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あのあの皆さん、素敵な一日だったんです  作者: アザとー&クロード
厨二病遺伝中
22/23

厨二病遺伝中 ~宇宙警察ジャスティーン~

 あのあの、今日は純君のおうちに来ているんです。

 もちろん純君のお母様はご在宅ですが気にしません。何しろ公認の仲というやつなので、「いつでもいらっしゃい」と言われているのですから。

 この純君のお母様という方は、少し変わって……いえいえ、ユニークで………………あ、個性的で! とても気さくな方なんです。

 今日も出していただいたお茶を飲みながら純君も交えて三人、ついていたテレビをなんとなく眺めていた時のことです。それはちょうどドラマのキスシーンで、思春期の私たちにはドキドキの、ひどく気まずいシーンだったのです。

 それを見ていた純君のお母様はポソリとお尋ねになりました。

「あんたたち、まさかキスもまだ?」

 純君が飲みかけのお茶をブバッと噴き出して激しくむせます。

「なっ! 何を言いだすのだ母上っ!」

「いえね、ちょっと気になっただけよ?」

「そういうことは普通、息子には聞かぬものだ!」

「あら、そうなの?」

 少し首を傾げた後で、彼女はにっこりと笑いました。とてもにこやかな、むしろ晴れがましいぐらいのにこやかさで……

「母さんと父さんの初ちゅーの話、聞きたくない?」

 聞きたいに決まっています。私は首が千切れるくらいの勢いで首肯します。純君もなんだかそわそわした様子で、だけどクールに答えます。

「ふん、聞いてやらないこともない」

「あら、可愛くないわねぇ。話すのやめようかしら」

「ごめんなさい、めっちゃ聞きたいです」

 この辺の息のあった掛け合いは、さすがは親子というべきでしょうか。

「ぜひとも聞かせてください、お母上様」

 叩頭の勢いで頭を下げる純君に向かって、純君のお母様はとてもまじめな顔をなさいました。そうして、声を少しひそめておっしゃったのです。

「純、あなたにはまだ話してなかったけど、実は……あなたのお父さんは『宇宙警察ジャスティーン』なの」

「は? なにそれ」

「そうねえ、あれは高校に入ってすぐのことだったわ……」

 こうしてここに池之端家の呪われた血につながる話が始まるのです。


◇◇◇


 真由美は目立つところなど一つもない地味な少女だった。だから、映像同好会の勧誘だという男子生徒に付きまとわれている理由がどうしても理解できない。

 おりしも今日は部活説明会で、新入生たちは体育館での各部のパフォーマンスを見た後、部員総出の新人獲得合戦が繰り広げられる校内に散ったのだ。つまり新入生はいくらでもいる。

「こんなところで私一人に手間をかけるよりも、他の子を勧誘しに行ったほうが効率いいんじゃありませんか?」

 真由美が少しそっけなく言うと、彼は独特の節をつけた妙に張りのある声で答えた。

「一人の女性を守ることが世界を守ることにつながる、それがジャスティス! 正義の味方はたった一人を見捨てたりしない!」

 声も異常に大きい。それに、話す時に彼がとる独特のボディランゲージ……基本ポーズは腰に手を当ててグイッと胸を張るだけだが、時折両手をシュインシュインと擬音がつきそうな感じで交差させたり大きく振ったり、そして両足をバッと開いて両腕も静止し、ビシッとポーズをきめるのだ。

 これは一緒にいて恥ずかしい。嫌でも人の注目が集まるし、幾度かはくすくすと小さく笑われたりもした。

 だから真由美はこの少年を振りきろうと足早であった。

「そんなに早足で歩かなくっても、映研は逃げはしない! それに映研の部室はこっちだ!」

「映研になんか入らないです!」

「なに!? ならば何の部活に入ろうと言うんだ!」

「私、テニス部のマネージャーになろうと思うんです」

「だめだ! あんな危険なところ!」

 その剣幕に驚いて真由美は足を止める。

 彼はそんな真由美の肩を掴んで熱く語り始めた。

「いいかい、あそこはテニス部とは仮の姿……地球生命体との交配によってこの世界を乗っ取ろうとする生殖生命体『サワヤカーダンシ』のアジトなんだ!」

「はあ?」

「いいかい、やつらはスポーツをすることによって発汗と共に男性フェロモンを大量に放出する。当然その部室には霧状になったやつらのフェロモンが大量にわだかまり、女生徒たちの視界にある種の作用を及ぼす」

