今日は、池之端純くんが欠席だったんです……
「何がちがうんだ。言ってみろ、河上」
実を言うと、今朝は、池之端純くんが邪気にあてられてお休みなので、たまには地下鉄を使うのも良いかなって思ったんです。また魔列車が来たら、一人じゃ心細いので。
え? 邪気は邪気ですよ。邪気以外のものではないです。なんて、実は私にもよくわかってないんですけど……。
それでですね、先生。私は地下鉄のメトロなホームで白き聖鳥の化身のようなものを見つけたんです。老若男女に踏みつけられ、見る影もなく汚れてしまっていましたが、私にはそれが、元々は輝く白さを持つ素晴らしく有用なものだと判別することができました。
何って……。えっと、ビニール袋です。スーパーかコンビニのレジ袋でした。濡れたレジ袋が、いろんな人に踏まれて薄汚れて横たわっていたんです。このままにしていたら危ない、ドジな誰かがソレに乗り上げ、滑って転んでホームドアをぶち破り線路にダイビングしてしまっては大変だと思った私は、汚れたソレを拾いあげたんです。
もとは白く輝く聖鳥でも、私が手に取った時にはもう色んなひとに踏まれた小汚い物体でしかなかったんです。残念なことに、既に輝きを取り戻しようもないゴミでしかありませんでした。せめて正しい方法で弔おうと考えた私は、聖なるゴミ箱を探したんです。
ところが、私の力不足ゆえでしょうか。驚いたことに周囲を見回しても、ゴミ箱を見つけることができなかったんです。そのまま捨て置くのは言うまでもなく危険だったし、でもこのままだと遅刻しちゃうし……。どうしようかとまごまごしている間に、電車が到着しました。
そのまま謎の汁がしたたる袋を持って乗車するわけにもいかず、躊躇い続けている間に、扉が閉まり、車両は疾風の如き速度で過ぎ去っていってしまいました。普段使わない地下鉄です。聖なるゴミ箱がどこにあるか、私は知らなかったのです。朝のホームは人通りも多く、思考停止して立ち止まってしまった私を誰が責められましょう!
いえ……待ってください! そんな無理矢理ホームルームを打ち切らず、続きをきいてください!
ええ。そうです。まだ続きがあるんです。最後まで話を聞けない男の人はモテませ……いえ、なんでもないですけど、とにかく、話を続けますね。
幸か不幸か、私は、自動販売機の輝きの横で、丸い口のゴミ入れを発見したのです。ちょうど、私の腕が根元まですっぽり入るくらいの口径のやつでした。
そう、その通りです先生。ビン・カン・ペットボトル用のやつだったのです。
……仕方がなかったんです! 罪深いことだと自分でもわかっていました。でも、そうするしか無い状況だったんです!
ええわかっています。お掃除の人に多大なご迷惑をおかけしてしまったであろうことはハッキリと自覚しています。ですが、駅だっていうのに普通のゴミ箱が少なすぎると私は思うんです!
私が悪かったというのは認めますが、聖鳥を放置しておくという監視義務を違反した地下鉄会社さんは、正しくないって、私は思います!
やっぱりダメですか……。
風邪を引……じゃなかった。えと、邪気にあてられてお休みしている純くんが傍にいてくれれば、こんなことにはならなかったのに。そんな風に嘆くことしかできません。そういうわけですので、先生。今日の遅刻は、なかったことに――
「なるものか」
おかしいです!
「おかしいのはお前だ。いいからほれ、さっさと席につけ」
そうして私は、渋々、一人さびしく自分の席へと向かったのです。
また今日も、遅刻の烙印を押されてしまいました。
放課後となり、私が掃除序盤にチリトリを手にした時、なにやら男子たちが私に話しかけてきたんです。
「おい、河上」
野太い声でした。
「なんですか? チリトリは渡しませんよ?」
私は警戒して、背中を向けたまま言いました。突き放すように。
「いや、チリトリはいらんが。それより河上、おまえ、こんなところで掃除なんかしていて良いのか?」
質問の意図が理解できなかった私は、太い声の方に振り返りました。そこには、いつぞやの筋肉さんが居るではありませんか。
「あなたは……ラグビー部の!」
「お、おう、確かにラグビー部所属だが……」
「あのあの、先日の唐揚げ弁当の件、大変申し訳ありませんでした。次の唐揚げ弁当は、ちゃんと数を確認します。でもでも、あなたも、アラビア数字の練習をしたほうがいいと思うんです。あんな狼藉を働いてしまった手前、ちょっとこんなこと言うのも失礼かなって思ったんですけど、このくらい言っても許されると思うんです」
私がそう言った瞬間に、なんだかラグビーさんがダークなオーラを纏った気がしたので、私は慌てて話を逸らしにかかります。
「ところで、さっきのは、どういう意味でしょう?」
「ん? さっきのって?」
「ほら、私が教室をチリトリによってピカピカにすることに対して、何やら不満がある様子だったので……」
そしたら、ラグビーさんは、顔に似合わない素敵なことを言ったのです。
「お前さ、池之端と付き合ってんだろ?」
「な、なぜそれを……!」
「いや、隠してねぇだろお前ら。で、だ。池之端が、風邪で休んでるんだったら、あいつの家にでも見舞いに行ってやるのが、相方の務めってやつじゃあねえのかってね」
「あ……」
「掃除当番、かわってやっからよ、行って来いよ」
予想外に素晴らしい提案です。
私がこの提案に乗ることに、何の迷いがあるというのでしょう。迷う要素など皆無です。さっそく掃除を男子たちに任せて、全力で下校しましょう。
「担任に見つかんなよ」
「見た目に似合わず、良い人なんですね、ラグビーさん。見直しました」
「何でそんなに偉そうなんだよ……」
「とにかく、ありがとうです。ここは任せます!」
私はそう言って、鞄を肩に廊下を駆け出しました。
そういったわけで、私は学校の帰りに、純くんの家に行くことにしたんです。