一振り!
「この回、何としても追い付くで。何もできずに後悔するんは皆嫌やんな? ほたらできること全部尽くして、追い付こうやないかい!!」
「「「おー!!」」」
いつもより語気を強めた和泉の発破に、泉州ナイツの全員が続いた。
円陣が解けると、和泉はそのまま深井の元へ行った。
「元」
「ん?」
「振って終わるより、振らずに終わる方が嫌やんな?」
「…ああ、しかし…」
「あれこれ考えるな。あの投手相手にボール球を待つことなど到底期待でけへん。どうせストライクしか来んかったら、一振りでええからスイングして来い。お前のパワーを全部ぶつけるんや、ええな!?」
「…、おぉし、やって来るわ」
「行って来い!」
和泉は深井の背中をポンと叩いて檄を飛ばすと、途中でグローブを持ってブルペンへと走った。
―何としても同点、逆転サヨナラに繋げるんや。その為には和樹の前にランナーを1人、できれば2人置ければ…。
『打撃のチームとチームワークで勝ち上がったチーム、という構図で始まった今日の第4試合。泉州ナイツが先制しましたがそれ以降坂井スローパーズが逆転。ヒットの数がここまで坂井スローパーズが10本、泉州ナイツも7本と打てている割にはスコアはロースコアの3対2と、試合前の予想とは打って変わっての展開となりました。打撃のチームを3点に抑えていると言えば聞こえは良いですが、その3点全てを坂井スローパーズの主砲・春江が挙げるという展開。守備でも2回以降兵庫投手を巧くリードして無失点に抑える等、攻守とも春江1人によって坂井スローパーズは優位に進められ、一方泉州ナイツは苦しめられている展開が続いています』
『7回の裏、泉州ナイツの攻撃は―9番 レフト 深井』
『どちらが勝っても全国大会初勝利というカード、一歩そこに前進しているのは坂井スローパーズ、勝利まであとアウト3つ。一方泉州ナイツは1点を追う攻撃、打順は9番の深井から』
「プレイ!」
―真の言う通りや。兵庫の投げたボールに球審ストライクしか言われへんもんな…。選球眼には自信ある上にボールを振ってストライク言われるんが勿体無いから慎重に見取ったけど…、どうせストライクしか言われへんやったら…、
―その一振り行ったるわ!!
キィ―ン!!
『ライトへ―、大きな当たりですが…』
ライトの為国が打球を見ながら後方へ走る。
『まだ追って行く、打球も伸びていく―――っ!!』
途中から顔も後方を向いて、フェンス手前まで走る。
スッ。
『入った―――っ!! 深井同点ホームラ―――ン!!』
「おっしゃ―――っ!!」
「元ナイスバッティング!!」
「良う振ったで! ナイススイング!!」
ライトポール際を巻く様に柵を越えた白球を見て一塁の松瀬塁審が右腕を大きくグルグルと回す傍ら、深井は歓喜の声を背にダイヤモンドを1周して戻って来る。
『一振りで試合を振り出しに戻した深井、今ホームイン!! 泉州ナイツ、7回の裏土壇場で3対3の同点に追い付きました!!』
ベンチで迎える選手たちに手荒い祝福を受けつつ戻って来た深井。すると、
「ほれ見てみい、振ったら当たって飛ぶんやから最初から振らんかい」
「やかましいわ、そないなこと言うてる暇あったら投球練習に集中せんかい、延長入るかもしれへんのやで」
ブルペンから声を掛けて来た和泉に言い返す余裕を僅かながら見せて、ベンチに座った。
『横岡さん』
『はい』
『一振りで同点に追い付きましたよ…』
『一振りと言ってもこれは凄いですね。確かに大きな当たりでしたが意外に伸びました。パワーがある選手はこれがあるから怖いんです。深井選手、ナイスバッティングです』
「まだ同点だから。この後をキッチリ守って、延長戦に持ち込もう。そうすれば今度こそ十介に援護点を入れられる」
田部球審からニューボールを受け取って兵庫に渡した春江は、更にそう檄を飛ばすとキャッチャーズボックスへ戻った。
「1番 ショート 金岡」
『試合は同点に追い付きましたがまだ続いています』
『そうです。まだ決着はついていませんので、坂井スローパーズはこの後を抑えて同点で踏み止まれるか、泉州ナイツは一気にサヨナラ勝ちに漕ぎ付けられるか、ここからが注目です』
「プレイ!」
キィン!
バシィ!