「つまり?」

「どんな不細工な男でも、美男子であるかのように錯覚してしまうのだっ!」

「はあ、あれですね、文科系男子特有の、体育会系男子に対する嫉妬ですね」

「我々はこれを『オストメストガシンパシー効果』と呼んでいるっ!」

「いや、会話しようよ」

「映研男子はそうした破廉恥な事態に女生徒たちが巻き込まれないよう、日々パトロールを欠かさない紳士集団なのだから安心だ!」

「聞いてますか、せんぱーい?」

「ということで、映研にウェルカムだっ!」

 これはどうにも収まりそうにない、と真由美は判断した。

「わかりました。ただし、見学に行くだけですからね」

「かまわない! 来たまえ!」

 颯爽と踵を鳴らして歩き出した彼が、ふと立ち止まる。

「そういえばまだ名乗っていなかったな。私は映研部長ジャスティーンレッド、人間界での名は池之端浩一だ!」

 これが真由美と池之端との出会いであった。


 さて、部室に連れて行かれた真由美が結局映研への入部を決めたのは池之端をはじめとする映研メンバー全員での説得が効いたのであろう。

 池之端は渋る真由美にこう言った。

「君は自分の魅力に気づいていない、百年に一度の逸材……名女優だ!」

 そう言われては悪い気のするはずがない。

 それに、こっそりと耳打ちされた女子部員の言葉が真由美の背中を押した。

「部長があんなに執着するなんて珍しいわ。あなた、きっと特別なのね」

 相手は多少の変わり者ではあるが見てくれは悪くないのだし、何より女の子として『特別扱い』されているということが真由美の自尊心を満たしただけなのだろう。最初のうちは真由美自身さえそう思っていた。

 しかし最近では、真由美のほうがむしろ彼に執着しているのかもしれない。

 その証拠に今、真由美は焦れている。自分は池之端のとなりに座っているが、彼の対面にいるのは清楚な顔にホソブチの眼鏡をかけた副部長で、彼の視線はその愛くるしい顔に向けられっぱなしなのである。

