厨二病登校中
作者:マリサメ
俺の朝は、鏡の前での『練習』から始まる。
片方の腕をぐいっと腰にまわし、もう片腕は頭上に高く掲げて背中を掴むようにかくっと曲げる。腰を絶妙な角度に回しこみ……うん、美しい。ぜひともバックに「バぁ~ン」か「ドギャアアアアン」と描きこんで欲しいところだ。
「今日の決めポーズはこれでいこう。」
満足しきった俺は、もう一度鏡の中のイカした俺を確かめてから、階下へと向かった。
少しだけ彼について紹介をしよう。
友里高校一年、池之端 純。ごく普通の高校生であり、ごくごく平凡な彼にはたった一つだけ、常人とは異なる点があった。
それはすなわち、本来ならその年頃には平癒しているべきある病に深く侵されていること……
俺が食卓に着くと、すでに朝食は並んでいた。
トーストと、昨日の残りを温めなおしたのであろう若布の味噌汁と……
「母ちゃん、少し考えろよ、どう考えたってこの取り合わせは(ry」
振り向いた母の邪気を感じた俺は、すばやく飛びのく。
……ふう、危なかったぜ。
常人ならあの邪眼をかわすことすらできないだろう。
だが、俺は鍛え方が違う……朝と昼、三十回ずつの腹筋。チャリ通ではなく、敢えて徒歩で登校するのも、足腰を鍛えるためだ。
そんな俺には、母から放たれる怒りの言葉すら視覚的な効果を持って見える!……様な気がする。
「片付かないから、さっさと食べちゃって。」
母の口から漏れ出すため息は、家計のためにメニューの構成を失敗したことに対する悔悟の表れだろう。仕方あるまい、ここは息子として母を立てておくのが正しい人としての……
「いらないなら片付けるよ。」
待て待て待て! 誰も要らないとは言っていないだろう。俺の構成要素は人間と大差ない。一日の力の源である朝食を抜くなど(ry
かくして、味噌汁でトーストを流し込むという苦行に挑戦することとなった。
男は外に出れば七人の敵がいるという……あれ? いるのは小人だっけか?
まあともかく、玄関を出たら気を抜くな、ということらしい。もとより、気など抜くつもりもないがな。
住宅街の道を行く俺は、ランドセルをしょってとぼとぼと歩く小学生を見つけた。こんな時間にあんないたいけな女児が一人で歩いているなど、尋常ではない。いじめか? 教育の怠惰か?
群れからはぐれた子羊を狼どもの牙から庇護するが、正義の名の下に生まれた我が使命!
俺はつい今朝方、散々に練習した飛び切りの決めポーズで、社会という巨悪におびえる幼き生贄に正義の言葉をかけた。
「どうしたんだい、こんな時間に? 一人じゃ危ないよ。」
子羊はきょろきょろと辺りを見回す。なかなかに心構えのできた娘だ。
幸いにも人通りの無い道とはいえ、悪と危険はどこに潜むか解らぬもの。用心するに越したことは無いだろう。
正義への使命感に神経が昂ぶる。高揚してゆく緊張感に、俺の呼吸が荒くなる。
「はあ、こっちへ……おいで、はあ……おにいちゃんが、学校……はあ……」
緊迫してゆく戦いの気配に怖気づいたのか、子羊が走り出す。
「ばか! 危ないぞっ!」
しかし、小さな背中は俺を振り切って見る見るうちに小さくなった。
「勇敢なものが生き残るとは限らないんだぞ。」
仕方あるまい、あの幼子は救いに背を向け、自ら戦う道を選んだ。
「必ず、生き残るんだぞ。」
すでに見えなくなった背中に幸運の印を結んで、俺は学校へと足を向けた……
「……と、いう出来事があったのだ。」
遅刻をとがめられた俺は生活指導室に呼び出しを喰らった。
先生は高尚な正義感への感動に打ち震えているのだろう、口をぽかんと開けて俺を見つめている。
「ああ、まあ……お前の扱い方が解ってきたよ。」
結構なことだ。生徒への深い理解と信頼をもつ、まさしく教師の鑑たる人物だ。
「ともかく、遅刻は遅刻だ。反省文を……」
「ふざけてもらっては困る。俺には反省することなど一つも無い!」
「……わかった。正義の活動報告を書いてくれ……」
先生の顔は険しい。
当たり前だ。この俺の華麗で危険な日常を知るには、覚悟が必要だからな。わっはっはっはっは!
【厨二病登校中 おわり】
http://ncode.syosetu.com/n8413bi/「厨二病登校中」より転載