールです!!』

「プレイ!」

試合開始を告げるサイレンが高らかに鳴る。愈々草野球カップの幕開けだ。

といっても、N'Carsにとっては翌日の第3試合が幕開けである。

―まず試合の入りの鍵はピッチャーの立ち上がり、そしてそこにつけこむ打線の両者のでき具合。ということなんだろうな。

『2ボール、2ストライクと追い込んでからの5球目、』



バシィ!



『空振り三振、最後は縦のスライダーでした!』

―上々の立ち上がり。

―縦スラええなぁ…。

―バッター1人というだけではな…。まだまだ、打撃戦か投手戦かはわからんな。

因みに今、バスは山道の国道を走っている。聴いているラジオはAMなので山あいでも電波は入る。このような時にAMラジオは大変便利なインフォメーションである。



カキーン!



『打ち上げた左中間へ…、しかしレフトが手を上げて掴みました。3アウトチェンジ、3回の表を終わって依然として0対0のロースコアが続いています』

―投手戦か。

―なかなか動かない。

この大会は投手戦…。そのような見方が出始めていた。

「北前はどんな展開かな?」

「ワンセグ入んないぞ」

「こっちでも途中経過やるんじゃない?」

『ここで北前球場の途中経過です。北前球場の開幕試合は現在4回の表が終わり1対1の同点。初回にお互い1点ずつ取り合った後は無得点が続いています』

羽前といい北前といい、開幕試合はロースコアの展開。どちらの試合も、両チームが締まった良い展開になっている。

山道を3分の1程下ってきたところで羽前球場の開幕試合は3回裏、西川フォレストリーズが2アウト3塁の先制のチャンス。

『ランナーを3塁に置いて、初球…、』



ガキィ。



「あっ」

『セカンド真っ正…、』

「げ…」


「あ…」

『あっとセカンドボールを捕れない! 1塁送球…は間に合わない! 3塁ランナーホームイン、西川フォレストリーズ先制〜!!』

「ああああ」

「守備…」

「エラーで失点とは」

『打ち取った当たりでしたが…、アウトを急いだか』

『ちょっと気持ちが捕る前から先に先に走ってしまいましたかね』

―この大会はもしかして守備が鍵なのか…?

だとすれば守備は今一つ分が悪いNCにとってはきつい大会になるかもしれない。

3回裏が終わったところで、NCのメンバーを乗せたバスはグラウンドに到着した。

「ありがとうございました」

グラウンドに戻って練習する。とその前に監督からこう言われた。

「他所は他所、うちはうち。野球だって、うちが徹底して練習してきたことを発揮するまでだ。思い切りな。そして勝つんだ。開幕試合の展開で何が鍵だとかそういうのは考えるな。うちはとにかく打ち勝つ野球だがら、打ってうちの野球を見せるんだ。良いな、今日も明日もそのつもりでいくべ」

「はい」



ここで今日の試合結果をお伝えしよう。羽前球場の開幕試合、大江ムーンクロス 対 西川フォレストリーズは2対0、相手のミス絡みで効率良く得点した西川フォレストリーズが守り勝って2回戦進出。北前球場の開幕試合、置賜ゴッドセンズ 対 舟形ボートスクエアズは終盤に点の取り合いになったが4対3で置賜ゴッドセンズが逃げ切った。今日の両球場の開幕試合で勝利した西川と置賜は大会第3日目、羽前球場の第3試合で対戦する。

今日は羽前と北前の両球場で開幕試合を含んだ2試合が行われた。羽前球場の第2試合、白鷹ホワイトホークス 対 月山ムーンナイツは序盤の大量点が効いた白鷹が6対2で快勝。北前球場の第2試合、羽州ゴールドウェイ 対 朝日サンシャインズは終盤に粘りを見せた朝日が3対2で逆転勝ち。白鷹と朝日は大会第3日目、置賜球場の第3試合で対戦する。

開幕日の4試合を見る限り、この大会は締まったゲームが多い。草野球なので試合は7回までだが、それでもこの7イニングの間というのは展開次第で長く感じたり、短く感じたりする。その中で締まったゲームをするというのは、いかに大事で、いかに難しいかがわかる。


