人面券
とある街に至って普通の三十代の男が居た。
ある日、その男は電車に乗り仕事に向かうため、駅に向かった。駅にたどり着き、いつものようにICカードを使い入場しようとしたが、ふと古びた券売機が目に入った。
その瞬間、幼い頃に祖母と電車で出かける際に切符の買い方を教わったことを思い出した。
――――――
『ここにお金を入れて、このボタンを押すと切符さんがこんにちはするんだよ』
『おばあちゃん!ぼくやるー!』
――――――
(切符も寂しかろう)
男はそう思い、最近はもう余程の事がない限り、誰も買わなくなってしまった切符を買おうと思った。
券売機の前に立ち、五百円玉を黒ずんだ投入口に入れる。
チャリン
券売機の古びた見た目とは裏腹に予想外に軽快な金属音が小さく響く。目的地までの料金のボタンを押す。薄汚れたプラスチック製の吐き出し口から切符が吐き出された。
ジャラジャラ
目的地まで230円なので270円分のお釣りがでる。
(それにしても、久しぶりに切符を買った。)
しかし、何故か買った切符は何も印刷されておらず純白なただの長方形の小さな紙切れだった。
(印刷ミスかな?)
そう思い、男が券売機の呼び出しボタンを押そうとしたその時の事だった。切符を持った右手に何かが蠢くような違和感を感じた。
思わず切符を見てみると、何も書かれていないはずの純白なただの長方形の小さな紙切れに何かが浮かび上がってきたのだ。それはいくつもの点だ。
男は驚いたが
(最近の切符はデジタル仕様なのか?)
と思ってしまった。
それらの点は始めは荒いドットだったが、段々と数を増やし絵の様になり、何かを形作ってゆく。それは人の顔のようだった。一見、大人の顔にも見え、子供の様でもあり、男性の顔にも見え、女性の顔のようでもあった。
切符から目を離せず、凝視する。
すると、切符に形成された目まぐるしく変わる様々な顔の口が僅かに動き
『ありがとう』
そう言った。
確かにそう声を発したのだ。
そして、最後に切符の顔は懐かしい祖母の顔になり、ニコリと男が大好きだったクシャっとした笑顔を見せ、160円という文字に変わった。
その時、男は思った。
(ばあちゃんの笑顔か…懐かしいな。
ていうか、そんな事より俺、さっき500円入れて230円のボタンを押して、270円のおつりが出てきたんだよな。
でも、切符は160円。ということは70円損してるじゃん。)
男は少しだけケチだった。なので男は呼び出しボタンを押して駅員に事情を説明し、切符を交換してもらうことにした。
すると、交換する瞬間、160円と記載された切符が再び人の顔、中年くらいの男性の顔に変わり、恥ずかしそうで気まずい微妙な表情で
『チッ、バレたか。』
と少しキレ気味に言ったのを男は聞き逃さなかった。