 もっとも企画会議の最中なのだから、その進行役である彼女に視線が集まるのはごく当然のことではあるが……

「じゃあ、次の文化祭の出し物についてなんだけど、映研は例年通りということでいいわね?」

 細いピンクの唇が囁くように動くと池之端が満足げに大きくうなずく、真由美にはそれがどうしても許せなかった。

 わざと椅子の前足をあげて、ガタンと大きく音を立てる。

 池之端が眉をひそめた。

「行儀悪いぞ、栄田クン!」

 この呼び方も気に食わない。ほかの先輩たちはすぐに打ち解けて「マユちゃん」と呼んでくれるのに、池之端だけがいつまでも苗字呼びなのだ。

 だから口をとがらせてむすっと言い返す。

「だって、退屈なんだもん」

「退屈などしている暇はないぞ。今回の企画、なんと、君に主演女優を任せようとおもう!」

「はあ? アレのですか?」

 真由美は机の上に置かれた台本をちらりと見た。

 その表紙に大きく書かれたタイトルは『宇宙警察ジャスティーン』……内容は何ともありがちな戦隊ものである。

「主演女優って何ですか? ピンクですか?」

「いや、ピンクは副部長である彼女がレギュラーなのだ」

「じゃあ何の役ですか、他に女性キャラなんて……」

「暗黒女帝ワル=インヨーだ!」

「はあああああああ!?」

 真由美は椅子から飛び上がるようにして立った。

「お断りですっ!」

「なぜだっ! 今回の物語はワル=インヨーの心の変遷を描くもの、ピンクなんかよりも重要な役なのだぞ!」

「ぜったいにいや! 悪のヒロインなんて奇妙な役、恥ずかしい!」

「恥じることなど何もない! 光があれば影がある、正義があれば悪がある、ならば悪の中に咲く花があってもよいのではなかろうかっ!」

「はあ……話し合いにならない」

 そのまま椅子を引き、部室を出ようとする真由美に副部長が駆け寄った。

「まって、マユちゃん! せめて台本をちゃんと読んでから決めてあげて!」

「読んだって、嫌なものは嫌ですよ」

「そう言わないで、今回の台本は池之端君が書いたものなの!」

 真由美の手の中にわら半紙の束が押し込まれた。

「ワル=インヨーを演じれるのはあなたしかいないのよ!」

「……そうですか。読みますけど……たぶん私の気持ちは変わりませんから」

 それだけを言うと、真由美は部室を後にした。


 数日後のセリフ合わせに現れた真由美を、池之端は大喜びで迎えた。

「来てくれたんだね、栄田クン!」

「別に……この役が気に入っただけですから」

 ワル=インヨーは哀れな女だった。母星は戦禍に巻き込まれて両親と死別、別の星にさらわれて愛を与えられず、ただ殺戮を行うだけの存在として育てられた、感情を失った女なのだ。

 池之端の書いたシナリオのストーリーは、このワル=インヨーがジャスティーンを内部分裂させようとレッドに近づき、デートをするという単純なものである。もちろんオチもレッドへの愛に目覚めたワル=インヨーが、正義に寝返るというありがちなものだったが、真由美がワル=インヨーに愛着を感じたのは確かだ。

 それほどに池之端の台本は丁寧なものであった。

 それでもいざ撮影に入り、メイクをされて、用意された衣装を身につけた瞬間だけは少し後悔した。普通の化粧では使わないようなけばけばしい色のシャドウで隈取を書きこまれた目元、分厚いカーテンをいくつも重ねたようなドレープの多いマントが、思った以上に毒々しい仕上がりだったからだ。

「ねえ、もう少し露出とかあったほうがいいんじゃないの? 悪のヒロインなんだから」

 そう言って渋る真由美に池之端が返したのは、ひどく現実的な言葉であった。

「予算の都合だ!」

「あ、そ」

「それに、悪とはいえ、女性が衆目にだらしなく肌を晒すなど、あってはならない破廉恥!」

「はいはい、これでいいわよ」

 しぶしぶという体でそれを受け入れた真由美ではあったが、慣れてしまえばこの衣装も悪くはない。悪のヒロイン風に節と張りをつけた声でセリフを言うのも、自分が全く別人の皮をかぶったような違和感があって楽しい。