さて1回戦を明日に控えたNCだが、不安材料は守備である。投手力はエースの片山が大きな柱で彼や捕手の関川を中心に鍛え上げたし、打撃力も徳山監督の徹底した指導のおかげで着実についてきている。問題は守備力。ノックをしていても守備のできが総合的に良いとは言えない。守れるプレーヤーもいるのだが、堅いか、と言われると決してそうとは言えない。

ただ、試合直前になって今さらそのような心配をしても仕方ない。ならばNCの強みであるバッティング、これを軸に勝ち上がるしかない。野球は相手より1点でも多く取れば勝てるので、相手に点を与えずにロースコアにもつれ込む守り合いもあれば、1点でも多く点を取り合う乱打戦だってあり得る筈だ。試合展開は最後までわからないので勝敗がどちらに転げるかも最後までわからない。加えてトーナメント戦となれば、次戦進出には勝利が絶対条件。NCが果たしてどのような野球で勝ち上がるのか…。



翌日



「おはようございます」

試合前のせいか、皆硬くなっている。片山・関川の主力バッテリーですら、この状態。

―守備が綻ばへんとまだええけど…。

―オレがしっかり投げてもバックがそれに応えられるか…。

って、自分たちの心配じゃないのか。自分たちのことよりも他のメンバーのことが気になっていた2人。単に主力だけでなく、リーダーシップもとれるあたりがいかにも彼ららしいところ。永田が入る前は関川が主将を、片山が副主将を各々担っていたから、そのあたりの経験も大きいかと。

硬くなっていたちょうどそのタイミングで、監督が来た。

「おはよう」

「あ、おはようございます」

「何硬くなってだ」

「ま、ちょっと心配事をね…」

「心配事って守備が?」

「…はい」

「まあ初戦だし、硬くなっても仕方ないよな。ただな、昨日も言ったけどうちは打ち勝つ野球をするんだぞ。攻撃だけでなくて守備も、常に攻める気持ち持ってがねぇと心配事が現実になるぞ。うちとはタイプが違うけど守りからリズムを作るチームだってな、気持ちは攻めてるのさ。だから攻める気持ちは常に真っ直ぐに貫き通すのよ。どんなタイプのチームだって、負けねぇためには気持ちを強く持つことさ」

そう、徳山監督が仰る通り、勝つには相手より気持ちを強く持つことが何よりも求められる。そう考えると、今まで練習してきたバッティングは、強い気持ちを思い切りぶつけろ、という教えになるのだろうか。

「よし、全員揃ったな…。じゃ荷物と道具持って出る準備して」

「よし」

「あー始まるのか…」

「大丈夫かな…」

やはり緊張していることは否めない。NCは練習試合は経験していても公式戦は初めてである。そのせいもあってか、どうしてもナインの硬さが取れない。

さすがに自らも緊張しているとはいえ、この事態が放っておけなかった永田はこう言った。

「皆…、初戦というプレッシャーはあってもやることは普段通りだぞ。普段やっている通りのことをやって勝つ、これに尽きる」

「いや、そりゃそうだけど、お前こそ…、」

「って監督がね」

「あー、そう言ってたわけね」

「そ。だからこういうとこからもさ」

メンバーを横1列に並ばせ、送迎バスの運転手さんにきちんと挨拶をする…、できて当たり前のことも徹底して行う。

「気を付け、礼! お願いします!!」

「お願いします!!」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ荷物は…」

「まずバッグは自分たちで管理するとして、道具は…」

「ここに乗せれるだけ乗せてください」

―そうか、そこがあったか。

バスの運転手は出入り口の側にある空間を指した。どうやら、このトランクルームに道具を積んでも良いそうだ。

「ありがとうございます」

「荷物はそこさどんどん積んでって、あとは自分のバッグ持って乗っていいぞ」

「はい」

「お願いします」

「お願いします」

各メンバーは道具を積んだ後、自分のバッグを持ってバスに乗り始めた。

―…、大会か…。

「おっ」

「ん?」

早めにバスに乗った相澤が、大会の状況が気になりスマートフォンで大会のホームページにアクセスすると、こんな情報が流れていた。相澤より早く席に着いた沢中が、横からその情報を見る。

