触発
『Cブロックのチームの主将の皆様、ありがとうございました。席にお戻りください』
Cブロックのチームの主将47人が、一斉にパイプ椅子から立ち上がった。
やはり名の知れた強豪ぞろいのブロックだけに、初戦からハードモードを強いられるチームも数多くいた。だからこそ、特にこのCブロックはどのチームも気を引き締めてくることに間違いないだろう。
良く言えば好カード揃い、悪く言えばハードモードの連続というべきCブロックの主将47人がそれぞれ席に戻る間、Cブロックのトーナメント表が書かれたホワイトボードが引き上げられ、新たにDの文字とトーナメント表が書かれたホワイトボードが設置されていた。そしてパイプ椅子にも、既にDブロックのチームの主将47人全員が着席している。
AからC、3ブロック141チームの組み合わせ抽選が終わった。愈々ラストはDブロック47チーム。これで、出場188チーム全ての組み合わせ抽選が完了する。
―情野は…と、あれ、あそこ!? …ってことは、一番…、最…、後?
永田は情野を探したが、その情野は客席から見て一番左の列、一番手前の椅子に座っていた。あそこは予備抽選47番の椅子なので、一番最後に籤を引くことになる。
―そうか…。大トリは情野か…。
『最後にDブロックの抽選を行います。予備抽選の1番を引いたチームの主将から順次抽選籤を引いてください。ではまず宮城県代表・仙台アパレルの主将はこちらで籤を引いてください』
組み合わせ抽選会の大トリがわかったと同時に、Dブロックの組み合わせ抽選が始まった。
仙台アパレルの泉主将が、抽選箱から籤を引く。
再び大阪府O市K区 N`Cars宿舎のホテル
―随分人が行き来しとんな…。何や?
扉越しに廊下から頻繁に聞こえる足音と見られる音に、堪らず片山が様子を窺う。
―えっ?
ドアスコープを覗くと、N`Carsの選手が複数人、同じ方向に行っている。
―あっちって…。
「お前らどこ行くん?」
片山がドアを開けると、移動していた選手たちは皆片山のほうを向く。
「え、練習…」
「キャッチボールとか…」
皆が口々に答える中、
「浩介呼んでくれる?」
ドアに最も近い位置にいた中津が、片山伝いに関川を呼んだ。
―何でこの距離でオレ使うねん…。
「浩介」
「ん?」
片山がグーサインの親指を中津のほうに向けて、2度指差す。それに気付いて立ち上がると、すぐに片山が関川に耳打ちして来た。
―あれやろ多分。触発。
―あー…。
関川もすかさず片山に耳打ち返した。擦れ違い際にお互いに耳打ちし合って彼らの意図を勘ぐった様な情報交換をしてから、関川はドアの前で待つ中津に歩み寄った。
中津は少し前に小宮山がキャッチボールしようとしていた都筑と梶原に一連の出来事を説明したのと同じ様に、関川に一連の出来事を説明した。
「あー…、それオレらも聴いてたで」
「そう? そしたら何か皆気が入っちゃって…、本気で練習する気になっちゃって…、軽く体を動かすなんてレベルじゃ無い、本格的にやるモードだから…」
「それはオレらも気持ちわかるで。けど練習するのはええけど、どこでやるん? 道具持ってってるってことはそれなりのスペース無いとアカンやろ」
「だからそれを探しに行くのよ」
―探すって…。大阪の細かい地理に詳しゅう無いアンタらにそんな無鉄砲なことさせられるわけないやろ…。
関川は頭を抱えた。どこに何があるかあまり知らない様な連中に、触発されたとはいえ練習したいという感情的な行動だけで自由に行動させるわけにはいかなかった。しかしながら、練習したいという気持ちを蔑ろにすることもできない…。
悩んだ末、関川はこう答えた。
「取り敢えず、練習したいヤツ全員ホテルのロビーで待機。監督と永田が帰って来てから、詳しいこと決める。一連の経緯はオレが責任持って話すわ」
「わかった。皆に伝えとく」
「宜しく」
既にこの階を降りたメンバーもいるので、中津は全員に今の情報を伝え回った。関川はやり取りを終えて部屋に戻ると、ちょっと疲れた様な表情で片山の横に座った。
「こらえらいことになった…。まさかあんな大事になるとは…」
「練習したい言うたんやろ? アイツら」
「オレらも行かなアカン気になって来たから…、行くで」
「んー」
喋りながら関川が練習の準備を始め、続けて片山も練習の準備を始めた。一通りの準備を終えると、関川は携帯ラジオの周波数を合わせて、イヤホンを両耳に差し込んで、電源を入れてからテレビの電源を消した。
結局、N`Carsのほぼ全員が自主練習を行うという格好になってしまった。えらいことになってもうたわ…と、関川は抽選会の様子を携帯ラジオで気にしつつ、テレビから聴こえた発言に触発されたとはいえ彼らの動向が気になって仕方無かった。




