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The Baseball Novel  作者: N'Cars


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まさかのアナウンス

 今泉駅を発車したディーゼル機関車は、長閑な空間を赤湯方面へ南下する。長井から川西を経て、南陽に入ってからは、国道113号線とも並走するが、それでもそこから東は遠くまで開けた空間となっている。

 並走区間が終わって、長井線の線路は一旦左側へと切れ込む。これ以降、国道や県道と並走しては離れを繰り返しつつ、気付けば南陽の市街地近くまで南下していた。


『ご乗車頂きありがとうございます。間も無く宮内、宮内です。1番線に到着いたします、お出口は右側です。お降りの際はお忘れ物、落とし物なさいません様ご注意ください』

 赤湯方面へ行く上り線では、この宮内駅が上下線双方の列車が擦れ違える最後の駅である。後は赤湯に入るまで、駅ホーム内も含めて暫く単線区間が続く。


 スローダウンが始まった。ディーゼル機関車はゆっくりと1番線ホームに入って、決められた位置に正しく停車する。同時に、全ての半自動ドア前のボタンに付属するランプが灯る。


 乗降客は僅かながらいた。その僅かな乗降客がディーゼル機関車と1番線ホームの間を行き交う間、N`Carsのメンバーはリラックスモードで過ごしていた。既に午前6時半は過ぎているので、少しずつ通勤・通学のお客さんが増えてもおかしくない。こういう擦れ違い駅では反対側の方向から走って来る列車との兼ね合いで、擦れ違いを待ってから発車することもあって、その分発車時間が遅れる、言い換えれば乗降できる時間が長くなるのだが、擦れ違う列車が無かったのか、遅れるという旨のアナウンスが無いままドア前に点いていたランプは一斉に消灯してドアは全て強制的に閉まった。そのままテンポ良く、定刻通りに発車した。


 宮内を発車しても尚、車内のリラックスムードは変わらなかった。N`Cars20名の他に乗客が僅かながらいたが、乗っている人全員が席に座っても尚座席が余っている程だったので、その度合いが窺い知れよう。終点の、それも乗り換えられる鉄道路線が複数ある駅に近付くと、そのシェアが増える分数駅前から乗降客も増えそうなものなのに…。宮内から赤湯まで、2駅にしてこれである。


 だが、それはそれで変なプレッシャーがかからないので良いや…、とも思った。代表決定の翌日に受けた、周りが喜び過ぎて反って自分にプレッシャーがかかる、といった現象に比べれば大分大人しいので、寧ろ助かっていた。



 体の力が抜ける。いつも以上に体が座っている座席に引っ張られるようにしてくっつき、両足は車内の床を介して重力に引っ張られるようにして固定されたように重くなった。朝日も長井を発車した時より高くなっている。いつも以上にリラックスできる環境は、十分に整っていた。



 だが、それも長くは続かなかった。リラックスした挙げ句意識までもがボーッとしていたので、途中駅に停まったことは気付いたが、それが宮内から赤湯までの間にある唯一の途中駅である南陽市役所駅だということに気付いたのは、同駅を定刻通りに発車した後だった。



「良し皆、次終点の赤湯だがらな、降りる準備しとけよ」

「はい!」

 徳山監督の一言に本能で返事をしたが、


―…え…? てことは…、さっき停まってたの南陽市役所駅だったの…!?


大慌てでディーゼル機関車から遠ざかって行く駅のプラットホームを見遣る。単式ホーム1面1線という列車の片側からのみ乗降できるホーム、待合室があるのみの小さな無人駅の駅舎…。徳山監督の一言で、同時に、南陽市役所駅を通過したことにも気付かされた。二重の出来事で、ボーッとしていた意識が目覚めた。


 次が終点駅の場合は、どんな列車もいつもより早いタイミング、駅からかなり手前の位置からスローダウンを始める。このディーゼル機関車も、それに倣って駅のプラットホームが大分遠くに見える位置からスローダウンを始めた。




『ご乗車頂きありがとうございました。間も無く終点、赤湯、赤湯です。4番線に到着いたします、お出口は左側です。山形新幹線及び在来線のJR山形線米沢・福島方面へは1番線へ、山形・新庄方面へは2番線へそれぞれお乗り換えです。尚JR山形線の米沢方面へは3番線からもご利用になれます。それぞれダイヤをご確認の上発車時刻及びホームをお間違えの無い様ご注意ください。また、この列車はお客様が降りられますと折り返し長井線荒砥方面への下り各駅停車の列車となります。お降りの際はお忘れ物、落とし物なさいません様、また足元にお気を付けてお降りください。本日もご乗車頂きありがとうございました。間も無く終点、赤湯、赤湯です』




 終着駅にありがちなアナウンスを聴きつつ荷物を纏めて使った席をそれぞれできるだけ綺麗にしてから、N`Carsのメンバーは続々とドア前に並び始めた。全員が席を立ったのを見て、