 いつしか真由美は、ワル=インヨーを演じることに楽しみを見出していた。

 真由美の高笑いが校庭に響き渡る。

「ほーっほっほっほ、その程度でわらわを倒そうなど、笑止っ! 魔傀儡たちの餌食になるがよい!」

 それを合図に、覆面をつけた戦闘員役が数人、池之端たちを取り囲む。

「みんな! 変身だ!」

「おう、リーダー!」

 グイッと片腕を突きあげて、池之端たちが叫ぶ。

「ジャスティーン! コズミック!」

 このダサい変身シーンは何とかならないだろうかと……そう思いながらも真由美は大げさに驚いて見せる。

「な……変身だと!? なぜだ、お前らの力は封じたはずっ!」

「ワル=インヨー、お前は誤解している! 俺たちの超能力の源はジャス・ストーンなどではなく、友情だっ!」

「ぐぬぬぬ……かまうことはない、やってしまうのだ、魔傀儡たちっ!!」

「はーい、このシーンはこれで終了です~。戦闘シーンは別の日取りです~」

 撮影終了の合図に、真由美がほっと肩の力を抜く。

「あ~、この衣装、暑い~」

 そんな真由美に缶ジュースを差し出すものがいた。ジャスティーンブルーこと前橋だ。

にっこりとほほ笑んだ唇から真珠のような歯がこぼれ、きらりと光る。

「マユちゃん、お疲れ様」

「あ、前橋先輩、お疲れさまです~」

「ははは、ともかく水分補給をしたまえ、その格好は暑いだろう」

「わあ、気が利くんですね、ありがとうございます」

 青春のお手本のようなそのやり取りに、池之端が割って入る。

「ブルー、いったい何をしているっ!」

「え? ただ単に水分補給を……」

「馬鹿もの!! 敵と慣れ合うなど、どういう了見だっ!」

「……はあ?」

「君もだ、ワル=インヨー! 君は孤高に咲く惡の華! そんな男に媚びるような笑顔など、君には似合わない!」

「別に媚びたりしていませんけど?」

「うそだ! 僕には笑顔一つ見せてくれないくせにっ!」

「別に笑う必要がないからなんですけど?」

「ううう~……ともかくっ! ブルーは栄田クンに近寄るの禁止っ!」

「なんですか、その横暴!」

 この一連の痴話喧嘩を周囲はどのように見ているか……もちろん無視である。当のブルーでさえ、すでに二人の言い争いから離れて他の部員と話している。

 その間にも二人の声は大きくなるばかりだ。

「だいたいが部長だって、ピンクさんとくっつきすぎなんじゃないですか!」

「なに! 俺がいつ、ピンクにそんな接触をした?」

「さっきの変身シーン、手を握るなんて台本にはありませんでしたよね!」

「あれはアドリブだ。友情の強さを強調するためにだな……」

「だったら、ブルーさんやイエローさんでいいじゃないですか!」

 明らかな嫉妬の応酬、これを見れば二人がお互いをどう思っているのかなど筒抜けなのだ。だから最近では微笑ましい名物として生暖かく見守られているのである。

 しかし、そんな映研部員たちですら知らない……この二人が実はまだ付き合っていないなどと……

 すべては池之端浩一の純情さゆえ、それゆえに事件は起こった。


 余談だが映研の撮影資材はハンディカメラが2台のみ。きちんとしたプロ仕様のものではなく、もちろん家庭用のビデオカメラだ。

 もっとも当時としては最新の機種ではあったが十数年も前のこと、機能が充実しているわけがない。編集をする部員もど素人だ。だからダビング編集という、非常にアナログな方法で特撮処理さえ行っていたのである。

 だからこそ日常シーンではアドリブが推奨されていた。「編集がめんどいんじゃ! ちょっとしたミスは役者の力でカバーしろや」ということだ。

 そして、本日撮影の行われているレッドとワル=インヨーのデートシーンこそ、そうしたアドリブで何とかするシーンの代表格なのである。

 場所は学校近くの緑地公園。

 映研が撮影に良く使う場所であり、もちろんこの日も撮影隊を引き連れてのことだったが、デートはデートだ。池之端は緊張しきってベンチに腰かけていた。

 この時の彼の服装はジーパンに革ジャケ、ご丁寧に指だしの革グローブまでつけた『正装』である。普通のデートであればそれだけでドン引きものではあるが……淡いピンクのワンピースで現れた件の少女は、うれしそうな顔で彼に駆け寄った。

