恐ろしいオーラ
東海道新幹線上では、白い車体の筈ののぞみ号が下り線を進行方向西側に向かって走っていた。ただこの列車は何かおかしかった。1両だけ、異常なオーラを放つあまり、本来白い筈の車体が、青白い炎を伴って黒色に変色しているように見えた。
反対方向の上り線を走る別の車両と擦れ違っても…、
「え? 何だ今の!?」
―おかしいな…、気の所為じゃないよな…?
と、他でも無い、まさかの相手車両の運転士さんが思わず目を擦りたくなる程疑ったり、品川や新横浜といった停車駅では、
「え? 何あれ!?」
「怖いんだけど1両だけ…」
「できるだけ離れてよう…」
と、乗車予定の客は勿論ホームにいた客の殆どに恐れられ、車内では、
「アイツらどこまで乗んの…?」
「下手したら小倉までじゃね…?」
「嫌だよこんな長い付き合い…」
と、恐れるあまり変な憶測と噂が立ち込め始め、挙げ句の果てには車内販売員さんに、
「ご利用ありがとうございま…、ひぃっ」
と、通路用の出入口のドアが開くなりその恐ろしいオーラが伝わったか、思わず引き返してしまう程だった。
箱根の山々を越えて静岡県に入ったのぞみ号。だが1両だけカオス状態ということは東海地方に入っても尚変わらなかった。熱海駅を通過。東海道新幹線は東京―新大阪までの全線がJR東海管轄だが、在来線のうち東海道線はここを境に西側は滋賀県の米原駅までがJR東海の管轄である。
のぞみ号が熱海駅を通過したことで、安堵する客がいた。東京駅をのぞみ号より3分早く発車したこだま号の乗客である。というのものぞみ号は新横浜駅を通過すると次は名古屋駅で、静岡県内の駅に至っては全駅通過するのに対して、こだま号は東京―名古屋の各駅停車、つまり両者の間にある11駅は全て停車するので、自ずとどこかでのぞみ号がこだま号をパスするタイミングがある。それが今回はこの熱海駅で、こだま号の乗客は通過していくのぞみ号を見て、皆安堵した。
「あー良かった…」
「あっという間に通過してったよ…」
「のぞみ号は名古屋まで停まらないらしいから、後は追い越さなければ大丈夫だな」
因みにのぞみ号、こだま号の両方とも共通して到着する下りの西端駅が名古屋駅だが、こだま号は各駅停車ということもあって時間がかかる分到着が正午過ぎなのに対して、のぞみ号はそれより1時間近くも早い午前11時過ぎには到着してしまうのである。だから両者ともに平常通りで最後まで運転した場合、まずこだま号がのぞみ号を追い越すことは無い。
のぞみ号が1両だけオーラが違うということは、擦れ違う新幹線や並行して走る東海道線の乗客や乗務員さんだけで無く、同じく並行する国道1号線を走る車両のドライバーやライダーの皆様や自転車、歩行者の皆様、更には同じく並行する東名高速道路や新東名高速道路のユーザーにまですら伝わった。それも停車中で無い、走行中にである。既に静岡県から愛知県に入っているのに、尚これである。
三河安城駅を通過。新横浜駅を発車してから約1時間20分、漸く次の停車駅である名古屋駅が近付いて来た。
『ご乗車頂きありがとうございます。間も無く名古屋、名古屋です。17番線に到着いたします、お出口は右側です。乗り換えのご案内をいたします』
・東海道線(上り) 豊橋方面→2、3または4番線へ
(下り) 岐阜方面→4、5または6番線へ
・中央本線 多治見方面→7、8または10番線へ
・関西本線 亀山方面→11、12または13番線へ
以上がJR在来線ホーム
あおなみ線は太閤通南口改札を経て乗り換え
金城ふ頭方面→1または2番線へ
地下鉄は、東山線は名駅地下街の地下2階の、桜通線は駅内中央コンコースの地下4階の地下ホームへ
・東山線 藤が丘方面→1番線へ
高畑方面→2番線へ
・桜通線 徳重方面→3番線へ
太閤通方面→4番線へ
恐怖とプレッシャーで疲労が蓄積した乗客の大半は、心身ともに限界に近付いていた。そんな状態では、乗り換え案内など頭にも耳にも入って来なかった。だが1つだけ共通していたのは、僅かながら安堵していたことだった。名古屋で降りることが確定している乗客にとっては、まずこの状態から解放されることが確定している。万が一彼らが…、N`Carsが同じく名古屋で降りたとしても、速やかにそこから離れれば良いわけで、自由度は高くなっていた。
一方で、そこから先まで乗車する客にとっては、N`Cars次第になる。仮にN`Carsが名古屋で降りれば、自動的に彼らもこの状態から解放される。恐ろしいオーラを見ることもできなかったが、のぞみ号が名古屋駅の17番線ホームへスローダウンしていく中、一刻も早く解放されたいとばかり願っていた。
17番線ホームに到着。停車後すぐに、のぞみ号の右側ドアとホームドアが一斉に開く。名古屋駅で降りた客はいつもより疲労度が増していた。這う這うの体で逃げ延びた様な表情をしている彼らに最初は気を取られていた名古屋駅からの利用客だったが、すぐに事態に気付いた。
「うわっやばい」
「あの車両だけは離れよう」
「近付いたら危ない」
名古屋駅に着いても尚放ち続ける異常なオーラ。青白い炎に包まれて黒く見えるその車体に、まともには近づけないと判断して、これまでの停車駅の乗客と同様、その車両だけきっちり避けて乗り込んだ。
停車時間1分が経過。同時に、のぞみ号の右側ドアとホームドアが一斉に閉まる。相変わらずのオーラを放ち続けたまま、のぞみ号は定刻通り発車した。