『痛烈、捕った―! 鋭いピッチャー返し良く捕った兵庫、ゆっくり1塁へと渡って1アウト』
―またかよ…。
芯で捉えたのに結果が伴わない金岡、今度は兵庫の好フィールディングに阻まれまた悔しい表情でベンチに戻る。
『抜ければセンター前の打球でしたが…、兵庫投手身を翻して自分の横を抜けかける打球を良く捕りました。ピッチャーゴロで1アウト』
『金岡選手も打撃の内容は良いのでね、あとは結果が付いてくれれば、ですね』
『2番 キャッチャー 美原』
『大阪府大会ではその勝負強い打撃でチームに貢献して来た美原、今日は何れもランナー無しで打席が廻って来ました』
「こうなったら自分がチャンス作りや! 大樹に廻したれ!」
「そやそや! 和樹が出たらオレが一気にホームに還したる、何やったらサヨナラホームランにでもしたるで!」
次は今日二塁打2本と当たっている大津。その大津含めて全員が美原に声を掛ける中、チャンスメークなるか。
バシィ!
「ボール!」
「良し良しちゃんと見えてるで!」
「見えとるっちぅことは打てるっちぅこっちゃで!」
初球はアウトローから入った坂井スローパーズのバッテリー、これを美原は確りと見る。
―ランナーいる時のほうが打てるバッターと言えども気は抜かない。
―最終回、ランナーはいないけど土壇場で追い付かれたこの状況で気を抜いて良い相手バッターなどいない。たとえ通算打率0割0分0厘のバッターが打席に立っていても、ここは最後まで全力で確りと抑える。
兵庫、春江、それぞれ気を抜かずに全力で向かうと誓い、春江は兵庫に次の球のサインを送る。
キィン!
『ショート真正面、確りと捌いた長畝から1塁三国へ、2アウト』
―やっぱオレチャンスメーク向いてへんわ…。
1塁を駆け抜けた後、ヘルメットを脱いで苦手を悟る美原。その戻り際、
「良ーし、こないなったらオレが一振りで決めたるで!」
一発長打を秘める大津が豪快な素振りの後、マスコットバットを置いてから打席へ向かう様を、元気だなーと思いつつ見ていた。
『3番 ファースト 大津』
『ランナーはいませんが今日二塁打2本、当たっている大津です』
『一発でサヨナラなのでね、一発長打を秘めている彼相手には、まだまだ用心しなければなりません』
キィ―ン!!
「言ってる傍から!?」
「ちょっと!?」
『初球から行った―、大きな当たり―…、です…、が…、』
「ファールボール!」
『右へ大きく切れました。しかし凄い打球でした…』
横岡と全く同じことを忠告していた春江も、忠告された兵庫も、大関監督も…、坂井スローパーズにとってはヒヤッとする打球だった。
田部球審からニューボールを受け取った春江が、マウンドに走る。
「でもこれで目ぇ覚めたよな? テンポ良く2アウト取れたからってもう1個もすぐ取れるわけ無いからな」
「…いやーびっくりした…」
「一発長打を秘めてるバッターだから、スタンドに入れられればサヨナラだ。コーナー中心の配球になると思うけど、絶対に抑えるぞって投球で」
「良し」
春江と兵庫がお互いミットと右手を突き合わせてから、春江はキャッチャーズボックスに戻った。
「7回裏、2アウトランナー無し。カウントノーボール1ストライク。プレイ!」
―ホームランは打たれちゃ駄目だ。さっきみたいな打球はご勘弁だ。
―気合い入れ直したな。その気持ちのまま、さっき打ち合わせた通りの配球行くぞ。
気持ちを立て直した兵庫をマスク越しに見てから、春江はサインを送る。
ギィン!
『打ち上げた、ファーストのファールグラウンドから…、スタンドまで三国が追って行くが!?』
「ファールボール!」
『あっとこれは捕れません。しかしフェンスいっぱいまで追いかけるナイスファイトでした』
「ナイスファイト三国さん! ここ皆で守り切りましょう!」
「「「おー!!」」」
三国の今のプレーを見て刺激された坂井スローパーズ、春江の発破掛けを先頭に野手陣も気合いを入れ直す。
『インロー、膝元のスライダーで詰まらせてファールを打たせた2球目、2ストライク』
『追い込んでいるのはバッテリーですけど、打ち取るまでは気を抜かないことですよ』
気持ちがいつもより入っている野手陣の声を背に受けて、兵庫は3球目を投げる。
キィ―ン!
『これもスライダー、ライトへ…、少し下がって…、こちら向きだ』
バシィ!
「キャーッチ!」
『ライト為国掴んで3アウト! ホームランの後は確り守り切りました坂井スローパーズ!』
「良し守り切った!」
「この試合絶対勝つぞ!」
「敬哉からだからな、頼むぞ!」
―あーあ。こりゃあきまへんわ。次打席が廻ってきたら今度こそ飛ばそ…。
深井のホームランだけで喰い止めた坂井スローパーズ、呆れつつも次の打席でのリベンジを誓う大津、両者形は違えど勝利への闘志はお互い熱く燃えたままだった。
3対3、7回の裏に泉州ナイツ・深井の大会第3号のホームランで同点となったこの試合は、今大会2試合目の延長戦に突入する。




