世間のN`Carsに対する評価
翌日
組み合わせ抽選を終えて対戦相手が決まった全188チームは、それぞれ前以て決められた日程を熟していた。
N`Carsも、今度は前から決まっていたグラウンドで練習していた。昨日は急遽決まったことと、それや貸してくださったグラウンドの制約などもあってその中で色々工夫しての練習だったが、今日は何時もの、いや、それ以上に広くも見えるグラウンドで、いつも通りに練習している。
いつも通りにできるということもあって、メンバー全員存分に練習に励んでいた。
「どりゃあ!!」
カキ―ン!!
―ええなぁ気持ち良う振れるて…。昨日は狭い分技術磨きに徹せたからそれは凄い有難いけど、今日位広いとこでの打撃やったらこの位せなあきまへんわ。
「…うわ~…」
ポーン…!
打撃練習ということで、片山が打者で打席に立っている。マウンドでは、永田が打撃投手を務めているが、片山の豪快なフルスイングから放たれるあまりの飛距離を伴う打球に、永田は打撃投手とは言え唖然としていた。
今打たれた打球は、ライトを守っている菅沢の遥か頭上を越え、実際の公式戦で使われることもあるというグラウンドということで最初から設置されているラバーフェンスの上の金網フェンスをも遥かに越え、外野席の芝生の中から上段あたりの位置で大きく弾んだ。
「開次、豪快にフルスイングで持ってくんはええけど、ちょっと引っ張ってへんか? 打球がライト方向に偏っとるで」
「コンパクトに振って、ボールを上から強く叩いて低い打球飛ばすんやろ? オレその通りにやっとるで」
―いやなそれはマスク越しに見てもわかるで。実際スイングはコンパクトで、ボールの面を強く叩いとる。柵越えのホームランにしては弾道低いからな…。けど方向がな…。永田、同じのもう1球。これをセンターから逆へ飛ばせへんかったらちょっと問題やぞ。
片山の打撃を見てマスク越しに課題を見つけた関川が、彼のその通りにしているという主張もあって次に永田に投げて貰う球をサインで要求する。
カキ―ン!!
「ほれ…、さっきよりはセンターへ近い方へ飛んどるで」
―うん…、まあ、さっきよりかは、な。
片山の言う通り、今度は同じフルスイングでも右中間方向へ。センターを守っている中津とライトの菅沢が追ったが、またも2人の頭上とフェンスを越え、先程よりは浅い位置とは言えそれでも外野席の芝生で打球が弾んだ。
「ふぅ~…、気分が大分スッキリした」
―スッキリした? じゃあさっきまでのは…。
打席でもう1度構え直す間に片山の僅かにボソッと言った発言に、関川はどこか妙に勘付く様な反応を見せる。
「永田ー、もう1球同じの頼むで」
―お前が要求するんかい。…ま、ええわ。ほたら同じの。
―え、3球連続だぞ…? …ま、良いか。片山から要求したんだから。
片山の要求に戸惑う永田・関川バッテリーだったが、取り敢えず彼の注文通り同じ球を投げると決めて、モーションに入る。
打撃の基本―、ボールを良う見て打つ。
手前ギリギリまでボールを待つ。
顎を引いて、脇を締めて、テークバックを取る。
ここや思たら、テークバックまでに寄せとった体重を投手方向の足へ寄せる。
そして、腰を鋭く回転させる。
キィ―ン!!
体の軸は真っ直ぐに、最後のフォロースルーまで確り振り切れば…、
ポー…ン!
センターのすぐ左へ、豪快且つ低い打球が柵を越えて外野席の芝生で弾んだ。
「気分ええ状態で振れたら、尚更スカッとするわ」
―やっぱり。アンタなりのフラストレーションを晴らすべく、思い切り振ってたんやな…。それや無かったら、今の様な逆方向への打球を、あんなに飛ばせるわけ無い。
片山が引っ張る様な打球を繰り返し打っていたことの謎が、今の打球と彼の一言で解けた。
そうと決まればと、関川は次に投げて貰う球をサインで要求する。
―アウトコースに、縦のカーブ。今の開次やったら存分にセンターから逆方向へ飛ばせる。
―ああ…、打撃練習だから良いのか…。わかった。
永田は関川の要求通り、アウトコースへ縦のカーブを投げる。
キィ―ン!!