 柔らかな布地がふわりと風に遊び、少女の真っ白な肌を引き立てる。

 池之端は思わず呟いた。

「……美しい……」

 これに慌てたのは真由美の方だ。声を落として池之端を叱りつける。

「センパイ! いきなりアドリブかましてどうするんですか!」

「あ……ああ、すまない」

「むしろレッドはしぶしぶデートに応じたって設定なんですからね! ちゃんと台本通りにやってくださいよ!」

「む、わかった」

 そういった端から、池之端は真由美の手を取り、大事なものを扱うかのようにそっと引き寄せる。

「本当はこんなデート、来たくなかったんだ。だからさっさと、行きたいところを言え」

 セリフとは裏腹に熱のこもった瞳が微かにうるんで真由美を見つめる。

「センパイ、演技! その演技おかしい!」

「おかしいものか、ちゃんと台本通りだ」

「ああ、もう……」

 こんなところで尺をとるわけにはいかない。真由美は台本通りのセリフを彼に返した。

「ここの池にアヒルちゃんボートがあるでしょ、あれに乗りたいなぁ」

「よし、わかった」

 ここでカメラはいったん切られる。場面転換だ。

 次の撮影開始はアヒルちゃんボートに二人で仲良くのっているシーン……のはずだったのだが……

「そういえばセンパイ、ここのアヒルちゃんボートってカップルで乗ると別れるってジンクスがあるの、知ってます?」

 移動中に真由美が言った何気ない一言、それが池之端を狼狽させた。

「ジンクス……だと?」

「あ、もちろん噂ってだけですけどね、友達のお姉ちゃんが、それで3年間付き合った彼氏と別れたんだって言ってたのを思い出して……」

「中止だ! アヒルちゃんボートのシーンはカット!」

 争いの予感に、カメラマンが録画スイッチを押す。

「アヒルちゃんボートに乗らないと、話が始まらないじゃないですか!」

「いやだ、そんな縁起の悪い乗り物になど俺は乗らないぞ! まだ始まってもいない恋を、アヒルなんぞに壊されてたまるか!」

「じゃあ次のシーンはどうするんですか!」

「滑り台にしよう。ここのジャンボ滑り台は、ロケーションも抜群だぞ!」

「私、スカートなんですけど……」

「あ……」

 池之端が顔を赤らめて、おろおろと手を振る。

「ち、違うぞ、栄田クンの下着を拝んでみたいとか、そういった不埒なことはこれぽっちも考えてないからな!!」

「わかりました、アヒルちゃんじゃない、普通のボートにしましょう。これじゃ本当に撮影が進まないもの」

「うむ、素晴らしいアイディアだ! さすがは悪の華!」

「その呼び方、やめてくださいよ」

 こうしてボートに乗ったら乗ったで、池之端はまたしても両頬を真っ赤に染める。何しろ小さな乗りものなので、お互いの距離が近いのだ。

「これは、破廉恥な乗り物だな」

「いいから、ちゃんとカメラさんの前を横切るように漕いでくださいよ」

「う……ちゃんと漕ぐから座っていてくれ、危ないだろう」

「ボートのシーンがすんだら、並木の下を二人で歩くシーンですね」

「並木には、別れるだとか切れるだとか、そういう縁起の悪いジンクスは……」

「さあ、聞いたことないから無いんじゃないですかね」

「そんなあいまいな……」

「っていうか、並木のシーンは大事なセリフが多いんだから、アドリブとか勘弁してくださいよ」

「う~、わかっている」

 こうして二人の乗ったボートは岸でカメラを構えている部員たちの前を華麗に横切る。傍目には談笑しながら舟遊びを楽しんでいるように見えるはずだ。

 そうして並木の下を歩くシーン……これはワル=インヨーの哀しげなセリフから始まる。

「私、あなたに隠していることがあるの……」

 この時の彼女の表情を捕らえるのは、すぐ前を歩くカメラマンだ。

「本当は私……」

 ジャスティンレッドはそんな彼女の唇に人差し指を当て、言葉を遮った。

「何十年も連れ添った夫婦にだって秘密はある。まして僕らは出会ったばかり、恋人ですらない。秘密の一つや二つ、あって当然さ」

「でも……どうしても言わなくっちゃ!」

「そんな悲しい瞳のままでかい?」

「……え?」

「これからは僕が君のそばにいる、その悲しみを癒すために。そしてその瞳から哀しみの色が消えたその時、全てを聞かせてくれ」

「……レッドさん……」

 重なり合う視線と視線、惹かれあう瞳と瞳……ゆっくりと近づく顔と顔……二つの唇が重なろうとしたまさにその時、自転車のベルが響き渡った。

「どいてくれ! ブレーキが効かないんだ!」

 暴走自転車だ!

