朝、池之端純くんと二人で遅刻したんです
アザとーさん発の中二病男子と、クロード発の遅刻高校生女子が運命の出会いを果たした後、付き合い始めた二人が、なんといいますか、ラブラブです。
【前々作二編】
「厨二病登校中」http://ncode.syosetu.com/n8413bi/
「あのあの先生、ちがうんです」http://ncode.syosetu.com/n5441bg/
【前作】
「あのあの池之端くん、ちがうんです」http://ncode.syosetu.com/n6451bp/
「あのあの純くん、ごめんなさい」
今朝は雨が降っていたんです。そこで私は歩きました。とはいっても、いつも自転車で通っている高校へは、歩きだけでは少し遠いので、電車を利用する形です。
さて、そうして意気揚々と真紅の傘を差して駅へと向かったわけなのですが、久々の自転車以外の登校、つまり徒歩と電車の併用で学校に行くのが久々だったこともあり、私は時間の計算をミスしてしまったのです。そして、遅刻ボーダーギリギリの便を逃すという失態を……。
恋人の池之端純くんと駅のホームで待ち合わせしていたんです。純くんは、早く来て私を待ってくれていたんです。それなのに、私が遅れてしまって……。
「嗚呼、私は、何てことをしてしまったのでしょう。遅刻するなら自分だけ遅刻してれば良いんです。それなのに、純くんを巻き込んでしまうなんて……飛んだらいいんでしょうか。このホームから次の電車に体当たりして、バドミントンのシャトルみたいに撥ね飛ばされたらいいんでしょうか」
「落ち着け、わが子羊よ。常人には予測だに出来ないイレギュラーに見舞われ、自ら道を切り開くを強いられるは正義の名の下に生まれた我が使命。むしろこの試練にお前を巻き込んで……」
その時でした。私の目に飛び込んできたのは停車し人々を吐き出した銀色の車両です。
「あっ! 純くん、電車が来ましたよ! のりましょう!」
私は純くんの手を引っ張って、電車に乗り込んだのです。
私たちは教室に足を踏み入れました。非常に申し訳ないことに、もう朝のホームルームも佳境といった時間帯にです。
「あのあの先生、ちがうんです」
「何が違うんだ」
「話せば長くなるんですけどね、先生」
「いいだろう、言ってみろ河上」
「乗り込んだ電車が魔列車だったんです」
「ふざけてるのか」
「ちがうんです。あの後、電車に乗った後、すぐに異変に気付きました。私たちが向かうべき方向とは反対方向に進み出したからです。私は、涙目で純くんを見ながら、再び『飛んだらいいんでしょうか』と言いました。純くんは、『大丈夫だ、これは魔列車なのだ、まやかが間違えたわけではない』と言ってくれましたが、それが優しい嘘だってことくらい、さすがの私でもわかります。『窓から飛び降りたら純くん許してくれますか?』私はそう言いながら窓を勢いよく開けました。するとどうでしょう。湿った強い風が車両内を駆け抜けました。その瞬間、ある女性のスカートが捲りあがったのです」
「それがどうした」
「先生も当然そうだと思うんですが、人間というものは、まして男性というものはスカートが捲れ上がると条件反射的に視線を向けてしまうものだと思います」
「毎度思うんだが、河上にしても池之端にしても、教師に対する礼儀がなっとらんよな」
「そんなことは今はどうでもいいんです。話の腰を折らないでください」
「何だその態度は! いい加減にしろ!」
出席簿が教卓を叩きました。かわいそうな出席簿。
びっくりして黙ってしまった私ですが、それとは対照的に怯まなかった純くんが言います。
「ふっ……魔の眷属に魅せられし者の手先よ。すぐ怒鳴っていると、恋人などできんぞ」
伊藤先生は明らかに落ち込みました。この世の終わりみたいな顔で俯いています。
「あ、いえ、その、大丈夫です先生。いつかいい人が現れると思うんです! こんな私でさえ、純くんというステキなカレが出来たのですから」
「ああそうかい。それで、こっちの話はどうでもいい。河上の言い訳を聞こうか」
「ですから先生、言い訳じゃないんですって。本当なんです。本当に魔列車と呼ぶべきものだったんです。それで、えっと、どこまで話しましたっけ」
「えっと確か……」
「女の人のスカートが吹き抜けた風によってペロンとなったところでしたね、そうでした。それでですね、先生。信じられないことに、女性の臀部をさすったり掴んだりしているバーコードさんが居たんです。まさに魔の光景が、そこには確かに存在したわけなのです」
「うむうむ」と、純くんも頷きます。
「つまり、私が窓を開けたおかげで女性のスカートが捲れ上がり、それによって男性乗客の視線が釘付けになり、ランジェリーを撫で回す毛むくじゃらのお手手が人々の目撃するところとなったのです」
「そうだ。そして、魔列車を魔列車たらしめていた魔王の確保と共に、俺たちは降車を許され、こうして学園の聖なる土を踏んだというわけなのだ。わかったか」
「あれがなければ、純くんも私も魔界に連れて行かれていたかもしれません」
「ああ、だが、まやか。お前のおかげで助かった。心から感謝しなくてはな」
私は純くんに褒められて、誇らしげな気持ちになりました。
ふふんと鼻を鳴らして、先生の方に向き直ります。
「わかりましたか、先生。もしもあれが普通の電車だったら、私も純くんも遅刻なんかするはずないですよ。普段の行いを見ていれば、それくらいのことはわかるんじゃないですかね」
すると先生の顔は、寝言は寝て言いやがれとでも言いたげな呆れ顔になりました。
「なーにをアホなことを言っとるんだ。どこの誰が普段マトモに過ごしてるって言うんだ。もういいから、さっさと席に着け」
「えっ、それは先生、もしかして、遅刻じゃないって認めてくれるということですか?」
「んなわけないだろうが」
「待て、貴様、俺の愛する河上まやかに向かって、何だその言葉づか――」
ばちこーん、と先生の出席簿が純くんの頭を叩きました。愛する彼氏が頭部を殴打されるという悲しい光景を見ていることしかできない罪深い私です。
「教師に向かって貴様とは何だ!」
「ふっ、案ずるな、まやか。所詮人には理解されぬが常人を超えた危険に魅入られし者の宿命っ! しかし、それさえもふみ越えて、俺がまやかを聖なる子羊の玉座まで導いてみせよう」
そうして私と純くんは着席したのです。
伊藤先生は、呆れていたようでしたが、純くんと私のことをどこかに通報したり、学級裁判にかけたりはしない様子だったので、とても安心しました。