同じ様に豪快にフルスイングした打球が、今度はレフトのポール際へ飛ぶ。レフトポールの右か左、つまりフェアかファールかという程飛距離がある。
スッ。
「えええ伸びた~~~…」
「入ったあ…」
打球が伸びて十分な飛距離があるということで、フェンス手前で足を止めた桜場も、定位置からその様子を見守っていた峰村も、その打球に只々驚愕した。
レフトポール際へ飛んだ打球が、切れずに伸び続けてそのままレフトポールを巻いてスッと消える様に入ったのである―。
次々と柵を越えていく打球に対して、只々それらを追っていくしかできなかった外野陣。打撃練習とは言えあまりの打たれ様に…、
「開次相手とは言え、ちょっと打たれ過ぎじゃね?」
「オレら仕事してないぞー」
「せめてオレらの守備範囲に打たせろよー」
やいのやいのと永田にクレームともとれる声を上げる様になった。
「うるせーやい片山だって全部柵越す保証なんて無いのに…、いつ飛んでくるかもわからないんだからちゃんと守っとれーぃ!!」
―相手が開次で打撃練習とは言え、今のカーブを平然と投げれる様になっとる…。開次やったから今の打球になったけど、他のバッターがもしこれを見送っても十分ストライクは取れるで。
―練習でこれを投げれるあたり微々ながら上手なっとるけど、試合で通用するかは…、試合や無いとわからへんからな。
打撃投手とは言え外野陣と片山・関川の評価が真逆の永田の投球。後ろからの言われ様に言い返した永田だが、結果は…。
「全球柵越えって…、アンタ」
「やられ過ぎだぞ幾ら何でもー」
「結局オレら仕事できなかったじゃん」
―うるせえ打撃投手碌にやったことも無えくせに…、やいのやいの好き放題言うんじゃねえよ…。
「あんま言うと永田に悪いから…、そろそろ止めよう。切り替えて次の打者の準備」
萩原のとりなしで、一旦クレーム紛いの声は収束した。が、
―既にいじけてる…。
―ちょっと言い過ぎたかなオレら…。
―次からはもうちょっと+になること言おう。
しゃがんで下を向いている永田。いじけているとも取れるその姿に、外野陣は先程までの自分たちの言動を反省した。
次の打者である梶原にも相も変わらず打ち込まれる永田。その様子を、グラウンドの外から少数の観衆が1人、また1人と少しずつ増えつつ見ていた。
「あれがN`Cars?」
「正直大したこと無いと思うよ…。初戦負けが妥当なチーム」
「でも対戦相手は甲府チェッカーズと江津アラフォーズの勝者だよ?」
「いやどっちにしろ。アイツら1つ勝ったら次はあんな雑魚だからどんなに楽しても勝てるっしょ」
老若男女、1人増える度にその手の悪しき会話が加速していった…。
近畿地方の代表のどこのチームの相手にもならなそうやな。
何やったら出られへんかったチームのどこが相手しても勝てる。
何れにせよ間違って勝って来たチームやからな。初戦でコケる。
どこの地区の出られへんかったどのチームでも勝てる。何やったらワンチャンよっぽど巧い小中学生でも勝てる。
グラウンドの中と外、チームの中と外という垣根と言おうか壁と言おうか…、そういったものを1つ越えただけでこうもこれからN`Carsが挑む大会に対する意識が違うのか。当事者とそれ以外の世間という極僅かな違いだけで。
これは何もグラウンドのすぐ外だけに止まらなかった。その夜。
『抑々あんだけエラーする様なチームが良く出られたな』
『4試合で12個もエラーしている様なチームが勝てるわけ無い。でもそういうの抜きでも多分勝てないよ』
『何で?』
『地方大会レベルのバッティングのチームなんて全国区に当たるとコケるよ。意外と打撃をウリにして来たチームが完封負けとかいうのはザラにある』
『少し前にスポーツ紙の各紙評価でN`CarsがCと評価されていたんだが、抑々Cにもならないと思う。偶々下限がCなだけで』
『1試合平均6点ねぇ…。まあこんな数字だからって勝てるとは限らないというのはわかる』
『で、山形の初出場初勝利ってあるか? 皆初戦負けしてから次以降で勝っているイメージなんだが』
『えっと、大会集約前に4例ある。但し、両大会通じて初出場で初勝利は1例だけで、あとの3例は先に片方の大会に出てそっちで初戦負けしてからもう片方で初出場初勝利』
『あー成る程…、総じて初出場初勝利できる可能性は決して高くないわけか』
『大会第25日目以降に書かれるテンプレ多分これ↓』
『最弱テンプレ
N`Cars(山形):攻めては地方大会3割超の打線が12年振りのノーノー、22年振りの完全試合献上で沈黙。守ってはエラー連発で1試合最多失策数を92年振りに更新、見るも無惨なスコア。(スコア0-30)』
『↑ワンチャンある』
『↑しれっと最多失点記録更新されてて草』
『2桁失策って最後いつだ…? もう半世紀以上見てない気がするんだが』
『1試合最多失策数は13だけど2桁失策は合ってれば57年振り』
『そんなになるの? 意外だな。エラー起きる度に守れない守れない言ってたけど意外と1チームが2桁失策ってのはそうそう無かったんだな』
『厳密に言うと戦前のほうがグラウンドの環境が悪かったことや技量の発展途上というのもあってしょっちゅうあった。戦後だとその57年前が恐らく直近の記録』
『まあどっちにしろ大会第24日目を待ちましょ。そこでエラー祭り、失点祭りが起きまくるからスレ民皆狂喜乱舞するぞ』
『↑嫌な狂喜乱舞』
以前からこういうことはあったが、全国大会に初出場したことで改めてN`Carsが注目される様になったことで、インターネットの掲示板サイトにもこういう書き込みが一段と増していった。
N`Carsは知らない様だが、インターネット空間も含めて世間のN`Carsに対する評価は、
「弱い、守備悪過ぎ、初戦で負ける、間違って勝ったんだからそれが当たり前」
という中々に辛辣で、笑い者にするのも厭わない様な声まで上げる人もいた。
果たしてそんな通りになるのか、それとも全然逆の結果を出して世間全体を黙らせるのか…。大会開幕の日時は1日1日と迫っていた。