「忘れ物は無いなー?」


と言いつつ、永田は自分の荷物を抱えながらメンバーが座っていた席を1席1席目視で確かめる。


―ここにミニ箒とかあったら掃除したいんだけどな…。


十分に綺麗にしているのにそんなことを思いつつ、全ての席を見終えて、忘れ物、落とし物が無いことを確かめた。


 そして再び列に戻ろうとした、その時だった。




『N`Carsの皆様、全国草野球選手権大会に山形県代表として初出場おめでとうございます。遠く山形の置賜から、皆様の全国大会での活躍を期待、応援しております。誠に細やかではありますが、ご乗車の皆様、これから全国大会へ向かわれますN`Carsの皆様へ激励と応援の意味を込めて、盛大な拍手を送りましょう』


―おい、ちょっと待て…、

 しかしそのちょっと待てが口から発せられるよりも前に、N`Cars以外のお客様からの盛大な拍手が始まってしまった。挙げ句の果てにはスタンディングオベーションをする人までいた。

―そんなことしたら余計知られてプレッシャーかかるだろうが…。いい加減止めてくれ…、ホームにお客さんいるのにまだ続けるのかよ…。これじゃお客さんも何があったんだって察して知られたらそいつらも皆やっちゃうだろうが…。てかオレらが乗ってるの知ってたのかよ乗務員さん…、はさすがに運転されてるから拍手には加わってないけど…。でもアナウンスで指示振ったの彼方だよね? 良い加減止めさせてくれない?


 皆自制してくれ…、と言いたかったが、言うのも難しいタイミングになってしまった。というのもディーゼル機関車はホームに入って停車しかかっていて、他のお客さんが拍手している様子はホームで待機しているお客さんから既に見え見えであった。この状態で拍手を止めるよう声を掛けたりジェスチャーすれば、反ってそれだけでホームのお客さんにもN`Carsが乗っているということが悟られかねない。かと言って言った張本人の乗務員さんに言おうにも、運転中に乗務員さんに声を掛けることはできない。つまり、N`Carsのメンバーは誰もどうしようもない状況になってしまっていた。



 漸くディーゼル機関車が停車。半自動ドア前のボタンの上のランプが一斉に灯って、それぞれのドア前に並んでいた列の先頭の人がボタンを押してドアを開ける。

―早く降りよう…。

―さっさと新幹線乗るべ…。

 こんなに人がたかっていては到底居辛いと、N`Carsのメンバーはドアが開くなり荷物を抱えていそいそと早足で降りて行った。が、




「よっ、N`Cars! 頑張れよー!」

―あ―――っ…、




…地獄だった…。エスカレートさせるべきで無いものが、エスカレートしてしまった…。




―そこの会社員よ…、アンタの所為で…、




N`Cars(オレら)が乗ってること、労せずバレちゃったじゃん…。




 スーツ姿に通勤鞄と見られる荷物を抱えていたので、恐らくどこかにお勤めになられているであろう男性1名による無用な声掛けの所為で、本来ならN`Carsが乗っていることと、車内で拍手している理由の2つを知らずに済んだであろうホーム待ちのお客さんが、先程まで車内で拍手を送っていたお客さんに続いて、一斉にN`Carsのほうを向いて拍手を始めてしまった…。


 永田は頭を抱えたくなった。何でこうなるのよ…、()()()()()意図して乗ったわけじゃないのに…。他のメンバーも同じだった。荷物の他に、余計な物を持たされて列車を降りた様な気分になった。


 跨線橋へ繋がる階段を渡り始めても、拍手は鳴り止まなかった。彼らが見えているうちは拍手を送ろう…、という気持ちであった様だが、広く見れば、4番線ホーム(そこ)は乗るんだか乗らないんだか、或いは降りるんだか降りないんだかはっきりしない無数の客がごった返していた。




『4番線ホームにいらっしゃるお客様にお願い申し上げます。列車から降りる際は速やかに、お乗りになる際は降りるお客様が終わり次第速やかにご乗車願います。それ以外のお客様はホームの黄色い線より内側までお下がりの上、他のお客様のご迷惑にならない位置でお待ちください。これ以上続けると前が進まず大変危険な上他のお客様に大変ご迷惑です』




 今のホームアナウンスをした駅員、4番線ホームにいた客の行動に業を煮やしたのか、語気が強かった。その語気の強いアナウンスは跨線橋を渡って4番線ホームから1番線ホームへ歩いて向かっていたN`Carsのメンバーにも確り聞こえていた。


 4番線ホームに停車したディーゼル機関車は、折り返し車両ということもあって運転台交換等の作業をしてから発車をするのですぐに発車するわけでは無かったが、終着駅で乗降客が他の駅より多く行き交う分、速やかに行動して欲しかったのが1つ。そしてもう1つは他の客の行動。これはN`Carsのメンバー全員も、ホームアナウンスをした駅員も同じことを思っていた。




自制しろ。マジで。




 2つ隣のホームで一波乱あったが、どうにか無事に1番線ホームへ辿り着いたN`Carsのメンバー。次は山形新幹線で、福島を経由して東京へ向かう。


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