 カメラマン君は華麗なフットワークで横跳びに逃げた。

 二輪の魔物は狙いすましたように一直線、真由美に向かって疾走する。

「真由美、危ないっ!」

 そう叫んで真由美を突き飛ばしたのは池之端だった。

 暴走自転車は勇敢な彼を突き飛ばし、あまつさえ倒れた体を轢いて通り過ぎてゆく。

「ぐあっ!」

「池之端センパイっ!」

 駆け寄った真由美に、彼は弱々しく手を伸ばした。

「ああ、真由美、無事でよかった……」

「センパイ、大丈夫ですかっ!」

「なあ、真由美……俺はうまく君の名前を呼ぶことができているか? 練習したんだ、何度も、何度も……でも、一度もうまく呼べなかった……大事な名前なんだ……」

「よくわからないけど、ちゃんと呼べてます! だから、しっかりして、センパイっ!」

「……泣くなよ、真由美……俺はジャスティンレッドだ。愛ある限り正義は死なない……だから……だいじょう……ぶ……」

「センパイ? センパイ! センパァァァァァァァイ!!」

 公園に、愛する者を失った悪の華の、悲しい叫びがひびいた……

 

◇◇◇


「これが大うけでね、学校の行事があるたびに制作される人気シリーズになったのよ」

 純君のお母様のお話に、私は「ほう」とため息をつきました。

「素敵です」

 純君も納得した様子で、妙に骨ばったポーズで右目を押さえています。

「なるほど、父から正義の心を、母からこの邪眼を受け継いだ、俺はまさに聖と魔のハイブリッド!」

 ところで、一つだけ気になることがあります。

「あのあの、肝心のキスはしたんですか?」

「ああ、それはまた別の撮影の時の話よ」

 えええっ? 初ちゅーのお話をしてくれるっていうことじゃなかったんでしょうか。

 そんな不服が表情に出ていたのか、純君のお母様がにやりと笑いました。悪女っぽい、まさに『悪の華』にふさわしい、ぞくぞくするような笑顔です。

「この後、レッドはサイボーグ化手術を受けて復活、そんなレッドを悪の道に誘うワル=インヨーへの愛と正義の狭間に揺れながら戦うのよ。そうして最終的には改心したワル=インヨーと結ばれて残業戦士ヒラシャインダーへと進化するんだけど……その話、聞きたい?」

「はい、聞きたいです!」

「本当にあんたは、家の息子にはもったいないくらいのいい子よねぇ」

「いえいえ、とんでもないです、純君はいつも素敵で、まっすぐで、私を守ってくれる、最強の正義の味方なんです」

 わたしがそう言うと、純君は高らかに笑いながら言いました。

「案ずるな、まやか! 今の話を聞いて俺は知った!」

 お得意の素敵な決めポーズ……くいっと腰から絞り上げるようにして顔の前で両腕を交差させるポーズ付きです。

「愛する女を守り、正義へと導くは池之端の男子たる者の役目。そして悪に魅入られし乙女に惹かれるはすべて、この呪われた血筋の仕業! お前は安心して俺に身を委ねるがよいぞ」

「かっこいいです、純君! 言葉の意味は良く分からないけど、最高にしびれますっ!」

「そうであろうとも……これが池之端の池之端たるゆえんであるからな」

 今日も純君は最高にかっこいいし、池之端家は平和です。

 この池之端家を守っているのは『残業戦士ヒラシャインダー』である純君のお父様……ならばいつか、純君も私だけの、ご家庭の平和を守る正義の味方になってくれるといいなぁ、なんて……そんな不埒なことを考えてしまったりもする、そんなある日のお話、なのでした。



【厨二病遺伝中 ~宇宙警察ジャスティーン~ おわり】



http://ncode.syosetu.com/n0565cn/アザとーさん作「厨二病遺伝中 ~宇宙警察ジャスティーン~」と同一。同時掲載。

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