「米沢ローリングスのエース・情野、完封スタートだと」

「えっ、何何だった?」

そこにバスに乗ったばかりの高峰が尋ねた。

「5-0。打っても2打点だとさ」

「まあどのみちうちには無関心でしょ。だって今日は羽前球場に結構人入りそうなカードだもん」

それもそのはず、大会2日目の羽前球場の第1試合は置賜の好投手・情野率いる米沢ローリングスが登場したし、第2試合は開会式で選手宣誓を行った羽黒 兼人が主将の鶴岡クレーンズが登場する。いずれも山形県下では強豪チームとあって、その戦いぶりが注目される。

米沢ローリングスに関しては情野が評判通りのピッチングで2回戦に駒を進めた。果たして、鶴岡クレーンズはどうか。

「さて、点呼取ります」

バス車内では、永田が点呼を取っていた。

「…、17、んであとオレと監督と真奈美さんで…、全員います」

「それじゃよろしくお願いします」

「はい、では安全運転で参りますのでよろしくお願いいたします」

こうしてNCナインを乗せたバスは、1回戦の会場である北郡球場に向かって出発した。


今日と明日の第3日目は置賜と北郡を含めた4つの球場で1・2回戦を行う。2回戦が全て終わったところで、翌日は休養日になる。つまりN'Carsは今日と明日、2日間で1・2回戦を行った後、休養日を挟んで3回戦、そして代表決定戦を行う。


移動中の車内では、NCナインが羽前球場の第2試合、鶴岡クレーンズ 対 田川フィールドリバースの庄内勢同士の試合をラジオで聴いていた。

『今日は庄内勢の活躍が目立ちます。置賜球場の第1試合は出羽アボラーズが2対1、今大会初のサヨナラゲームで2回戦進出を決めていますし、北前球場の第1試合は三川インタグレーツが序盤から打線が冴え渡りまして、8対3で圧勝しております。北郡球場の第1試合は4対1で河北ノースリバースが2回戦進出を決めています。ここまで8試合を終えていますが今大会、未だホームランがありません』

―ホームランねぇ。

―だいたい狙って出せるもんちゃうやろ。

確かに、野球では3割打てて強打者とよく言われる。つまりヒットですら打つのは決して容易ではないのに、ホームランとなると更に難しい。

バスは国道の山道と長閑な田園風景が広がる区間の境目にあたる交差点で信号待ちをしていた。

『3回表、田川フィールドリバースは2アウト1・3塁、一打先制のチャンスです』



カキーン!



『ショートの…、頭上を越えましたレフト前ヒット!!』

「あらぁ〜…」

『田川先制1対0、庄内勢同士の第2試合は田川フィールドリバースが先取点を奪いました』

「でもそうはいかないのが鶴岡」

「逆に先取点取られて攻めやすくなったとか?」

―鶴岡レベルならともかく、うちにはそういう展開あり得るのか…? ましてや初陣だぞ…。

永田が心配するのもわからなくはない。NCと鶴岡では経験値から違う。その分地力は鶴岡のほうがついているわけだし、普段通りのプレーだってできる。

―んー…、でもそんなこと言ってられないしな…。



キィーン!



「へっ?」

目が覚めたかのようなリアクションだな。

『レフトへいい当たりが伸びていって…!?』

「ま、まさかの…!?」



『入ったぁ〜!! 藤島逆転3ランホームラン!! 大会第1号遂に出ました、鶴岡クレーンズの2番藤島のひと振りで3対1、鶴岡クレーンズが主導権を奪い返しました!!』

『甘い球でしたけどもナイスバッティングでしたね』

『このバッティングです』

―やはり。

―先取点を取られた直後とはいえ、すぐ取り返したか…。さすがだ。



ガキィ!



「あーでもその後が」

『3番櫛引はサードへのファールフライで3アウトチェンジです。 3回裏を終わって3対1、この回鶴岡クレーンズは先取点を取られてすぐ取り返しました。現在鶴岡クレーンズが2点をリードしてこれから4回表、田川フィールドリバースの攻撃へと移っていきます。 ここで各球場の途中経過をお伝えします』

―相手は中山越ナローズ…。どんな相手でもトーナメントを勝ち抜く手前1つの油断も赦されない。負けたらそこで終わりだし、ましてや初戦敗退だけはな…。

負けん気が強いメンバーが揃うN'Carsにとって、敗退だけは恥ずかしくてやれない。そこには、自分たちの野球に対するプライドや熱い闘志が内に秘められていた。


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